文化・芸術

2020年1月11日 (土)

第四回「えんがわ・一畳の気まぐれ資料館」

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「えんがわ・一畳の気まぐれ資料館」も第四回を迎えました。

「千々石の古(こ)絵葉書」「原城の乱関係の絵図・軍記物」「物語の挿絵原画・アニメーションの資料」ということで展示をしましたが、アニメーションの方は子どもさんが興味を持っているのか、えんがわの家主の西田さんの方でもFacebookで宣伝をしていただいたせいか、市外からも、子ども連れで見に来られた方もおられ、展示をした甲斐がありました。


今回は新年、春らしいものをと、栗原玉葉、森川青坡の掛け軸と正月用引札の展示をしました。


栗原玉葉、森川青坡についてはあまり知られていないと思いますが・・・・ざっくりと書けば・・・・


栗原玉葉は長崎県南高来郡吾妻町(現雲仙市)明治16年生まれ。梅香崎女学校で学び上京、私立女子美術学校に入学、卒業時には184名を代表し壇上に立つ。

研鑽を積み各種美術展に入選。特に、第七回・八回・九回・十一回・十二回の文展、第三回帝展に入選。一時は、西の松園(上村松園・女性初の文化勲章受章)東の玉葉とも呼ばれ、同時代を代表する女流作家として活躍。
残念ながら39歳の若さで夭折したため、時代のなかに埋没し、一般的には名前も忘れられていましたが、昨年、長崎歴史文化博物館で特別企画展が開催され、再び関心を集めるようになりました。

上の写真左側が栗原玉葉。玉葉は婦人雑誌、少女雑誌にもかなりの数の表紙、口絵を描いていますが、掛け軸の下に並べているのがその雑誌です。


森川青坡は長崎県(多分長崎市)明治34年生まれ。右の掛け軸。京都で伊藤小坡、西川翠嶂に学ぶ。第九回・十回・十一回・十二回の帝展に連続入選。かなりの力量だという事が分かります。昭和19年の美術展出品後、画歴、消息、没年とも不明。上の右の写真は絵葉書になっていたもので、第九回帝展の出品作品「嶋めぐり」。時代としてはモダンな作品です。


今回の展示は合わせて「正月用引札」の展示。


引き札は、ざっくり言えば、チラシ、ポスター。江戸時代からありましたが、明治のころから色彩豊かになり、大正時代にかけて最盛期。その後、印刷技術の発達により衰退しますが、特に正月にお得意様、ご近所に配られた引札は「正月用引札」といわれ、明治ロマン、大正ロマンを感じさせます。三つ折り、四つ折りにして熨斗(のし)を付け配ったといわれています。残念ながら長崎の「正月用引札」は見つけきれませんでした。引札については以前どこかに書いたような?・・・(^_^;)


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座敷の障子が寂しかったので、こちらも利用させていただきました。

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チラシです。予算の関係から、ご町内限定の新聞の投げ込みになります。クリックすると、大きく、読みやすくなると思います。多分。急いで書いたので、「松園」を「玉園」と書き間違えました。弘法も筆の誤り<(_ _)>。
雲仙市内の方は図書室に配る予定なので、ご利用を。


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入場無料。会場は千々石郵便局の近くです。通りかかられた折はお立ち寄りを。3月末まで展示。お客さんが多いときは延期します。なにせ「一畳の『きまぐれ』資料館」だから。展示期間は、あって無きが如し。




2018年5月16日 (水)

「そ・ろ・ば・ん」~あれ?

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磯田道史氏の「武家の家計簿」。加賀藩御算用者 猪山家に残る古文書を基に「武家の家計簿」を書き、映画になっています。

で、一番最初の場面、そろばんが映されますが、あれ?なんか変。こんなそろばんあったっけ?良く見ると、上の玉が2つ、下の玉が5つ。


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で、面白いもので、「お宝鑑定団」を見ていると、上2つ、下5つのソロバンが出品され、これ、豊臣秀吉から拝領した、そろばんだそうですが、加うるに、玉の回りが銀で象眼され、小型でしたが、内で使うのでは無く、戦場で使われたり、築城の時、現場で使われたのではいかという事で「11,000,000円」

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2回あることは3回あるということで、「NHK歴史ヒストリア」をみていると、加賀百万石の前田利家のことを取り上げ、この前田利家が使っているのが、またもや同じそろばん。

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ということで、そろばんを集めてみました。下の赤丸印がボールペンですから、意外と大きいことがわかります。

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昭和10年に上が1つ玉、下が4つ玉が良いということで、小学校の教科書で指示され、現在のそろばんが普及したそうです。

私たちの時は、算数の時間にそろばんの授業があり、私たちも、このそろばんで教わりました。

私の父は、下が5つ玉を使っていましたが、某日、学校の先生等を交えた席で、「5つ玉の一番下の玉、なんに使うんですか?」と聞いたところ、誰も分かりませんでした。

そろばんをひっくり返した所、会社の名前とか、「贈」とか書いてあるので、お店の宣伝に使ったのかな?「十六銀行」もありますね。岐阜県です。長崎は「十八銀行」。


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下が、上が2つ玉、下が5つ玉のそろばん。

気がつかれた方がおられると思いますが、中国がこのソロバンを使い、土産などにも使っていますが、中国製は玉が丸ぽっくって、使いにくいですね。

なお、中国では一斤が十六両で(十六進法)で、こちらの方が使いやすいそうです。このそろばんが日本に入ってきたのでしょう。

詳しくはネットで「日本珠算連盟」で説明されていますので→こちらをクリック


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底の方をみたら、大きい方が「安政五年牛七月 長堀平蔵」、小さい方が「明治三十八年求之 日露戦争講和」と書かれています。

なお、大きい方には、「石合勺、町反畝分、厘毛」の文字が読み取れ、右、真ん中、左に分かれて書かれていますから、その部分で対応する計算をしたのでしょうが、なんか返って面倒くさいみたい。


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左は、伊能忠敬が使った機器が載せてある絵はがきですが、一番下の所、上が二つ玉のそろばんです。伊能忠敬もこのそろばんを使っていたことが分かります。

右の写真は、丁髷をしていますから、少なくとも明治初期でしょうが、大きなそろばんは、こんなようにすると使いやすいですね。

これを見ると、上が一つ玉ですから、上が一つ玉と二つ玉が混在していたと思われます。

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こんなそろばんもあり、どうやって使うのでしょう?シャープ製です。

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買ったそろばんはどうするか?そろばん塾でも始めるつもりです。





2017年12月15日 (金)

「引札」~忘れられた日本の文化

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「引札」、現代の広告、チラシ、開店、売り出し用宣伝になりますが、その中でも、ハデハデなのが「正月用引札」。

「引札」は、「お客を『惹く』」、「お客を店に『引っ張ってくる札』」、「『引く』というのが『配る』ということを意味しているために配る札」、というように諸説あるようです(「明治・大正の広告メディア〈正月用引札〉が語るもの★熊谷一紗著」)、興味をもたれた方はお読みください。

「正月用引札」は目出度い絵に屋号などを記したものを、年末年始に、ご贔屓さんに一軒づつ訪問し、配布したそうです。

明治末期から使われたそうですが、「引札」は段々とポスター型に変わったりしたりし、大正期に衰退していったそうです。

「引札」は「木版」、「石版」を使い、手がかかり、たぶん印刷機の発達の影響があったかと思うのですが・・・

さて、上は来年が戌年だから、犬さんのを載せました。下は、「ここ掘れワンワン」で、小判がザクザクでいかにも目出度い。

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美人の絵柄は多いですね。右は、ニワトリが描いてありますから、酉年でしょう。

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と思えば、いい男もあります。

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左は、「酢・醤油」屋さん。何となく祭りのような感じ。右は、果物屋さんですね。可愛い恵比寿さんと大黒さん。


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今や、忘年会の時期ですが、七福神も忘年会があるんですね。気があっている同士、飲んだり、腕相撲したり、おしゃべりしたり。

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左は大黒さんが一人でがんばっていますが、ブラック企業かな?
さて、右のような引札がありますが、多分、「見本」で、注文を取って、左側に店名、取り扱い物品、住所等を書き込んだのでしょう。ほかのも、裏から見ると、絵の部分は木版ですが、字の部分は多分「石版」だと思われます。


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飛行機が飛んでいたり、気球が飛んでいたり、ロードレース(競輪かな?)をしたり、現代的。大正3年の図柄です。

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下の「引札」をみて、あれ?と思う方は敏感な方。
「星製薬」といえば、以前流行作家だった星一(はじめ)さんのお父さんが明治43年(1910)に作った会社です。星一さん、ご存じない?失礼しました (*_ _)ゴメンナサイ 。小説は面白いので、是非、ご一読を。


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さて、今のチラシ、ポスター。何となく、同じようなものばかりですが、「正月用引札」を見ていると、何となく、ホットしますね。

どこかのお店屋さん、こんなの作って見ませんか。絶対に受けますよ。製品の紹介は、裏側に印刷すれば良いだけですから。

今では全く忘れられた日本文化の一つですが、こんな文化もあったということを、ご紹介。でした。

(参考・引用;
「明治・大正の広告メディア<正月用引札>が語るもの★熊谷一紗著)




2016年12月19日 (月)

「最期の秘境 東京藝大」~二宮敦人著

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「東京藝大」ですね。実は、私、三十数年ほど前、一か月半ほどこの学校に通ったことがあるのです。もっとも、学生食堂ですが。職に関係ある研修所が、上野にあり、若いときだったので、味はともかく、料金が安く、量が多いところ、といえば、なんといっても学食。

で、やはり、いましたね。奇抜な格好をされた学生さん。この本には、「仮面ヒーロー『ブラジャー・ウーマン』」なる女性も現れ、凄くスタイルがいいそうですが、「ブラジャーを仮面のように顔につけ、唇と爪は赤く彩られ、上半身はトップレス。乳首の部分だけ赤いハートマークで隠し、下半身は黒いタイツで、その上にピンクのパンツをはいている─藝大の構内を歩いていると、そんな人に出くわすという。」これに対し、「Tバック・ウーマン」もいるとか。私の時には、ここまではいませんでしたが。

ただ、バカがバカなことをやるのではなく、それにはそれなりの理由はあるのですが、「バカ真面目っていうんですかね。真面目にバカをやろうと思ったんですよ。」

なお、藝大の売店には「ガスマスク」が売られていたり、藝大の隣は上野動物園ですが、「上野動物園のペンギンを一本釣り?」、「最初で最後の『藝大に口笛で入った男』になるだろうと言われている」学生の話とか、鍛金(たんきん)の研究室には、大型機があり、「機械の力で金属が飛んで行ったら、そこにいる人、真っ二つになります。・・・・」、金属で切ってけがをした時、「・・・僕は、瞬間接着剤でピット止めちゃいますけど」とか面白い話も書いてありますが、多くの学生が専攻の部門の話を語っています。人はなぜ、「美」を求めるのか。

前後になりますが、著者は作家で、奥様は羨ましくも、現役の「藝大生」。もちろん、藝大も国立ですから、センター試験もありますが、奥様は自己採点で3割位の出来だとか。
「先輩で、センター試験一割しか取れなかった人もいたらしいよ」
・・・・・・
「でも、実技の順位が三番目くらいだったんで、それで絵画科に合格」
要するに、重要なのは実技試験。私も吹奏楽をやっていて、少しは上手だったので、一回、藝大の試験の初見(初めて見る楽譜を練習なしで、ぶっつけ本番で演奏)の楽譜を見ましたが、目が点になり、音楽をあきらめました。とにかく、ピアノ科に至っては「コンクールの上位常連、あるいはコンサートで客が呼べる・・・そんな人たちが藝大を目指すわけ。・・・」ということですから。

帯の表紙に「入試倍率は東大の3倍!」とありますが、平成27年度東大理科3類の志望率が4,8倍。それに対し、藝大の最大難関の絵画科の志望率は、17.3倍。藝大全体でならしても7,5倍ですから、完全に東大を抜いています。

それで、卒業して飯が食えるかというと、「アーティストとしてやっていけるのは、ほんの一握り、いやひとつまみだよね」
「他の人は卒業後、なにをしているの?」
「半分くらいは行方不明よ」
ということで、はやり、厳しい道ではあるようです。

いろいろ書きましたが、絵画、彫刻を見るのがお好きな方、音楽を聴くのがお好きな方、一流の芸術家を目指す卵たちが、何を考え、何をしているのか、よくわかります。この本を読んだ後、絵画等を見る目、音楽を聞く耳が少し違っていることに分かると思います。

蛇足になりますが、藝大に限らず、音大の声楽専科の方とは、絶対にカラオケにはいかないように。忘年会の帰りにカラオケによって、音大声楽専科の方が歌った後は、誰も歌いませんでした(歌えませんでした)。忘年会を前に、一言でした・・・



2016年11月11日 (金)

「病院のギャラリー」&「BEACH GIRLS」&「カテーテルアブレーション経過」

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昨今、心臓病、前立腺ガンが多いので、初めに参考のため少しばかり。

昨日は心臓手術のカテーテルアブレーションの経過を見てもらうため、「独立行政法人国立病院機構 長崎医療医療センター」へ。なんか、舌を噛みそうな名前ですが、私たちは、いまだもって、「国立病院」と言ってますが・・・

寒くなると、なんとなく不整脈(普通の方にも出ている程度)、胸の痛みがあり、相談したら、アブレーション手術は大体3か月まで再発が起きないと、大丈夫だとか。もし、再発した場合は再手術(一回目より簡単に済むそうです)だとか。血液サラサラの薬もやめて良いそうですが、心配なので出してもらいました。(手術は今年2月末)

さて、今度は前立腺の手術の日程を決める必要があるのですが、こちらは切るのは嫌だし、放射線治療を選びましたが(治療期間2カ月)、放射線の影響で腸あたりから出血もあるとかで、血液サラサラの薬を気にしていましたが、大村の方で聞くと、治療中は薬はやめてもいいだろうということでした。なんとなく、治療のほうも煮詰まってきたようで、来年は体のオーバーホールと体力作りの年にしたいと思っているのですが・・・

さて、以前にも紹介をしましたが、この病院には小さなギャラリーがあり、入院の方の癒しのためか、いつも心安らぐ作品が並べてあります。経費節減のためか、照明はいつも消してあり、鑑賞する方が自由に照明をつけることになっていますが、いつもは暗いため、なんとなく入りにくい感じ。


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で、今回は長崎市在住のカウンセラー山口奈津江さんの作品。
「火葬場より、女子大生のしみじみノート」、「しあわせの成功ノート」の2冊の著作があり、2007~2009年に長崎新聞に「なっちゃんもガーデニング」を掲載したそうです。
入院患者の方には、なんとなく、ホットする感じかなという絵と言葉。

この病院では、以前紹介しましたが、患者さんの心を安らげるためか、コンサートもやっており、手術直後は心配で、回復時は退屈します。回復が長引くと、心配が心に重く感じてきます。入院患者さんだけでもなく、お見舞いの方も少しばかり覗いてほしい場所です。
本当に、病院も患者さんの立場に立って、治療をしていく時代になったと思います。


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患者さんが多く、支払い、薬の受け取りと時間がかかったので、鈴田峠あたりで昼食でもと思いつつ、「道の駅 長崎街道 鈴田峠 峠の茶屋」に寄ってみたら、下のようなものが売ってあり、ついつい買ってしまった「BEACH GIRLS」。

ラムネの瓶にラベルを貼ったものですが、よく考えた、と思いました。特に、腰のくびれ、じゃなく瓶のくびれの部分、ガラス瓶なれど、なんとなく色気を感じます。


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2016年11月 1日 (火)

2016「第46回千々石町文化祭」~雲仙市千々石町


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雲仙市は7ヶ町の合併で、「市民音楽祭」、「市展」をおこなっていますが、各旧町でも文化祭を開催しており、千々石町では、展示の部が11月1日~2日、演芸の部が11月12日になります。今年で46回ですから、随分長く続いています。

サブカルチャーという言葉があるなら、ローカルカルチャーという言葉もあって良いのかと。その土地に住みながら、自分の手で作品を楽しみながら創作していく・・・・・

入口に風でクルクル回っているものがあり、よく見ると空き缶を工夫して、風で回るようにしてあり、良く考えたものです。

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千々石には、ディーサービスが3カ所ありますが、ボケ防止のために、手芸などを教えており、皆さん色々なものを張り切って作ってありました。

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こちらは、反対にまだまだ、お若い保育園児の作品。

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手芸サークルの作品。右の作品、昔はこのような買い物かごを下げて、お母さん方は買い物に行っていました・・・エコバックより便利なんですが。

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千々石二小の生徒たちが見学に来ており、「生徒は何人?」、「12名」。「何年生?」、「2年生」。「2年生は何人?」、「3人」。と、少子化を実感します。

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「ひまわり会」。押し花ですが、良いですね。年々メルヘンチックな作品が多くなってきているみたいです。


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絵画クラブ。県展入選作もあります。右も県展入選作、デザインの部かな?


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生け花ですが、右と左は流派が違います。違いがよくわかると思います。

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書道は年々上手くなっているみたいで、大型の作品が増えてきました。

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小中学生の作品。若々しいですね。特に習字の伸び伸びとした書体。

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他にも手工芸品、郷土研究会、個人のちぎり絵、色鉛筆画等々あるのですが、全部は紹介できませんでした。

各町見ていくと、書道が得意な町、絵画が得意な町、写真が得意な町、各町特徴を持っています。見比べると面白いものです。なお、町によっては”県展”の審査員の方もおられ、作品が出品してあり、思わぬ良いものが見られる事もあります。

ローカルな作品ばかりですが、人生の楽しみとして、また地方の文化を支えるものとして大切にしたいものです。






2016年7月14日 (木)

「週刊現代」なくて「週刊新潮」

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いつもは、週刊ポストと週刊現代、仲良く同じ日に出るのですが、週刊現代が並んでなく、大型休日でもなし、多分選挙結果の分析に手間取っているのか、それとも大きなネタがあるのか?という事で今日は「『週刊現代』なくて『週刊文春』」です。

先週から、参議院選挙。二転三転、分裂の都知事選挙候補者選び、永六輔さんの逝去、天皇陛下の退位の問題と立て続けでした。

永六輔さんの亡くなられた日に、ザ・ピーナッツの妹、伊藤ユミさんが亡くなられた事がネットで流れていましたが、亡くなられた日が、5月18日で、私が見損なったのかと思っていたのですが、伝わったのが7月11日です。双子の可愛いお姉さんでしたが、澄んだ声のデュエットの歌声は、今でも覚えています。知った方が続けて亡くなられたのを見ると、まさに、昭和は遠くなりにけり、の感じが強まってきます。


■「我ら凡俗の審判」

先日、英国がEUから離脱し、その後、離脱派のキャンペーンが間違っていたとかで、”もう一度選挙を!”の声が離脱派からもあがっているようですが、今回の参議院選挙、これで良かったのでしょうか?
なんとかというグループで、ボーカルをしていた、今井絵里子さん、池上彰さんの質問に、「12歳から東京に住んで沖縄の現状は人づてにしか聞いてなかった。」
池上氏は「これから考えるとはびっくりしました。」
息子さんが「お母さんが選挙に当選しますように」と書かれた絵を手渡したとき、「子どもが書いてくださった」・・・・????ですって。
「角栄ブームなのに田中家は国会から誰もいなくなった」。大体、家を潰すのは三代目なのですが、二代目でダメになりました。身から出た錆でしょうが。
と、まあいろいろありますが、今からどうなるか、しかっりと見つめていきましょう。

■「今井絵里子が朝日・毎日のアンケートに『無回答』を貫いた驚きの理由」

選挙中に候補者に、朝日新聞と毎日新聞がアンケートをして、今井さんが無回答で、後援会事務所の理由が、「忙しかったのではなく、ご批判は覚悟の上での無回答です。答えられる項目もありますが、沖縄の基地問題や辺野古移設の問題、安全保障問題などは、まだ政治家を目指して間もない人間が答えられるはずがないんです。これからお勉強していきます。お手柔らかに、長い目で見ていただければ」という事ですが、順序が逆。勉強して、国政に問題点を持って立候補するもので、「長い目」とはいつまででしょう。
数年前、役場に電話をしたら、「異動して、まだ3年目でその件は後で連絡します」と言ったのがいますが、3年たっても「お勉強していきます」っていうんでしょうか。

■「史上最も冷めていた参院選、史上最も面白くなる都知事選」

まことに、本当の事です。都知事選挙の選挙権がないのが残念ですが。
以前、「馬券を買わないで、競馬を見る奴はバカだ」と言われたことがありましたが・・・

■「『女マスゾエ』と呼ばれて・・・小池百合子が怒りの反撃」

「ゴルフコンペの支出不記載」「経費使いすぎパーティー」「格安事務所家賃」「『電通』献金」「金券ショップに多額の支払い」「『花代問題』」と、何やら叩けばホコリがでるような・・・当選したら、前々任者、前任者のようにならないように。

■「高級車の自動運転で追突したら誰の責任か?」

「自動運転」が進んできました。年寄りにはうれしいことですが、過信して事故が起こる事もあるそうで、自動運転の装置がついていても、確認はしっかりと。自動車会社を訴えても、「運転手に全く過失がないと立証しない限り、裁判で争うのは難しい。」という事だそうです。

■「無礼・毒舌は封じてきたが!渡辺淳一文学賞」

書いたのは大森望さんと一緒に「文学賞メッタ斬り!」を執筆した、豊崎由美氏。「失楽園」「鈍感力」等を書いた渡辺淳一に、批判的な書評を書き、渡辺氏亡き後、毒舌を封じていたそうですが、このたび集英社が「渡辺淳一文学賞」なるものを作り、森鴎外や夏目漱石の名がついた文学賞もなく、「渡辺淳一クラスの小説の賞を立ち上げる意義は奈辺にありや?」という事で、「渡辺作品の特性を活かすなら、『トンデモすれすれポルノ小説を備えた通俗小説』に対して与える文学賞にするべきでありましょう。」と舌鋒鋭きですが、第一受賞作品が川上未映子の「あこがれ」で「エロ描写を期待しちゃいけない、素晴らしい作品です。」だそうです。が、とにかく文学賞が多すぎますね。なにが、なにやら、です。


■「不思議な『ハンコ利権』」

最近、遺書の確認に、ハンコでなく花押でされた方が、裁判で花押は無効だとの判断がされました。手続きに行って、ハンコを忘れ不便をしたこともあり、ハンコ一本で便利したこともあり、法的なこともあるそうですが、「自民党もハンコ業界に”敗北”」と書かれると、何やらありそうな。


■「日本人にあえて問う死ぬ『勇気』」

現在、死ぬことが分かっていても、点滴やらチューブやらつけられ、「延命治療」がされます。スイスでは本人の意思で「安楽死」が認められ、医師のもと、薬物を用い安楽死ができるそうですが、これ、日本でやると「殺人犯」ですね。
「世界で広がる容認論」「日本は”安楽死後進国」。ウチの父母も、90歳近くで、延命措置をしてもかえって苦しむなと思って、延命措置はしませんでした。良かったか、悪かったかは未だに分かりません。

■「佳く生きるための処方箋~心房細動と一本の線」

私も、心房細動を患いカテーテルアブレーションをし、4か月強。何とか大きな症状は治まったようですが、まだ油断はできないというところ。
で、「心房細動」と言う字を見ただけで、なにやらドキッとしますが、記事を書いたのが、なんと、順天堂医院・医院長の天野篤氏。ご自分も心房細動になって、「患者さんの不安な気持ちを身をもって知る経験となりました。」だそうで、この病気で怖いのが、症状が出たとき血栓ができ、これが脳血管に詰まること。長嶋監督がこの病気だったそうです。
ただ、手術の方法も年々、進んでいるそうですから、息切れ、不整脈、動悸がひどくなったなと思ったら即病院へ。

■「総額50万円!『私(9社)の遺伝子検査』をやってみて驚いたこと」

現在、個人向けの遺伝子検査が流行って、体質、将来の発症リスクが分かるそうですが、「健康に不安を感じる53歳の本誌編集部員が総額50万円以上の費用をかけ、同時に9社の検査をうけてみるとー」という事ですが、費用は個人持ちか、会社持ちかは書いてありません。
結果は、「矛盾する検査結果」で、「遺伝子よりも生活習慣」、「せいぜい検査結果を参考にして、健康維持の一助にできればよしとすべきか。」

■「死ぬまで○E○」シリーズ

「20人が顔出し赤裸々告白」。24歳から52歳までの「美熟女」さんが赤裸々な告白をしておりますので、お好きな方を口説いてください。連絡先は書いてありませんが。





2015年11月 2日 (月)

平成27年度「第45回 千々石町文化祭」~雲仙市千々石町

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第45回というと、45年経ったという事で、あと5年で半世紀を迎えるわけです。


出品は保育園児から、91歳の方まで。ちなみに、私は出品しておりません。な

せ、図工は小、中学校で通知表が2でしたから。


高齢者の方は、デーサービス、施設の方のグループ出品が多いみたいで、昔の

事を思い出してでしょうか

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と思ったら、意外とナウい作品もあったり。そういえば来年は「申年」。年賀状を

ボツボツと・・・

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保育園児、小学生、中学生の作品、少子化にも負けず頑張って出品していまし

た。

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パッチワークに、ちぎり絵。

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「UNZEN自然木倶楽部」の作品。

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「いゝか、今日がこれまでの人生最後の日だ、いゝか、今日はこれから人生最初

の日だ」、と良いセリフ。

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珍しい逆さ絵、ぐるりと回すと、表情が変わります。

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お馴染みの、絵画、手芸、書道、生け花の各グループの作品。

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押し花ですが、最近は昔の押し花と違って、段々と凝ってきてます。

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一般の方も頑張って・・・

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と、展示品を見ていると、若い(過ぎる)女性が私の方へ寄ってきて、小さな文を

渡して、まあ、なんですね、この歳になってやっと青春(老春か)が来たかと、

藤茶も45歳違いだしと、多分恋文かな?と思って開いたら・・・

「一階和室へ お茶を飲みに来てください お茶ごっこの子供たちより」と、お茶

のお誘いで期待していたのに、ガックリ 


現在、お茶の先生がボランティアで「お茶ごっこ」という教室を開いて、子供たち

に、茶道を教えているのですが、一番小さな子供が小学生1年、6年間も習いに

来ている子供もいるとか。


やはり、先生は心配なのか、つきっきりで指導。おいしいお菓子と、お茶をご馳

走になってきました。これくらい小さい時から、礼儀作法を習うと良いですね。

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私がいつも利用している図書室。予算が少なく、多分、年間予算は私の本代と

同じくらいでしょう。担当者は選書について頭が痛いところ。小学校が隣りにあっ

て、子供たちは結構来ているのですが・・・

(注:各写真は、クリックすると少し拡大します。)

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ルノアールとかゴッホの作品はありませんが、町民の方が一生懸命作った作品

です。暖かみを感じるものばかりでした。明日11月3日、午後5時まで展示して

ありますので、ご覧下さい。


なお、各市、各町でも文化祭は行っていると思いますが、見比べると、市町の特

徴があって、これも面白いですよ。







2015年9月22日 (火)

「ながさき音楽祭」”廃止”に一言

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え~、まったくビックリしましたね。「ながさき音楽祭」が廃止になるとか。


実は数年前、合奏で私も出演したことがあり、ヘタだったので、後で弾いたフリし

てましたが・・・・


この音楽祭、長崎新聞では(県などが主催)となっていましたが、県
の文化振

課が担当課。


昔は、県教育庁に文化課があって、文化的な面はこちらでしていたのですが、機

改革とやらで、「県教育庁学芸文化課」と「文化観光国際部文化振興課」に別

てしまいました。


ちなみに「学芸文化課」は「文化財の保護顕彰、児童・生徒及び幼児の文化芸術

の振興、銃砲刀剣類の登録に関する事。」です。要するに、幼稚園、保育所、小

学生、中学生、高校生の文化芸術に関する事、文化財に関する事、銃砲刀剣類

等の登録で、日本刀などは無断で持っていると逮捕されますから、チャント登録

してください。あなたのサビ刀は、登録はできません。


「文化振興課」は「文化振興にかかる施策の企画、立案、推進及び総合調整に

関する事」です。大人の文化活動はここの担当になります。ただし、「文化観光国

際部」に属しますから、観光面にも大いに関係を持つということになり、考えよう

では、純粋に文化面だけを振興するわけではない、という事になります。


同音楽祭は2007年に始まっていますが、「今年秋、同音楽祭の名が付いたイ

ベントは姿を消し、同音楽祭は8年で事実上”廃止”となった。」(長崎新聞より)と

言うことです。


なお、中村哲県文化振興課長は「都市部の文化事業体制は整った。所期の目

的は達した。」(同紙より)といっていますが、「所期の目的は達した。」は、行政用

語で、「予算はないよ。おしまい。」と言う時に使います。


なお、昨年度のポスターを見ると、壱岐市での「池辺晋一郎のコンサート~古代

へのまなざし」、同市での「一支国コンサート」、対馬での「対馬コンサート」、これ

凄いですよ、出演者が長崎出身で世界的なギタリスト、山下和仁さん。長崎でも

滅多に聞けません。


五島での「青少年音楽セミナーin五島発表演奏会」、長崎での「マダム・バタフラ

イフェスティバル2014」、「長崎の唄、長崎の音~情~」、「歌とクラリネットの饗

宴」、「ジュニアオーケストラながさき演奏会」。


佐世保での「佐世保JAZZ
at アルカスSASEBO 2014」、「佐世保JAZZ2014

LIVE in 松浦」等々。


大村での「城下町大村秋の音楽祭 2014」での「プレイベント『中秋の名月コン

サート』」、「まちなかコンサート」等々。


雲仙での、「マーチングクリニック」、「温泉まちなかコンサート」、平戸での「お月

コンサート」、「神浦伝達コンサート」と全部書ききれないので止めますが。とにか

く、離島が多い長崎県で、隅々まで音楽祭が行われているのが分かると思いま

す。


中村某なる課長が、「人口減少対策が県民の急務で、限られた予算を離島
など

で活用する。音楽に限らす地方の歴史なども発信するためには『音楽祭』という

名称は外した」(同紙)とは言っていますが、「離島などで活用する」は上記のとお

り、活用されているではないですか。


「音楽に限らず地方の歴史なども発信するため」は、産業遺産の登録、キリスト

教会群関連遺産の世界遺産を考えたものでしょう、まして、「地方の歴史なども

発信」?県民には関係者以外、全然聞こえません。はたして、なにをするのでし

ょう?

Img_20150922_0002_2

というように観光客の誘致に必死ですが、産業遺産、キリスト教関連遺産。観

ガイドさんが一生懸命説明していますが、キリスト教遺産に、島原半島の、原

城、日野江城も構成遺産に入っていますが、原城と言えば、「島原・天草一揆」

があり、私、資料、各藩の文書等を読んでいますが、とても、一時間や二時間で

は説明できるものではありません。まして、日野江城といえば、まだまだ十分に

解明されてなく、観光に来ても、本来の事は理解できず、あ~見てきたよ。で終

わるでしょう。各教会の歴史も知らず、わ~キレイと思うだけでは・・・


さて、「ながさき音楽祭」のことですが、長崎新聞によれば、宮﨑国際音楽祭が

20年目を迎え、15年度の予算が約2億円で、入場者が約1万7千人。17年続

ている別府のアルゲリッチ音楽祭の予算が1億2千万円で、入場者数が約1

万5千人。


対して、ながさき音楽祭は、14年度の関連経費約2600万円、入場者が2万8

人。


多分、宮崎国際音楽祭とマルゲリッチ音楽祭は、県外から来てお金を落としてい

くのでしょうが、長崎は地元観客が多いと思います。これが、「文化観光国際部

文化振興課」の”廃止”に繋がっていると邪推しているのですが・・・・


ただ、長崎の入場者が多いということは、音楽に対し関心が深いという事で、地

域に根ざしている証拠だと思います。


本来の文化は、住民に愛され、地域に根ざしたものだと思うのですが、これで、

長崎県は文化の芽を、ひとつもぎ取ったという事で、長崎は文化発展途上県で

なく、文化後進県に成り下がったということですネ。


2015年3月 3日 (火)

「女雛」と「男雛」

Dsc_0116 Dsc_0122

今日は、「ひな祭り」、何にもないのも淋しく、コンビニのケーキと、雛あられを買

って来ました。


暦の説明を読むと、「女の子の幸せを願う3月3日の『ひな祭り』はほかに他に桃

の節句、上巳の節句とも言われています。古代中国では3月初めの巳の日を上

巳といっていました。現在わが国では三月三日をひな祭りとしています。・・・」と

載っていますが、新暦で今日は戊寅、旧暦の3月3日は丁卯ですから、現代で

は、上巳とは関係無いみたいですが・・・・


さて、この「女雛」と「男雛」の左右の並び方、現在は雛壇に向かって左が「男雛」

右が「女雛」になっていますが、

Dsc_0370_4

これ、前にも載せましたが、昨年の「島原のひなめぐり」の写真で、島原の「
押し

絵雛」ですが、ご覧の通り、向かって左が「女雛」右が「男雛」になっています。

れ、逆に置くと、そっぽを向くことになります。明治中期の作品です。


調べて見ると、前に紹介した「考証要集~NHK時代考証資料」では、


雛人形【ひなにんぎょう】今では女雛を上手(注:「じょうず」ではなく、「かみて」と

読みます、舞台に向かって右側)男雛を下手(注:「へた」ではありません「しも

て」と読みます、舞台に向かって左手)に並べるが、これは昭和三年十一月の昭

和天皇のご即位の写真に倣って東京の雛卸商の組合が流行させたたためで、

それ以前の伝統的な雛人形の並べ方は、男雛が上手、女雛が下手である。現

代劇では注意すべし(東京新聞、2003年3月3日朝刊)。」


となっているのですが・・・・


畏れ多くも、宮内庁のホームページから取りましたが・・不敬罪にならないかな?

左は、平成21年「天皇陛下ご即位二十年」に際しての記者会見。右は「天皇皇

后陛下御結婚満50周年に際して」の記者会見。

はやり、「お内裏様」と同じ並びですね。

Photo 50th_2

ネットの画像で見ると、大正天皇は意外と、右に写ったり、左に写ったりしていま

す。右が明治天皇。

Photo_2 Photo_3

いつだったか、こんな話を聞いたことがあります。明治から大正期は、西洋に追

いつけ、追い越せで、生活等も西洋の真似をしたとか、男女の並び方も、西洋方

式にしたとか。下々の私にはどうでも良いことですが・・・・


考えるに、西洋はレディファーストで、記者会見などで、女性を先に入れ、そのま

ま正面を向くと、向かって左が女性、右が男性になりますから、ですね・・・


という事で、はっきりはしませんが、京都では、向かって左に「女雛」右に「男雛」

を置くそうです。


又々考えるに、日本では左大臣と右大臣では、左大臣が偉く(天皇の席から見

てですから、正面から見れば右で、舞台も正面から見て右が上手で、役柄の上

の者が上手、落語でも、上手が大家さん、下手の方に八っさんなどがいるよう

に、喋りますから、大体は、向かって右が偉い人が座るようになるのですが、ま

あ、お内裏様も、女性上位になったのかな?


いつもお世話になっている、「近世風俗志」。3月3日の所に、


「上巳と云ふ。また
桃花の節なる故に、婦女子は桃の節句と云う。・・・・・・古は雛

遊びと云ひて、今日のみにあらず、平日にこれをなす事、『源氏物語』末摘花の

巻にあるは正月八日、紅葉賀正月、野分・夕霧ともに八月なり。『宇津保物語』

には、季の詳らならざると、冬の雛遊びあり。これらは今世、幼稚の遊びに土偶

等(にんぎょう)等を並べ、小さなる鍋釜そのた庖厨(ほうちゅう)の具をもって、ま

まごと、飯事なり、平日の遊びすると同じきなり」とあり、最も「古も高貴の児女

は、雛の調度と云いて・・・・・人形も精製なるもあらん・・・・」ということで、貧富の

で、人形、道具などは違い、三月三日だけでなく、「平日」の遊びであることが

わかります。


「けだし古、民間には、紙、土偶を並べ諸器も木葉・蛤殻等を用ふの類なるべし。

・・・・・・ある古老曰く、昔の雛遊びの調度は質素にて、今世のごとき善美の物を

用いず。・・・・・・」


ひな祭りには、蛤の吸い物をつけ、蛤は二つに離すと、外の貝とは合わないので

女性の貞操を意味するとかいてありますが、「近世風俗志」には、「蛤殻」を使っ

たの記述があちらこちらあり、ひょっとしたら、蛤の吸い物は、この名残で、貞操

云々はあとから付けた理屈では?


買って来たケーキですね。カミサンが食べないので、男雛を寝かして、その上に

女雛を重ねて、遊んでます。


今日は「男はつらいよ」の続きを書こうと思ったのですが、「ひな祭り」だったと思

い出し、ほとんど資料無しで書いたので、まとまらない文章でした(いつもです

が)。 (*_ _)ゴメンナサイ 。



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