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2021年2月

2021年2月27日 (土)

「いたしません」~マイナンバーカード交付申請

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噂の「マイナンバーカード交付申請のご案内」がきました。

裏側、赤の四角の所、凸の点があります。先だって紹介した「点字」です。視覚障害の方は、これを指でなぞって読んでいきます。皆さんも目をつむって指でなぞってみてください・・・


さて、この「マイナンバーカード交付申請」。ドクターX”大門未知子”では無けれども、『いたしません』。理由は以下の通りです。



1)情報漏れ、情報処理が杜撰


先日国会の予算委員会を見ていました。


日本年金機構が扱っていたマイナンバーなどの個人情報が、中国に流出した可能性を指摘した質問がありました。原因として、日本年金機構から委託を受けた情報処理会社が、その業務を中国の業者に再委託したことが判明し、問題になったそうです。


当時(2018年)の日本年金機構の特別監査では、再委託したのは500万人分の氏名入力だったという事でしたが、国会の質問では、マイナンバーを含む個人情報が中国のインターネットに流出していたということで、日本年金機構の理事長は、流出している情報は「基本的に正しい」と認めていましたが、マイナンバーの部分は「正しいものと確認させてもらうことは差し控えたい」ということで、日本語なのかな?何が何やでした。

早々とマイナンバーを取得したアナタの情報は、中国のネットに流出しているかも、です。

その他、厚生労働省の役にも立たなかった「COCOA」(私のスマホにも入れています。騙されて・・・)。10万円の給付金の手続きは、PCより役場に行った方が早かったとか、コロナの集計もPC処理ができなくて、FAXでしたとか、とにかく、情報の処理に関しては、今のお国のやることは、ド素人です。不安感ばかりです。

2)紐付けはどこまでやるのか?


今回の案内では、マイナンバーカードが「健康保険証」として使えるそうです。将来は「運転免許証」も使えるそうにするとか。多分「銀行の情報」もこれに含まれるという話もあります。これを紐付けすると、個人の情報はすべて筒抜けになります。だれだって、自分の「預金情報」は知られたくないですよね。


3)損失が出た場合の補償は誰がするのか


マイナンバーについては、セキュリティーには万全を期すると思いますが、完全なものは無く、各国の政府機関、企業等がハッキングにあっています。


もし、セキュリティーに穴があり、マイナンバーがハッキングされたり、また、1)で書いたように、情報の外注、職員による情報の持ち出し(2017年、日本年金機構職員による個人情報の持ち出し)等によって、個人情報が漏れ、これによって被害があった場合の損害の補償は誰がするのでしょう。


国としては、ハッキングした方が悪い、よって、ハッキングした人間と裁判をするように。との事でしょう。一般に泥棒に入られても、刑事事件にはなるが、損害賠償は民事訴訟になるようです。よって、取られたお金は戻って来ません。ウチも、泥棒に入られました。犯人は捕まりましたが、お金は戻ってきませんでした。


さて、マイナンバーを申請すると「マイナポイント 5,000円」を貰えるそうです。餌ですね。


「マイナポイントアプリ対応スマートフォン一覧」を見ると、AppleではiPhone11までしか対応してないんですネ。私のはiPhone12なんです。これみても、いかに遅れているか、というより怠慢さ、世の中の事を知らないかが分かります。


この、マイナンバーの責任所管はどこか読んでいたら、最後に「総務省・地方公共団体情報システム機構(J-LSI)」となっていました。あの、「接待」の総務省ですよ。

「地方公共団体情報システム機構(J-LSI)」は「都道府県・市区町村が共同して運営する組織です。」だそうですが、市区町村の役所が忙しくなってくると思います。ワクチンは6月末までに配布、とは言っていますが、「ワクチンを接種する」とは言っていないのでいつ接種するかも未定。住民、役所関係は混乱するでしょう。

いずれは、マイナンバーは法律で義務づけられるかもしれませんが、現在は、以上のような事で、「マイナンバーカードの申請は『いたしません』」。ウチのオクサマに「マイナンバーする」といったら「アホ」と言われました。「いたしません!」と言って欲しかったナ。

5,000円で釣られるか!武士は食わねど高楊枝
・・・と思います。



2021年2月24日 (水)

島原「具雑煮」起源への多少の疑問

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具雑煮。ですね。島原の郷土料理で農林水産省選定の郷土料理百選にも選ばれているそうです。

中の具材が白菜、おモチ、鶏肉、卵焼き、春菊、焼き穴子等々たくさん入っているので「具雑煮」とか。正月、ハレの日にも食べているそうです。島原市内の食堂でも供されています。


もっとも、長崎市内でも雑煮には具は沢山入っていて、「長崎事典」では「長崎雑煮」として紹介されています。主なところを書いてみると


「菜」「鰤」「餅」の三種類が基本。清汁は鰹節、昆布、椎茸、酒しお、薄口醤油。具は五種、七種、九種、十三種。丸餅は焼いて、塩魚は鰤、アラ、鯛のどれか、かまぼこは紅白二種類、海老かまぼこは自家製、鶏団子は韓国渡りの鶴の身、鴨、雉子で自家製。これに里芋、筍、くわい、椎茸、結び昆布、干しナマコ、唐人菜を用いるのが特徴。ということで、これは、上高八重子著「ながさき・あまから」に載っているそうです。


面白いのが、菜をのせて名(菜)をあげる、食べないで名(菜)を残す、という縁起もあるそうです。


ただ、これは昔の旧家の話しではないかと思います。ウチの母も良い家のお嬢さんではありましたが、確かに、”これでもか”というほど具材は入れておりましたが、これほどではありませんでした。


閑話休題。某日、オクサマが二日ほど留守だったので、昼ご飯は面倒臭いのでお店に行ってみたら、冷凍の具雑煮とレンチンの具雑煮があったので買ってきて食しました。冷凍は具材が少なく、白菜も少々煮すぎかな?という感じ。レンチンは意外と具材も入っていて、焼いたお餅も3個ほどで、まあまあかな。


で、冷凍具雑煮の裏に具雑煮の説明が書いてあり、これ、ネットで調べると具雑煮の元祖、島原市の「姫松屋」さんの具雑煮の説明もほぼ同じで、他にも、島原市の観光情報、しまばらの観光案内、旅する長崎学、農林水産省も同じような書き方でしたが、読んで見ると、なんとなく???何ですね。


紹介してあるものの概略は


・江戸時代に起こった島原の乱に(具雑煮が)由来

・天草四郎率いる3万7千の一揆軍が、幕府軍との攻防の末、原城へと籠城
・その際、農民たちに餅を兵糧として蓄えさせ、山や海から様々な材料を集めて雑煮を作り、栄養をとりながら約3ヶ月も戦った

ということで、代表として、元祖「姫松屋」の説明は→こちらをクリック


ここで、違和感にとらわれたのが、「餅」という文字、「山や海から様々な具材を集めて」という表現。


原城に籠もった人数については、古文書、現代の研究者でいろいろあるようです。逃げ出した者もあるようで、一揆の初めと、落城の時では違っているということは言えると思います。寛政15年2月17日、岡山藩聞書には「原城篭城の人数は二万四千八百人という」。まあ、計算がやりやすいように大負けに負けて、2万人としてみます。


一揆の初期の頃は、一揆軍は籠城を覚悟していたのか、島原あたりから米を運んだ記録もあり、最初は食べ物はある程度あったと思われます。


ですが、具雑煮の説明に「餅」を、とありますが、一日何食食べたのかは分かりませんが、籠城を決め、食べ物の心配もあり、城の中で畑仕事をするわけでもなく、仮に一日一食だとして、餅を1個づつ食べたとしても、1日2万個。10日で20万個、30日で600万個、3ヶ月で1,800万個。毎日、餅を食べるわけでもないとして、半分でも3ヶ月間で900万個。こんな大量な餅を持ち込める訳では無いでしょう。


山や海から材料を集めたともありますが


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赤丸印が天草四郎が立て籠もっている本丸。このように囲まれた中で、山や海から2万人もの材料を集められるのか?もちろん海には幕府軍の船がいます。山と言えば野草、海と言えば魚と海藻。はたして、2万人の人間の「栄養をとりながら」という事が可能なのか。

一揆の終盤になりますが、「島原日記」、一揆軍の生け捕りにされた者の言葉「・・・城内二兵糧無御御座候由申候」。又、「嶋原天草日記」には「・・・伊豆守・左門令而使割賊之腹、其腹中有青蒼之物、依粮末困乏而食麦葉歟」とあり、一揆軍の腹を割いたところ青蒼のものがあったので、麦の葉を食べていたことが分かります。


ということを読むと、一揆軍は餓死同様だった事がわかります。


嶋原・天草の乱については、まだまだ諸説あるようです。一揆に加わった者もキリシタン、関ヶ原の戦い後の浪人等々あるようですが、島原藩主松倉親子の圧政で追い詰められた農民の抵抗だったのが一番の原因だたと思います。


原城に籠もった一揆軍は山田右衛門(やまだえもさく)一人を残して、一人残らず殺されたと言われています。


餓死寸前まで原城に籠もり、最後まで圧政に対して戦った人々に対し、「・・・栄養を取りながら約3ヶ月間も戦った」という表現には、いささか疑問を持ちました。

(参考文献「原史料で綴る 天草島原の乱
」「天草四郎と島原の乱」鶴田倉造編・著)



2021年2月20日 (土)

言ってみたいな「いたしません」★「附録」あります

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ふと見た「DoctorーX」。面白かったので第1期から第5期まで、AmazonのPrimeVideoで一気に見ました。第1期が全8話、第2期が全9話、第3期が全11話、第4期が全11話、第5期が全10話。あと第6期が10話。これ、まだ見ていませんが、もったいないので、一気にみるか、少しずつ見るか悩んでいます。第7期も予定されていたようですが、延期になったとか。

高視聴率だったので、ご覧になった方も多いのではないかと思います。見てない人は見てね。面白いから。


で、この中で主人公、”大門未知子”の定番のセリフ「わたし、失敗しないから」と「いたしません」。特に「いたしません」については心を惹かれるものがあり、使ってみたいなと・・・


「ゴミ捨ててきてよ」 「いたしません(^_^)v」

「洗濯物干してよ」 「いたしません(^_^)v」
「病院の順番とってきてよ」 「いたしません(^_^)v」
「車の運転してよ」 「いたしません(^_^)v」
「肩揉んでよ」 「いたしません(^_^)v」

と、使えたら気持ちが良いのですが、ただ、これ言ったらですね、数日後の新聞に「高齢者、公園のベンチで孤独死」と載るのが分かっているので、「いたしません」という言葉を使うのは「いたしません」。という結論に達しました。


【附録】
最近、国会が俄然面白くなってきたので見ています。

数日前見ていたら、杉下右京さんでは無いけれど、下の場面で(TVをデジカメで撮っているのでボケています)なんとなく「違和感」を感じ、よく見ると、・・・


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この方、膝掛けというかブランケットを掛けているんですね。

以前より、学校の校則については議論があっています。北国の女生徒が冬にタイツをはいていくのが禁止になったり、スカートの下にジャージーのズボンをはいていくのが禁止になったりしているとの報道がされていました。


さて、ここの国会の会場は暖房あるところで、なんですか、これ?学校で寒いからと膝掛けを使ったら、先生から怒られちゃいますよ。


年を取って寒い?全国放送されているのに、みっともないですよ。男は我慢、男のくせに、武士は食わねど高楊枝、男に冷え性は無い、(あったかな?)。我慢ですよ。仮にも、大臣でしょう。お母さんがこの姿見たら泣きますよ。(男女差別みたいな表現ですみませんm(_ _)m)

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月曜日に国会があるようですが、皆様もご覧のほどを、なお、YouTubeでも実況放送があると思いますが、NHKとはカメラの角度が違うせいか、写っていませんでした。

なお、朝イチの近江アナウンサーも使っているとの話しがありますが、こちらは可愛いので、許します。


2021年2月17日 (水)

「銭マス」(江戸時代)について

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「銭マス」。「マス」は「升」「枡」「桝」と書くようです。

お金を数えるとき、硬貨が沢山あると一枚一枚数えるのは面倒なので、この銭マスにザラッと硬貨を入れると、マス目のところに硬貨が入り、入りきらないものをふるい落とします。これで、マス目に入った金額が一発で分かります。

上の銭マスは「LION」の文字が入っているので、現代の銭マス。「硬貨升」とも言っていたようです。私が小さいとき、銀行だったか、郵便局だったかで見た覚えがあります。

この「銭マス」は江戸時代にも使われており、下の写真、一番左は「LION」製。右の4個は江戸時代のものです。うち、右の3個は同じ種類のものです。


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下の銭マス。横のマス目が8、縦のマス目が10。裏には「一朱銀五両」とあるので、「一朱銀」を数える銭マス。

先日、「江戸時代の貨幣」をブログに書いたとき、江戸時代は基本四進法だと書きました。一両=二分金✕2枚=一分銀(一分金)✕4枚=一朱銀✕16枚。


ということで、一番上の横のマス目は8マスですから、2列で16枚が入ります。。一朱銀16枚が一両。横二列で一両になります。縦に10マス目ですから、10÷2でこのマス目を二朱銀で全部埋めると五両になります。


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下の写真、これは、多少考えました。よく見ると、横に5マス目、縦に8マス目。え~、5マス目ってアリ。ということで考えると、縦に8マス目なので、4✕2。

で、この銭マスは「弐分金 廿(二十)両」とあるので、2分金を数える銭マスとは分かります。で、縦が8マス目だから、2分金が2枚で一両、縦マスで2分金8枚で4両。横のマス目が5で、4両×5=20両。という事になります。


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この銭マスの造りが実に見事で、左が真鍮、右が木造りになりますが、これだけの細工をするのは腕のある職人だと思われます。

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左の真鍮の銭マスの裏側「萬延二歳 辛酉正月吉日 新調」。左は「壱朱銀五両枡」。万延二年は辛酉の年、1861年ですから、160年前。なお、万延は2年までで、2月19日に文久に改元。

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銭マスについての資料がほとんどなく、いつ始まったのか、種類はどれほどあるのか等は不明ですが、これを持っている人物は、かなり儲かっているお店なのかなと想像しました。

思い出しましたが、大江健三郎氏に「万延元年のフットボール」という小説がありましたネ。



2021年2月14日 (日)

橘神社「大門松」解体の日&今日は「バレンタインデー」

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橘神社「大門松」。

昨年11月22日の土台作りをはじめに、11月29日、12月6日、12月13日、12月20日と作業を続け、12月27日に完成。

コロナの影響で初詣の方は少なかったといえど、昨日まで、お参りの方の目を楽しませてくれました。


今日が大門松の解体という事で、8時頃見に行ったら、すでに解体が始まっていましたが、解体を惜しむかのように天から雨粒が降ってきて・・・作業はやりにくかったかと思います。


一時は雨が止んだので、12頃行ってみたら作業は随分進んでいたものの、又もや雨。昼から用事があったので、見に行かれませんでしたが、作業ができたのかどうか心配。


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実行委員会の方は大変だったと思いますが、お参りなった方は必ず写真を撮って、楽しそうでした。来年こそは、コロナが収まって例年のような正月を迎えたいものです。

実行委員会の方は、期間中、飾りの松や杉などに水やりなどをしていた方もおられ、大変だったと思いますが、又、来年も参拝の方の目を楽しませていただきたいと思います。


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今日は、バレンタインデーで、数は少なくなったというものの、数名の方からプレゼントをいただきました(^_^)v。ホワイトデーはエルメスとかグッチのハンドバッグなどを考えております(^^;)。

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2021年2月12日 (金)

第15回 雲仙市美術展覧会~2月14日(日)まで

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2月11日~2月14日まで、「第15回 雲仙市美術展覧会」が開催。

昨年は、オープニングの挨拶、テープカットやらがあって、その後、各部門の専門の先生の説明があったのですが、今年はコロナのせいでヒッソリとオープン。


入り口にはWELCOMEの看板。もはや見慣れた「お願い」。


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いつものように「書」が多いですね。右のように柔らかい字が書けるなら、ラブレターを沢山書くのですが・・・もっとも、向こうが読めればの話しですが、私、これ全然読めませんでした。

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前衛書道。以前、度胸が良いのか、なにも考えていない人なのか、前衛書道の先生の前で、「これ、全然読めねえよ、何だ?」と言ったことがあり、先生、人格が出来た方で「字を読もうとしないで、黒と白のバランスを楽しみなさい」と言われたことがありました。

右の写真の一番左。書道の先生の作品ですが、あの方、「誠道」って言う言葉をなんで選んだんでしょう。一回聞いてみようかな。


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「デザインの部」ですが、右のような作品も良いですね。

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「洋画の部」は多く、右のような作品も「洋画」らしくはありませんが、楽しいですね。

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同じ傾向で、額縁も同じところを見ると学校からの出品かな?という感じでした。なかなか良い作品でした。

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現代絵画。なかなか様になってます。右はほとんどプロ。

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写真も多いですね。昔、写真に凝っていたのでゆっくりと見て回りました。

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日本画は描く人が少なくなってきているようです。右は諌早の天佑寺の山門とパワースポットの「岩戸神社」の参道。いつも行っているので、すぐに分かりました。

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「博多おきあげの雛飾り」とありましたが、島原の押し絵雛飾りと同じ系統のものか?彫刻とは珍しい。

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夕方に行ったので多少観覧者が少ないようでしたが、この土曜日、日曜日は多いと思います。

なお、この美術展は無審査なので、出品すれば、誰でも展示してもらえます(風紀紊乱・傷風敗俗はもちろんダメ)。ということは、小学校から中学校まで、美術は「2」、書道は「一重〇」の私が出品しても、展示して貰えるということです。来年は、思い切って出してみようかと思います。もっとも、絵画も書道も、真面目に取り組んでも「前衛作品」になるとは思いますが(^o^)。



2021年2月10日 (水)

2021/02/10 島原城「梅園」状況~5分咲きでした

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先日、TV放送で、島原城の梅園は今月中旬が見ごろだとの放送があっていました。

今日はちょうど島原の病院での診察があるので、寄ってみました。ところが、入り口の所「只今 五分咲き」の看板。チョット早すぎたみたい。


お城を背景に梅を撮ろうと思っていたら、ちょうど太陽が天守閣の上。モロ逆光で、この時期、写真を撮られる方は、10時頃は避けた方がよろしいかと。もっとも、逆光の写真は絵になるので、自信のある方はどうそ。


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ここの梅園は紅梅と白梅が植えられています。この梅園だけでなく、場内に300本の梅が植えられているそうです。梅園だけで無く、他の所もブラブラと歩いてみて下さい。

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まだ五分咲きですが、咲いているのは良い感じで咲いてます。

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家に帰ってみたら、ウチの梅も咲いていました。

橘神社の境内の梅の木は、植えて間もないので、まだまだ小さいものの、数年経って、桜と同じ梅の名所にもなって欲しいものです。


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島原城は2024年に築城400年を迎えます。詳しくは→ここをクリック

ただ、この記念事業について「・・・平成36年(2024年)には築城400年を迎えることから・・・」となっているんですよね。ここ、せっかくの大きな事業なので、キチンとしてね。


開花状況についてはこちらに載っているので、確認してお出かけを→こちらをクリック



2021年2月 7日 (日)

江戸時代の貨幣体系~ザッとですが・・・m(_ _)m

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前に、江戸時代の貨幣について2,3回ほど書きましたが、体系的で無いため、分かりにくかったと思います。私の方も、十分に把握できてない面もありますが、少し、まとめて書いてみます。多少の間違いはあるかと思いますが、そこは聡明な皆様でご判断を。

下の写真の貨幣については本物も偽物もあります。


偽物については、現代の土産物、学校教材などで作られたものもあります。江戸時代に作られた本物の偽物もあります(^o^)。ただ、江戸時代の偽物については、これはこれで、価値があり、集めておられる方もあるとか。


なお、一番上の図は「日本銀行貨幣博物館 発行『貨幣博物館』(昭和62年発行)」より取りました。クリックすると大きく分かりやすくなります。


下の貨幣、裏に「銀座常是」と極印がしてありますが、意味については→こちらを参照 もう一つ


江戸時代は「銀貨」「金貨」「銭貨」の三貨制になり、これが現代の我々からすれば分かりにくくなります。


右は「銭貨」。まとめて紐に通してあります。「銭緡(ぜにさし)」。一文銭が100枚、ですが96枚で100文として通用。四文は手数料だったらしいです。また、2,3,4の数で割り切れ便利で普及したとか、「九六銭」「九六百」とも(「貨幣博物館」より)。


4000文~6000文が1両になります(時代によって、貨幣価値が変わっています)。ですから、この束が40本~60本が一両になります。


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一朱金が手に入りませんでした。一朱金16枚で一両。左は二朱金。二朱金2枚で一分金、二朱金8枚で一両。

一分金が無く、一分金2枚で二分金。右が二分金で、二分金2枚で一両。一両はお高く手に入りませんでした。

訂正です。左も「二分金」でした。「二朱金」は入手出来ませんでした。


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下は銀貨、左が一朱銀、一朱銀16枚で一両。

二朱銀が無く、二朱銀8枚で一両。二朱銀2枚で右の一分銀。一分銀4枚で一両。

ということになります。上の図で確認を。間違っているところもあるかと思いますが・・・


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前にも書きましたが、下が「丁銀」と「豆板銀」。

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上の図にはありませんが、「南鐐(なんりょう)銀」。「以南鐐八片換小判一両」ですから、この貨幣8枚で一両。右は「以十六換一両」ですから、16枚で一両。

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下は丁銀、豆板銀の量目を計る「分銅」。後藤四郎兵衛家しか作るのが許されなかったそうです。詳しくは→こちらをクリック 。 汚れていたので、ブラシやら、コンパウンドを使って磨いたら、右のようにきれいになりました。


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とまあ、何やら江戸時代の貨幣の難しいこと。基本、四進法を頭に置いて下さい。




2021年2月 4日 (木)

「フォーチュンクッキー」って?

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「フォーチュンクッキー」は知っていましたが、「フォーチュンクッキー」は知りませんでした。

知っていたのは、47だったか48だったかの歌の「フォーチュンクッキー」。知らなかったのは「フォーチュンクッキー」がどのようなものか、でした。歌を知っていたのは、運動会、お遊戯会で盛んに歌って踊っていたからです。


某日、駄菓子屋さんで上のようなお菓子を見つけました。「おみくじせんべい」ですね。久しぶりのご対面で、買って帰り若い子に(^o^)にあげたら、皆さん「あ~!フォーチュンクッキーだ!」と歓声を上げたので、何だろう?と思って、その場は誤魔化し、家で調べると「おみくじの入ったお菓子」の事でした。

誕生は日本らしく・・・詳しくは→こちらをクリック


ところで、YouTubeでAKB48を見ると皆さん可愛いデスね、おじちゃんファンになっちゃいました。


調べてみると、中島みゆきさんにも「フォーチュン・クッキー」っていう歌があるんですね。中島みゆきさんは2005年作。「好きな未来を あなたの手で選び出し あなたの未来をあなたの手の中に ほら・・・・」という歌。中島みゆきさんの最近出た「ここにいるよ」には入っていませんでした。ファンだからCD買いましたが。AKBさんは2013年リリーズ。


なお、調べると、フォーチュンクッキーには意味深長な隠語がありました・・・各自、調べてください。


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アメリカではどんなんかな?と思っていたら「フォーチューンクッキー」という映画がありました。ディズニーの映画で、日本語題が「フォーチューンクッキー」。原題が「FREAKY FRIDAY」。2003年製作ですが、1976年作の「FREAKY FRIDAY」という名の映画のリメイクでしたが、ディズニーらしく、面白くも心温まる映画でした。

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映画に出てくる、「フォーチューンクッキー」。「おみくじせんべい」と同じ形。中には、人生訓らしき紙。

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さて、私のおみくじは「末吉・絶望的な状態から立ち直る・希望をもって頑張るのみ」でした。ここ数年、良いこともなく、今年は良さそうですが、”頑張るのみ”と書いてあっても、この年じゃ頑張れません。


2021年2月 2日 (火)

今日は「医療費」の整理と「恵方巻」

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昨日から、年末の医療費の申告の整理をしています。

心臓病、爪水虫、神経症とこれは月に一回の診察。巻き爪の治療、肝臓の観察、前立腺の経過観察、歯の検診、これは2,3ヶ月に一回。緑内障、白内障の診察は半年に一回。昨年は久しぶりの大腸ガン健診、最近はボ~とすることが多く、物忘れがひどく、脳外科での診察。と、これだけの診療費の請求書の整理をすると大変ですヨ。おまけに、薬の方は調剤薬局で、領収書は別になります。


まとめているとき、薬剤薬局の領収書に、時々上のようなQRコードが付いたのがあって、多分薬屋さんの整理に使うのかな?と思っていたのですが、スマホで読み取ると下のような画面が出てきました。


最近は黒塗りの書類が多いようなので、白塗りにしてみました。上の左のQRコードは下の左の画面。自分の氏名、薬局の名前、責任者、病院名、担当医、処方された薬名。


右のQRコードは朝だけ1回薬を飲み、90日分もらいましたから、その事ですね。


このQRコードが付いた処方箋ははまだまだ少ないものの、これに副作用、飲むときの注意など書いてあったら、まだ便利になるのかな、とは思いました。


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今日は「恵方巻」の日です。どうも「節分」「豆まき」の方の影が薄れつつあります。昔、鉄筋コンクリート作りの県営アパートに住んでいて、1棟で24軒ばかりあり、他の部屋の音など聞こえて、節分の日は「鬼は外、福は内」の声が聞こえたものですが、最近は聞こえることが少なくなりました。

「節分」は2月3日で定着をしていますが、今年は2月2日が節分になります。これについては、国立天文所暦計算室のトピックスに書いてあります→こちらをクリック。


「節分」「恵方巻」についていろいろと書いてみようかと思ったら2015年3月3日に書いていたので→こちらをクリック。


この中で、偉そうに「商業ベースにのりたくないので、コンビニでは買いませんでした」などと書いておりましたが、今年は「セブンイレブン」で買っちゃいました(-_-)。


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入江相政(すけまさ)氏編の「宮中歳時記」に「節分の豆まき」について書いてありました。1979年(昭和54年)の本ですから、随分前の本ですが、この頃には、宮中での豆まきはすでに廃れていたそうですが、「後水尾院当時年中行事」にその頃の情景が描写されているそうですが・・・

「天皇は、折櫃(おりびつ)に入った豆を取って三度お打ちになり、次に勾当(こうとう)が殿中からお湯殿の上まで豆打ちをする。さらに天皇はお歳の数だけ豆を召し上がり、追儺香をお嗅になる。追儺香には薬草の白朮(おけら)が用いられ、その悪臭によって体内の邪気が追い出されると信じられていた。」


読んで見ると、私たちの家とは違い、優雅な豆まきです。ただ「後水尾天皇」は1596年生まれで、400年以上昔になりますが、この頃から、歳の数だけ豆を食べていたとは面白いですね。これにも、いわれが有るのでしょうが、各自調べてください。




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