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2021年5月

2021年5月29日 (土)

「篭立場」?「駕立場」?「籠立場」?雲仙市

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上の絵葉書は、多分、明治の終りの頃のものだと思われます。雲仙市小浜町からお山雲仙の途中の「かご立場(たてば)」です。

説明に、左は「温泉(うんぜん)山中膓籠立場」。右は「駕立塲之全景」。実はこの場所が多少問題になっておりまして・・・


下が、現在一般に「かご立場」と紹介されている場所。端の方に、雲仙までこれに乗っていった、というレプリカが置いてあります。これは「駕立場」の表示があり、下の説明版に「小浜ライオンズクラブ20周年記念事業」とあります。


実は、この場所が上の絵葉書の場所なのかの問題があり、調べて大体わかったのですが、この件はまた詳しく書きます。


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上の場所のすぐ近く、バス停と道路舗装の完成記念の碑と「かご立場」の看板があります。

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左が島原バスの停留所「篭立場」。右は多分その筋の方が作ったと思われる「駕立場」の看板。

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「籠立場」「駕立場」「篭立場」と三種類の言い方がありましたが、どれが正解でしょう。

「立場(たてば)」は、街道の途中、特に坂道など難所の所で、ひと休憩する所。ですから「籠」「駕」「篭」と違いを調べればいいという事になります。


辞書とか、ネットで調べてザックリ書くと、

「籠」は、竹や藤や針金など線状の物で編んだり組んだりした器物。
「駕」は、これ一字で「かご」の読みは無く、音読みで「ガ」、呉音、漢音で「カ」。意味は、馬の首にくびきを装着する、馬を車につなぐ、またがる、のる、馬車、車に乗る、というのもあるので、何となく近いようですが、一字で「かご」はありません。
「篭」は、土を入れて運ぶもっこ。物を入れる竹製の器等々。

それでは、何が正解なのサ・・・というと、辞書には「駕籠」、「乗物の一種」。ウイキペディアにも「駕籠」とあるので、これが正解だと思われます。


いつも、お世話になっている「近世風俗志(守貞謾稿)」(江戸時代の風俗史の基本文献)にも「駕籠」として「かごと訓ず。今川貞世が鹿苑義満の厳島での記に・・・」というのもありました。


で、結局、今の「かご立場」の標記は全部間違いということになります。多分ですね。


あちらこちらに看板が立っていて、どの場所が正解かというと、地区の方に聞いたところ、ここ一帯を「かご立場」ということで、どこに立ててもウソではないと言えますネ。


ということで、一番上写真は「かご立場の茶屋」というのが正解だと思うのですが、これについては、又、後日。

今日は、急いで書いたので間違いがあると思いますが、その時はm(_ _)m、ごめんネ。



2021年5月25日 (火)

「ゆうえんち」(夢枕獏著)~”須久根流 無寸雷神”に挑戦

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先日、夢枕獏さんの「白鯨」について書きましたが、その折り「ゆうえんち」についても少し触れました。

その中に、須久根流の「無寸雷神」というワザが書いてあって、ナンか、私にも、できるかな?と。もともと、理科少年なので、なんでも試してみる癖はあるのですが・・・


技としては、相手の頭部を両手に挟む。左右ほぼ同時に力を込めて打つ。ただし、完全では無く、わずかな差を作る。最初の打撃で頭は片方へ向く、次の打撃で頭は反対へ動く。当然、脳も左右へ揺れダメージを受ける。


という技ですが、夢枕獏さん次の通り書いています。



 たとえば、鉄の鍋に水を張り、豆腐を入れる。この鍋を両手に挟み、この技を使えば、達人であれば、三度目か、四度目で、豆腐の角がぽろりと崩れる。

 常人でも、金槌をふたつ使って、何度も鍋の縁を叩いていると、同じことができる。
 水の中に生ずる波動が互いに干渉し合って、そこの物体を破壊するのである。


なんとなく、出来そうじゃありませんか。ということで、豆腐を準備。硬い豆腐より、柔らかい豆腐の方が良いかと。


最初、ゲンコツで叩いてみましたが、白魚のような指では全然ダメ。


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ということで、金槌を二本用意して、獏さんの書いているとおり、左右わずかな差をもって叩きました。強く叩いたり、強弱をつけたり、小刻みに叩いたり、イロイロな叩き方を試すこと小半時。すると・・・

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なにも起こらず、左が使用前、右が使用後。まったく、なにも起こりませんでした。

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按ずるに、鍋が薄く、力一杯叩くと凹になり、オクサマに見つかると「アホ」と怒られるので、多少力を抜いたのが原因かと。

ターシャ・テューダーさん(以前、紹介をしました)曰く、「私は、いろいろなことをするのが好きです」。この言葉を胸に秘め、再度挑戦をします。


2021年5月22日 (土)

ん?心霊写真?~雲仙・普賢岳鳩穴

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「チコちゃんに叱られる」。いつも見て勉強をしております。五歳児とは思えない、チコちゃんの博学には感心をしております。

今回、”なんでこの世には 人の顔が次々と現れる"という問題がありました。
説明によれば「パレイドリア」現象というのだそうです。詳しくは、自学自習で。

前にも書いたとおり、現在、雲仙市の絵葉書を集めています。雲仙の絵葉書はウンザリするほどあるのですが、チコちゃんを見ていると、一枚の絵葉書を思い出し、この中に少し気になるな部分がありました。


上の写真は雲仙岳の「鳩穴」。説明には、「長崎縣雲仙公園 普賢岳昔日噴火鳩ノ穴 海抜四千八百尺(古湯油屋商店發行)」。


雲仙岳は江戸時代、平成時代と大きな噴火、火砕流を起こしました。平成の時、鳩穴は埋まってしまったという事です。現在、登山禁止の所で解除になったところもあり、心臓病と巻き爪がなければ、登って確かめたいところなのですが・・・・


さて、今は埋まってしまった鳩穴ですが、感のいい方は分かりますね。


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写真の上の方、赤の矢印。顔が見えるでしょう。写真を左に回転して拡大すると。良く分かりますね。女性の顔です。

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上の写真では、鳩穴の姿が若干分かりにくいので、別の写真を貼っておきます。人が穴の中で働いていて、穴の大きさが分かると思います。

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              (雲仙お山の情報館提供)

さて、上の女性の顔が”パレイドリア現象”によるものか、本当の心霊写真であるのかは分かりませんが、アナタ、今晩、眠れますか?


2021年5月19日 (水)

新型コロナワクチン接種について~右にする左にする?

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前日、新型コロナワクチン接種の時、痛くなかったと書きました。

事実、その時は痛くなかったのですが、寝て、午前1時頃、痛さのために目が覚めました。腕の鈍痛でした。そのまま、しばらく寝られませんでしたが、いつの間にか寝てしまい、6時頃目が覚めたら、痛みは治っていました。ただ、接種をしたところは触れればまだ痛みがあります。


さて、接種の場所、右腕にするか、左腕にするかで思い出し事があるので。


利き腕でない方に接種をするのが普通だと思います。ある人が利き腕が右だったために、左腕に接種をしたそうです。ところが、この方、左を向いて寝る癖があったそうで、当然、接種をした左腕が下に来て、圧迫され、ひどく痛んだそうです。


皆さんも、なかな気づかないことだと思いますが、右腕にするか、左腕にするか、ご注意を。



2021年5月18日 (火)

新型コロナワクチン接種について~痛いor痛くない・・・

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新型コロナワクチンの接種に今日行ってきました。雲仙市では今日がコロナワクチン接種の第一日目です。

要領よく、第一日目の予約を取りました。まわりの人の話を聞いていると、ほとんど子どもさんから予約をしてもらったようでした。


会場まで、車で20分程度。接種時間が13時15分~13時30分。会場に着いたのが13時。並んでいる方が多いのかと思ったら、意外と少なく20名弱。


私の後の13時30分の方が先に並んでいたりしている状況もありましたが、ここ、係の方の指示が欲しかったな、という事もありました。が、まあ、一日目としては、というところでした。


玄関の所で受け付け、次に予約券、問診票のチェックなどをして、接種会場へ。イスに案内され、しばし待つ必要があるだろうと、スマホで遊ぼうとしたら即注射打ち。パネルが立ててあり、あれ、これ迷路遊びじゃない、という感じで到着。


打つところは、パネルに囲まれ個室状態。お医者さんらしい人が一人、看護師さんらしい方が二人(まったく知らない人だから)。お医者さんらしい人が偉そうに、問診票を見て、血液さらさらの薬を飲んでますね、と。で、この人が接種をすると思ったら、看護師さんらしき人が接種をしました。

じつは、この接種、ニュースなどを見ていると、痛かったとか、なんとも無かったとかイロイロあり、私、臆病で特に注射が嫌いなんです。注射するとき、体を横に向け「体を真っ直ぐに」と何回言われたことか。特に、筋肉注射をみていると、直角にズブリとやっているから、昨日は心配で眠れませんでした。

看護師さんらしい方が注射をするのに不安があったのですが、考えると、病院でも注射をするのは看護師さんですね。私の腕の中でカクレンボをしている細い血管から採血をするのは、お医者さんでは無理。と言うことを考えると、看護師さんが接種をするほうが安心かと。


下着はかなりまくります。インフルエンザのワクチンをする場所より、かなり上です。コロナの筋肉注射は数㎝打つ必要があるとかで、確かに腕の上の方が筋肉、分厚いですね。できれば、タンクトップなど着ていくと便利です。「あら、このおじいちゃんのタンクトップ素敵」などと。


「チクッとしますよ」といわれても、なんともないんですね、オヤッと思っていたら「終わりました」。蚊にが止まったほどにも感じませんでした。「あんた、ほんとに打ったの?」と言おうと思ったのですが・・・。TVで、痛かったと、いう方がいましたが、痛いという先入観で緊張しているか、注射を打つ方がよほどヘタなのか、どちらかだと思います。ただ、二回目がヒドイという話しも聞いているので、又、心配ですが。


あとは、終わりの確認の手続きと、次回の接種のチェック。雲仙市では、接種後の三週間目の同じ曜日、同じ時間に予約が自動的に入るようになっています。ですから、二回目の接種の予約は自分でしなくてもOK。


ということで、後は15分程度不調が出ないか待機。解放されたのが13時30分でした。帰りがけ見ると、待っている方が増えていました。上の写真です。といっても、都会ほどではないですね。住むなら、田舎。


いま、ネットを見ると二つほどニュースが。


田村正和さんが亡くなりました。「古畑任三郎」はずっと見ていました。再放送をしてもらいナ。「相棒」とどちらが面白いのか比べたくなります。


もう一つ。これ、本当に大変ですヨ。

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れが本当なら、若い方にも早く接種を。でないと、又々、少子化に拍車がかかります。日本人、絶滅です。




2021年5月17日 (月)

新型コロナワクチン接種予約騒動

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とは言っても、雲仙市の集団接種予約はあまり混乱は無かったようです。


ただ、当初はインターネットと電話受付だけでしたが、インターネットは出来ない、電話は繋がらないということで、役所、支所へ行った方が多かったようで、昼過ぎの防災無線放送で急遽「支所でも受け付けます」の放送が流れていました。オクサマが用事で支所に寄ったとき、かなりの方が来ているとのことでした。

集団接種の会場が2ヵ所、吾妻町の本所、南串山町の保健センター。

吾妻町会場は日時が最初の方から埋まっていましたが、後ろの所は昼過ぎまで空いているようでした。南串山会場はかなり空いている感じでした。

今日は個別会場の受付。いろいろ話しを聞いたところ、いつも診てもらっている病院が良いという方が多い感じでした。ところが、接種する病院が町内では3ヵ所しか無く、もちろん、個人病院ですから接種の人数も少なく、と思っていたら案の定で、私の知り合い数人に聞いたところ、取れなかったと言うことでした。放送では後日また受付はすると言うことでしたが・・・


今日は最初から各支所でも受付をするということで連絡があっていましたが・・・


実は、2,3日前、オクサマの友人から支所に申し込みに行ってくるとの話があり「ウソよ支所って、どこで聞いた?」「老人クラブの人から、老人クラブでそう言っているって」ということで、おかしいなと。私も老人クラブに入っていて、老人クラブからは何の連絡も無く、また、市のホームページにも、申し込みはインターネットか電話でとなっているので、私、関係ないのですが、心配性で、ヒョッとしたら、集団接種の時「支所でも・・・」と言ったのを、個別接種の時もと誤解をしているのではと思い、市のコールセンターに電話をしました。


案の定、コールセンターでは「インターネットか電話で、と案内をするようにと」指示されているという事で、ヒョッとしたら当日支所などに申し込みをする人が来るかもよ?混乱するよ、と一応言ったら、その日の夕方前の放送で、「支所でも受付をします」との放送がありました。私が指摘をしてなかったら、今日は混乱が起こっていたかな?


皆様も、なにごとによらず、思い込みなどされないように、また、情報の確認はしっかりと。


2021年5月14日 (金)

2021年5月14日「火張山花公園(島原市)」「仁田峠(雲仙市)」「大村公園(大村市)」~3ヵ所巡り

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(写真はクリックするとハッキリ見られます)

明日から雨と言うことで、島原の火張山花公園、雲仙の仁田峠に行ってみました。また、昨日は、大村公園を見てきたので状況報告など。


「火張山花公園」。以前は「しまばら芝桜公園」でしたが、土地と合わなかったのか、あまり良く育ちませでした。その後、隣の広場にコスモス等を植え評判になりました。で、こちらの方の広場にはポピーを植え、これは見事に咲いていました。


入り口の所、高さ20mの恐竜ではなく、50㎝ほどの置物。立派な看板で、詩が高城二三男氏、書が龍一郎氏。龍一郎氏は多分あの方の息子さんかと。


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一番上の写真、雲に霞んでいるのが火砕流の平成新山。下の写真の山は寛政4年に崩れ落ち、津波が熊本県まで押し寄せ「島原大変・肥後迷惑」と言われる大惨事の原因を起こした「眉山」。花畑のお二人さん、楽しそうに写真を撮っていました。

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ちゃんとカートも準備してあります。おみ足の悪い方はご利用を。多分有料だと思います。料金所の後ろの方ですね。秋にコスモスが咲き乱れます。

帰りがけ、受付で話しをしたら、満開の時が3,4日前だったとか。ここ、2日ほど雨が降ったので花が倒れたそうです。公園の方は今月23日~24日までだそうです。入ることはできると思いますが・・・花は、ですね・・・


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雲仙仁田峠のツツジ。残念ながら一面の霧でした。天気が良かったらロープウェイに乗って、上からの写真を撮ろうと思ったのですが。

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霧の中、一人旅の女性って魅力ありますね。前から見たら、かなりの、お歳でしたが・・・ロープウェイ近くの風景。

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つぼみもありますが、花はかなり散っていました。右の看板ですね。長崎県は観光地なのですが、悲しくなります。文章もぶっきらぼうですね。

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大村公園です。

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昨日は大村の病院に行きました。検査だけですが、この一週間で三つの病院を回り、そのたび血を抜かれました。私の血管が細く、腕の中でカクレンボしているので採血しにくく、と云う事もありますが、看護師さん、検査技師さんにも採血の上手下手があり、打ち直しをしたところもあります。この病院の方は上手でした。見事一発で決めました。

大村公園の花菖蒲はまだでした。


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とは言っても、ボチボチなところもあり。一番に開き始めているのが、最初の写真の所。インスタ映えするのは、この場所ですね。花菖蒲の手入れの最中でした。

なお、ここには江戸系、肥後系、伊勢系がありますが、それぞれの楽しみ方があり、これは以前紹介をしているので→こちらをクリック

やはり、花菖蒲は6
月になってからですね(^^;)。

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ここの場所の石垣、好きなんですが、なんで、こんな所にトイレ作るんですか?観光地としてはセンスがないですね。


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ということで、3ヵ所ばかり回りましたが、残念ながら、ここ2,3日は雨が続きそうです。仁田峠、火張山花公園も盛りが過ぎたようです。また、来年を待ちましょう。大村公園はもう少しの辛抱です。


2021年5月11日 (火)

「新・餓狼伝/巻ノ五」「ゆうえんち」「白鯨」☆夢枕獏著 「クラッパー刃牙」☆板垣恵介著

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発行が昨年の10月。半年ばかり見落としていました。

内容はともかく、後書きで「いよいよ『餓狼伝』は、前巻あたりから、最終トーナメントに向けての準備を始めている。」とのお言葉ですが、あくまで準備であって、最終ゴールまで、あと何年かかるのか????。


で、後書きに「ゆうえんち」なる本のことと、「グラッパー刃牙」なる板垣恵介氏が書いたマンガ本の事が書いてあり、まず、後者を読んで見ようかと思って本を買ってきたら、間違って「範馬刃牙」を買ってきてしまいました。トシですね。「グラッパー刃牙」を調べたら、なんと全42巻の本でした。


本を買って、置いとくとオクサマから「バカ、邪魔」と言われるので、Kindleで読みました。ほとんど格闘技の世界で、途中で胸焼けがしましたが、根性で全巻読破。


夢枕獏さん、自作について、「ひとつの試合だけで原稿用紙(四〇〇字詰)100枚を平気で書き、その中で、ただただ男たちが闘い続ける。それ以外のことは、ない。/こんなこと、世界で誰もやっていないだろう。ヘンタイ野郎である。」と書いていますが、板垣恵介さんも同類の”ヘンタイ野郎”ですね。

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「ゆうえんち」でね。これは、面白かった。餓狼伝、キマイラの文章がスカスカになってきている現在、文章がギッチリ詰まっているという感じでした。原作/板垣恵介、小説/夢枕獏、挿絵/藤田勇利亜。

サーカスで育った葛城無文、ふとしたことから、松本太山に格闘技を習うが、ある日「ゆうえんち」に行ってくると言い残し、帰って来たときは重傷で死んでしまう。はたして、「ゆうえんち」とはなにか?松本太山を死に至らせたのは誰か?、という内容です。もちろん、格闘の場面満載。

後書きで、板垣恵介氏の絵のどこが優れている解説をしていますが、はやり夢枕獏さん、素晴らしい眼力です。


後書きのなかで気になることが書いてあって、「本書が店頭に並ぶ頃には、もう発売されていると思うのだが、四月に発売される『白鯨』が最高だよと、ここできちんと自画自賛しておきたい。」と書いてあるので・・・


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こちらの本屋さんには並ばないので、Amazonさんから取り寄せました。

「白鯨」はもちろん、あの「白鯨」です。主人公は中浜万次郎、ジョン万次郎。船が難破して、助けられたのが捕鯨船「ピークオッド号」、船長はもちろん「エイハブ」、船員はクイークエッグ、インシュメール、スタッグ、スターバック(あのスターバックスは、このスターバックからとっています)等々。もちろん白鯨も出てきます「モービィー・ディックス」。


夢枕獏氏には「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」という作品があり、空海、楊貴妃、白楽天等々が登場するロマン伝記小説ですが、これを読んでいるいる方は、まあ、驚きませんね。


詳しく書くと、読まれる方が面白くないと思うので控えますが、最後の勝海舟宛の徳富蘇峰の手紙。ヒョッとしたらこの本、本当の物語では?と思わせる所。ここで、私は悩みました。これ、マジ本当の話では。


例によって後書きの所「これは、どうしたって映画化するんじゃないの」。
映画にしたら、多分ではなく、絶対に「アカデミー賞」です。

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2021年5月 8日 (土)

「千々石海岸」「小浜海岸」の昔の姿~古絵葉書より

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(各写真はクリックすると拡大します)

最近は古絵はがきに凝っていて、また、2枚ばかり絵葉書を入手しました。右側は以前紹介したかと思いますが、千々石にあった、外人向けの旅館「千々石ホテル」が作った絵葉書です。

左側が新らしく手に入れた写真。「硫黄くさき雲の去来や湯町やど」と俳句などが書いてあります。


絵葉書の向こうの海岸に崖が見えますが、「千々石断層」。この、海岸線の所を汽車が走っていました。現在は道路が通っていますが、近年でも、台風などが来ると石が転げ落ちてきて、通行不可。多分、鉄道も通れなかったことがあったかと思われますが、この鉄道については記録がほとんどありません。


下の写真が現在の千々石海岸。まったく、違った姿になっています。


さて、絵葉書の裏に文が書いてあって、多少面白いので・・・


「北高来郡 諌早村」。おや?諌早は「北高来郡」だっけ、と思って調べたら→こちらをクリック。で、間違いありませんね。番地の書き方が「北高来郡 諌早村」って、これで届く時代があったんですね。

赤線の部分、「温泉は雨計で」とありますが、「温泉は雨ばかりで」と読みます。「伊勢屋尓投宿」の「尓」は「に」。「伊勢屋に投宿」です。古文書には良く出てくる表現です。

消印の日付を見ると最初の数字が「7」ですが、大正か昭和は不明です。郵便切手が趣味の方は、切手と消印を見ると分かると思うのですが。


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下の左が今回入手した小浜海岸の絵葉書。右は以前手に入れたもの。

青の矢印左側が茂木からの客船。比べれば左の船が古いことは一目瞭然。昔、小浜には船を横付けする桟橋がないので、船を沖に停め、お客さんを小舟で運んでいました。右の青の矢印。


一番下の左の絵葉書、以前紹介をした「一角楼」(現浜観ホテル)。赤の丸が排水溝だと思われます。三つの写真を比べれば排水溝の位置、形は同じです。ということから、上の2点の写真、赤の矢印が「一角楼」だと思われます。


左の写真の消印が「2」となっており、海岸線がきれいに整備されているのを見ると昭和初期かと思われます。


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右が「一角楼」。現在の商店街通りになります。

写真、絵葉書で一番難しいのが年代の推定。絵葉書は使用済みなら大体分かるのですが・・・現在、千々石の絵葉書の整理をしていますが、小浜はその後整理をしていきたいと思います。整理が出来たら紹介をいたします。


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2021年5月 4日 (火)

2021「鯉のぼり」~雲仙市千々石町上塩浜・諫早市ドコモショップ&雲仙市コロナワクチン接種予約

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千々石の上塩浜。一昨年までは、鯉のぼりがたくさん風にそよいでいたのですが、昨年はコロナの影響で中止。少し寂しいこどもの日でした。

先日、見に行ったら、ちっこい鯉のぼりが泳いでいました。昨日見に行くと、大きな鯉のぼりも泳いでいました。満潮の時はここあたりまで潮がきて、川面に写る鯉のぼりもきれいなのですが。
でも、小さな鯉のぼりと大きな鯉のぼりの取り合わせも面白いですね。

コロナが収まって、以前のように大がかりな鯉のぼりも見たいものだと思っています。上塩浜の皆さんも大変でしょうが、来年こそは、ですね。


ネットで長崎新聞の記事を見ていたら、諫早のDoCoMoショップに鯉のぼりが吊るされているとかで、行ってみました。クレーン車で吊っていました。クレーン車の大きいこと。男の子は大きな車が好きなので、鯉のぼりより、クレー車に興味を持つかな?


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45メートルの高さに、鯉が約30匹ばかり。思いついたのは、地元の石橋工業さんだそうです。来年は、小児病棟の前に揚げられないかとの事だそうです。でも、迫力あるな~(^.^)/~~~。

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雲仙市では、6日からコロナワクチンの申し込み受付が始まります。

以前、PCでは申し込みができないと書きましたが、確認のため役所に問い合わせてると、調整中だとかいう事でしたが、PCで確認すると、できるようになっていました。


雲仙市のホームページの上の方に、「新型コロナワクチンについて」と書いてあるので、クリックすると接種についてのページになり「インターネットの予約はこちらから」と書いてあるところがあるので、そこをクリックして申し込みを。この部分、同じページに数か所あるので、どこかをクリック。

ただ、この「インターネットの予約はこちらから」のところ、高齢者の方ばかりだから、目立つように大きくしてほしかったな。地味だからよく見てください。できれば、若い方、教えてあげてください。


私の場合はPC、スマホ、iPadと3台準備をしました。




2021年5月 1日 (土)

ん?「三會町」?~三會町「宗門改繪踏帳」

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上は島原市の「三会町」の「宗門御改繪踏帳」。これ、島原の「三会町」かな?と調べると、寺の名前が書いてあるページがあり、安養寺、善法寺、専念寺、妙光寺、正覚寺。他にもお寺の名前がありましたが、全部島原半島のお寺で、この「三会町」というのが、島原市の三会ということで間違いないという事が分かります。

「宗門改」は全国的におこなわれていますが、特に島原半島は、島原・天草一揆が起こった所でキリシタンにはピリピリしています。普通は「宗門御改帳」ですが島原半島では「宗門改絵踏帳」「宗門改影踏(かげふみ・えいふみ)帳」。

「踏絵」については、安高啓明氏「踏絵を踏んだキリシタン」(吉川弘文館)が参考になるかと。


下は信州小糠郡芝生田村(多分?)宗旨御改帳」。昔は、各戸どこかの寺に属していました。檀家制度、寺請制度。詳しくは→こちらをクリック。特に「禁教令と寺請制度」の所を読んで下さい。


「宗門改帳」の内容は右のようになっています。禅宗城光院がお寺。久八さん一家の事が書いてあり、久八さんは45歳、女房の名前は無く36歳、娘さんが多がさん14歳・・・ということで書いてあります。


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さて、実は一番上の表紙を見ていると、アレ?三会の江戸時代の名前は「三會町」ではなく「三會村」ではないかと。三会について書いた本があるので調べて見ても「三会町」の記載はありませんでした。

余談ですが、大正7年、文部省だったかが各小学校に郷土誌を作らせています。左はその復刻版。意外と面白い歴史が書いてあるところがあり、長崎県の方で自分の所の郷土誌が読みたい方は、長崎歴史博物館1階のリファレンスルームに置いてあります。一応、ホームページの「資料検索」で「大正7年 郷土誌」で検索をして係員の方にお尋ねを。


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で、「三會町」ってなんなのさ、と思っていたのですが、先日より調べ物で「上井覺兼日記」を読んでいると次のような記述がありました。


ちなみに、上井覺兼は島津家の家臣。龍造寺隆信が島原に攻め入ったとき、有馬晴信が島津家に助けを求め、その折り島原での沖田畷の戦いに加わっています。戦いに勝ち島原のあちらこちらを巡察しています。(上井覺兼については→こちらをクリック ついでにこちらもクリック)


天正12年3月24日の部分、ただ一ヵ所ですが「・・・昨日三重(ルビ『會』とあり)之町・・・」とあります。後ろの部分には「三江」、単に「三會」の記載です。


なお「三會村物語」には「美江」「三戸(へ)」「三重」「三江」とも言われているようですが「昔は発音のまま当て字として書いたものが多い・・・」と言うことだそうです。城(島原城)の「見える村」、「見え村」という解釈して無意味ではあるまい、とか。


さて、上井覺兼日記の「三重(會)之町」、「之」が無ければ単純に「三重(會)町」で良いのですが、「之」が入るとどうなんでしょう。他の町は「神代・伊福・森山」と「町村」名は省略してあります。ということは単に「三重(三會)
」というのが正しいとは思うのですが、それでは宗門改影踏帳の「三會『町』」はナンなのさ?と悩みますね。もう少しお時間を・・・m(_ _)m。

「宗門改絵踏帳」の表紙に、印がベタベタ押してありますが、お寺の印と比較するとほとんど一致しています。多分、内容の確認をしたものだと推測するのですが。また、2ページばかり裏に書いた物があり、反故紙を利用しています。この「宗門改帳」は、「写」だったと思われます。


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