橘神社

2017年1月11日 (水)

2017 橘神社「鏡開き餅振舞い」~雲仙市千々石町橘神社

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橘神社、1月7日が、七草がゆの振舞いがありましたが、時間が10時半から、限定300食でしたが、開始時間にフライングがあったためか、間に合わなかった方がおられたとか。

本日、1月11日は「鏡開き餅振舞い」で、平日でもあったためか、10時に行ったら並ばずにゆったりと食べられました。

鏡餅は、山本健吉氏「基本季語五〇〇選」によると

「『鏡餅』という名は、鏡の形の丸い餅だから名付けたのではなく、鏡に映すようにそこに人々の『影』、すなわち『魂』の外に現れたすがたを見たからで、そこに人々の『命』の指標をも考えたのであろう。それでこそ、鏡餅がその人の千代をことほぐことになった。」とあります。

昨年末から神社に飾られ、本日、鏡開きだったのですが、「鏡開」とは、角川書店「ハンディ版  入門歳時記」によれば、

「正月の歳神(としがみ)に供え飾った鏡餅を祝って雑煮にしたり、汁粉にして食べること。その際、鏡餅を刃物を使わないで、槌(つち)などでたたき割ることを開くといっている。切るということばを忌んでの事である。・・・・・」

なお、いつもお世話になっている、「近世風俗志」には

「鏡餅を今日割り食す。武家にては、甲冑に備えたる餅を切ることを忌る。斧などをもって割る。」とあります。

という事ですが、こちらは、焼きもちで、昔は各家庭に火鉢があり、火鉢で焼くと段々ふくらんでいくのが面白かった思い出があります。

いまでは、ガスレンジで焼いたり、電子レンジでチンしたり、なんとなく情緒が無くなった感じがします。やはり、炭火、焚火のおき火で焼いたのが、こんがり焼けておいしいですね。

場所は橘神社、場所は「お焚き上げ場所前」


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ちゃんとタレまで準備してあり、どこかみたいに、「二度づけ禁止」なんて、言いません。気のすむまで遠慮なく。

と思ったら、マイ醤油、マイ砂糖、マイ器を持参した方がいて、かなりのお餅を食べられましたが、今年はいい年になると思います。なにせ、神様にお供えし、神様の魂が入っていますから。


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先ほどの「入門歳時記」では、「鏡餅を刃物を使わないで、槌(つち)などでたたき割ることを開くといっている。」とは書いてありますが、なにせ分量が多く、割ると分厚くなって火が通りにくいので、これ、藁切に使うやつですね。これで、あまり厚くならないように切っていました。

時間が早すぎたのか、参拝の人は少なかったのですが、この後、デーサービスとか保育園の子供たちが来る予定なのですが、用事があり、このあたりで失礼をしました。


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あと神社の行事としては、1月20日(金)の「橘神社大寒禊(みそぎ)」。朝の6時から、場所は橘公園、軍神橋の下。

1月22日(日)の大門松解体、朝の8時から。ただ、この日は団体客がどっと来るらしく、どうなるかはまだ聞いていません。これで、橘神社のお正月行事が終了するわけです・・・詳しいお問い合わせは橘神社まで。






2017年1月 7日 (土)

2017「七草粥振舞い」(橘神社)&「鬼火焚き」~雲仙市千々石町


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今日、1月7日は橘神社の「七草粥の振る舞い」と「鬼火焚き」の日。

いつもの通り、七草の見本が置いてあって、「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」と記憶力の弱い私が、スラスラと口に出てくるんですね。親から習った覚
えもないし、試験のために勉強した覚えもないし、不思議です。

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2,3人分作るわけでなく、大量に作りますから、おいしいこと。梅干しは、橘神社の梅から作ったもので、七草粥にあいます。

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「NBC長崎放送 あっぷる」さんの録画です。これは、後で説明を。正月のにぎわいは終りましたが、「厄払い」の方が多いみたいでした。

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さて、「鬼火」です。こちらは、上山頭(かみやまがしら)の鬼火。

「民俗小辞典 神事と芸能(吉川弘文堂)」によれば、「サギチョウ、サギチョ、サギッツチョ、ドンド、サイトヤキ、三九郎焼」等、地域によって呼び名が違うようですが、「正月の火祭りの機会は十四日及び十五日が多いが、九州などでは七日に行い、オニビと呼ぶところもある。」ということですが、「鬼の骨(おんのほね)」と呼ぶところもあります。


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鬼火の時には、しめ縄、正月の飾り物も燃やしますが、私もいつもお世話になっているので、行ってみたらまだ始まってなく、積んである焚き物の多い事。聞いてみると、「NBC長崎放送 アップル」の取材が来るとかで、張り切っていつもよりたくさん集めてきたそうです。これだけ、山から切り出して来るのは、大変だったと思います。
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昔は、子供会中心で、子供会同士競いあっていたそうですが、今日も子供の姿はあまり見えず、二人だとか。そのうち、近所の人が見に来たり、ご近所の方、他の地区から正月の飾り物を持ってきたりしていました。

昔は、農家、自営業が多かったのですが、最近は勤め人が多く、朝は早いし夜は遅いし、ということで、ご近所のお付き合いも薄くなってきましたが、このような伝統行事の時、近くの人が寄って雑談などしているのは、いい風景でした。

たしか、昔は字が上手になるように、書初めを持ってきて一緒に焼いていたような気もしたのですが・・・


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こちらのおじさんは、何をしているかというと、かっぽ酒の入れ物を作っていました。これ、鬼火の熾火(おきび)で燗をつけて飲むと、独特の風味でおいしいんですが、こちらは運転があって、残念。

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こちらが「NBC長崎 アップル」のスタッフさん。右は一升瓶を持って、飲んだくれているようですが、これは「お神酒(おみき)」であって、単なる「酒」ではありません。

「お神酒」は、神様へのお供え物の一つであり、祭りのあと戴きますが、神様に供えられたということで、「神様の霊が宿った酒」で、普通の「酒」とは違います。インタビューの方も、「アップル」の発展を神様に祈りつつ、「お神酒」を飲んだものと思われます。多分。なお、車の運転は右のカメラマンがしていました。念のため。

なお、この後、橘神社の取材もしていましたが、しっかりと仕事はこなしていました。


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こちらは、お隣の地区の下山頭の鬼火ですが、やはり子供の姿は見えず・・・

「あれ、子供は?」、「いないんですよね。」、「一人も?」、「ええ、一人も。」ということで、少子化について肌で実感したした次第です。


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くんち、ランタン祭り、精霊流し等、長崎には大きなイベントがあり、また、世界遺産登録への運動などあります。それはそれで意義があるのですが、今日、あちらこちら回ってみて、田舎の小さな伝統行事を通じて、近所の方が協力しながら、地域づくりをする事が大切なことを感じました。

ただ、子供が少ないことがですね・・・

「タンポポとかけてなんと解く」
「オ〇〇〇ンと解く」
「その心は」
「種、まき散らす」

ということで、お若い旦那様方は、自分の奥様に、まき散らして少子化を防ぎましょう。

え~お後がよろしいようで coldsweats01



2016年12月26日 (月)

「雪見だい『福』」ゲット!しかも3個!!&「橘神社」年始行事について


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「求めよさらば与えられん」、「臥薪嘗胆」、「母を訪ねて三千里」、「なせばなる、なさねばならぬ何事も」、「人生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し」とか一瞬いろんな言葉が頭に浮かびました。

考えれば、この9日、「雪見だいふく」の「ふく」に「福」の字が書いてあるレアものがあるとかの情報で、随分探しました。

コンビがあれば入り、スーパーがあれば入り、実に数十件、店員さんからは胡散臭い目で見られながらも、ついに努力が実り、一昨日、近くのコンビニに入ったら、あったんですね。このコンビニにも4,5回はチェックをかけていたのですが。

ところが、翌日、寄ってみたら、また置いてあり、それを取ったら、その下にもあるじゃありませんか。今日行ったら、全然ありませんでした。「雪見だいふく」はかなり売れている感じ。その帰りがけ「ポケGO」を途中の駐車場でやっていたら、またも出ました、「ピカチュウ・クリスマスバージョン」。

と、まあ年の瀬を前に、ラッキーな事が続き、あとは、年末ジャンボが当たるのを待つばかりですが、この様子なら・・・・scissors

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「雪見だいふく」のうさぎさんも「福」を持っていましたが、「雪見だい福」さんのうさぎさんは「アッパレ」をしていました。

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「橘神社」を通りかかったら、年末・年始の行事が貼ってあり、下記のとおりです。

12月31日(土) 年迎え禊 23時30分 神社手水舎
1月1日(日) 橘ぜんざい振舞い 0時より橘神社社務所前
1月7日(土) 七草粥振舞い 11時30分 社務所前 限定300食
1月11日(水) 鏡開き餅振舞い 10時
1月20日(金) 大寒禊 6時
1月22日(日) 大門松解体 8時

ですが、1月22日は、旅行会社のツアーが、門松を見に2団体、1800名ばかり来るそうですから、どうするか検討中だそうです。

ぜんざい、七草粥、鏡開きのお餅、いずれも、縁起物です。数に制限があるので、早めのお越しを。

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2016年11月23日 (水)

「島原・雲仙・南島原の昭和」(樹林社刊)~写真は撮るべし・取っておくべし 【付録】橘神社門松作り始まる

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昨日、TSUTAYAさんから電話があり、頼んでいた本が着いたとかで取りに行きました。「島原・雲仙・南島原の昭和」。「予約多かった?」「はい、多いですね」。私の後ろに並んだ方も、「昨日、予約の本で連絡あったけど・・・」。見ると、一緒の本でした。

写真集といえば、すぐに買うのが私の趣味で、昔と今と比べると参考になるところがあります。(ヌード写真は別・実物のほうが良い)


今回の話の写真は残念ながら、この写真集には載せてありません。なにせ、島原半島は昔、1市16町と範囲が広いので、各町数点づつの写真ですが、それでも役に立つところはありました。

さて、平成4年の千々石町老人クラブ連合会で、「懐かしいふるさと写真集」を発行しており、この中で、千々石の氏神様、温泉神社の写真に一枚、興味があるのですが


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現在の同じような地点で撮った写真ですが、上の写真は上側から撮ったような感じです。今は駐車場ですが、多分以前畑があって、そこから撮ったと思われます。

さて、現在、同じような角度から撮った写真。


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違いが分かるかと思いますが、鳥居が一基と二基の違い、境内への入り口の違い、境内のすぐ横に家がありますが、たぶん社務所でしょう。現在は、川を隔てたところにあります。

さて、一番上の写真の赤丸印のところ、写真が荒くよく読めませんが、「一千二百年?祭??」と書いてあるのですが、この、一千二百年が、紀元は一千二百年なのか、神社ができてから一千二百年なのか?

千々石の温泉神社は、雲仙の温泉神社の末社になり、島原半島においても由緒のある神社なのですが、調べてみると「千々石町郷土誌」に次のように書いてありました。

「雲仙の本社である温泉神社一ノ鳥居に『明治三十三年三月 一千二百年祭』と彫ってある。山田社(吾妻町山田・こちらも雲仙の温泉神社の末社になります)で明治三六年に一千二百年祭を執行したとある。」

とありますから、一番上の写真の鳥居は、明治三十三~明治三十六年あたりに建てられたと考えられます。

下の写真、一の鳥居が、「明治三十八年十月」に建てられた、日露戦従賽記念の鳥居です。二の鳥居が「天保四年癸己九月」となっています。

ということは、「天保四年」→「一千二百年祭」→「日露戦従賽記念」の順で鳥居が建てられたことになるのですが、一番上の写真には「一千二百年」の鳥居しか写っていません。考えられるのは、あと二基の鳥居は、もっと奥のほうに建てられ、写真には写らなかった、もしくは、入り口あたりを改築したとき、一時的に解体したか。

いずれにしても、「一千二百年祭」の鳥居が現在もなく、どうなったのでしょう?
大正11年に、「肥前国千々石灘地震」が起こっているので、「一千二百年」の鳥居だけが倒壊したものか。残念ながら、記録がありません。

現在の鳥居、熊本地震の影響でしょうか、鳥居の「貫」部分が抜け落ちているのが分かると思います。

でもって、

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祭りのとき、奉納踊りなどをしますが、その横に皆さんが見る所、ここに、二本の鳥居らしきものがあり、ベンチ代わりに使っていますが、ひっくり返してみると、ひょっとしたら、「一千二百年祭」という文字が現れるかもです。表側は皆さんがお座りになられるので、摩耗しています。

さて、一枚の写真ですが、これだけで色々な事が考えられ、「写真は撮るべし、取っておくべし」ですね。


【付録】

橘神社の大門松づくりが始まりました。


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これから、ひと月あまり、土台作り、また竹を巻いていったりで大変な作業が始まります。休日が主な作業日になるようですが、お近くを通りの際は、ご見学を。






2016年1月11日 (月)

2016 今年の絵馬&鏡開き~千々石町橘神社

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正月も大体落ち着き、いつもの絵馬でも見にいこうと思ったら、意外と参拝客が

多く、という状況でした。

絵馬も世相を反映するのか、昨年までは就活関係が多かったのですが、今年は

例年より少ないと感じた次第です。


さて、こんなの良いですね。「笑お」!「スタイリスト」も正月らしく、元気の良い文

字。

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もちろん、入学合格の祈願は例年通り。

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右は、橘神社横の千々石中学校3年生の先生たちから、多分全員合格でしょう。

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お父さん、お母さんも心配なら、ジジ、ババも心配。

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毎年の恋人が欲しいの絵馬。私も覚えがありますが・・・経験から言うと・・・×

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漫画家志望ですが、右の人の絵、ウマイですね。

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子供の絵馬で。「やる気が出ますように」は分かりますが、「ガチャでレアなのが

出ますように」ってなんでしょう?

右は、なわとび、べんきょう、すもう、ラグビー、さかだち、さかあがりと、神様だっ

て忙しいんだから、願い事は一つにしてよ。

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友だち同士でしょうが、「嵐」って、そんなに人気あるんですか?

「のんべんだらりとした生活を」、「楽な人生が過ごせますように」ってなに。人生

は甘いもんじゃないんだよ。「ばれませんように」って何?神罰が当たるよ。

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お二人とも心が広く、「安寧」なんて漢字を書けるのは、ご年配の方かな。「ここ

の絵馬全ての長いが叶いますように」。良い願いですね。

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さて、境内では今日は鏡びらきで、昨年、20㎏搗(つ)いて作った、鏡餅の鏡開

き。

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餅は食い放題で、砂糖醤油のタレがおいてありましたが、どこかみたいに、二度

漬ダメよ、なんてケチなことは言わないで、五度漬け、六度漬けで、昼食代わり

食してきました。

はやり、お餅はガスで焼くより、焚き火の残り火で焼くのが、一番おいしいく、しか

も、社にお供えした縁起物のお餅です。

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2016年1月 7日 (木)

2016 橘神社七草(種)粥&鬼火

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TVを見ていたら、長崎の諏訪神社で1000食の七草粥が振る舞われたみたい

ですが、こちら橘神社では300食が振る舞われました。


いつものごとく、七草(種)粥と、神社の減塩梅干し。もちろん、無農薬、無肥料の

もの。

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最近は、春の七草といっても知らない方が多く

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こうしてあると、誰にでも分かりますね。


神社の参道も昨日までは、露天が並んでいたのですが、今日は上から見ても、

下から見てもガランとしたもの。

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とは言っても、三々五々、参拝する方もおられ、七草粥は10時からの振る舞い

で、私はカミサンがいつもの留守で、昼食代わりに食べに出かけました。


諏訪神社では、「七種なづな唐土の鳥が・・・・」と言いながら、カワユイ巫女さん

が、七草を刻んでいましたが、本来は前日に菜を刻み、当日の朝にいれるもの

そうです。


右の写真は、多分地元の保育園か、子ども会の団体さんの初詣か、4杯
もお代

わりをしている子がいました。

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さて、宮中はどうしているかと思って、「宮中歳時記~入江相政編(1979年

版)」を読むと・・・


現在、皇居ではこの日、初爪切と七草粥が慣例になっている。

ご朝食のときに七草粥を召し上がる。白粥の中に春の七草を茹でて細かく刻

み、混ぜ込んだものに丸餅一個を入れる(中略)これにお漬物として塩押胡瓜な

どが添えられる。縁起物だから召し上がるのは少量で、お常食(普段のお食事)

も出される。


という事で、私も神社の七草粥だけでは足りなく、コンビニ弁当を買いに行きまし

た。


さて、コンビニに行く途中、鬼火(地方によって言い方が違いますが)をしてい
て、

長崎の五島では、「鬼の骨」といって、10メートルばかり積み上げるのですが・・

昔は、あちらこちらで、子供を中心にしていたのですが・・・

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子供の姿が見えず、「子供は?」、「(自治会で)一人だけ」。たしか、昨年は2人

だった覚えがあるのですが。本当に「少子化」という言葉が、身にしみます。

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ちょうど、天気が良くなったので海岸まで出かけると、

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漬け物にするのでしょうが、何となく、ノンビリと田舎という感じ。




2016年1月 1日 (金)

2016 初詣、神社巡り「天満宮・温泉神社」&「橘神社情報」

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正月に神社を回る時は、身近な神社からという事で、最初にお参りに行ったのが

私たちの地区の「天満宮」。

町内の人しか知らない所ですが、以前に書いたように、由緒ある神社です。昨日

は、地区の人が集まって、炉端を囲んで、手作りの年越し蕎麦を食べたり、酒を

飲んだりで賑わったようです。私も昨年、参加をし今年もと思っていたのですが、

持病が出て残念ながら、でした。

この神社、小さな滝まであって、何となく落ち着くところです。

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次に回ったのが、「温泉神社」。千々石町の氏神様で、昔は、「四面宮」といって、

歴史がある神社で、最近面白いことを見つけ、いづれブログにしたいと思ってい

すが、氏神様だけあって、三々五々参拝の人が。

最近は、車の運転をする方が多く、お神酒はいただけないので、甘酒をご馳走に

なってきました。例年の如く「茅の輪」が作ってあり、回り方は、どちらからだっけ

と、昨年を思い出しながら、回って参拝を。

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最後に回ったのが、「橘神社」。「橘神社ってなに祀っているの」、なんて言う人も

おりましたが・・・天気も良く、暖かかったせいか人出が多く

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で、いつも不思議なんですが、誘導員もいないのに、皆さんちゃんと列を作って

並ぶんですね。

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もちろん駐車場は満杯。これで、桜でも咲いていたら、もっと凄いことに・・・

多分、すぐ近くの千々石支所の駐車場が開けてあるはずなので、そちらを利用

する方が良いでしょう。もっとも、町内の方は、秘密の駐車場を使いますが・・・

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表を通る国道は大渋滞。かといって、知ったフリして裏道を通っても、これまた渋

滞。

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多分、三が日はこの状態が続くでしょう。

なお、これから先の橘神社の予定ですが、下記の通りです。


・「七草粥ふるまい」~1月7日(木)、橘神社境内、先着300名。時間は書いて

 ありませんでした。

・「橘神社鏡開き」~1月11日(月・成人の日)、橘神社境内、もち15㎏分。これ

 も、時間は書いてありませんでした。

・「橘神社大寒禊(みそぎ)」~1月21日(木・大寒)午前5時、橘公園軍神橋下

 千々石川。

・「大門松解体」~1月24日(日)午前8時

という事で、詳しくは橘神社までお問い合わせを。






2015年12月23日 (水)

2015「橘神社大門松竣工祭」&「子ども会ミニ門松作り」~雲仙市千々石町

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今日は、午前中が子ども会の、「ミニ門松作り」、昼から、「橘神社大門松竣工

祭」。


あいにくと、朝から小雨で門松の所へ行ったら、御神楽は中止、肥前千々石鉄

砲隊は協議中だとか。火縄銃ですから、雨の中では使えません。


という事で、昼から出かけたら、残念ながら鉄砲隊も中止で、お祓いだけでした。

玉串奉奠をしておられるのが、橘中佐のお孫さん、神官さんは曾孫さんです。


来年も頑張ろうと「弥栄(いやさか・今ままでよりも栄えること)」のかけ声と共に

気合いをいれて・・・また、来年。


追伸です。今年の正式な高さは、14.5m。昨年より、50㎝高いそうです。お正月

は、是非、初詣に。

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さて、午前中の子ども会の「ミニ門松作り」です。

私の所の自治会長さんが熱心で、最近は子供たちの顔もよく分からなくなった

ということで、子ども会と老人クラブのコミュニケーションを図ろうと、一緒になっ

て、数年前から、子ども会のクリスマス会の時、ミニ門松作りをしていす。


といっても、子供が少なくなって、約60世帯の所ですが、小学生が8,9名。本日

は、サッカーの試合があるとかで、子供の参加者5名。もっとも、もっと子供が少

ない自治会もありますが・・・

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うまくいかないところは、老人クラブの方と力を合わせて。

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門松は竹を切るのが大変なのですが、ここは、自治会長さんの電動ノコギリの

登場。子供に竹を切るところも体験させたかったのですが、時間の都合もあり、

といったところで、これがあるとはかどります。

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昨年よりできが良いようで、ミニ門松は小さいので、そのままでは少し寂しくもあ

り、100円ショップで買ってきた飾り物をつけて、出来上がり。

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門松作りの後は、子ども会の方でケーキを作って、久しぶりに、おいしいケーキ

をいただきました。

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竹の準備が、自治会長さんと老人クラブ、私が飾り物、檜の葉の準備。そして、

作り方を教えるのが、頼りない私。出来映えが心配だったのですが、子供たち

も意外と要領が良く、良いミニ門松ができ、安心しました。

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ケーキを食べながら、普段話したこともない子供、保護者の方とお話しができ、

良いクリスマス会、ミニ門松作りでした。皆さんの所も機会があったら、是非どう

ぞ。

2015年1月26日 (月)

橘神社「大門松解体」&日本一の松明武者行列「観櫻火宴」のお知らせ

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今日は、夜に用事があり、少し短めに。


昨日、橘神社の鳥居を飾っていた、大門松が解体されました。こうして見ると、な

んとなく寂しく、カミサンのアナタのいない私みたい weep 。


作るのに時間がかかったので、解体も時間がかかるだろうと思って、朝10時くら

いに行ってみると、ほとんど終了。

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で、ここで使った竹。気にいったのを選んで、1mで100円。一節切れば、花入れ、

小学生には貯金箱、竹とんぼなどの竹細工に使えるのですが・・・・

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約一月ばかり、私達の目を楽しませ、沢山の方が、見物に来ていたのですが、

一年中立てておくわけにはいけないし・・・・残念ですが。


ボランティアの方が、土、日曜日を利用して、立てたものですが、来年もまた、是

非、立てて貰いたいと、思うものです。本当に、お疲れさまでした m(_ _)m 。


さて、千々石ではこの次、日本一の松明武者行列が3月28日挙行されます。や

っとチラシができたようなので、貼っておきます。クリックすれば、少し大きくなりま

す。                 


昨年結成された、「肥前千々石鉄砲隊(もちろん火縄銃)」の出演等、多彩なパフ

ォーマンスもあるようで、写真好きな方は是非どうぞ。


なお、申し込めば有料ですが、鎧、兜をつけて、アナタも参加しては、如何です

か?カッコイイですよ。参加された方、皆さん必ず、記念写真を撮っていますか

ら、いい思い出でづくりになります


    

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2015年1月12日 (月)

「鏡開き」とは?~千々石町橘神社

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寒くもあるし、気分的にも低調。


昨日は、まあ、天気が良かったので、近くをブラブラして、ついでに、橘神社に寄

ってみた、正月も一段落したのか、参拝客もボチボチと。


拝殿前に、数人が集まっていて、なにやらやっていると思っていたら、鏡開きの

日でした。


七日が、七種粥の振る舞い、これは、女子(美人)の出番。十一日が鏡開きで、

七草粥の時とは違い、人数が少なかったので、昼飯の分まで食べて来ました。

今日は男子(おじさま)の出番で、餅焼き。やきもち、ではありません。



餅を焼く方法は、ガスで焼いたり、オーブンで焼いたり、レンジでチンしたりとあり


ますが、やはり、外で、焚き火した後の、おき火で焼くのが一番。

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ところで、帰りながら考えて、あれ、なんで「鏡開き」というんですかね?

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という事で、調べて見たら、辞書にも書いてありますが、一番分かりやいのが、

山本健吉編「最新俳句歳時記(新年)」。

「正月十一日、鏡餅を卸(おろ)して食べること。武家では具足開と言い、具足に

供えた鏡餅をわり、女子は鏡台に供えた鏡餅を割った。刃物で切ることを忌み、

手や槌で割かく。」となっており、「具足」は、三省堂国語辞典(7版)では、「(名・

自サ)①じゅうぶんにそなわっていること。②よろい」と書いてあり、①ではなく、

当然②の方でしょう。

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「近世風俗志(守貞謾稿)」によれば、「餅」のところに、「『世辞談』に曰く、正月の

餅を鏡と云うは、その状の似たるをもって称す。鏡餅を割りて祝ふを鏡開きと云

ふ。具足に備えたる鏡餅は、斬殺の詞を忌みて刃(はもの)を入れず。引欠(ひっ

っかく)故に、これをかき餅と云ふ。今は片餅をすべて欠餅もちと云う。」


なお、「広辞苑」によれば「欠餅」は「正月十一に取り下げた鏡餅を刃物で切るこ

とを忌み、手で欠いて小さくしたもの。」とあります。


近年、具足を持ている家は少なく、そのため「具足開き」という言葉が無くなり、

「鏡開き」という言葉が残ったんではないでしょうか?


ところで、女性の読者の皆さんの鏡台には、鏡餅を飾りましたか?鏡は、古墳発

掘をすると、装飾品として出土されますが、それだけ神聖なものです。


大事にしない
と、「世界で一番美人は誰?」と聞いても、「一番ブスはあんただよ」

と言われますよ。来年は、鏡台にも是非鏡餅を。

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