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2020年1月

2020年1月30日 (木)

「老人初心者の覚悟」★阿川佐和子著

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さわやか佐和子さん、3週間もブラジャーを洗わないんだそうです。「かって私は胸当て下着(すなわちブラジャー)を三週間洗わない『不届き者』とよば呼ばれた女である。」とちゃんと書いてあります。

佐和子さん1953年11月生まれで、66歳。


本の写真見ると若いですね。まだ、どうみても50歳くらい。といっても佐和子さん。「シワの他にも毛髪のボリューム問題、頬垂れ問題、腹部周辺浮き輪現象(別名チチ下肉問題)」とお悩みのようです。

お父さんは「阿川弘之」氏。かなり厳しいお父さんみたいで、電話をかけているとき・・・


「いえいえ、とんでもございません」

そう私が声を発した途端、少し離れたところにいたはずの父がすっ飛んできて、
「とんでもございませんという日本語はございません。とんでもないと言え、とんでもないと!」
怒鳴られた。父に言わせれば「とんでもない」の「ない」は否定の「ない」ではない。「はかない」とか「やるせない」とか「せつない」と同様、それだけで完結している言葉である。「せつない」を丁寧に言おうとして「せつございません」とは言わんだろう。「はかない」を「はかございません」とは言わないぞ。だから「とんでもない」を丁寧に言おうとすれば「とんでもないです」あるいは「とんでもないことでございます」と言いなさい・・・といわれたそうですが、これ、電話をかけている最中、横で言われたそうです。娘としてたまりませんね。

このようなオヤジって今はいませんね。


さて、佐和子さん結婚されましたが、亭主の方、所々に顔を出します。


「今のうちに言っておきますけど、もし、私が先に死にかけても、延命措置はしないでね」

数独に夢中の亭主殿に念を押す。すると数独から目をそらすこともなく、、
「わかっている、わかっているしませんよ、なーんにもしませんよ」
そんなにあっさり言われると、ちょっと、寂しい気もする」

と、まあなんとなくうまく行っているようで、佐和子さん、まさか結婚するとは思いませんでしたが、ファンだったので残念ですが、いつまでもお幸せに。人生100年時代、66歳程度では、「老人初心者」とは言えませんね。


なお、この本の一番面白い所は、父の阿川弘之氏との絡みですが、現代だったら家庭内暴力に近いですね。



2020年1月28日 (火)

「駄菓子屋」さん

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私が小さいときは、上の写真のような駄菓子屋さんがまだありました。仲間と店先でたむろしていました(今の子どもはコンビニでたむろしていますが)。写真はズボンなどはいていないので、大正~昭和初期の頃の風景だと思われます。

雲仙に「おもちゃ博物館」があり、昔ながらの駄菓子屋さんの雰囲気が味わえます。
以前紹介したので→こちらをクリック


写真を見ていたら懐かしく、駄菓子(らしき)ものを見かけたら買ってみました。

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左はなんとなく昔っぽい駄菓子。特に、「イカ」は懐かしい。

右はキャラメルですが、エンゼル印の森永のキャラメル。グリコは「一粒300メートル」がキャッチフレーズで、「おまけ」のおもちゃが入っていて楽しみに買っていました。おまけが入ったものを捜したのですが、近くの店には置いてありませんでした。


子どもたちは、チョコボールは食べると思いますが、キャラメルをあげても喜ぶ子どもはあまりいないような・・・


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駄菓子っぽくありませんが、チョコボール、普通の2,5倍だそうです。

湖池屋さん、頑張っていますね、右は分かりますが、左の「罪なきからげ」ってなんでしょう?ホームページなどをあせってみましたが、意味不明。お味としては駄菓子っぽい感じ。裏をみると「スナック菓子」となっていて、今じゃ「駄菓子」って言わないんですね。


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ということで全部食べてみました。昔の駄菓子は五円、十円で買えたのですが・・・



2020年1月26日 (日)

「入増盛算」を読み解く~河鍋暁斎・勝文斎合作

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河鍋暁斎と勝文斎合作の「入増盛算」。恵比寿さんとお多福さんと大黒さん。縁起の良い組み合わせで、「入」も「増」も「盛」も縁起の良い言葉。「入増盛算」は「いりぞうますざん」「いりますせいざん」等、何種類かあるみたいですが、熟語としても辞書には載っていないので、確たる読み方は分かりません。明治期の作品になります。

この錦絵には調べると二種類あるみたいで、右下の作者名がこれでは「惺々暁斎」、これは河鍋暁斎のこと。もう一つは「勝文斎」と書いたのがありますが、理由は調べましたが、分かりませんでした。また、これを利用した引き札(昔のチラシ、ポスター)もあります。


書いてあるのを読むと、最初は分からなかったものの、「読み解く」まではいきませんが、多少は分かってきました。


「木材の間を 三厘」、多分、木材すなわち、木が植わっているところは「山林(さんりん)」。

「火を起こすを 七厘」、そのものズバリで、火を起こすのを「七輪(しちりん)」。「七輪」の値段が「七厘」という話もどこかで読んだ覚えがあります。
「水っぽい酒は 四圓」、「圓」は「円」の旧字。水っぽい酒では「四円(よえん・酔えん)」。
「東京は日本の 壱」、多分、東京は日本「一(いち)」という意味か?
「本因坊ハ 五」、本因坊といえば「碁」。
「女の大やくハ 三」、「三と三並んで女の大厄」は「寅さん」の「啖呵売」のでセリフ。女性の大厄は33歳で「三」と関係あり。
「富岡ハ 八万」、富岡といえば「八幡宮(はちまんぐう)」。
「寝てくらすは 壱升」、「一生(いっしょう)寝て暮らしたい」ものですが・・・・
「はな風ひきハ 八九升」、鼻風邪をひいたら「ハックション」。
「千葉周作ハ 一斗」「宮本無三四ハ(宮本武蔵?) 二斗」、千葉周作は「一刀(いっとう)流」、宮本武蔵は「二刀(にとう)流」。 

「から鉄砲ハ 五斗」とはなんでしょう?私、すでに空鉄砲になっているので、気になります。


読んで見れば、語呂合わせ、現代流にいえば「オヤジギャグ」。でも、こうやって、縁起のいい絵と組み合わせてみると面白いですね。


まだ、意味不明のところがありますが、しばらくこの錦絵で遊んでみようと思います。なお、字の読み方の間違い、解釈の誤りもあるとは思いますが、ご愛敬でお許しのほどを。なお、パソコンでは出ない字もありました。


絵はクリックすると拡大するので、皆様も意味を考えて、お楽しみのほどを。



2020年1月23日 (木)

平野レミ「明太バター餅」VS朝イチ「ふわふわ!卵かけご飯」★簡単レシピ料理

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今日はカミサンがお食事会とやらで留守。

コンビニの弁当を考えましたが、少し飽きたので、ネットを調べると、平野レミさんの「明太バター餅」というのが出ていて、超簡単なのでこれをひとつ。


レミさんと言えば若いときラジオに出ていて、ジュークボックスの音楽をかけ、参加者が男性の歌手が出るか、女性の歌手が出るか当てるとき「男が出るか!女が出るか!」と大声で言っていましたが、その平野レミさんも御年72歳。


今年もNHKで早業の調理をやっていましたが、少しお年のせいなのか、手順が違ったりで、アナウンサーの方が訂正の助言などをしていました・・・

さて「明太バター餅」です。お餅(冷凍の場合はレンジでチンして少し柔らかくしておいた方がベター)と明太子小さじ1、バター小さじ1を左のように準備し、醤油をタラリ、ラップをして電子レンジ600Wで50秒程度(餅の大きさにもよります)。かき混ぜて、あとは海苔に包んで出来上がり。

まあ、本当に簡単で、味の方はなんとなく、やみつきになるなという感じ。小腹が空いたとき、時節柄、受験生のチョットした夜食にピッタリです。


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餅だけでは足りないので、もう一品と思っていたら、NKHあさイチのJAPA-NAVIで冬の鎌倉特集のなか、電車の中でご飯を食べるところがあり、それが「ふわふわ!卵かけご飯」。

「休日ともなると、早朝から行列のできる人気の『卵かけご飯』」となっていましたが、電車に乗って、風景を楽しみながら食事をするのが好きな方は別として、「ふわふわ!卵かけご飯」だけだったら、電車にのらなくても、行列をしなくても自分の家で作れます。


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最初は卵の黄身と白身を分けます。ここで、都々逸などを口ずさみ「私とあなたは卵の仲よ/僕は白身で黄身(君)を抱く」。いい都々逸すね、口ずさみながら、いい声だな~と思いました。

あとは、白身を泡立てメレンゲ状態にするだけ。番組では小さな泡立て器(ケーキを作る泡立て器の小型)を使っていましたが、無ければフォークを写真のように二つ組み合わせて、といってましたが、やりにくいのでフォーク1本で泡立てました。しっかりと泡立ててください。

電動式の泡立て器もあるのですが、少し時間はかかりますが、自分の手でした方が、「料理を作ったぜ!」という気分は味わえます。泡立てのコツは、ただ、かき混ぜるのでは無く、空気を入れ込むような感じで混ぜること。


で、あとは上の写真のように黄身をのせますが、潰れてしまいました。どうせ、全部混ぜるのでどうでも良いことですが。


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番組では醤油も特別なのを使っていましたが、私は減塩醤油で。

食してみて、ビックリしました。「卵かけごはん」が、白身をメレンゲにしただけで、こんなに変わるもなのか。「卵かけご飯」の概念が変わりました。コロンブスの卵、考えた方は天才。


これも、簡単なので是非作って食べてみてください。これが不味いという方、味音痴の方です。



2020年1月20日 (月)

「iPhone11」★スマホは踏まないで・・・

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先日「iPhone11」の事を書いたばかりですが、3日ほど前、車を下りるとき何か落としたなとは感じたのですが、大きな荷物を持っていたので、そのまま歩いたら、何やら「ガシャ」よくみるとスマホを踏んじゃってました。

保護ガラスを貼っているので大丈夫かな、と思いつつも、踏んだときの音がなんとなく不吉で、保護ガラスを剥ぐと上の写真のとおり、丁度耳に当てるところと自撮りのレンズのところにヒビ、ですね。


内部に故障がないか試してみたらOK、ネット、メールその他すべてOK。いまの若い人、スマホの画面にヒビが入っても平気で持っている人が多いですね。オジサンの世代としては、なんでもきちんとしていないと気が済まないので、一瞬買い換えを考えました。


が、買うときにAppleCareに入るか、docomoのケータイ補償サービスに入るか迷ったのですが、docomoの方に入っていたので、これ、補償の対象になるかな?と思ってショップに電話すると「大丈夫すっよ」ということで、ショップに持ち込んでもOKですが、直接関係の部署の電話番号を聞いて☎しました。


全面のスクリーンの張り替えは1週間~10日かかるとかで、そんなに待てはしないので、「ほかに何か方法はない?」と聞くと、リフレッシュのスマホ(要するに買い換え、故障などをキチンとしてあるスマホ)ならあります。ということで、調べてもらうと、色、容量ともまったく同じなのがあり、ただ、11,000円(だったかかな?税抜き。ネットでも申し込みOK、10%引き。ただ、補償サービスにはいろいろな制約はあります)だということですが、もったいないとは思いつつ、これで契約をしたら、明日の18時~20時には着くとかで、本当かなとは思いましたが、本当というか16時頃には到着しました。早いこと早いこと!ということで、昨日は以前書いたように2台並べてデーター移行(説明書有り)。


ところが、途中で中断して上手くいかなく、リフレッシュのスマホはリセットして、それまでの設定などはすべて消して、傷ついたスマホは強制終了ということでやり直したら1時間ほど(途中での設定は若干あります)ですべて元に戻りました。


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下の写真、左が傷ついたスマホ、右がリフレッシュスマホ。Appもすべてそのまま移行したことが分かると思います。Appについては、この時点ではまだインストール中なのがあり、全部復帰するのに時間がかかります。

なお、LINEは古い方のスマホでデーターの移行手続きをしておいてください。また、Appについては起動するとID、パスワードを求められるのもあり、これ、ちゃんと記録しておいてください。私も、2,3忘れていたのがあり、大変でした。


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リフレッシュでどうかな?とは思いましたが、バッテリーチェックなどするとすべてOKでした。なお、旧機は10日以内に戻すようにということで、着払いの返却用の封筒も同封されていました。ショップに持って行ってもいいそうです。

皆さんも、スマホは踏まないで・・・ご注意を。



2020年1月18日 (土)

「時計塔」があったげな・マジで~長崎市浜町★長崎の古絵葉書④

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最近古絵葉書を集めて、「諏訪神社の『靑銅の大鳥居』」「『蛍茶屋』と『一の瀬橋』」「『浦上駅』が『長崎駅』」ということで紹介をしましたが、浜町の絵葉書を見ると何やら時計塔が写っていて、あれ?時計塔があったけ?

ということで、長崎の写真集をあせってみると、下の写真、「ふるさと思い出の写真集 明治大正昭和 長崎」(越中哲也・白石和男共編)に載っていて、ただ、この時計塔については「現在の長崎第一の繁華街浜の町通りで、時計塔が写っているのが珍しい、大売り出しのときには一割引がはやった時期である」との説明で、どこの店屋の時計塔かは書いてありません。

もう一冊の本「アルバム長崎百年 長崎浪漫 写真でしのぶ明治・大正・昭和」(ながさき浪漫会)にも載っていて、横型の写真ですが、風景、歩いている人が同じなので、同じ写真からとったものだと思われます。こちらの説明は「浜の町商店街と思われますが今と比べれば道路が少し狭い感じもします。このころの浜の町の表店(おもてだな)の道路は三間二尺(約六メーター)でした。当時としては勿論、大通りでした。 大正時代」となっているのですが、時計塔については何も触れてありません。

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最後に見つけたのが「アルバム長崎百年 華の長崎」(ブライアン・バークガフニ編著)。さすが、ブライアンさん。説明は「浜の町鉄橋方面を臨む。右手は佐々木時計の時計台。左の洋風建築は活動写真常設館『喜楽館』。屋根越しに長崎県庁が見える。」ということで、この時計塔「佐々木時計」の時計塔でした。

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で、佐々木時計がどこにあったかというと「長崎浜の町繁盛記」に「明治末期浜の町」ということで「市丸茂の記憶図」というのが載っており、本当は左右に長いのですが、私のスキャナーでは入りきれないので、主な部分だけ載せると(クリックすると拡大します)、緑の所、右から「岡政呉服店(後の岡政デパート)」「長崎警察署」「石丸文行堂」。赤いところ一番右が「佐々木時計店」。このころもう一軒時計屋さんがあったみたいで左の赤の所が「谷口時計店」。

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「浜の町繁盛記」には明治の終わりの本通を中心とした主な商店の紹介がしてありますが、時計店として「佐々木時計店 佐々木熊吉 東浜町35」「谷口時計店 谷口三郎 同11」の記載がありました。

昭和10年の図では見当たらず、この頃は店が無かったのではないかと思われます。昭和36年の浜市商店連合会加盟店では時計店として「岡本時計店」と「稲田時計店」が載せてありました。


佐々木時計店の時計塔、残っていれば名物になっていたと思うのですが・・・



2020年1月16日 (木)

「レオナルド・ダ・ヴィンチの童話」★西村暢夫・渡辺和雄共訳・裾分一弘監修

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レオナルド・ダ・ヴィンチの童話です。ダ・ヴィンチといえば、「モナリザの微笑」ですが、芸術のみならず科学の面でも優れたものを残しています。

この本を見たとき、ホンマかいな、とは思いましたが、ホンマです。どんなかというと、一つだけ書き写してみます。



「小猿と小鳥」

小猿がね、とってもかわいい雛鳥、捕まえたんだ。
かわいいな、かわいいな。
小猿はね、小鳥を抱きしめたり、転がしたりしたんだ。
そうしたらね。
小鳥はね、死んじゃったのさ。
かわいがりすぎて、死んじゃったのさ。
あんまり強く抱きしめたからさ。
いいですか、お母さん。
あなたもね、子どもをただかわいがるだけでは、いけないんです。


現代にも通じるというか、いつの時代にも変わらないものを感じます。


寓話的なものを多く含んでいますが、ウィット、ユーモアにあふれ、自然を良く観察しながら書いている童話が沢山あります。


さて、ダ・ヴィンチの童話は解説の裾分一弘氏によれば、「寓話に関していえば、レオナルドは、先人の著作から転写、ないしはその文節を借用しながら、それを彼自身の流儀にしたがって改作、翻案しています。」と書いており、プリニュウスの「自然誌」を例に挙げています。


ダ・ヴィンチは、クリストフォロ・ランディーによるイタリア版を使っているそうですが、比較すると、「レオナルドは、もとの文節をかなりの部分にわたって書きかえていることがわかります。書きかえた部分が、まさにレオナルド自身をかたっています。その箇所から、レオナルドの人柄や、性格や、人生観等をうかがうことができるのです。」ということだそうです。


で、この本を読んでもダ・ヴィンチの童話の全貌は分からないようで、ブルーノ・ナルディーニ氏の前書きによると「この本はレオナルドが残した『童話』と『物語』を集めたものです。もちろん、全部ではありません。なぜなら、あるものはとてもグロテスクで、非現実的であり、別の本にまとめられるべきだ、と考えたからです。」という事で、この方面の童話が読めないと、ダ・ヴィンチの姿が分からないと思われます。


どんな「童話」なのか、早い出版が待たれます。



2020年1月14日 (火)

「iPhone11」~2,3の事

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昨年10月iPhone11を買いました。いささか旧聞になる事なので、ブログに書くかどうか迷いましたが・・・最近、ボケたのかスマホをどこに置いたか忘れることが多く、赤をチョイス。

実は、今年春と秋に新型が出るのが分かっていて、これを買おうと思っていたのですが、少し試したい事があったので手を出しました。


新しい機種に変えると、データーの移行が面倒くさく、今回は古い機種と新しい機種を並べてデーターをそのまま移行することができるとか。


ショップで古い機種を下取りに出すと、そのままショップに置いてこないといけないじゃないですか、で、結局ショップの中で移行をしなければならない。ただですね、これが1時間ほどかかる。


最初お近くのショップにいって、かくかくしかじか、場所を貸してもらえれば自分でやるよ、と申し出をしましたが、店員さん、なんとか、かんとかで、いい顔しないんですね。で、「じゃここでは買わない」ということで、次に家電屋さん行って聞いてみたら前のショップと同じ。「じゃここでは買わない」。

3軒目にいって同じ事を聞いたら、あっけなく「良いスょ」「マジ?」「マジマジ」ということで、買いました、お値段は古い機種の買い取り価格が高く、思ったより安くですみました。


データー移行は最初だけ店員さんが操作。あとは、空いたブースに案内され、画面が色々と変わり、途中操作が必要なところもありましたが、1時間で終了。


新しい機種を見て操作すると、古い機種のアプリ(アプリよっては再インストールも必要)もメール、その他もそのまま、以前はiTunesを使っていたのですが、はるかに便利。ただ、時間はかかります・・・


FaceIDについては、以前は眼鏡を付けたのと、付けないのでは認識しないことがありましたが、iOSがバージョンアップしたためか、iPhone
11からそうなったのか分かりませんが、二つのFaceIDが使えるようになって、眼鏡をはめていても、外していても認識できるようになり、便利ですね。

さて、今日の朝、いつものように起動させたら、左の画面はでました。上へスワイプするとホーム画面が出るはずなのに、右のように真っ黒。再度電源を切っても同じ事。いつものように、強制終了させて再起動させたら直るかなと、右の電源ボタンと左の音声+ボタンを同時に押してもムダ。


ということで、アップルのお助けセンターに電話をかけたら、音声の+を押して、すぐに-を押し、右の電源ボタンをしばらく押すとリンゴマークが出てきますということで、言われた通りにしても中々リンゴマークが出てこないので、あせりましたが、しばらくするとリンゴマークが出て、無事復旧が終わりました。


あとで、ネットを調べると強制終了は機種によって違うらしいんですね。


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今日は午前中、あせりまくりで疲れました。つくづく私の生活がスマホ無しでは不便だということを感じました。といっても、逆にスマホが使えなかった間は、なんとなく落ち着いた気分もしましたが・・・



2020年1月11日 (土)

第四回「えんがわ・一畳の気まぐれ資料館」

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「えんがわ・一畳の気まぐれ資料館」も第四回を迎えました。

「千々石の古(こ)絵葉書」「原城の乱関係の絵図・軍記物」「物語の挿絵原画・アニメーションの資料」ということで展示をしましたが、アニメーションの方は子どもさんが興味を持っているのか、えんがわの家主の西田さんの方でもFacebookで宣伝をしていただいたせいか、市外からも、子ども連れで見に来られた方もおられ、展示をした甲斐がありました。


今回は新年、春らしいものをと、栗原玉葉、森川青坡の掛け軸と正月用引札の展示をしました。


栗原玉葉、森川青坡についてはあまり知られていないと思いますが・・・・ざっくりと書けば・・・・


栗原玉葉は長崎県南高来郡吾妻町(現雲仙市)明治16年生まれ。梅香崎女学校で学び上京、私立女子美術学校に入学、卒業時には184名を代表し壇上に立つ。

研鑽を積み各種美術展に入選。特に、第七回・八回・九回・十一回・十二回の文展、第三回帝展に入選。一時は、西の松園(上村松園・女性初の文化勲章受章)東の玉葉とも呼ばれ、同時代を代表する女流作家として活躍。
残念ながら39歳の若さで夭折したため、時代のなかに埋没し、一般的には名前も忘れられていましたが、昨年、長崎歴史文化博物館で特別企画展が開催され、再び関心を集めるようになりました。

上の写真左側が栗原玉葉。玉葉は婦人雑誌、少女雑誌にもかなりの数の表紙、口絵を描いていますが、掛け軸の下に並べているのがその雑誌です。


森川青坡は長崎県(多分長崎市)明治34年生まれ。右の掛け軸。京都で伊藤小坡、西川翠嶂に学ぶ。第九回・十回・十一回・十二回の帝展に連続入選。かなりの力量だという事が分かります。昭和19年の美術展出品後、画歴、消息、没年とも不明。上の右の写真は絵葉書になっていたもので、第九回帝展の出品作品「嶋めぐり」。時代としてはモダンな作品です。


今回の展示は合わせて「正月用引札」の展示。


引き札は、ざっくり言えば、チラシ、ポスター。江戸時代からありましたが、明治のころから色彩豊かになり、大正時代にかけて最盛期。その後、印刷技術の発達により衰退しますが、特に正月にお得意様、ご近所に配られた引札は「正月用引札」といわれ、明治ロマン、大正ロマンを感じさせます。三つ折り、四つ折りにして熨斗(のし)を付け配ったといわれています。残念ながら長崎の「正月用引札」は見つけきれませんでした。引札については以前どこかに書いたような?・・・(^_^;)


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座敷の障子が寂しかったので、こちらも利用させていただきました。

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チラシです。予算の関係から、ご町内限定の新聞の投げ込みになります。クリックすると、大きく、読みやすくなると思います。多分。急いで書いたので、「松園」を「玉園」と書き間違えました。弘法も筆の誤り<(_ _)>。
雲仙市内の方は図書室に配る予定なので、ご利用を。


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入場無料。会場は千々石郵便局の近くです。通りかかられた折はお立ち寄りを。3月末まで展示。お客さんが多いときは延期します。なにせ「一畳の『きまぐれ』資料館」だから。展示期間は、あって無きが如し。




2020年1月 9日 (木)

「大切な人に食べさせたくないもの食べてほしくないもの」★南清貴著VS「日本人よ、『健康神話』を捨てよ」★文藝春秋新年特別号

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食品の本についてはAmazonで調べると、すごい数の本が出版されています。それ全部読んで実践したら、食べるもの無くなっちゃいますよ。

古くは紅茶キノコ、ココア、エゴマ・アマニ油、等々。昨日のNHKあさいちでもオメガ6とオメガ3の放送をしていました。


で、放送があるたび紹介された食品は全部売り切れ状態。健康食品を求めウロウロする姿はまさに”健康難民”。確か五木寛之さんの本に「健康という病」という本があったと思います。冗談で「健康のためなら死んでもいい」と言った方もいましたが・・・


私も一読して、参考になるところは参考にしようとは思いました・・・・


先日、文藝春秋の新年特別号「『英語教育』が国を滅ぼす」の記事を紹介しましたが、その記事の次に「日本人よ『健康神話』を捨てよ」という記事があり、なかなか面白かったので少し紹介を。


塩野七生さんと新見正則さんの対談になります。塩野七生さんはイタリアを中心とした小説家、ローマ在住です。新見正則さんはオックスフォード大学医学博士。


読んでると塩野さん、タバコを吸うんですね。

塩野:「ところで、タバコを吸ってもいいかしら?」
新見:「どうぞどうぞ。好きな人が吸うことは大丈夫ですよ。嫌いな人が吸うから嫌いなんです」

と、まあ、おおらかな対話。


新見さん、イグノーベル賞を取りましたが、マウスに音楽を聴かせる実験をしたそうです。


「心臓移植をしたマウスは、免疫の拒絶反応によって、平均では七日しか生きられないのですが、これは音楽を聴かせることでどれだけ延命できるかという実験です。/一番効いたのは僕の好きなヴィバルディのオペラ『椿姫』。生存期間が平均で四十日間まで伸び、百日以上生きたマウスもいました。次に長かったのは、モーツァルトで、平均二十日間」


ということで、私もさっそく「椿姫」を買って、iPhoneに入れて聴いています(健康難民みたいですが)。マウスと人間では違いもあるかと思いますが、私の頭の中身はマウス程度なので、これ、効果があると思います。なお、石川さゆりさんは残念ながら効果は無かったそうです。


「健康オタク」「不安を煽る”健康産業”」「週末期医療」「老いや死を受け入れる」「キリスト教は”不安産業”」「タバコ嫌いは一神教」「バランス感覚が大事」と言うことで、なかなか面白く、参考になる対談が続きます。


「”健康法”のほとんどは、一時的に流行ってすぐに廃れてしまうのがほとんどで、ブームになっている間に、資本主義の理論でお金を回して、
消費者を煽っています」。今の健康食品、健康法、私も数冊の本を持っていますが、異常ともいえる宣伝、高齢者の方が健康に不安を持つ現在、確かに書いてある通りだと思います。

「僕は、結構、死の話もします。『あなたのいろんな訴えも、死んだら治るよ』と。すると、皆、結構喜んで帰ります(笑)・・・・」


読んで、受け取り方は様々だと思いますが、健康について考え直すのにいい記事だと思いますので、機会があったら読んでみてください。数頁なので、立ち読みもできます。お近くの図書館、公民館の図書室などにも置いてあると思います。



2020年1月 7日 (火)

橘神社の「七草粥」の振る舞い

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今日1月7日は、いつものように橘神社で「七草粥」の振る舞い。いつものように、七草の見本と押し花が飾られていました。

朝から雨で、今日はお参りの人が少ないかなと思い、最初に神社にお参りに行ったら、拝殿一杯の人のお祓い。後で聞けば、わざわざ波佐見町からのバスツアーで、この後、雲仙に行って温泉神社にお参り、お風呂に入って昼食、島原の霊丘神社へお参りとか。


で、こりゃいかんと七草の振る舞いの所へ急ぎました。とにかく、これだけの人がドットくると無くなってしまう。


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最初は左側のようにボチボチという状態だったのですが、団体のお祓いが終わるとアッというまに満員でした。早く食べて、よかった。

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いつものように神社で採れた梅で作った特製の梅干し。いつもの味の七草粥。神社で食べる七草粥は家で食べるのと違ってありがたみがあります。

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ということで、夕食も思ったとおり七草粥でした。

 

            昼夕と七草粥の続きけり
            夫婦茶碗年に一度の七草粥
            コンビニに七草粥はなかりけり




2020年1月 6日 (月)

「#あなたを幸せにしたいんだ」★山本太郎とれいわ新選組

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先の総選挙の時、記入台の前に政党の名前の一覧があり「れいわ新選組」と書いてあって、いやにふざけた政党名だと思いました。

ところが、最近、YouTubeで代表の山本太郎さんが街頭で参加者の疑問、意見などに答える集会の様子が放映されていました。


まあ、ビックリしました。なにがかというと、街頭演説などは候補者が一方的に喋るだけじゃありませんか。某首相の演説会など、ヤジを飛ばすと警察が排除ですよ。


ところが、この山本代表、どんな質問にも真摯に答えるんですね。何種類かの集会の様子を見ていると、酔っ払ってひどい質問をする人もいるし、分けわかんない女性がクドクドと同じ質問をするし、偽善者だという人もいるし、カッコつけだと言う人もいるし、中学生の質問もあるし、それに対し実に真面目に答えているんですね。


いまどき、こんな政治に情熱を持った人がいるかというと、まあ、国会などを見ていてもいませんね。特に、自民党の皆さんは、首相におべんちゃらを言うばかりだし。質問時間のムダ使い。


山本代表、言うことがブレなく、消費税の廃止、第1歩として消費税5%まで引き下げ。いま、野党の共闘が言われていますが、山本代表、この5%を飲むなら共闘に参加する、しないのなら独自候補を百名立てる。


いま、政治がひどい状況になっていて、モリカケ問題、最近の「桜を見る会」。国会での内閣の答弁、官房長官の会見。プラーバシーの問題で名簿は公表できない、反社会的の定義が曖昧だ、書類はシュレダーにかけた等々。アホらしく見ていられませんでした。


さて、この本には、令和新選組のみなさんの意見、インタビューが書かれていますが、メンバーがなんと創価学会の人まで交じっているという驚きの方々。裏表紙の帯に書いてある各々の意見。


■山本太郎 れいわ新選代表

「生きててくれよ!死にたくなるような世の中やめたいんですよ」
■舩後靖彦 難病ALS当事者、参議院議員

「全難病患者・障害者が幸せな社会は、みんなが生きやすい社会です」
■木村英子 重度障害者、参議院議員
「障害児と健常児を分ける教育は、差別を簡単に生み出します」
■野原善正 沖縄創価学会壮年部
「政治を改革するための手っ取り早い方法は、公明党を潰すことです」
■元東京電力
「原発で抱えた借金を再稼働で儲けて促す。こんなふざけた話ないと思いませんか」
■安冨歩 東京大学東洋文化研究所教授
「子どもを守るというのは、私のような人間を作らないことです」
■三井義文 元銀行員、元セブンイレブン・オーナー
「目立たなくても一生懸命やる。この日本人の『心』をコンビニが壊した」
■辻村千尋 環境NGO職員
「日本1個分の暮らしをしましょう。これをぜひ僕の名前より広めてください」
■大西恒樹 元JP、モルガン銀行為替ディーラー
「人間としての価値を、もう一度問い直す戦いだと思ってます」
■渡辺照子 元派遣労働者、シングルマザー
「ド庶民が、働くものが、貧乏人が、今の日本を変えなくて誰が変える?」

現在、二世議員が増えてきました。相変わらず、地盤、看板で国会議員になっています。国会も舩後さん、木村さんが国会議員になられました。国会議員も、もっと多様性を持った人が多く参加した方が良いのではないかと思っています。


私としては、まだ、山本代表の意見、参加者の意見の答え方に疑問を持っていますが、今度の国会を見ながら、次回の総選挙への態度を考えようと思っています。


山本代表の集会はほとんど街頭で行われ、室内での集会と違い、通りすがりのヨッパライ、分けわかんない人、もろ攻撃する人もいるわけですが、本の表紙に書いてあるように「『山本太郎なんて大っ嫌い』申し訳ありませんが、私、そういうの大好物です。」と言うことです。これ、集会の様子を見ているとよく分かります。


へたなTVドラマより面白いので、是非YouTubeで集会をご覧下さい。



2020年1月 3日 (金)

陶器製鳥居「宮地嶽・天満宮神社」そして「諌早神社」幻の陶器製鳥居~長崎市・諫早市

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長崎市八幡町にある「宮地嶽八幡神社」。ここに「陶器製鳥居」があります。二ノ鳥居が「陶器製鳥居」。
説明版は下の通りですが、クリックすると拡大します。

私がこの鳥居に興味を持ったのは、以前、諌早神社の肥前鳥居の事を書いたとき、小澤さんという方からコメントをいただき、諌早神社の鳥居につき本を紹介していただき、このコメントの中に「諌早神社にあった陶器製(甕器)鳥居が」と書いてあったので、マジ~と思ってネットで調べたら、佐賀県の「陶山神社」「松原神社」とここ長崎市の「宮地八幡神社」の事が書いてあったからです。他にも2,3情報がありましたが、これは該当するところが見当たりませんでした。


「宮地嶽神社・天満神社」の鳥居は「文化庁 登録有形文化財 景観重要建造物」「長崎市 景観重要建造物」「長崎県まちづくり景観資産」に登録されています。


佐賀県の「陶山神社」の鳥居は「明治21年 奉納」とあるそうです。


「松原神社」は多分「佐嘉神社」神社の敷内社みたいです。現地案内版によると「明治23年庚寅10月」「製造 岩屋久吉」「角物細工人 鐘ヶ江長作」「丸物細工人 峰熊一」となっているそうです。


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見事な唐草模様です。

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作られたのが明治21年。製作者が「製造人 岩尾久吉」「角物細工人 金ヶ江長作」「丸物細工人 峰熊一」。書いたもので無く焼き込んであります。佐賀の「松原神社」は「明治23年」ですから、こちらの方が先に作られた事が分かります。
「金ヶ江」「鐘ヶ江」の違いはありますが、他の二名は同じなので、同じ職人さんが作ったのでしょう。

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触るなチューのにと書いてあるのに、見ていたら皆さん触っていました。おかげでキズが入ってました、ということは無いでしょうが・・・

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神社です。拝殿(後ろに本殿があります)と案内版。案内版はクリックすると拡大します。八幡神社は昔「大覚院」と言っていたのを、明治の神仏混交廃止により「八幡神社」に改称したそうです。「相殿の宮地嶽神社は明治11年(1878年)福岡県宗像郡宮地嶽神社の分霊が奉祠されたものである。」と書いてありますから、ネットあたりでは「宮地嶽神社」と書いてありますが、「八幡神社・宮地嶽神社」が正解とは思うのですが、あまり細かいことは言わないで・・・

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とはいえ、「八幡神社」「宮地嶽神社」が並列で書かれていました。
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外に、境内社が色々と祀られていました。

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狛犬さん、形から見てかなり古いみたいで、なんとなく犬さんみたいでカワユイ。流行の💓ストーンで真ん中の矢が良いですね。ハートを射止めるですね。グッドジョブ。

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おじいさんがいたので、聞いてみたらこのあたりも随分と変わって、昔は神社の向こう側はシイの木などがあり、よく遊んだそうです。また、原爆が落ちたときは、家の柱などは残ったものの、壁などは崩れ落ちたそうです。原爆の中心地とは一山隔てていますが。鳥居もよく残ったものだと思います。

「宮地嶽・天満神社」の鳥居は素晴らしいもので、長崎も、もっとPRしても良いのではないかと思いました。とにかく、調べた範囲では日本に3基しかない鳥居です。是非、皆さんにも見てもらいたいものです。撫でないように・・・


さて、諌早にあった陶器製の鳥居です。小澤さんから紹介された「鳥居考」(津村勇著)に下のように書いてありました。


「長崎縣・縣社諌早神社の境内には左圖(注:下の写真)の如く、『大正八年當村内崎左衛門寄進、細工人品川利夫』」と書かれています。なお、小澤さんによれば「この鳥居、諌早街道にあった小松亀山焼製なのか山口牟礼焼製なのか議論があるところです・・・」と書かれてあって、かなり郷土史を勉強されている方と思われます。


この場を借りて、お礼を申し上げます。


さて、私の手持ちの本「鳥居の研究」(根岸榮隆著)にも諌早神社、松原神社の鳥居のことが書いてあり・・・


「記録によると、昔江戸に陶器の鳥居もあつたそうであるが、普及性が無かったものと見えて遺物はない。現在では長崎縣諌早神社に大正八年に造ったのがあり、佐賀の松原神社にも小型のがある。にしても、残念ながら大したものとは云えない・・・」


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とはいえ、この鳥居、諌早水害で流失しまい今はありませんが、残っていて欲しかったと思います




2020年1月 1日 (水)

本当の「初詣」~橘神社情報(雲仙市千々石町)

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昨日、初詣の前詣の事を書きましたが、子どもが帰ってきたので、今日また神社巡りをしてきました。

朝から天満宮、千々石の温泉神社へ「本当の『初詣』」、墓参り(二ヵ所)、親戚回り。したら、カミサンが願い事があるとかで、雲仙の温泉神社へ行き、釈迦堂を見て、大黒天を見て(以上は以前ブログに書いているので写真は省略)、で、家に戻ったら四時半。


そのまま歩いて橘神社へ。お参りの人が多いかなと思ったら、昨年より若干少ない感じ。社務所はお守りとか、破魔矢とか、おみくじを買う人で一杯。
まあ、そう待たなくても、お参りも社務所での買い物もできる状態でした。

ただ、国道は混みます。国道は混むので、橘神社をパスして小浜・雲仙方面に行く方は、商店街の道を選ぶ人もいますが、これまた道路が一杯になっていて、どちらが良いかは運次第。


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左の場所、いつもは農具とか、竹の細工物を売っていたテントがあったのですが、空間が寂しい。
参道も昔は左右に出店があったのですが、段々少なくなってきているようで、悲しい。

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駐車場は少ないので、役場の駐車場を開放しているようですが「満車」の看板。地元の人は道を知っているので、中学校に停めていますが、左の写真の様にバカな停めかたをしているのもいて、これじゃ神様にいくらお願いしても、きいてくれないでしょう。

途中ブラブラして久しぶりにポケGOをしていたら、ピカチュウさんと出会い「お久しぶり~ネ、おめでとうございます」と挨拶をされました。


Img_5451 Img_e5434  

忘れていました、以前紹介をしましたが千々石の温泉神社で長崎県神社庁発行の「神社廳暦」を買いました。これ持っていると、県内の神社の行事がベラリ書いてあるので、祭り好きな方には超便利です。「一月廿七日(日)対馬市厳原町豆酢・雷神社・例祭・亀ト神事(旧暦)」などです。

あと、「もぐら打」「苗しろごもり」「風鎮祭」「山の神のせち洗い」「二日灸」など、まったく知らない、知ってても曖昧にしか知らない一年の行事の説明もしてあるので、チョットした知識を得るのに役に立ちます。お求めは、各神社の社務所に聞けば分かると思います。確か2、3百円だったかな?



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