旅行・地域

2018年10月24日 (水)

2018「雲仙の紅葉(10月23日)」&「旧普賢神社の狛犬(黒田栄太郎さんか?)」~雲仙市小浜町雲仙

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月曜日、仁田峠が紅葉したというので見に行きました。もう一つ別の目的もあったのですが・・・・

階段が半分バリアーフリーになっていました。妙見岳山頂が紅葉の見頃だそうで、行っては見たかったのですが、用事でパス。上の写真のように、ロープウェイあたりは紅葉。下の方は、もう一息か?


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今日は、この普賢神社に用があったのですが・・・

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普賢神社は昔は普賢岳の下、崖の下にあったのですが、雲仙岳災害で埋もれてしまいました。

災害よりかなり以前の絵葉書ですが、風雨が強いためか、荒れているのが分かるかと思います。


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下は、「昭和貳年」の鳥居が写っている絵葉書。これを見ていて、ひょっと気づいたのが、赤丸印の狛犬さん。

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写真が荒れて分かりにくいのですが、ルーペで見ると、面構えが右の狛犬とそっくり。というより、同じ石工さんが彫ったものとわかります。

右の写真は雲仙の旅館街にある「温泉神社」の狛犬。向かって右側が吾妻町永中の方がもよって奉納したもの。左が、永中の「黒田栄太郎」さんが奉納したもの。

これと同じ型の物が、吾妻町の温泉神社にもあり、奉納者は「黒田栄太郎」さん。という事は、同じ型なので、普賢神社の狛犬も黒田栄太郎さんかもしれないと思い、ひょっとしたら、新しい普賢神社に運ばれて保管されいないかと行ってはみたのですが、残念ながらありませんでした。


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以前から、黒田栄太郎さんが奉納した狛犬等に、お目にかかることが多く、このブログでも数回取り上げ、興味を持っていたのですが、いまは、埋もれてしまった旧普賢神社。狛犬さんも埋もれていますが、是非見たいものでした。
黒田栄太郎さんが奉納された狛犬だと信じているのですが・・・・


2018年10月17日 (水)

2018島原市「火張山花公園」&「諌早・高来フラワーソーン」10月17日

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今日は島原の病院やら、諌早の病院やらに行ってきましたが、その間をぬって、気になっていた、島原の「火張山花公園」に行ってきました。

行って見ると、情報通りダメで、刈り取りをしていましたが、今年の夏の猛暑と、害虫の発生があり、これが最大のダメージになったそうです。所々にかたまっては咲いていましたが・・・羊さんかな山羊さんかな?

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と言うことで、お隣の広場に6万本のヒマワリがあるというので見に行きました。ここは、以前、芝桜を植え「芝桜公園」だったのですが、土地などとの相性が合わなかったのか、充分に盛えませんでした。その代わりにヒマワリ畑にしたのかな?

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近づいたら、ヒマワリさんが私を避けて、そっぽを向きました。まあ、ヒマワリさんにモテようとは思ってないので、どうでも良いことですが・・・

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料金徴収所、だれもいなく、「無料開放中」のポスターが悲しい。

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と思ったら、「オールドカーミーティング」が10月21日にあるんですね。実施されるかどうかは、念のためお問い合わせを。→詳しくはこちらをクリック

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で、少し遠回りをして「諌早・高来フラワーゾーン」に寄ってみました。まあまあ咲いている状態。たしか、昨年はコスモスの植え付けも無かったみたいですが、一昨年はきれいに咲いていました。少し面積が狭くなったかな?

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花を見たら、まだまだツボミがついていたので、まだまだ咲くのかな?多分。詳しくは→こちらをクリック。

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先日、諌早で面白そうなお店屋さん「べじ太」さんというのを見つけ、「野菜を中心としたカジュアルフレンチ食堂」というので、行って見たら「只今1Fべじ太はスタッフ不足のため休業中」ですって。

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と言うことで、今日は病院を2ヵ所、コスモス園を2ヵ所、洋服屋さんにズボンを取りに行って、食堂を捜してと、なんとも忙しい1日でした。


2018年10月12日 (金)

2018「白木峰高原コスモス(10月12日)」~諫早市白木峰

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先日、テレビで島原の「火張山花公園」のコスモスが、今年の猛暑のため発育が悪く「秋桜祭り」が中止になったとの報道があっていました(6万本のヒマワリは10月中頃が見頃だそうです)。

白木峰は標高の高いところにあるので涼しく、大丈夫だろうと思ったら、はやり猛暑の影響か、残念ながらいつもより花付きが悪く、おまけに、先日から二つばかり台風が来て、右にように土手の所は水の流れた跡。本当は、先の方まで、見事にコスモスが咲いているのですが。

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とは言っても、部分的には咲いています。まあ、来年を待ちましょう。


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今日は、幼稚園からワンサと来ていて、草ソリで遊んでいましたが、滑ると言うより、転がっていました。

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帰りがけ見ると看板が替わっていました。多分。
売店には地場産品が並んでいましたが、新米は高地で作られているので、多分美味しいでしょう。


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花が少なくても、見方を変えれば良い事で、例えばカミサンだって、良く見ると手が美しいとか、唇がなんともいえないとか、うなじが色っぽいとか、そこを見つめれば良いことで、それと同じで、きれいな花だけをみれば良いのです。

売店の方と話をしたら、随分、植え替え、手入れもしたそうですが・・・来年を楽しみに、コスモス畑を後にしました。


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2018年9月27日 (木)

「諫早駅」変身!

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諫早駅。新幹線が通るため、この間まで駅を作り替えていたのですが、いつの間にか新しくなっていました。

駅に向かって左にビルがありますが、一番最初は西友で、そのあと別の会社が経営しましたが、うまくいかず閉店。いまや、端の方の半地下になったところに、旅行会社が一軒のみ。

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諫早駅はJRと島原鉄道が乗り入れていますが、駅に入って左手側、島原鉄道の乗り場がありました。昔は、吹きさらしのプラットフォームでしたが、この待合室だと助かりますね。待っている学生さんは全員スマホでお遊び。

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2階からの眺め。

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メインの3階。まっすぐ行けば、西口に出ます。以前は地下道を通っていました。
「しぐるるや 駅に西口東口」(安住敦)という俳句もありますが。
以前は駅の横にあった、ミスタードーナツさんも中に入っていました。


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「観光案内・PRセンター」。長崎県人は、自分を売り出すことが苦手なので、頑張ってほしいですね。JR乗り場は3階にあります。

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昔の駅は、キオスクでしたが、コンビニですね。「お母さん食堂」の品物が並んでいるので、ファミマさんらしいのですが、表のガラスには「KIOSK」さんのポスターも貼ってあるので、共同経営かな

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長崎土産といえばカステラ。

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イートンがあるのもいいですね。前の駅では寒いなか、ベンチで冷えた駅弁など食べていたのですが、助かります。

ところでですね、週刊誌を買おうと思って探したのですが、ありません。帰りに中を見ていったら、はじっこの方で、いじけて並んでいましたが、残念ながら分かりにくい。


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壁には諫早を紹介した絵。これがないと、味気ない感じですが、せっかくなら、ヒロヤマガタさんとか、スタジオ ジブリさんの絵の方が宣伝効果もあって、よかったかも。

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「新幹線と町づくり」のコンクールの作品展もしていましたが、右が最優秀作品。新幹線やら、ハウステンボスやら盛りだくさん。数十点作品が並んでいました。

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さて、昔の駅舎より快適になりました。通勤時間帯は賑やかなのでしょうが、昼頃いったら、なんとなくガランとした感じ。もう少し遊び心が欲しかったナ、というのが感想でした。




2018年8月23日 (木)

一足先に「カステラランド」へ~雲仙市愛野町

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以前、愛野ベルハウスがあったところ。

少し前から、建て替えていたので何かと思ったら、カステラの「和泉屋」さんの店舗と工場でした。

長崎といえば「チャンポン」と「カステラ」が有名で、「カステラ屋」さんは個人商店から大きな店まであり、石を投げればカステラ屋さんにあたるというくらいです。

で、和泉屋さんはどちらかというと「恋するラスク」とか「綺麗菓」とか三切ればかり入って、気楽に食べられるカジュアルなカステラとか、工夫をしているお店屋さんです。

さて、初めに書いたように、ここには「愛野ベルハウス」があったところですが、外側のテイクアウトのところ、ちゃんと、「AINO BELL HOUSE」が残されていました。

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新聞によると28日オープンになっていましたが、車で通りかかると、お客さんが入っているようなので、見ると営業をしていて、多分、プレオープンで本番に備えて、各種チェック、練習をしているのでしょう。

内部はレストランの部分と売店の部分に分かれていて、腹が減っていたので、最初にレストランに入ってみましたが、海側の風景が開けて良い感じ。


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レストランは前払いで、メニューはありますが、右の「雲仙もみじ豚のトルコライス」「長崎チャンポン」「カステラたまごのオムライス」「五三焼カステラフレンチトースト」が主力のメニューかな?

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カステラの材料といえば、一番大事なのは卵。で、そのカステラのたまごを使った(多分)「カステラオムライス」を注文。お味ですね。皆さんも食してみてください。

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売店の方は、ゆったりして、なんとなく、ホテルのロビー風。和泉屋さんの各種カステラが並んでいます。

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外側の芝生ひろばもゆったりして、家族連れでこどもを遊ばせると喜ぶと思います。庭の造りもかなり手をかけています。秋には紅葉も見られる感じ。ただし、今日は気温も上がり、暑かった。

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左が雲仙方面、右が天草方面で、目をこらすと富士山まで見えるような気がします(見えませんが)。どちらかというと、アベックで楽しむと良いのではないかと。

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横には、デカ~い工場。「こんなに大きく作って大丈夫?」「ウチは、東京とか大阪とか全国に卸していますから大丈夫です」だと。

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で、26日は記念式典準備のためレストランは休業。27日は記念式典のため全館休業だそうで、皆さんより一足先に「カステラランド」に行ってきました。

ですがね、私の所に記念式典の招待状が来ていないのですが、どうした事でしょう。



2018年8月 1日 (水)

「慶巌寺の山門」について~長崎県諫早市

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先日、お箏の六段と慶巌寺のことを書きましたが、ふと思い出したことがあるので。実は、この山門、このお寺を作った時に作ったのではありません。

下は諌早神社(旧名・四面宮)。じつは、この山門はここにあったのです。

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行って見たら、神社に向かって左側、神社の老朽化のため建て直しみたいで、右側には立派な庭園があったそうですが、それも復元するようです。

この新神社を建てるところ、以前は空き地でした。明治2年の神社明細帳調をみると、何か建物があるような図面でした。

諌早神社の由来が書いた看板がありましたが、赤線のところ、「明治時代の神仏判然令により、並祀していた荘厳寺は分離されることとなり、本尊などは近くの寺院に移設。その際に、社名を四面宮(注:しめんぐう)から『諌早神社』と改称した。」ということで、諌早神社の中に荘厳寺が並祀されていたことが分かります。

「諌早を歩く~山口八郎著」には「明治元年の神仏分離令によって、荘厳寺は廃され、本尊の阿弥陀三尊像は安勝寺に、総ケヤキ造りの山門は慶巌寺に、お寺の什器類は、行基ゆかりの竹崎観音寺に移されました。寺の境内にあった諸石仏は、𡧃都墓地の入り口に移し並べてあります。」と書いてあります。

なお、四面宮の本社は雲仙の温泉神社。四面宮は、千々石、吾妻町、有家町、そしてここ、諌早神社が四面宮ですが、現在、諌早以外は「温泉神社」と改名をしています。

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こちらは、山門を裏から見たところ。

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下は、旧諫早市郷土館の「解説シート(歴史編)」に載っている慶厳寺の説明です。

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この荘厳寺の山門については「高城の史蹟~山口祐造著・諌早高城会発行」に詳しく書いてあり、要略すると、荘厳寺は諌早家の始祖龍造寺家晴公が入部して四面宮の神殿、拝殿を改築し、さらに祈祷寺として荘厳寺を建立したので荘厳寺は四面宮の神宮寺となり、家晴公は寺領米として、毎年二十七石を給したそうです。

前に書いたように荘厳寺は解体されますが、山門だけは残っていて、山門だけ残しているのも不自然だということで、山門も壊そうとしたところ、慶厳寺でこのことを聞き、話し合い、慶厳寺へ解体移築したのが、明治27年11月。

両側の仁王像を解体修理したところ、「延宝三年(1675年)、京都柳馬場二条上寺町、大仏師法橋康祐作」と墨書いてあったそうです。

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良い木鼻ですね。

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両脇の欄間彫刻は浜辺の老松と打寄せる波を象り、日本様式。楼門の柱は丸柱で、禅寺の四角柱のような雄々しさはなく、優しい風情を湛えているそうです。

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どうにもわからないのが、山門の入り口のすぐ上の彫り物。

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上側は諌早家の家紋「上り藤」。下が、お猿さんみたいなのですが、なにか意味があるのでしょうが、調べましたが分かりませんでした。

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慶厳寺の駐車場には磨崖仏が彫ってありますが、ひょっと見ると数字が彫ってあって、「32.7,25」。何だろうと、思ったら、昭和32年の諌早大水害の日。
死者、行方不明539名、負傷者1,476名、家屋破損2,221戸・・・被害総額、当時約87億円(現時点に換算すると415億円)

随分高いところに書いてあって多分、水害時の水位が刻んであるのでしょう。災害の大きさが分かります。

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お世話になった本
「高城の史蹟~山口祐造著・高城会発行」「ふるさとの思い出写真集 明治大正昭和 諌早~諌早史談会編著者」「諌早を歩く~山口八郎著」「諌早史談~田中為市著」「諌早郷土館開設シート(歴史編)」「諌早市史~昭和33年発行」



2018年7月10日 (火)

長崎市「思案橋」★古写真より


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「行こうか 戻ろか 思案橋 ちょいと行って 思い切り橋」、だったかな?思案橋を渡ったところに、遊廓の丸山がありました。多分、写真の手前の方角が丸山かな?

先日、書いたように、古写真、古絵はがきを故あって集めていますが、上の写真が手に入りました。思案橋の写真です。

橋の赤丸印「志あんばし」と書いてあります。上の赤丸印「電車のりば」とあります。青い丸印は「食」「思」と書いてあります。


電車は「正覚寺下」まで続いているのですが、どこにも、その気配はなく、あれ?と思っていたのですが・・・


下の図と写真は「長崎事典・風俗文化」に載っていて、左は「大正時代の思案橋」、右は「上記(左の絵のことです)の前身、思案橋終点の建物」とあり、調べたら、大正10年・西浜町~思案橋間開通、とあり、この先、正覚寺まで電車が延びるのは昭和43年、「思案橋~正覚寺下開通」になっています。


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       (長崎文献社刊「長崎事典・風俗文化編」より)

下は「東宮御成婚記念」の「日本交通分縣地図」を切り取ったものですが、大正13年4月10日のものです。

黄色の矢印、線に小さな丸印がありますが、電車の軌道です。白い丸印が遊廓の「丸山」。わざわざ「遊廓」とまで書いてあります。で、緑の矢印が「思案橋」の停留所、停留所の所に川が流れているのがわかります。ここに架かっていたのが「思案橋」(少し上の方かな?橋が見えます)。

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下は、ウィキペデアから拾った写真ですが、赤丸に「電車のりば」の看板。緑の丸印「思」「案」「食」の字。停留所の二階には食堂があり、モダンな建物だったそうで、名前は多分「思案橋食堂」ではないかと推察する次第です。

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    (「ウィキペデア」より)

と言うことで、思案橋・丸山方面には若い頃お世話になりましたが、最近は活気が無くなったとか。

私が小さい頃、時々通りましたが、昔は朝から行くと、ゲロばかりで、昔は酒を楽しむと言うより、ベロベロに酔いたいという時代でした。


現在の「思案橋電停」です。

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            (「Google Earth」より)


2018年6月18日 (月)

「唐比(からこ)ハス園・唐比湿地公園」~諫早市森山町唐比


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梅雨に入ったからもうボチボチかな、と思って唐比湿地公園(ハス園)に行ってみました。

以前は「唐比ハス園」と言ってみたいですが、「唐比湿地公園」が正解かな?食用の蓮根と観賞用の蓮根。こんなにちがいます。

上の写真、雲に隠れている山が雲仙岳です。

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意外と咲いていて、10時頃行ったら、皆さんウロウロとご鑑賞。「わ~キレイ」とか、「きれいじゃん」とか、「綺麗どすな」とか、「みどか(千々石弁)」とか「ちゅらさん(沖縄弁)」とか「けっこい(静岡弁)」とかいうなかに、「イェッポヨ(韓国弁)」とか、「ワンダフル(アメリカ弁)」とか「トレビアン(フランス弁)」とか「ナントカカントカ」と、方言と外国語がまじって(マジ)、いよいよ国際的になってきたようです。

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自撮りですね。「撮りましょうか」といったら、断られましたが・・・

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で、ハスの種類によってはまだ、充分咲いてないところもありますが、ツボミがどんどん膨らんでいます。少したつと満開ですね、

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写真を撮る方は、花が大きいので、雨が降ったあと、強風が吹いたあとは花びらがかなり乱れていますから、天候が安定したときに行ったほうが無難です。

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睡蓮も地味ながらボチボチと。

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通路の部分もシーズン近くなのか、一部補修。ほんの少しですが、ヒマワリ畑も。

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ということで、そろそろ見頃なのでお越しのほどを。




2018年6月 7日 (木)

花菖蒲、散っても城は城~大村公園

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今日は大村病院へ。ついでに大村公園の菖蒲を見に行きましたが・・・・

入り口には「花菖蒲 盛りすぎ」。ということでしたが、昨今、美熟女とかおじさんラブ(意味は知りませんが)とか流行ってるじゃありませんか。

果物だって、少し熟したほうがおいしい、ということで、見に行ったら、菖蒲の種類によるのか、まだまだ鑑賞できる所もあるじゃないですか。

一番上の写真のところが一番良いのですが、ここは残念ながら手前の方の菖蒲の花は少ししか咲いて無く、残念でした。

とはいっても、菖蒲の花は散っても城は城で、はやり見所ですね。

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菅笠かぶった乙女が三名ばかり(顔は見えませんでしたが・・・)枯れた花柄のお手入れです。

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いつもは行ったことがない、「板敷櫓(いたじきやぐら)台」に行きましたが、階段の辛いこと、歳ですね。

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「板敷櫓台」、二階建ての櫓で、ウチの家と同じくらいの大きさ。

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「石落し」。右の床の開いたところから石を落として、敵を防御したところ。

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「板敷櫓台」のいわれが書いてありますから、興味のあるかたはお読み下さい。

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城跡には「玖島稲荷神社」と「大村神社」があります。右は本殿。朱色が素晴らしい。

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狐の狛犬さん。シッポのピンと立ったところ、なんともいえません。左は「巻物」、右は「玉」をくわえています。いい仕事してますね。

 

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こちらが「大村神社」。「さざれ石」が置いてあります。千々石の「橘樹神社」にもあります。

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「オオムラザクラ」。「国指定天然記念物」です。咲くまで、もう一息か?

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これなんでしょう?灯籠の中に一杯入れられた小石。昔、鳥居の上の方に小石を投げ上げ、小石が乗ったら良いことがあるとかで、ちいさい頃、よくやっていたのですが、なにか、関係あるのかな?

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階段の途中にお店屋さんがあって、梅ヶ枝焼と大村ずしを売っていましたが、せっかくなので、大村ずしを。

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花はここ数日、見られるとは思いますが、お早めに・・・・

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2018年6月 2日 (土)

まだまだ続くよ「肥前狛犬さん」捜し

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「肥前狛犬」さん。飽きずに捜しています。おかげで何カ所か見つけました。
「肥前狛犬」については、場所を書かないのが、お約束になっているので、残念ながら今回も明らかにはできません。

こちらの肥前狛さんは社殿のなかにあるためか、ほとんど崩れていませんでした。足の間が彫られていないので、比較的初期のものか?

左は口を閉じ、右は歯を剥いていますから、「阿」と「吽」がハッキリと分かります。


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こちらの神社は贅沢にも、2対4体ありましたが、少し高いところにあり、登れなくなってなっているので、下から写真を撮りました。

置き方を見ると、場所がなく無理に置いたみたいで、拝殿は新しく見えたので、多分拝殿の所にあったのを、こちらに移したのかな、と思います。

「阿」「吽」が左右逆ですね。


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真ん中の2体の狛犬さん、これが、可愛くて子犬さんみたいでした。

関心したのが、拝殿の木鼻が狛犬になっていて、口の中に「玉」をくわえていて、良い仕事してますね。これを見たのは千々石の「宗像神社(弁天さん)」だけだったのですが、思わぬ所で良い物を見ました。

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こちらは、某市の少し有名神社にありました。昼ご飯を食べて、外へでたら神社があったので、ふらっと寄って見たら、ビックリしました。これも、足の間が彫ってないので古い物か?

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神社は市内地にあり、道路の拡張などで、これらの石仏が、この神社に置かれるようになったのでしょうが、右の石仏さん、2匹の蛇が絡み合っていますが、なんとなくエロっぽいナ。

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さて、悩みますね、正月少し過ぎたころ見つけました。ただの石塊なら、しめ縄なんかしないじゃないですか。ですから、単なる石塊では無いことはハッキリしています。

それも2体。肥前狛犬は小型です。で、良く見ると何となく造った感じ。ということで、「肥前狛犬」さんに決定。

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あと何カ所か情報を掴みましたから、まだまだ「肥前狛犬さん」捜しが続きます。




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