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2022年2月

2022年2月28日 (月)

「豊後湯」なのですが・・・雲仙市小浜町

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左の写真の説明「上等湯脇噴湯ノ景」。右の写真の説明「肥前小濱大正湯噴出ノ景」。

左は「小髙商店」のスタンプが押してあるので、多分、湯煎餅を考案した小髙商店だと思われます。


左の写真「上等湯脇噴湯」だから、右の建物が「上等湯」。
「上等湯」については、以前「追込湯」での説明の「貮銭湯・壹銭湯」ではないかと思います→こちらをクリック。

右は使用してある絵葉書で「6.7.25」のスタンプが押してあり、写真の説明に「大正湯」と書いてあるので大正6年だと推定されます。「大正湯噴出」なので、湯けむりが出ているところが「噴出」、右の建物が「大正湯」。


左右比べてみると、右の絵葉書、階段の所が工事してありますから、左の絵葉書が古いといえます。


両方とも右の建物は、現ローソン、以前葬儀社、その前が小濱会館で間違いないと思います。たしか、建物の左に「入徳湯」の標柱と看板があったような記憶があります。


下が、現在の姿。矢印の所に「豊後湯」の説明版があります。絵葉書の湯けむりが上がっている場所。現在、階段は無くなり坂になっています。階段の上が「小濱歴史資料館」(旧本多湯太夫邸)。


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下が、小浜歴史資料館に展示してある「小濱温泉」の絵図。明治26年に出版されたものです。

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右は左の全景の温泉湯の所を拡大したものです。
左から入トユ、ブンゴユ、明治ユ、天トクユ、シンユ、湯本(多分、本湯)。

先日「追込湯」で紹介した、金井俊行氏著(明治26年刊)「温泉案内記」には、本湯、新湯、天徳湯、明治湯、常磐湯、入徳湯の6ヵ所。

で、違っているのが、「豊後湯」と「常磐湯」。「豊後湯」が「常磐湯」とは考えにくいのですが。旅館の変遷等については、小浜には資料等がほとんど無く、写真と絵図を眺めながら頭を抱えています。

「大正湯」は絵葉書屋さんが、大正時代に適当につけたのか、とも。左の絵葉書、文面に「小濱柳川屋にて」と書いてあるので、斎藤茂吉が泊まった旅館。



2022年2月24日 (木)

病院帰りの諫早駅・・・

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諌早の病院へ行って帰りがけ、スタバにより珈琲をボンヤリと飲んで、さて、オクサマも留守で、ランパスを持っていたので何を食べようかと思っていたら、天の啓示の如く「駅弁」という微かな声が声が聞こえました。

以前は、待合所があった所にKioskがあったのですが、改札近くにはなく、ヒョッとしたら一階に新しくできたかと思って確認に行ってもありません。ただ、ストリートピアノがあって、いよいよこちらも都会の風が吹いてきたかと。誰か弾かないかと
楽しみにして、一時間ほど待ってはいたのですが、やはり、田舎でした。

ワタシは、口三味線は弾けます。名取りなのですが・・・ピアノですか?あれって、重くって持って歩かれないですね。


最近、学生さんなのかな?勉強する姿が見られます。


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ということで、プラットフォームに行こうと思ったら、エスカレーターは上りのみ。膝を痛めているので、この階段つらいなと思って、後ろを見たらエレベーター。

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ホームは何も無く・・・お弁当はどこへいったのでしょう。向かいは、島鉄のホーム、一号機関車の写真、良いですね。

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で、プラットフォームをウロウロしていたら、一番上の電車が来ました。電車を見たのは何年ぶりか。随分とあか抜けてきました。ライトが付けば面白い。中も以前と比べれば違っていました。長いエスカレータで上がれば・・・

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ポスターですが「西九州新幹線2022年秋開業!」とはなっていますが、昨日の新聞では、まだ佐賀県と揉めているとのことで、大丈夫ですか?まあ、県知事選挙で日本で一番若い知事さんが誕生したので・・・駅舎見学は長崎駅の事で「西日本九州新幹線駅舎見学」です。

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二階です。一番向こう側にお店屋さんがあるのですが、最初にあるのが、V・ファーレンと長崎ヴェルカ合同店。珈琲と軽食もできるようです。

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お隣がラーメン屋の「冨貴」さん。そのお隣がこの前紹介したイタリアンレストラン。

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そのお隣が「諫早駅イーサ歯科」。2店舗分のスペース。土産物屋さんでもできるのかと思っていたのですが。

外にある唐揚げの「福まん家」はコロナのために自粛。


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駅前ロータリーかな?やはりミニ眼鏡橋。だから、子どもが渡れるようにして、記念写真をとれるようにしたら、いいんだってば!

ワタシのApple Watchでは11時17分。どちらが正しいのでしょう?ワタシとしては「みんなちがって、みんないい」という言葉が好きなのですが(^-^*)。


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久しぶりに立ち寄った森山町上井牟田のため池のオブジェ。オリンピックのスノーボード?かな。すべて、不要品を使っているそうです。この、素人っぽさがなんともいえません。素朴な味が好きです。

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先日、エタリの塩辛を題材にした絵本が出版されました→詳しくはこちらをクリック。

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ドラえもんを相手に、エタリの塩辛を肴に・・・

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お弁当の件ですが、改札近くにファミマがありました。お弁当はこちらで、ということでしょうが、はやり、汽車には駅弁がピッタリです。


2022年2月20日 (日)

雲仙鉄道~しつこく「第1号機関車について」これで〈お・し・ま・い〉


温泉鉄道の廃駅には、ご存じの通り記念の碑が設けられ、写真が焼き付けられています。こちらは愛津駅の記念碑。

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写真の左の機関車については、二つの疑問があるようです。

①汽車が走っている場所は?

②機関車の前に”1”という字が見えます。昭和2年~7年まで島原鉄道、温泉鉄道、小濱鉄道で諌早~小浜まで直通運転をしています。ということもあり、日本で走った第1号機関車が島原鉄道を走っていたので、記念碑の機関車がそうではないか?との意見があります。

この②については、ブロブ等に第1号機関車だと掲載されているものがあります。

まず、①については、記念碑の写真と比べればすぐに分かるのですが・・・千々石で聞くと、誰でも「曲(まがり)」と答えます。写真右手が岩礁になっているのは、千々石断層の下の海岸、千々石湾しかありません。


②については以前、この機関車の来歴と共に書きました→こちらをクリック。


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下の写真、以前、ネットで流れていた物をスクリーンショットで紹介しましたが、今回は本物です。クリックするとハッキリと分かります。

「鐵道趣味 昭和10年10月號 秋季特別噌大号」。鉄道は昭和13年に全面廃止になるので、貴重な写真です。
記念碑の写真は、下の写真の薄く囲んだ部分を切り取った物です。現物の写真があったのか、この雑誌から取ったのかな不明。

以前に紹介した説明文は、途中、読めなくなったりしたところもあったので、下に正確に書き写してみます。以前に紹介済みですが、場所、汽車の種類等分かるかと思います。 


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雲仙鐵道


No.1機関車の索引の上がり愛野村行混合列車が千々岩(ちぢわ)を出發、雲仙を背景にした千々岩彎副ひの線路をやって来ます。

雲仙鐵道の蒸氣列車は1日1往復しか運轉されず、他は全部ガソリン・カーばかりです。
No.1機関車はNo.2機関車と共に0-6-0形の𦾔省有1040形式のものであります。1040形式と云えば日本鐵道が明治27年大宮工場に於て6輌(Nos.401~406)製造した物で、現在も尚判然と其の銘板が取り付けられて居ります。
撮影者が「與縄恒雄」氏。


写真説明の中「ガソリン・カー」は左の写真です(写真は「島原鉄道100年史 夢ある未来をめざして」より)。このガソリンカーが昭和10年頃には、鉄路を走っていたということです。

オマケに、右は「口之津鐵道 0-6-0形機関車 No.20」(同上より)です。

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さて、トンネルの機関車の映像、海岸沿いを走る機関車の映像で、雲仙鉄道は最後まで蒸気機関車と思っていたら、違っていたんですね。

この機関車については、以前よりしつこく書いてきましたが、全貌が明らかになったので、「第1号機関車」
については〈完〉になります\(^o^)/。



2022年2月15日 (火)

「日本八景」~なぜ阿蘇ではなかったのか?

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上は以前にも紹介をした、谷文晁の「日本名図会」より、雲仙岳と阿蘇山です。

どちらが立派かというと、身びいきで「雲仙」ですね。


しかし、下のような見立相撲(江戸末期とみられ、山、川、橋等を相撲取りの位に見立てて評価したもの)では、阿蘇が大関、雲仙は前頭筆頭。ついでに、温泉効能も貼っておきます。同じく、前頭です。当時は、実力最高が「大関」です。「横綱」の称号については→こちらをクリック


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いうこともあり、日本八景に選ばれるのは「阿蘇」でも良いのではないかと思っていたら、下の本に事情が書いてありました。

下の本は「日本八景」を文人が訪れ、紀行文を書いたものです。雲仙は「菊池幽芳(作家、大阪毎日新聞記者、取締役、相談役)」が訪れています。中々に面白い紀行文で、機会があった読んでみて下さい。


で、後書きに日本八景の選考について詳しく書いてあります。その中に、なぜ阿蘇山が選ばれなかったの記述があり、下記の通りです。


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「・・・九州の山なら、どうして阿蘇が出てないのか。調べてみると、この企画が発表された昭和2年の4月に阿蘇山は噴火している。風景の評価は、天変地異が起こると除外されたりるするので、後世になると、当時の時代背景を知る必要がある」ということで、阿蘇は選には入らなかったそうです。

それなら、阿蘇が噴火しなかったらとの疑問もありますが、投票に関しては「一部の地域で、集中的な地元投票がおこなわれだした。」とも書いてあり、仄聞によると雲仙(長崎県)
でも同様であったとか。

実力=人気と限らないのが、世の常です。



2022年2月12日 (土)

どうでもいい話のようなもの、ですが・・・

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カムカムエブリバディですね。なにげにみて、おや?と思い、ナンだろうと思ったら、私服で学校に来ているんですね。これって、良いんでしたっけ。

「おしん」の放送があっているので、1983~1984年。調べたら、1960年~1970年初めが学園紛争。80年代後半が詰め襟、セーラー服からブレザー制服に切り替わる。という事らしいのですが、ひなたさんが通っている学校、随分進んでいるようですが、皆さんの所はいかがでしょうか?


地域によって違いはあるとは思いますが、長崎は田舎で保守的な所なので、多分、未だもって、これほど自由化にはなってないみたいなのですが・・・・?


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湯飲み、皿、茶碗など落として割って、一日中なんとなく気分が落ち込む事があります。

ある人が、朝から湯飲みを落とし、「今日はついてないな」と呟いていると、近くの婆さまが次のように言ったそうです。


「あんた、運のよかね。今日はアンタ怪我をしたり、事故を起こしたりすっとやったとの、湯飲みが身代わりになったとやろ、アンタは運のよかね、湯飲みに感謝せんば」


とのことで、ものは考えようで、ワタシもそれ以来、割った湯飲み、茶碗などには感謝をするようにいたしております。もっとも、オクサマには叱られますが(^_^;)。


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TSUTAYAさんに本を買った折に、置いてあったので衝動買いですね。サバ缶が最近は流行っているようです。何年か前、ご飯にかけるチョコだったかな?あったと思いますが、性懲りも無く買ってしまいました。お味ですか?オクサマに見つかると叱られるので、隠して、まだ食べておりません。



2022年2月10日 (木)

第16回 「雲仙市美術展覧会」

今日、2月10日から雲仙市美術展覧会が始まりました。会場は昨年新築オープンした瑞穂町公民館。会場が少し狭いのか、ロビーでの受付、すぐ横の所で写真の部の展示。 

右の写真、あそこですね。黄色いハンカチがある島鉄の駅です。


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写真は結構多く、手軽に取れるようになったせいか女性の方もボチボチと増え始めました。また、PCで色調など簡単に変えることなどができるので、右のような写真も増えてきたようです。

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平日の朝でしたが、お客さんもボチボチと。ひまわりテレビさんも早々と取材。

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日本画は墨だけだと思ったら、洒落た作品も。

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洋画は大きさが8号(45㎝✕38㎝)以上で、大型作品が多いですが、県展で入賞者の方の作品もあり見ごたえはありました。少子化の時代、こんな風景も良いですね。

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道はいつも多く、先生方の努力の成果かとも思います。右は有名な書家の作品。

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法隆寺金堂。根気のいる仕事だと思います。
最近はデイサービス、老人ホームでも手芸、絵画なども教えています。フレームが同じで、画風も同じなので多分でしょう。

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デザインは高校生かな、と思います。工芸、彫刻。数は少ないですが、どこの市展なども同じですね。意外と面白い物があるのですが。

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回ってみて、あれ、あの人がこんなことを?と意外なこともあり、有名な人の美術展なども面白いですが、身近な美術展も面白いので是非、お出かけを。日曜日、13日までになります。



2022年2月 6日 (日)

小浜温泉「追込湯」とは?~長崎県雲仙市

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鶏卵写真、大きさが約11㎝✕6㎝。

丸印、矢印のところ、岩の間に入浴をしている数名の姿があります。クリックすると拡大します。


裏面に、「小濱」
とあり、小浜には本湯、新湯、天徳湯、明治湯(多分、豊後湯?)、常磐湯、入徳湯とありますが、「入込湯」とは聞いた事がなく、若狭にも小浜市などがあり、そちらの方かと思いネットを調べたのですが、このような風景は無く、とにかくこちらの資料を一月ほど探しました。

私が歩けば女性は避ける、犬が歩けば棒に当たる、というとおり、「国立国会図書館デジタルコレクション」に金井俊行氏の雲仙、小浜あたりを書いた「温泉案内記」があり、見事ビンゴでした→こちらをクリック


文章が長いので簡単に説明すれば、本湯内には特別湯が二室、一浴十五銭。外に、貮銭湯壹銭湯があり、以上は午前6時~午後10時に限っていたそうです(入浴時間)。


その他、「追込湯」というものがあり、昼夜の区別無く勝手に入浴できたそうです。これは単に入浴料では無く「宿泊シタル者ハ惣シテ一日二付一厘五毛ヲ拂フヘキ規則タリ是レ則チ追込湯ノ湯銭ナリ・・・・此地二來ルノ人ハ惣シテ此追込湯二浴スルノ権利ヲ有ス・・・・」


ということで、小浜に宿泊するものは全員一銭五厘を払い、これが追込湯の湯銭であったという事です。


追込湯とは多分、誰でも彼でも、このような湯に追い込むようにして入れた、という事ではないかと思います。


いい湯に入るのに、15銭、1銭、2銭。追い込み湯は1厘5毛。一桁違います。


なお、この写真は金子俊行氏の「温泉案内」により意味を持ち、「温泉案内」の「追込湯」はこの写真によりイメージとしてハッキリとしたということで、大きな意義を持ったと思います。なお、鶏卵写真は一枚物なので、貴重な写真と言えます。


なお、よく見ると混浴ですね。ワタシも一回はしてみたいと・・・よく考えると、オクサマとは若いとき、混浴しましたね(^_^;)。


2022年2月 4日 (金)

3回目「新型コロナワクチン予防接種」報告&その他の事

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いつも行くドラッグストアー、こちらも新型コロナのPCR検査ができるようなりました。
ほかでは、検査キットが足りないような報道もありましたが、こちらはどうなんでしょう。

さて、昨日、木曜日にワクチン接種を受けました。その後の経過です。


ワクチンを打ったのが3時30分頃。個別接種。この日は、3時の組が6名、3時半の組が6名。この6名というのは、ワクチンの一瓶が6名分だとか。


診察室の前にイスが6脚。15分前に行ったら、ワタシが一番最後でした。すぐに診察室から呼び込みがあったので入ったら、先生が手袋をして待っていて、注射を打ってもらいました。緊張しました。だって、数年通って、先生からのお注射は初めてだったからです。


6名の内に知った方がいたので、先生から初めて注射を打ってもらって緊張した、ということ話をしていたら、皆さん下を向いてクスクスしていましたが、思いは同じだったのかな?


注射は別段いたくもなく無事終了。前の時は、暖かったので薄着で良かったのですが、今は寒いので、厚着をしていったら腕が捲りあげにくかった。特に、肌着は半袖がベターです。


なお、集団検診の時と違い、先生からどうするか聞かれて、一応、鎮静解熱剤をいただきました。


その日の夕方、夜は軽く痛む程度。朝、夜より痛む程度。オクサマから、前回は2日目の昼から熱が出たので、と心配のお言葉をいただきましたが、ゴミ捨てに行って、あちらこちらを一時間ほど回りましたが、異常なし。


昼からは腕の痛みも消え、現在20時ですが異常なしです。
ワクチンはファイザー製を使いました。会場によってはモデルナを使うみたいです。


【その他の事】

「カムカムエブリバディ」、丈一郎さん、少し気になる場面でした。子どもたちの野球を見ているとき、ふとメモ帳を取り出し、何やら書いているところ。横に5本線を書き、グニャグニャとト音記号と思しきもの、横線のところに何やら書きました。楽譜ですね。


音楽を忘れていたかと思ったら、そうでもない様子です。このドラマ、なにげない場面が、後で大きな意味を持ってくるのでシッカリト見ないとダメですね。


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ランチパスポートが出ていました。3回利用すれば元は取れます。来週、オクサマが出かけられる日が多く、ひとりでどこへ行こうかと楽しみ(^o^)。



2022年2月 1日 (火)

チャンバラごっこ~「カムカムエブリバディ」を見ながら

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昨日の「カムカムエブリバディ」。突っ込みどころが満載でした。

木枯紋次郎の名文句「あっしゃにゃ関わりの無いことでござんす」。ラジオ体操のハンコ。あれ、ウチでは完全出席にはノートと鉛筆がもらえましたが、ドラマでも一緒でした。お菓子はもらえませんでしたが。朝ドラ「水色の時」。縁日の射的。これ、今の縁日ではあまり見かけなくなりました。そして、夏休みの宿題。


チャンバラごっこはしました。あのころは、男子と女子の遊びも別れていて、男の子はチャンバラ、ビー玉、馬乗り、釘打ち遊び等、ソフトボール
も盛んでした。三角ベースというのもありました。女の子の外遊びはゴム跳び。けんけんぱ。カクレンボは一緒にしたかな?

子どもたちには、赤胴鈴之助が一番受けていた覚えがあります。あの当時、映画館も隆盛な時代でシートには座れず、舞台によじ登って見た覚えもあります。


ということで、ふと思い出しまして、風呂敷を頭巾にして被ってみるというアホなことをしました。小学校の低、中学年の頃に下のような格好でチャンバラごっこをしました。

頭巾を被るのは半世紀ぶりだったので、できるかな?と思ったら、案外とスンナリでき、はやり、小さいとき覚えたことは大きくなってもできるのだ、と変な所に納得をしました。

ングラスは正真正銘のレイバーン製です。こんな格好してコンビニに行くと捕まるので、真似はしないでください。

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小学校の頃、山へ行ったときチャンバラごっこにちょうど良い木があったので、半分に切って下はワタシ、上は友達にあげて遊びました。

ところが、その木がハゼの木で、どういうわけか、友達は全身ハゼ巻きで学校を数日休み、ワタシは無傷で、相手の親とワタシの両親に怒られた、怒られた。


さて、今週の木曜日にオミクロンの予防接種を受けます。接種は火曜日からスタートしますが、副作用が心配なので二日ほど様子を見て、木曜日に注接種をすることにしました。接種の次の日の副作用の件もあるので、報告は金曜日ににします。乞期待。



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