「綴る女 評伝・宮尾登美子」★林真理子著~宮尾登美子さんの思い出
映画「鬼龍院花子の生涯」。伝説の女優、夏目雅子さんの「なめたらあかんぜよ!」のセリフは一世を風靡しました。
元々は小説で作者は宮尾登美子さん。
実は短いながらも宮尾登美子さんのところに出入りしたことがあり、林真理子さんの本を読むにつけ思い出があったので・・・
この本の、147頁の最後の二行目から次の頁の最初から二行目のわずかな四行の事なのですが。
学校を卒業して就職を決めるとき、本が好きだから出版社にでもと考えたのですが、その前に印刷、本作りの現場からと思い印刷会社に入りました。
先輩について色々な会社を回りました。その一つに、この本に書いてある「第一生命住宅(編集部注・現在の総合住宅」があり、宮尾登美子さんは「ここで嘱託の広報研修主任となりPR誌を作る。」という事をやっておられました。
このPR誌、「サンルーム」だったか「さんるーむ」だったか?先輩が担当でしたが、もう一つ宮尾登美子さんの出世作になった、自費出版の「櫂」を担当していました。しばらくして私が「サンルーム」を担当し、先輩が引き続き「櫂」担当。
というようなことで、先輩と一緒に宮尾登美子さんのところに出入りしていました。
確か中二階のこぢんまりした部屋で、「広報研修主任」とは書いてありますが、一人きっりで原稿書き、レイアウト等をされいて、閑な折には先輩と二人でサボりがてら遊びに行っていました。
林真理子さんの本に出てくる話、置屋の娘だったこと、満州に行って苦労して引き上げたこと、その他、訪問販売で参考書を売って歩いたこと等も伺いました。
出世作「櫂」を書く以前、女流新人賞をとり、高知新聞にも連載をされ郷土では有名であったものの、それっきりで、上京してもあまり評判にもならず、自費出版で「櫂」を書きます。普通、原稿を受け取り、初校のゲラ刷りを渡し、校正をしてもらい、それを印刷会社で直し、二校(多くても三校)を渡し、それで校了し印刷にかかるのですが、これが、確か5,6校までいったと思います。
今は文字を直すのはPCでするので簡単ですが、昔は活字を組んでいたので、最初の頁に一行挿入すると最後の頁まで活字を移動させなくてはいけないので、大幅な直しは大変でした。工場からは、カンベンしてよ、の声が漏れていました。まさに、石に字を書くという感じでした。「櫂」は500部の自費出版でしたが、当時「櫂」という字は活字にはなく、木で作字して、本の中に「櫂」という字があると、多少、多きめの字になったような気がします。
この「櫂」が太宰治賞を取り、その後、東宝から舞台劇にしたいという事で、若尾文子主演で評判になり、あれよあれよという間に有名作家になりました。もちろん、この頃には第一生命住宅はやめていました。
「櫂」が受賞した当時の事を、筑摩書房の高橋忠行氏は「清楚で、八千草薫か、奈良岡朋子か、っていう感じの美人でした。」と書いています。が、私が出入りしたときは、普通のオバチャンという感じでした。もっとも私が20代前半、宮尾登美子さんが40代半で、私の審美眼にも問題もあるのですが、そう感じたのかもしれませんm(_ _)m。「清楚で」とは書いてありますが、良く「校正は、まだ!」と電話で叱られたものでした。
とにかく、賞を取ってからは、あれよあれよという出世で、TVに出演されているときは、和服を着こなし、あの凜々しい姿にはビックリしました。なにせ、事務服の姿しか見たことが無いので。
もちろん努力もありますが、人が運命の波に乗ったときは、すごいものだと思ったものでした。
今から考えると、サインの一枚でも貰っていれば良かったと思うのですが・・・やめられる前、先輩と二人、とんかつ屋でご馳走になりました。
森真理子さんの本を読みながら、いろいろ思い出しながら、ダラダラとかいてみました。良い思い出でした。
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コメント
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とてもようございました・・・
東京時代、懐かしく思い出されます。
投稿: むさしの想坊 | 2020年3月18日 (水) 09時32分
はい、まったく、そのとおりで・・・良い時代でした・・・
>むさしの想坊さん
>
>とてもようございました・・・
>東京時代、懐かしく思い出されます。
投稿: sugikan | 2020年3月18日 (水) 20時13分