橘神社

2019年1月11日 (金)

「鏡開」~千々石町橘神社

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橘神社、7日が「七草がゆ」今日が「鏡開」になります。

「鏡開」は、山本健吉「最新俳句歳時記(新年)」によれば・・・


「正月11日、鏡餅を卸(おろ)して食べること、武家では具足開と言い、具足に供えた鏡餅を割り、女子は鏡台に供えた鏡餅を割った。刃物で切ることを忌み手や槌で割りかく。」

となっていますが、「切る」「割る」は縁起が悪いので、「運が開ける」などの目出度い「開」を使ったという話もあります。

下の写真は神社の総代さん方で、餅焼きの番です。

今日は平日にも関わらず、参拝の方がボチボチと。本殿の横で餅を焼いているので、参拝の方に、餅を食べていただきました。


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やはり、お餅は炭火で。電子レンジでチン、トースターで焼くのは風情がありませんね。昔は、火鉢にあたりながら、餅がふくれるのを楽しみながら、食べたものでしたが・・・

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「二度づけ禁止」などと野暮なことは言いません。気が済むまで何度でもおつけください。醤油は地元の「ヤマト醤油」。

ということで、昼飯の分まで食べて来ました。また、来年を楽しみにしています。

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その後、久しぶりに森山町のため池を通りかかったら、なにか作ってあるので、なんだろうと、良く見ると・・・

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今年は亥年ですね。ちなみにこちらでは「猪」が多く、中学校の近くの人家がある畑まで荒らされ、あちらこちら出没をしています。山道はぐるりと柵に囲まれていますが・・・

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近所の有志で、何か楽しいものを、ということで作り始めたそうですが、こんなのも良いですね。


2019年1月 7日 (月)

「七草粥」の振る舞い~千々石町橘神社

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今日は各神社で七草粥の振る舞いがあったようです。

橘神社では300食の振る舞い。少ないようですが、千々石町の人口は4614人(平成27年)です。

長崎の諏訪神社では、ニュースによると1000食の振る舞いだったそうですが、長崎市の人口は416556人(2018年)ですから、どちらが気前が良いかは一目瞭然。

10時から振る舞いで、少し早く行ったら関係者のお払い。その後すぐに、振る舞い。

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七草の実物があるのは良いですね。最近の子どもは七草の名前も分からず、「草」と言ってっていましたから。

押し花が飾られて雰囲気が満点。橘神社は意外と梅が多く、多分、神社の梅の実を漬けたものでしょう。お粥にぴったり。もちろん、無農薬の梅です。多分。

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食いっぱぐれがないように少し早めに行きましたが、この後ひっきりなしに人が来ていたようでした。

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今年は橘神社の人出が例年より多かったそうです。相変わらずの絵馬。やはり、時期的に入学祈願、そして、家族の病気快癒祈願が多いみたいでした。
おみくじ。私は「恋愛成就」と出ました。

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次は、1月11日、10時から鏡開きの振る舞い。ガスとか、トースターとか、電子レンジでチンと違って、たき火の熾火で焼きますから味が全然違います。いつだったか、マイ醤油を持って来ていた方がいましたが・・・

1月20日、朝6時から軍神橋の下の川で大寒禊ぎ。写真の好きな方はお越しください。

1月27日が大門松の解体で、やっと日常の神社に戻ります。




2017年12月28日 (木)

「巫女就任奉告祭」~千々石町橘神社

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昨日からウォーキングを始め、今日は橘樹神社コースを。

ちょうど、宮司さんと出会い、「今日は昼から、巫女就任報告祭をしますよ。」と言われましたが、「報告祭」ではなく、「奉告祭」でした。

橘樹神社は、8万~10万人ほど初詣に来られるので、地元にかかわりのある、高校生、専門学校生、大学生19名で巫女さんをつとめられます。今日は神様に対する「奉告」なります。

草色(?)の袴を着ておられるのは、以前、巫女さんの経験者で、「巫女長」さんです。

まず、手水(ちょうず・てみず)。その後、上の写真のように整列し、社殿にむかいます。

なにやら3名の怪しげな男がいますが、マスコミさんです。朝日とか、西日本とか、産経とか、NHKとか、赤旗は来ていません。残念ながら・・・・


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このあと、拝殿でお祓い。ひとりひとり名前を呼ばれ立ち上がりますが、何となく皆さん厳粛に見えますね。

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外から、ウランバードル(だったかな)の一行が見学。で、記念写真、単純に喜んでいました。

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ここで、終わりかと思ったらお守りなどの袋詰め。

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どれくらい作るのか分かりませんが、大変ですよ。普通はここには入れませんが、私は、「千々石新聞社」の腕章を付けているので、入れます(あくまで冗談です)。

で、見ると分かりますが、みなさんマスクを付けてるんですね。これは、宮司さんが、お守りに御祓いをし、お守りに神様が宿ってますから、息をかけ、穢れがないようにとの心遣いだそうです。


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大晦日は皆さん徹夜だそうですが、あとは、2~3交代になるそうです。ブラック企業とは違います。

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お正月は、このメンバーが社務所に詰めておられますので、是非どうぞ。

なお、この後ですが、

・平成29年12月31日(日)23時30分 年迎え禊ぎ 神社境内手水舎前
・平成30年1月1日0時より 橘ぜんざい振る舞い 橘神社境内 先着1500食
・平成30年1月7日(日) 時間不明 神社境内 七草粥振る舞い
・平成30年1月11日(木) 時間不明 橘樹神社鏡開き
・平成30年1月20日(土)午前5時 橘公園軍神橋下 橘樹神社大寒禊
・平成30年1月28日(日)午前8時~ 大門松解体

という予定になるようですが、詳しくは神社の方へお問い合わせを。おすすめは、11日の鏡開きですね。平日で初詣客もすくなるなる頃で、昨年は、いやと言うほど食べてきました。

なお、千々石時間といい、時間にはファジーなところがあり、時間通りいったら、七草粥が食べられなかった、という方がおられましたので、ご注意を。



2017年5月 5日 (金)

尚武祭(しょうぶさい)&鎧の着付け~千々石町橘神社

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今日は、前立腺がん治療の事を書こうと思っていたのですが・・・

信号待ちで、後ろの車から怪しげな人物が下りてきて、私の車の窓を叩くので、ヤバイと思ったら、橘神社の宮司さんで、「これ、どうぞ」と言うことで、下の写真の菖蒲と、いわれを書いた説明書をいただきましたが、「尚武祭(しょうぶさい)」と書いてあって、「あれ?菖蒲じゃないのかな?」と思いましたが、これは後で説明します。

その時、「昼から、子供の鎧の着付けをしますよ」、という事で出かけてみました。


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で、宣伝が行き届かなかったのか、子供たちが少なく、本来は小学生以下が対象なのですが、暇なので、おばさま方を捕まえて、一番上に着る陣羽織だけ着ていただいて、ハイチーズ。

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でまあ、待っていると隣町の神社の宮司さんと子供さんが来たので、せっかくなので鎧の着付けを。見ていると、なかなか難しいですね


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ちゃんと刀も、安物ながら正宗を用意。右は刀帯に差した刀。単に帯に差すのではなく、帯をクロスさせ、その間にさしていきます。こうすれば、刀がずれる事もないわけです。ということで、一番上の写真になります。


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さて、「尚武祭」の件ですが、ネットで検索すると、「熱田神宮の祭り」というのがほとんどですが、念のため、高島観象暦で調べると、「端午の節句」の欄に、「五月は物忌の月とされ邪気を祓うため菖蒲湯を立てる。菖蒲は尚武に通じ男子の節句とされている。」ということだそうです。

なお、「にっぽんの七二候(枻出版社)」にも、「端午の節句は、五節句の一つで、もともとは古代中国の菖蒲を用いた邪気祓いの行事だった。日本へは平安時代に伝わり、田植えの行事と結びつき、さらに武士の時代には、『勝負』や武道を重んじる『尚武』と勝負をかけ、男の子の節句として定着していった。」とあり、「尚武」は熱田神宮だけの事だけではないなと。

橘神社よりいただいた説明書です。


■尚武祭(しょうぶさい)

 尚武祭とは、端午の節句のことであり、菖蒲の音(おん)が勝負に通じることから、武を尊ぶ尚武祭として行われてきました。
 昔より菖蒲には、邪気を祓う霊力があるとされ、各家庭では戸口の屋根に菖蒲を掲げたり、菖蒲湯に浸り災い(病魔など)から身を守っていました。
 このことは、菖蒲から放たれる香気によって、心身ともに癒されていたことが邪気消滅、病魔退散に結び付き、男児の成長を願う端午の節句に、尚武祭として行われてきました。
 この菖蒲は、早朝より御神殿にてお祓い、お清めされたものです。
 菖蒲湯にお浸かり頂き、心身を和み清々しく健やかな日々をお過ごしください。
 お授け頂く貴台を始め、ご家族皆々様の益々のご清福を、心よりご祈念申し上げます。


ということで、今からいただいた菖蒲を風呂に入れ、心身ともに健やかになってきたいと思います。なにせ、店に売ってあるものでなく、神社でお祓いをしたもので、効果も大きいと思います。

「鎧の着付け」は来年も、5月5日に実施するそうです。いい記念になりますので、是非のお越しを。お祓いをした菖蒲も、社務所にて頒布(有料)しておりますので、お求めを。

2017年1月11日 (水)

2017 橘神社「鏡開き餅振舞い」~雲仙市千々石町橘神社

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橘神社、1月7日が、七草がゆの振舞いがありましたが、時間が10時半から、限定300食でしたが、開始時間にフライングがあったためか、間に合わなかった方がおられたとか。

本日、1月11日は「鏡開き餅振舞い」で、平日でもあったためか、10時に行ったら並ばずにゆったりと食べられました。

鏡餅は、山本健吉氏「基本季語五〇〇選」によると

「『鏡餅』という名は、鏡の形の丸い餅だから名付けたのではなく、鏡に映すようにそこに人々の『影』、すなわち『魂』の外に現れたすがたを見たからで、そこに人々の『命』の指標をも考えたのであろう。それでこそ、鏡餅がその人の千代をことほぐことになった。」とあります。

昨年末から神社に飾られ、本日、鏡開きだったのですが、「鏡開」とは、角川書店「ハンディ版  入門歳時記」によれば、

「正月の歳神(としがみ)に供え飾った鏡餅を祝って雑煮にしたり、汁粉にして食べること。その際、鏡餅を刃物を使わないで、槌(つち)などでたたき割ることを開くといっている。切るということばを忌んでの事である。・・・・・」

なお、いつもお世話になっている、「近世風俗志」には

「鏡餅を今日割り食す。武家にては、甲冑に備えたる餅を切ることを忌る。斧などをもって割る。」とあります。

という事ですが、こちらは、焼きもちで、昔は各家庭に火鉢があり、火鉢で焼くと段々ふくらんでいくのが面白かった思い出があります。

いまでは、ガスレンジで焼いたり、電子レンジでチンしたり、なんとなく情緒が無くなった感じがします。やはり、炭火、焚火のおき火で焼いたのが、こんがり焼けておいしいですね。

場所は橘神社、場所は「お焚き上げ場所前」


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ちゃんとタレまで準備してあり、どこかみたいに、「二度づけ禁止」なんて、言いません。気のすむまで遠慮なく。

と思ったら、マイ醤油、マイ砂糖、マイ器を持参した方がいて、かなりのお餅を食べられましたが、今年はいい年になると思います。なにせ、神様にお供えし、神様の魂が入っていますから。


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先ほどの「入門歳時記」では、「鏡餅を刃物を使わないで、槌(つち)などでたたき割ることを開くといっている。」とは書いてありますが、なにせ分量が多く、割ると分厚くなって火が通りにくいので、これ、藁切に使うやつですね。これで、あまり厚くならないように切っていました。

時間が早すぎたのか、参拝の人は少なかったのですが、この後、デーサービスとか保育園の子供たちが来る予定なのですが、用事があり、このあたりで失礼をしました。


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あと神社の行事としては、1月20日(金)の「橘神社大寒禊(みそぎ)」。朝の6時から、場所は橘公園、軍神橋の下。

1月22日(日)の大門松解体、朝の8時から。ただ、この日は団体客がどっと来るらしく、どうなるかはまだ聞いていません。これで、橘神社のお正月行事が終了するわけです・・・詳しいお問い合わせは橘神社まで。






2017年1月 7日 (土)

2017「七草粥振舞い」(橘神社)&「鬼火焚き」~雲仙市千々石町


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今日、1月7日は橘神社の「七草粥の振る舞い」と「鬼火焚き」の日。

いつもの通り、七草の見本が置いてあって、「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」と記憶力の弱い私が、スラスラと口に出てくるんですね。親から習った覚
えもないし、試験のために勉強した覚えもないし、不思議です。

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2,3人分作るわけでなく、大量に作りますから、おいしいこと。梅干しは、橘神社の梅から作ったもので、七草粥にあいます。

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「NBC長崎放送 あっぷる」さんの録画です。これは、後で説明を。正月のにぎわいは終りましたが、「厄払い」の方が多いみたいでした。

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さて、「鬼火」です。こちらは、上山頭(かみやまがしら)の鬼火。

「民俗小辞典 神事と芸能(吉川弘文堂)」によれば、「サギチョウ、サギチョ、サギッツチョ、ドンド、サイトヤキ、三九郎焼」等、地域によって呼び名が違うようですが、「正月の火祭りの機会は十四日及び十五日が多いが、九州などでは七日に行い、オニビと呼ぶところもある。」ということですが、「鬼の骨(おんのほね)」と呼ぶところもあります。


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鬼火の時には、しめ縄、正月の飾り物も燃やしますが、私もいつもお世話になっているので、行ってみたらまだ始まってなく、積んである焚き物の多い事。聞いてみると、「NBC長崎放送 アップル」の取材が来るとかで、張り切っていつもよりたくさん集めてきたそうです。これだけ、山から切り出して来るのは、大変だったと思います。
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昔は、子供会中心で、子供会同士競いあっていたそうですが、今日も子供の姿はあまり見えず、二人だとか。そのうち、近所の人が見に来たり、ご近所の方、他の地区から正月の飾り物を持ってきたりしていました。

昔は、農家、自営業が多かったのですが、最近は勤め人が多く、朝は早いし夜は遅いし、ということで、ご近所のお付き合いも薄くなってきましたが、このような伝統行事の時、近くの人が寄って雑談などしているのは、いい風景でした。

たしか、昔は字が上手になるように、書初めを持ってきて一緒に焼いていたような気もしたのですが・・・


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こちらのおじさんは、何をしているかというと、かっぽ酒の入れ物を作っていました。これ、鬼火の熾火(おきび)で燗をつけて飲むと、独特の風味でおいしいんですが、こちらは運転があって、残念。

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こちらが「NBC長崎 アップル」のスタッフさん。右は一升瓶を持って、飲んだくれているようですが、これは「お神酒(おみき)」であって、単なる「酒」ではありません。

「お神酒」は、神様へのお供え物の一つであり、祭りのあと戴きますが、神様に供えられたということで、「神様の霊が宿った酒」で、普通の「酒」とは違います。インタビューの方も、「アップル」の発展を神様に祈りつつ、「お神酒」を飲んだものと思われます。多分。なお、車の運転は右のカメラマンがしていました。念のため。

なお、この後、橘神社の取材もしていましたが、しっかりと仕事はこなしていました。


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こちらは、お隣の地区の下山頭の鬼火ですが、やはり子供の姿は見えず・・・

「あれ、子供は?」、「いないんですよね。」、「一人も?」、「ええ、一人も。」ということで、少子化について肌で実感したした次第です。


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くんち、ランタン祭り、精霊流し等、長崎には大きなイベントがあり、また、世界遺産登録への運動などあります。それはそれで意義があるのですが、今日、あちらこちら回ってみて、田舎の小さな伝統行事を通じて、近所の方が協力しながら、地域づくりをする事が大切なことを感じました。

ただ、子供が少ないことがですね・・・

「タンポポとかけてなんと解く」
「オ〇〇〇ンと解く」
「その心は」
「種、まき散らす」

ということで、お若い旦那様方は、自分の奥様に、まき散らして少子化を防ぎましょう。

え~お後がよろしいようで coldsweats01



2016年12月26日 (月)

「雪見だい『福』」ゲット!しかも3個!!&「橘神社」年始行事について


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「求めよさらば与えられん」、「臥薪嘗胆」、「母を訪ねて三千里」、「なせばなる、なさねばならぬ何事も」、「人生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し」とか一瞬いろんな言葉が頭に浮かびました。

考えれば、この9日、「雪見だいふく」の「ふく」に「福」の字が書いてあるレアものがあるとかの情報で、随分探しました。

コンビがあれば入り、スーパーがあれば入り、実に数十件、店員さんからは胡散臭い目で見られながらも、ついに努力が実り、一昨日、近くのコンビニに入ったら、あったんですね。このコンビニにも4,5回はチェックをかけていたのですが。

ところが、翌日、寄ってみたら、また置いてあり、それを取ったら、その下にもあるじゃありませんか。今日行ったら、全然ありませんでした。「雪見だいふく」はかなり売れている感じ。その帰りがけ「ポケGO」を途中の駐車場でやっていたら、またも出ました、「ピカチュウ・クリスマスバージョン」。

と、まあ年の瀬を前に、ラッキーな事が続き、あとは、年末ジャンボが当たるのを待つばかりですが、この様子なら・・・・scissors

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「雪見だいふく」のうさぎさんも「福」を持っていましたが、「雪見だい福」さんのうさぎさんは「アッパレ」をしていました。

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「橘神社」を通りかかったら、年末・年始の行事が貼ってあり、下記のとおりです。

12月31日(土) 年迎え禊 23時30分 神社手水舎
1月1日(日) 橘ぜんざい振舞い 0時より橘神社社務所前
1月7日(土) 七草粥振舞い 11時30分 社務所前 限定300食
1月11日(水) 鏡開き餅振舞い 10時
1月20日(金) 大寒禊 6時
1月22日(日) 大門松解体 8時

ですが、1月22日は、旅行会社のツアーが、門松を見に2団体、1800名ばかり来るそうですから、どうするか検討中だそうです。

ぜんざい、七草粥、鏡開きのお餅、いずれも、縁起物です。数に制限があるので、早めのお越しを。

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2016年11月23日 (水)

「島原・雲仙・南島原の昭和」(樹林社刊)~写真は撮るべし・取っておくべし 【付録】橘神社門松作り始まる

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昨日、TSUTAYAさんから電話があり、頼んでいた本が着いたとかで取りに行きました。「島原・雲仙・南島原の昭和」。「予約多かった?」「はい、多いですね」。私の後ろに並んだ方も、「昨日、予約の本で連絡あったけど・・・」。見ると、一緒の本でした。

写真集といえば、すぐに買うのが私の趣味で、昔と今と比べると参考になるところがあります。(ヌード写真は別・実物のほうが良い)


今回の話の写真は残念ながら、この写真集には載せてありません。なにせ、島原半島は昔、1市16町と範囲が広いので、各町数点づつの写真ですが、それでも役に立つところはありました。

さて、平成4年の千々石町老人クラブ連合会で、「懐かしいふるさと写真集」を発行しており、この中で、千々石の氏神様、温泉神社の写真に一枚、興味があるのですが


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現在の同じような地点で撮った写真ですが、上の写真は上側から撮ったような感じです。今は駐車場ですが、多分以前畑があって、そこから撮ったと思われます。

さて、現在、同じような角度から撮った写真。


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違いが分かるかと思いますが、鳥居が一基と二基の違い、境内への入り口の違い、境内のすぐ横に家がありますが、たぶん社務所でしょう。現在は、川を隔てたところにあります。

さて、一番上の写真の赤丸印のところ、写真が荒くよく読めませんが、「一千二百年?祭??」と書いてあるのですが、この、一千二百年が、紀元は一千二百年なのか、神社ができてから一千二百年なのか?

千々石の温泉神社は、雲仙の温泉神社の末社になり、島原半島においても由緒のある神社なのですが、調べてみると「千々石町郷土誌」に次のように書いてありました。

「雲仙の本社である温泉神社一ノ鳥居に『明治三十三年三月 一千二百年祭』と彫ってある。山田社(吾妻町山田・こちらも雲仙の温泉神社の末社になります)で明治三六年に一千二百年祭を執行したとある。」

とありますから、一番上の写真の鳥居は、明治三十三~明治三十六年あたりに建てられたと考えられます。

下の写真、一の鳥居が、「明治三十八年十月」に建てられた、日露戦従賽記念の鳥居です。二の鳥居が「天保四年癸己九月」となっています。

ということは、「天保四年」→「一千二百年祭」→「日露戦従賽記念」の順で鳥居が建てられたことになるのですが、一番上の写真には「一千二百年」の鳥居しか写っていません。考えられるのは、あと二基の鳥居は、もっと奥のほうに建てられ、写真には写らなかった、もしくは、入り口あたりを改築したとき、一時的に解体したか。

いずれにしても、「一千二百年祭」の鳥居が現在もなく、どうなったのでしょう?
大正11年に、「肥前国千々石灘地震」が起こっているので、「一千二百年」の鳥居だけが倒壊したものか。残念ながら、記録がありません。

現在の鳥居、熊本地震の影響でしょうか、鳥居の「貫」部分が抜け落ちているのが分かると思います。

でもって、

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祭りのとき、奉納踊りなどをしますが、その横に皆さんが見る所、ここに、二本の鳥居らしきものがあり、ベンチ代わりに使っていますが、ひっくり返してみると、ひょっとしたら、「一千二百年祭」という文字が現れるかもです。表側は皆さんがお座りになられるので、摩耗しています。

さて、一枚の写真ですが、これだけで色々な事が考えられ、「写真は撮るべし、取っておくべし」ですね。


【付録】

橘神社の大門松づくりが始まりました。


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これから、ひと月あまり、土台作り、また竹を巻いていったりで大変な作業が始まります。休日が主な作業日になるようですが、お近くを通りの際は、ご見学を。






2016年1月11日 (月)

2016 今年の絵馬&鏡開き~千々石町橘神社

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正月も大体落ち着き、いつもの絵馬でも見にいこうと思ったら、意外と参拝客が

多く、という状況でした。

絵馬も世相を反映するのか、昨年までは就活関係が多かったのですが、今年は

例年より少ないと感じた次第です。


さて、こんなの良いですね。「笑お」!「スタイリスト」も正月らしく、元気の良い文

字。

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もちろん、入学合格の祈願は例年通り。

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右は、橘神社横の千々石中学校3年生の先生たちから、多分全員合格でしょう。

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お父さん、お母さんも心配なら、ジジ、ババも心配。

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毎年の恋人が欲しいの絵馬。私も覚えがありますが・・・経験から言うと・・・×

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漫画家志望ですが、右の人の絵、ウマイですね。

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子供の絵馬で。「やる気が出ますように」は分かりますが、「ガチャでレアなのが

出ますように」ってなんでしょう?

右は、なわとび、べんきょう、すもう、ラグビー、さかだち、さかあがりと、神様だっ

て忙しいんだから、願い事は一つにしてよ。

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友だち同士でしょうが、「嵐」って、そんなに人気あるんですか?

「のんべんだらりとした生活を」、「楽な人生が過ごせますように」ってなに。人生

は甘いもんじゃないんだよ。「ばれませんように」って何?神罰が当たるよ。

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お二人とも心が広く、「安寧」なんて漢字を書けるのは、ご年配の方かな。「ここ

の絵馬全ての長いが叶いますように」。良い願いですね。

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さて、境内では今日は鏡びらきで、昨年、20㎏搗(つ)いて作った、鏡餅の鏡開

き。

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餅は食い放題で、砂糖醤油のタレがおいてありましたが、どこかみたいに、二度

漬ダメよ、なんてケチなことは言わないで、五度漬け、六度漬けで、昼食代わり

食してきました。

はやり、お餅はガスで焼くより、焚き火の残り火で焼くのが、一番おいしいく、しか

も、社にお供えした縁起物のお餅です。

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2016年1月 7日 (木)

2016 橘神社七草(種)粥&鬼火

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TVを見ていたら、長崎の諏訪神社で1000食の七草粥が振る舞われたみたい

ですが、こちら橘神社では300食が振る舞われました。


いつものごとく、七草(種)粥と、神社の減塩梅干し。もちろん、無農薬、無肥料の

もの。

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最近は、春の七草といっても知らない方が多く

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こうしてあると、誰にでも分かりますね。


神社の参道も昨日までは、露天が並んでいたのですが、今日は上から見ても、

下から見てもガランとしたもの。

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とは言っても、三々五々、参拝する方もおられ、七草粥は10時からの振る舞い

で、私はカミサンがいつもの留守で、昼食代わりに食べに出かけました。


諏訪神社では、「七種なづな唐土の鳥が・・・・」と言いながら、カワユイ巫女さん

が、七草を刻んでいましたが、本来は前日に菜を刻み、当日の朝にいれるもの

そうです。


右の写真は、多分地元の保育園か、子ども会の団体さんの初詣か、4杯
もお代

わりをしている子がいました。

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さて、宮中はどうしているかと思って、「宮中歳時記~入江相政編(1979年

版)」を読むと・・・


現在、皇居ではこの日、初爪切と七草粥が慣例になっている。

ご朝食のときに七草粥を召し上がる。白粥の中に春の七草を茹でて細かく刻

み、混ぜ込んだものに丸餅一個を入れる(中略)これにお漬物として塩押胡瓜な

どが添えられる。縁起物だから召し上がるのは少量で、お常食(普段のお食事)

も出される。


という事で、私も神社の七草粥だけでは足りなく、コンビニ弁当を買いに行きまし

た。


さて、コンビニに行く途中、鬼火(地方によって言い方が違いますが)をしてい
て、

長崎の五島では、「鬼の骨」といって、10メートルばかり積み上げるのですが・・

昔は、あちらこちらで、子供を中心にしていたのですが・・・

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子供の姿が見えず、「子供は?」、「(自治会で)一人だけ」。たしか、昨年は2人

だった覚えがあるのですが。本当に「少子化」という言葉が、身にしみます。

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ちょうど、天気が良くなったので海岸まで出かけると、

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漬け物にするのでしょうが、何となく、ノンビリと田舎という感じ。




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