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2020年2月18日 (火)

「諏訪神社の神馬」~諏訪神社★長崎の古絵葉書⑤

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「神馬(じんめ・しんば・かみうま)」。昔は本当の馬を奉納してたそうですが、金がかかるし、貰った方も飼育に手がかかるしということで、馬を奉納する代わりに、馬の絵を描いて奉納をしたそうです。正月に願い事を書いて奉納する「絵馬(えま)」の起こりだそうです(多分、ここは、皆さんで調べてみてください)。

諏訪神社の神馬像。この神馬像は「アルバム長崎百年 華の長崎」(ブライアン・バークガフニ著)に「靑銅の神馬は、長崎製鉄所(現・三菱長崎造船所)の創業記念として明治3年に奉納された」ということですが、残念ながら「太平洋戦争中の金属回収により供出された」そうです。


現代の神馬は、「北村西望」102歳の時の作品。昭和天皇御在位60年を記念して、昭和60年に奉納されたものです。


で、上の写真は長坂を登った中門と拝殿の間の広場ということが分かると思います。写真で、柵の有り無し(左の写真後ろの方に柵らしき物が見えますが・・・)、灯籠の形が違いますが、右の写真の灯籠は新しいものと思われます。


で、もう二枚絵葉書を手に入れましたが、場所が違うんですね。「アルバム長崎百年 華の長崎」には「昭和3年に諏訪公園口に移された。」とは書いてあるのですが、左の写真赤丸印が「神馬」。後ろの建物どう見ても「月見茶屋」。ただ、月見茶屋の所に鳥居があるかどうか、記憶にございません、でしたのですが、諏訪神社のホームページの「境内散策」の所に「境内全図」の絵図があり、月見茶屋の所にちゃんと鳥居が描かれていました。と言うことで、この神馬、月見茶屋の所に移されていたことが分かります。

もっとも、少し行った所から左に下ると「諏訪公園(現長崎公園)」ですが・・・

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下の写真が「長崎公園」。長崎公園のFacebookによると「明治6年に太政官布16号の配布により公園に制定された」そうです。太政官布16号による全国21の公園は日本でも最古の公園だと言われているそうです。

最初は「諏訪公園」。明治22年に維持管理を県から市に委譲され、翌年市設公園として「長崎公園」と改名されたということです。

絵葉書には「諏訪公園の一部」となっているので、明治23年以前の絵葉書だとは思うのですが、未だに「諏訪公園」といってる方もいるので、どうなんでしょう・・・?


この公園、入場料がロハなので小さいときによく来たものでした。懐かしい~(^_^)v。


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