書籍・雑誌

2020年11月14日 (土)

「未来のサイズ」★俵万智著~オジ(イ)チャンは悲しい

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空の青海のあおさのその間(あわい)サーフボードの君を見つめる(サラダ記念日)
沖に出て小さきカヌーとなりながら手を振るものを若者と呼ぶ(未来のサイズ)

一番上の句は、1987年発行の第一歌集”サラダ記念日”より。俵万智さんは1962年生まれですから、25歳の時の短歌集といっても、25歳の作ったというのではなく、25歳までに書きためていた短歌の中から選んだものです。

下の句は今度出版した第六歌集”未来のサイズ”。2013年~2020年までの短歌だそうです。俵万智さんは今年57歳。上の歌と下の歌では32年の年月が流れています。この間、2006年仙台市に移住、2011年の東日本大震災により石垣島に移住、2016年に宮崎市に移住。2003年(41歳の時)に出産をしています。


上の句と下の句、両方比べれば沖を見ながらも片方は恋人を見つめる目。もう片方は少し一般的な目のような感じ。はやり、32年の歳月があるようです。


サラダ記念日を読んだときは、その新鮮さに目を見張りました。短歌、俳句といえば年寄りの趣味かと思っていたら「カンチューハイ」「サラダ記念日」などの言葉が入って、エ~~!(T_T)という思いでした。


今読み返してみると、下の句など、若い感覚の中にも男性に頼りたいという若い女性の心がにじみ出ているようです。


「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの(サラダ記念日)

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日(同)
また電話しろと言って受話器を置く君に今すぐ電話をしたい(同)
「また電話しろよ」「待っていろよ」いつもいつも命令形で愛を言う君(同)
真夜中に吾を思い出す人のあることの幸せ受話器をとりぬ(同)

第三歌集の「チョコレート革命」。35歳の時の歌集。同じ恋の歌でも、若いときの恋歌とは違っています。随分濃密な短歌になりますが、後書きで恋の歌は「ほんとうにあったんですか」について次のように書いています。


・・・確かに「ほんとう」と言えるのは、私の心が感じたという部分に限られる。その「ほんとう」を伝えるための「うそ」は、とことんつく、短歌は、事実(できごと)を記す日記ではなく、真実(こころ)を届ける手紙で、ありたい。/人を想って揺れる心は、これからも私にとって、大きなテーマだ。恋の歌は、大きなテーマだ。恋の歌は、死ぬまで詠み続けたい。


幾千の眠りを覚まされて発芽してゆく我の肉体(チョコレート革命)

午前四時夢のつづきを抱き合えば濃くなる我の輪郭(同)
抱かれることからはじまる一日は泳ぎ疲れた海に似ている(同)
別れたるのちに覚えしカクテルを選んでおりぬ再開の夜(同)

すみません、突如別の話ですが、最後の短歌読んで思い出すんですね。私の好きな、グラシェラ・スサーナの「古い友達」。「別れて覚えた 慰めの煙草」ってところ。関係ないことでスイマセンm(_ _)m。


第四歌集の「プーさんの鼻」。43歳の時の歌集。このとき、身ごもっている時から子供が赤ちゃんの時の歌。はじけるような明るさ、うれしさがヒシヒシと感じられます。


耳はもう聞こえていると言いわれればドレミの歌をうたってやりぬ(プーさんの鼻)

生きるとは手をのばすこと幼子(おさなご)の指がプーさんの鼻をつかめり(同)
バンザイの姿勢で眠りいる子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ(同)

そして今回の第六歌集。「未来のサイズ」。57歳です。子供も大きくなっているようで・・・


子を産みて仙台・石垣・宮崎と慌ただしかり我が十年(未来のサイズ)

理系文系迷う息子が半日を「星の王子さま」読んでおり(同)
不条理とは何かと問われ子に渡す石牟道子『苦海浄土』を(同)
つまらない母親役をやっており髪染めたいと言いつのる子に(同)
生き生きと息子は短歌詠んでおりたとえおかんが俵万智でも(同)

もちろん、恋歌もありますが、パラパラとページをめくっていくと、子供の歌が多く受けられます。


さて、ですね以下のような短歌がありました。


プレミアムモルツ飲みたくなるような病名を聞く初夏の病院(未来のサイズ)

わかりやすい老化と思うことにした「ゆっくり進む病」(同)
封をした検査結果をふところに運び屋のごとく戻る病院(同)
誰だって何かで死ぬと思えども死よりも病を恐れる心(同)

俵万智さん、いままで”死”とか”病気”の歌は作らなかった気がするのですが、57歳と言えば、まだまだ若いですよ。老人クラブにはまだ入れてくれません。「死」とか「病気」とか「病院」は、お爺さんお婆さんが作る歌ですよ。俵万智さんの、このような歌を読むとオ(イ)ジサンはなぜか悲しい。ヒョッとしたら、なにかの病気ではという感じもあります。


俵万智さんは「チョコレート語訳 みだれ髪」という、与謝野晶子の短歌を訳した作品もあるじゃないですか。


柔肌の熱き血潮に触もみで悲しからずや道を説く君(与謝野晶子)

俵万智さんには、素晴らしい恋歌を作ってもらいたいものです。偉そうに書きましたが、実は私、上の四冊しか読んだこと無いのですが・・・





2020年11月 2日 (月)

「鼠島(海水浴場)」~鼠島の思い出など&西郷四郎

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上の絵葉書を入手した頃、ご縁があったのか、田栗奎氏が書かれた「長崎遊泳協会六十五年誌ー鼠島年代記ー」(長崎遊泳協会記念誌編纂委員会)という本を読むことができました。出版が昭和四十三年になっているので、50年近く前の本になります。下の3点の写真は、この本より転写したものです。

上の写真は長崎港から汽船に引かれて鼠島に着いた「団平船」。思いもかけず、この絵葉書を手に入れましたが「8.7.28」の消印があるので、多分昭和8年の事かと思われます。私たちの時は確かポンポン船だった気がするのですが。


長崎で年配の方は覚えているかと思います。といっても、私は小学校の4年~5年生の時に行ったばかりですが。なにせ、半世紀ばかり昔のことで、おぼろげな記憶ですが・・・

学校の生徒は木札(定期券)を買って通っていました。鼠島には2ヵ所泳ぐところがあって、片方は一般客、もう片方が長崎遊泳協会が子供たちに水泳を教えていました。

上の写真の水着をつけている子供がかぶっている水泳帽子、各々違っています。確か段級があって、帽子で区別をしていました。木札を持った子供は長崎遊泳協会の場所で水泳を習わなければならなかったのですが・・・教え方が厳しく、私は悪い子なので、一般客のところで遊んでいました。時々、見回りが来るので、水泳帽子は海水パンツの中に隠していました。


ウチのオヤジもここで水泳を習って、メチャ高段でした。戦時中、ビルマに派遣され上陸寸前、乗っている船が魚雷に当たり沈没して一晩海の中を漂っていたそうですが、無事だったのは、ここで習った水泳が役にたったのだと思います。


で、私は遊んでばかりいたので未だもって、まったく泳げません。大人になってスイミングスクールに通ったのですが、顛末は以前書いたので→こちらをクリック。もっとも、あのスイミングスクールも潰れていました。


鼠島の一番の思い出は、この本にも書いてある”ハジキ豆”のことで、布の袋の中にハジキ豆を入れて泳いでいると、豆がだんだんふやけて柔らかくなり、ちょうど良い塩加減になり美味しくいただけました。あと、イベントがあって、大名行列、御神輿かつぎ、兜を着けての泳ぎ、立ち泳ぎをしながら大きな板に書を書いたり、沖の小舟に棹を立て、その上に日の丸の扇を付け立ち泳ぎをしながら矢で射貫く。那須与一ですね。那須与一のようには当たりませんでしたが・・・


下の写真が鼠島。現在は埋め立てられているそうですが、一部浜辺が残っているそうです。


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下の写真は明治42年の写真。真ん中の髪の長い方が主任師範の町野晋吉氏だそうですが、すごいオーラ。回りの青年達のバキバキした体、羨ましい~。

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下の写真の矢印が「西郷四郎」。小柄(身長153㎝~158㎝の説)だとは聞いていたのですが、こうしてみると確かに小柄。この体で、講道館の四天王とは信じられません。最近は「西郷四郎って知ってる?」と聞いても「誰よそれ」などと言う方が多く、悲しい思いをしていますが「姿三四郎のモデル!」を言うと「あ~」となんとなく、分かったような・・・

西郷四郎は長崎遊泳協会の設立に関わっていたとは知っていたのですが、柔道家がなんでと?とは思っていたのですが、本を読んで分かりました。


明治35年7月15日の東洋日の出新聞に「鼠島も一昨日は日曜のこととて百四、五十人は集まりたれども一度も水には入らず、ウロつきいるハイカラ多く、何のために拾銭投げ出して小蒸気の煤煙をかぶりながらやって来のか更に判らず、もっとも設備の皆無のためもあるべく、端舟一隻だに用意なきは危急の場合にドーする量見にゃー」と載ったそうです。


明治38年に「瓊浦遊泳協会(後の長崎遊泳協会)設立趣意」が出され、主唱者は、東洋日の出新聞社長の鈴木天眼。役員の主だった人が発起人として名を連ねたそうですが、顧問が長崎県知事荒川義太郞。理事として、東洋日の出新聞社西郷四郎の名前も入っています。なお、庶務を同新聞社員4名が担当をしています。


ということで、長崎遊泳協会設立には”東洋日の出新聞”が大きく関わって、西郷四郎は社員ですから一翼をになっていたことが判ります。なお、社員の中でも理事は西郷四郎だけですから、新聞社の中でも重鎮だっと思われます。


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鼠島の海水浴場は昭和47年に閉鎖になりました。

西郷四郎については、私のブログでも書いていますのでご覧下さい。なお、鼠島、長崎遊泳協会の詳しい歴史については「長崎遊泳協会」のホームページをご覧下さい。→こちらをクリック

3枚の写真は「長崎遊泳協会六十五年誌」より。


 

2020年9月13日 (日)

★「欲が出ました」ヨシタケシンスケ著 ★「弱った心がラクになる・後ろ向き名言」鉄人社編集部

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歳をとったら、本の読み方が違ってきて・・・

厚い本は読まない、字が小さな本は読まない、登場人物が5名以上の本は読まない、高い本は買わない、ということでエッセイを読むことが多くなりました。


ヨシタケさんの本、2,3冊読みましたが、なんとなくホットしながらも、考えさせられるところがあります。


以前「思わず考えちゃう」が出版され、思いのほか好評だったので、出版社の方に「欲がでた」ようで、この第二弾が製作された、という事らしいです。


ヨシタケさん、「欲」について「物欲」「睡眠欲」「自己顕示欲」「性欲」「食欲」「出世欲」のほかに「納得欲」なるものを考え「わかりたい」「理解したい」というのは人間だけではないか、だから、「『納得いかない』ことが非常に大きなストレスになるのではないでしょうか。」と。


数ページ、この「納得」についてイラストでというかスッケチ風に書いていますが、結局「欲望には勝てんわな」と言うことだそうです。


・だってホラ本人だもの。あきる訳にはいかんわな。


・そうですねおっぱいは好きですね。やっぱり哺乳類なんで。


・羊の皮をかぶった羊。


・僕はこの世に100年くらいしかいないんだ。期間限定なんだヨ!

 ~ウチのカミサンは賞味期限切れです。ワタシもですが。

・すべての死は早すぎるか遅すぎるのだ。


・「仕事は、愛だ」というとそれっぽいけど、「愛は、仕事だ」というと怒られそう。

 ~伊奈かっぺいさん、女性に「遊びじゃないよ」といったら、「遊びじゃないなら、仕事なの」と言われたそうですが・・

エッセイ、スケッチありの、なんとなく自分を見直したいときの本。



「後ろ向き名言」。

落ち込んでいるとき、「頑張れよ!」と言われると「ウルサイ」と思うときがあります。言った人間との関係もあるのですが。「悲しいときは、愉快な曲を聴くより、悲しい曲を!」と言った人もいます。この本、「弱った心」のための「ネガティブ」な名言集です。

・「これが一生か、一生がこれか。ああ嫌だ嫌だ」

樋口一葉の「にごりえ」の中のセリフだそうです。樋口一葉の人生を考えれば・・・

・「人生なんて食って、寝て、やって、終わり」

立川談志の言葉。談志らしい言葉ですが。

・「生きていることが辛いなら/いっそ小さく死ねばいい」「生きてることが辛いなら、くたばる喜びとっておけ」

森山直太朗の「生きてることが辛いなら」の一節。ワイドショーで批判され、一部のコンビニで放送禁止になったそうです。

・「生きてるだけで丸儲け」

明石家さんまさんの言葉。よく、この言葉を言っていますが、1985年8月12日の日航飛行機事故の時の飛行機を予約していたそうですが、直前の番組収録が早く終わったので、一便早い飛行機に乗り難を逃れたそうです。実感のある言葉。

・「女房は死んだ、俺は自由だ」

とはボードレールの言葉、「カミサン死ぬな、オレが先だ」とはワタシの言葉。通夜とか、葬式とか、法事とか大変なんスよ。アレ考えると、先にいった方がよろしいかと。

・「誰でもいいから彼氏が欲しいって言ってた人からフラれました。」

ネットの住民からですが、ワタシも経験あり。あのときは、人生のどん底に落ちました。

・「生きてれば必ず良いことがあるって?もう待ちくたびれたよ。」

これも、ネットの住民さんです。

詳しいことを書けば、皆さんが読まれるとき、面白くないので簡単に書きました。あとは、本をお求めいただき読んでもらえれば、「ナルホド」と思うことばかりで、人生のためになると思います。


2020年9月 5日 (土)

「江戸の家計簿」★磯田道史監修~江戸のお値段・今のお値段

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よく、江戸時代の一両は、今のいくらにあたるのか、ということが話題になります。

以前にも書いたように、イロイロと難しい問題があり、一口には言えない、ということになります。


磯谷氏、「武士の家計簿」で一般の方にも知られるところとなりましたが、「江戸の家計簿」の、「まえがき」と「本書における江戸時代のお金の計算方法」の所を読めば、どうして一口に言えないのかがよく分かります。


以下、磯谷氏の本から要約してみます。


「まえがきー江戸時代の貨幣制度」


・江戸時代、金貨、銀貨、銅貨、紙幣(注:藩札)があり、「三貨制度」といい、また、地域によっても異なっていたそうです。


・なお、名古屋と金沢を結んだ東側の東日本は金の貨幣を使い、西日本は銀の貨幣が流通をし、原因として東日本は金を産出しているところが多い、西日本は銀山が多かった。
また、西日本は古くより大陸と繋がっており、明・清の時代には中国では銀が流通をしており、西日本では銀遣いになったそうです。ということだそうです。

続けて「一両は6万円?それとも30万円?」ということになるわけですが・・・


「本書における江戸のお金の計算方法」ということで。


ひとつの目安として米の価格に基づいて換算する方法。磯谷氏は「現代価格」と呼んでいます。

2007年度の農林水産省統計に基づき、米5㎏を2100円で換算。米一石(約150㎏)=金一両は大体6万3000円。

もう一つの目安は労働に対する賃金で換算する方法。「現代感覚」と呼んでいます。

現代の大工見習いの平均賃金は1万5000円。江戸時代の大工見習いが、1石=1両を稼ぐためには20日間働く必要がある。1石=1両は、1万5000円×20日で30万。

比較して書くと下のようになります。

「現代価格」(現代の米5㎏あたり2,100円”2007年農林水産省統計に基づく”換算)

(米)1石=(金)1両=(銀)60匁=(銭)4,000文=(現在の価格)63,000円

「現代感覚」(現代の大工見習いの日当1万5000円として換算)

(米)1石=(金)1両=(銀)60匁=(銭)4,000文=(現代の価格)300,000円

となり、この驚くべき差額。これで、一口には言えないということが分かると思います。


この本は「第1章 江戸時代の収入①武士編」「第2章 江戸の収入②農民・町民編」「第3章 江戸時代の物価①食品編」「第4章江戸時代の物価 ②料理・嗜好品・雑貨編」「第5章 江戸時代の文化と経済」からなり立っていますが、第3、4章は「現代価格」で算出、第1、2章は「現代感覚」で算出、第5章は両方の計算法を用いたそうです。


本の内容は帯に書いてあるようなことですが、詳しくは本をお読みください。定価800円+税で、江戸の経済通になれます。なお、台風10号直撃で停電が予想され、場合によってはしばらくお休みカモです、m(_ _)m。




2020年8月27日 (木)

「よく噛んで食べる/忘れられた究極の健康法」★齋藤滋著

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本棚をあせっていたら、上の本が出てきました。2005年発行の本で、かなり前になります。

当時、若い方の顎が細くなったとかで、食事の「咀嚼」(食べ物を噛む回数)が少なくなった影響ではないか、との話しだったかと思います。


確かに、昔の方と、若い方では顎の形が違っていますね。左は、私の写真です(と言いたいのですが・・・)。どちらが良いかは、個人の好みですが。


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咀嚼の回数が少なくなったのは、食事の内容のためだといわれました。当時「オカアサンヤスメ」「ハハキトク」と言う言葉が言われました。

「オカアサンヤスメ」は「オムレツ」「カレーライス」「サンドイッチ」「ヤキソバ」「スパゲティ」「メダマヤキ」の頭文字。


「ハハキトク」は「ハンバーグ」「ハムエッグ」「ギョウーザ」「トースト」「クリームシチュー」の頭文字。


いずれも、柔らかいものばかりで、咀嚼回数は少なく、顎の力はほとんどいりません。


この本に、各時代の食事内容、咀嚼回数が書いてあり、


★「弥生時代」(卑弥呼)~ハマグリの潮汁、アユの塩焼き、ナガイモの煮物、カワハギの干物、ノビル、クルミ、クリ、もち玄米のおこわなど。となっていて、卑弥呼さん意外と良い物食べていますね。

★「平安時代」(紫式部)~ブリとアワビの煮物、カブ汁、ダイコンのもろみ漬け、ご飯。
★「鎌倉時代」(源頼朝)~イワシの丸干し、梅干し、里芋とワカメのみそ汁、玄米のおこわ。
★「江戸時代初期」(徳川家康)~ハマグリの塩焼き、サトイモとゴボウなどの煮物、タイの塩焼き、カブのみそ汁、納豆、麦飯。
★「江戸時代後期」(徳川家定)~かまぼこ、白身魚の吸い物、カレイの煮物、カブとウリの漬物、豆腐のみそ汁、ご飯。
★「戦前」(昭和10年代の家庭食)~大豆のみそいため、たくわん、野菜のみそ汁、ニンジンとダイコンなどの煮物、麦飯。
★「現代」~コーンスープ、ハンバーグ、スパゲッティ、ポテトサラダ、プリン、パン。

以下は咀嚼回数と食事時間、食事のカロリー


★「弥生時代」(卑弥呼の時代)~3990回・51分・1302キロカロリー

★「平安時代」(紫式部の時代)~1366回・31分・1019キロカロリー
★「鎌倉時代」(源頼朝の時代)~2654回・29分・1131キロカロリー
★「江戸時代初期」(徳川家康の時代)~1465回・22分・1450キロカロリー
★「江戸時代後期」(徳川家定の時代)~1012回・15分・985キロカロリー
★「昭和10年代」(戦前の家庭食)~1420回・22分・840キロカロリー

★「現代」~620回・11分・2025キロカロリー
(「よく噛んで食べる・忘れられた究極の健康法」齋藤滋著より)

なお、弥生時代の食事は「魏志倭人伝」の記録を参考にし、咀嚼回数、食事時間は20歳代の学生に実際に食べてもらったそうです。


確かNHK「ためしてガッテン」だったかで、噛むことで唾液の分泌が良くなり、健康に良いという事を放送していた記憶があるのですが。


噛む回数については、食事の内容と共に、食べ方も影響していると思うのですが。
私たちの時代は「飯食うときは、しゃべるな」とか、学校の給食では「静かに食べなさい」といわれた記憶があります。現代、ニュースで学校給食の場面を見ると、4,5人ブループで会話を楽しみながら食べていますね。しゃべりながらでは、しっかり噛むこともできないと思うのですが。もっとも、最近はコロナの影響で、楽しく給食を食べる事も、しばらくの間はお預けになったみたいですが・・・・


楽しく食べるのが良いのか、健康を考えて食べるのが良いのかは各自の問題ですが、両方できる方法があれば良いのですが。


この本「噛んで心を守る」「噛んで脳を守る」「噛んで体を守る」「唾液は不良長寿の妙薬」「楽しんで『よく噛んで食べる』コツ」と言うことも書いてあります。少し古い本ですが、食べることは健康の基本の一つなので、興味のある方はご一読を。


2020年8月24日 (月)

「キマイラ15 魔宮変」~夢枕獏著&【おまけ】「ストリートビューカー」を見た(多分)

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最近、本を読まなくなりました、というより、読めなくなりました。

本を読んでいくと、目が疲れボケ気味になり、また、登場人物が頭に入らず、「山田太郎って出てくるけど、誰だっけ」と前のページを読み返すと、2
ページ前に出ていたり、です。「キマイラ」程度の厚さの本だったら、2時間もあれば読めたものを、結局、3日かかりました。

発行が2020年8月30日になっていますが、今日は8月24日。ママあることではありますが、暑いので、気にせずに・・・


前の「キマイラ14 望郷変」が2019年5月、1年3ヶ月ぶりの登場。で、読むと、忘れている、忘れている。最初に登場人物と多少の筋が書いてあるので、なんとなく思い出し、思いだし。


フォギェルと雲斎の対話に、アンドルッチャンという人物の事が出てきますが、この人物と九鬼麗一との戦い。真壁雲斎と宇名月典善との戦い(本人同士は”遊び”と言っていますが)。変貌を遂げた菊池良二とフィリードリッヒ・ボックの戦い。菊池良二の変貌には驚かされます。この部分読ませ所で、いつも、ワクワクします。


さらわれた織部深雪を救えたかにみえた九十九の前に現れた・・・・


一冊かかっても、深雪さん救われないのですね。かわいそう。


なお、「それは、赤須子の、三千年にわたる、慟哭の声であった。」というように、赤須子も現れます。


例の如く、作者の後書きですネ。

今年69歳だそうです。気力、体力的にも少し落ちてきたようですが、書く意欲は十分。ただし・・・

「キマイラ」だよ、「キマイラ」だよ。

ぼくが今、直面しているのは、かなりしんどいものだ。
「キマイラ」は今、完結に向かって進んでいるのだけれどー
どうなのよ、それ。
完結させてしまっていいのか。
終わらせてしまっていいのか。
(中略)
終わっていいのか、物語。
終わらないことこそを、物語作家は目指すべきなんじゃないのか。
・・・・・・・・・・・・・・

などと、グズグズ書いてはおります。夢枕獏を読んできた者としては、分かるのではありますが・・・


【おまけ】「キマイラ」の事が分からない方のために・・・「ストリートビューカー」を見た(多分)。


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コンビニの駐車場に変な車が停まっていました。多分、ストリートビューカーですね。この車が、通っていたらピースでも。全世界でアナタの姿が見られます。

車を勝手に写真に撮って、ブログに載せて良いのか?
良いんです。私の家も勝手に撮影され、許可なくストリートビューに出され、全世界に知られてしまいました。



2020年7月25日 (土)

「大江戸火龍改★夢枕獏著」「気がつけば、終着駅★佐藤愛子著」~本を二冊ばかり

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夢枕獏さんの新刊が出たとかで、お店に行ったら上の本でした。

私的には「キマイラ」か「新・餓狼伝」か「東天の獅子」の続編を期待していたのですが。


この本で又新しい主人公「遊斎」が登場しますが、これを主人公に新シリーズ物を出すんじゃないでしょうね?というのが感想ですが・・・脇役として平賀源内も少し顔を出します。


短編が三編、長編が一篇。いずれも「怪事(あやかしごと)」。

本の帯に「江戸時代、凶悪犯を取り締まる火附盗賊改の裏組織が存在した。専ら人外のものを狩り鎮めるその名は、火龍改。」とあり、前書きにも「江戸幕府が定めた組織や役職にはこの名(注:火龍改)がない。・・・」「『火龍改』の頭は、表向き老中が定めることになっていると言われているが・・・」「彼らが関わった事件は、江戸の歴史を通じて多々あるが、このこと『徳川実紀』にも記されていない。」と書いてあり、いやでも江戸を揺るがす大事件を「火龍改」が解決すると期待するじゃありませんか。

で、これがまったくなく、少々期待外れでしたが、ひょっとしら続刊に続くのかな?


興味あるのが後書きで、夢枕獏さんが如何に書くことが好きで、書き続けたいかが分かります。


なお、今回のコロナの事、政治家の態度についても言及をし後書きの最後に・・・


いいか、書いておくぞ、

ちゃんとみているからな。
誰が何を発言したか、どんな目つきをしていたか、忘れないからな。必ず覚えておくからな。
もしも、この命ながらえたら、次の選挙の時、覚えていろ。


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佐藤愛子さん御年96歳。大正12年生まれ。お父さんは佐藤紅緑、異母兄がサトウハチローさん。

最初のご主人は軍隊での病気が原因でモルヒネ中毒、離婚。二回目のご主人は田畑麦彦さんですが、麦彦さんの会社が倒産。債権者対策のため離婚。なお別当薫さんとも何かあったとか。


この本は50年前から「婦人公論」に執筆したもので、純粋な新刊ではありません。その様な事情から最初は出版を辞退したそうですが、出版会社の方「五十年前ですよ。読んだ人がいたとしても中身は忘れています。亡くなっている方も少なくないと思いますがね」と言われたそうです。


面白い所があるので、引用しようと思って付箋を貼っていたら、写真でご覧の通り付箋だらけになりました。いろいろと引用するにしても愛子さんが書くように「なにを言っても年寄りの繰り言になってします。」というように、若い方には「繰り言」ととらえる方が多いと思います。


ということを思いながらも「・・・今は、人は楽しむために生まれてきているという考え方が勝っていますね。そのせいか『楽しくなければいけない』という強迫観念みたいなものにとらわれてしまっているのではないですか。女性の場合は『いい女でなければいけない』『いい恋愛をしなくては』とかー。今、みんなそんなふうに表層的なところばかり見て、思考などというものは捨ててしまったような気がします。(中略)『言葉だけが躍っている』って、つまりそういうことなんですよ。」「寂しい?当たり前のことだ。人生は寂しいものと決まっている。寂しくないほうがおかしいのである。」


人生に何かを感じたい方は、ご一読を。


(おまけ)

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村上春樹さんの「一人称単数」。まだ、読んでいません。今から読むところです。

数年前、村上春樹さんフィーバーが起こりました。ノーベル賞候補、「IQ84」「騎士団長殺し」と評判になりましたが、最近は名前を聞くことが少なくなってきたようです。人の心は移ろいやすく・・・

騎士団長はまだ続きがあるようなので、出版されると再び評判になりとは思いますが。
私はあまり良い読者では無いのですが、時々は読んでみようと思っています。



2020年6月26日 (金)

「江戸の備忘録」★磯田道史著より~「家康の庭訓」「江戸の鉄砲管理」

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磯田道史氏は「武士の家計簿」で有名になり、映画化もされました。古文書に書いてある事を、分かりやすく解説している本が多数あります。

この「江戸の備忘録」は朝日新聞の土曜版に連載された文章を基にしたものだそうです。ですから、一つ一つのトピックスは2~3ページほどで、読みやすいものになっています。


ただし、磯谷氏の後書きによれば「歴史のトピックスを、一見、何の脈絡もなく、ならべたようなように見えるかもしれないが、そうではない。広く深く、日本史を見渡せるような、いってみれば『歴史の肝』になる話しだけを、かなり厳しい目で選んだつもりである。表面上は、楽しく選んでいるが、日本史の重要人物や決定的要素を、意識的に選んで書き込んである。」という本です。60のトピックが並んでいます。


さて、全部は紹介できないので、徳川家康さんの話しと、少し気になるところがあるので・・・


「家康の庭訓」(注;庭訓は親が子どもに教える教訓)。少しばかりまとめて書きます。


家康は自分の子どもに泳ぎを学ばせていたそうです。「天下の主たりとても、常々熟練せでかなわざるは、騎馬と水泳なり」(東照宮御実紀附録)。


騎馬と水泳、「この二つは人に代はらしむる事のならわざるものなり」。〈戦は常に勝つとは限らない。負け戦もある。負け戦になると、どんな偉い大将でも馬に乗り、泳いで逃げなくてはならない。しかし、こればかりは、家臣に代わってもらうわけにはいかない。だから、乗馬と水泳教育は絶対必要だというのである。〉ということだそうです。

剣術教育には冷淡で、「大将のつとめは、逃げること」。「天下のぬしたるもの、大名などは必ずしも自ら手を下して人をきるにおよばす。」〈もし敵に出会ったら家来が討つべきで、将軍や大名に剣の修行は『いらぬ』と言った。〉と言うことだそうです。

確かに、負け戦の時、大将が剣を取ってチャンバラをして討ち取られたら、それで、ジエンドですが、逃げ延びれば再興の機会もあると。


三代目・家光、水戸黄門さんも、わずか十二歳で江戸の〈浅草川〉を何度も泳いで往復したそうです。家康の孫、尾張藩二代目・徳川光友も泳ぎが上手く、「五つ六つの御時より勝川・谷田川へ毎日出て泳いだ。」そうです。なお、その時の「お弁当は焼食に香の物、焼味噌ばかり」であったそうです。


「江戸の鉄砲管理」


「生類をめぐる政治」(塚本学)には次のように書いてあるそうです。


「豊臣秀吉の刀狩り後にも、江戸時代の民衆は大量の鉄砲を保有、武士よりたくさん持っていた。仙台藩に四千丁、紀州藩に八千丁、長州藩では四千丁が民間にあったという。この三藩で当時の国内人口の二十分の一だったことから、全国では数十万丁の鉄砲があったのは確実である。」もちろん、各藩では「鉄砲改」めなどをしています。


さて、島原藩の各村にはどれくらいあったのかと思い調べました。これには島原藩が各村を調べた「島原大概様子書」があり、男女の数、馬牛の頭数、暮らし向き、石高、寺社、古跡等々の事がかいてありますが、宝永四年に完成、その後たびたび改正されています。これに、各村の鉄砲の数が書いてあり、文政六年改で現雲仙市だけ見ると・・


「土黒村・鉄砲拾挺(内威筒七挺・猟師筒七挺)」(以下、”
鉄砲”は略。威筒は威鉄砲で害獣を追い払うための空砲)「西郷村・拾三挺・威筒八挺・猟師筒五挺」「伊古村・記載なし」「伊福村・三挺但威筒」「三室村・貮挺但猟師筒」「守山村・鉄砲なし猟師貳人猪鹿を猟」「山田村・四挺・貳挺威筒・貳挺猟師筒」「野井村・四挺・貳挺威筒・貳挺猟師筒」「愛津村・壹挺但威筒」「千々石村・拾三挺・拾壹挺威筒・三挺猟師筒(ママ)」「小浜村・五挺・内三挺威筒・貳挺猟師筒」「北串山村・拾挺・内五挺威筒・五挺猟師筒」「南串山村・九挺威筒・七挺威筒・貳挺猟師筒」(島原半島史・林銑吉著)

という事を見れば、仙台、紀州、長州に比べれば、こちらの地方では鉄砲の数が少ないことが分かります。向こうみたいに大きな戦が無かったせいなのか?理由はよく分かりません。


ということで、この本、手軽に読め、「秀吉の艶書」「仮設トイレの祖・徳川光友」「二宮金次郎の離婚」「百二十五年眠っていた『平成』」「結婚と離婚の日本史」「貧乏神の研究」など興味ある事項も並んでいるので、ご一読を。



2020年6月22日 (月)

「女帝 小池百合子★石井妙子著」読みました。

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「女帝 小池百合子」。読んでみようかなと本屋さんに行ってみたら、ありませんでした。Amazonを見たら、売り切れ。今日見てみたら、6月23日に入荷予定ということで、かなり売れています。

私の方は、それまで待てないので、Kindle版にて購入しました。


紙の本は440ページでかなり読み応えがあります。私はiPadで読んだのですが、スマホで読んだ方がおり、めくっても、めくっても、終わりが見えなかったそうです。


いま、カイロ大学の偽造問題で騒がれていますが、学歴なんてどうでもいい事で、田中角栄は小学校卒業。大切なのは、政治家になったからには如何に住民、国民に尽くすかでしょう。


ただ、学歴詐称で問題なのは、「カイロ大学卒業」を利用して、国民、住民を欺くこと。小池百合子さん以前は「カイロ大学首席卒業」と言ってましたが、最近は「卒業」しか言ってません。カイロ大学は卒業したとの情報を流しましたが、この本を読んでいくと、色々な矛盾が見えてきます。


阪神淡路大震災の時、芦屋の女性達が議員会館に小池百合子氏を訪れたときの態度、北朝鮮拉致被害者TV放映後の態度、豊洲移転問題で「築地女将さん会」に取った態度等々、読んでみて小池百合子氏に疑問を持ちました。


内容として、人から聞いた話などもありますが、上に書いた問題は多数の当事者がいるので真実の事です。


ほか、いろいろとあるのですが、ネット、Amazonのカスタマーレビューなど沢山あるので参考までにお読みください。


さて、もう一つ、マスコミの扱い。マスコミがどう彼女を取り上げ、大臣なり、都知事になったのか。マスコミの話題作り、忖度がよく分かります。石井妙子さんがコツコツと情報を集めたこの本を、マスコミ関係者は読んで、今後の情報の収集、分析、提供のあり方を考えるべき。記事を読む私たちの判断力も必要になってくるかと思います。


コロナの拡大で、レインボーブリッジ、都庁が真っ赤に染まり、緩和になったので元の色に戻りましたが、また、東京では感染者が増えています。このことについて、責任を問う声はマスコミでは上がっていません。一人の思いつきでこのような事になったようですが・・・・


都知事選で、小池百合子氏は「ネット選挙選」で戦うらしいのですが、今回の選挙では「東京大改革2.0」を打ち上げていますが、前回の選挙の「7つの0」はどうなったんでしょう。

最後にYouTubeで、小池百合子さんの「アラビア語」、選挙演説なども流れており、ネットはフェイクっぽいのも流れていますが、参考までにご覧下さい。

選挙は多分小池百合子氏が当選するようですが、この本によって今後都政が厳しい目で見られると思います。マスコミも厳しい目でもって報道をして欲しいと思います。


「女帝 小池百合子」は賛否あるようですが、著者の石井妙子さんのコツコツと書いた本。皆さんも機会があったら読んで判断をし、今後の小池百合子氏の言動を見つめて欲しいと思います。


2020年6月13日 (土)

「純、文学」~北野武第一短編集

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北野武さんの第一短編集です。北野武はもちろんビートたけしさん。よく見たら、2019年10月20日の発売。田舎まで来るのに時間がかかります。

以前にも数冊の本を出してはいるのですが。今回は「第一短編集」で「純、文学」だそうです。


全部で5篇の短編集。「ホールド・アップ」(「文藝」増刊2019年)「実録小説 ゴルフの悪魔」(「週刊文春」2019年3月28日号、4月4日号、11日号、18日号)「誘拐犯」「粗忽飲み屋」「居酒屋ツァラトゥストラ」(以上、書き下ろし)。


あまり書くと、ネタバレになるのでザックリと・・・


「ホールドアップ」

多分、たけしさんの売れないときの経験なのかな?最後に「みんながオイラを笑わぬ夢を見た。」と書いてあり、たけしさんにも、そんなことがあったのかな、と感じさせます。

「実録小説 ゴルフの悪魔」

本の最後には「この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。」と書いてありますが、初出の題は「実録小説 ゴルフの悪魔」となっているので、多分「実録」でしょう。

登場人物が、「東」(多分、県知事をやってた方でしょう)「松尾伴内」「O橋K泉」「関敬六」「長島茂雄」「所ジョージ」等々。


「O橋K泉」の笑えるセコいゴルフ。「O橋K泉」さんだから、許せる、という事でしょう。人格ですね。「長嶋茂雄」さん、TVなどで、ボケをかました話しがよく出ますが、この小説でもボケをかましています。笑って許せるのは、これも人格ですね。


「誘拐犯」

「相棒7ー11話・越境捜査」ですね。トリックの⚫⚫が⚫⚫のところ、同じですね、なんとなく気になりますが。小説とTVドラマの違いがありますが・・・どちらが面白いのでしょう。

「粗忽飲み屋」

落語の「粗忽長屋」のパロディーだと思ったら、しがない中年の男の飲み屋での会話が主になります。黙読ではなく、実際に言葉に出して読んだ方が面白いかと(酒を飲みながら)。

「居酒屋ツァラトゥストラ」

一番短い物語。酒場での数学の問題から宇宙論まで・・・

と言うことで、多少、イエローカードぎみの表現もありますが、まあ、たけしさんだからですね。真面目な方は1600円も出して、と思うところもあるので、お止めになった方が良いでしょう。


たけしさんファンの方はご一読を。第二短編集はどんな物語が書かれるのか、楽しみに待ちましょう。


もう一つ、この本の題は「純文学」ではなく「純、文学」ですね。どう違うんでしょう?まだまだ、「準文学」の感じを受けました。ノーベル文学賞まで道遠し。



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