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2019年1月14日 (月)

「『駕立場』の絵はがき、なんか変?」~解決編

Img_20181207_0001_2

昨年、12月8日「『駕立場』の絵はがき、なんか変」ということで書きました。

12月8日のブログは→こちらをクリック 

要約すれば、昔は「温泉(うんぜん)」という表記が多く使われていたのですが、昭和9年に国立公園になったおり「雲仙(うんぜん)」が使われるようになりました。

「長崎新聞」は明治22年「長崎新報」として創刊、その後名前を変えますが、「長崎新聞」の名前を使ったのが昭和20年。ここのところ、長崎新聞のホームページは簡略化して書いてありますが、Wikipediaが詳しいので、→こちらをクリック

上の絵はがきでは 赤丸印の旗、右側に「長崎新聞主催」、上の方には、「温泉(うんぜん)」の字が読み取れます多分「温泉(うんぜん)嶽」だと思われます。下の方には「登山會」。

で、ここで疑問が出てきたわけで、文字使いに慎重な新聞社なら、年代を考えると「温泉」ではなく、当然「雲仙」(「長崎新聞」を名乗った昭和20年には、「雲仙」と表記されたわけですから)を使わなければいけないわけで、なぜ?「温泉」を使ったのか、と悩んだのですが、ここで下のようなコメントをいただきました。

この絵葉書は、なかなか貴重だと思います。この絵葉書は、明治42年に長崎新聞社が雲仙登山をした際の風景と思います。長崎新聞社は、この時の登山の様子を『温泉小浜案内記 : 登山紀念』という本にまとめています。
 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001602655-00
その際の写真があったとは、オドロキです!

ということで、下にURLが書いてあったのでクリックしてみたら「国立国会図書館サーチ」のページでそこから、「温泉小浜案内記・登山紀念」をプリントアウトして読んだら、小浜、雲仙までの交通案内、観光案内が書いてあり、当時の様子が良く分かります。

ほかに、旅館案内、その他商店の案内が書いてあり、日本語、英語、ロシア語と3部に分かれてありました。多分、別々の本だと思いますが、実物が見られないので定かではありません。

ところで、本を見ていると、一番上の絵ハガキと同じ写真があり、他にも数枚、他の絵はがきで見た写真があるので、多分、長崎新聞から絵はがきとして出したものと思います。

Img_20190112_0005

さて、この案内書、後ろの奥付を見ると初版が「明治42年」ということは、長崎新聞はこの頃、明治22年に「長崎新報」、明治43年に「長崎日日新報社」、明治44年に「長崎日日新聞」と改題しています。なお、案内書の中にはちゃんと「長崎新聞」の名前の宣伝が入っています。

ヒョッとしたら、一時的に名前を変えたかな、とは思ったのですが、その記録はまったくありません。

結局、悩んだ末、聞いた方が早いなと。長崎新聞社に電話したら、カワユイ女の子が(声は、顔は分かりませんが)出て、昔の話なので、分からないのか、2回ほど話して結局「総務課」に繋ぎます。だと。結局3回同じ話をすることになりましたが・・・


Img_20190112_0001_2

担当者も詳しく分からないのか調べてみますということで、しばらくして返事の電話があり、「長崎新聞は明治38年1月から昭和10年8月までありましたが、本社とは関係の無い会社です」と言うことでした。

私は猜疑心が強く、ねちっこい性格なので確認はできないかと思っていたら、ふと「長崎事典」を思い出し、「歴史編」を調べたら以下のように書いてありました。

長崎新聞(ながさきしんぶん)

明治38年(1905)1月18日創刊。中川観秀、中川平兵衛、岩永八之丞、前田多三郎ら。現長崎新聞とは関係ない。憲政同志会系。昭和10年(1935)廃刊。

ということで、現長崎新聞社総務課の方の話と同じで、この案内書が明治42年発行ですから、この頃は「雲仙」は「温泉」と言っていたので、旗に書いてある「長崎新聞主催」「温泉」というのは、至極当たり前の事だと言うことで、一件落着。

と思っていたら、もう一つ「長崎新聞」というのがあり、下記の通りです。

長崎新聞(ながさきしんぶん)
明治6年(1873)1月、本木昌造が松田源五郎、西道仙、池原日南などの学識経験者を同士として発行。・・・同年11月廃刊。次に本木昌造と交友の厚かった本田実が明治8年(1875)に同題号で復刊した。・・・明治9年(1876)1月、「西海新聞」に改題した。

ということで、「長崎新聞」という題字は、明治6年の本木昌造発行、明治38年の憲政同志会系の長崎新聞、現長崎新聞と3回、別々の関係ない会社で発行されたという事です。

これにて、一件落着。です。

なお、本のコピーは「国立国会図書館デジタルコレクション」から。
また、情報をいただきました、「
 ncc1701b」さんには感謝です。ありがとうございました。


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