NHK朝ドラ「カムカムエブリバディ」★さすがNHKさん
NHKの朝ドラ、毎日見ています。
いつも書いているように、小さいところばかり気になるので、出世はできませんでした。
ユーチューブで”カムカムエブリバディ”を見ていると、上の場面がありました。クリックすると拡大します。
左の写真の看板、右から左へ「たちばな」と書いてあります。戦前の看板は右から左に書いてあるのが普通でした。で、右はご存じのとおり終戦直後の場面です、この看板は現代の書き方で、左から右に「つがみや」です。さすがNHK、戦前戦後もちゃんと看板で表現しているとは、です。
長崎(日本中ですネ)でも戦前は同じで、左は「元祖支那うどん」。大波止電停あたりです。右は東浜町の「マツダ玩具店」。小さい頃、時々行っていました。下に昭和15年4月27日と入っています。
さて、一番上の写真「たちばな」さんのお隣さん「浮島時計店」の看板、戦前にもかかわらず。左から右へ「浮島時計店」と書いてあります。上にローマ字で「UKISHIMA TOKEI」と左から右へ書いてあるので、これに合わせたのかなと思いましたが・・・
下の写真は、長崎の中華料理「四海樓」の昔の写真ですが、看板の上の文字は右から左へ「大清國四海樓御旅館・・・」と書いてありますが、下の方はローマ字で左から右へ「CHINEESE-HOTEL-SHIKAIRO・・・」と書いてあり、これ、「浮島時計店」とは違いますね。
NHKさんも時代考証の方がしっかり調べていると思うので、どちらが正解かとは言えないと思いますが。
こちらの写真は、先日亡くなられた越中哲也さんと白石和男さん共編の「ふるさとの想い出 写真集 明治・大正・昭和 長崎」(株 国書刊行会)に載せてありますが、四海樓のホームページにも載っています→こちらをクリック。
さて、前の「元祖 支那うどん」の「支那うどん」がチャンポンなのかラーメンなのか悩んでいたのですが、四海樓さんのホームページを読んでいたら「この四海樓で生まれた『支那饂飩(うどん)』がその名も『チャンポン』と変わり・・・」ということで、「支那うどん」は「チャンポン」の事でした。
もっとも良く考えると「ラーメン」は「支那そば」ですね(^-^*)。
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