映画

2017年8月17日 (木)

2001年宇宙の旅~「映画の見方がわかる本★町田智浩著」より


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懐かしき、「2001年宇宙の旅」ですね。難解だとも言われましたが、映画の出だしの、「ツァラトゥストラはかく語りき」、宇宙船が浮かぶ場面での、「美しく青きドナウ」のワルツ。すべてが意表を突く表現でした。

「2001年の旅」シリーズの本、多分これが全部だったと思います。これをそろえたのは下の、「映画の見方がわかる本」を読んだからですが。

例えば、「地獄の黙示録」。某評論家が、T・S・エリオット、フレイザーなど劇中で引用された文献を使って評論したそうですが、「前提となる事実が抜けています。実は、それらの引用は、カーツ大佐役のマーロン・ブランドが肥満でアクションもできなければ、セリフも覚えていなかったため、仕方がなくカンペに書いて朗読させた苦肉の策に過ぎなかったのです。そんなことを真剣に論じてどれだけの意味があるのでしょう?」など書いてありますが、決してネタバレものではなく、映画の内幕を語りながら、映画の観かたを考えさせる本です。
 
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「2001年宇宙の旅」は、監督のキューブリックが書いたシナリオがあり、次に脚本に協力したアーサー・C・クラークによる小説版、「2001年宇宙の旅」があり、3番目にクラークによる「失われた宇宙の旅2001」があり、4番目に「プレイボーイ」68年9月号のインタビューがあり、最後に、ジェローム・アジェールによる、「『メイキング・オブ・2001年宇宙の旅』(ソニー・マガジンズ)は訳が拙く意味不明だ。しかし、あちらこちらに貴重な証言が埋もれている。」があるそうです。

「2001年宇宙の旅」は映画に沿ったもの。

「失われた宇宙の旅2001」の第1部では、「キューブリックとわたし」という事で、映画を作る上でのノンフィクションも交えながら、物語が進んでいきます。

「モノリス」について、「はじめはこの異星物体は四角い四面体だった。立体図形のうちでいちばん単純かつ基本的なもので、四つの正三角形から成り立っている。」という事で、初めは映画で見るモノリスとは違っていたことがわかると思います。とても興味深いことも書いてあります。

なお、この「失われた宇宙の旅2001」の前書きで、アーサー・C・クラークはこう書いています。「小説『2001年宇宙の旅』は、1968年7月に出版されたが、それはいまのような文章から書きだされていた(注:「2001年宇宙の旅」の前書きは、「いま生きている人間ひとりひとりの背後には、30人の幽霊が立っている。それが生者の死者に対する割合である。時のあけぼの以来、およそ一千億の人間が地球上に足跡を残した。」)。しかし、その4年まえ、第一稿はこんな風にはじまった・・・・・」

出だしは、「二十世紀の初め十年と終わりの十年とのあいだには、人間のあらゆる無鉄砲な空想を超える大きな裂け目が開いている。・・・・」

「2001年宇宙の旅(決定版)」ですね。これ読んでいません。実は、2か月の入院中、上の6冊を読んでみようかと思っていたのですが、持っていくのを忘れてしましました。

たしか、「2010年宇宙の旅」は映画でもあったと思います。監督はキューブリックではありませんが。たしか、前作の謎解きもあったかと思います。

「3001年終局の旅」では、本の解説によると、1000年前、宇宙船のコンピューター「HAL」によって宇宙船から放り出された、船長代理フランク・ブルーが海王星軌道付近で発見され、「地球の軌道都市スター・シティで蘇生されたプールがたどる究極にして最後の宇宙の旅とは・・・・」という事で、これで完結編になるそうです。

最も、アーサー・C・クラークさん2008年に亡くなっていますから、これ以上書けないわけですが・・・・



2015年10月 8日 (木)

「センゴク一統記 第14巻」発売~宮下英樹著

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今日、本屋さんに寄ってみたら、第14巻が発売。


この本、意外に売れてるらしく、第13巻目が並んでいるな、と思ったら、いつの

にか売れ、また置いてあるな、と思ったら、又売れと、根強い人気を持っている

ようで・・・


さて、第14巻の最後を見ると、第15巻の宣伝があり、「第3部『センゴク一
統記』

ここに完結!!」とあるので一応、第15巻で一段落みたいですが、「”織田家簒

奪”を目論む羽柴秀吉ーその秀吉を叩き潰さんとする織田信雄と、領土拡大を

狙う徳川家康の連合軍。日本中を巻き込んだ小牧・長久手合戦、その驚くべき

結末とはー!?」とあり、第14巻は、この「小牧・長久手合戦」の前哨戦とも言うべ

き事が描いてあります。


戦いは、「徳川家康・織田信雄(のぶかつ)vs豊臣秀吉」になるわけですが、「家

康は名目上の総大将信雄の命を通り越し、秀吉の領土である美濃・近江・山城

の地を与うという(注:各地の有力者へ)誇大な空手形にて諸勢力を糾合、さらに

特筆すべきは、信雄の領土の諸勢力を懐柔ー着々と織田領を吸収してゆく、こ

こに家康の野望が窺いしれるのである。」、という事で、戦いの本質は「徳川家康

VS豊臣秀吉」になるわけです。


読んでみて、戦とは、「人の裏を読み、裏をいって、その裏をかく」と言ったことが

よく分かります。

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上が、長久手の戦いの布陣になるわけで、どうなったかは、日本史をチャント勉

強した人は、ご存じでしょうが、いつも言うように、私、日本史の時間は、休息タイ

ムでしたので、宣伝文句の「その驚くべき結末とは!?」というのが、楽しみです。


次回、第15巻の発売は、2016年3月になっていますが、少し遅いな。第14巻

の中身、忘れちゃいますよ。昨日のことも覚えていないのに!


(文引用:「センゴク一統記」より)






2015年3月 9日 (月)

「男はつらいよ・映画版」最終回

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TV版の最終回の事を書いたので、映画版の最終回の事も・・・


「男はつらいよ」第48作「寅次郎の紅の花」。第1作が、1969年「男はつらい

よ」。この第48作が1995年「男はつらいよ 寅次郎紅の花」。最後の作品。


このあと、「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花特別編」がありますが、渥美

清さんが亡くなられたのが1996年8月で、この映画が作られたのが、1997

11月ですから、既存の映像、CGで作られた物で、この48作「寅次郎の紅の花」

が、実質上の最後の映画になります。


この映画には、ほとんど寅さんは登場しなく、昔のような、威勢の良いタンカも聞

かれません。渥美清さんはこのとき、癌がひどく、出演できる状態ではなかった

そうです。


42作目からは、渥美清さんの体の状態が悪く、さくらと博の息子「満男」と、想い

を寄せる「泉(後藤久美子)」の恋物語が、サブストーリーになってきます。


さて、寅次郎の事をみんな心配していますが、なんと、「阪神・淡路大震災」のボ

ランティアとして大活躍しています。TVでさくらが見つけます。


さて、さくらと博の子供、満男の所に、泉が訪ねてきます。この二人も、お互い惚

れてはいるのですが、どうもうまくいきません。泉は満男に、見合いのこと、結婚

するかも知れないことを告げますが、満男は気の弱さで何も言えません。


結局、結婚式の日、満男は結婚式の邪魔をしに。(ダスティン・ホフマンの「卒業」

みたいに、かっこよくありませんが・・・・)


そのまま、一人、足に任せて、付いたところが、奄美大島。偶然に「リリー(浅丘

ルリ子)」に会い、ウチにも居候が一人いるからおいでよ、とついていった家に、

なんと、おじちゃんの、寅さん。毎日、快適に暮らしていますが、

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追ってきたのが、破談になった泉。

海岸にいる満男の所にいって、「どうして、あんなことしたのよ?」と詰問します

が、満男は海の中へ後ずさりしながら、「愛してんだよ!」。泉はニッコリして「もう

度いってよ!」。満男は、海の中に尻餅を。二人の心が通じ合った瞬間です。


それを見ていた寅さん、「無様だね」。リリー「若いんだもの、いいんじゃない、私

たちと違うわ。」

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こうして、リリーも付いて、4人帰ってくるのですが、さくらは、「まだ夫婦じない

だから」と二人の寝るところを、別々の部屋にしますが、これを聞いて、リリー

「あら、一緒でよかったのに」。

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リリーは、11作、15作、25作、そして、この48作、マドンナ役としては、一番多

く出演しています。


どの作品も、あと一息で、所帯を持つところまでいくのですが。妹のさくらが、リリ

ーに、寅さんとの結婚を頼んで、「いいわよ」といっても、寅次郎は「冗談だろう」。


寅さんが「リリー、おれと所帯をもつか」というと、「私たち、夢を見ていたのよ。ほ

ら、あんまり暑いからさ」


この作も一緒で、しばらくは仲良く暮らしますが、ささいなことで、リリーは奄美大

島へかえることに。さくらは、寅さんに止めるように言いますが、いうことを聞きま

せん。


タクシーに乗っていこうとするリリーの横に、突如寅さんが座ります。

「か弱い女を一人寂しく旅立たせるわけるにはいかないだろう」

「寅さん、どこまで送っていただけるんですか?」

「男が女をおくるって場合は、その女の玄関まで送るっていうことよ。」

いいセリフですね。ハンフリー・ボガードみたい。私も、このセリフ、いつか使いた

な。


さて、二人が、奄美大島へ帰って数ヶ月後、リリーからさくらの所に、手紙が届き

ます。また、ささいなことで、喧嘩をして、寅さんが出ていったとか。

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寅さんは、災害地の神戸に来ていました。みんなから歓迎を受けるところで、映

画は終わります。

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さて、寅さんの映画がなぜ、こんなに長く続いたのか、ユーモアもあり、セリフも

うまく、筋立ても良く、親戚のおじさんに、正論のお小言を言われるような感じも

あり、時として、哲学的なこともいいます。


「それを言っちゃあお仕舞いよ」。私も、カミサンに言いたいことが、山とあるので

すが、そのたび、この「それを言っちゃあお仕舞いよ」を思い出し我慢していま

す。


おかげで、離婚せずにすんでいるわけで
すが・・・寅さんのおかげです。もっと

も、こちらは、言われっぱなしですが・・・


山田洋二のコメントで、「寅さんあじさいの恋」で、寅さ
んが、かがり(マドンナ・い

しだあゆみ)の所へ訪ねていって、泊まりますが、かがりが、寅さんが寝ている子

ども部屋に、ランドセルを取りにいく所で、あわやという場面。とらさんは、お

なびっくりで、タヌキ寝入りをして、かがりは、ちょっとがっかりしたような顔で

いったそうです。


この映画で、大阪・天王寺松竹の支配人から、山田監督が聞いた話だそうです。

映画館は土地柄、酔っ払いや、フーテンが大勢いて、この場面になると、酔っ払

いが「いてまえ、いてまえ(やってしまえ)」と叫んだら、その声に対して、「アホ、

寅はそういうことをせんのがええところやないか」と反論の声が起き、場内爆笑し

たそうです。


高校生の初めてのデートの時、手を握って良いものかどうか、手の甲が触れ合う

と、稲妻に打たれたみたいに、どきっとしたものです。誰でも、そんな純情な時代

の事を覚えているでしょう。そんな、純情な時代の自分を、思い出しているので

はないでしょうか。


約30年間の間の作品ですから、さくらさんもふけました。夫の博さんも少し太っ

たみたいです。寅さんはもちろん亡くなり、おいちゃんも、森川信→村松達郎→

下条正巳と変わりました。おばちゃん(三崎智恵子)も少し細せたみたいで、白髪

が増えました。御前様も亡くなりました。タコ社長は、変わりません。


映画と共に、出演者も年月を経ていく、こんな映画、もう出ないと思います。ヒマ

でない方も、もう一度、是非ご覧下さい。


(参考・引用:「男はつらいよ 寅さん読本~寅さん俱楽部編」より)



2015年3月 2日 (月)

「男はつらいよ TV版 第26回(最終回)」のこと その二

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このTV版の「男はつらいよ」は、昭和43年10月3日から、木曜日の午後10時

より放映されています。昭和43年10月というと、メキシコオリンピックの開催、

川端康成のノーベル賞受賞、大学紛争。6月には故ケネディ大統領の弟の暗殺

等々、いろんな事があった年です。


さて、恩師の散歩先生は亡くなり、その娘、冬子にも恋人がいることが分かり、

落ち込んでいる寅次郎。先生の墓にお参りし、「つらいもんだね男って」なんて、

言いますが、墓の前で寅次郎のセリフ、まだ長いのですが・・・・


渥美清というと、「男はつらいよ」の印象が強く、喜劇役者だと見られがちです

が、この場面見たら、ひょっとしたら、渥美清、性格俳優ではないかと、思われる

場面です。


寅次郎は、旅に出る前に冬子の家に寄りますが、散歩先生が亡くなってからは、

家に入らず、縁側でしか話をしません。寅次郎の律儀さ、純情さでしょう。

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さて、おいちゃんは「とらや」を閉め、喫茶店になりますが、舎弟の登はそこで、

いて、おいちゃんと、おばちゃんはアパート暮らしでテレビばかりを見る毎日。

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さくら(このとき妊娠しています)の所に、おばちゃんが遊びに来て、寅さんの噂を

しているときに、源公(寅次郎の異父兄弟かも知れない)が薄汚れて、訪ねてきま

す。

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寅次郎は、金儲けのため、「ハブ」が金になると、奄美大島へ。ところが、逆にハ

ブに噛まれて亡くなってしまいます。


寅次郎が死んだことについて、山田監督は次の様にかいています。

「やはり寅さんのような人間は現代日本の苛酷な管理社会にはとうてい住めは

しないということを、視聴者にメッセージと送りたかったからです。」

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ところが、さくらは泣くと思いしや、お兄ちゃんは生きて、帰ってくると言いきります

、その夜、生まれてくる子供への、約束の贈り物だといって、さくらの所へ、

次郎の霊が現れます。

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さくらは、追いかけますが、消えてしまい、さくらも寅次郎が死んだことを納得しま

す。最後のシーンです。

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当時のTVの美術スタッフの座談ですが、小物について語っています。

映画とは少し違って、「男はつらいよ・寅さん読本」は、ほとんど映画について

書いていますが・・・比べると


お守りは、TVでは最初は、成田山のお守りを使っていたそうです。映画では、も

ちろん、柴又帝釈天。


背広はほぼ一緒で、当時は、背広といえば、男物は紺色ばかりで、婦人物を捜

して、作った物。


帽子はTVでは、特別製で、顔がよく写るようにツバを少し短めに。映画では、第

1作は「東京ハット」というメーカーの市販のもの。


腹巻きは、TVでは既製品では似合わないということで、手編み。本で
、「TV

シリーズでは最初から愛用していますが、特にこだわりはなく市販の普及品を使

っています。」となっていますが、TVの美術さんが、「手編み」と言っていますか

ら、TV版は間違いなく、手編みでしょう。


なお、寅さんの衣裳、小道具は、番組終了の打ち上げの時、景品にしたそうです

が、後日、松竹映画から、貸してくれないか、などと来たそうです。


さて、渥美清さんの墓、古くからの親友、関敬六さんと、谷幹一さんが訪れてい

ますが、墓は、「田所家之墓」で、「渥美清之墓」でも、「車寅次郎之墓」でもあり

ません。

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墓の右側に、戒名が書いてありますが、一番左が、渥美清さんのです。これも、

良く見ると、ほかの方のように、戒名もなく「故田所康夫 平成八年八月四日没 

享年六十八歳」と、ただ一行のみです。多分、本人の希望だったのでしょう・・・・

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関敬六さんが「渥美清とか、車寅次郎とかないと淋しいような気がするな」と言

と、谷幹一さん「田所家の人だから・・・寅さんは、みんなの心の中にいきてま

す」と言っていま


なお、寅さんが死んで終了時に視聴者から、「殴り込みに行くぞ」「なぜ寅を殺し

たんだ」など、電話とか手紙が続いたそうです。


山田監督は、寅さんを死なせたのは、間違っていたのでは、という事で、映画で

復活させるべく、松竹映画に企画を持って行ったそうです。


(参考・引用:「男はつらいよ・寅さん読本」「男はつらいよ・テレビドラマ版」)



 

2015年2月28日 (土)

「男はつらいよ TV版 第一回」のこと その一

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これが、車平造一家の唯一の写真だそうです。兄は、おいちゃんで、名前は車竜

造。


お母さんと、さくら。お母さんは、この写真を撮ってまもなく、亡くなります。お父さ

んはその後、事業がうまくいかず、酒のむちゃ飲み、さくらが中学校の時死亡。


寅次郎は随分殴られ、「お前は寅でなく、豚だ」とも言われたそうです。

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兄さんですが、大学を中退し、好きな釣りに行った時、時化に遭い不慮の死を

遂げます。さくらが高校を卒業した時です。


車寅次郎は、兄と比べると、こうも違うかと思うくらい、出来が悪く、中学校の時

から不良の仲間入りをし、家には出たり入ったりで、さくらが物心着く頃、いつ

間にかいなくなったそうです。

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寅次郎とさくら、実の兄、妹と思っていたら、母親が違うんですね。なお、TV版で

は、隣の工場の、タコ社長と、柴又帝釈天の、御前様は出てきてきません。もち

ろん、博さんもです。

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私が、参考にした資料ですが、TV版のマスターテープが、第一回と最終回(第

26回)しか残ってなく、このDVDには、その二回分と、山田監督、フジテレビ制

者兼演出家の小林俊一氏の対談、作曲者の星野哲郎、TV局の美術スタッフ

対話、関敬六と谷幹一の墓参りの様子が、収録されています。

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本の方もTV版には触れてありますが、第1回と第26回のあらすじしか、書いて

ありません。第2回目から第25回目までは、DVDの方に、写真で少々紹介をし

てあるだけです。


この頃は、まだ、山田監督はこのドラマの監督ではなく、脚本と原案に関わって

います。

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この頃、渥美清は、「おもろい夫婦」、「くいしんぼ」、「出雲の女」と有名な作品を

だしており、

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山田監督と小林プロデューサは、何時かは、渥美清を主演に、大型喜劇を作

うと思っていたそうですが、この間書いた、「愚兄賢妹」という企画書を提出した

そうです。


が何となくピントとこなく、小林氏が演歌の歌詞で「つらいもんだよ男とは」と

いうのを聞き、この作詞者が、「男はつらいよ」の主題歌を作った、星野哲郎氏。


同時に、山田監督がどこかで「男もつらい」という歌詞を聴いたそうで、偶然の

一致ですが、これで、「男はつらいよ」という題になったそうです。


なお、作曲は山本直純氏ですが、イントロが長く、これに「わたくし、生まれも育ち

も・・・・」というタンカを入れたらピッタリで、星野哲郎氏には許可無く入れたそう

ですが、「タンカを入れて良かった」と述べています。   

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さて、本論ですが、寅次郎は18年ぶりに柴又に帰ってきます(おばちゃんは、杉

山とく子)。


が、ご覧の通り、
テキヤ仲間を集め、どんちゃん騒ぎ、寅さんは、さくらに酌をす

るように、強要しますが、もちろん拒否で、「誰も言わないわよ、帰ってきてなん

て」とまで言い。寅次郎は、次の日、謝り、又旅にでようとしますが・・・・

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途中、恩師だった坪内散歩先生(懐かしの東野英治郎)宅によると、小さい頃、

いつもいじめていた、寅次郎の後輩で、さくらの友人の冬子(佐藤オリエ)が戻っ

て来て、一目惚れ、TV版では、この「冬子」が全作をとおし、唯一のマドンナで

す。


右が冬子役の佐藤オリエさんですが、かわゆいですね。なお、映画版の第2作

目の「続男はつらいよ」でも、マドンナ役で出演しています。

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忘れていました、さくらさん役は、長山藍子さん。恋人がいます。後、考え方の違

いで、別れますが・・・・

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寅次郎は、先生のお宅から、帰りますが、家の横の所で、腹痛をおこし(芝居

か?)、救急車で運ばれ・・・・ここまでが第1回で、あと最終回の前の25回まで

は、写真による説明になりますが・・・


渥美清を診てくれた先生(井川比佐志)が、さくら(前の恋人とは別れています)

に惚れ、いろいろあったようですが(テープがないので分かりません)、結局結婚

します。

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本当かどうかは分からない、弟(佐藤蛾次郎)がでてきたり、舎弟の登が転がり

込んだりで、とらやはガチャガチャになります。

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そのうち、生みの母(武智豊子)が見つかり、逢いに行きますが、イメージとは全

く違い、帰っいきます。映画版第2作目では、ミヤコ蝶々さんで、再び会いに

行き、今度は仲良く再会できたそうです。TV版ではよく分かりませんが・・・・


さて、散歩先生が倒れ

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うなぎ、しかも天然うなぎが食べたいと。寅次郎は、舎弟の登と一緒に、荒川

に獲りに。一日がかりでやっと一匹。料理して持って行くも、先生は椅子にもた

れたまま冷たくなっていました。


寅次郎が、葬儀をうまく取り仕切りますが、先生の娘、冬子さんにも恋人がいる

ことが分かり、最終回、第26回目・・・・また旅へ・・・・


2015年1月 9日 (金)

映画「第三の男」★「読み比べ」「見比べ」~原作を読む

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「第三の男」と言えば、知らない方はいないでしょうね。


本も出版されているので、見比べ、読み比べをしてみました。やはり、どう比べて

みても、映画が良いですね、本の方が面白い所は、作者、グレアム・グリーンに

よる「序」と、評論家、川本三郎氏の解説、「黄昏の維納(ウィーン)」ですね。


映画といえば、最初、原作があり、それを元に脚本が書かれ、撮影に入るわけで

すが、この映画、最初に、イギリスのプロデューサ、アレクサンダー・コルダが企

し、監督キャロル・リードのために脚本をグレアム・グリーンに依頼してます。


グレアムグリーンは「序」で「先ず物語を書いてからでないと、シナリオを書くこと

は私にはほとんど不可能だ。」と書いていますが、ところが、この物語、「残りあと

三日という時にも、何のストーリーも浮かんでこなかった。」


残り二日目になった時、「イギリスの情報組織の若い将校と昼食を共にする幸運

に恵まれ」その時、「地下警察」の事を知ったのですが、「地下警察」は、いわゆ

る「秘密警察」等の事ではなく、ウィーンの地下には巨大な下水道があります。


当時、戦後下のウィーンは、英、米、仏、ソ連の占領下に分割されていましたが、

「地下警察」とは、文字どうり下水道の中で働く「地下警察」。下水道は四大国の

管理下になく、各国の情報部員は自由に行き来でき、また、ペニシリンの裏取

引(後、分量を増やすため、混ぜ物を入れ犠牲者が多数でる。)の事を聞き、地

下道を回りながら、物語の全体像が形をなして来たそうです。


さて、映画は左のような感じで出ますが、分かる方には分かるし、分からない方

には分からないし・・・これ、映画全編に流れる、チターと(ツィター)いう楽器で

す。


アントン・カラスのチター、モノクロの光と影、そして、最後のシーンがなければ、

この映画は成り立たなかったでしょう。

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主人公は、ホリー・マーチンス。アメリカ人で、ベンジャミン・ベクスターという

名で、本を書いている三文作家。


この、マーチンスがかっての悪友、ハリー・ライムにウィーンに呼ばれますが、着

いてみると、ハリーは、ついさっき交通事故で死んだとのこと。葬式に間に合いま

すが、その中に、アリダ・ヴァリ扮する、ハリー・ライムの恋人、アンナ・シュミット

がいます、あとで、ホリー・マーチンスはアンナに恋心を抱きますが・・・ウチのカ

ミサンの方が美人だな・・・失敬・・本では「美しい顔じゃなかったーそれがいけな

かったんですよ。毎日毎日一緒に暮らしたい、そんな顔でした。飽きのこない顔

でした。・・・・」という感じの女性です(美人は三日見ると、飽きるか)。職業は、三

流劇場の女優。


そのうち、マーチンスはライムの死に疑惑を持つようになりますが、自動車には

ねられた時、運んだのが二人、にも関わらず、それを目撃していた、宿の門衛

は、人の男がいたと、即ち「第三の男」がいたことをきき、いよいよ疑問をいだ

きます。


そのうちキャロウェイというロンドン警視庁の警察官が、ハリーについて、彼がペ

ニシリンの密売をしていた事を打ち明け、協力を求めますが、最初は拒否をしま

す。


さて、映画では、「ホリー・マーチンス」になっていますが、本では「ロロ・マーチ

ス」になっており、最初はイギリス人の俳優を予定していたみたいですが、「イ

ギリス人ではなくアメリカのスターを選んだ結果いくらかの変更を余儀なくされた

ーハリーもアメリカ人に変えねばならなかったことだ。ジョセフ・コットン氏は、きわ

めて当然な理由によって、ロロという名前に反対した。アメリカ人には、ホモセク

シャルの含みがあるように聞こえるからである。」


なお、アンナもハンガリー人からチェコ人に変更されています。アンナの身分証

明書はハリー・ライムが偽造をしています。もちろん、分かれば、ハンガリーに強

制送還です。


ホリー・マーチンスは、キャロウェイ大佐に、偽造ペニシリンの被害者を見せら

れ、アンナの正式な身分証明書を作ることを条件に、ハリー・ライムの逮捕に協

力する事を引き受けますが、事情を知ったアンナはこれを破り捨ててしまいま

す。


アンナのハリー・ライムに対する気持ちは、「思ってるわけじゃありませんが、あ

たしの中にいるんです。それは事実ですわー友情と言うものじゃありません。だ

って、恋愛の夢を見る時は、いつも相手は彼なんですもの」

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有名な、観覧車のシーンですが、ここで、ハリー・ライムはホリー・マーチンスを仲

間に誘いますが、もちろん断り、ハリー・ライムは悪事を止めることを断ります。


ここで、ハリー・ライムは、なぜアンナがソ連に連行されたかを話します。

「この地区(ソ連地区)に住まわせてもらうには、サービスしなきゃならんのだ。お

れはときどきちょっとした情報を提供しなきゃならんのさ」

・・・・・・・・

「彼女はどうなるはずだったんだ?」

「たいしたことじゃないよ。ハンガリーへ送還されただろうな。実際、罪はおかして

ないんだからな。まあ、一年の強制労働か。イギリスの警察にこづきまわされて

いるよりも、自分の国へ帰った方がずっといい」

「彼女は警察にきみのことは何もいってないぞ」

・・・・・・・・・この部分は、映画も、本も同じ。


観覧車から降りて、ハリー・ライムは、あの名言を吐きます。

「ボルジア家支配のイタリアでの30年間は戦争、テロ、殺人、流血に満ちていた

が、結局はミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネッサンスを生んだ。スイスの同胞愛、

そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした?鳩時計だよ」。なお、

この台詞は、本には載ってなく、ハリー・ライム役のオーソンウェルズの発案であ

ったそうです。

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ハリー・ライムは、ホリー・マーティンズの罠にはまり、待ち合わせのカフェに行き

ます。


映画ではアンナが現れ、危険を知らせますが、ここ、本の方では、ハリー・ライム

が気づいて逃げる設定です。ハリー・ライムは下水道へ逃げ込み、逃げ回ります

が、どうにもできません。


最後、必死にあがいて、格子状になった、マンホールの空いた穴から指をさしだ

し、必死に持ち上げようとしますが、もちろん上がりません。


下水道側だけでなく、地上からも撮ったカメラワーク、凄いですね。地上に突き出

された指。生への執念がヒシヒシと伝わります。

ハリー・ライムはホリーマーティンズの銃弾に倒れます。

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問題のシーンです。ハリー・ライムの葬儀の後、本では


「・・・・彼が長い脚で彼女のあとを追って行くのを見守っていた。追いつくと、二人

は肩を並べてあるきだした。彼は一言も話しかけなかったようだった。物語の終

わりのように見えていたが、私(キャロウェイ大佐)の視野から消える前に、彼女

の手は彼の腕に通されたー物語はふつうこんなふにして始まるのだ。」


映画では、ご存じの通り、アンナはホリー・マーティンズに目もむけず、通り過り

すぎていきます。男は「未練」を持って、女はこれからの人生の「決意」を持って

のすれ違い。


この場面に関しては、グレアムグリーンがかなり、心配したようでしたが、「ごく少

数の重要な論点の一つは、結末に関するものだったが、結果は彼のみごとな勝

利であった」。と書いています。


ただ、私としては気になるのが、最後の部分。アンナがまっすぐ来て、少しばか

右の方へ曲がります。これ、カメラとの関係でしょうが、できれば曲がらずに、ク

レーンを使うなりで、まっすぐ歩いた方がより感動的だったのでは・・・・?

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なお、撮影はロバート・クラスカーになっていますが、川本三郎氏の解説では、

「映画史上最高といっていいラストシーンのカメラをまわしたのは”additional

photography"とクレジットされているハンス・シュニバーガー。かって、あのナチス

のプロパガンダ映画『民族の祭典』を作った女性監督・カメラマン、レニ・リーフェ

シュタールの恋人だった人物である。・・・・」と書かれています。



(参考・引用:「第三の男」~グレアム・グリーン著・小津次郎訳)







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