日記・コラム・つぶやき

2018年12月12日 (水)

「私は武士の娘です!」

Img_20181211_0002

「美女」という言葉がピッタリ。なんと、女性のオーラが溢れていることか!

オジサマ族、オバサマ族の方は良くご存じのことだと思います。特に、オジサマ族はグラビア、写真集、映画などを見ながら、オカズにしてお世話になったことと思います(私もですが)。

今やNHK朝ドラ「まんぷく」のなかで「私は武士の娘です!」でコミカルな演技をしている松坂慶子さんです。

生まれは1952年。上の写真は1980年の写真ですから、28歳。一番良いときですね。

今や、下の写真のようになりましたが、やはり昔の面影は多少残っています。

若いときは、きわどい演技もしていたのですが、私のブログは上品が売り物なので、載せません。当時の写真集はまだ持っていますが・・・


Dsc_1479 Dsc_1486

松坂慶子さんがどんな凄い女優だったのかは→こちらをクリック

一番上の写真は1980年8月(昭和55年)号の「PLAYBOY(日本版)」より。
下の写真は、朝ドラ「まんぷく」より。

2018年12月 8日 (土)

「駕立場」の絵はがき、なんか変?

Img_20181207_0001_2

小浜町から雲仙に至る途中「駕立場」があります。

「おばま 史跡巡り観光ガイド」によると、「健保3年(1213)有馬経澄から貴純、そして晴信、直純までの有馬時代399年と、その後に移封された松平氏等藩主が小浜に来る途中の休息所であったと言われている。・・・・藩主の休息所だったということよりも、むしろ明治時代の登山時のチェアーかごの休息所であったことであろう。」と書いてありますが、地理的に見て、多分後者の方でしょう。

なお、「チェアーかご」は下のようなものですが、小浜~雲仙までかついで登るのは大変ですよ。

Img_20181208_0001_2

       (「2005年 小浜町80周年記念誌」より)


現在の「駕立場」風景ですが、車の休息所になっていますが、昔はお茶屋さんがあったそうです。

左の写真の赤丸印のところ、右の写真のように「駕立場」のバス停と案内版が立ててあります。

Dsc_1110_2 Dsc_1113_2

多分、上の写真、皆さんがくつろいでいるところが、左のあたりだと思われます。右の道は多分「笹之辻」に通じるかと思われます。

以前、昔の道を辿った方によると、小浜温泉→道前→鬢串→笹之辻→駕立場までは細い道を行けたそうです。

右の写真は、雲仙方面を見た写真ですが、植林が茂り、昔の面影はありません。

Dsc_1121_2 Photo_2

Img_20181208_0002_4

        (青の矢印は現在の車の道路)

さて、ここで気になったのが、後ろの旗。

縦に「長崎新聞主催」。上の方が「温」の字と来れば後は「泉」。その後は「岳」か「山」かでしょう。下の方は「登山會」。

で、以前書いたとおり、普通、雲仙は昔は「温泉(うんぜん)」と言われていました。「雲仙」の表記もありますが(温州ミカンは「うんしゅうミカン」ともよび「温泉」が「うんぜん」と読んでも不思議はないのですが)・・・一般的に「温泉」が「雲仙」に変わったのが、昭和9年、「温泉公園」から「国立雲仙公園」に変わったときになります(もっとも、現在も文化庁管轄、特別名勝として「温泉岳(うんぜんだけ)の名前は残っています。地図にも記載してあります)。

話変わって、長崎新聞は明治22年(1889)に「長崎新報」として発足、色々あって昭和20年(1945)に「長崎新聞」へ、ところが戦後、昭和21年(1946)に「長崎日日新聞」「長崎民友新聞」「佐世保時事新聞」「新島原新聞」に解体。

昭和34年(1959)に新長崎民友新聞社と合併して、「長崎新聞社」が発足、同年「長崎新聞」に改題となります。詳しくは→こちらをクリック

ですから、「長崎新聞」と名乗ったのは、昭和20年と昭和34年以降と言うことになります。

雲仙を目指して登るといえば、普通、雲仙岳の一番高い普賢岳(現在は平成新山が一番高い山になりました)を目指すのが普通です。「登山會」といえば、当然普賢岳登山でしょう。

先ほどから書いているように、普通「雲仙」というようになったのが、昭和9年。
「長崎新聞」の名前が用いられたのが、昭和20年、昭和34年になります。ですから、この旗は「雲仙」と書かなければならないのですが・・・・まさか、天下の大新聞(長崎では)が、雲仙の名称が数十年前に変わったのに「雲仙」を「温泉」と書くはずはないのですが、この旗には????でした。

Photo_2

この絵はがきの写真に「小濱大黒天商店」と書いてあります。

下の地図は貴重な資料で、今は無い旅館なども記載されており、観光協会発行になっているので、聞きに行ったら初めて見たという事でした。

で、小浜生まれ、小浜育ちの高齢者の方に尋ねたら、昭和20年後半から昭和30年前半だろうと言うことでしたが、 お目当ての「小濱大黒天商会」は残念ながら、ありませんでした。もし、現存していたら聞きにいこうと思っていたのですが。

Img_20181207_0002_6


2018年11月24日 (土)

「橘神社大門松」作り始まる&「天満宮神迎え」

Img_4516_3

昨日、橘神社の近くを通っていたら大門松の作り始めの第一日目でした。お払いは神社の方で済ませ、さっそくの作業です。

聴いてみたら、大門松の完成竣工式は、まだ決まっていないようでしたが、昨年が12月23日でした。詳しくは社務所までお問い合わせを。

作っているのはボランティアの方々で、大変だと思いますが、大門松を楽しみに見にこられる方が大勢おられるので、頑張っていただきたいと思います。

昨年の、完成竣工式です。

Photo

さて、夜は「天満宮」の神迎えで、 出雲大社より神様が戻ってこられるのでみんなでお迎えを。昨日はウチの神社だけでしたが、神主さんの話では今日は2ヵ所で神迎えだそうです


Img_4518_4 Img_4519

神様が戻ってこられるのが遅い時間なので、それまで、何やらかにやら喋っている時間が楽しいですね。古老の方から昔話を聞きながら、勉強になりました。

神事の後、直来(なおらい)ですが、差し入れで、参加の方から五島のキビナゴ。ウチでガスや電気で焼いてお皿で食べるのではなく、炭火で焼きながら食べると、全然旨さが違いますネ。

最近は近所づきあいが薄れてきていると言われますが、こんな集まりも楽しいです。

さて、神様が帰ってこられるとき、風がまったく無かったのに、突如旗がバタバタとなったりします。「神様が帰ってこらしたばい」。

昨年は、電気の明かりと提灯の明かりが、ふと暗くなり、神様が帰ってこられた感じでした。宮司さんに聴くと、はやり他の所でも同じような事があるとの事。

今年は、話をしているとき、背中に冷たいながらも清らかな感じの風が感じられ、あ~、帰ってこられたな、と感じたものでした。


2018年11月22日 (木)

煙をあげて汽車は走る~「温泉鉄道」古絵はがきより

Img_20181122_0001

少し悩みながら・・・


上の絵はがきは、以前「温泉鉄道」について、しつこく書いたので覚えているのですが、少し前、下の絵はがきを入手し、これ、ブログにアップしたのかな?記憶がなく、悩んでいます。

なにせ、最近はボケて、「メシはまだか」「あら、食べたばかりでしょう」てな具合。

知ってても知らないふりをするのが大人で、もし、下の絵はがきをアップしていて覚えている方は、知らないふりをしましょう。

上の絵はがきは良く見かけますが、下の写真は少し違って、上の丸印には煙を吐いて汽車が走っているのが見えます。汽車を大きく写した写真は何点かありますが、このような感じで汽車が写っているのは、これ一枚だと思います。

もうひとつ、矢印の所が旧道で、現在、この旧道の上に国道が走っており、当然この時代の写真には写っていません。鉄道が廃止され、この跡に国道が作られています。

下の丸印はコンクリート製のガードレールです。現在も愛野の峠から少し下りた、お土産屋さんの展望所からも見えます。


Img_20181122_0002

上の写真の汽車とガードレールを拡大したものです。ちっこい汽車が分かると思います。


絵はがきは使用されており、日付は昭和4年12月15日。温泉鉄道が廃止されたのが昭和13年(1939)8月15日ですから、廃止の約10年前の絵はがきだということが分かります。


Img_20181122_0002_2 Img_20181122_0002_3

只今、千々石を中心に、古写真、古絵はがきの収集をしていますが、古写真の方はほとんど絶望的です。考えて見れば、昔はカメラが高価で、とてもじゃないけど買えるものではなく、まして興味がない時代だったでしょう。


先日、古写真、絵はがきを扱っている方に聴いたら、千々石の絵はがきは少ないとのことでしたが、じっくり見ていくと思わぬものが写っていたりして、面白いですね。


2018年11月16日 (金)

古絵ハガキに見る、昔々の「長崎県庁」

Img_20181116_0002

大波止から県庁を見た所で、赤の矢印が昔の県庁。道の真ん中を人がゾロゾロ歩いていますが、この頃はまだ自動車が少ないとが分かります。

絵はがきには(昭和10.9.2日要塞司令部検閲済)となっていますから、昭和10年頃の写真だということが分かります。

青の矢印が現在の文明堂総本店かな?とは思っているのですが・・・

現在は大体こんな感じ。赤い矢印が旧県庁(現在県庁は移転をしています)。青い矢印が文明堂総本店。

Photo_2

こちらは旧県庁の前の県庁。1911年竣工だそうです。なお、原爆投下後の火災で全焼。残っていれば、文化財物なのですが・・・誠に残念です。なお、県庁舎の移り変わりは→こちらをクリック

Img_20181116_0001

こちらが見慣れた県庁ですが、新庁舎ができたために閉鎖されています。1953年に竣工。ただ、業務が多くなり、上に継ぎ足したり、他のビルを借りて、業務、会議などを行っていました。

Photo

さて、気になったのが「文明堂」。下の写真が「大波止支店」。古い文明堂の長崎案内のパンフレットに載っていましたが、三階建てです。残念ながら、年代は分かりませんが、昭和3年大波止支店を新築し本店にしたそうです。

と言うことは、上の写真は昭和10年ですから、やはり文明堂本店だと推察されます。看板がありますが、残念ながら字は読めませんでした。

Img_20181116_0004

で、この大波止支店どこにあったというと、パンフレットの地図に「文明堂」と書いてあり、県庁の下の方で、上の写真は青丸印(電車の大波止)の所から撮ったと思っていたのですが、道路には線路みたいなのはありましたが、電車は上にパンタグラフがあり、電線に接しているのですが、電線が見えないんです。写真を撮った場所がどこか、迷いますね。

多分。文明堂の名前の印は電停の角っこにはありません。と言うことで、このパンフレット昭和3年以前のものだと推察されます。総本店もこの頃は、少し離れた所ですね。


Img_20181116_0003_2

と言うことで、電話で聞いた方が早いかなと思って、パンフレットを見たら、大波止支店の電話が「電話三四三」と書いてあったので、☎しましたが、通じませんでした。

2018年11月 9日 (金)

「暦(こよみ)」に思う

Img_20181109_0003

来年4月30日で平成が終わり、5月1日から新元号になります。まだ、新元号は決まっていません。

大分県民手帳の「5月1日」の所に「平成5月1日」としてあったそうです。これ、回収してシールを貼るそうです。大分県下6市町の「市町民手帳」にも誤りがあったそうです。

早く知っていれば、不謹慎ながら、買い占めて「幻の手帳」としてオークションにだして、小遣い稼ぎでもしたのですが・・・

で、長崎の県民手帳をみたら、最初の行事予定表が「西暦」。

Img_20181109_0002

中の月間予定表は、西暦も元号も無し。もっとも、新しい元号は決まってないので、書きようがありませんが・・・

Img_20181109_0004_2

で、これを見ながら考えました。

西暦645年、1573年、1688年、1865年、1868年、1926年。さて、元号は何でしょう?

645年は「大化」。といえば、大化の改新。
1573年は「天正」、天正少年遺欧少年使節、当地、千々石で生まれた「千々石ミゲル」が使節の一人として、西欧の地を踏みました。
1688年は「元禄」。元禄と言えば元禄文化。華やかな時代。
1865年は「慶応」。江戸時代最後の年号。
1868年は「明治」。「降る雪や明治は遠くなりにけり」
1926年は「昭和」。今や「昭和ロマン」という言葉が流行り、レコードなども復活していますが、私たち昭和生まれでレコードを扱うとき、師匠(オーディオの)から、「ひげ」を付けるな、とよく言われましたが、若い方「ひげ」って分かるかな?

以上、年号は始期をあげましたが、私、西洋史をとったので、間違っているかもしれませんが・・・

さて、645年とか1467年と1573年とかいってもピンと来ないと思います。これは、数字です。元禄、慶応、明治などというと、なんとなく、その時代の歴史、文化の雰囲気を感じられます。

現在、元号より西暦を使おうという方、また、色々な所で西暦を使う事が多くなりました。が、ですね、645とか1467とか言うのは単なる数字です。繰り返しますが、元号は単なる数字ではなく、歴史、文化です。

高石ともやさんの歌に「ネイムズ」という歌があり、エイズにかかった方の事を歌った歌ですが、その一節に

君の命を数で数えないよ
名前で呼ぶんだ
同じ時代を生きた者同士

というのがありますが、人間の命も、エイズで何人死んだと言う単なる数字でなく名前で、また、年号も、単なる西暦の数字でなく、元号でよびたいと思うものです。

というと、外国が西暦だから国際社会遅れると言う方がいますが、それはそれで否定はしませんが、日本人として、自国の歴史、文化については元号を思いながら、しっかり味わってもらいたいと思います。

2018年11月 5日 (月)

「東京」だよ~

Img_4375

東京へ来たのは、10年ぶりくらいだったかな?

今回は学生時代、仲良かった同士が古希を迎えたので、集まってみようかということで、2,3日ゆっくりしようと思ったら、地元で用事ができ、3日昼頃の飛行機で飛んで、次の日、又、昼頃の飛行機でトンボ帰り。

スカイツリーにも行かず、ディズニーランドにも行かず、お台場にも行かず、楽しみにしていたメイドカフェーにも行かず、銀座のクラブにも行かず、ただ、飛行機に乗って、虎屋の羊羹を土産に買って、品川のホテルから会場の新宿まで電車に乗って、10年ぶりに仲間に会っただけでしたが、昔の話やら、現状などを話しましたが、やはり楽しく、古希とはいえど、皆さん意外と元気で一安心。

私が泊まった部屋が10階。宿泊客が多かったものの、ほとんど外国語ばかり。
ただただ、地震が起こらないことを祈るだけでした。

ホテルの近くに「高山稲荷神社」とやらがあって、神社とみれば入りたがるのが悪い癖で、灯明に「鳶頭」の文字、良いですね。こちらには、鳶頭はいません。

Img_4388 Img_4385

飾り提灯を見ると「長友啓典」さんの名前。今は亡くなられた、かの有名なグラフィックデザイナー。もっとも、同姓の方もおられるので、本人かどうかは分かりませんが。

Img_4389 Img_4390

品川駅に行ったら、若い子がスマホで上を向いて写真を撮っているので、見たら下の大型ポスターで、これ、なんでしょう?千々石には無いので、分かりません。

Img_4398_2

で、困ったのが駅の改札口、ほとんどがICカード利用ばかり。切符用の改札口はどこだ?

Img_4393 Img_4394

はやり東京の方ですね。エレベーターでは皆さん左側。たしか、エレベーター会社だったか、片方に乗ると加重が片方に偏るので止めて!と言っていたような。
飛行場の動く歩道ですが、皆さん、これに乗って歩くか走ってますね。黙っていても進めるのに。

Img_4400_2 Img_4412

羽田空港の隅っこの方に、各地の名産の自動販売機。くまもん、東京までご出張。「まじめなジュース」ですね、今度取り寄せましょう。

Img_4408 Img_4413

行きがANA、で、帰りの切符をみたら、「ソラシドエア」。受付が分からなかったので、案内所であせくって「ドレミファエアはどこ?」。一番奥ににあり、ガランとして、右がANNの受付ですが、なんとなく、大丈夫か?という感じ。

Img_4409 Img_4410

と思っていたら、ANNとの「共同運行便」でした。待合室にポールみたいな物があると思ったら、スマホなどの電源ですね。長崎空港にはありませんでした。

Img_4421_2 Img_4415

東京は、もうオリンピックの前宣伝。

Img_4420

さて、今回は地元の用事があったので、トンボ帰りでしたが、この次は35歳以下の美女、話して楽しい方と行くことに。今から探すつもりですが・・・いるかな?



2018年11月 1日 (木)

「Apple Watch 4」~いささか遅い話題ですがm(_ _)m

1

先日、iPhoneXsが発売され、私としては3GS以来、一年ごとに新製品を買っていたのですが、今回は、最後まで悩みながら見送りました。

ドコモショップをみると、
iPhoneXsはかなり在庫があり、いつでも手に入るなと。で、Apple Watch 2は持っていたのですが、Apple Watch 4がかなり進化したとかで、こちらを予約注文。

オンラインで注文したのが、少し遅く9月19日、今日が11月1日。昨日、オンラインショップをチェックしてみたら、「在庫がないので、予約できません」。

今回は、
iPhoneよりWatchが人気があるのかな、とは思いましたが、製造、輸送が遅くなっている場合もあるのかなと。

これは、ひょっとすると11月下旬かなと思っていたら、昨日「入荷しました」の連絡でビックリましした。

箱は、いつものように素っ気なく、ところが開けてみてらAppleらしからぬ図柄。

2 3

本体とベルトは別々の箱。ベルトの箱には、長いのと短いのが2本。手首が細い人と、太い人用。心遣いがうれしいですね。

4 5

前に持っていたのが、38ミリ、今回が40ミリ。左が38ミリ、右が40ミリ、見てもほとんど分かりません。裏側が随分変わりました。付けた感じもほとんど違和感はありませんでした。個人によって違いはあるようですが・・・・

7 8

このところ、ボケたのかスマホを忘れて外出することが多く、連絡に困ることがあるので、Celluarタイプを選びましたが、これなら、スマホを忘れても通話などできます。

料金としては、使用量が500円(税抜き)、Appleの保証が400円弱、Watchのパケット代はiPhoneとシュアーします。ということで、今までパケットの2Gで契約を3Gに上げて契約するとと500円のプラスですが、2Gは廃止になり、1G、3Gとなるそうです。

と言うことで、今までより1,500円程度のプラスになります。元来、ゲームなどはしないので、これで良いのかと思います。なお、本体は6万強しますが、ポイントが40,000ポイント程度あったので、全部使って手出しは2万程度。

さて、本当にこれで電話の通話ができるかと思って、家の電話で試したら、結構、Watch2とは比べものにならない、音質。

なお、私、神経と心臓が弱いため、何にも無いときに、おや?変だなというとき、これで脈拍が測れます。なお、心電図も測れるようになっているらしいのですが、まだ許可が出ていないとか。


また、歳取ると階段を踏み外し、起き上がれないときなど、何分かすると、緊急連絡しますか?と質問をし、登録したところに連絡が行くそうですが、明日、2階から飛び降りて実験しようかと思っております。

一番上の写真、左側、いままで使っていたWatchのディスプレーですが、あまりジミなので右のようにハデハデにしました。

と言うことで、必要な方、必要で無い方おられると思いますが、YouTubeなどご覧になれば、参考になるかと思います。

個人的な感想を言えば、使って確かに便利。でも、腕時計は機械式でネジを巻くのが重みがあって、面白い。ただ、機械式で、いいな~と思うのは最低100万程度の時計。以前、あちらこちら見て歩きましたが、手が出ませんでした。



2018年10月24日 (水)

2018「雲仙の紅葉(10月23日)」&「旧普賢神社の狛犬(黒田栄太郎さんか?)」~雲仙市小浜町雲仙

Dscf1291_2

月曜日、仁田峠が紅葉したというので見に行きました。もう一つ別の目的もあったのですが・・・・

階段が半分バリアーフリーになっていました。妙見岳山頂が紅葉の見頃だそうで、行っては見たかったのですが、用事でパス。上の写真のように、ロープウェイあたりは紅葉。下の方は、もう一息か?


Dsc_1094_2 Dscf1286_2

今日は、この普賢神社に用があったのですが・・・

Dsc_1096_2

普賢神社は昔は普賢岳の下、崖の下にあったのですが、雲仙岳災害で埋もれてしまいました。

災害よりかなり以前の絵葉書ですが、風雨が強いためか、荒れているのが分かるかと思います。


Img_20181024_0001

下は、「昭和貳年」の鳥居が写っている絵葉書。これを見ていて、ひょっと気づいたのが、赤丸印の狛犬さん。

Img_20181023_0001_2

写真が荒れて分かりにくいのですが、ルーペで見ると、面構えが右の狛犬とそっくり。というより、同じ石工さんが彫ったものとわかります。

右の写真は雲仙の旅館街にある「温泉神社」の狛犬。向かって右側が吾妻町永中の方がもよって奉納したもの。左が、永中の「黒田栄太郎」さんが奉納したもの。

これと同じ型の物が、吾妻町の温泉神社にもあり、奉納者は「黒田栄太郎」さん。という事は、同じ型なので、普賢神社の狛犬も黒田栄太郎さんかもしれないと思い、ひょっとしたら、新しい普賢神社に運ばれて保管されいないかと行ってはみたのですが、残念ながらありませんでした。


Img_20181023_0001_3 Photo_2

以前から、黒田栄太郎さんが奉納した狛犬等に、お目にかかることが多く、このブログでも数回取り上げ、興味を持っていたのですが、いまは、埋もれてしまった旧普賢神社。狛犬さんも埋もれていますが、是非見たいものでした。
黒田栄太郎さんが奉納された狛犬だと信じているのですが・・・・


2018年10月14日 (日)

あれ!無くなっている~諌早アーケードにて&灯りファンタジアのお知らせ

Img_4273_2

今日、諌早にお買い物にいったら、交通指導が多く、なにかな?と思ったら、マラソン大会でした。何のマラソンか調べてみましたが、よく分かりませんでした。

今日は、全国で50ばかりマラソン大会があっていたみたいですが・・・好きですね、皆さん。

ところで、ヒョッと見ると無くなってるんですね。上の写真、塀で囲ったところ。昔、ユニードがあり、その後、潰れて、いろんなお店が入っていたのですが、いつの間にか、無くなっていました。

諌早のアーケードも、昔に比べると随分人気が少なくなって、商店街も色々工夫をしているようですが、郊外の大規模店舗店に比べると駐車場が少なく、若い方は車で買い物に行っているみたいですが、歳取ったら、どうするんでしょう。やはり、地元の商店街を大事にすることが大切だとは思うのですが・・・・

Img_4272_2

と言うことで、帰りがけ「灯りファンタジア」が10月から11月にかけて開催されるというポスターが貼ってありました。詳しくは→こちらをクリック。  又はこちらをクリック。

Img_4285_2

とにかく、きれいですよ。行ったことは無いけれど、多分。
お二人で、ロマンティックな夜をお過ごし下さい。私も、相手を捜しているところです。カミサンとはイヤ。



より以前の記事一覧

フォト
2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

ブログランク参加中クリックしてね

最近のトラックバック

amazon

無料ブログはココログ