雲仙

2021年11月20日 (土)

「三十路苑開園」~雲仙市小浜町(2021/11/20)

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最近、すっかり有名になった「三十路苑」。今日開園したので出かけて見ました。

あまり期待もしていなかったのですが、素晴らしい風景でした。調べてみると、2011年に初めて来たようです。駐車代が300円。今年は600円の入場料でした。もっとも、三十路苑は年々工事、整備をしているので、この紅葉なら納得の入場料です。


今、写真を撮るのにデジカメ、ミラーレスの一眼、スマホを使っていますが、比べるとスマホが一番のような(^_^)。


写真をイロイロ貼っておきます。各写真はクリックするとハッキリと見えます。多分。

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紅葉と竹の組み合わせも良いですね。

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夜はライトアップもして、以前行ってみてきれいだったのですが、一人で行くもんじゃありません。二人でお手々つないで、ですね。

12月5日まで開園をしているようです。


今日から開園という事で、開園時間9時少し前に着きました。駐車場は数カ所ありますが、停まっていたのが4,5台。帰る時はご覧の通り、思ったより少なかったです。この駐車場の前にもありますが、ご覧の通り空いていました。もっとも、帰りがけにはひっきりなしに車が来ていたので昼前には満車になるような感じでした。車の誘導員も配置をされていました。この飛び石連休は多いかも、です。


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団体旅行の方もゾロゾロと。片側しか舗装していない場所もあって、矢印の車は私が通り過ぎるまで待っていました。十分すれ違う幅がありますが、多分、未舗装道路を走ったことがない都会もんだと思われます。運転に自信がない方は、国道の所にも駐車場があったような気がしますので、そちらをご利用ください。

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寒さが厳しくなってきているので、厚着をして来て下さい。

2021年11月13日 (土)

雲仙「白雲の池」と「三十路苑」の紅葉(2021/11/13)~「白雲の池古絵はがき」付き

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朝から「白雲の池」と「三十路苑」の紅葉のことを思い出したので、お出かけしてみました。

白雲の池はキャンプ場でもありますが、この時期は紅葉も楽しめます。池のまわりに、ワ~というほどではありませんが点々と見る事ができます。


普賢岳方面と野岳方面。カメラと腕が良ければもっと良い写真だったと思います。風があったために、紅葉がきれいには湖面には映っていません。


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白雲の池野営場セントラルロッジ。池のまわりが全部これくらいの紅葉だったら・・・

雲仙~小浜の道。結構紅葉していました。


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以前にも書きましたが、雲仙は外人が多く訪れていました。この白雲の池にも外人さんが遊びに訪れています。

「白雲ノ池洋美人水泳艶姿」。今の水着に比べれば、ほとんど普段着ですが。


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下の絵葉書もよく見ると外人さんです。

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白雲の池では放牧もしていたようで、この当時、雲仙ではあちらこちらで羊などを飼っている写真も見受けられます。

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日本人も水泳を楽しんでいたようです。今は水泳禁止だと思いますが。

右は、池に氷が張ってスケートしている絵葉書です。雲仙は冬寒いところですが、今はスーケートができる程は氷は張らないそうです。珍しい絵葉書だと地元の方から言われました。


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帰りがけ、近年有名になった「三十路苑」に寄ってみました。11月20日にオープンだそうです。寒いと紅葉が進むということですが、期待できるような・・・

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できないような・・・難しい所です。厳しい寒を期待したい所です。

右の空き地、「六兵衛茶屋」があったところです。千々石にもお店があり、ここは以前に廃業していたのですが整地されていました。業者らしき人が図面を見ながら話しをしていましたが、なにができるのでしょう?


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紅葉も段々と高所から低地に移ってきたようです。皆様の所は如何・・・

2021年10月28日 (木)

2021/10/28 雲仙「仁田峠の紅葉」情報

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TVやら新聞やらネットの天気予報やらで「仁田峠の紅葉の見ごろは30日頃」とやっていました。

10月30日(土)はゴルフ場を開放して「はだしで遊ぼう雲仙」が開催されます。→こちらをクリック


仁田峠は循環道路なので一方通行になります。一度入ったら、抜け出せません。紅葉の季節の休日は駐車場に入るまでかなりの時間がかかります。と言うことで、この土曜、日曜はかなりの混雑が見込まれるので、今日の朝早く出かけました。循環道路の開門は午前8時です。


循環道路の入口の道路情報に「紅葉見頃」とありました。看板に「100円を目安にご協力ください」と書いてあり、協力だから、どうしましょう。いつも迷います。

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仁田峠の途中展望台があります。いつもの写真ですが、遠くから見るとなんとなく安定をしているようですが・・・


望遠レンズで見ると、まだまだ。雨が降ったときの跡がハッキリと分かります。


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仁田峠に着いてみると、紅葉はまだまだでした。ただ、妙見岳の頂上の方はなんとなく紅葉かな?

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ということで、ロープウェイで妙見岳まで。まだ、十分な紅葉ではありませんでした。

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右の写真は妙見岳の頂上です。

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仁田峠で働いている人に訊ねたら、まだ4分くらいだろう、と言うことでした。見頃は、多分、来週中旬過ぎになるかと。観光協会などに聞いてみて下さい。

一番上の写真は、ロープウェイの展望台から橘湾方向を写したものです。なお、ロープウェイを使われる方は、駐車場から乗り場まで、かなりきつい坂、階段があるので(個人的感想です)、足の筋肉を鍛えられんことを。


【附録】

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■最近、町内で電柱の建て替えをあちらこちらとしていました。工事が終り、数日後「光が使えるようになりました」とNTTから電話があり、即申し込みをしました。思えば10年ほど前から、NTTには電話をかけ続けていたのですが、これでネット難民にならずにすみそうです。工事は11月15日になるそうです。

■ユニクロに行ってズボンを買いました。本来ならM寸ですが、腹が出ているのでL寸を買っています。以前は、ズボンの裾をかなり切っていたのですが、ユニクロではL寸で裾上げはしないでピッタリでした。という事はですね、ユニクロのL寸は私の足の長さでピッタリなので、私が標準体なのかな、と思うのですが・・・



2021年8月 1日 (日)

雲仙も暑かった ( ̄。 ̄;)

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昨日は暑かったので涼もうと思って雲仙まで出かけました。ですが、暑かった。もう少し上の仁田峠まで行けば涼しいとは思うのですが。

上の左の写真、現在の姿です。赤丸が温泉神社の鳥居。赤の矢印が湯煎餅の「遠江屋(とうとうみや)」さん。車が停まっているところが有料駐車場。


右の写真、バスが止まっていますが島鉄(島原鉄道)バスの発着所。後ろの建物が多分待合所だと思われます。現在はなくなり駐車場になっています。バスを見るとボンネットバスでは無いので1960~1970年以降か?左の矢印の方向に温泉神社の鳥居があります。


下が、昭和9年以前の姿。赤丸が温泉神社の鳥居。左の緑の矢印の所、何やら山門みたいな感じがします。なお、ここらあたりが現在の有料駐車場。現在、この左手の方に満妙寺の釈迦堂があります。


緑の矢印の後ろが空き地、畑ですが、右の写真では庭になっているので、こちらが左より新しい風景。


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満妙寺へ上がる階段。一番上の左の写真はこの階段の上から撮ったものです。左に島鉄バスのバス停。

右は写真集「雲仙」(雲仙岳後援會刊)に掲載されたもの。なんとか情報館で聞いたところ、左の階段の所ではないか、ということですが詳細は不明。


どう見ても、寺院みたいな感じですが看板は「自動車切符発売所」。多分、昔の満妙寺かな?

看板には、会社名が「小浜自動車株式会社」。行き先がローマ字で、小浜、千々石、諌早、長崎、島原。なお「BUS OR HIRE」と書いてあります。小浜自動車はハイヤーも持っていて営業をしていました。

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見て、ビックリしました。以前は左のような姿(GoogleEarthより)で、山門に「雲仙山 満妙寺」「開山 大宝元年」と書いてあったのですが、現在は水道施設工事中、発注者が雲仙市。あと、どうするんでしょう?

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遠江屋」さん。今では、手焼きで煎餅を焼くのは、ここだけになってしまいました。赤丸、煎餅の種をいれて挟んで焼きますが、この時、種が多少溢れ、煎餅の耳ですね。この部分が美味しいのです。通はここを好みます。

昔は、ここだけ切り取って売っていたのですが、今は焼き立てで耳付きを売っていました。これって絶品ですよ。行かれるときは電話で確認を。

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お盆前ですね。駕籠立て場の所、舗装工事をした記念碑です。少し前までは草に覆われていたのですが、ピカピカのツルツルになっていました。普段から、きれいにしてもらいたいものです。

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下の写真は「雲仙」に載っていた写真ですが、「寄氣塲茶屋(よけばちゃや)展望」となっていて写真の右下、かすかに藁屋根が見えます。

以前から場所が気になっていたのですが、雲仙~千々石の道をよく見ていったら、こちらでした。とはいっても、道路は拡張工事で、以前とはかなり違って道がくねっていて、上の道路、下の道路でも同じような風景になるのでピンポイントでは分かりません。


この道に、一軒ポツンと家があったのはあったのですが・・・


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ということで、雲仙も暑く涼めませんでしたが、久しぶりの雲仙でした。

思い出したので。先日、雲仙でオクサマ関係の兄弟会をしました。雲仙市のナンチャラキャンペーンを利用し、一万円の補助があったみたいで、手出し1000円くらい。結構なお料理でした。全員下戸で(私はドクターストップ)大の大人5名でビール一本ですみました。もちろん”ノンアルコールビール”でした(^_^)。

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2021年7月20日 (火)

雲仙岳「普賢神社」~古絵葉書より

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       (写真はクリックすると拡大します)

平成新山の噴火により、普賢神社は灰に埋もれてしまいました。仁田峠の登山口に仮拝殿が建てられ、その後、普賢岳の山頂付近に新しい普賢神社が建立されたそうです。恥ずかしながら、見落としておりました。→こちらをクリック


さて、雲仙の絵葉書は多いものの、普賢神社の絵葉書はあまり多くないようです。


上の絵葉書、普賢神社をモロに撮した一番古い絵葉書(
写真)だと思われます。ロシア人が書いた旅行案内に、同じようなものがあるのですが、所有権の為に残念ながら、ここに載ることが出来ません。

さて、一番上の絵葉書、「長崎縣温泉(うんぜん)公園」とあります。

雲仙が「長崎縣温泉公園」として発足したのが明治44年(1911)、「雲仙」国立公園に指定されたのが昭和9年(1927)なので、明治44年~昭和9年の間の絵葉書だと思われます。


なお発行が「古湯油屋商店」と印刷されていますが、地元の方に聞いたら、名前を変えて営業しているとのこと。この「古湯油屋商店」の絵葉書は良く見かけます。


次の3点が一番出回っている絵葉書。ただ、神社の写真を見るとむき出しの石祠が見えているので、上の絵葉書と同時代ではないかと思われます。説明の「温泉岳」が「温泉缶」になっていて、間違いですね。

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右の色つき絵葉書は写真を白黒に印刷し、それに手作業で彩色をし、絵はがきにした「手彩色絵葉書」。

同じ写真だと思います。巫女さんらしき人物が、こちらを向いて立っているのもまったく同じ。こちらの絵葉書にも、むき出しの石祠が見えます。


右は「2.5.12」文字、説明に「長崎縣温泉公園」とあるので、大正2年か昭和2年か迷いますが、いずれにしても昭和2年以前に撮られた写真です。左も「長崎縣温泉公園」とあります。


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下は、スタンプ、説明に、「温泉」でなく「雲仙」また「國立」の文字があり、昭和9年以降と思われます。ただ、左のスタンプは登山記念のスタンプで、昭和14年の登山記念だと分りますが、絵葉書自体はいつ作られたものかは不明です。

拝殿、鳥居の所と比べてみると、右の方が新しいと感じます。仔細に眺めると、建物の後ろに何やら石祠があるような。ということは、この建物、拝殿ですかネ?


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左は鳥居に「昭和貮年」とあるので、一目瞭然。絵葉書には、「温泉」でなく「雲仙」と書いてあるので、写真自体は昭和9年以降に撮られた可能性も考えられます。昭和2年は雲仙岳が「日本新八景」に選ばれた年です。

右は「國立公園」なので昭和9
年以降。

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右の絵葉書には「雲仙小唄」の歌詞が書いてあります。「なさけ深江にヨ・・・こころは千々石/駒にナー火を焚く普賢岳」。

これ、4番の歌詞ですが絵葉書が普賢神社なので、この部分を利用したと思われます。


出だしは


襟は湯染めでヨー/袂は躑躅/裾はなー/千鳥の波模様

滝のしぶきにヨー/湯靄がかかる/新湯ナー/湯町は曇り空 (以下略)

という歌詞ですが、作詞が「西岡水朗」さん。長崎の詩人。昭和5年に発表され、注目されたそうです。多くの歌手の作詞を手がけています。

YouTubeで調べると戦時歌謡ですが、高倉健さんとか小林旭さんも歌っています。「男なら」。

男なら男なら

未練残すな昔の夢に
もとをただせば裸じゃないか 度胸一つで押してゆけ
男ならやってみな →こちらをクリック

少し脱線をしました<(_ _)>。

上の絵葉書の年代、あくまで私の意見です。あまり、信じないように。


(追伸)

■絵葉書の作られた年代について。

古い絵葉書は、使われた事が無いものが多く、スタンプ等が無く、作られた年代不明の物が多いです。
上の鳥居の絵葉書、鳥居に「昭和貮年」と彫ってありますが、昭和2年以降、昭和10年に写真が撮られ、絵葉書が作られたかもしれず、その間、例えば昭和5年に社殿が改修された場合は「昭和2年の姿」と書くのは間違いになります。
判断材料として、雲仙の場合は「温泉(うんぜん)」から「雲仙」に変わっている、「温泉公園」か「雲仙公園」か、説明の字は右書きか左書きか、「國立」か「国立」か。また、他の絵葉書、写真があったら、それとの比較。等々と考えるのですが。難しいですね。私の説明も、判断が誤ったものがあるかもです。



2021年7月 7日 (水)

「太陽光発電」&「おんしゅうミカン」って読まないで

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先日、自治会の回覧が回ってきて、上のようなチラシが入っていました。

なにかな?と見たら「九州電力送配電株式会社/島原配電事業所」からの「照明機器等のちらつき(フリッカ)の発生について」でした。


クリックすると拡大はしますが、多少読みにくいので・・・


2015年(平成27年)以降、夏場の晴れた日の11時~14時頃を中心に、事業所管内の照明機器等(蛍光灯、白熱球、冷蔵庫内照明等)のちらつき(フリッカ)が発生しているそうです。


「主な要因は、太陽光発電のパワーコンディショナー(PCS)の影響によるものです。しかし、電気供給設備(電線路)の状況や電気のご使用状況等によって発生の有無や頻度等が左右されるため、影響をあたえているPCSを特定することは困難な状況です。(※パワーコンディションとは・・・太陽光で発電した電気を直流から交流に変換するための機器)」という事です。


会社では対策、改善を図ってきたが、今年も照明機器等のちらつき(フリッカ)が発生する恐れがあるが、器具等の故障ではないとのことで、取替等はしないように、だそうです。

太陽光発電は一時流行り、個人の家庭にも取り付けた方もいます。最近は大規模なメガソーラーがあちらこちらと建設されているようですが、山を切り開いて設置されている場所もあり、自然破壊ということで非難されている所もあるようです。

こちらには、メガソーラはまだないようですが、空き地などに小規模ながらあちらこちらと見られるようになりました。自分は関係ないと思っていたのですが、チラシにみられるように影響はあったんですね。意外でした。


下の人物はご結婚いらい影が薄くなりましたが、昨日の熱海の災害とは関係ないとは言いながら「地域のみなさんが不安に思うようなところに(太陽光パネル)があることはまったくプラスだとは思わない」と言ったそうです。後出しジャンケンですね。詳しくは→こちらをクリック


いつだったか、住宅への太陽パネルの設置の義務化を視野にいれるべき、と言ったと記憶しますが、あまりに話題にもなりませんでした。


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下の氷菓、「おんしゅうみかん」って読まないで。ということです。「うんしゅうみかん」です。

以前書いたように、島原半島の「雲仙」は昔「温泉」と書いて「うんぜん」と読んでいました。ネットで「うんしゅうみかん」と検索すると「温州みかん」とでています。ですから、「温泉」を「うんぜん」と読むのは不思議ではありません。

ブログで「温泉」を「うんぜん」と読むのは、この地方の方言だと書いたのがありますが、あれって全くのデタラメです。


ということで「温州みかん」を「おんしゅうみかん」って読んだらダメよ。


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2021年5月29日 (土)

「篭立場」?「駕立場」?「籠立場」?雲仙市

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上の絵葉書は、多分、明治の終りの頃のものだと思われます。雲仙市小浜町からお山雲仙の途中の「かご立場(たてば)」です。

説明に、左は「温泉(うんぜん)山中膓籠立場」。右は「駕立塲之全景」。実はこの場所が多少問題になっておりまして・・・


下が、現在一般に「かご立場」と紹介されている場所。端の方に、雲仙までこれに乗っていった、というレプリカが置いてあります。これは「駕立場」の表示があり、下の説明版に「小浜ライオンズクラブ20周年記念事業」とあります。


実は、この場所が上の絵葉書の場所なのかの問題があり、調べて大体わかったのですが、この件はまた詳しく書きます。


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上の場所のすぐ近く、バス停と道路舗装の完成記念の碑と「かご立場」の看板があります。

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左が島原バスの停留所「篭立場」。右は多分その筋の方が作ったと思われる「駕立場」の看板。

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「籠立場」「駕立場」「篭立場」と三種類の言い方がありましたが、どれが正解でしょう。

「立場(たてば)」は、街道の途中、特に坂道など難所の所で、ひと休憩する所。ですから「籠」「駕」「篭」と違いを調べればいいという事になります。


辞書とか、ネットで調べてザックリ書くと、

「籠」は、竹や藤や針金など線状の物で編んだり組んだりした器物。
「駕」は、これ一字で「かご」の読みは無く、音読みで「ガ」、呉音、漢音で「カ」。意味は、馬の首にくびきを装着する、馬を車につなぐ、またがる、のる、馬車、車に乗る、というのもあるので、何となく近いようですが、一字で「かご」はありません。
「篭」は、土を入れて運ぶもっこ。物を入れる竹製の器等々。

それでは、何が正解なのサ・・・というと、辞書には「駕籠」、「乗物の一種」。ウイキペディアにも「駕籠」とあるので、これが正解だと思われます。


いつも、お世話になっている「近世風俗志(守貞謾稿)」(江戸時代の風俗史の基本文献)にも「駕籠」として「かごと訓ず。今川貞世が鹿苑義満の厳島での記に・・・」というのもありました。


で、結局、今の「かご立場」の標記は全部間違いということになります。多分ですね。


あちらこちらに看板が立っていて、どの場所が正解かというと、地区の方に聞いたところ、ここ一帯を「かご立場」ということで、どこに立ててもウソではないと言えますネ。


ということで、一番上写真は「かご立場の茶屋」というのが正解だと思うのですが、これについては、又、後日。

今日は、急いで書いたので間違いがあると思いますが、その時はm(_ _)m、ごめんネ。



2021年4月23日 (金)

「別所ダム・鴛鴦(おしどり)の池」について~雲仙市雲仙

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上はダムカードで、国交省と独立行政法人水資源機構で作成されているものらしく、ダムを訪問した方に配布しているそうです。大きさはクレジットカードの大きさ。長崎では各地の振興局で配布になっているみたいです→こちらをクリック。

各写真・図はクリックすると拡大します。

このダムカードは雲仙にある2020年4月の「別所ダム」の航空写真になります。ダム建設当時の知事が「鴛鴦(おしどり)の池」と名付けたので、昔から「池」と思っている方もいるようですが・・・赤丸の所にダムがあります。

雲仙は昔、修験道のメッカで中心が満妙寺。「行基」が温泉(うんぜん)山大乗院満妙寺を開山したと言われています。本寺が満妙寺になるので、別所は多少離れているので「別所」の地名になったのではないかと(多分)。


この地には700の僧坊があり、瀬戸石原に300の僧坊があったと言われています。なお、瀬戸石原は島原藩主松平氏が制札を立てていたので「札の原」とも呼ばれています。


「小浜史談」によれば、この「別所」は「4万坪の平地であって各所に水が湧き水田になっていた。」という所です。この平地の中に「加持川」が流れていました。「加持祈祷」の「加持」なので、僧坊があったとの話しに通じています。別所ダムはこの加持川をせき止め水を溜めたところです。


下の左の写真「別所ヨリ數ノ子山ヲ望ム」と書いてあるので、水につかる前の姿だと思われます。右は「札の原」。


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以前、この別所に「プール」があったことは紹介をしました→こちらをクリック

調べてみると他に「バンガロー」などもあったみたいで、下に旅館の案内図などを2つばかり載せました。


左の図、一番左の矢印が千々石へ通じる道。真ん中の矢印「プール」があり、緑の丸印、昔の「東洋館旅館」になります。

右の図、一番左の矢印と隣の矢印が「千々石」への道。上の矢印「プール」と「雲仙釣魚場」と書いてあります。赤の丸印「雲仙バンガロオ」です。下線の部分が「別所」と書いてあります。

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下が「雲仙バンガロオ」のパンフレット。

以前から、この別所を通っていた「加持川」の写真を探していたのですが、このパンフレットの緑の囲んだ部分、どう見ても「川」ですね。たぶんこれが「加持川」だと思われます。

右の下の写真、案内図には「雲仙釣魚場」となっていますが、案内には「鱒の釣堀(バンガロオ樹林地内)」となっていますが「鱒」なんかを養殖なんかしていたんでしょうか?川にいたとは考えられないのですが・・・


なお、「雲仙小濱自動車會社 直營」と書いてありますが、小浜町史談によると「大正元年小浜有志数名の共同で自動車屋が始まった。」とあり、翌年、本多親宗(小浜湯大夫)氏が社長となり株式會社に、昭和10年に「雲仙小濱自動車株式會社」に改名。ということで、このバンガローができたのは昭和10年以降になります。

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下は以前紹介した「古地図散歩」から。

一番上は現在の写真。真ん中は1961年~1969年の航空写真。一番下は上と真ん中の写真を重ねた写真。


赤い矢印が「雲仙浄化センター」。緑の矢印が千々石への道。


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赤い矢印が「雲仙プール」。緑の矢印が「浄化センター」があるところ(この頃はまだありません)。茶色の矢印に道が見えます。多分、これが昔の道で、青印のところに直線の道が見えますが、多分、バンガローが出来たときに整備されたのではと思われます。あくまで、個人的な意見ですが。

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下が上の2枚の写真を重ねたところ。上の赤い矢印がプール。こうしてみれば、今のダムのどこにプールがあるか分かります。下の矢印が「雲仙浄化センター」。と言うことで、現在、バンガローと直線道路はダムの中です。

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なお、別所ダムの下に「稚児落しの滝」がありますが、これについては→こちらをクリック ついでにこちらもクリック

下の2枚の写真は千々石に通じる道から古湯方面を撮った写真で、左は絵葉書、右は長崎県発行の「国立公園『雲仙』指定50周年記念 雲仙の歴史」に載っている写真です。


なお、矢印の山の稜線を比べれば同じ山だと分かります。右の写真は左の場所からカメラを左に向けたことが分かります。ただ、写真を撮った場所、時代が一緒かどうか分からないので一概には比べられません。


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・ダムの竣工/完成年度については資料により、1965~1969年、1963年~1968年、1961~1968年とバラつきがあります。

参考資料

・小浜町史談~小浜町
・千々石町郷土誌~千々石町
・国立公園「雲仙」指定50周年記念 雲仙の歴史~長崎県
・湯けむりの記憶~雲仙公園ビジターセンター運営協議会
・DAMーDATA(ダムカード)


2021年1月 8日 (金)

「雲仙ゴルフ場」への道~長崎県雲仙市雲仙

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絵はがきの説明は「長崎縣温泉(注:うんぜん)公園ゴルフ塲(じょう)通路」。ゴルフ場に行く道ですね。英文で「Unzenpark,nagasakiken」。写っている人の背丈からみると、意外と広い道に思えます。各写真はクリックするとはっきり見えます。

雲仙のゴルフ場は、「大正2年〇『県営ゴルフ場』〇『県営テニスコート』開設」となっています。


下の左の写真は「昭和7年頃、ゴルフ場に集まるタクシー」となっています。右の写真は時代が分かりませんが、背景の風景を見るとゴルフ場。
思ったよりというより、こんなに雲仙のゴルフ場にタクシーが集まるものかと?

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   (「2005 小浜町80周年記念誌」より)           (「雲仙お山の情報館」提供)

雲仙への自動車道路の写真はあちらこちら見られるのですが、ゴルフ場への道を撮したものは少なく、下は以前にも紹介したゴルフ場付近の道が写っている写真。

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 (「雲仙」昭和2年・雲仙岳後援会発行)             (「雲仙お山の情報館」提供)

下はGoogleEarthの写真で、赤の丸が「ゴルフ場」、緑の丸が「温泉街」、「A」が温泉街からゴルフ場にいたる道、「B」は島原にいたる道。「C」は国見町にいたる道。

「B]と「C」の付近には旅館はありません。ということで、一番上の写真は「A」の道のどこかと思われます。


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現在の「A]の道。片側が崖、もう片側が川、多分「加持川」か?こちらはゴルフ場に向かうところの写真です。一番上の写真とは逆になっていますから、ゴルフ場に向かうのを向こう側から撮ったものですが、写真には裏表逆に焼いたものや、この間紹介した「長崎福田の千本松原」が千々石の松原だったりで、昔の写真は良く見ないと、というところもあるのですが・・・

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上の写真、いつ頃撮られたかですが、考えてみるとゴルフ場横を通って、温泉街に行くには、島原~雲仙の道路が完成していないと通れないわけで・・・

「湯煙の記憶・雲仙国立公園年表」(国立公園ビジターセンター運営協議会)には「1922(大正11年)〇温泉(雲仙)~島原間に自動車道路完成」となっていますが、「雲仙の歴史・長崎県発行(昭和59年3月)」には「雲仙ー島原間自動車道路は、大正12年に完成しており・・・」という記述があります。少し違いがあります。


ところがですね、同書をよく読んでみると、「4)公園の管理と道路、公園事業の推進」の「二、自動車道路、その他の道路整備」の所に「・・・大正元年にはゴルフ場まで、大正5年までには普賢への登山道路が改修された・・・」と書いてありました。「改修」がどのようなものであったのか、気にはなるのですが。


ゴルフ場の開設が「大正2年」で、道路が「大正元年」なら、道路が先にできたことになりますが、考えれば工事の時は、現場までの工事用の取り付け道路が必要なので、ヒョッとしたら、とも考えられます。いずれにしても、上の絵はがきの道路は、作られたか改修された道路かはハッキリしませんが、広さからみると、少なくとも大正5年には作られた道路だと思われます。

大正13年、杉村廣太郞氏の「温泉嶽を繞りて」に温泉街からゴルフ場に至る風景が書いてあり・・・

「・・・昨夜見た古湯の町を、出外れて右に折れ(注:多分、旧東洋館あたりか)自動車の通ふ廣い道路を行くと、やがて一方が山で、一方に谷深く樹立を透かして、清らかな水が巌間を流れている加持川が見える。この川も又温泉(うんぜん)名所の一つで幽邃閑雅な仙境である。・・・」


多分、上の写真が撮られた年月は分かりませんが、杉村氏の書かれたような情景であったのでしょう。いまは、単なる道路になりましたが。この写真、どこで撮られたか、いずれ調べて見ようとは思っています。


2020年11月26日 (木)

「雲仙ゴルフ場」の池

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先日、雲仙の紅葉状況を紹介したとき、最後に絵葉書にあるゴルフ場の池を紹介しました。→こちらをクリック

実は、このゴルフ場の横を通り通勤すること4年。この池には気づかず、アレ、ここに池があったけと思い、気になったので、手持ちの絵葉書を見ると、結構池が写り込んでいるんですね。なにか書き込んだ様子のもあるのですが。


下の絵葉書の〇印、これならなんとなく納得。右の絵葉書はモロ写真ですから、修正のしようがなく、意外と小さく写っていますが、周囲をよく見ると水が溜まったあとがあり、雨上がりの後などもう少し水が溜まったと思われます。


Photo_20201126195601    Photo_20201126195602 

極めつけがこれで、多分ゴルフ場が作ったと思われる絵葉書、チャンと1コースの横に池が書いてあり、しかもコースの半分くらいの大きさ、ということは一番上の絵葉書に写り込んだ池も、まんざら嘘では無いなと。

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ゴルフ場には、わざと池などを作って人を困らせるコースがあるとか。私、ゴルフはしたことがありませんが「風の大地」などを読み、意外と知識だけはあるのです。沖田圭介、34歳と9ヶ月、現在、セント・アンドリュースで土砂降りの雨の中健闘をしております。ということで、こんな所に池があるのは、ゴルフには関係ない。ということくらいは私にも分かります。

考えると家からゴルフ場まで30分程度なので、見に行って確認した方が早いなと。で、行ってみるとゴルフ場の端っこの方にありました。ゴルフ塲には入れないので、外から写真を撮りましたが意外と奥行きが深い池でした。矢印は仁田峠に行く道路の昔の料金徴収所だったところ。


見た所、水が流れ入る所はなく、多分雨水が溜まったところかな?と思わせる感じでした。ですから、雨が降らないときは水が干上がって「空池」?


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なお、池の所を見ていくと写真のような溝があり、ゴルフコースから見ると、多分、池がここらまで来るので排水のためかな、という感じでした。

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以上のようなことから、絵葉書の池は、昔はまんざら嘘では無かったような。



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