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2020年3月26日 (木)

栗原玉葉の墓を訪ねて

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以前、栗原玉葉について多少触れたことがあります→こちらをクリック。詳しくはWikipediaで→こちらをクリック

吾妻町(現雲仙市吾妻町)の方と話をしていると、玉葉に関する話をよく聞くことがあり、墓地が吾妻町の、なんとか墓地の一番上にあり、横に蛙石というのがあり、風の日には口から風がはいり音を出す、という話を聞いていたのですが一度は行ってみたいと思いながらも、場所が分からずということだったのですが・・・


私の「一畳のきまぐれ資料館」に、玉葉の口絵を描いた雑誌等を並べていたら、吾妻町の文化協会の方が三名ほど見えられ、玉葉さんの事を話していたら、墓の場所が分かり出かけてみました。


そのおり文化協会の機関誌を3部ほどいただき、これに墓の事も詳しく書いてありました。なお、墓は東京の谷中墓地にもあったそうですが、「墓碑は無縁墓地として撤去されてしまったという。」(栗原玉葉・五味俊晶編~下の本になります)ということです。栗原玉葉は生涯独身でした。


玉葉の墓は新しいようで、建立の年を調べようとしましたが、一段高いところにあり、上にあがるのもチョットと(気の弱い私)いう事もあり、後ろからと思ったら藪で入れず確かめられませんでした。ヒョッとしたら改修したものか?


この玉葉の墓の横にひときわ目立つ大きな石のうえに、蛙の焼き物が置いてあり、玉葉さんの墓より目立ちます。「蛙石」と思っていたので、蛙に似た石があるのかと思ったいたので、ビックリしました。


この蛙の焼き物を作ったのは玉葉のお兄さん「栗原源治」。広島の高等師範学校教授だったそうで、日本画、油絵等の作品も吾妻町に残っており、一度日本画を拝見しましたが力強い作品でした。


蛙石からみた玉葉の墓、逆から見た蛙石。


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この蛙さん、実は奥様の遺骨を納めた墓だそうです。以下は、「文協 あずま」にMさんが寄稿されているのを抜粋します。

この奥さんの遺骨を納めた焼物の墓は、大きな石の上の台座の上に建っています。その墓碑銘には、奥さんが琴を弾いていると、その音に河鹿(蛙)が誘われて出てきたという由来が記されています。銘の一部を読んでみると 明け暮れに四琴の音 誘う河津 居て と刻まれています。開いた蛙の口から風が入ると鳴くのだと云われています。


という事だそうです。


なお「墓碑銘」と書いてあるので、銘板がはめ込まれているのかと、何回か岩の回りを回ってみても見当たらず、あきらめたころ、ヒョッと蛙さんを見たら、お腹の所に書いてありました。Mさんが紹介された銘は前半の部分で、あと後半があるのですが、残念ながら高いところにあり、写真を撮ってきましたが、読み取れませんでした。


なお、岩の下の方に小さな標柱があり「平成6年1月吉日改修工事」と彫ってあったので、ヒョッとしたら玉葉さんの墓石も、その時改修したのかな?


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今回は吾妻町文化協会の方のお話が参考になり、ここを借りてお礼申し上げます。また、吾妻町文化協会の機関誌「文協 あづま」と、「栗原玉葉・五味俊晶編」の本にお世話になりました。詳しく知りたい方は「栗原玉葉」をお読みください。

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下は「第三回帝展入選作(大正10年)・清姫物語」。絵葉書になったもので、現在消息不明だそうです。絵葉書はあちらこちらのネットオークッションで見かけられます。興味のある方は探してみてください。

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