南串山村馬場庄屋定書等控帳(長崎県雲仙市)~やっと完成
以前から多少紹介をしていた南串山の庄屋さんの古文書(こもんじょ)。何といいますか、10名程度の会員で足かけ14年の解読。まだまだ、手つかずの古文書も沢山あるのですが、一応区切りがついたところで本にしようかと会長さんからの提案で、ここ2,3年は初めから読み返し訂正に訂正を重ね、やっと、出版にこぎつけました。全ページで600頁になるので、「原文、翻刻文」で1冊、「読み下し文」で1冊の2冊にしようとしたのですが、印刷代が高く「読み下し文」をCDに焼き込みにしました。
普通、出版されている庄屋さんの文書は、日記みたいに書いてあるのが多いのですが、この庄屋さんの古文書は年貢、農業、漁業、火事への対応、神社、寺、往来手形、和算etcと多岐にわたっており、私たち庶民の生活に密接な事柄が読み取れられます。
江戸時代、庄屋さんが地元のお医者さんに描いてもらった南串山の絵図。面白い所があるので、徐々にご紹介を。
現在、島原半島で庄屋さん関係の古文書で出版されているのが、南串山の「古記録抜書帳」。旧有田村庄屋の「石橋家記録」、多比良村の「永代日記」、そして今回出版の南串山村馬場庄屋の「定書等控帳」。これらを読むと、各村内の状況のみで無く、島原半島の村々のつながりも読み取れ、車も無い交通不便な時代の島原半島内の交流がうかがわれます。
島原半島は松平忠房公が入部し36ヶ村に定められ、明治以降変遷をし1市16町になり、大合併で3市になりました。ただ、1市16町時代と違い、各町競い合った1市16町の熱気、交流が薄れた感じがします。もう一度、古文書を読み、考えながら、地域の連携について考える時代ではないかと思うのですが・・・
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