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2019年5月

2019年5月31日 (金)

銀行にて・・・歳は取りたくないもので・・・

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昨日、車の点検をし、点検費を銀行に振り込みに行きました。
銀行通帳でATMを使い、いつもの如く手続きをしたら、上のような利用明細表がでてきました。

・このお取引は成立していません。

・ATMを利用した特殊防止のため、お客さまのATM振込はお取扱いできません。
・ご利用明細票をお持ちになり、窓口にお問い合わせください。

と言うことで、窓口に行って「おんどりゃ、こりゃなんじゃ?」と言いたいのをこらえて、「すみません、これなんですか?」。するとですね、女性の銀行員のかたが・・・


「現在、振り込み詐欺防止のため、70歳以上でATMをご利用して振り込みされる方には、ロックがかけられておりまして・・・」(私、70歳になったばかりです)


「じゃ、どうすりゃ良いんじゃ、年寄りをバカにするな、舐めんじゃねえぞ」と言いたいのをがまんして、「どうすれば、そのロックとやらを外すことができるんでございますか」と聞いたところ、「書類がありますから、それに書いていただければ、ロックを解除致します」ということで、なにやら書いたら、しばらく待って、「解除しましたから、お使いになられます」だって。


で、「これ、TAMで振り込みするとき、一回一回手続きするの?」「いいえ、一回で結構です」「永遠に?」「はい」「5年して、ボケて振り込み詐欺にあったら意味ないじゃん」「・・・・」と、銀行員の女性の方がカワユかったので、これ以上はイビリませんでしたが・・・


よく考えてみると、悪いのは振り込み詐欺をする悪人が悪いので、銀行は悪くない。私たちが振り込め詐欺にあうのを、防いでいると思ったのではあります・・・


70歳以上の方で、ATMで振り込みをされる方は、上のような明細票が出て来ますので、驚かないで、窓口のほうへ持って行きましょう。本当に歳は取りたくないないもんで・・・・



2019年5月30日 (木)

「ボーッと生きてんじゃねえーよ!」★天正遺欧少年使節

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先日、カーラジオをなにげに聞いていたら、「天正遺欧少年使節」のことを話していました。

ラジオの電波が悪く(田舎だから、電波が届きません)きれぎれですが、多分、講師の方、アナウンサー(男性)?、ゲストorアナウンザー(女性)?の3名。


で、講師の方が、「昔、西欧に行った天正少年使節の名前、知っている?」と女性の方に尋ねたら・・・


「・・・え~・・・あ!天草四郎!」


思わず、ラジオに向かって「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と叫んでしまいました。


で、冷静に考えてみると、私が千々石に住み、千々石出身の千々石ミゲルが天正少年使節の一員であるから、伊東マンショ、中浦ジュリアン、原マルティノ、千々石ミゲルと名前が出てくるのですが・・・


まあ、何をいっても同じで、興味の無い方は知らないのかなと思い、世の中こんなものかと諦めました。


え!あなたも、名前を知らない?失礼しました m(_ _)m。



2019年5月28日 (火)

「喫煙」昰か非か?「禁煙」昰か非か?

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5月12日の長崎新聞。長崎大学が2019年から教職員募集で喫煙者は採用しないようにしたそうです。また、大学病院では08年から敷地内禁煙を実施しているそうです。

これについて、敷地内禁煙のため敷地外で喫煙をし、近隣住民から苦情が寄せられているそうです。また、某大学准教授は「個人が幸福を追求する権利を尊重するよう求めた憲法13条を『侵害する恐れがある』」と懸念しているそうです。


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実は私もタバコは吸っていました。一日100本。学生時代、金がないときは、しんせいなど、いがらっぽいものを吸い、就職してからは金があったので、ピースを吸いました。通勤途中、ピース缶を2缶買って両方のポケットに入れ職場で吸っていましたが、3年もたつと私の上の天井は煙で茶色っぽくなっていました。なお、家では(独身時、今やると確実にカミサンから追い出されます)パイプを吸っていました。

いわゆるフィルタータバコは吸ったことがありません。なぜなら、タバコはニコチンとタールが旨く、それをカットするフィルターは邪道だと思っていたからです。


タバコの本もかなり集めました。パイプは20本近く集めました、上のパイプは北欧のパイプ作り職人さんが作ったハンドメイドで、かなりのお値段です。ライターはもちろんジッポーで、今のようにゴタゴタ模様の入ったものではなく、無地のスッキリしたものです。今では、仏壇のローソクの火を付けるのに使っています。


ところが、30半ばで体調が悪くなり、夜も胃が痛く寝られない状態が続き、これを機にタバコを止めました。その折り、持っていたパイプは2本を残し(死ぬとき最後に吸うつもり)全部人にあげました。


タバコを止めるのには苦労しました。3年くらいは、夢にタバコが出て来て、夢の中でもタバコの匂いがしました、マジ。5年くらいまでは「タバコを止めました」ではなく、「休煙中です」と答えていましたが、いつ再び吸い始めるかは不安の毎日。10年たって、やっと「タバコを止めました」と胸を張って言うことができるようになりました。


さて、本論です。


某市の教育委員会学校教育課の喫煙をしている二名が話をしていました(校長、教頭クラス)。


「禁煙、禁煙っていってるけど、自分でタバコを吸って肺がんになって死ぬのも、自分の事だから自由じゃないか」


まったくそのとおり、自分でタバコ吸って肺がんになって死ぬのは、勝手。


ですがね、肺がんになったらどうします。病院に行くでしょう。手術しますね、抗がん剤など打って治療しますね。で、治療費は全額負担でしょうか?個人の一部負担で、あとは「国民健康保険等から払う」と言うことになります。


昨日、皮膚科に行ったところ、医療総額が1410円、国民健康保険からの支払いが987円、自己負担が423円(70歳以上の計算)。この、国民健康保険から支払われた金額は、私たちが納めているものです。


肺がんの手術、治療費はこれどころではないでしょう。体に注意して病気になるなら、仕方の無いこと。この方に支払われるなら納得ができます。


教育委員会学校教育課のお二人は、「自分でタバコ吸って肺がんになって」と言っているので、タバコと肺がんの関係については十分知っている事と思います。こういう方には、私たちが収めたお金は使って欲しく無いですね。全額自己負担していただくか、病院に行かないなら結構ですが・・・これくらいのこと、学校の校長、教頭が分からないのですかね、まして、学校では禁煙教育をしているのに。


某大学准教授さんが「個人が幸福を追求する権利」云々と言っていますが、大学病院の外で吸っている人、回りが迷惑をしていることは「個人が幸福を追求する権利」を妨害しているのではないですかね。この程度で大学の准教授とは笑わせる。


さて、最近、腹立つことが多く(歳とったら気が短くなって)、対支離滅裂な文章になってしまいましたが、以前は1日タバコ100本+パイプタバコを吸っていた、超タバコ愛好者の私が、反省を込めながら書いてみました。


再度書きますが、タバコを吸うのは勝手。ただし、人に迷惑をかけないように。肺がんになったら、病院に行かないか、全額自己負担で。



2019年5月23日 (木)

あ!「ランチパスポート」だ!


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今日、いつもの本屋さんに行ったら、出てました「ランチパスポート」。

2年ぐらい前に紹介をしましたが、その後見かけないので、終わりかな?と思っていたら、続いていたのですね。表紙を見たら、「voi.7」となっているので、私の見落としか、田舎なので本屋さんが仕入れなかったのか・・・・


他に「もってこい!長崎」というのがあり、「ランチパスポート」は長崎が主。「もってこい!長崎」は諌早、大村、雲仙が中心でこちら方を手に入れたいのですが・・・


「ランチパスポート」を見ると、諌早、島原方面に行って見ようかと思う店があったので、本代が1000円程度などで、3,4軒回ると元は取れます。
有効期限を見ると、2019年4月27日~7月27日までなので、ゆっくり回ることにします。ご報告は後日。


2019年5月17日 (金)

「キマイラ14 望郷変★夢枕獏著」~一気読み

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やっと出ました、「キマイラ14 望郷変」。

"13巻 堕天使変”が出たのが1018年3月。で、この前はチェックするのを忘れ読んだのが4月25日。

今回は、予約をして到着が6月頃になっていたのですが、着いたのが今月16日で一気読みしました。


今回の序章には、不死を求める始皇帝と余市、そし余市が連れてきた”赤”。”赤”はなんと始皇帝を殺してしまうのですが、この”赤”については、一番最最後の章に出て来ますが、今までの物語と微妙に関係をしてきます。


さて、本論の方ですが、ルシフェル教団に捕らえられた織部深雪を、主人公の大鳳吼と九十九三蔵が救出に出かけますが、ここで菊池 良二に出会い戦いますが、無事逃げる事が出来ます。


が、大鳳吼と九十九三蔵をつけていた龍王院弘とフレードリッヒ・ボックが出会い、戦いますが、前回はフレードリッヒ・ボックに破れた龍王院ですが・・・ですね。この部分の格闘技の駆け引き、格闘技好きの人には最高に面白いです。


そのほか色々ありますが、「キマイラ」の秘密が長い物語を通じ段々と明らかになっていきます。


ここまで書いてきて、分からない方には全然からなかったと思いますが、好きなものは好きなので、一応書いてみました・・・m(_ _)m


さて、夢枕獏さん「『陰陽師』などを、五七五でやってみようと。」思い、俳句に取り組んでいるそうで、「今は、もっとシンプルに、俳句を『世界で一番短い定型小説』として、作ってみたいと思っているのである。」ということで、七句ほど紹介してあり、大したことないだろう思ったら・・・


・湯豆腐を虚数のような顔で食う

・沈むなら五月の森の難破船
・秋の指青き乳房の贄となる

と、現代俳句ですね。本格的な。さすが夢枕獏師匠。

後書きに「あと一息、二息だ。」とは書いていますが、この人の”一息”は長いから、あと何年かかるのか。餓狼伝も進まないし、東天の獅子はどうなっているのか?どこかの雑誌で連載をしているようですが、ダラダラ読むより一気読みの方が性に合うので、単行本になるまで気長に待つつもりではありますが・・・


2019年5月 9日 (木)

「続・ペコロスの母に会いに行く」~岡野雄一著


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ペコロスさんの本、ほとんど読んでいます。つものように、面白くも悲しく、悲しくも面白い物語で、思わずホロリときます。

話はいつものように、過去、現在が混沌として進みますが、同じようでも飽きないのは、著者の家族に対する思いが深いからでしょう。

話は読んでいただくとして、この本5月7日に買って来ました。が、ですね、この本、本当はまだ発売していないのです。奥付を見れば「2019年5月20日 初版第一刷発行」となっているからです。

で、面白いのが岡野さんの後書きが「六十雀(ろくじゅうから)のさえずり 平成の『僕の自己紹介』を令和から振り返って」となっており、「令和」の発表が4月1日11時41分だった記憶があるのですが、それから一月あまりで本を作ったのはよほどの超特急か、後書きの「令和」だけ残し、他は印刷済みだったのか?

まあ、どうでもいいですけど、小さいことが気になるのは、歳を取ったせいか?いずれにしても、団塊の世代としては自分の事として実感できることばかりでした。

「生きとこうで、生きとけば、どげんでんなる。」、本書に書いてある言葉です。ボケを自覚する今日この頃ですが、とにかく「生きとこうで」と思いました。

忘れていました。確か記憶では再婚するにあたり、奥さんのことは書かない事が条件だったっと思ったのですが、結構出ています。面白い奥様です。

 

 

2019年5月 4日 (土)

「令和だ!鯉のぼりだ!!上塩浜だ!!!」~雲仙市千々石町上塩浜(5月3日)


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先日までは「平成最後の」という言葉がお決まりでしたが、5月になった途端「令和最初の」になりました。

「令和最初の鯉のぼり」です。作ったのは、千々石町上塩浜のみなさん。クリスマスはキャンドルイルミネーション。「観応火宴」の時は、浜
いっぱいにペットボトルを使ったキャンドルを並べ花を添えてくれました。

今回は千々石川の鯉のぼりです。天候が連休前半が悪かったのですが、この日は晴れ。暑い中、準備が大変。


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いつも海岸を掃除している、愛称「はまっぺ」のイメージキャラクター。歩道にもズラリと並ぶ鯉のぼり。

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もちろん「鯉」だから、水の中を泳ぎます。

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帰りに山手をみると、いつもは鯉のぼりが泳いでいるのに、まったく見えません。少子化が又々進みます。若い夫婦の方は着けずに頑張りましょう(ここ、分かる人は分かれば良い)!

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で、粘って捜したら、やっと2軒。昔は、あちらこちらと鯉のぼりが泳いでいたのですが・・・・

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連休はもうすぐ終わりますが、6日の午前中までは飾っておこうか、ということですから、お近くの方、また、通りかかった方は是非見て下さい。

上塩浜の皆さんには大変ですが、楽しみにしている方も多いので、これからも是非継続をお願いしたいものです。

「やはり『5月は鯉のぼり』」。


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2019年5月 3日 (金)

橘中佐銅像建立100周年

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若くて、カワユイ女性の観光客から「このオジサン、誰?」と言われた、橘中佐の銅像です。橘神社はこの橘中佐を祀っています。

最近では、桜の名所、世界一の門松、松明行列の観櫻火宴として有名になり、橘中佐の影がなんとなく薄くなってきているようですが・・・


この銅像については、以前クドクド書いたので詳しくは書きませんが、建立されたのが大正18年(1919)、今年が建立100年にあたります。


最初、海を眺める上山にありました。制作者は北村西望氏。2体作られ、1体は戦争中金属が足りず供出に、千々石の銅像は町民の熱意で供出を免れる事に。


戦後、進駐軍に接収されるのではないかとのことで、町民の手で隠され、その後、昭和29年に現地に移設、昭和51年に現在のように自然石の台座に改修。


下の写真、まだ低い所にあるのが分かります。ウチのカミサンの記念写真で、ちなみに、一番カワイイ子がカミサンです(顔だけは)。

ということで、先月、建立100年周年の奉祝会がありましたが、私は招待されませんでしが・・・・(^^;)


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