« 2018年7月29日 - 2018年8月4日 | トップページ | 2018年8月12日 - 2018年8月18日 »

2018年8月5日 - 2018年8月11日

2018年8月10日 (金)

「長崎おきあがりこぼし展」~長崎歴史博物館他

Photo_2

今日は、長崎歴史博物館へ調べもの。

玄関に入ったとたん、お人形さんがズラリでビックリしました。
人形は、「会津の縁起 起き上がり小坊師」。縁起の良い、会津最古の民芸品だそうです。右は紙製かな?に絵を描いたもの。

Photo_4 Dsc_0953

なんのイベントかと思ったら、「長崎アートプロジェクト『ナヘア』(ナガサキ平和アートのプロジェクトの通称ネーム)」の主催みたいで、ほかに「キッズゲルニカ」「アートストリート」「折り紙再生画用紙子ども絵・書」「ナガサキ平和音楽祭」「フォトグラフ」「生け花」「茶道」も展開しているみたいです。

なお、この「おきあがりこぼしプロジェクト」は「2013年ファッションデザイナー、高田謙三さんの呼びかけで、フランスのアーティスト(アラン・ドロン、ジャン・レノンさんなど)に福島県の伝統民芸品である『おきあがりこぼし』に絵付けを行ってもらい、この活動を通して震災や事故に揺れる現地への理解や共感をフランス社会に求める運動としてはじまったものです。」だそうです。

ご存じ、さいとうたかおさんの「ゴルゴ13」。オリンピックメダリストの「セルゲイ・ブブカ」の作品。

Photo_5 Photo_6

チェルノブイリでは不幸な事故が起こりましたが、そのチェルノブイリ博物館副館長、アンナ・コロベフスカさんの作品、防護マスクを付けていますが、怒っているような感じ。
バロン元吉さん「柔侠伝」は愛読書でした。

Photo_7 Photo_8

ご存じ、「深夜食堂」の安倍夜郎さん。知らない人がいない、鉄腕アトム。左の女の子がカワユイ。

Photo_9 Photo_10

田中満智子さんの作品。思わず「LINEの交換しませんか?」

Photo_11

三つ星レストラン「ポール・ボキューズ」のオーナー、ボキューズさんの作品。昔は、良く食べに行きました。今では、回転寿司ばかりですが。
女子柔道チャンピオン、谷本歩実さん。試合では厳しい顔をしていますが・・・・


Photo_12 Photo_13

植木まさしさん。「コボちゃん」。子どもが好きな漫画でした。
いわずと知れた、新田たつおさん。ハードな感じにバラの花が良く似合う。


Photo_14 Photo_15

小島功さん。さすが大人の色気。またもや「LINE交換しませんか」

Photo_16

有名、無名な方の作品も交じって、楽しいイベントでした。

なお、「おきあがりこぼし」は、「原爆資料館」「浜屋百貨店7F」「石丸文行堂6F」でも開催しているようですが、各々開催期間が違っているので、確認して見に行って下さい。






2018年8月 9日 (木)

「8月9日」

Img_20180809_0002

昭和20年8月6日、広島に原爆が投下。そして、8月9日、今日、長崎に原爆が投下されました。

上の写真が戦前のカトリック浦上教会。下が、原爆を投下され倒壊した教会。

Img_20180809_0001

広島の原爆ドームが保存をされているように、この教会遺構が残されることができなかったのかとは思うのですが・・・・

市議会では保存の決議がなされますが、最終的には、浦上天主堂とアメリカへの配慮を優先した当時の田川市長の意向があったみたいで、また、浦上天主堂再建の資金援助を、カトリック長崎司教・山口愛二郎氏が、アメリカに求め渡米しますが、米国側から条件として、天主堂遺構の撤去を求められたそうです。

詳しくはウィキペディアの「カトリック浦上教会」の中の「原爆遺構の保存問題」に詳しく書いてありますので、是非お読み下さい。→こちらをクリック

母方の祖父(おじいちゃん)もこの原爆で亡くなりました、私が生まれる前ですが・・・・アメリカの圧力に負けず、残すべきだったと毎年思っているのですが。

なにしろ、キリスト教の国がカトリック教会を破壊し、また、この地区には沢山のキリスト教の信者が住んでいた所です。



2018年8月 8日 (水)

「一語一絵」~眞木準著

Img_20180808_0001_3

以前、下の広告を紹介したことがありました。

先日、この記事に「通りすがりさん」からコメントがつきました。この「うちの息子は厳父と岳父の違いも知らない、愚息だ。」というコピーを書いたのは、「眞木準」さんというコピーライターで、10年ほど前亡くなられたそうです。

その中で「十歳にして愛を知った」もご覧下さい、と書いてあり、はて、どういう意味かなと思って、ネットで「眞木準」をググって見ると、意外と面白いコピーが紹介してあるので、上の本「一語一絵」を入手してみました。2003年の出版です。絶版になっており、古本屋さんから取り寄せました。

Photo_2

中身は、下のように、コピー、眞木さんのコメント、どのような広告に使われたが載せてありましたが、ここのところ、もう少し大きくして欲しかった。

途中に「島田雅彦」さんの「広告塔からの眺め」という2,3ページの解説があり、その後「一語一絵 惹句アーカイブ」があり、最後に「惹句 スクロール」と続きますが、この部分はコピーだけの紹介になっています。

で、読んでいくと「十歳にして愛を知った。」と言うのがあり、解説によると。
図書館で調べ物をしているおり、教育漢字の資料に出会い、「そうか日本人は小学校四年生で愛という字を習うんだ、という感慨にふけって、生まれた」そうです。

少し分かりにくいですが、左ページの上、「教育漢字総覧」として漢字がズラッと並んでいます。広告は、ライオンファイル。

Img_20180808_0003

これ、年配の方には懐かしいと思います。「トースト娘ができあがる。」、全日空の沖縄の宣伝ですが、今見ても新鮮ですね。

Img_20180808_0004_2

この意表をつくコピーとポスター、大胆ですね。今でも色あせていません。駅でよく盗まれたそうです。

Img_20180808_0005

さて、眞木氏は次のように書いています「タレントCMは、結局商品よりもタレントが売れてしまう。世界的に評価が低い。・・・・」、言われてみれば、CMが流れていても商品より、タレントさんをみて、あれ?何の宣伝だっけ。と思うのも、再三再四。

少しばかり、言葉だけですが、紹介を。

■「でっかいどお。北海道」
全日空の広告ですが、北海道の広さを一言で言い切っていると思います。

■「和イスキー」
サントリーの宣伝ですが、なんとも「和」が良いですね。

■「あの人と行って、この人と帰ってきた。」
あるんですね。私の知っている女性も、これと同じことがありました。

■「着やすい。つまり脱がせやすい。」
■「軽そうだ。正しく言うと抱けそうだ。」
なんと、伊勢丹の宣伝ですが、大胆なコピー。

■「四十才は二度目のハタチ。」
■「男は、体のどこかで、20才」
■「三十才前後の少年」
男は、どこか大人になりきれない部分があって、正木ゆう子さんの俳句に「リンゴ投ぐ男の中の少年へ」というのがありましたが、女性も良く見ると少女の部分があり、「カミサンが少女に戻る蛍狩り」という俳句もあります。作ったのは私ですが。駄作ですが・・・

■「男くさいと、くさい男は違う。」
暑い夏です。くさい男にならないように。

■「恋をナメたらいかん。かじるだけにしなさい。キットカット」
■「私の主食は、レタスと恋と缶ビールね。」
キットカットとサントリー缶ビールの宣伝ですが、うまいですね。缶ビールの宣伝は映画にすると面白いかな。

書いたらキリがないので、あとは本を買うか、少しお高いので、図書館にあったら借りて読んで下さい、ちなみに長崎県の図書館で置いてあるのは3館でした。

さて、私が一番好きなのが下の広告。
よく、「愛と恋とはどう違うの?」と聞かれますが、下のとおり「恋が着せ、愛が脱がせる。」が一番の答えだと思います。イミ分かんない人は、まだ子供。大人になれば分かります。

Img_20180808_0002_2

読んでんみて、良い広告、コピーは世相、人生を語るですね。
「通りすがり」さんのおかげで、良い本が読めました。多謝、多謝です。




2018年8月 6日 (月)

「大江健三郎さんの思い出」

Img_20180806_0001 Img_20180806_0003

今日、いつものように本屋さんへ行ったら「大江健三郎全小説」が二巻置いてあって、第3巻をみると「セブンティーン」と「政治少年死す」が掲載されていました。

「政治少年死す」の主人公は、当時の社会党委員長・浅沼稲次郎氏が演壇で演説中、浅沼氏を刺殺した山口二矢がモデルになっています。このシーンはテレビニュースでも放送され、衝撃を受けたものです。山口二矢は当時17歳、鑑別所にて自死。

この小説は、第一部が「セブンティーン」、第二部が「政治少年死す」になっています。

初出が「文学界」の昭和36年(1961)の1月と2月号。樺美智子さんが60年安保で亡くなった(6月15日)次の年に発表されたものです。

「右翼少年死す」は発表後、右翼からの抗議、脅迫により、以後、表には出ていない小説で、地下出版、個人のネット配信、図書館に文学界のバックナンバーが運良く揃っているかですが(長崎ではほとんど絶望でしょう)・・・

で、ふと、思い出すと、私がこの二冊を取って置いた記憶があり、捜すとありました。大事にしていたので、パラフィン紙で頑丈包んで保管していて、上の写真はパラフィン紙の上からスキャンしたので、ぼけています。

Img_20180806_0002_2

Img_20180806_0004

さて、今日の話はこの小説に関するものではなく、タイトルは「大江健三郎さんの思い出」とはしましたが、酒を一緒に飲んだとか、文学を論じたとか、家に遊びに行ったとかいうことではありません。

私、学校時代は成城学園(学校は成城学園ではありません)に下宿をしており、学校に入ったばかりのとき、夕方、少し暗くなった頃、夕食を食べに出かけましたが、前の方から大学教授風の、どこか見たような、中年の男性が歩いてきまして、東京にでてきたばかりで、顔を知っているこの年配の人といえば、ゼミの先生かなと。

私、小心で律儀な性格なので、一応「こんばんわ」と挨拶をしたら、相手も軽く頭を下げながら「こんばんわ」。と、すれ違ったとたん「あ!大江健三郎だ!」。本当に気さくな挨拶の仕方でした。

もう一つ、駅の向かい側のプラとフォームに大江健三郎さんと、小さい子供が一緒にいて、電車の音がうるさく、子供の声が小さいのか、大江健三郎さんが身をかがめ、子供の口の所に耳を近づけ、一生懸命話を聞いていました。息子さんの大江光さんです。現在、音楽家です。これが「大江健三郎さんの思い出」です。

たわいないと言えば、たわいない話ですが、この二つのシーンはいつまでも、私の脳裏に残っていて、大江健三郎さんの人柄を知る良い思い出になっています。

《附録》
私の下宿のおばさんが、小沢昭一の伯母で、私が帰郷する前日、ご主人(かなり高齢)が亡くなり、数日して、下宿に帰ったら葬儀の折の写真を見せていただきましたが、小沢昭一さんが神妙な顔をして、位牌を抱いている姿も、まだしっかりと覚えています。




« 2018年7月29日 - 2018年8月4日 | トップページ | 2018年8月12日 - 2018年8月18日 »

フォト
2018年8月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

ブログランク参加中クリックしてね

最近のトラックバック

amazon

無料ブログはココログ