旅行・地域

2022年5月10日 (火)

2022「雲仙仁田峠のツツジ」~雲仙市

連休中は雲仙へ向かう車が多く、国道は大渋滞でした。

毎年、連休中は雲仙のツツジ見物客が多く、仁田峠の駐車場は1時間は待つので、今日、ツツジを見に行ってきました。


花は年によって咲き方が違い、見に行った日によっても違いがあるのですが、今日は運良く、満開のグッドタイミングでした。


他の人に聞いたら、自宅のツツジが今年は最高だったとか。TVによれば、島原の火張山公園のポピーも今年が最高だったようです。多分、今年は花のあたり年の感じがします。



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地元のローカルテレビ「ひまわりテレビ」の方。長崎新聞に雲仙のツツジのことが載っていたので、急遽来たのかな?という感じ。

ロープウェイが今年60周年だそうです。還暦ですが、赤いちゃんちゃんこが似合うと思うんですが・・・


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さて、ツツジのあとが大村の菖蒲になります。最近は絶不調なので、確約はできませんが・・・(-_-)。



2022年5月 5日 (木)

OBAMA HOTELの謎

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以前から書いているように、小浜は埋め立てによって姿が昔と変わっています。旅館等の記録もないため不明なところが多いといえます。

上のような写真がありました。見ると「OBAMA HOTEL」、「小浜ホテル」ですね。で、はじめて聞いた名前なので、小浜の方に聞いたら誰も知りませんでした。特徴は赤丸の3つの窓です。

よく見ると、お隣にも同じような感じの洋風の建物があり、多分「一角楼」(現浜観ホテル、以前の小浜観光ホテル)という感じがしたので、他の写真、下の左側と比べると、真ん中の建物の屋根に「IKKAKURO」と書いてあって間違いないわけです。左の写真の左の矢印、窓の特徴が最初の写真と同じです。


ただ、最初の写真の「OBAMA HOTEL」の文字がなんとなく写真の上から書いてあるみたいなので、気になってもう一枚の写真を見たら、右の写真です、上向きの矢印、「TEL」という文字が読めて「HOTEL」の最後の3文字なので、小浜ホテルですね。


真ん中の下向き矢印が一角楼、一番右の矢印がこの間紹介した「共同風呂」、今のローソンです。


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と思っていたら、下の写真があり、一番左が「OBAMA HOTEL」、真ん中が一角楼、左がローソンのはずなのですが、ホテルの名前がありません。建物の状態はこちらが良いようなのですが。

なお、明治42年発行「小濱案内記」には右のような宣伝が載っていて、一角楼は2棟のホテルなんです。


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ということで、一角楼が最初「OBAMA HOTEL」を名乗っていたのか、「OBAMA HOTEL」が一角楼に吸収されたのか、別館であったのかとも考えられますが、全くの謎でありました。

なお、この「OBAMA HOTEL」についてご存じの方、コメントをお待ちしています。


2022年5月 2日 (月)

"千々石川の鯉のぼり"&”千々石でイタリアン”

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連休になり、急に天気が良くなり、車がドット増えました。

千々石川に鯉のぼりがはためいて、2年ぶりだったかな?青空に鯉のぼりって良いですね。例年、上塩浜の自治会の皆さんの手になるものです。「自治会は必要か?」などという意見もありますが、これを見ると絶対に必要なことが感じられます。

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さて、千々石にも本格イタリアンレストランが開店しました。ご夫婦で経営ですが、お二人ともイタリアで修行をされたそうです。

場所が分かりにくいので、ネットなどで検索されると良いかと思います。場所は少し高台で眺めが良いところです。最後の肉料理はジビエ料理で子イノシシのグリル。獣肉臭さがあるかと思ったら、まったくありませんでした。仄聞したところによると、お客さんが多いので予約をした方が良いそうです。


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千々石にイタリアンレストランができ、100円ショップも開店し、千々石も少し都会らしくなってきました。これで、ネオンサインが灯れば最高なのですが・・・(^0^)。

連休は雲仙へ向かう車が多く、千々石は素通りですが鯉のぼりは国道横なので見物を。なお、よそ見運転はしないように。




2022年4月27日 (水)

千々石ミゲル清左衛門供養碑建立~雲仙市千々石町天満宮

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長崎県の方はTV、新聞等で報じられご存じだと思います。昨年夏、千々石ミゲルの墓所の最終の4次発掘調査が実施されました。

先日、千々石ミゲルの子孫、発掘調査に携わった方などが参集し、千々石の天満宮において、千々石ミゲル清左衛門供養碑建立式が行われました。
発案、発起人は第1次~4次発掘まで尽力された町田義博氏。

供養碑の一番上の文字、「千々石・ドン・ミゲル」は千々石ミゲルの自筆を彫ったものだそうです。


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建立場所は千々石ミゲルの父千々石大和守直員が祀られている天満宮拝殿の横。

右は、千々石ミゲルの墓発見に最初から尽力された大石一久先生。宮司は橘神社の橘宮司。橘中佐の子孫です。


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右の写真は千々石ミゲルの子孫の浅田昌彦氏。

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千々石ミゲルの碑が建立された意義。天満宮の歴史などを貼っておきます。

供養碑の土台はコンクリートで固められていますが、土台のなかに、墓が発掘された折発見された千々石ミゲルの遺骨の一部が納骨されています。


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千々石ミゲルの父、千々石大和守直員が龍造寺に討たれた後、数百年の時空を越え、父が祀られた神社に、千々石ミゲルの供養碑が建立され、遺骨の一部が納骨されたという事は、非常に意義が深いことだと思います。

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オマケです。龍造寺に攻め落とされた釜蓋城の抜け穴?といわれているものです。



2022年4月18日 (月)

千々石の写真今昔、その他。

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九州写真グラフの(昭和)33年判。「切支丹特集」とあるので、読んで見ると千々石の写真がありました。

黒い塀に「ヤマト醤油」とあり、大きな煙突が写っています。道は矢印の方に行くと小浜方面。道路はまだ舗装がされてありません。

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現在の風景で、大体同じような地点で撮影。煙突は無くなりましたが、大きな看板が立ててあります。道路を隔てたところが千々石第一小学校。

ヤマト醤油さんの前方、以前は確か農協のAコープで、その後セブンイレブンとJA雲仙の”一億人のいぶくろ”。左の建物は島原雲仙農協の千々石支店。こうしてみると、随分違ってきました。


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橘神社。橘中佐の像が今より低い所に建てられています。

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いまは、高い台座にありますが、後ろの木は一緒ですね。

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左が小浜~雲仙の道路。この頃はまだ有料道路でした。右が島原~雲仙。小浜からの道が立派なようですが。

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加津佐の”列車バンガロー”は面白そうですね。南有馬の駅も面白そうです。下車徒歩5分で行けましたっけ?

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2022年4月11日 (月)

今日の「諌早の眼鏡橋」と「島原城の古絵はがき」

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諫早の眼鏡橋のツツジ、土曜日はもう少しかな?だったのですが、病院の帰りがけ、今日寄ってみたらほぼ満開でした。本来ならイベントも行われていたのですが、コロナで中止。来年こそはと期待をしています・・・

先日、島原城の紹介をしましたが、探していたら、まだ、城が復興する前の絵葉書が出て来ました。


左は使用済みの葉書で、”2.10.27”の消印があるので昭和2年以前の姿かと思われます。右は堀の中に木が見えるので、二の丸から本丸の間と思われます。


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左は堀の中に建物が見えます。このようなところがあるのは、前と同じく、二の丸から本丸の間の掘かと思われます。

右は、お城に入る通路が写っていますが、本来はありませんでした。


なお、解説文には笑いました。


春高楼の花の宴・・・松平重政の築城にかゝり、三十三箇の櫓、七箇の城門を有したという大城であったが、島原の乱で炎上して今は濠趾のみ昔の名残をとゞめている。


間違いもここまでくれば、笑うしか無い、というところですが、誰が説明を書いたんでしょう?絵葉書に書いてあるので、知らない人が読んだら本気にしますよ。


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先日諫早にできたお店です。なにやら、東京でも有名なお店らしいのですが、前から気になっていたので寄ってみたら、ズラリと並んで入れませんでした。なお、テイクアウトのパンは売り切れ、次の商品ができるのが1時とあったので、帰って来ました。平日の昼、皆さん傘までさして、平和ですね。

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2022年4月 7日 (木)

島原城の説明版~これで良いのかな?

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(例によって写真はクリックすると拡大します)

先日、島原城に行ってみたら、島原城築城400年に向けて矢狭間の大改修をしていました。

左は玄関前の説明版。右が、以前あったのか、別の所にあったのかしかとは分かりませんが、城の図が随分違っています。


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下の方、右の図からの説明です(クリックすると拡大します)。

一番右の赤丸が大手門。隣に図書館があります。
下の赤丸が車の出入りする道、出たところに具雑煮の姫松屋さんがあります。この通路は当時はありません。
右から三番目の赤丸、ここに「廊下橋」があり、二の丸から本丸へ渡って行きます。
赤の矢印、三の丸。第一小学校があります。緑の矢印、森岳公民館と文化会館。
細い赤線が大手門から二の丸への通路。ウオーキングをするお侍さんは、逆回りに行ったかも。二の丸から本丸へはスンナリ入れないように、迷路状になっています。


左の城の図、右の矢印、観光客用に作った通路だそうです。昔はありません。これがないと、お客さんが本丸に入るのが不便です。
赤丸、二の丸から本丸へどうして行くんでしょう?。三の丸がありません。


もっとも、観光客用につくった説明版なので、これはこれで良いとは思うのです。
ただ、これでは、お客さんが三の丸があったこと、廊下橋があったこと、いまのお客さん用の用路は無く、いかに堅固で考えられた城だったのかは分からず誤解されるので、お城に入る所に昔の姿の説明版も欲しいところです。


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この記事をかくにあたり、ネットでイロイロ調べていたら面白い写真が見つかりました。島原城復元工事中の写真です。

下は、地元島原新聞のヘッドラインニュース、2014年4月5日の分。


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時事ドットコムにて拾いました。

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なお、廊下橋については以前紹介をしていたので
こちらをクリック  →こちらもついでにクリック 

なお、赤丸印、矢印は大体のところですm(_ _)m。



 

2022年3月28日 (月)

例年の桜巡り

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(写真はクリックするとキレイに見えます)

昨日天気が良かったので、ご近所の桜巡りへ。

最初に橘公園(橘神社)。普通、橋の上から撮るのですが、たまには下から。絵になりますね。右は、ライトアップの夜桜。


橋の下、あまり人ゴミでゴチャゴチャしないので良いところです。


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コロナの心配も少し薄くなり、日曜、天気は良いということで、久しぶりの人混みでした。千々石名物の”じゃがちゃん”。

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小浜の”とけんさん公園”。海が見えるすてきな公園です。

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森山の桜のくぐり抜け。TVなどで有名になったので、車が混雑。

同じく森山、仁反田川河川公園。良いところですが、人が来ないのは何故でしょう。はやりTVなどで放送されないと、人は寄らないのでしょうか。


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森山図書館付近の歩行者用の道路。この道を作るとき、当時の町長さんがジョギングやウォーキングに使うので、舗装はしなという方針でした。歩きやすく、桜が国道から奥の方まで続いて、歩くと気持ちが良くなります。

森山の横山地区の桜。聞いてみたら、横山地区でただ一本の桜で・・

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”横山一こん桜”という名前をつけたそうです。地区の方が集まって、親睦を深めるためこの桜の下に集まって飲み会をするそうです。桜の左側バーベキューの道具が置いてありました。

横の溜め池に、時々紹介をしている”溜池のオブジェ”があります。今回はヒマワリかな?

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今日は、早くも花びらが舞い始めていました。花の命は短くて・・・ですね。人生も同じ。歳を取っていけば分かります。



2022年2月28日 (月)

「豊後湯」なのですが・・・雲仙市小浜町

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左の写真の説明「上等湯脇噴湯ノ景」。右の写真の説明「肥前小濱大正湯噴出ノ景」。

左は「小髙商店」のスタンプが押してあるので、多分、湯煎餅を考案した小髙商店だと思われます。


左の写真「上等湯脇噴湯」だから、右の建物が「上等湯」。
「上等湯」については、以前「追込湯」での説明の「貮銭湯・壹銭湯」ではないかと思います→こちらをクリック。

右は使用してある絵葉書で「6.7.25」のスタンプが押してあり、写真の説明に「大正湯」と書いてあるので大正6年だと推定されます。「大正湯噴出」なので、湯けむりが出ているところが「噴出」、右の建物が「大正湯」。


左右比べてみると、右の絵葉書、階段の所が工事してありますから、左の絵葉書が古いといえます。


両方とも右の建物は、現ローソン、以前葬儀社、その前が小濱会館で間違いないと思います。たしか、建物の左に「入徳湯」の標柱と看板があったような記憶があります。


下が、現在の姿。矢印の所に「豊後湯」の説明版があります。絵葉書の湯けむりが上がっている場所。現在、階段は無くなり坂になっています。階段の上が「小濱歴史資料館」(旧本多湯太夫邸)。


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下が、小浜歴史資料館に展示してある「小濱温泉」の絵図。明治26年に出版されたものです。

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右は左の全景の温泉湯の所を拡大したものです。
左から入トユ、ブンゴユ、明治ユ、天トクユ、シンユ、湯本(多分、本湯)。

先日「追込湯」で紹介した、金井俊行氏著(明治26年刊)「温泉案内記」には、本湯、新湯、天徳湯、明治湯、常磐湯、入徳湯の6ヵ所。

で、違っているのが、「豊後湯」と「常磐湯」。「豊後湯」が「常磐湯」とは考えにくいのですが。旅館の変遷等については、小浜には資料等がほとんど無く、写真と絵図を眺めながら頭を抱えています。

「大正湯」は絵葉書屋さんが、大正時代に適当につけたのか、とも。左の絵葉書、文面に「小濱柳川屋にて」と書いてあるので、斎藤茂吉が泊まった旅館。



2022年2月24日 (木)

病院帰りの諫早駅・・・

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諌早の病院へ行って帰りがけ、スタバにより珈琲をボンヤリと飲んで、さて、オクサマも留守で、ランパスを持っていたので何を食べようかと思っていたら、天の啓示の如く「駅弁」という微かな声が声が聞こえました。

以前は、待合所があった所にKioskがあったのですが、改札近くにはなく、ヒョッとしたら一階に新しくできたかと思って確認に行ってもありません。ただ、ストリートピアノがあって、いよいよこちらも都会の風が吹いてきたかと。誰か弾かないかと
楽しみにして、一時間ほど待ってはいたのですが、やはり、田舎でした。

ワタシは、口三味線は弾けます。名取りなのですが・・・ピアノですか?あれって、重くって持って歩かれないですね。


最近、学生さんなのかな?勉強する姿が見られます。


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ということで、プラットフォームに行こうと思ったら、エスカレーターは上りのみ。膝を痛めているので、この階段つらいなと思って、後ろを見たらエレベーター。

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ホームは何も無く・・・お弁当はどこへいったのでしょう。向かいは、島鉄のホーム、一号機関車の写真、良いですね。

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で、プラットフォームをウロウロしていたら、一番上の電車が来ました。電車を見たのは何年ぶりか。随分とあか抜けてきました。ライトが付けば面白い。中も以前と比べれば違っていました。長いエスカレータで上がれば・・・

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ポスターですが「西九州新幹線2022年秋開業!」とはなっていますが、昨日の新聞では、まだ佐賀県と揉めているとのことで、大丈夫ですか?まあ、県知事選挙で日本で一番若い知事さんが誕生したので・・・駅舎見学は長崎駅の事で「西日本九州新幹線駅舎見学」です。

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二階です。一番向こう側にお店屋さんがあるのですが、最初にあるのが、V・ファーレンと長崎ヴェルカ合同店。珈琲と軽食もできるようです。

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お隣がラーメン屋の「冨貴」さん。そのお隣がこの前紹介したイタリアンレストラン。

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そのお隣が「諫早駅イーサ歯科」。2店舗分のスペース。土産物屋さんでもできるのかと思っていたのですが。

外にある唐揚げの「福まん家」はコロナのために自粛。


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駅前ロータリーかな?やはりミニ眼鏡橋。だから、子どもが渡れるようにして、記念写真をとれるようにしたら、いいんだってば!

ワタシのApple Watchでは11時17分。どちらが正しいのでしょう?ワタシとしては「みんなちがって、みんないい」という言葉が好きなのですが(^-^*)。


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久しぶりに立ち寄った森山町上井牟田のため池のオブジェ。オリンピックのスノーボード?かな。すべて、不要品を使っているそうです。この、素人っぽさがなんともいえません。素朴な味が好きです。

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先日、エタリの塩辛を題材にした絵本が出版されました→詳しくはこちらをクリック。

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ドラえもんを相手に、エタリの塩辛を肴に・・・

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お弁当の件ですが、改札近くにファミマがありました。お弁当はこちらで、ということでしょうが、はやり、汽車には駅弁がピッタリです。


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