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2019年11月

2019年11月30日 (土)

「お寺の掲示版」★江田知昭著

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TV、ネット等で紹介されたので、ご存じの方も多いかと思います。お寺の掲示版に貼ってある言葉を集めた本です。発売が9月25日、11月15日で3刷ですから、売れている本です。

1年ほど前、お寺の掲示版のことが少し話題になった頃、ネットで一番始めに見た掲示版が下の「おまえも死ぬぞ」。とにかく、ぶったまげましたね。え~、お寺さんが、寺の前の掲示版にこんなこと書いて良いの~(?_?)

考えて見れば、私たちも冗談で「一回は死ぬちゃ」とか言いますが、無論本気ではありませんが、お寺の掲示版に「おまえも死ぬぞ」と言われれば、相手が葬式などを扱っているお坊さんだから、ドキッとしますね。


この本、掲示板の写真と共に、1~2頁、解説が入ります。


「おまえも死ぬぞ」については「釈尊の教えを伝えるとされる原始仏典『サンユッタ・ニカーヤ』の中では、『生まれた者が死なないということはあり得ない』(中村元訳『ブッダ悪魔との対話』、岩波文庫)。」と書いてあり、この釈尊の言葉をぶっちゃけて表現したものだということですね。


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      (「お寺の掲示版」より)

多少気になる言葉を紹介すると(私にとって)・・・

■「難が無ければ無難な人生/難があれば苦難の人生/難あればこそ有り難し」


私にはカミサンという「難」があり、それを乗り越えてこそ、私の人間性が少しは向上していくと思えば、カミサンは私にとって「有り難い」存在なのです。と思いたいのですが・・・・・

■「大丈夫だよ/生きていけるよ」


住職さんが取り替えようとすると、門徒さんから戻してくれといわれて十年以上。確かに、誰かに言われると元気が出ますね。


■「風呂は湯加減/医者は匙加減/人生は手加減/わたしゃいい加減/さとりとは」


「さとり」とは難しいですね。円覚寺派管長の横田南峯老師曰く「『私は悟らぬものの代表です』と謙遜しながらもさとりとは何かと強いて言えば『間違いに気づくということだろうと思いますね』とおっしゃっていました。」だそうです。

さとりは、各宗派違いがありますが、上のように言ってもらえれば、なんとなく納得。

有名人の言葉を貼っているところもあり・・・


■「死はいつか来るものではなく、いつでも来るものなの」~樹木希林さん

樹木希林さんらしい言葉だとおもいます。

■「生きているだけで丸儲け」~明石家さんまさん


さんまさんの言葉に次のようなものもあるそうです。「人間生まれてきたときは裸。死ぬ時にパンツ一つはいていたら勝ちやないか」


■「これでいいのだ」~赤塚不二夫さん

「天才バカボン」のマンガの言葉ですが、「バカボンという名前は、『薄伽梵(ばぎゃぼん)』、つまりは仏に由来していると言われています。実は仏教を意識した漫画なのです、」という事だそうです。

と言うことで、不安定な時代、悩み多き人生、ご一読を。私のお寺の掲示版、なんて書いてるか明日行ってみようかな。




2019年11月29日 (金)

湖池屋「工場直送便 ポテトチップス うすしお味」

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先日、カルビーの「長崎チャンポン味」のポテチを紹介しましたが、今回は湖池屋さんの「工場直送便 ポテトチップス うすしお味」です。なんといっても「工場直送便」がポイントで、一般のお店屋さんには置いてありません。

数十年ほど前、某有名ビール会社の生産工場でアルバイトをしておりました。当時の機械は朝、休日明けの機械の動かし始めは調子が悪く、ビールがビンに一定量に入らず、もちろん、その分は廃棄になるわけですが、私、その廃棄係をしておりまして、先輩と二名でしたが、朝からの不良品の多いこと、多いこと。ただ、昼からはほとんど不良品は流れてこない状態。


で、不良品を廃棄する所が、屋外の別室で誰もいない所だったので、何本かくすねて、また、都合良く冷凍のための管が通っていたので、そこに置いて冷やし、昼間、閑なので2人で飲んでおりましたが、その旨いこと、旨いこと。ビールを飲むなら、造ったところで飲むのが一番旨い!と実感をしておりました。


そんな経験もあり、湖池屋さんから発売のポテチが「工場直送便」となっていたので、早速取り寄せようと思っていたら、完全受注生産で10月分は売り切れで、少し待っていたら11月分の予約が始まったので早速申し込んで、待つこと、一と月あまり。


今日、届くとのメールが運送会社からあったので、カミサンにバレないように運送会社に取りにいって入手し、今、食べているところです。(カミサン、今、入浴中(^^;))。


ポテトチップスを見ていると、会社によって力の入れ所が多少違っているようで、湖池屋さんの場合は「ポテト」の味を表に出す商品が多いようです。


味付けにバリエーションを出すのが良いのか、ポテトの味を出していくのが良いのかは食べる方の嗜好の問題とは思いますが・・・


湖池屋さんのホームページを見ると、12月第3週生産予定の予約をしているようです。興味のある方はご予約を。

お味の方ですね。自己責任で取り寄せで、味わって下さい。私の方はビールのことを思い出し「工場直送便」にひたすらこだわり、購入をしたという状況です。

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2019年11月25日 (月)

「蛍茶屋」と「一の瀬橋」~長崎の古絵葉書②

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橋は「一の瀬橋」で、このことについては以前書いたので→こちらをクリック

今回は「蛍茶屋」の事です。長崎に19歳まで暮らし上京し、その後30歳でUターンしましたが、この蛍茶屋、電車の停留所があるので名前は知っていたのですが、恥ずかしながら、いわれは知りませんでした。


「長崎事典 風俗文化編 改訂版」(長崎文献社)に次のように書いてありました。


蛍茶屋(ほたるぢゃや)

現在、蛍茶屋という所には、昔、蛍茶屋という料亭があった。矢上への街道筋一ノ瀬橋のたもとである。初代は甲斐市左衛門といい天保八に没しているから一八三〇年代には蛍茶屋は存在していた。
大正時代まで続きその後はなくなった。江戸時代には、市中の人々はよくここに来て清宴(ママ)を催した。旅立ちの人を見送り、ここで別離の杯をくみかわしたりした。(中略)夏は蛍が飛び交う閑静な場所であったので蛍茶屋の名前がある。

さて、一番上の絵葉書「1906」の年号、もう片面には「長崎 39.11.18」のスタンプが押してあり、西暦1906年は明治39年でピッタリになります。もっとも、10年前の絵葉書を使う方もあり、この絵葉書が明治39年であるかどうかは確定できませんが、明治39年以前の絵葉書であることは確実です。


で、この橋のたもとの家が本当に「蛍茶屋」かどうかですが、ブライアン・マークガフニ氏著「花の長崎 秘蔵絵葉書コレクション」に3枚ほど写真が載せてあり、2点ばかりコピーしたのが下の写真。赤〇印のところ。家の様子がちうんですね。上の写真は2階建てで、かなり大きい、下の写真は、私の絵葉書と一緒で、ごく普通の様子の家。
(良く見たら、私の絵葉書とブライアンさんの下の絵葉書、説明の文字が違いますが、写真は一緒ですね)


もっとも、年代が違い家を作り替えたのか、写真を撮るときの角度で、大きな家の方が写らなかったのかは不明ですが。


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調べていくと、柴多一雄氏著「長崎古写真紀行」(長崎文献社刊)と「長崎浪漫」(ながさき浪漫会・長崎文献社刊)に全く同じ写真が載っており、この橋が一の瀬橋で、赤〇印の所、多分看板だろうと思って、拡大したらビンゴで「蛍茶屋」と読め、やはり、一の瀬橋のふもとに「蛍茶屋」があったんですね。

できれば、蛍をながめつつ彼女と杯を交わしたかったな思った次第ですが・・・


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電車の停留所「蛍茶屋」はここから取ったんですね。やはり、長崎の人間は風流ですね。




2019年11月23日 (土)

「夫婦喧嘩は買ったらダメ。勝ったらダメ。」★野々村友紀子著

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ふと立ち読みしていたら、最初の所に・・・

スマホを見ながら立っている奥さんに金髪の夫が「お前またデブった?」と半笑いで言う。

奥さんはスマホから顔も上げずに「はっ?ウザいんだけど」
夫「食いすぎじゃね」
嫁「ハゲに言われたくないし」
夫「(笑)今日何食うの」
妻「んー、肉?」
夫「まだデブる気か?きついわ(笑)」

という所を読み面白そうなので
、ついつい買ってしましました。

第1章 幸せ上手な妻になる

第2章 夫婦が忘れていけないこと
第3章 家に帰るのが大好きな夫婦になるために
第4章 二人で幸せになるために

各章、「妻のパンツは夫に畳ませない」(ウチでは畳みません、干しはしますが・・・)「大事なのは越えてはいけない線より、少し手前にある線」「業務連絡も立派な夫婦の会話」(「ほうれんそう」と言う言葉があり、会社に入ったとき「報告」「連絡」「相談」と、やかましく言われましたが、夫婦も同じですね、「夫婦は言葉がなくても心は通じる」はウソですね。やはり言葉で言うこと。ウチのカミサンはなにも言わずに出かけていきますが・・・(-_-;))「夫婦に幸せを呼ぶのは『言い合い』じゃなく、『言わない愛』。」「妻は張るな『欲』と『食い意地』。夫は張るな、『虚勢』と『見栄』。」「夫を『大きな子ども』だと思っていないか。」


というような項目にそれぞれに分かりやすい解説が入って、結婚直前の方、若い夫婦の方には役にたつと思います。


さて、以前書いたように、私「全日本亭主関白協会」に入っておりますが→こちらをクリック 協会に「非勝三原則」というのがあり、「夫婦喧嘩」につき・・・


「勝たない」

「勝てない」
「勝ちたくない」
 ー争わないことが、真の勇者であり、勝者なのだー

というのがあり、ひたすら守っております。とにかく、カミサンに捨てられたら、「孤独の老人・ホームレス」になってしまうので、ですね・・・


さて、最近、YouTubeで落語ばかり聞いておりますが、いろんな夫婦が出てきて、これ聞くと笑いながら夫婦の関係について考えさせられることが多く、皆様も是非お聞き下さい。特に、志の輔さんの「ハンドタオル」はお薦めです。




2019年11月20日 (水)

カルビーポテトチップス「長崎の味 ちゃんぽん味」vs「佐賀の味 いかしゅうまい味」ついでに「こどものための ボンカレー」

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カルビーから11月18日「チャンポン味」のポテチが発売されると聞いてはいたのですが、今日まで忘れていて、いつものコンビニ、スーパーにいっても無い。で、4軒ばかり回って、やっと見つけました。

ふと、横を見ると「佐賀の味 いかしゅうかい味」があるじゃありませんか。で、これも早速購入。その横に「こどものためのボンカレー」が目についたので、これもゲット。


分かりにくいですが、「長崎の味」の上の方に、長崎国体の時誕生したマスコットキャラクター「がんばくん らんばちゃん」の姿があり、久しぶりですね。どっかに駆け落ちしてたと思っていたのですが。無事、生きていましたか。


佐賀の方は「佐賀観光PRキャラクター 壺侍」で壺の所に「DOGAN SHI TA TO」(「どがんしたと」東京の方言では「どうしましたか」)その下に「MAY I HELP YOU?」と書いてあり、長崎のより親切みたい。


佐賀といえば「武士道と云うは死ぬことと見つけたり」という「葉隠」の武士道精神が有名で、さて、「壺侍」とはなんぞやと調べると、「実はお侍さん、大昔の佐賀の武士の子なんです。遊んでいるうちに壺に入ってしまい、現在にタイムスリップした際にヒゲとちょんまげ姿になってしまったそうです。」なんだそうです。壺と云えば陶器で、陶器といえば佐賀の「有田陶器市」が有名。と言うことで「壺侍」の意味が分かりましたが、はやり「葉隠」の武士道精神が頭に染みこんでいるせいか、なんとなく、違和感がありますね。


佐賀と長崎といえば、九州新幹線の問題で長崎と佐賀はこじれてしまっていますが、わたしら下々の人間にすれば、よく分かりません。で、パス。


さて、お味ですが、はやり「チャンポン」ですね。「チャンポン」といえば、世界に冠たる食べもので、野菜、お肉、貝類等々(値段によって入っているものは違いますが)、麺の炭水化物、おつゆは、豚骨、鶏ガラでとって、コラーゲンいっぱい。


長崎の子どもは、生まれたとき、チャンポンのおつゆで産湯を使うという伝説もあるくらいで、チャンポンさえ食べていれば、これだけで一生を過ごせます。


裏を見たら、PRの欄があり、長崎は「長崎かんぼこ」、佐賀は「聖地巡礼 私たち、行きたい! ゾンビランドサガ」。

「ゾンビランドサガ」とはなんぞやと調べたら、佐賀が絡んでいるテレビアニメだそうで、キャッチフレーズが「私たち、生きたい!」だそうで、「私たち、行きたい!」はキャッチフレーズのもじり、ですね。


佐賀といえば以前はなんとなく田舎っぽい感じでしたが、これを見ると完全に佐賀が垢抜けて来た感じで、長崎が遅れを取って来た感じがします。


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さて「子どものためのボンカレー」ですが、まだ食していませんが、「3歳から」と書いてあるので、私、大丈夫ですね。精神年齢は歳を取ったら段々逆に戻って、現在12歳くらいですが・・・

「チキン甘口」で、「保存料・着色料・香料・化学調味料不使用」「じゃがいも・にんじん・たまねぎ・さつまいも・コーン・かぼちゃ・ごぼう・トマト・ブロッコリー・ほうれんそう(野菜は国産のみ)」と、健康食ではありませんか。おまけに「温めなくてもおいしく召し上がれます」ということで、非常食としても使えますね。


なお、大人のカレーは180グラム程度、このカレーは130グラムですが、カロリーは大人のカレーは195㎉、こちらはなんと81㎉。ということで、肥満気味の私、こちらのカレーに変えるかな?



2019年11月19日 (火)

「風神雷神」~原田マハ著

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この本は2016年11月~2019年1月まで全国15の新聞に連載されたもので、上下650頁強の長編になります。一番最後に書いてあるように「この物語はフィクショです。」

また、下巻最後に書いてあるように「本書は、若桑みどり著『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国(上・下)』(集英社文庫、20098年)を大いなるよりどころとした。・・・・」という本です。


幼いときから、「俵屋宗達」に憧れを持つ望月彩。京都大学大学院に進学し美術史を専攻し、京都国立博物館の研究員になり俵屋宗達と大和絵を研究。「いまひとたびの琳派」という展覧会を企画し、謎多き画家、俵屋宗達について講義をします。


講義後、「マカオ博物館 学芸員 レイモンド・ウォン」の訪問を受けますが、まったく知らない人物。マカオで是非見て貰いたいものがあるとの申し出をされ、マカオに出向きます。


マカオの聖ポール天主堂は、崩壊寸前で調査が行われ、ヴァリニャーノ等の遺骨などが発見され、その跡地に造られた天主堂芸術博物館に案内され、一時は盗難に遭ったものの再び戻ってきた西洋画を、絶対に秘密に、ということで見せられます。望月彩の専門とはまったく異なる分野の絵。


絵の内容は「ユピテル、アイオロス」、ユピテルは「雷を掲げた神」、アイオロスは「風を巻き起こす神」。すなわち「風神雷神」になります。俵屋宗達が描いた絵も「風神雷神図屏風」。


この絵にについて二人が会話をするなか、しきりに「カラヴァッジョ」という名が出てきますが、これ、伏線になります。


さて、絵と同時にもう一つ古文書を見せられますが、そこにはラテン語で「真実の物語」と書かれ、その作者の名前が、「ファラ・マルティノ」。天正少年遺欧使節でローマにわたり、禁教時代、マカオに追放され、その地で亡くなった「原マルティノ」。そして、その古文書の二枚目に書かれた人物の名が「俵屋宗達」。


その「原マルティノ」と「俵屋宗達」について、何がかいてあり、また、いきさつを解くために、望月彩がマカオに呼ばれたのですが。


さて、俵屋宗達はひょんな事から、信長に気に入られ、「天正遺欧使節」に随行し、教皇に献上品の「洛中洛外図」を運ぶこと、活版印刷機を持ち帰ること、そして、ローマの「洛中洛外図」を描くことを命じられます。信長の目の端には西欧が入っています。

天正遺欧使節には随員がおり、活版印刷機についての役目を与えられたのが「コンスタンチノ・ドラード」(日本名不明・長崎県諫早市出身)とヴァリアニーノに洗礼名風の名前をつけられた俵屋宗達こと「アグスチーノ(氏名・出身地不明)」(本書ではアゴスティーノ)。


とまあ、ここまで書きましたが、あとは原マルティノが書いた「真実の物語」と天正少年遺欧使節一行の動向が書かれていますが、これ書くとネタバレになるのでここで止めますが、本の帯に書いてある「俵屋宗達✕カラヴァジョ」の関係はどうなるのか・・・


さて、物語の中程は天正遺欧使節のローマへの旅、西欧での事の話になりますが、ここのところ、いろんな本を読んで知っているので、読むのにいささか辛いところでしたが、天正少年遺欧使節について知らない方は読んで面白いと思いました。俵屋宗達の出番がチト面白かった、のですが、あくまでフィクションということをお忘れ無く、です。


さて、疑問が一つです。マカオにあった「ユピテル アイオロス」の絵は本来、俵屋宗達が持っていたはずなのですが、マカオに追われ、そこで生涯を閉じた原マルティノがなぜこの絵を持っていたのか・・・本を読めば想像はできるのですが・・・

本町出身の「千々石ミゲル」の出番が少なく、寂しくはありました。


2019年11月16日 (土)

「諏訪神社」青銅の大鳥居~長崎の古絵葉書①

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諏訪神社の最初の大鳥居が昔は「青銅の大鳥居」だったんですって。写真の下の説明にも「長崎諏訪國幣中社靑銅の大鳥居」と書いてあります。

最近は、おとしよりが少なくなってきて、昔の事を調べるのが難しい時代になりました。代わりに、記憶より記録という事で、千々石の昔の写真を集めようと思っても、意外と集まらず、代わりに明治、大正、戦前の絵葉書を集めたら、千々石の絵葉書は思いのほか多く、島原半島では、雲仙がダントツ、次いで小浜、島原と千々石がどっこいどっこいで、千々石の絵葉書も大体集め、「千々石絵葉書物語」ということで、小冊子でも作ってみようとは思っているのですが、現在は思っているだけですが・・・


さて、古絵葉書も面白く、長崎の古絵葉書も集めてみたら、珍しいものもたくさんあり、多少のご紹介をしていきたいと思います。なお、長崎については各種写真集、資料があるのですが、調べると年代等違っているところもあり、一緒にご紹介を。


上の写真、皆さんご存じの諏訪神社の大鳥居ですが、これ、青銅製なんです。


なお、長崎大学の付属図書館が「幕末・明治期古写真」がネットでも検索でき→こちらをクリック


神社の鳥居の順番については、くぐる順で、最初が一の鳥居、二番目が二の鳥居、三番目が三の鳥居と普通は数えますが、人によっては、神社に近い方から、一の鳥居、二の鳥居・・・という順になると言う人もいます、が、諏訪神社の場合は、長崎大学の古写真の説明によると、「諏訪神社の鳥居は建設順に順番がつけられている」ということだそうです。長崎の皆さんで確認してください。


話を元に戻して、この青銅の鳥居については、「ふるさとの思い出写真集 明治大正昭和 長崎 越中哲也・白石和男共編」と「アルバム長崎百年 華の長崎 長崎の絵葉書コレクション ブライアン・バークガフニ編著」(「華の長崎」には多くの絵葉書が載せてありますので、興味ある方はご覧下さい)に載せてあり、「ふるさとの思い出写真集」には「諏訪神社(1) ー青銅の大鳥居ーこの大鳥居は天保六(一八三五)年に作られ明治七年八月の台風で倒壊している。・・・」とあり「華の長崎では」もう少し詳しく書いてあり、明治7年の台風倒壊までは一緒ですが「・・・募金により同25年に三菱造船所に発注され再建。その後『唐金の鳥居』として長崎名物になったが、太平洋戦争中の金属回収により供出された。」ということで、まことに残念なことでありました。もし、そのままなら、これも長崎名物のひとつだったのでしょうが・・・

なお、Wikipediaでは「1893年(明治26年)6月11日に1874(明治7年)の台風で倒壊した靑銅大鳥居が再建される。」となっており、再建年月日が1年ばかりズレてはいるのですが・・・発注が明治25年なのかな?


ただ、この写真が、最初の鳥居か、再建されたものかは不明です。



2019年11月13日 (水)

「橋の裏表(入口・出口)」

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いつも橋を通るたび、橋の名前が片方が漢字、片方が平仮名になっているのは、何でだろうと思っていたら、たまたま「長崎浜の町繁盛記」(田栗奎作著・発行所 浜市商店連合会・非売品)という、浜町の起こりから昭和55年程度まで書いた本を読んでいると、橋の表裏について下記のように書いてありました。橋の裏表といっても、上と下ではありません。出口、入り口と表現したものもあります。

「・・・橋の裏表はふつう、漢字のある方が表、平仮名の橋名柱が裏となっている。この表裏は城または氏神を中心として決めたものとしていわれ、城下町でない長崎では奉行所を中心にしたようだ。大橋(注:現鉄橋)も築町側が表で、浜の町側は裏になる。明治元年の鉄橋のときも、『銕橋』という漢字の橋名柱は、やはり築町側に建てられた。」

さて、この橋の付け方は現在違っていて、Wikipediaの「橋名板」でググってください。一応下記のように書いてありますが、「国土国交省の道路橋示方書などに基準が示されるているものではなく、自治体などの発注者が仕様書などに定めている場合が多い」ということで、各自治体で違っているようです。

・道路起点側から見て左側に「漢字表記の橋名」

・道路起点側から見て右側に「交差する河川(鉄道)などの地名物」
・道路終点側から見て左側に「ひらがな表記の橋名」
・道路終点側から見て右側に「竣工年月」

ですが、徳島県では「県庁に向かって」「県庁を背にして」それぞれの左右に、「漢字表記」「竣工年月」「ひらがなの橋名」「河川名等」を書いているそうです。


原則「橋名」「竣工年月」「道路橋仕方書(年度)」「活荷重」「使用鋼材」「事業主体」「設計及び製作・施工会社名等」「将来の維持管理に最低限必要な事項」を記載しなければならないそうです。が、見たところ、全部書いてあったかな?
あとは、各自、地元の橋を調べてください。

なにはともあれ、「城または氏神を中心として決めた」というのが、好きだな~(*^^)v。



2019年11月11日 (月)

「アンジュと頭獅王」~吉田修一著

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11月11日、NHK長崎の6時台のローカルニュースで、長崎市立図書館の司書さんが、図書館の予約のベスト10だったか20だったかで紹介していて、かなり上位に入っている本です。

吉田修一さんは、「文学界新人賞」「山本周五郎賞」「芥川賞」「大佛次郎賞」等々を受賞し、注目されている作家の一人でもあり、長崎県生まれの作家です。

「山椒大夫」「さんせう大夫」「安寿と厨子王」題名については各種あります。この本では「アンジュと頭獅王」になっていますが。


この物語は「説経節」の一つであり、以前、中途半端に紹介をしました・・・参考にはなりませんが・・・

こちらをクリック
こちらをクリック

と言うことで、「さんせう大夫」のことは「説経節」で読んでいたのですが、途中までは「説経節」そのままの展開で、あ~、単なる現代語訳か、とは思い途中で読むのを止めようかと思ったのですが・・・


「頭獅王」が山椒大夫の所から逃げ出し、追いかけられ国分寺に逃げ込み、頭獅王の素性を知った和尚が厨子王を匿い、皮籠に隠し背負って逃げますが、ここからが俄然面白く。


岡崎・藤川打ち過ぎて、すでに遠き都は応仁の灰燼となり、

山城、加賀に一揆あれば、赤坂は旅舎の飯盛女

おいおい、応仁の乱とか加賀一揆は時代が違うやないか、と思いしや、表紙にあるが如く時空を越えていきます。


丸子の弥次喜多はこれとかや。


まだ、ここらへんましな方で、


太閤秘策の小田原城、浦賀に立つ黒船ペリーとはこれとかや、


とか


5・15、2・26、1945、8・15とはこれとかや


ということで、かなりテンポが速く、あれよあれよという間に、まさに「時空を越えて」現代まで吹っ飛んでいきます。

これ以上書くと、皆さんが読むとき面白くないので、止めますが、「物語」の力強さを感じる一冊でした。

まさに「安寿と厨子王」ではなく「アンジュと頭獅王」という吉田氏の創作です。



2019年11月10日 (日)

千々石町小倉地区「天満宮」しめ縄作り

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もうすぐ、神迎え、正月ということで、地区の守り神「天満宮」のしめ縄の張り替え。

天気にもめぐまれ、12,3人集まって始めに皆で藁を5,6本程度にまとめます。本来なら「おとうは土間で藁打ち仕事・・・」と言うことなのですが、これやると時間が無いので、現在は点圧機で藁を柔らくします。町内の2,3ヵ所、しめ縄作りを見ましたが、どこ皆同じですね。


しめ縄作りも、地区によって違うようで、端から巻くところもありますが、こちらでは中央を最初に決め、端の方へと巻いていきます。


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あとは、最初に纏めた藁を入れ込みながら、右へひねって左の人へと渡す。これ、お互いに息が合ってないと難しいですね。

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あと、ヒゲをきれいに切り、できあがり。左のしめ縄は去年のもので、随分古びて垂れ下がっているのが分かります。ロープが入っているので、切れはしませんが。新しいしめ縄に替えて一番上の写真、スッキリして良い新年が迎えられそうです。

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さて、あとで一番上の写真を見て、あれ?
カンの良い方はお分かりでしょうが、紙のピラピラ(紙垂・しで)が、本当は間になければならないのですが、重ねってしまっています。まあ、千々石流だと言い張れば良いでしょうが。


昔は葬式など、各家で行い、進行、受付、炊き出しなど自治会でやって、近所の人と顔を合わせる機会も多かったのですが、最近は葬儀社ばかりになりました。なかなか近所の人とも会うことが少なくなりました。お互い、何かと忙しいでしょうが、このような機会も必要だと感じた、一日でした。




2019年11月 7日 (木)

「これは正解でしょ!」

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っていうニュースがネットに載っていました。反響を呼んでいるようです。→こちらをクリック


小学校の2年生の算数の問題だそうです。


「ゆきこさんの家からえきまで30分かかります。8時50分にえきにつくには家を何時何分に出るとよいですか?りゆうもかんがえましょう。」


大人の皆さんは簡単に「8時20分」と答えを出しますね。


さて、こどもさんの答えです。「8時15分」

理由が「8時20分だとぎりぎりであせるとあぶないから。」

これをみた先生は、困ったでしょうね。たしかに、子どもが書いた答えが正しい。しかし、これ、算数の問題だから正解としては「✕」。


このような問題、答えはまだまだあるようで、この答えの下に、うちの子も、こんな答えしたよ!と言うのがありますから、お読みください。


これを見て40年程前に、素晴らしい答えをした子があり、話題にのぼった事があります。小学校の理科問題です。


問題「雪が熔けたら何になるでしょう」


当然「水になる」でしょう。


子どもの答え「春になります。」


なんて素敵な答えでしょう!多分、春を待っている北国の子どもでしょう。ただし、答案用紙では「✕」ですね、理科の問題だから。


「発想の転換」といっていたのが、何年前だったのか、学校授業では相変わらずみたいですね・・・大学の英語のテストを業者に丸投げしようとしたり、多分、日本じゃ無理ですね。


英語なんて簡単です「アイ・キャンノット・スピーク・イングリッシュ」だけ覚えれば良いのです。この一言で、私は70年ばかり英語では不自由しませんでした。


上の二つの答えですね。学科的には✕をつけ採点して、プラス「特別点」として10点ばかり上乗せし、「総合点」として良いんじゃないですか。「学科点」+「特別点」=「総合点」で、子どもの能力をのびのびと育てて欲しいと思うのですが・・・ネ。




2019年11月 5日 (火)

「防災食」を食べてみた!

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ウチのカミサンが防災訓練に行ったとき、防災食の「エナジーカレー」と「パン『パンカン!』」を貰ってきました。
ところがですね、ウチのカミサン見向きもしないので、カミサンが留守の時、試食してみました。

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普通、災害用のパンと言えば、私ら年代は、あの固い乾パンを思い出すじゃありませんか。しかしですね、これ缶入りで2個入り、しかも柔らかい。加えてチョコチップ味。
「災害伝言ダイアル117番」の注意書きまであって。エネルギーが380キロカロリー、ご飯一膳160グラムで269カロリーだそうですから、まあまあのカロリーですね。

さて、「カレー」ですね。レトルトは温めなければいけないんじゃないか、と言う声も聞こえますが「お召し上がり方『そのままでもお召し上がりいただけます・・・。』」ですって。もちろん温めてもOK。ちゃんとスプーンまで入っています。


「ごはん」がないじゃないか?心配無用。ちゃんと「ライス入り」です。ただし、コンニャク加工米使用。カロリーが379キロカロリー。賞味期限が5年。


でも、カレーっていうと、温かいイメージあるじゃないですか、冷えたカレーが旨いのかどうか。災害の時は火も水もないということがあり、そのまま食べなければいけないこともあるので、一応、冷えたまま恐る恐る食べて見たら、意外といけますね(個人の味覚によって違いはあります。多分)。で、ですね温めたらどうなるか温めて見たら、やっぱり温かい方が美味しかった。


パンの方は、多少パサつき気味で、お年寄りの方は飲み物がないと、少し喉につかえるかな、という感じ。


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でも、災害時、水も火もないところで、食事をしなければならない、ということを考えると、そのまま食べられ、少しでも美味しいものをと努力のあとがみえ、みなさん良く考えていると思います。

災害が多い時代になりました。皆さんも、いざというときに備えて、非常食をあれこれと味見をして、準備をされてはと思います。



2019年11月 1日 (金)

第49回「千々石町文化祭」展示の部準備

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明日から月曜日までの3日間、千々石町公民館で文化祭展示の部が開催されます。

で、聞いてみると、なんとなく出品が少ないようなので、私も出品してみました。以前は写真、ひょうたん細工、菊、盆栽等もあったのですが、段々と無くなってきました。


私の方は、「肥前長崎之図」と「九州九ヶ国之図」を出してみました。ただですね、この地図よく見ると面白いのですが、知らないで黙ってみていても面白くもなんともない、で、歴史的な場所、現在ここになにがあるのかなど赤い矢印を入れながら説明を書きました。


旧県庁の近くに、なぜ、島原町、平戸町、大村町等があったのか、新地が海の中に作られていたり、この頃は、まだ長崎駅は海の中だったりとか、思案橋はどこか、浜町アーケードの場所、旧浜屋の場所、私がお世話になった、銀馬車、ハワイ、クインビー、東洋ショー、桃太郎はどこか、正確に探すのは大変でした。


絵画、書道はまずますですね。

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手芸もまあまあ。ただ、陶芸の出品者が病気のためスペースがあったので、私が作った、渋さが魅力の「一閑張り(一貫張り)」。竹ザルなどに古い和紙を3,4重に張って柿渋(渋柿ではありません)を塗って乾かすだけですが、それだけでは面白くないので、義太夫本や絵草紙本や大津絵などを、一番表に利用しました。

柿渋の塗り方、乾かし方で色が濃いくなったり、薄くなったりします。置いているだけでは面白くないので、ミカンやら、札束をおいてみました。


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千々石ミゲルの墓ではないかと思われるところを発掘していますが、そこにある墓石と考えられる大きな石の拓本です。根元から掘って拓本を採っているので、とにかくデッカイ。写真では分かりませんが文字もはっきりと読み取れます。

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さて、会場を眺めてみて、まだスペースがあったので、以前から集めている、長崎の古絵はがきを並べて、これも、明治、大正期のものなので、説明もつけました。

いずれブログでも紹介をしますが、左は鉄橋から浜町を眺めたところ。なぜ、飾り付けをしているのか、10冊ばかり関係の本を読んでやっと分かりましたが、これは、また後日。


右は原爆で災害を受ける前の県庁。風格がありますね。せっかくなら、新庁舎、これくらいのを作ったら良かったのに・・・


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ということで、この1週間、資料作りで夜も8時間しか寝ずに、頑張りました。


 

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