たまたま見た雑誌ですが、「笑って許して誤植ザ・ワールド」という字が目に入り、買ってしましました。と言うのも、私が若い時、4年ばかり印刷会社に勤めていたからなのですが。
印刷会社といっても、銀座の中心から歩いて5分くらいの所にあり、夜な夜な銀座のクラブに通い、「銀座の夜の貴公子」と呼ばれたことはありませんが、部長の接待のお供でいったことがあります。課長の接待は中華飯店かお寿司屋さん。やはり、銀座の女性はあか抜けて、会話がお上手でした。
さて、作家が原稿を書いて本になるまでの過程ですが、作家の原稿→出版社→印刷会社→出版社→作家→出版社→印刷会社・・・、という繰り返しの工程です。作家、出版社、印刷会社を2,3回循環します。この間、出版社による校正、作家による校正、修正等が入ります。
作家の原稿は下の写真です。詳しいことは後ほど。
出版社は受け取った原稿の本の大きさ(B5とかA4)、活字の大きさ、段落、又、「。」「、」「っ(小文字)」等の指示、作家の誤字、脱字をチェックし、印刷会社へ渡します。
印刷会社は出版社の指示の通り活字を組みます。印刷会社には、「文選」と「植字」という工程があり・・・。
と書いてきて、これ、長くなって、書く方も大変なら、読む方も大変だな、ということで以下略します。あと、デザイナーさん、製本屋さんなどがあり、本一冊出すのに、見えないところで色々な方との関りがあります。
現在はPCがあり、便利。昔、本は「文化」の一つの象徴であり、「本を跨いで歩くな」と言われたものですが・・・近頃、昔はとか、最近の若い者は、と口に出る事が多くなりました、悲しい( 。-_-。)。
下の左の原稿は長崎に深く関わりのある作家の原稿。灰色で隠してある部分に、住所、名前、電話番号。作家さんは、ほとんど各自作った原稿用紙を持っています。仔細あって名前は隠しています。亡くなられましたが・・・
右は淀川長治さんの原稿。JALのPR誌の原稿。どちらとも、出版社のチェックを終わり、印刷会社へ渡す原稿。多分。
左の原稿、鉛筆書きですが、赤の矢印の所、線が引いて訂正が鉛筆書きなので、作家さんが訂正しています。一番右の青丸の所、赤字なので出版社の指示で一字下げる。三つ目の「っ」の所に赤丸印が付いていて、「っ」「ゃ」などの小文字は注意するように。普通は「<」の印になるのですが。
あと、二つの青丸印。作家さんが「間ちがい」と書いているのを「間違い」に訂正。次が、作家さんが「正しい訳が」を自分で「正しいだけ訳」に訂正したのを、校正で「正しいだけの訳」に訂正。他に「大部分は妥当い」を自分で「大部分は正い」に訂正したのを、校正で「大部分は正しい」に訂正。少しそそっかしい作家さんみたいです。
淀川長治さん。赤の矢印「(淀長は止めて下さい)」。多分、前のPR誌で間違って「淀長」と印刷されたのかな、とは思います。
淀川さんは、人格円満で「私はいまだかって嫌いな人に逢ったことがない」という言葉があります。普通、名前を間違えると、怒る人が多いのですが、「淀長は止めて下さい」とは淀川さんの性格が分かる言葉です。
会社の広報誌など、社員の広報課の方が担当する事が多いのですが、校正などについては余り詳しくないらしく、最初の一字下げの指示がありません。また、校正のプロは名前は絶対に間違えません。ですが「ゃ」「っ」などの小文字にチェックを入れているところは、多少勉強したかなという感じ。
さて「本の雑誌」に書かれている「誤植」。
「学習のプロセス」→「学習のプロレス」。「枇杷のうづたかし」→「琵琶のうづたかし」。「おわびと訂正」→「あわびと訂正」。「以外」と「意外」、これって、以外と間違いますね。「週刊〇〇」→「週間〇〇」。「検屍裁判」→「検屁裁判」。「おちこんでいる」→「おちんこでる」。「涼宮ハルヒの直感」で「もちろん」→「もろちん」。
私のブログは誤字脱字が多く、以前はよく指摘を受けました。が、現在はまったく指摘はありません。あまりに間違いが多く、皆さん、諦めたものだと思います。なお、今日はわざと間違っている所があります。
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