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2020年7月

2020年7月31日 (金)

又、コンビニぶらり~ファミマで「ドラゴンボール」と「マイバッグ」

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いつも、コンビニをぶらぶらとしています。好んでしている、というわけではなく・・・

以前は町内に2軒、文房具屋さんがありました。1軒は高齢になり跡継がいないため閉店。もう一軒は教科書取扱をしていたのですが、少子化のため教科書の販売数が激減。加えて、官公庁の入札時、市外の大手業者が加わり、原価で入札しても落ちない、ということで閉店。


私、意外と文房具を買うことがあり、30㎝の定規を買いにコンビニに行っても無い。ということで、他のコンビニに無いか、コンビニ巡りをすることになるのですが・・・結局はお隣の町まで出かけて手に入れました・・・模造紙などはどこにも無く、車を30分ほど飛ばして(法定速度内で)諌早市で手に入れました。


ということでファミマに行ったとき、ありました。「食べマス」。「食べられるマスコット」で「食べマス」。詳しくは→こちらをクリック、
今回は「ドラゴンボール」。


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龍は神龍で「抹茶味餡入り練り切り」。ドランゴンボールは「カスタード味クリーム入りもち菓子」。ドラゴンボールの星は、一つから七つまであるそうです。全部揃えようと思いましたが、多分、店頭に並ぶのは一日だけですね。当日も一個だけしか並んでいませんでした。こちらは、田舎だから・・・(; ;)ホロホロ

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なお、ドラゴンボールは「もち菓子」なので、お年寄りのためにか「のどにつまらせないようにご注意ください」。なんと親切なんでしょう。字が小さくて気づきませんが。

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最近はコンビニ、スーパーに入るときはマスクをし、マイバックを持って行くことが常識になりつつあります。

ところが、忘れるんですね。特に男性はマイバッグ。車に忘れてしまい、買ったのが一つだけだったので、手に持って出ましたが、なんとなく万引きをしたか、ボケ老人がレジするのを忘れてお店を出てきたようで、多少、気まずい感じでした。


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ところで「マイバッグ」、「マイバック」。どちらが正解でしょう?ネットをみると両方の標記がありました。

「レジ袋いりますか?」。何回もいわれて、うんざりしているので、一回言ってみたいな「どちらでも」。



2020年7月29日 (水)

「虫」を喰う

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私が23歳の頃、春日部市の片隅に住んでおり、同棲してくれる女性もおらず、侘しく一人暮らしをしておりました。自炊をしていたので買い出しもしていて、某日スーパーに行ったら、あったんですね。イナゴの佃煮。初めて見たので、こんなん食べるのいるのかいな?関東人はなんと野蛮な!と思いました。

さて、先日、ネットを見ていると昆虫を食べる女性が増えているとか。多分、ポテチみたいなのに、昆虫の粉末を練り込んでいるのかな、それなら食べられるなと。


Amazonを見ると、いろんなのがありましたが、適当に注文をしてみました。着いたのが上の写真。何やら不吉な感じ。表には昆虫の写真。袋を開けると、また小さな小袋。


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で開けると下の写真。アナタ、昆虫そのままではありませんか。

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アップすると、下の写真。ヤですね。こんなん、食べるんですかね。昆虫は「バッタ」「ケラ」「フタホシコオロギ」「ヨーロッパイエコオロギ」。

どうしようかと思いながらも、お金は払っているので、思い切って食べてみました。食べてみた感じは、完全に乾燥しているので、何やらパサパサはしているが、味付けに食塩を使っているので酒の肴には良いかなと。


全部は食べきれなかったので、女性が2,3人いる職場に持って行ったら、「やめてよ、そんなもの」「バカ」「アホ」「およしになって」「パワハラ」などと罵詈雑言を浴びました。


が、ですね、「あななたち、いつも亭主の悪口を言っているから、これ、かき揚げにして出してごらん、で、食べるのを見ながら『どう、おいしい?』と聞いてみたら?」といい、翌日「どうだった?」と尋ねたら、みなさんニヤニヤしておりました。


Amazonを見ると、他にカブトムシ、タガメ、バンブーワームとかも有り、オオサソリが五つ星で人気があるみたいでした。


なお、外に「ウサギの丸(約1㎏)(毛処理済・皮なし)¥6,750」「クロコダイルつめ(ワニ肉)(約250g)¥2,960」などもありますので、興味のある方は・・・ワニの爪の写真も載せてありますが、すごいですよ。なお、ワニは食べてみたことがありますが、堅かった。


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坂口安吾の「安吾の新日本地理01 安吾伊勢神宮にゆく」に・・・

「・・・だいたい海産物の中でもナマコを食うなどとは甚だしく凡庸ならざる所業で、よほどの海の物を食いあげた上でなければ手が出ないように思われるが、志摩人は原始時代から海の物をモリモリ食っていたのであろう。ナマコだのコンニャクを最初に食った人間は相当の英雄豪傑に相違ない」


確かに、ナマコなど、あれを見て食べたことのない人は尻込みしますよね。食の進歩は「勇気」が必要な感じで、アナタも手始めに昆虫を食べてみたら如何でしょう。



 

2020年7月27日 (月)

「サポカー補助金」届きました

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最近、ブログをアップするとき、写真等入れるとボケて見えますが、クリックするとクッキリと見えます。

「サポカー補助金」、正式名称「安全運転サポート車普及促進事業費補助金」。高齢者の方が、ブレーキとアクセルを踏み間違えたり、ウッカリ人に接触したりした事故がありましたが、この事故を避けるための装置を付けた車を買えば、65歳以上の方には軽自動車で7万円、普通自動車で10万円の補助が付くというのもです。もちろん私も不安になることがあり、この車種を選びました。新車に変えたのは以前書きましたが・・・


1月30日に自動車会社に下見。2月14日に再度価格等につき確認、試乗、契約。このとき、サポカー補助金について聞いたら、法案は通っているが書類がまだだとか。で、手続きは自動車会社でするのか、自分でするのか尋ねたら、書類は自動車会社に来るとか。詳細はまだ不明。3月5に納車。この時は、まだ書類は未着。後日、書類到着の連絡。


4月9日に一ト月点検。書類が届いており、こちらが必要事項を書き、あとは自動車会社で提出とのこと。7月11日に「交付決定通知書兼補助金の額の確定通知書」着(最近は公文書は黒塗りにするのが流行っているので、私のも黒塗りにしました)。で、今日銀行に行ったら7月16日に入金済みでした。まあ、入金の方は意外とスピード感有り。


確定通知書の出所をみると「一般社団法人次世代自動車振興センター」。もっと、親しみやすい名前がないんですかネ。三回読んだら、口を噛みますよ。事業として「CAV補助金」「充電インフラ補助金」「水素供給整備補助金」「サポカー補助金」。分かったような、分からないような。

経産省が関係しているらしいので、理事長の堀洋一氏は天下りではないかと調べてみたら「東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授」さんで、バリバリの研究者さんでした、m(_ _)m。


で、通知書の右側に書いてあるのが、「補助金の交付を受けて取得した財産(取得財産)について善良な管理者の注意をもって管理し・・・」要するに「補助金を受けた車は大事にしましょう」ですね。


注意することは、1年間は譲渡、廃棄ができない。これ、当たり前ですね。何回も転売して儲ける奴が出るから。で、処分するときは、センターに「財産処分承認申請書」を提出して「書面による承諾を受けなければならない。」と、認められなかったら補助金の返納も有りうる。と言うことでした。


65歳以上で車の買い換えを考えておられる方は、車屋さんで良く確認のほどを・・・手続きとしては、そんなに、しぇからしくはありません。

付け足しですが、役所関係の言葉、長ったらしくて、どうにかなりませんかね。



2020年7月25日 (土)

「大江戸火龍改★夢枕獏著」「気がつけば、終着駅★佐藤愛子著」~本を二冊ばかり

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夢枕獏さんの新刊が出たとかで、お店に行ったら上の本でした。

私的には「キマイラ」か「新・餓狼伝」か「東天の獅子」の続編を期待していたのですが。


この本で又新しい主人公「遊斎」が登場しますが、これを主人公に新シリーズ物を出すんじゃないでしょうね?というのが感想ですが・・・脇役として平賀源内も少し顔を出します。


短編が三編、長編が一篇。いずれも「怪事(あやかしごと)」。

本の帯に「江戸時代、凶悪犯を取り締まる火附盗賊改の裏組織が存在した。専ら人外のものを狩り鎮めるその名は、火龍改。」とあり、前書きにも「江戸幕府が定めた組織や役職にはこの名(注:火龍改)がない。・・・」「『火龍改』の頭は、表向き老中が定めることになっていると言われているが・・・」「彼らが関わった事件は、江戸の歴史を通じて多々あるが、このこと『徳川実紀』にも記されていない。」と書いてあり、いやでも江戸を揺るがす大事件を「火龍改」が解決すると期待するじゃありませんか。

で、これがまったくなく、少々期待外れでしたが、ひょっとしら続刊に続くのかな?


興味あるのが後書きで、夢枕獏さんが如何に書くことが好きで、書き続けたいかが分かります。


なお、今回のコロナの事、政治家の態度についても言及をし後書きの最後に・・・


いいか、書いておくぞ、

ちゃんとみているからな。
誰が何を発言したか、どんな目つきをしていたか、忘れないからな。必ず覚えておくからな。
もしも、この命ながらえたら、次の選挙の時、覚えていろ。


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佐藤愛子さん御年96歳。大正12年生まれ。お父さんは佐藤紅緑、異母兄がサトウハチローさん。

最初のご主人は軍隊での病気が原因でモルヒネ中毒、離婚。二回目のご主人は田畑麦彦さんですが、麦彦さんの会社が倒産。債権者対策のため離婚。なお別当薫さんとも何かあったとか。


この本は50年前から「婦人公論」に執筆したもので、純粋な新刊ではありません。その様な事情から最初は出版を辞退したそうですが、出版会社の方「五十年前ですよ。読んだ人がいたとしても中身は忘れています。亡くなっている方も少なくないと思いますがね」と言われたそうです。


面白い所があるので、引用しようと思って付箋を貼っていたら、写真でご覧の通り付箋だらけになりました。いろいろと引用するにしても愛子さんが書くように「なにを言っても年寄りの繰り言になってします。」というように、若い方には「繰り言」ととらえる方が多いと思います。


ということを思いながらも「・・・今は、人は楽しむために生まれてきているという考え方が勝っていますね。そのせいか『楽しくなければいけない』という強迫観念みたいなものにとらわれてしまっているのではないですか。女性の場合は『いい女でなければいけない』『いい恋愛をしなくては』とかー。今、みんなそんなふうに表層的なところばかり見て、思考などというものは捨ててしまったような気がします。(中略)『言葉だけが躍っている』って、つまりそういうことなんですよ。」「寂しい?当たり前のことだ。人生は寂しいものと決まっている。寂しくないほうがおかしいのである。」


人生に何かを感じたい方は、ご一読を。


(おまけ)

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村上春樹さんの「一人称単数」。まだ、読んでいません。今から読むところです。

数年前、村上春樹さんフィーバーが起こりました。ノーベル賞候補、「IQ84」「騎士団長殺し」と評判になりましたが、最近は名前を聞くことが少なくなってきたようです。人の心は移ろいやすく・・・

騎士団長はまだ続きがあるようなので、出版されると再び評判になりとは思いますが。
私はあまり良い読者では無いのですが、時々は読んでみようと思っています。



2020年7月23日 (木)

「小浜鉄道のトンネル」★私としたことがm(_ _)mそして「パールバックと木津」

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                                       (GoogleEarthより)

7月12日の記事で小浜鉄道のトンネルについて書きました。→こちらをクリック。

その折り、左の写真を「絶対に『富津トンネルだ』」と書きましたが、私のチョンボでした。トンネルの写真を見ているうちに、アレ、後ろに移っている所「木津」じゃない?と思ったわけです。


右のGoogleEarthの地図はクリックすると拡大します。トンネルは3ヵ所。分かりやすく、上から1号トンネル、2号トンネル、3号トンネルとします。地図の上の方から出発すると、第1号トンネルの出口からは木津は全く見えません。


第2号トンネルの出口しか該当する所はありません。ということで、行ってみました。ところが、出口の右側は木が生い茂り、海側は全く見えません。


トンネルの出口から50メートルほどのところに、茂みが切れているところがあったので見ると、木津が意外と近くに見えます。一番上の写真の風景と比べれば、この1号トンネルの出口から撮影したことが分かります。


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下の写真は富津の風景です。富津・木津方面が見えるのは3号トンネルの入り口ですが、家があって見えません、というより、入り口で写真を撮ると、海は左側になり、一番上の写真は右側に海が見えるので、こちらのトンネルから撮った風景では無いことが分かります。

前の記事で偉そうに「富津トンネル」と書いたのは、私の全くのチョンボでした。1号トンネルと2号トンネルは千々石にあるので、「千々石トンネル」が正解。


「Kitsu Tunnel」と写真の説明に書いてあるのは、木津の風景が写っているので、木津トンネルと書いたのだと推測しているのですが・・・これにて一応、一件落着。


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さて、今日は雲仙で「パール・バックと幻の地元ロケ映画『大津波』」の講演会がありました。講師は福島大学名誉教授・有江史談会会員 松崎文博氏。

パールバックは千々石、雲仙方面を訪れたことがあり、かなり気に入っていたみたいです。パールバックの小説「大津波」を映画化するとき木津を舞台にしたそうです(千々石の旧家も舞台になっています)。右の写真が木津を上から見たところです。


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この映画はジュディオングの初出演映画だそうです。早川雪洲、ミッキー・カーティスなども出演しています。

ただ、この映画は映画会社、関係機関にも記録・資料が残されていないそうです。日本で上映されたのが1,2回だということだそうですが、これも、はっきりしたことは分かっていないそうです。まさに、「幻の映画」です。原因としては何点か考えられるそうえすが、はっきりしたことは分かっていないそうです。なお、詳しい論文を書かれた方がいます。→こちらをクリック


ただ、雲仙市は7町が合併しましたが、このと記念事業として雲仙で上映会がありました。これだけははっきりしています。


2020年7月21日 (火)

iPhone「WatchOS6.2.8」にアップデートはしたけれど・・・

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数十年前からiPhoneばかりを使っています。現在、iPhone11。Watchは4。秋には新型が出るので、買い換えを予定しています。

さて、今日、バーションアップをみるとWatchのバージョンアップのお知らせが入っていて、一つは車のデジタルキーのサポート。ただし、私のはWatch4で関係なし。


嬉しいのがApple Watch4以上で"心電図”のAppが使えること。前から書いているように、心房細動でカテーテルアブレーションの手術を受け、一応安定したものの、なんとなく気になります。家庭用の簡易心電計は持ってはいるのですが、外で使うには面倒臭く、これが使えればベスト。


但しですね読んでみると、”バーレン、ブラジル、南アフリカ”で「利用可能」。「一部の機能は地域やAppleデバイスによっては利用できないことがあります。」ということで、果たして使えるかどうか分かりませんが、一応インストールをしてみました。


その後、健康関係のAppはいろいろ入れているのですが、多分、「ヘルスケア」とやらにあるのでは、と思い開いてみると・・


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心臓の所に「心電図(ECG)」がありますね。ここをクリックすると右の図。ちゃんと「心房細動」のチェックがあります。「地域」とか「デバイス」によっては、との注意がないので、多分大丈夫かな?やったぜベイビーですね。

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はやる心を押さえて「”心電図”Appを設定」をクリック。次が下の左図。多分、Digital Crownを指で押さえて記録する、という感じ。

このページの一番下に「続けるには生年月日を入力してください」とあるので、入力して、「続ける」をクリックすると「”心電図”Appはこの地域では使用できません使ません」だと。

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「地域」とはどこのことだ!千々石のことか?(千々石にはまだ光ケーブルが来ていません。この事が頭にあるので、思わず・・・)良く考えると日本の事ですね。

たしか、医療機器の認可には某官庁の認可が必要と聞いた事があります。アメリカあたりでは、このAppのおかげで命が助かった人もあるとか、日本の官庁はとにかくスピード感がありませんね。


2020年7月19日 (日)

「雲仙の競馬場」~諏訪の池・ゴルフ場にあったげな

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諏訪の池は雲仙と少し離れた所にありますが、雲仙国立公園内にあります。

上の写真は「2005年 小浜町80周年記念誌」から。説明は「大正中期 諏訪の池」と書いてありますが、2年ほど前、新しい資料が見つかり、同じような写真が4枚ほどコピーしてあり、風景、人物等ほとんど一緒です。

こちらの資料の表紙には「昭和6年度 諏訪池競馬大会 受付簿 国際乗馬協會」となっており、「昭和六年六月十六日撮影 諏訪公園乗馬クラブ於諏訪池公園神社東方競馬場 当村旧四月十月十日の坂上(注:現南島原市北有馬町坂上)金比羅神社の祭りの際諏訪池に於て草競馬が行われた」との記述があります。

なお、昭和52年7月 長崎県小浜町観光課発行の「国立公園 雲仙観光圏」には、「中池の周囲は競馬場として毎年四月及び十月に行われた。(明治から昭和初期頃が盛況であった。) 池の際は無数の桜樹であり春季の競馬をして、美しき桜花千里、一瞬の駿馬、勇ましき騎士の姿、どう観ても花下の競馬として浮きだったものだという。・・・」と書いてあります。

また、大正15年8月に関善太郎氏により書かれ発行された「雲仙小濱風土記」によれば「・・・中池の周囲は競馬場で、毎年四月及び十月に之を挙行する。彼方此方から駿足を誇らんとて、乃至は威勢よき騎士の競争ぶりを見んとて近縣より見物人多し。(中略)春季の競馬は、適ど(ちょうど)櫻花が咲きも残らず、散りも初めずてふころに行はるゝ。而して競争の行はるゝ毎に、歡呼拍手の湧く度毎に、花は驚いて片々と馬蹄の跡を飾る。實にや、美しき櫻花千里・・・・・一瞬の駿馬・・・・勇ましき騎士の姿・・・・どう觀ても花下の競馬を見ては浮立たずにゐられない。」と、いささか美文調ですが、雰囲気は出ていると思います。


上の三つの資料を読むと、昭和6年の新資料が出てきましたが、それ以前、明治、大正期から行われていたと思われます。随分賑わったようです。この、諏訪の池の中池の周囲をジョギングしたことがありますが、本格的な競馬ができるようなコースではありません。祭り、桜の時期に行われた、お楽しみの草競馬だったと思われます。


さて、諏訪の池の競馬を調べているときに、雲仙のゴルフコースで競馬があったとの記述を見たことがあり、最近になって、やっと一枚の写真を手に入れました。説明は「長崎縣 空池原競馬ノ光景」。

写真の現像が悪く、はっきり分かりませんが、真ん中から左側に何やら走っているような・・・・

雲仙は外人さんが沢山宿泊に来た歴史があり、多分、外人さんが思い立って、お遊びに実行したのだとは思いますが、詳しく書いたものが無く、実態は不明ですが見物人は多いですね。競馬場のコースも狭いことが分かります。


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空池は今もゴルフ場の中にあります。「からいけ」、「そらいけ」と書かれた絵葉書があります。私自身はここに水が溜まったのを見たことがないのですが、地元の方に聞いたら、雨の時などは水が溜まることがあるそうです。

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   (地図はマピオンより)


左の写真は「長崎縣温泉(うんぜん)公園 空池原ゴルフコース」「6.8.13」日付のスタンプがあります。

雲仙は明治44年に県営温泉(うんぜん)公園として開設。昭和9年に国立雲仙公園公園として指定されますから「6.8.13」は当然「大正6年」。なお、ゴルフコースは大正2年に開設ですから、ゴルフコースで牛や馬を飼っていたことが分かります。

赤丸の所、外の写真を見ると、ゴルフ場内の「休憩場」と説明がしてありましたが、比べると同じでした。なお、札の原、白雲の池などでも牛、馬、羊などを飼っていました。


右の写真は「長崎縣温泉公園 から池とゴルフ場」の説明。空池に水が溜まった状態。後ろの左側の山、左右の写真を比べれば同じだと思われます。


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話しが横道にそれましたが、ゴルフ場で放牧とは、なんともノンビリしたもので、ゴルフボールが牛さんや馬さんに当たったらどうするんでしょう。


2020年7月16日 (木)

「日本八景」~雲仙

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雲仙が「日本八景」(日本新八景とも)に選ばれたのは知っていたのですが、単に一般からの投票で選ばれていた、と思っていたのでいたのですが、たまたま上の「大阪新聞社」より発行された物を目にし、まったく誤解していたことを知りました。この日本八景の選定については、大阪毎日新聞、東京日日新聞が選奨をしています。昭和2年です。

この袋の中に、日本八景、「雲仙岳」「華厳瀧」「十和田湖」「室戸岬」「上高地渓谷」「木曽川」「狩勝山」「別府温泉」の写真が入っており、「雲仙岳」は下の写真になりますが、あまりはっきりした物ではなく下の所が温泉街、上の方に写っているのが雲仙岳、かな?


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問題は袋の下の方に書いてある説明で、趣旨、審査員、選考経過が書いてあります。

趣旨は「・・・これまで名所といひ、景勝とよばれてゐたものゝ多くは、全く古人の一部の趣味と片よった鑑賞に定められたもので、われ等の高尚を代表すべくに餘りに隔たりがある。昭和の新時代を代表すべく新日本の勝景は、われ等の新日本は、よろしくわれ等の新しい好尚によって選定されなくてはならぬ」、という意気込みで取り組みをされています。


さて、一般の投票は各部門に別れており、種目、推薦勝景数、投票数が書いてありますが、この順で書いてみると

海岸 394ヵ所 31,402,223票

瀑布 162ヵ所 3,702,630票
湖沼 71ヵ所   5,536,042票
河川 223ヵ所 4,632,461票
温泉 147ヵ所 1,192,662票
山岳 326ヵ所 15,025,466票
渓谷 132ヵ所 19,128,526票
平原 115ヵ所 2,084,917票

とまあ、投票数一千万票を越える景勝地の部門もあり、全体でざっと計算して8千万票(かな?気になる方は、計算してみてください)。当時の日本の人口を考えてもすごい数。国民の皆さんの関心が分かります(組織票もあったと思いますが)。

この推薦景勝地を元に「それより各委員は、實地踏査に、各種の調査に、約一ヶ月を費やし・・・」審査をするわけですが「日本八景の外、日本百選をも選定すること・・・」となるわけです。議論白熱、結局、八景を決選投票にて決定。「日本八景、日本二十五勝、日本百景の選定推薦をなすに至った」そうです。

審査員の名前で私が知ってる名士を書くと、谷崎潤一郎、泉鏡花、河東碧梧桐、田山花袋、北原白秋、高浜虚子、川合玉堂、横山大観、幸田露伴とそうそうたる人物が揃っています。


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昔の雲仙は観光客が多く、私も小学校は長崎市内ですが、修学旅行は雲仙でした。現在、観光地が多くなり、海外に観光旅行に行く人も多く、まして、今回のコロナで観光客もドット減りました。「君の名は」の舞台にもなったのですが・・・

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上の鳥瞰図は吉田初三郎氏が「日本八景」を描いた中の雲仙ですが、クリックすると拡大します。




2020年7月14日 (火)

コンビニぶらり

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7月11日。セブンイレブンの日ですね。

799円の買い物をして、レジに行きPayPayで支払うと「これお使いください」ともらったのが、下の左の写真の小さな袋。何やら入っているようなので、家に帰って引っ張り出してみると、上のマイバッグ。


調べてみるとセブンイレブンで7月11日から、PayPayで700円以上お買い物をすると一人一回、一店舗で50枚、無くなり次第終了ということで「CHUMSコラボエコバッグ」をプレゼントするキャンペーンだだそうで、久しぶりに運がよかった私でした。


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で、今日は久しぶりにローソンに寄ってみると、スイーツコーナーに「鬼滅の刃」のカップが置いてあって、買って来ました。中身は白桃ゼリー。

調べると「鬼滅の刃」とのタイアップで「鬼滅の刃 マグカップ&白桃ゼリー」でお値段が598円。高そうですが、このマグカップだったら十分元はとれます。


二種類あるそうですが、私が行った店には一種類、それも一個だけしか置いてありませんでした。以前、セブンイレブンで「すみっコぐらし」のスイーツを手に入れましたが、次の日からは全然ありませんでした。多分、数量限定ではないのかなとは思うのですが、明日も、もう一種類を手に入れるべく行く予定です。とりあえず、一つ手に入れただけでもラッキーでした。


なお、「CHUMS」と「鬼滅の刃のマグカップ」は早くもネットオークションに出ていました。


忘れていましたが、「鬼滅の刃の白桃ゼリー」、製造者が「(株)たらみ」となっており、長崎の多良見町に工場があり、果物のゼリーなどを作っている会社ですね。多分。これ、全国的に同じ製品なら嬉しいのですが・・・


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ついでに棚を見て歩くと、「チロルチョコ」のところに「Sonna Banana」というのが置いてあり、「そんなバナナ」と、今時のオジサンも使わないようなダジャレの商品。後ろの説明に、「バナナミルクが好きでお店を始めました・・・」という事で書いてあり、最後に「店主 野田絵里」と書いてあり、調べたら→こちらをクリック 。なかなかすごい方もおられるもので・・・

「よいとまけ」といえば、美輪明宏さんが丸山明宏の名前だった時代、「よいとまけの唄」で大ヒットをした唄でした→詳しくはこちらをクリック。 という事で「よいとまけ」とはなんのこっちゃ?とは思ったのですが。

後ろの説明に「北海道の果実『ハスカップ』をジャムにして、ロールカステラにたっぷり配した『日本一食べにくいお菓子・・・でも、食べるとうまい』と言われる、甘酸っぱいお菓子です」とあり、お菓子の図をみると、土台が「カステラ風味あん、チョコ」その上に「ハスカップソース」それを包むように「ハスカップチョコ」。

「ハスカップソース」を巻くようにしてあるので、多分「良いと巻け」とのシャレではないかと思うのですが。なお「チロルご当地めぐり」となっているので、まだまだ続編がありそうな。

ところで「カステラ風味」という書いてありますが、「カステラ」というと長崎で、美輪明宏さんも長崎出身。このお菓子、長崎とも関係あるような・・・


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どれも美味しくいただきましたが、あさって病院で検査があるのですが、また「血糖値」が上がっているかな・・・



2020年7月12日 (日)

「小浜鉄道」のトンネルの名称&「小濱地方鐵道株式會社 第七回營業報告書」(大正13年上期)~雲仙鉄道

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以下のブログは一昨日途中まで書いたのですが、いつの間にやら全部飛んでいました。で、昨日書き始めたら又事故。今日が3回目の挑戦。

雲仙鉄道は以前30回程度書いたので、終わりかな?と思ったら小浜鉄道の營業報告書を読むと多少面白い事が書いてあったので。


雲仙鉄道についてはブログなどに取り上げられていますが、千々石~小浜に到る旧鉄道跡に3つのトンネルがあります。このトンネルについては名前がついていません。上の写真は千々石方面から通る最初のトンネルです。普通、トンネルの上の方には、トンネルの名前などの銘板があるのですが、ありません。出たところをみても同じ。


下は、二番目、真ん中になりますが、これにもありません。


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千々石側からいった最後のトンネル。小浜町になります。これにもありません、ですが。

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最後のトンネルを抜けたあと、回れ右をしたところ。右の方に何やら四角い、貼り付けて剥がしたような跡が。トンネルの銘板かなと思ったら、この長さじゃトンネルの口にかかってはみ出るので違うでしょう。で、何なの、といわれると分かりません。

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さて、先日、大正13年上期 第7回營業報告書を読むと工事の状況、トンネルの様子などもわかり・・・

大正13年9月30日現在石工区工事出来高として


戸崎第一号隧道(全長貮百七拾四呎)ハ 九月廿八日貫通ス

戸崎第二号隧道(全長六百参拾四呎)ハ 四百参拾参呎掘鑿セリ

とあり、戸崎は千々石町。鉄道の運転開始が昭和2年なので、まだまだですね。三番目のトンネルはまだ手つかずです。


別に「戸崎兩隧道及び富津隧道」とありますが、まだ全線開通をして無く、「戸崎隧道」「富津隧道」はあくまで營業報告書なので、仮に付けた名前の気もするのですが。


この工事の請負は「大正十三年三月十二日、大分土木株式會社ト第一回工事請負契約帰結セル一工區(延長一哩四鎖戸崎兩隧道及び富津隧道ヲ含ム)ハ  四月廿日工事に着手セリ」とありもう一つ


「・・・(第一回契約区間ヲ除ク)區間工事ヲ第二工區トシテ古土木會社と第二回工事請負契約・・・」とありこの「古土木會社」については不明。ということで、実際に工事を手がけた会社名が分かります。


なお、株主として

「小浜町 242名」「千々石村 5名」「愛野町 17名」「山田村 26名」「守山村 5名」「伊福村 1名」「古部村 6名」「西郷村 5名」「神代村 27名」「土黒村 6名」「多比良村 2名」「湯江村 1名」「大三東村 9名」「三會村 1名」「島原町 59名」「深江村 2名」「布津村 1名」「布津村 1名」「北有馬村 2名」「口之津村 2名」「加津佐村 16名」「杉谷村 6名」「南串山村 38名」「北串山村 25名」「長崎市 104名」「北高来郡 15名」「県外 3名」


となっており、株主でダントツに株保有が多いのが、小浜の湯田大夫また小浜鉄道の社長「本多親宗」氏。


各村で小浜鉄道に直接関係あるのが、千々上村、小浜村。
北串山、南串山は小浜村のお隣なので、間接的には関係あるかなと思われます。千々石は小浜鉄道の始発点になりますが、株主が少ないのは、すでに千々石まで温泉鉄道が通っていて、小浜まで鉄道が開通すると千々石には下りる人もなくなり、泊まる人もなくなくなるので
(温泉鉄道で千々石まで来て、海水浴、また、小浜、雲仙まで遊びに行っていました)・・・と邪推しているのですが。

Img_20200710_0001  

下の写真、「雲仙岳後援會」発行の写真集「雲仙」より。発行された年が「昭和2年9月」。小浜鉄道が開業したのが「昭和2年3月」ですから、この写真がトンネルを撮した最初の写真ではないかと思うのですが、よく、絵葉書などで利用されています。

「雲仙岳後援會」は「長崎県廳内」となっているので県庁に電話をかけたら「分んな~い」とのご返事でした。


なお、このトンネルを「木津トンネル」と書いたブログがありますが、上の営業報告書には「富津隧道」と書いてあり、地図をみても富津の上の方です。多分この写真には「kitsu Tunnel」となっているからでしょうが、トンネルの名前を付ければ正式には絶対「富津トンネル」が正解です。


Img_20200710_0002  

なお、Goggleのマップでみたら「小浜鉄道」が「旧温泉軽便鉄道 雲仙小浜駅跡」「旧温泉軽便鉄道 富津駅跡」と書いてあり、これ、「温泉軽便鉄道」は愛野~千々石間の鉄道の名称です。間違いはどこにでもありますが、もっとよく調べてものです。もっとも「木津駅」ではなく「木津の浜駅跡」とこれは正確に書いてありましたが。

やっと、無事に3回目を書き終えました。疲れた😩・・・。

追記
各ブログを読むと、このトンネルを抜けるのが狭くて怖かった、と書いてありますが、トンネル前でしばらく待って、同方向に行く車の後についていくと安全に通れます。



2020年7月 8日 (水)

「ダルゴナコーヒー(タルゴナコーヒー)」を作ってみた

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「僕も飲みたい、ダルゴナコーヒー」。とドラえもんも言ってます。

今、流行っているみたいで、興味を持ったものは、やらなきゃ気が済まない、というのが僕の悪い癖。


韓国で生まれ、現在、日本でも流行りつつあるそうです。さっそく作ってみました。準備は簡単で・・・


・インスタントコーヒー 大さじ1

・砂糖 大さじ1
・水(お湯・牛乳) 大さじ1
・牛乳 適量
・ボール 
・泡立て器
コップ

私の
友達、最近見ないと思ったら、コップに隠れていました。
コップを洗って、準備完了。コップはフランス製です。バカラです。バリバリの本物です(多分)。シングルモルト・ウィスキーに凝っていた頃に買いました。良い物を飲むときは、良い器で。ビールのおまけのコップなど使わないように。味が全然ちゃいます。


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インスタントコーヒーと砂糖とお湯(私は水を使いました、牛乳でも良いそうです)を入れ、泡立て器で泡を立てます。

ケーキを作るとき卵白を泡立てた事はありますが、コーヒーと水と砂糖で泡が立つのかよ?と思って、数回かき混ぜると右の状態。意外と簡単に泡が立ち始めました。


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で、ある作り方には450回かき回すなどと書いてありましたが、別にそんなことも無く3~5分程度、角が立つまで泡を立て・・・

牛乳に氷を入れても良し、温めた牛乳でも良し。今日は少し暑かったので氷を入れました。その中に、泡立てたのを入れると一番上の写真。あとは、かき混ぜて飲むだけ。


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お味としてはコーヒーと牛乳ですから、基本、コーヒー牛乳ですが、もったりとした感触でいってみれば「超高級・フランス料理風コーヒー牛乳」でした。少しくはまってしまって、昨日から3回ほど作ってみました。

なお、味の方は甘党の方は砂糖を多めに、大人風にはコーヒーを多めに(基本・インスタントコーヒー1:砂糖1:お湯1)と調整を。泡立て器でなくて、ハンドミキサーで良いのですが、時間もかからず、手入れも簡単なので、泡立て器の方がいいではないかと。


2020年7月 6日 (月)

島原半島「鳥瞰図」

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写真がボケ気味ですが、クリックするときれいに見えるのもあります。そうで無いのもありますが(^^;)。

最近、上のチラシ、ポスターを見かけることが多くなりました。「一般財団法人 島原半島観光連盟」が出したもので、「県内宿泊で5000円得する!」というもので、合わせて島原半島内に宿泊をすると、お得になるというもの。らしいです。


で、上の島原半島の絵図。「鳥瞰図」です。鳥が高いところを飛び、その視点で風景を描いた物です。この絵図を見て、どこかで見たなと思い、私が持っている島原半島関係の鳥瞰図を引っ張り出してみました。もちろん原画ではなく、旅館、観光案内などで印刷をされたものです。


下は「大正の広重」といわれた吉田初三郎の弟子”金子常光”が描いた「国立公園 雲仙大観」。雲仙の宮崎旅館の案内に載っています(昔のです、以下全部、昔のものです)。なんとなく、チラシのイメージっぽいですね。


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作者は分かりませんが「雲仙国立公園協会発行」になっています。これもなんとなく、ポスターの図柄と似ていますね。

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「原城趾 絵図案内」となっており、著作権と発行者が南有馬村の「江田廣・松島歳巳」となっていて、絵を描いたのが松島歳巳」さんみたいです。

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真ん中の所「本丸」「ほねかみ地蔵」「空濠」「佐分利碑」等と書いてあり、「原城」ですね。

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「沿線案内 島原鉄道 口之津鉄道 温泉軽便鉄道」とあり、”著作権者兼発行者”が「植木元太郎」になっており、島原鉄道を作った方です。島原半島の「鳥瞰図」は大半が雲仙を中心に描いてありますが、こちらは中心が島原市になっており珍しいと思います。

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”門司鐵道局”の「雲仙岳」。鐵道局の案内にしては、あっさりしてますね。

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真打ちの「吉田初三郎」の絵図。さすが迫力が違います。

”大阪毎日新聞社発行”の「日本鳥瞰 九州大図絵」。九州全体が書いてあります。端の方に「要塞司令部認可」文字があり、時代を感じさせます。


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「釜山」「京城」などの文字も見えます。右は高千穂あたり。

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”九州ホテル”の案内「日本八景 雲仙岳」。

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雲仙の中心地ですが、よく細かいところまで描いています。右は”千々石”あたりですが「千々石」が「千々岩」になっています。この頃の絵図、地図などを見ると良く「千々岩」と書いてありますが・・・。「橘中佐像」もあります。車が走っているところも書き込んであります。

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下は「大阪毎日新聞・東京日日新聞」が選定した「日本八景」。全部「吉田初三郎」が描いていますが、これが「主婦之友」の昭和5年8月号の附録。

Photo_20200706203101  

「日本八景」については、興味ある資料を入手したので後日。

一番上のポスターの絵図、よく見ると雲仙災害後の砂防ダムまで書いてあり、昔の図柄を利用して、良く工夫して描いたと思います。ポスターで見るとかなりの迫力があります。



2020年7月 4日 (土)

二つの「千々石橋」~雲仙市千々石町

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某日、下の白黒の葉書を手に入れ、私、地場産ではないため、千々石生まれ、千々石育ちの、昔美人だったと思われる方に「これ、千々石橋?」と聞いたら「千々石橋は国道にある方でしょう」とのご返事。

上の写真、向こう側が国道にある橋。昔、雲仙鉄道が走っていた所です。手前の橋は、島原街道の道で、島原から田代原を通り千々石を通り森山町唐比に到る街道にかかっています。


一応、橋の名前を見てみると、上の国道の橋、「千々石橋」「竣工 昭和29年7月」。


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島原街道に架かる橋「千々石橋」「竣工 平成7年7月」。

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ということで、おかしいじゃありませんか。同じ町内に同じ橋の名前。

困るでしょう、「千々石橋の所で待っているよ」と約束をし、彼女が国道の橋、彼氏が旧街道の橋。すれ違いで「君の名は」(古いな~)の悲劇になるじゃないですか。もっとも、今は携帯があるので大丈夫でしょうが。私も、若いときに携帯があったら、もっと違う人生になっていたかなと、橋のたもとで思いました。

ということで、少し調べました。


下の左の写真は千々石町の”老人クラブ連合会”で作った「千々石町 懐かしいふるさと写真集」(平成4年刊)。説明には「大正12年 千々石橋渡り初め式(先頭は椿山家)」となっています。現在の橋は右の写真になり、架け替えたことは一目瞭然。


で、「千々石町郷土誌」(平成10年刊)によれば、「千々石橋」と「新千々石橋」の記載があり・・・


「千々石橋」、架設年月が昭和29年1月。即ち、国道に架かっている橋。

「新千々石橋」同じく平成7年8月(ママ)。街道に架かる橋。(多分、橋に書いてある7月が正解なのではないかと思うのですが・・・)。これでなんとなく納得?。

当然、「新千々石橋」が先に架かっているので「千々石橋」。国道筋が新しいので「新千々石橋」ではないかと思うのですが、理由は分かりません。


下の地図は「明治33年測図及び則図の縮尺昭和17年第2回修正則図及び及び修正則図の縮図同25年応急修正」です。

千々石橋あたりを拡大しました。


千々石町郷土誌には「大正12年温泉軽便鉄道(千々石~愛野)開通」。「大正15年 小浜鉄道(千々石~北村)開通」(ここら辺、多少の疑問あり)。となっており、温泉軽便鉄道の千々石駅は国道の「千々石橋」の愛野寄りにあり、小浜鉄道が着工されるまでは、国道の鉄橋はありません。

国道は雲仙鉄道(昭和8年温泉軽便鉄道と小浜鉄道が合併)が廃止されたのが昭和13年ですから、この後、鉄路が道路になり、鉄橋が橋になったのではないかと思われます。


地図の赤丸、上が国道の「千々石橋」。下の赤丸が街道の「千々石橋」。茶色の矢印が「国道」。緑の道路は片側が実線、片側が点線なので、「道幅2米以上の町村道」ですから昭和25年頃には、国道と町村道が混在していたことが分かります。 


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左が大正12年の橋の渡り初め。右が現在の橋。作り替えたのが分かります。

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下の絵葉書は時代が分かりませんが、裏をみたら英語で走り書きがありました。

この風景、千々石橋の近くにしかありません。大正12年の橋とは違うことが分かります。特に橋脚の所、木で作ったものだと思われます。上の方は木製なのか、土を固めたものかは分かりません。


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下は旧家から出てきた絵葉書で、年賀葉書に使っていて「明治41年1月1日」の日付があります。「千々石川畔ノ松並木」とありますから、この風景、千々石橋の近くだと思われます。

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現在の千々石川、橋の上から撮りましたが、松の様子など見ると、今も同じですね。

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明治42年の絵葉書、赤丸の所、何やら橋みたいなので拡大してみました。赤丸の所なんとなく、橋脚みたいな感じです。

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さて、問題なのがこの「千々石橋」という名称。

明治12年の「千々石村村史」には、「中島橋」「上町橋」「金谷下ノ橋」「同上ノ橋」「大門橋」との記載があり、後者の4つの橋は全然該当地区でなく、ただ、「中島橋」に「木造三等道ニ属ス 村ノ西北千々石川ノ下流二架ス 長九間幅壱丈水ノ深四尺海潮橋下に到ル」との記載があり、また、「千々石史談第三号」に郷土史家関良孝氏の書かれたものには、明治12年の千々石村村史を引用しながら「中島橋(千々石橋のこと・・・」との記載があり、「中島橋」が「千々石橋」であったかと思われます。なお、この橋は海からそう遠くないところにあり、「・・海潮橋下二到ル」とはピッタリします。


なお、「中島橋」の名称については、この川は「中島」という地区も通っており、「中島橋」というのも、うなずけるところです。

ということで、この橋は架け替えがあるとはいえ、明治12年には存在していたことが分かります。

「島原藩主 長崎監視の道」(島原殿さん道の会刊)に「将軍綱吉は寛文九年(1669)七月二十六日松平忠房を召して『長崎の事務を監察せよ』と命じました。忠房は参観の前後、長崎を巡視して直接その詳細を将軍に報告していました。」と書いてあり、この本の地図を見れば、松平忠房公はこの道を通っていたと思われます。

お殿様を駕籠から下ろし、川を渡らせるとは考えにくく、多分、江戸時代から橋があったのではないかと想像するのですが・・・

今日は多少お疲れ気味で、乱文でしたm(_ _)m。



2020年7月 2日 (木)

私の「コーヒードリッパー」について

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コーヒーの入れ方については、サイフォン、エスプレッソ、トルコ方式、今、家庭で手軽に使えるコーヒーメーカーも普及してきているようです。

一般的なのは、上の写真ようなドリップ式を使っている方が多いと思います。左は一杯ずつ分けてあり、そのまま使えてポイできるので便利ですが、コストが高め。右は、ドリッパーだけ準備すれば、買うのはコーヒー豆とフィルターだけで、後始末も簡単でコスパに優れています。


今回買ってみたのが、ステンレスのドリッパー。紙のフィルターがあると、コーヒーオイルが吸い取られ、コーヒーの味わいが薄くなるとか。ステンレスドリッパーだったら、ストレートにコーヒーが漉されるので、その分味わいが深いとかいうことで入手してみました。


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入れ方は普通のドリッパーと一緒で、コーヒー粉を入れ(私のには、1,2の目盛りがあり、1は一人分)お湯を入れるだけ。右の写真、八分目までお湯を注ぐと、約150CC程度。

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お湯が落ちるまで1分30秒程度。最後は下の左の写真のように、多少お湯がお残りますが、これからは「ポタリ・・・ポタリ・・・ポタリ・・・」という感じで、最後まで待つと、いつになるのか分からないので、ここらで終わるのがベター。全部お湯が落ちるのを待つと、コーヒーが冷えちゃいます。

紙のフィルターと違って、多少粉が残りますね。お手入れは上の二つに比べると、少し面倒臭い。4杯分のドリッパーもありますが、多分、時間がかかりそうな感じで、1杯分が無難かと。


お味ですね。確かに紙のフィルターよりコーヒーの味が深まった感じでした(個人的感想)。10回程度使いましたが、後始末は今のところサッと洗い流すだけ。目詰まりしたら、ブラシなんかを使う予定。


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以前使ってたもの。

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カップの上にフィルターの部分をのせ、本体を取り付け、コーヒー豆を投入。

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上にお湯を入れるカップをのせ、矢印の所に印があるので、ここまでお湯を入れます(1杯分のみ)。で、右のボタンを押すと本体が回り、コーヒーにお湯がまんべんなく注がれる、という仕掛け。見ていると楽しい。できあがりが150CC程度。

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お湯が冷えないようにフタをかぶせておき、約1分半程度。これも、紙のフィルターを使わないので、コーヒーの深い味が楽しめます(個人的感想)。フィルター部分の編み目が少し荒いためか粉が若干残ります。後始末も若干面倒臭い。

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私の母の実家は少し洒落ていて、昭和30年代、遊びに行くと朝からはパンとコーヒーでした。人数が多いので、ホーローのポットにネルのフィルターを使ってコーヒーを入れてました。

喫茶店でこの方法で入れている所もまだありますね。アレって、いっぺんに沢山作るので、一番美味しい気がしています。

以上が昨日6月2日のブログでしたが、今日6月3日に間違いに気づいたので、訂正と気づきです。

(訂正と気づき)

ドリップした後のコーヒーの粉が残った写真、二枚同じものを使っていました。
「以前使っていたドリッパー」の写真は下の方が正解です。

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なお、コーヒーの粉は細挽きを使いましたが、中挽き、荒挽きなら又別の結果も出るかとm(_ _)m。




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