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2021年8月21日 (土)

原城=春城の名称について

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江戸時代の街道絵図に「原城」のことを「春城」と書いてあるのを見かけます。

左は「大日本道中細見・三河屋鉄五郎版」。残念ながら年代は分かりませんが、赤の四角の所「春城」と書いてあります。

右は「大日本早引細見絵図・天保13年改版 絵圖屋庄八版」(1847年)。同じく「春城」と書いてあります。

「春城」の左側に「古城」と書いてありますが、有家町にある地区の名前です。

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まったく書いてないのもあります。左は、大日本早引道中版 天保八酉11月再版(1837年)。

右は、鳥飼市兵衛版 寛保四年大増補日本道中行程(1743年)。こちらは「古城」とありますが、有家町の古城ではなく、「原城」のことです。下の方に「ソクノ コモリタル 所(「所」はくずし字にて表記)」(賊の籠もりたる所)とあります。

以前、原城の名前は「原之城」「有馬城」「志自岐原城」「春城」「日暮城」とあり、これについて調べると書きましたが、やはり詳しくは分かりませんでした。で、一応調べた分で、今回は主に”春城”に絞ります。

⚫長崎県大百科事典には「有明海に面して東南に突き出た「ハルの島」といわれた岬を利用して築かれた平山城。(長崎新聞社発行)

⚫北肥戦誌(九州治乱記)には「抑々(そもそも)肥前國髙來島志自岐原。城主有馬越前入道随意齋仙岩と申すは・・・」。北肥戦記(別名『九州治乱記』)は、佐賀藩士馬渡俊継が正徳年間(7711~1716)に編纂。(青潮社・1995年発行)

⚫新編藩翰譜には「原の城は有馬家の旧領なりき、それへ賊徒の立て籠りしなり。但し、原の字は、はると云ふべし。西国の方言なりと云う。」。藩翰譜は新井白石が慶応5年(1600)~延宝8年(1680)の諸家337家の由来・事跡を書いた本。完成が元禄15年(1702)。
(新人物往来社・昭和52年発行)。

⚫佐野彌七左衛門覚書には「・・・原の城の名古来所の者春の城と申候へとも上使御下次原の城と何れも申候故所の者も原の城と申候事」。佐
野彌七左衛門は当時の島原領主松倉氏の家臣で、物頭を勤め、禄四百石を食む・・・(島原半島史・林銑吉著より)。

なお、本によっては、一揆以前は城の名前は無かったと書いてあるのもあります。また「勝茂公(佐賀藩主)御年譜」によれば「有馬ノ古城原ノ城へ・・・」ともあります。長崎県事典では「ハル」」と書いてありますが、出典は不明。北肥戦記には「肥前國高來島志自岐原。城主・・・」とあるので、「志自岐原城」と考えられ無いこともない。

さて、島原半島に住んでいる方はお分かりですが、当地方では「原(はら)」のことを「はる」と発音するところもあります。「原」が一番最後につく時は「ばる」とも発音します「弘法原(こうぼうばる)」。「原」一字の小字がありますが、これは「はる」。千々石に「古賀原(こがばる)」がありますが、通称「原(はる)」。全部が「はる」ではなく、「はら」と読むのもあります、同じ小字でも「赤原(あかばる)」「塚原(つかはら)」。

ですから、藩翰譜には「西国の方言なり」とはありますが、一概に言えないのではないかと・・・PCで「はる」と打ち込んでも「原」ともでます。

神田千里氏の「島原の乱」には、「原城はもともと『はるのしろ』と呼ばれていたものが、島原の乱のために幕府の鎮圧軍がやってきた後、『はらのしろ』と呼ぶようになったと伝えてられる(『佐野弥七左衛門覚書』)」とあります。上に引用した内容と大体同じです。

佐野彌七左衛門は島原天草一揆に実際に参加をしているので、これが一番正確なのではないかと思います。


地図を見て、面白い事に原城の本城の「日野江城」がありません。


地図は乱後100年のものです。また、島原から遠く離れた江戸に「”春”城」ということで伝わっていたという事は、興味深いと思います。軍記物に「春城」の名称があり、それを写したものかと思い2~3冊見たのですが、ありませんでした。

下の絵、左は天草四郎の絵。書いたのは”月岡芳年、天保10年(1839)~明治25年(1892)。右は”豊原国周”、天保6年(1835)~明治37年(1900)。右上に”天草四郎時貞・尾上菊五郎”、左上に”千々輪五郎左エ門・市川團十郎”。乱後200年以上の絵になります。絵自体は、何となく奇異な感じですが、地図と同じく江戸という土地に武将、忠臣蔵かと思われる姿で描かれているのも面白いと思います。この絵は、国会図書館デジタルコレクションに所蔵されています。

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いつものごとく、まとまらない話になりましたが、他にも、原城の名前について書いてある本もあるので、又改めて分かりやすく書いてみたいと思います。


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