日記・コラム・つぶやき

2017年10月 9日 (月)

「栗原玉葉」~文化を考える

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思ひ出は芋の畑にあぜみちにとんぼ追ひたる古里の秋  玉葉

と書き始め、やっと終わりだなと思ったら、またもや、全部飛んじゃいました。書き直す気も無くなり。またね。



2017年10月 4日 (水)

「今宵は『中秋の名月』」

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本日は、揺れ動く政局などを書こうと思ったら、TVで「今日は中秋の名月で・・・」
とやっていたので、調べると本当に今日が中秋の名月。
少し雲が出ていましたが、少しすると雲が切れ、きれいなお月さま。

例によって、売れの残り現品処分1万2千円のデジカメですが、意外ときれいに撮れるもんで・・・・

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という事で、今日は月でも眺めながら、心清らかにお過ごしください。
なお、本物の月はまだ出ております。




2017年10月 2日 (月)

終活、止めた!



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今日、コンビニに行ってみたらキットカットの新しいのが目につき、買ってみました。

今回は、見ての通り、「日の丸」を描いて、サッカー解説者の松本安太郎氏が監修。キャッチフレーズが、「絶対に負けられない戦いがそこにはある」ですから、多分、オリンピックの応援でしょうが、もう一つが、相変わらず、「ああ 青春のシトラス味」で野球場が書いてありますから、以前書いた高校野球の応援だと思います。

裏には相変わらず、「♯キット願いがかなう」と、なんとなくオヤジギャグ的な感じ。高校野球はすんだのに、まだ出荷されているのは売れ残りかなと思ったら、どちらも、「2018.05」の賞味期限。来年までは大丈夫だという事ですね。

で、考えるに、この「キットカット」を大ヒットさせる方法があるのですが。「のど飴」の方、左右に、安倍晋三さんと小池百合子さんを載せれば、「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」というキャッチフレーズがピッタリではありませんか。絶対に売れますよ。


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という事を考えながら、先日よりカミサンから、「荷物ばかり増やして、アンタが死んだら子供たちが整理するのに迷惑するやろ、いらん荷物は捨てんね!」と言われており、本日は一日中雨でやることもないので、「終活」とやらに取り組みましたが、昔、切手少年で、「東京オリンピック」の切手が出てきたりして、懐かしいですね。
昔は、浮世絵を使った色っぽい記念切手もあったのですが・・・

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と、ボチボチ荷物をまとめていたら、下の写真が出てきまして・・・

今では、若い子のそばに寄っただけで、キャ~、といって逃げられますが、昔、一時的にモテていた時代がありまして、その時付き合っていた一人ですが、カモシカのような足、ウチのカミサンに比べれば・・・・・

写真を見ていると、先週までNHKの「ひよっこ」の主題歌の一節を思い出しました。”今頃どうしてる? さなぎは今、蝶になって、誰かの腕のなか・・・”青春って、せつないですね。もっとも、この子も今では60歳を過ぎていますが。

ところで、この子とは旅行に行って写真を撮ったのですが、名前と場所を思い出せず、一日考えていたら夕方になって、終活活動は中止しました。

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「子供に迷惑をかけるから、荷物をかたずけて終活を」とよく言いますが、こちらも子供に迷惑をかけられながら育てたわけで、それなら子供に迷惑をかけたって、良いじゃないですか。ということで、面倒臭いので、「終活、止めた!」

ところで、このブロブ、カミサンが見たらどう思うかって?・・・ウチのカミサンは、100%、絶対に私がモテないと思っているので、絶対的に信じないでしょう。




2017年9月30日 (土)

「寺子屋」

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「渡辺崋山」の「寺子屋図」だそうです。もちろん、本物は買えるわけもなく、レプリカです。

見ていると、昼休みか、個性に合わせた指導か、学級崩壊かいずれかでしょう。
もっとも、上のような寺子屋だけでなく、下のような真面目な寺子屋もあります。

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(「古文書はこんなに面白い」~油井宏子著より)


群馬県に「みやま文庫」というのがあり(平成2年は会長さんは群馬県知事さんになっており、長崎県とは違いますね。)、そこから「群馬の寺子屋」という本が出ており、「昭和11年度調査 群馬県内の寺子屋(含私塾)」という事で、なんと群馬県下で、1351の寺子屋があり、「前橋市城内の寺子屋・私塾」でも、195の寺子屋があったそうですから、今の学校より多いじゃないですか。もっとも群馬県には行った事がありませんが。多分、本当でしょう。

寺子屋の先生として、農民(士分)、単なる「農民」としか書いてないのもあります。神官、僧侶、医者、法印(山伏)、武士、書家(狂歌師)がほとんどです。

「束脩(そくしゅう・今の入学金)・謝儀(お礼)」について。「束脩」は「金または品物を納める」となっています。「束脩」として、「酒一升・赤飯」、「酒一升・金15銭」、「受ケズ・裕福」などもあります。「十銭の菓子」、「赤飯」もあり、「酒」と「赤飯」が多いみたいな感じです。

「謝儀」については、「本県のような農山村の寺子屋では、『家計豊なれば、月謝束脩を遠慮せず』(「群馬県庶民教育史調査」)と、私財で寺子屋を維持したところが多かったようである。そのため束脩・謝儀も定額というものはなく、寺人・登山(入学の事)の場合、つまり、束脩は赤飯一行器と酒のようであった。」という事で、普段は節句に菱餅、暮に歳暮として塩鮭、米などを送ったようですが、「寺子屋の師匠は金銭が目当でなかったことがわかる。」という事だそうです。

さて、教科書では、「旧勢多郡内寺子屋使用教科書及び教材」として、一番多いのが、「庭訓往来」、二番目が下の「実語経」、「今川状」、「史書」、「名頭」などと続きます。

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入学を、「寺人・登山」と言っていたそうですが、年齢は、五歳から十五歳までで、七歳が最も多く、それに次ぐのが八歳、九歳、十歳で、教学年限は大体五年程度であったそうです。

寺子屋は通年ではなく、「季節授業で、主として農閑期、それも冬季に教えていたようである。」という事ですが、この年齢で、上のような書を読んでいたとは驚くべきことで、明治初期に外国からやってきた人が、日本人の識字率、頭の良さにはビックリしたことは各種の本に書いてあることです。とにかく、上のような文書を子供ながらに読んでいたのですから。

山高故不貴 以有樹為貴
人肥故不貴 以有智為貴

食欲の秋、皆さん太り気味になると思いますが、「人肥故不貴」です。ご注意のほどを。

(参考・引用~みやま文庫「群馬の寺子屋」(平成2年出版)より)




2017年9月23日 (土)

身辺話題三つほど

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「日清どん兵衛」が爆売れしているらしく、久しぶりに買ってみました。

CMの影響で売れているらしく、CMの名前が「どん兵衛×けものフレンズ『ふくっら』」というものだそうで、星野源さんと吉岡理帆が出ていて、YouTubeで見ると、星野源さんが「どん兵衛」を作っていると、「けものフレンズキャラ」の吉岡理帆さんが見つめているというものですが、残念ながら、おじさん、星野源さんとか吉岡理帆さんとか「けものフレンズ」とか、全く分からないのですが。

「うどん」より「そば」を食べたかったのですが、5店舗ほどコンビニを回りましたが、ありません。「どん兵衛のそばない?」「うどんしか入荷してないんですよ、てんぷらそばならありますが」と。

「入荷」していないはずで、調べたら、「どん兵衛」は「うどん」しか作ってありませんでした。

作り方をみると、「お湯を入れて5分間」とありましたが、たしか記憶によれば、以前は3分間では?インスタント食品を試作するときテストをして、人が待てる限界の時間が3分間だったので、3分にしたはずだったのですが、皆さん段々と気が長くなったのかな?

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パインテールファームですね。土曜、日曜限定でお店屋さんが開店しています。少し分かりにくい所だから、大丈夫かなと思いつつ行ってみたら、開店時間の11時には8割がたお客さんが入っていて、やはり、良い所には人が集まるんですね。


ピザパイがおいしく、食べたかったのですが時間がなく、買い物だけしてきました。製品の種類が増えていました。オリーブバターが欲しかったのですが、売り切れで10月にならないとできないそうで、残念でした。

ロバさんだったかポニーさんだったか、二匹ともお元気でした。ヤギさん、この場所がお気に入りか、帰るまで、この姿勢でした。

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お馴染みの「ところ天」屋ですが、いつもは9月31日まで営業をしているのですが、この、2,3日開いてないなと思ったら、「今年は21日で閉店します」の張り紙。オバチャンがどうかしたのか心配です。

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毎年、この店が9月31日に閉店して、秋が来たことを感じるのですが・・・


 ・刻々とわが脳老ゆる鰯雲・・・・・柳生千枝子


「鰯雲」は秋の季語です。あ~実感です。






2017年9月18日 (月)

今日は「敬老の日」



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今日は、「敬老の日」。

雲仙市では各々の町の自治会単位で「敬老の日」を実施。本当はまだ人数は多いのですが、入院やらがあって、全員来られると会場には入れませんが・・・

私?まだ、参加する歳には達しておりませんが、今年は班長という事でお手伝い。ついでに、市長さんの祝辞とか、県知事さんの祝辞とか、「吉永小百合」さんからの祝電披露(私が勝手に作ったもの)とか、ついでに皿回しまでやってしまいました。

歌あり、踊りありでしたが、今日日(きょうび)は何といってもカラオケが多く、見ていると女性の方が曲をよく知って、男性はほとんど口が動いていませんでした。はやり、これを見るにつけ、女性の方が長生きするのは当然だと。

さて、前自治会さんから挨拶がありましたが、「老人の日」と「敬老の日」があるとかで、「老人福祉法」をみると・・・第5条2項

2 老人の日は九月十五日とし、老人週間は同月二十一日までとする。

ですね。でもって、ハッピーマンデーに伴い、国民の祝日として、「敬老の日」が9月の第3月曜日になったそうです。ですから、「老人の日」と「老人週間」と「敬老の日」があるという事です。ね。多分。

年を取ると、周りの知っている人が段々亡くなり、家に引きこもりがちな中、このような催しも必要だと感じました。

帰りがけ、天満宮に寄ってみました。最近、千々石ミゲルの墓と思われる場所の発掘が大きく報道されましたが、この小山(橘神社の裏の山)に釜蓋城があり、竜造寺信隆に攻められ、ミゲルの父が滅ぼされ、その際、平和を願い天満宮を作ってほしいと願って亡くなり、後年作られた。「天満宮」です。

以前は、小さな山でしたが、役場がロクな調査もせず、グラウンドを作り、現在は中学校野球部の専用グラウンドみたいなものです。

明治12年「千々石村村誌」には、「・・・・濠址数行アリ頂上ニ廃井アリ・・・」とありますが、グランド整備の折無くなっています。

なお、龍造寺に滅ぼされた折、千々石ミゲルは戦火を逃れ、後年、大村に身を寄せています。

以前、この鳥居には注連縄が無く、他の神社はあるのにという話があり、2,3日前に作ったという事を聞いたので、行ってみたら見事な注連縄が作ってありました。注連縄があると、感じが全然違いますね。作っていただいた皆さんに感謝です。
 
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2017年8月29日 (火)

「敬老の日読書のすすめ」だって。


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以前書きましたが、歳を取ると丸みが取れ、四角になって、おまけにトゲまで生え始めてきたような今日この頃。

「敬老の日読書のすすめ」ってなんですか?大体、敬老の日まで生きた人間は、言われなくても読書する人はするし、しない人はしません。絶対に。「すすめても」、無駄。

大体読書は、良いものなのか?小さいころ本ばかり読んでいると、「本ばかりよんで、勉強ばせろ!」と怒られました。某作家のエッセーを読んでいると、同じようなことが書いてあり、「本は、親に隠れて読むのが面白い」という事で、現在の子供のように、読書を積極的に進められるのは面白くないだろうと。

現在、ウチも同じで、先日2,3冊本を買って戻ったら、カミサンから「また、本を買ってきて!家を本だらけにするのか!」と怒られました(前にも、このこと書いたっけ?)。という事で、私の何よりの楽しみは、カミサンに隠れて本を読むことです。

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パンフレットのお勧めの本を見ると、「九十歳、何がめでたい」、「老後くらい好きにさせてよ」、「媚びない老後」、「大人しく老いてなんかいられない」とか、老後の人生について書かれた本が多いみたいで、小説は「四人のおばあちゃん」だけでした。

考えるに、この国では「教訓」的な本が良い本であり、「小説」などはあまり評価されてないのかな、と思った日でした。

パンフレットには「本を読むと美しくなる。」と書いてありますが、ウチのカミサンは本を読みませんが、「美しい」です。マジ。

ところで、「敬老の日」っていつですか?私、「敬老」されたことが無いので、良く分からないのですが・・・・・





2017年8月28日 (月)

人バスを押す・・・・

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ボンネットバスですね。昔はこの型ばかりでしたが、また、最近レトロバスとかで観光地を走っているようです。

高齢者の方(私以上の)と話をしていると、昔はバスの馬力が弱く、特に雨の時は坂を登れず、乗客全員で押したという話を聞いたものでした。

この写真はバスがエンコした時、乗客が押しているものだそうですが、奇跡的な写真といってもよく、第一にバスがエンコしたこと、そして第二に、何より当時は高価だったであろうカメラを持っていた人がいたことです。今では、スマホで誰にでも撮れますが。

時代的なことを考えると一番最初の人物。背嚢(兵隊さんのリックサックみたいなのも)の上には毛布、腰の所には水筒、背中には小鍋(?)と飯盒、足にはゲートルを巻いているみたいです(白色のゲートルは無いので自信がありません)。
という事を考えると、帰還兵で、後ろの人物を見ると、終戦直後ではないかと思われます。

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さて、もう一つ気なるのが、バスの一番後ろ、なにか、ボイラーの小型みたいで煙突が付いているみたいな物がある感じです。

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という事を考えると、多分これが噂に聞いた「木炭バス」ではないかと思うのですが。

「木炭バス」は戦時中ガソリンが不足した時代、ガソリンの代わりに木炭を燃やして走っていたバスです(詳しくはウィキペディアで調べてネ)。

このバスは、小豆島のバスで、小豆島と言えば「二十四の瞳」。で、あちらこちらブロブを見ていると、「二十四の瞳」の舞台はそのまま保存してあるそうですが、そこにボンネットバスがあり、「時代を感じさせる『ボンネットバス』木炭で走ったそうです」と書いてあったので、急いでTSUTAYAさんに行って「二十四の瞳」のDVDを借りてきて見ましたが、残念ながら「木炭バス」ではありませんでした。

もっとも、木炭バスが走っていたのが1920年代~1940年代(ウイキペディアによる)。「二十四の瞳」の映画公開が1954年だそうですから、すでに「木炭バス」はなかったのでしょう。ただし、現在、観光地で木炭自動車を復活させ、走らせているところがあるそうですから、好きな方は乗ってみてください。ただし、一番上の写真のように、バスを押す羽目になるかもしれませんが・・・

上の写真のナンバープレートは「香891」ですが、映画では「香29」と「香843」が使われていました。後ろには「シマバス」と書かれたありました。どうでも良いことですが、折角調べたので・・・・でも、映画で「木炭バス」が走っている姿は見たかった!と思うのでありますが。



2017年8月26日 (土)

今日はお勉強会

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今日は、島原でお勉強会でした。正式に名称を書けば・・・


第212回市民文化講座・島原図書館郷土史を学ぼう会
「近世における歴史資料の伝来と社会」
ー大名文書(もんじょ)、地域文書、江戸時代の対外関係からー


で、講師は、熊本大学永青文庫研究センター長 稲葉継陽氏

資料として、トップに細川家文書、一番下が村方文書。ただし、上下関係ではなく、村方文書がトップの文書を証明する場合もあるとの、具体的な例をあげての話で、こちらも庄屋日記の解読を進めているので(私は、はしっこで聞いているだけ)、村方文書などの必要性を確認。

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こちらは、信長直筆の文書。普通は祐筆が書いて、それを確認し花押、または印を押すだけですが、これは、直筆を証明する文書もあるとか。

信長の言う「天下」とは、日本国全体を指すのではなく、「五機内(山城・大和・河内・和泉・摂津)」であるとの説の資料。


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「本能寺の変」、ひと月前に光秀に送った書状。光秀への信頼が示されているとのこと。最後の方の赤丸は「天下布武」の印影。

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とまあ、「熊本大学永青文庫」にある資料の紹介をしながら、文書の維持の大切さを話されましたが、同時に、熊本地震直後から展開された、歴史資料レスキューの紹介もありました。

つくづく思ったことは、長崎県のこの方面がいかに遅れているか(というより後進県、失礼、発展途上県、途上はしてないけど、何年も前から)を実感した次第でした。長崎大学は「文学部」が無いからな~。

帰りに寄った、湧き水、ここ、いつも満員で冷えた水がおいしかったです。


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2017年8月24日 (木)

昔の話~今、アミュプラザ

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最近、昔の写真、パンフレットなどを集める癖が出まして。

昔の、「ニュー長崎ホテル」。現在は「アミュプラザ」という方が分かりやすいと思います。

現在、ホテルもありますが、名前を見ると「ホテルニュー長崎」ですね。名前の順番が少し変わっているようですが。パンフレットを見ると電話番号が「③0158」ですから、随分前のことです。

で、ここにはよく来ました。といっても、ホテルの方ではなく、地下に「ニュース劇場」があり、ニュースばかりではなく、普通の映画をやって(封切り映画ではなく二番館・リバイバル館)、その間に、ニュース映画をやっていたのですが・・・小さな劇場でしたが、映画全盛期でいつも満員でした。初めて女の子と一緒に映画を見たのも、この映画館でした。当時は学生で、保護者同伴でなければ、映画館には入れない時代でしたが。

ホテルのパンフレットを見ると、部屋のお値段が、「御一人室(バス付)・¥1,350」、「御一人室(バス付)・¥1,500」、「御二人室(ダブルベッド)・2,500」、「御二人室(ソファー付)・¥2,500」、「御二人室(ソファー付)・¥2,700」、「御二人室(ツインベッド)・¥3,000」、「御二人室(ツインベッド)・3,500」、「応接室付・5,000」、「応接室付・¥7000」。

食事が、「御朝食・¥250 ¥300 (和食)¥250」、「御昼食・¥450 ¥600」、「御夕食・¥600 ¥800 ¥1,000」。と、現在と比べればバカみたいに安い値段。

現在ですね。一番安い部屋が30,888円、一番高い部屋が237,600円。まったく、時代の違いを痛感します。

面白いのが、「御心附」が書いてあることで、「御心附はお勘定の一割を頂戴致しますが、それ以上の御配慮は御辞退申し上げます。」、だって。現在は「御心附」、取ってるんでしょうか?

外観は基本あまり変わってないようですが、現在、「ユナイテッドシネマ長崎(8スクリーン)」、書店、楽器屋さん、食堂、その他モロモロ入っているようですが、ここ何年か行ってないので、また少しは変わったかな?

映画館は一度行きましたが、前にも書いたようにスクリーンが小さく、昔の新世界とか、ステラ座のスクリーンを見た者としては物足りなく、一回行ったばかりでした。

現在と比べれば、「変わる変わるよ時代は変わる」と言ったところですね。実感として。おじ(い)さんにとっては。




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