イベント

2019年5月 4日 (土)

「令和だ!鯉のぼりだ!!上塩浜だ!!!」~雲仙市千々石町上塩浜(5月3日)


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先日までは「平成最後の」という言葉がお決まりでしたが、5月になった途端「令和最初の」になりました。

「令和最初の鯉のぼり」です。作ったのは、千々石町上塩浜のみなさん。クリスマスはキャンドルイルミネーション。「観応火宴」の時は、浜
いっぱいにペットボトルを使ったキャンドルを並べ花を添えてくれました。

今回は千々石川の鯉のぼりです。天候が連休前半が悪かったのですが、この日は晴れ。暑い中、準備が大変。


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いつも海岸を掃除している、愛称「はまっぺ」のイメージキャラクター。歩道にもズラリと並ぶ鯉のぼり。

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もちろん「鯉」だから、水の中を泳ぎます。

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帰りに山手をみると、いつもは鯉のぼりが泳いでいるのに、まったく見えません。少子化が又々進みます。若い夫婦の方は着けずに頑張りましょう(ここ、分かる人は分かれば良い)!

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で、粘って捜したら、やっと2軒。昔は、あちらこちらと鯉のぼりが泳いでいたのですが・・・・

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連休はもうすぐ終わりますが、6日の午前中までは飾っておこうか、ということですから、お近くの方、また、通りかかった方は是非見て下さい。

上塩浜の皆さんには大変ですが、楽しみにしている方も多いので、これからも是非継続をお願いしたいものです。

「やはり『5月は鯉のぼり』」。


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2019年3月30日 (土)

2019「観櫻火宴」~雲仙市千々石町


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千々石の名物になりました、毎年3月の最終土曜日に開催される「観櫻火宴」。

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千々石「最強軍団(稚児武者)」。を挑発する極悪軍団。

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ですが、ボコボコ。これって、いじめじゃない?というありさま。足元を見るると、良い靴はいてますね。アシックスとかアディダスとか。

いつもの、天正遺欧少年の寸劇。総合武術真延演舞。松明行列を記念して、刀を松明に変えての演技。

  
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「肥前千々石鉄砲隊」の演舞。空砲とはいえすごい音がします。

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千々石中学校吹奏楽部による、御神楽。昨年より少し人数が増えて、見栄えがしました。

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上塩浜の皆さんのキャンドル。これ、浜辺一杯に広がって見事でした。地域の方の応援があるのはありがたいですね。年々広がって感動します。左の方に少し写っている岩が「福石様」。

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と言うことで、全員出発。右の方、モロ外人さん。

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橘公園は行列を待つ人で一杯。ここは銀座か新宿のラッシュアワーかという状態。

右の写真、大鳥居を松明行列が通ったときに、再び鉄砲隊のお出迎え


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で、無事、橘神社に到着。出店もあり、人も多く、写真撮りながら歩くのは大変でした。

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写真を見直すと、全部ピントが合っていませんが、暗い中で撮っていて、歳のせいか手が震えボケました。頭もですが、お許しあれ。

 

2019年2月23日 (土)

「緋寒桜の郷まつり」~雲仙市国見町神代小路歴史文化公園

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今年も、鍋島邸を中心にして「緋寒桜の郷まつり」が始まりました。というより、私が知らない間に、2月17日から始まったみたいです。一番のイベントが24日(明日)になるようです。まつりは3月3日まであるようです。

鍋島邸に入る、長屋門。両脇は「切石亀甲積」の石垣。「亀甲」というとすぐに「亀甲●り」を思い出すのですが・・・


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正面玄関ですが、確か去年までは閉まっていたような・・・。お殿様しか使われない玄関です。

右の写真、丸印の石の所に水が溜まると緋寒桜が写って良い撮影ポイントなのですが、水でぬらすと石が傷むとか。で、ガラスを敷けばと三年前に言ったのですが・・・

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外の庭も良く手入れがされて、目を楽しませてくれます。

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一般人が入る玄関です。昨年までは「撮影禁止」と書かれていたのですが、少し緩和されたのかと思ったら、奥の方は撮影禁止。

ちょうど、蓄音機を使ったコンサート、初めての試みだったかな?

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こちら赤丸の所の柱ですが、一本の木をつかっています。もちろん根元と先の方では大きさが違い、下の窓の部分は微妙に高さが違い、ここは大工さんの腕の見せ所、とはガイドさんの話でした。

ガラスから見える庭っていうのもいいですね。

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イベントの日程など書いてありましたが、こちら、クリックすると読める程度には拡大できます。

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入り口でいただいたパンフレット、大体このような感じの「鍋島邸」です

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明日が一番のイベントなので、是非お越しのほどをm(_ _)m。


2019年1月28日 (月)

「長崎ランタンフェスティバル」準備中~長崎市

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今日は真面目に歴史博物館まで資料をあせりに行きましたが、予定時間が2時間オーバー。次の予定があって・・・慌てましたが・・・

銀行にも用事があって町に行くと、はやランタンフェスティバルの準備。2月5日からですから、追い込み中ですね。

ということで、中央会場のみなと公園までは遠かったので、車を止めてある、駐車場付近の中央公園と中島川沿いを。駆け足で。

中央公園、動物さんがズラリと並んでいましたが、ウチの町のイノシシさんとお猿さんも連れてくれば良かったかな、と。

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これはカワユイ小僧さんですが、武術使いですね。喧嘩すれば、私が負けるでしょうが。

この公園、汽車が置いてあったのですが、老朽化のために撤去するといってましたが、看板だけはありました・・・諌早公園と島原の霊丘公園の蒸気機関車は無事ですが・・・・

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眼鏡橋付近です。これで、灯りがともれば本当にきれいなのですが。

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このお姉ちゃん、何を悩んでいるんでしょう?今年は、兎年だったかな?

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大股開きですね。女性だったら覗きこんだらセクハラでしょうが、男性だったのでのぞき込んだら、金●ではなく、電球がぶらさがっていました。

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浜町。こちらも祭りの準備。
知っているお店が段々少なくなっていました。ドラッグストアが増えています。買い物のお客さんには便利でしょうが、なんとなく、長崎らしさの風情が無くなっているのを感じます。聞こえる会話は外国語が多いし。東京みたいですね。


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一応、ランタンフェスティバルのチラシを貼っておきますので、ご参考に。

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2018年12月23日 (日)

上塩浜「クリスマス・イルミネーション」&橘神社「大門松竣工式」~雲仙市千々石町

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いつも私たちの目を楽しませてくれる、上塩浜の皆さんのキャンドル・イルミネーションです。

もうボチボチかなと思っていたのですが、朝から少し雨で、どうかなと思って行ってみたら準備中。

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5時点灯で、まだ明るかったので6時くらいに行ったらいつも通りの、きれいな風景。

この灯り、電気ではなく、一つ一つ手でローソクに火をともしたもの。電気とは違って暖かさが感じられます。

ちゃんと昼の人形さんも飾ってあります。

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ソリに乗って記念写真、というより、私が無理に頼んで乗ってもらいましたが・・・・

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近くにはテントが張ってあって、右はバザー、左はお接待。

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寒い中、地域の方での接待ですが、私も豚汁をいただきました。寒い中で暖かい豚汁はありがたいですね。自治会の皆さんの暖かい心が身に沁みます。

ローソクの点灯は明日までですから、お早めにお二人でお越しください。ひとりでは、さみしい。

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さて、昨日書きましたが、今日、橘樹神社の大門松の完成竣工式。ですが、あいにく雨がパラパラ。

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行ってみたら、テントを張ってその中で神事。宮司さんは橘中佐のご子孫です。

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この後、千々石中学校吹奏部による御神楽が予定されていたのですが、地面が濡れていて残念ながら中止。

肥前千々石鉄砲隊も火縄銃でなので心配をしたのですが・・・

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轟音とともに、一斉射撃。空砲ですが・・・・もちろん

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公園内ではボチボチと出店の準備。

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みんなで「弥栄」ということで、正月は皆様も是非お越しを。

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2018年12月22日 (土)

いよいよ正月「橘神社大門松」完成★「観櫻火宴」のお知らせ

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先月23日から始まった「大門松」作り、今日が仕上げで例年通りの見事な完成でした。

2000年から始まり、今年で19年目になります。来年が、成人式です。

鳥居前で「弥栄(いやさか)」と拳をあげているのが、実行委員会の皆さん。休日返上での作業でした。今年も、お疲れさまでした。正月にふさわしい、大門松です。

最近は県外からも、大鳥居の作り方を研修に来ておられます。

明日が「大門松竣工祭」で、午前8時~13時までが総仕上げ、竣工祭が13時30分、肥前千々石鉄砲隊の演舞が14時からです。

明日の天気予報が思わしくなく、心配なのですが・・・・


さて、来年の事を言うと鬼が笑うと言いますが、今日、「日本一の松明武者行列」の実行委員長さんから、2019年の「観櫻火宴」のチラシができたので、いただきました。

日程は、来年の3月30日(土)になります。

今回のチラシの絵柄がガラッと変わっていて、外人雇用なんとかかんとか法ができたせいか、外国人の可愛いお嬢さんの武者姿。これも、意外とインパクトがあって良いですね。

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2018年10月20日 (土)

「温泉神社秋の大祭」★千々石町&「ロマンスウェデング」★愛野町

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今日は千々石町温泉神社の秋の大祭、愛野町のロマンスウエディングが重なり、おまけに講演会が重なり、講演会はカットで、朝から祭り、昼から結婚式と回ってきました。

写真を撮っていると、カメラを持っている人同士なんとなく話をするもので、あちらの町、こちらの町でも祭りを止めたとかで、これでは、近い将来全滅するのではないかと心配です。

祭りは、村の鎮守の神様に奉納するもので、最近はイベント盛りで、ただ、面白い、きれいだというだけで、バックボーンがない気がします。単なる、観光客目当のイベントばかりになってきた感じです。

祭りは、夏頃から準備、練習をしますから大変です。昔は農家が多かったので良かったのですが、最近はサラリーマンが多く、市外通勤をしていますから、時間が取れない方が増えています。おまけに少子化、高齢化社会。

浮流の太鼓、笛の音、神社の境内にピッタリ。


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踊り終えた子どもたちですが、小さい子ども沢山もいました。良く合っていました。練習をかなりやったのでしょうが、このようなことも地域作りになると思うのですが・・・・

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婦人部の踊りです。こちらも、練習の成果ですね。💮(はなまる)です

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神事が行われているとき、各地区に分かれての記念撮影。各地区の公民館に行くと良く飾ってありますが、あ~俺もこんな若いときがあったのか、などの記念になります。

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そうこうするうちに、福石公園の御旅所までの行列。今年は野田名の当番。途中、要所、要所で浮流、踊りなどの披露をしますが、歩くだけでも大変な距離です。

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この後、役員さんが神器を持ったり、若い衆が御神輿を持って最後を歩いて行きました。

昔は、担いでいったそうですが、今は台車に変わりました。高齢者の方と話をしていると、昔は「回せ、回せ」といって、神輿を回していたそうですが、台車では無理ですね。

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さて、昼メシを食って愛野町の「ロマンスウェディング」に行ってきました。

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愛野町の教会で挙式を終わり、愛野駅に着いたのが午後1時。新郎、新婦それなりの方なので、少し車が窮屈だったか?

たむろするマスコミの記者。類は友を呼ぶか?いつもは他人を撮ってばかりなので、たまには撮られるのもいいでしょう。視聴料をとっている某TV局の方もいます。


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小浜中学校の吹奏楽部、お祝いの演奏。今年もマーチングバンドで、全国大会に出場するそうです。

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東京から駆けつけた「日本ロマンティスト協会」の会長さん。右が、「ロマンスカップル」の認定書です。

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今年は、小浜高校生がボランティアで参加したそうですが、小浜高校のフラダンスチーム。確か、初めてだったと思います。

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お馴染みになった「あいのん」と、「鯉駅長のさちゃん(島原鉄道のマスコットキャラクター)」、愛野保育園児による「あいのん体操」。

結婚式で最初の夫婦の共同作業と言えば、ケーキカットですが、ここでは「ハッピーバルーン」。大きな風船の中に、小さな風船が入っていて、おおきな風船を破ると、小さな風船が飛び出てきます。


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これ、キレイですよ。そのほか、いろいろあったのですが、カット。

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時間になったので、ホームへ。ところが、向かいのホームが次の吾妻町行きになるので、線路を渡って行きますが、新婦さん大変。

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特別列車です。

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「愛の駅」の次が「吾妻駅」で、「愛の(いとしの)吾妻(わがつま)」になり、次の吾妻駅でもイベントがあっています。

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祭りの演芸会が午後3時からで、回ろうと思ったのですが、今日は体調が悪く、家に帰ったらバタンと倒れ、そのまま5時まで熟睡。歳ですね。

若いお二人はいつまでもお幸せに。



2018年8月15日 (水)

「阿波踊り(徳島市)」のこと

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以前、阿波踊りの昔の写真を紹介しましたが、別の写真もあったのでご照会を。

なお、写真の説明には「徳島之盆踊」になっていますが、この歴史についてはウィキペディアに書いてあるので、そちらを参照して下さい。→こちらをクリック

今年の阿波踊りは、一悶着ありました。前主催者の以前の赤字が4億になったことが発端になったとの事ですが、運営費が赤字になっても、観光客がドット来て、旅館、飲食店、お土産屋さんなど、民間はかなり潤うとは思うのですが、どちらが得か考えなくても分かること。

さて、ウィキペディアによれば「天正14年(1586年)、徳島城が竣工した際、当時の阿波之守・蜂須賀家政が城下に『城の完成祝いとして、好きに踊れ』という触を出したのが発祥というという説もある。」ということですが、あくまで「説もある。」ということです。

また、「江戸時代には、一揆につながるとの理由で阿波踊りが禁止されていた時期もあった。」らしく、なんとなく、市長さんが総踊りを中止したのを連想します。

なお、「民俗小辞典 神事と芸能~神田より子・俵木悟編・吉川弘文刊」によれば、「発祥は精霊踊りとされるが定かではない」とウィキペディアとは少し違いますが、要は発祥不明でしょう。

「精霊おどりが発展したぞめき踊り、各町で華やかさを競った組踊り、奇抜なパフォーマンスの俄(にわか)踊りがあったが、組踊りと俄踊りは幕末に衰退した。」ということで、今の阿波踊りより多種の踊りがあったことがうかがえます。

「明治期には良家の子女が振袖姿で三味線の腕前を披露して歩いた・・・」との記述がありますが、下の写真、確かに振袖姿の女性が写っています。多分この頃の写真だと思います。

その後、近代教育のため、姿を消し、大正期になると芸妓が中心になり、衣装も浴衣になり、名称も「徳島踊り」「阿波の(盂蘭)盆踊り」から「阿波踊り」に統一されたのも、この頃であったそうです。

一時衰退するも、昭和に入り御大典奉祝踊り(1928年、昭和3年)の盛況によって、観光資源としての阿波踊りの宣伝が始まり、戦後、神戸博覧会(1950年)へ招待されたことで「連」の結成が相次いだそうで、試行の末、現在のような姿になっていったそうです。

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下の写真は以前紹介したかと思いますが、何となく素朴な感じを受けます。


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阿波踊りといえば、全国の人が楽しみにしているイベントで、まだまだ混乱は続くようですが、昔の姿、歴史を辿りつつ以前のように全員一丸となり、活気ある「阿波踊り」になれば良いのですが・・・・



2018年8月10日 (金)

「長崎おきあがりこぼし展」~長崎歴史博物館他

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今日は、長崎歴史博物館へ調べもの。

玄関に入ったとたん、お人形さんがズラリでビックリしました。
人形は、「会津の縁起 起き上がり小坊師」。縁起の良い、会津最古の民芸品だそうです。右は紙製かな?に絵を描いたもの。

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なんのイベントかと思ったら、「長崎アートプロジェクト『ナヘア』(ナガサキ平和アートのプロジェクトの通称ネーム)」の主催みたいで、ほかに「キッズゲルニカ」「アートストリート」「折り紙再生画用紙子ども絵・書」「ナガサキ平和音楽祭」「フォトグラフ」「生け花」「茶道」も展開しているみたいです。

なお、この「おきあがりこぼしプロジェクト」は「2013年ファッションデザイナー、高田謙三さんの呼びかけで、フランスのアーティスト(アラン・ドロン、ジャン・レノンさんなど)に福島県の伝統民芸品である『おきあがりこぼし』に絵付けを行ってもらい、この活動を通して震災や事故に揺れる現地への理解や共感をフランス社会に求める運動としてはじまったものです。」だそうです。

ご存じ、さいとうたかおさんの「ゴルゴ13」。オリンピックメダリストの「セルゲイ・ブブカ」の作品。

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チェルノブイリでは不幸な事故が起こりましたが、そのチェルノブイリ博物館副館長、アンナ・コロベフスカさんの作品、防護マスクを付けていますが、怒っているような感じ。
バロン元吉さん「柔侠伝」は愛読書でした。

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ご存じ、「深夜食堂」の安倍夜郎さん。知らない人がいない、鉄腕アトム。左の女の子がカワユイ。

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田中満智子さんの作品。思わず「LINEの交換しませんか?」

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三つ星レストラン「ポール・ボキューズ」のオーナー、ボキューズさんの作品。昔は、良く食べに行きました。今では、回転寿司ばかりですが。
女子柔道チャンピオン、谷本歩実さん。試合では厳しい顔をしていますが・・・・


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植木まさしさん。「コボちゃん」。子どもが好きな漫画でした。
いわずと知れた、新田たつおさん。ハードな感じにバラの花が良く似合う。


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小島功さん。さすが大人の色気。またもや「LINE交換しませんか」

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有名、無名な方の作品も交じって、楽しいイベントでした。

なお、「おきあがりこぼし」は、「原爆資料館」「浜屋百貨店7F」「石丸文行堂6F」でも開催しているようですが、各々開催期間が違っているので、確認して見に行って下さい。






2018年6月 4日 (月)

「大相撲あれこれ」え!ホント!

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相撲の番付表ではなく、古今東西、神代の昔から明治時代までの有名な力士を紹介したものらしいのですが。

左の一番端「思兼命(おもいかねのみこと)」。この方、天照大御神が天岩戸にお隠れになったとき、一計を案じ天照大御神を引きずり出し、知恵の神様として有名なのですが、相撲と関係あるのかな?

「吉田追風」。「行司先祖」と書いてありますが、相撲の基礎を作った、「吉田司家」。昔は、大関が最高位だったのですが、「横綱」を考案し、横綱免許を与えていました。


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「不知火諾右衛門」と弟子の不知火光右衛門が「不知火型」を考案したそうです。

「此年ヨリ大相撲年より貮度二定マル」で、「享和元年」から1年2場所になったようです。


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「天正十五年四月豊臣御前角力(すもう)三十六番ノ内重(おも)なる勇士」ということで、加藤清正、福島正則、蜂巣賀、石田三成等の名前が見えますが、下がお抱えの力士になるのでしょう。相撲を楽しんだ様子がうかがえます。

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さて、地元、長崎の力士を調べたらあまり載って無く、平戸の「生月鯨太左衛門(いきつきげいたざえもん)」がありました。

で、横を見たら「ウェフスター」ってあるじゃありませんか、思わず、え!ホント!と思いました。「(明治)二十年大坂来ル 米国」になっています。現在、外人力士が多くなっていますが、明治時代にすでに外人力士がいたのかと思ったら、興業でレスラー(西洋相撲)として来日し、その後一人残り、花相撲などへ登場したそうです。詳しくは→こちらをクリック


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ということで、他、長崎県出身の力士を捜したのですが・・・・「玉垣額之助」など、柏戸と相撲界を二分した力士もいたのですが、残念ながら載っていませんでした。

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