日記・コラム・つぶやき

2018年4月16日 (月)

2018「吾妻はたあげ大会」

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    (「長崎古今集覧名勝図絵」より~長崎文献社刊)

長崎の人間はホントに、はたあげが好きですね。上の図は、江戸時代の金比羅山での風景ですが、酒なんか飲んで楽しんでいる方もあるようで、まさに花見。

毎年、愛野町と吾妻町で、はたの保存会の方が、1週間ずらして、はたあげ大会を実施しています。

愛野町の方には行けなかったので、吾妻町の方に、お邪魔をしましたが、長崎の愛好会の方なども参加していたとか。


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こちらには、はたを売っているところはほとんど無く、全部手作り。もちろん絵も手書きです。

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かなりの年配の方ですが、いろいろ考えるもんで・・・右は子どもの参加者用の小さなはたですが・・・

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長いシッポをつけて、意外と高く飛びます。大人も負けすに飛ばします。

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弓の形の所、昔は牛とか馬などの皮を薄く削って張っていたそうですが、今では包装などに使うテープを使います。これがブーンという低い音で、まさに、癒やしの音ですね。で、これだけ大きいはたを揚げる糸は、右の写真の足下に置いてあるように、電線の巻き取り幾などを使っています。高く飛ぶので、かなりの長さです。


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鯉のぼりまで飛んでいます。右はクラゲ?目玉までちゃんと付いています。

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私が行くのが早かったせいか、子どもが少ないのが少し残念でした。

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子どもはゲーム、大人はスマホ。昔が良かった、とは言いませんが、最近は子どもをキャンプなど野外活動に連れて行ったりすることが少なくなったようです。

あちらこちら、災害が起こっているようですが、野外活動も経験していると役に立つ事もあり、必要だと思いますが、今の保護者の方は、野外活動の方法を知らない方も多いようで・・・・


2018年4月12日 (木)

「遅すぎました」白木峰菜の花畑&コスモス花宇宙館~諫早市白木峰

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今日、目覚めて、あ、あそこに行ってなかったなと思いだし、白木峰高原に菜の花を見に行ってみました。カミサンはどうせ留守だし。

ところがですね、駐車場は空っぽ、売店は無人。おかしいなと思いつつ、菜の花畑に行ってみました。

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で、行ってみたら、人影が無く、私一人。菜の花も盛りを過ぎたのか、今から咲いていくのかも分かりませんが、なんとなく、散ってしまった感じ。いつもは、3月上旬から4月の上旬に行って花盛りなのですが・・・少し遅かったか。

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時間があったので、「コスモス花宇宙館」に寄って見ました。お花畑から少し下ったところです。諫早市の「子どもの家」と一緒の場所に建ってます。

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こちら、「コスモス花宇宙館」。入場料はロハです。

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下が、「こどもの城」。思わず思い出しました。福岡は中州の「おとなの城」。楽しかったですね。諫早市も作ってくれませんかネ。「おとなの城」。随分、良い思いをしたのですが。

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と言うことを考えつつ、快感時間・・すみません、つい思い出して、happy01 開館時間ですね。少し開館まで時間があったので、外をウロウロしたら・・・

敷地が狭いと思ったら、意外と広く良いところなので、お金も無く、というカップルの方には最高ですね。眺めも良いし。

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「ボケ」に「ボロボロノキ」。ボケてボロボロになっている私のために植えたんじゃないかな?

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天体観測会を結構実施しているみたいでした。入ったところに右側の看板。はやり、散り始めですね。あとで、聞いたところ、毎日状態を見ているから、こちらの方に状況を聞いていただければ、と言うことでした。皆さんも確認をして行くように。私の二の舞を踏まないように。

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2階がアートスペースで、本日はガラス絵と押し花展、みなさん上手ですね。

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こちらがメインの「コスモスミュージアム」。郷土の画家、荒木幸史氏のコスモス絵画27点が展示してあります。ファンタステックでいい絵ですね。

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荒木氏がコスモスに囲まれ絵を描いているところ。絵になりますね。アグネスチャンさんも訪れたようでした。

ただ、主催事業など書いたチラシをみると、5月に「荒木幸史追悼展」とか「荒木幸史偲ぶ会」など書いてあり、亡くなられたのかな?


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あと、あそこに菜の花が無いかと思って、諫早干拓地のコスモス園に行ってみたら、ご覧の通り。ただ、管理小屋には、「菜の花クロスカントリー」の看板があり、菜の花が無いところでは、クロカンはできないでしょう。多分行政の予算不足か、手抜きでしょう。

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と言うことで、今日は残念でしたが、これからはツツジ、サツキ、ひまわり、おとなの城の花盛り会、ひまわり、コスモス、紅葉狩りと、なんとなく一年中花に追われている感じ。



2018年4月 8日 (日)

「岡政屋上より県庁を望む」~長崎の夜景

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「絵はがき」の題は「岡政屋上より県庁を望む」となっています。
県庁は写真左側の大きな建物です。

「岡政」は1854年(安政元年)に
「徳島屋」として創業、いろいろありまして、「長崎大丸」になるも経営思わしからず2011年に完全閉店。
詳しくは
こちらをクリック

田舎では、まだ岡政の看板が残っています(GoogleEarthより・下の写真)。

子どもの頃は、浜町にいくと、「浜屋」か「岡政」に必ず寄ったもので、特に屋上の遊園地が楽しく、遊覧飛行機に乗るのが楽しみでした。

現在、建て変わったみたいですが、残念ながら歳とると億劫になって、まだ行っていません。

さて、上の写真を見ながら、「あれ、こんなんだっけ」とは思いましたが、私は小さい頃は良い子で、夜遊びをしたことが無く、このような風景は見たことがありませんでした。いつの頃の写真か考えているのですが、残念ながら、よく分かりません。

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赤丸が現在の県庁で、GoogleEarthから拝借しました。緑の矢印が「出島」付近で、最近、復元されましたが、これも行ったことがありません。

なお、県庁は昔、サンパウロ教会が建っていたところでイエズス会の本部があり、被昇天のサンタ・マリア教会、イエズス会管区長館等があり、その後、長崎奉行所、海軍伝習所として使われており、県庁は移転をしましたから、いずれ取り壊しになり、その折、発掘調査が行われると思いますので、なにが出てくるか興味のある所です。

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下は。「長崎古今集覧名所圖絵」、諏訪神社の「くんち」の図ですが、江戸時代からお客さんが一杯ですね。なにやら、ゾウさんみたいなのが描いてありますが、なんか、昔の方がすごいですね。

さて、この諏訪神社から県庁まで、高台が続いています。昔は下の方が海で、長い岬になっていますから、長い岬で、「長崎」と言う話もありますが・・・・

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昔の長崎の地図は下のように出版されていますから、お買い求めを。700円ですが、中身に比べればお安い買い物です。出島、新地なども、昔の姿がよく分かります。

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こちらは関係ありませんが、明治30年発行「大日本圖管轄轄分地圖 長崎縣管内圖」で、「町」が「丁」になってます。同時代の地図を調べたら、ちゃんと「町」になっていました。なぜだろう?

最も辞書を調べたら、「丁」では「市街の区分。『一丁目』→町」。「町」では「(丁とも書く)距離の単位」となっていますが・・・?

島原では、下新丁(したじんちょう)、下の丁(したのちょう)、城西中の丁(じょうせいなかのちょう)、古丁(ふるちょう)、江戸丁(えどちょう)などもあり、聞いたところ、島原城初代城主・松倉重政時代からのもので、近年の町の合併、町名変更にも応じなかったとか。という話でした。本当かどうかは調べてないので責任は持てませんが。


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さて、一番上の写真を見ていると、長崎のネオンサインが恋しくなりました。ドクターストップがかかっていなければ、行くのですが。



2018年3月30日 (金)

3月は別れの時「あさイチ」もキャスター交代

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「朝イチ」が終了しました。失礼、「終了」でなく、キャスターが変わります。

最後は過去の放送などを流し、思い出話をし、花束贈呈などをして終わるのかと思ったら、「引き継ぎの極意」。意表をつきますね。

たしかに、選手交代するときは引き継ぎが大切で。といっても、私も仕事上、県内の市町村を9カ所ばかり異動しました。同じ会社内の異動ならすぐ連絡もできるのですが、離れたところばかりで、「引き継ぎ」は苦労しましたが、原則、丸投げ。次の人も白紙の状態からが良いと思ったからですが。

さて、この番組は続きますが、キャスターが変わります。見ていて、今日は近藤アナウンサーが何となく緊張しっぱなしのような感じでした。

最初の頃は、朝から、こんな話題いいの、というようなのもあり、クレームもかなりきていたみたいですが、その意見も真っ直ぐに受け止め、好感を持ちました。

最初、スタジオの中に小ブタさんがウロウロしていたのも、ご愛敬で覚えています。

くだけた話から、まじめな話まで、やはり民放と違うのは、有働さん、井ノ原さん、柳原さんの力量だったと思います。

ところで、井ノ原さんのこと全然知らず、V6のメンバーだと聞いたとき、大丈夫かなと思ったのですが、意外と受け答えも、話をそらすところなどもうまく、まあ、あまり美男子でない所も良かったのでしょうが・・・でもって、私、V6の歌って全然知らないんですが・・・V6のメンバーも全然分かりませんが・・・

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有働さん、NHKの異動でどこへ移るんでしょう?局長クラスだという話もありますが、できるなら、長崎NHKの局長で来ることを期待しています。まあ、無理だな。

この番組8年キャスターを勤めていますから、41歳の時からですね。最初見たときは、アラサーだと思っていたのですが、この笑顔4月から見られないと、朝から淋しい思いです。


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新キャスターも人気番組を継いで大変でしょうが、朝の顔として頑張ってください。



2018年3月25日 (日)

「さくら三ヵ所巡り」★とけんさん公園(小浜町)★さくらのくぐり抜け(森山町)★橘公園(千々石町)

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今日は、朝からカミサンとケンカ。原因と言えばたわいも無いことなのですが。まあ、二人でやることもないし、たまには・・・・

で、少し顔も見たくなくて、神社三ヵ所巡りならぬ、「さくら三ヵ所巡り」をしてみました。といっても、お近くの車で20~30分の場所、一ヵ所は私の散歩コースですが。

小浜の「とけん山公園」です。ここの良いところは、高台にあるために、桜と海が見られること。駐車場が少し狭いのでお早めにお出かけを。

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最近、新聞とかTVに出ている、森山町の桜の通り抜け。
ディサービスの女の子とちょうど出会い。話をしたら、高齢者の方は、バスに乗ったまま桜を見るのが良いので、下見に来たとか。かなり多数の車が、桜を楽しみながら通っていました。

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橘公園、橘樹神社、私の散歩コースなので少し詳しく。

先日、書いたように神社の屋根から雨水が漏ってくるので、屋根の張り替えが必要で、裏側に回ったら、仕事場か、資材置き場か作りかけ。

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桜はほぼ満開。天気は良いし、日曜日だし結構な人出でした。ただ、昔みたいに、酔いたくれてとか、ケンカとはなく、なんとなく寂しいですね。

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今年は、いつもより屋台が多いみたいな感じで、桜の開花基準木も、ほぼ満開。

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はやり皆さん、「ワー!」と言って見るのが橋の下の桜。上から見る桜も、また、変わって良いものです。

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帰りに見受けた「ポン菓子」。昔は、リヤカーに積んで、こちらは米を持って行って、「ポン菓子」にして貰ったものです。今は機械で回していますが、昔はおじさんが手で回していました。

花見のマイクロバスかなと思ったら、中学校とクラブチームのマイクロバス。今では、中学校のチームでも持っているのですね。もっとも、保護者の方からの寄付金からでしょうが。保護者の方は子どもがプロになるのを夢見ているのでしょうが。儚い夢でしょう・・・

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帰りに買ってきた誕生日ケーキ。分かってくれるかな?

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桜はかなり満開状態で、月末まで風雨がなければ、もつかなという感じでした。ご覧になる方は早めに。



2018年3月22日 (木)

西郷どんも喋った「鹿児島言葉」絵はがきVS「奇抜極マル徳島之盆踊り」写真

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「絵はがき」と言えば、昔は旅行に行ったときなど、必ず買っていたのですが、今や、デジカメ、スマホがあり、「絵はがき」を買う光景を見ることは、少なくなりました。

「西郷どん」と言えば、鹿児島の人間で、鹿児島弁を使うのは当たり前なのですが・・・・NHKテレビに鹿児島弁は分かりにくいから、テロップをという意見が来ているそうですが。

「鹿児島言葉」という絵はがきを6,7枚手に入れ、面白いのでご紹介を。

千々石にも、もちろん方言があり、特に「べー」言葉というのがあり、「べー、べーと言うのはみっともないから、べー、べー言うのは、止むうべー」などと使いますが、最近の子どもたちの会話を聞いていると、ほとんど出てきません。

方言は単語が地域で違い、また、イントネーションの問題もあるのですが、学校放送などを聴いていると、単語は標準語、イントネーションは千々石弁と、何となくアンバランス。

TVなどの影響もあるのですが、方言はその地方独特の文化。正しい「方言」を伝えていってもらいたいのですが・・・・手遅れかな。

さて、東北弁、沖縄弁も難しいのですが、鹿児島弁も難しいですね。「絵はがき」の封筒は破れていますが、中身はちゃんとして、名所の写真が少しばかり、イラストが入って、「鹿児島弁」での会話が書いてありますが、分かりにくい。

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というこで、一枚だけ

■「物賣問答 桜島大根(デコン)」

・島女
「コラ々々シマレコン又、オケヤッタ、モハンカ、コイナラ、三十銭ヨシユ、ゴアストオ」

・田舎客
「ソヤタケ、十五銭ナラ、コッモドッテン、エガ」

・島女
「ソゲンズモンゴアスカ、ソコンサッデナ、三十五銭ニ、アゲモウシタトヲ」

・田舎客
「バカイエ、カイガニデ、ガツィイ、ソゲントオバ、十二銭デ、ウイオッツガ」

・島女
「ソヤ、ホドガ、チゴモンデヲ、ソイナラ二十銭ニオケヤッタモシヲ」

・田舎客
「ソンカワイ、テイシャベ、ヅイモッキソクルッカ」


■「標準語で」

「もしもし、桜島大根をお買いくださいませんか、これなら三十銭で宜しゅう御座いますの」
「それは高い、十五銭なら買って帰ってもよいが」
「そんなにするものではございません、そこの先では三十五銭に、あげましたのです。」
「馬鹿いえ、海岸では恰度(ちょうど)そんなのを十二銭で、売っていたよ」
「それは大きさが違いますからね、それなら二十銭にお買い下さい」
「その代わり、停車場まで持ってきてくれるか」

と言うことで、これ、鹿児島弁のイントネーションで、早口で喋られると、まったく分かんないでしょう。

もっとも、千々石に某県から取材に来た女性新聞記者曰く、「千々石弁って、早くて分かんない」とは言っていましたが・・・・


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下の写真は、「奇抜極マル徳島之盆踊」となっていますが、今の泡踊り、 失礼
m(_ _)m、阿波踊り。

現在、阿波踊りは観光客が120万人でも大赤字とか。イベントばやりの昨今ですが、長崎でも、ランタン祭り等イベント花盛りですが、イベントで何人集まったのかと、経済効果は多少違うと思い、ボチボチ考え直す時期ではないかと思うのですが。

それはともかく、以前にも「徳島之盆踊」の写真はご紹介をしましたが、写真下の文字等を見ると、同じ時期のだと思います。

衣装など見たら、いまの垢抜けた衣装とは違いますが、なんとなく、こちらの方に心を惹かれます。


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2018年3月19日 (月)

ぶらぶらと&2つのお知らせ



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昨日から彼岸の入りで、今日は「春の彼岸会法座」がお寺であり、ありがたいお経をあげ(意味は分かりませんが、分からないところが、ありがたい)、福岡からの講師のお話を拝聴し、少しは人間性が上がったかなと。

その後カメラを持って、どこか行こうかと思っていたら雨。で、昨日、天気が良く写真を撮っていたので、橘神社付近の情景を。

上の写真は橋の上から、撮ったもので、ここ全部咲くときれいなんですが・・・

下は橘公園の「桜開花基準木」ですが、TVに出てくるように、気象庁の方がきて開花宣言をするわけでも無く、私が見て、まだまだのようなので、開花宣言はしません。

全体的に見て、このまま暖かい日が続くなら、早ければ今週末には満開、少なくとも月末には。と、思います。多分。責任は持ちませんが・・・・


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境内から、海の景色。電線が邪魔!ですが、花祭用の電線です。

狛犬の口の中の玉。良い仕事してますね。どうやって、彫っていくのでしょう?ついつい手を出しましたが、勿論とれません。


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中学校の設立50周年の記念碑。「勉勤実誠」ではありません。「誠実勤勉」です。後ろをみたら、「第19回生卒業記念」がありましたが、上になにがあったのかな?私、ここの卒業生ではないので、分かりませんが。

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いつも散歩の時、学校玄関の掲示板を見ていきますが、今回はえらく書体、絵が変わっていました。「挑む」。良いですね。若いとき、私も随分多くのことに挑んできましたが、「挫折」ばかりでした。

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さて、今月3月31日、例年の「観櫻火宴」ですが、ポスターはクリックすると大きくなります。段々、大きくなったきたイベントですが、今年も遠くから団体でやってくるそうです。皆様も是非お越しください。

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こちらも例年の日米親善人形交流「~青い目の人形~リトルメリーと仲間たち」です。会場は島原城の島原城観光復興記念館。3月21日~4月8日までです。

なお、4月1日に同会場で、午前10時~午後1時まで「春うらら茶会」。親善人形の紙芝居、しまばら半島国際交流クラブの外国語で一緒に歌おうもあります。楽しいですよ。


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と、春になってくるとイベントが多くなりますね。皆様もあちらこちら、出かけてお楽しみを。

私ですか、「花は咲けども 老いゆく我が身 ただトボトボと 極楽へ」と何となく、歳をとると侘しいですね weep 。



2018年2月23日 (金)

ハッピーな日


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一昨日の女子カーリング、笑顔と「だよねー」の言葉が、いつもより少ないみたいで、おやっと思ったのですが・・・

一昨年、「雪見だい福」の事を書きましたが、昨年は残念ながら一つも見つからず、思ったとおり三ヶ月入院したり、いい年ではありませんでした。

で、今日コンビニにいったら、あるじゃありませんか。「雪見だい福」。「雪見だい福」、「雪見だいふく」、違いが分かりますね。この、「だい福」が実に少ないんですね。ことしは春先から見つけ。これを、見つけると幸運が来るとか。

「月も朧に白魚の篝も霞む春の空、冷えて風も微酔い(ほろよい)に心持ちよくうかうかと、浮かれ烏のただ一羽、塒(ねぐら)へ帰る川端で、棹の雫(しずく)が濡れ手で粟、思いがけなく手に入る『雪見だい福』、ほんに今夜は節分か、西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落とし、豆沢山に一文の銭と違って『雪見だい福』、こいつぁ春から縁起がいいわえ」

と、今日は、「こいつぁ春から縁起がいいわえ」。カミサンは留守で、「雪見だい『福』」は見つけるし、ハッピーな日でした。

カーリングが始まっているので、今日はここまで。


2018年2月16日 (金)

「巻き爪の治療」その後&その他の事

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昨日は、バレンタインデー。私もこの歳でも、多少あちらこちらからいただき物をしたのですが、家に帰ったら、いつもの悪友がきていて、勝手に食い散らし、ガチャガチャ。

今日は、以前書いたように、巻き爪のテープを使った治療が上手くいかなかったので、ワイヤーで引っ張っていたのですが、爪が割れワイヤーがとれてしまったので、つけかえに病院まで。

話を聞くと、爪が割れやすい体質だとかで、これがだめなら別の方法を考えましょうと・・・

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左が治療前、完全に巻いています。右が治療3週間目。巻いていたのが、開いている様子が分かると思います。まったく痛みはありません。多少、違和感はあります。巻き爪の方の参考までに。皆さんも、あまり深爪はしないように。

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少し見づらい写真ばかり並べましたが、今日はでなく、今日もですね、カミサンが行方不明なので、一人で外食へ。久しぶりに唐比(からこ)の「COZY」さんへ。

いつもは、まぜまぜご飯プレートを頼むのですが、今日は、目先をかえて、あたたかスープとオープンサンドプレートを。

サラダと、野菜スープと、野菜たっぷりのオープンサンドで、右を見ても、左を見ても、真ん中を見ても、野菜だらけで、明日のウ○チが楽しみです。多少○秘気味なので・・・余計な話ですが、お野菜の葉物の値段、高いですね。買いに行ったら、びっくりしました。

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天井が高いのは良いですね。気分まで晴れ晴れしてきます。外を見れば、ボチボチ梅のツボミもふくらみ始め・・・

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お客さんも、結構一杯で、皆さん、アベックばかりで、恋しちゃならない、妻帯者、やけのやんぱち石投げた。と、昔の歌を思い出しました。皆様も、不倫問題で週刊文春に載らないように注意しませう。



2018年2月 3日 (土)

「乃木大将少年時代家庭の景」

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お父さんが、子どもを叱って、お母さんもそれを聞いている図。

少年は、「乃木希典」。今頃、こんな風景は見られなくなりました。できれば、わたしも、やってみたいのですが、うちは家内が説教をして、愚息子と愚私が黙ってきいているわけですが・・・

乃木希典については私も、司馬遼太郎「坂の上の雲」しか読んで無く、乃木希典は無能扱いをされていました。これには賛否両論あり、司馬遼太郎と言えば、「竜馬(司馬遼太郎では『龍馬』ではなく『竜馬』)が行く」があまりにも有名なため、その影響か、乃木希典は無能だという評価が信じられているようです。

これは、「司馬遼太郎史観」に影響されたもので、これには、福田恆存等々の反論があります。詳しくは→こちらをクリック

なお、「乃木坂」も乃木希典にちなんだもので、「乃木坂46」も、ソニー・ミュージックエンタテイメントのある、「SEM乃木坂ビル」の名前にちなんでいます。ですから、乃木希典と乃木坂46も密接な関係があります。

上の写真ですが、父親は長州藩支藩長府藩馬周り八十石ですから、まあまあの収入でしょう。さて、写真を見て、鴨居に弓がと陣笠が置いてありますから、弓方ですね。

お父さんの右の方には刀が置いてありますが、えらく長刀ですね。
後ろの、長持ちには、鎧、兜かな?脇差しまで差していますが、「昔の父は強かった」。見習いたいものですが・・・あこがれる写真ではありますが、乃木希典少年時代、このような写真を撮るわけでも無く、多分、銅版画では無いかと思います。なお、発行は、東京中央区乃木會です。

乃木希典は明治天皇が亡くなられた後をおって、妻とともに自決をしています。ですから、上の写真の少年は享年64歳で亡くなっています。


(参考・文引用:Wikipedia)


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