正月

2019年1月11日 (金)

「鏡開」~千々石町橘神社

Dsc_0313_2

橘神社、7日が「七草がゆ」今日が「鏡開」になります。

「鏡開」は、山本健吉「最新俳句歳時記(新年)」によれば・・・


「正月11日、鏡餅を卸(おろ)して食べること、武家では具足開と言い、具足に供えた鏡餅を割り、女子は鏡台に供えた鏡餅を割った。刃物で切ることを忌み手や槌で割りかく。」

となっていますが、「切る」「割る」は縁起が悪いので、「運が開ける」などの目出度い「開」を使ったという話もあります。

下の写真は神社の総代さん方で、餅焼きの番です。

今日は平日にも関わらず、参拝の方がボチボチと。本殿の横で餅を焼いているので、参拝の方に、餅を食べていただきました。


Dsc_0322_2 Dsc_0299

やはり、お餅は炭火で。電子レンジでチン、トースターで焼くのは風情がありませんね。昔は、火鉢にあたりながら、餅がふくれるのを楽しみながら、食べたものでしたが・・・

Dsc_0320

「二度づけ禁止」などと野暮なことは言いません。気が済むまで何度でもおつけください。醤油は地元の「ヤマト醤油」。

ということで、昼飯の分まで食べて来ました。また、来年を楽しみにしています。

Dsc_0315

その後、久しぶりに森山町のため池を通りかかったら、なにか作ってあるので、なんだろうと、良く見ると・・・

Dsc_0292

今年は亥年ですね。ちなみにこちらでは「猪」が多く、中学校の近くの人家がある畑まで荒らされ、あちらこちら出没をしています。山道はぐるりと柵に囲まれていますが・・・

Dsc_0291_2

近所の有志で、何か楽しいものを、ということで作り始めたそうですが、こんなのも良いですね。


2019年1月 7日 (月)

「七草粥」の振る舞い~千々石町橘神社

Photo_2

今日は各神社で七草粥の振る舞いがあったようです。

橘神社では300食の振る舞い。少ないようですが、千々石町の人口は4614人(平成27年)です。

長崎の諏訪神社では、ニュースによると1000食の振る舞いだったそうですが、長崎市の人口は416556人(2018年)ですから、どちらが気前が良いかは一目瞭然。

10時から振る舞いで、少し早く行ったら関係者のお払い。その後すぐに、振る舞い。

Dsc_0269 Dsc_0273

七草の実物があるのは良いですね。最近の子どもは七草の名前も分からず、「草」と言ってっていましたから。

押し花が飾られて雰囲気が満点。橘神社は意外と梅が多く、多分、神社の梅の実を漬けたものでしょう。お粥にぴったり。もちろん、無農薬の梅です。多分。

Dsc_0282 Dsc_0284

食いっぱぐれがないように少し早めに行きましたが、この後ひっきりなしに人が来ていたようでした。

Dsc_0286_2

今年は橘神社の人出が例年より多かったそうです。相変わらずの絵馬。やはり、時期的に入学祈願、そして、家族の病気快癒祈願が多いみたいでした。
おみくじ。私は「恋愛成就」と出ました。

Dsc_0287 Dsc_0288

次は、1月11日、10時から鏡開きの振る舞い。ガスとか、トースターとか、電子レンジでチンと違って、たき火の熾火で焼きますから味が全然違います。いつだったか、マイ醤油を持って来ていた方がいましたが・・・

1月20日、朝6時から軍神橋の下の川で大寒禊ぎ。写真の好きな方はお越しください。

1月27日が大門松の解体で、やっと日常の神社に戻ります。




2019年1月 6日 (日)

「鬼火」~雲仙市千々石町

Dsc_0249_2

「左義長」「三毬杖」「どんど」「どんど焼き」「どんど正月」「さいと小屋」「若火」と全国的にいろいろな呼び名があるようですが、こちらでは「鬼火」「オネビ」が普通の呼び方。

小正月の火祭り行事。子ども会行事でやっていました。正月のしめ縄などを持って来て焼きます。

地域によっては、大がかりにするところもあるようですが、こちらは、つつましやかに・・・・

こどもは、習字の紙などを燃やすと字が上手くなるとか。尻を温めたり、熾火で焼いた餅を食べると無病息災といわれています。

ところが、子どもがいないんですね。少子化か出てこないのかは分かりませんが、ご覧のとおり大人ばかりでした。昨年は一人いたのですが・・・

Dsc_0254_2 Dsc_0255_2

昔はあちらこちらで煙が上がり、「鬼火」をやっているのが分かったのですが、近年は、ほとんど「鬼火」をしているところは無い状態になりました。

もう一ヵ所のところですが、多分、町内で2ヵ所だけみたいでした。こちらは子どもがいましたが、里帰りで帰郷していた方の子どもが多いみたい。

Dsc_0259_2

で、その途中「欠けた」の声。何のことかと思ったら、ちょうど部分日食の日でした。残念ながら、「鬼火」の煙で隠れて見えませんでした、

Dsc_0262

明日は橘神社で七草粥の振る舞い(300食)、朝の10時からになりますが、早めに行きましょう。



2019年1月 3日 (木)

私の「四社参り」

Dsc_0207_5

長崎では「三社参り」「三社詣」という言葉があり、三つの神社にお参りをすることですが、これ、地方によっては無い地方もあり、様々みたいです。

今年は、私、四つの神社を回ったので「四社参り」になります。

最初はなんと言っても、地元の産土神「天満宮」。千々石ミゲルの父、千々石大和守が龍造寺に滅ぼされたとき平和を願い、この地に「天満宮」を作るように願い、後年作られたとか。

で、12月31日に集まって初詣をしようと、お声がかかってので行ってみました。そしたら、差し入れに牡蠣を10㎏。食べた、食べた。一年分食べました。

そのうち、年を越したのでお参りをして一時半で解散。

今日行って見たら、正月でお参りをする人もいるので、開けはなされていました。拝殿の奥にあるのが、ご本尊が祀ってある本殿。中まで入れるのですが、恐れ多いので、遠くから。


Dsc_0203 Dsc_0205

次がもちろん「村の鎮守」の「温泉神社」。昔は「四面宮」。神仏分離のおり、明治二年に「四面宮」から「温泉神社」へ名前を変更。

本社が雲仙の「温泉神社」。支社が、ここと吾妻町、有家町、諌早。吾妻町、有家町は「温泉神社」を名乗っていますが、諌早は「諌早神社」になっています。

本来なら、村(町)の氏神さまで、昔は全戸、氏子だったのですが、現在は段々少なくなっているとか。

氏子を抜けながら、厄払い、七五三などには良く利用をしていますが、大切にして貰いたいものです。


Dsc_0212_3

今年は「茅の輪」が大きいとの小さいのが作ってありました。大人用と子供用かな?元日はそれなりに、初詣の人が多かったのですが、今日3日にはガランとしていました。

Dsc_0210_2

長崎に用事があったので、1月2日に「諏訪神社」に寄ってみましたが、階段を登るのはさすが歳のせいかキツかった、というより、よろめきながら登りました。

右の写真「長坂」ですが、ここまでは意外に初詣の方が少なかったのですが・・・・

Img_4625 Img_4628

山門を通った途端、この人出。結局拝殿まで行き着くのに30分

Img_4631_2

なんとかかんとかを付けてますね。私も持っていますが・・・

お賽銭箱の中、ほとんど小銭。千円札がボチボチ。一万円札を捜しましたがありませんでした。私は、大きいお札を持ってなかったので、ご縁があるように5円を・・・・


Img_4638 Img_4640

諏訪神社のすぐ近くの「動物園」。小さい頃、良くいきましたが、ロハです。
中身を大村市と分散する県立図書館、改装します。浪人の頃はよく利用しました。最も昼寝ばかりですが・・・特に夏は冷房があって良い気持ちで睡眠をむさぼりました。


Img_4641_2 Img_4646

最後が私のウォーキングコースにある、橘神社。3日ですが、結構な人出。昨年、雨漏りがしているので屋根を張り替えています。

Photo_2

日本一の大門松のせいか、初詣の方が増えています。車の多いこと.駐車場が狭いので出入りが大変です。近くに千々石支所があるので、そちらに駐めたが良いとは思うのですが・・・

良いカメラをぶら下げていると、スマホの写真をよく頼まれます。アベックさんか若い女性の方が多く、若い女性の場合は、少し笑い話をしながら「LINE交換しない?」。結局、全部断られました。

昔は、赤丸印の場所まで出店があったのですが、今年は片側だけになっていました。少し寂しい感じ。


Dsc_0230_2 Dsc_0237

橘神社のご本尊、橘中佐の銅像。いつか書きましたが若い女性「このオジちゃん、だい(誰の方言)」。

昔は右の写真のように、上山というところにあったのですが、戦後色々あって現在のところに移設されました。

この上山、山頭火の日記を読むと、ここを訪れています。


Dsc_0232_2 Img_20190103_0001

今後の予定が書いてありますから、貼っておきます。ただ、千々石は時間的に緩いところがあるので、時間どおりにいくとは限りません。

Dsc_0244

帰りがけの中学校の掲示版。いつも読んでいます。多分、学生が選び、自分たちで書いているようなのですが、よく読むと心に沁みます。

Dsc_0247_5

さて、今年は人出が多い神社、全く少ない神社に初詣に行きましたが、初詣は小さい神社が良いですね。

人出が多く、神様が何万人に願い事を頼まれても限界がありますよ。

今日は天満宮に行ったら誰もいないので、神様とゆっくり話をしました。近年、体調が悪いのでなんとかして欲しい、年金生活が苦しいので一億円に当たりたい、一生に一回●倫とやらをしてみたい、カミサンと仲良くしたい等々お願いをしたら、神様「よっしゃ」と胸を叩かれたので、今年は最高の年になると思います。以上は実話です。

行くなら、小さい神社で神様にじっくりとお願いを。



2018年1月 7日 (日)

「鬼火焚き」&「七草がゆ」&「三社参り」~雲仙市千々石町

Dsc_0528

「鬼火」、「おんび」、「おんの骨」、「左義長」、「どんど」・・・地方によって呼び方はいろいろあるそうですが、「古くは三毬杖とも書いた。毬杖(ぎちょう)とは祝いの棒の一種で、本来は三つの竹または木を結んで三脚にして立てたもの。・・・」、と後の説明が長いので、詳しく知りたい方は「山本健吉 基本季語五〇〇選」をお読みください。

朝起きてみたら、3,4か所煙が上がっていて、しめ縄を外し、いつもの所に、「一緒に良いですか?」と燃やしてもらいました。

昔は子供会が中心でしたが、昨年は1名。今年も少なかったのですが、段々と小さい子どもがやってきました。

いいですね。左が、かんぼこにウィンナーソーセージ、ソーセージは小さい子用。真ん中の鍋は多分、ぜんざい、右はお餅。お餅は、レンジでチンしたり、ガスで焼くより、熾火がいちばん。 

ここで、時間を見たら、9時30分。で、橘神社での、「七草がゆ」の振る舞いが10時からあり、食いっぱぐれてはと、一目散。

Dsc_0533_2

いつものように見本がおいてあり、「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、はとけのざ、すずな、すずしろ」、なんて言っても、若い方なかなか知りませんね。胡蝶蘭とか、スイトピーとか、シクラメンとか、ガーディニングにつかう花は良く知っているようですが・・・・こうして置いてあると、よく分かりますね。

Dsc_0505

いつもの神社でとれた、無農薬、無肥料、減塩の梅干し。七草がゆにピッタリです。

Dsc_0494 Dsc_0503

で、着いたのが9時40分。もう始まっていて、慌てて行列に並び、ありつきました。

おばさんが、お盆に4人分持っていって、連れはいないようなので、4人分食べるのかしらと思っていたら、タッパーを取り出して、その中に3人分入れ、あと一つは自分で食べていましたが、多分3人分は家族に持って行くのでしょう。女の方も歳をとると図太くなりますね。ウチのカミサンもですが・・・・

日曜日で人が多いかと思ったら、意外と10時過ぎても、ふるまいがあっていました。はやり、大鍋で作るのは、家の小鍋で作るのとは味が違いますね。アツアツをフーフーしながら、おいしゅうございました。で、ここでお参り、一社目。

Dsc_0518

ここから、5分ほどで、産土神の「天満宮」があるので、行ってみたら、誰もいなく、まあ、とにかく、お参りをして、二社目。

次に町の氏神様「温泉神社」。
すっかりかたづけてありましたが、丸いのは「茅の輪くぐり」に使う芯の部分。竹の部分は、何となく可愛いデスね。と言うことで、ここでお参りして、三社目。

Dsc_0534_2 Dsc_0535_2


今年も鬼火でしめ縄を燓いてもらい、七草粥を食べ、三社参りを無事終わりました。

Dsc_0568

ウチのカミサンは、私と一緒に出かけるのが嫌いなので、帰りがけ、「七草セット」を買ってきました。JR佐賀のものですが、この優しい心遣い。
でも、神社の大鍋で作った、七草かゆがおいしかったな happy01

2017年10月21日 (土)

「選挙」の後は「年賀状」


Img_20171021_0002

夜の8時過ぎになって、選挙カーの音も消え、やっと静かになりました。今日は最終日、しかも市会議員選挙もあって、昼は30分ごと電話があって、せわしい一日でした。

前にも書いたと思いますが、小さな地区で選挙事務をやっていた時、おばあちゃんが、「字を書けんから、代わりに書いて」。代筆は選挙事務2名でするのですが、「誰にする。」、「誰でも」、「誰でもじゃ、困るんですけれど」、「誰でん、一緒じゃろが」。という事で、あの時は困りました。

私の方は、明日は混むので、期日前投票をしましたが、おばあちゃんの真似をしてみようかとは思いましたが、立会人が全部知り合いなので、止めました。

選挙が終わり、いよいよ年賀状の季節になりました。誰が始めたのか知りませんが、最近、「歳で年賀を書く気力も、体力もなくなってきましたので、来年からご遠慮させていただきます。」という年賀状をいただく事が多くなり、私もボチボチだと思っております。

皆さん方の所にも年賀状は15日までだったかな、出してください、というお知らせが郵便局から来るとは思います。

上のお知らせ(裏は白です)は、新潟逓信管理局からのお知らせですが、逓信局は「郵便、小包郵便、郵便為替、郵便貯金、簡易生命保険、郵便年金、電信および電話の管理に属する事務、発電水力調査に関する事務ならびに電気事業および船舶海員の監督に関する事務を掌る」(Wikipediaより)ところだそうですから、今の郵便局より忙しいみたいです。

上のお知らせの年月日は、明治43年12月ですから、いまから107年前のものです。ですから、私たちは、100年近く、年賀状は早く出すよう言われているわけですが、私たち日本人は・・・・最も、私も年賀状を出すのは12月31日で、反省をしながら、今年は少し早めにと思っています。

皆様も早めに・・・・できれば、全部パソコンでなく、少しでも手書きを入れてもらえれば、暖かみがでると思うのですが。

最近の年賀状は同じようなものばかりで、面白くなくって、そう思いませんか?芋版で来た頃の年賀状が懐かしい postoffice




2017年1月11日 (水)

2017 橘神社「鏡開き餅振舞い」~雲仙市千々石町橘神社

Photo

橘神社、1月7日が、七草がゆの振舞いがありましたが、時間が10時半から、限定300食でしたが、開始時間にフライングがあったためか、間に合わなかった方がおられたとか。

本日、1月11日は「鏡開き餅振舞い」で、平日でもあったためか、10時に行ったら並ばずにゆったりと食べられました。

鏡餅は、山本健吉氏「基本季語五〇〇選」によると

「『鏡餅』という名は、鏡の形の丸い餅だから名付けたのではなく、鏡に映すようにそこに人々の『影』、すなわち『魂』の外に現れたすがたを見たからで、そこに人々の『命』の指標をも考えたのであろう。それでこそ、鏡餅がその人の千代をことほぐことになった。」とあります。

昨年末から神社に飾られ、本日、鏡開きだったのですが、「鏡開」とは、角川書店「ハンディ版  入門歳時記」によれば、

「正月の歳神(としがみ)に供え飾った鏡餅を祝って雑煮にしたり、汁粉にして食べること。その際、鏡餅を刃物を使わないで、槌(つち)などでたたき割ることを開くといっている。切るということばを忌んでの事である。・・・・・」

なお、いつもお世話になっている、「近世風俗志」には

「鏡餅を今日割り食す。武家にては、甲冑に備えたる餅を切ることを忌る。斧などをもって割る。」とあります。

という事ですが、こちらは、焼きもちで、昔は各家庭に火鉢があり、火鉢で焼くと段々ふくらんでいくのが面白かった思い出があります。

いまでは、ガスレンジで焼いたり、電子レンジでチンしたり、なんとなく情緒が無くなった感じがします。やはり、炭火、焚火のおき火で焼いたのが、こんがり焼けておいしいですね。

場所は橘神社、場所は「お焚き上げ場所前」


Img_0896 Img_0892

ちゃんとタレまで準備してあり、どこかみたいに、「二度づけ禁止」なんて、言いません。気のすむまで遠慮なく。

と思ったら、マイ醤油、マイ砂糖、マイ器を持参した方がいて、かなりのお餅を食べられましたが、今年はいい年になると思います。なにせ、神様にお供えし、神様の魂が入っていますから。


Img_0897 Img_0901

先ほどの「入門歳時記」では、「鏡餅を刃物を使わないで、槌(つち)などでたたき割ることを開くといっている。」とは書いてありますが、なにせ分量が多く、割ると分厚くなって火が通りにくいので、これ、藁切に使うやつですね。これで、あまり厚くならないように切っていました。

時間が早すぎたのか、参拝の人は少なかったのですが、この後、デーサービスとか保育園の子供たちが来る予定なのですが、用事があり、このあたりで失礼をしました。


Photo_2 Img_0918

あと神社の行事としては、1月20日(金)の「橘神社大寒禊(みそぎ)」。朝の6時から、場所は橘公園、軍神橋の下。

1月22日(日)の大門松解体、朝の8時から。ただ、この日は団体客がどっと来るらしく、どうなるかはまだ聞いていません。これで、橘神社のお正月行事が終了するわけです・・・詳しいお問い合わせは橘神社まで。






2017年1月 7日 (土)

2017「七草粥振舞い」(橘神社)&「鬼火焚き」~雲仙市千々石町


2

今日、1月7日は橘神社の「七草粥の振る舞い」と「鬼火焚き」の日。

いつもの通り、七草の見本が置いてあって、「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」と記憶力の弱い私が、スラスラと口に出てくるんですね。親から習った覚
えもないし、試験のために勉強した覚えもないし、不思議です。

5 Dsc_0258

2,3人分作るわけでなく、大量に作りますから、おいしいこと。梅干しは、橘神社の梅から作ったもので、七草粥にあいます。

3 2_2

「NBC長崎放送 あっぷる」さんの録画です。これは、後で説明を。正月のにぎわいは終りましたが、「厄払い」の方が多いみたいでした。

Photo 6

さて、「鬼火」です。こちらは、上山頭(かみやまがしら)の鬼火。

「民俗小辞典 神事と芸能(吉川弘文堂)」によれば、「サギチョウ、サギチョ、サギッツチョ、ドンド、サイトヤキ、三九郎焼」等、地域によって呼び名が違うようですが、「正月の火祭りの機会は十四日及び十五日が多いが、九州などでは七日に行い、オニビと呼ぶところもある。」ということですが、「鬼の骨(おんのほね)」と呼ぶところもあります。


Photo_2

鬼火の時には、しめ縄、正月の飾り物も燃やしますが、私もいつもお世話になっているので、行ってみたらまだ始まってなく、積んである焚き物の多い事。聞いてみると、「NBC長崎放送 アップル」の取材が来るとかで、張り切っていつもよりたくさん集めてきたそうです。これだけ、山から切り出して来るのは、大変だったと思います。
Photo_3 3_2

昔は、子供会中心で、子供会同士競いあっていたそうですが、今日も子供の姿はあまり見えず、二人だとか。そのうち、近所の人が見に来たり、ご近所の方、他の地区から正月の飾り物を持ってきたりしていました。

昔は、農家、自営業が多かったのですが、最近は勤め人が多く、朝は早いし夜は遅いし、ということで、ご近所のお付き合いも薄くなってきましたが、このような伝統行事の時、近くの人が寄って雑談などしているのは、いい風景でした。

たしか、昔は字が上手になるように、書初めを持ってきて一緒に焼いていたような気もしたのですが・・・


6_2 2_3

こちらのおじさんは、何をしているかというと、かっぽ酒の入れ物を作っていました。これ、鬼火の熾火(おきび)で燗をつけて飲むと、独特の風味でおいしいんですが、こちらは運転があって、残念。

8 Dsc_0233

こちらが「NBC長崎 アップル」のスタッフさん。右は一升瓶を持って、飲んだくれているようですが、これは「お神酒(おみき)」であって、単なる「酒」ではありません。

「お神酒」は、神様へのお供え物の一つであり、祭りのあと戴きますが、神様に供えられたということで、「神様の霊が宿った酒」で、普通の「酒」とは違います。インタビューの方も、「アップル」の発展を神様に祈りつつ、「お神酒」を飲んだものと思われます。多分。なお、車の運転は右のカメラマンがしていました。念のため。

なお、この後、橘神社の取材もしていましたが、しっかりと仕事はこなしていました。


4 5_2

こちらは、お隣の地区の下山頭の鬼火ですが、やはり子供の姿は見えず・・・

「あれ、子供は?」、「いないんですよね。」、「一人も?」、「ええ、一人も。」ということで、少子化について肌で実感したした次第です。


Photo_4

くんち、ランタン祭り、精霊流し等、長崎には大きなイベントがあり、また、世界遺産登録への運動などあります。それはそれで意義があるのですが、今日、あちらこちら回ってみて、田舎の小さな伝統行事を通じて、近所の方が協力しながら、地域づくりをする事が大切なことを感じました。

ただ、子供が少ないことがですね・・・

「タンポポとかけてなんと解く」
「オ〇〇〇ンと解く」
「その心は」
「種、まき散らす」

ということで、お若い旦那様方は、自分の奥様に、まき散らして少子化を防ぎましょう。

え~お後がよろしいようで coldsweats01



2016年12月26日 (月)

「雪見だい『福』」ゲット!しかも3個!!&「橘神社」年始行事について


Dsc_0090

「求めよさらば与えられん」、「臥薪嘗胆」、「母を訪ねて三千里」、「なせばなる、なさねばならぬ何事も」、「人生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し」とか一瞬いろんな言葉が頭に浮かびました。

考えれば、この9日、「雪見だいふく」の「ふく」に「福」の字が書いてあるレアものがあるとかの情報で、随分探しました。

コンビがあれば入り、スーパーがあれば入り、実に数十件、店員さんからは胡散臭い目で見られながらも、ついに努力が実り、一昨日、近くのコンビニに入ったら、あったんですね。このコンビニにも4,5回はチェックをかけていたのですが。

ところが、翌日、寄ってみたら、また置いてあり、それを取ったら、その下にもあるじゃありませんか。今日行ったら、全然ありませんでした。「雪見だいふく」はかなり売れている感じ。その帰りがけ「ポケGO」を途中の駐車場でやっていたら、またも出ました、「ピカチュウ・クリスマスバージョン」。

と、まあ年の瀬を前に、ラッキーな事が続き、あとは、年末ジャンボが当たるのを待つばかりですが、この様子なら・・・・scissors

Dsc_0085_2 Dsc_0086

「雪見だいふく」のうさぎさんも「福」を持っていましたが、「雪見だい福」さんのうさぎさんは「アッパレ」をしていました。

Dsc_0096 Dsc_0091

「橘神社」を通りかかったら、年末・年始の行事が貼ってあり、下記のとおりです。

12月31日(土) 年迎え禊 23時30分 神社手水舎
1月1日(日) 橘ぜんざい振舞い 0時より橘神社社務所前
1月7日(土) 七草粥振舞い 11時30分 社務所前 限定300食
1月11日(水) 鏡開き餅振舞い 10時
1月20日(金) 大寒禊 6時
1月22日(日) 大門松解体 8時

ですが、1月22日は、旅行会社のツアーが、門松を見に2団体、1800名ばかり来るそうですから、どうするか検討中だそうです。

ぜんざい、七草粥、鏡開きのお餅、いずれも、縁起物です。数に制限があるので、早めのお越しを。

Img_0609






2016年12月23日 (金)

2016「橘神社・大門松」VS「子供会・ミニ門松」~雲仙市千々石町

Img_0433_3

今年も、例年通り子供会の「ミニ門松」作りがありました。
いつもの通り、自治会長さんと老人クラブと子供会の共催になりますが、60世帯ばかりある中で、小学生が11名。久しぶりの「つばなれ」です。

「つばなれ」というと、最近はあまり使いませんが、寄席あたりからきた言葉で、「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ」と数え、「九」までは「つ」が付きますが、「十」になると「つ」が付かなくなります。で、「つばなれ」。「十」以上の事を指す言葉になります。

保護者のお母さんと話をしていると、「私の子どもが、小学校に入った時だから、もう7年になりますね。」と言われ、「え!もうそんなになりますか」、とびっくりしました。光陰矢の如しの実感です。

この、門松作りで一番大変なのが、竹を山から切ってくることですが、これは、自治会長さんと、老人クラブでしてもらいましたが、11人分の竹とはいいながら、大変だったと思います。

Photo_5 Img_0418_2

一年生もいますから、少し大変ですが、大人の手も借りながらやっと完成です。皆さん方の所で実施するときは、台の方をもう少し短くした方が良いと思います。なお、いろいろ飾っていますが、100円ショップで、私がかき集めてきたものです。

終わって、手作りのケーキをいただきましたが、大きいこと。血糖値を気にしながらも、おいしくいただきました。

自分の家に小さな子供がいなくなると、近所の子も段々知らなくなり、いい機会でした。

Img_0440_2 Img_0423_2

昼からは、「橘神社大門松完成竣工清祓い式」

Photo_7

だったのですが、あいにくの雨。「御神楽」と「肥前千々石鉄砲隊」の披露がありますから、どんなになるかと、気になること。その間にも、各マスコミの関係者への取材。今年は48本の竹を使い、14mの高さです。こちらでも、毎年、竹の調達に苦労しているようです。

Photo_8 Img_0497_2

で、とにかく、雨の中、式が執り行われ、門松、関係者へのお祓い。

Img_0484_2 Img_0468_2

その後、千々石中学校吹奏楽部による、「御神楽」。3年生が部活卒業、2年生の部員が0。一年生4名の演技でしたが、元気よく、「青春している」という感じ。

心配だったのが、鉄砲隊の演技があるかどうかだったのですが、さっそうと出陣。なにせ火縄銃です。

橘中佐の銅像(北村西望作)の前で発砲(空砲)。以前書きましたが、この銅像は上山という所にあったのですが、終戦で進駐軍に壊される恐れがあるという事で、一時隠され、その後、橘家へ移管され、最終的に現在位置に設置されたものです。

間違っても、「このおじさん誰?」とは言わないように。2回ほど聞かれましたが。

大きな音と、すごい硝煙。生け垣が邪魔になるので、来年は切り取る予定(こっそりと)。

Img_0547 Img_0558_2

ということで、式は無事終了。帰りがけ参道を見たら、早くも正月の準備。右は、橘公園の桜の開花基準木ですが、桜までは、まだまだですね。

Img_0563 Img_0564






より以前の記事一覧

フォト
2019年1月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

ブログランク参加中クリックしてね

最近のトラックバック

amazon

無料ブログはココログ