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2018年7月15日 - 2018年7月21日

2018年7月21日 (土)

「新・餓狼伝」巻ノ四 闘人市場編~夢枕獏

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Amazonで予約をしていて、到着日が7月22日なっていたのが、なんと届いたのが20日の昼。すぐに読み始めて、読了が今日21日の夜2時。で、今日は酷暑の中、昼の2時から二時間ばかり講演会に参加。内容は「有明海の戦国時代」。なかなか難しかったものの参考にはなりました。ということで、今日はフラフラなので、短く。

とにかく、巻ノ四には、格闘部分が多く満足しました。とくに、宮中で、素手で、皇室を守っていた、菊流に関わる姫川源三と、世界征服を目指すと宣言した磯村露風。どちらもかなりの高齢者です。

この二人が、「闘人市場」、要するにアンダーグランド(ルール無しと同然)で戦う事に。で、このレフェリーをするハメになったのが主人公の丹波文七。
丹波文七も試合の中で利用されますが、レフェリーにもこんな利用法があったのですね。

姫川源三が使ったのが「菊式」。どうするかは読んでネ。そして、菊式が書かれた「秘伝帳」の行方は。話は一段落して、各格闘団体の枠を取り払った、格闘技イベントが始まります。二人の試合結果は読んでネ。

と「菊式」の技法を読んで、ふと思い出したのが、手品の技法。
以上、小説の事は、ずっと読んで無い方には分かりにくいので、サービスに手品の技法を一つ。

いつも遊びに行っている家があるとします。遊びにいったとき、額縁の裏なり、あまりいじくらないところにトランプを一枚隠しておきます。ハートのAとします。

次に遊びに行ったとき、手品を見せるよといって、52枚のトランプから一枚選ばせます。もちろん、ハートのAです。任意の一枚を選ばせる方法は種々あり、手品の本に載せてあります。子供向けの手品の本には載っていません。DVDもあります。

さて、ハートのAを目の前で消す(技術と練習が必要)か、面倒くさいなら完全に燃やしてしまいます。その後「額縁の裏を捜して」で、ハートのAがでてきます。みんなビックリします。

手品は「あ!何かやったな」と思ったときには既に遅く、皆さんが思うより早くタネを仕込んでいます。

「菊式」の技法も同じで、「やったな!」と思ったときは既に思わぬところで、仕掛けをしています。

さて、この本の「あとがき」で夢枕獏さん、「いよいよ最終局面へ」と書き、最後に「あと五年で、今の連載の多くを完結させ、五年から先は、これまであたためてきた物語をぐいぐいと書きたいと思っているのである。」と書いています。ということは「キマイラ」も「東天の獅子」もここ五年で終わるということで、私もあと五年は生きていなければならないと言うことです。この暑いのにイヤだな。



2018年7月19日 (木)

「富貴楼」の解体に思う

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富貴楼。ホームページを見ると「当店は平成29年6月10日をもって休業致します これまでのご利用ありがとうございました」とありました。

富貴楼についての詳しくはこちらをclip(クリップ)じゃなく、クリックですね→富貴楼

ところが、ネットの「長崎市公式観光サイト あっと!長崎」には、まだ閉店の記事は無く、「データーは2016年2月10日現在のものです。」だそうで、観光長崎にしては、情報の鈍さを感じます。

さて、今月15日の長崎新聞に、総合長崎大学教授のブライアン・バークガフニさんが寄稿をされていました。富貴楼の明治40年の写真が載っていますが、色が付いているので、年代、色からみて手彩色でしょう。

上の写真が私が持っているもの、多分、ブライアンさんの方が古いかなと思われます。で、長崎事典(風俗文化編・長崎文献社刊)をみると、まったく同じ写真が載っていて「大正ごろの富貴楼」となっておりました。

ブライアンさんの写真には「四方富貴楼」となっており、調べてみると、俳人紫暁暁
の日記に「『千秋亭(注;富貴楼の前身の名前)に到り終日和漢の珍味に飽り」「四方眺め比類なし』」とある。」(富貴楼ホームページより)。で、こういうことから「四方富貴楼」と書いたのではないかと思います。あくまで、憶測ですが。

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ブライアンさんの寄稿は「返上の日を懸念」となっていて、先日「長崎と天草潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されたことに触れつつ、元潜伏キリシタン集落の過疎化に触れながら、「教会堂が美しくも無用の抜け殻になりかねない。」と懸念をしながら、「地域経済の救済策として『観光』の話が持ち上がっても不思議はない。」としていますが、まったくその通りで、長崎県は経済基盤が弱く観光に頼らざるをえません。

と書きながらも、世界遺産の石見銀山遺跡、富岡製糸工場の観光客の減少にも触れています。

ここから、富貴楼の話になり「先日、私は諏訪神社前を歩いているときショックを受けた。石垣の上にたたずむはずの富貴楼は、まるで消しゴムで消されたかのようにその姿がなくなっていた幕末の志士やイギリスの文豪キプリングも訪れ、時の内閣総理大臣伊藤博文のすすめで名付けられた老舗料亭は、老朽化や人手不足、また改装にかかる多額の費用を捻出できない事を理由に取り壊された。」と書いています。

この料亭は、文化庁 国登録有形文化財登録、長崎県 まちづくり景観資産に登録されていますが、解体前に登録を解除していたそうです。朝日新聞によると、2016年4月25日の「市景観審議会」で市指定解除が諮られ、異議はでなかったそうです。

県なり市なりが手をかけ「心田庵」みたいに一般開放すれば良いとは思うのですが、見学期間中は「心田庵」は県内外の人で一杯です。

長崎では、日本初の西洋式病院「小島養生所」をどうするかで紛糾しました。遠くは原爆で破壊された浦上天主堂をどうするか検討され、結局、取り壊されました。広島の原爆ドームの取り扱いとは段違いです。平和の象徴として残すべきだったでしょう。なにしろ、キリスト教の国が、教会を原爆で破壊したのですから。

と言うように、長崎ではあまりにも、日の当たる文化財のみが大切にされているみたいです。

現在、県庁移転に伴う跡地利用をどうするか、なにを作ろうかの議論が盛んですが、旧県庁跡地は「サンパウロ教会」があり、その後「長崎奉行所西役所」があり、また、その後、勝海舟が学んだ「海軍伝習所」があった場所であり、発掘調査をすれば何か出てくるはずなのですが、トンとその様な話は聞きません。

お宝は地下にあり、空中にはないのです。地上に何かを作るとか、跡地利用をどうするかより、歴史に寄り添った開発を考えて貰いたいものです。

多分、登録遺産地区については広範囲にわたり、今後の努力が必要ですが、なんとなく、石見銀山遺跡、富岡製糸工場の二の舞を感じます。数年間は大丈夫でしょうが・・・・ブライアンさんが書いているように、富貴楼と同じように
「返上の日を懸念」にならなければ良いのですが・・・・



2018年7月18日 (水)

「ガリ版印刷(謄写版印刷)」


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「ガリ版印刷」ですね。久しぶりに「ガリ版印刷」を見たので、若い方は全然知らないと思うので、ご紹介を。
「ガリ版」の「ガリ」は、ヤスリ版に原紙を載せ、鉄筆で字を書くとき「ガリガリ」音がするので「ガリ版」。

ちょうど、西岸良平氏の「三丁目の夕日 夕焼けの詩 ガリ版」に載っていたので、表紙を見てもらえば分かりますが、学校で先生の手伝いで、よくガリ版刷りをさせられ、手などはインクで真っ黒になったものです。

ガリ版説明は面倒くさいので、下の絵を見てネ。原紙にはロウが塗ってあり、字の所は原紙のロウが削れていますから、印刷すると摩耗していって、400~500枚摺るとダメになった記憶がします。

なお、この後、一枚づつローラで印刷をし、一枚一枚、紙をめくらなくても良い、電動の輪転印刷機ができ、これは印刷が早くて、あまり汚れなくても良く、便利でした。

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私、字がまったくヘタで、会社に勤めたとき、資料を作るのが苦痛でした。
転職したところには、和文タイプ、コピー機があったので、随分楽でしたが、和文タイプは字を拾うので、これも慣れないと大変でした。

そのうち、ワープロが出現し、パソコンに変わり、字が下手なのを苦にせずに済むようになりました。

下が、ガリ版で刷った、映画の紹介ですが、かなり慣れた方の字ですね。私みたいに字が下手だと、こう上手くはかけません。パソコンで打った文字みたいですが、見ていると味があります。

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調べてみると、謄写版(ガリ版)で、カラーの絵を書く技法もあり、これは、私も知りませんでした。

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さて、今年もあと半年。パソコンで作った味気ない年賀状ではなく、謄写版なり(手に入れば)、版画なり手書きなり、少し味のある年賀状を考えては如何でしょう。私もいろいろ考えてはいるのですが、「ヘタな考え休むに似たり」かな?



2018年7月16日 (月)

「集処(あつまりどころ)えんがわ」で一休み~雲仙市千々石町


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「えんがわ」のある家って少なくなりました。広くて良いですね。

この家、元来は病院だったとか、その後、一般の方が入り住宅として使い、その後、町おこしの方が入り拠点として使っていましたが、現在、農業加工場として使われています。

が、ですね。加工場、あまり広くなくても良いらしく、上の方の座敷の部分は使わなくても済むとか。

で、会社の代表の方が、もったいないと、近所の方などに使ってもらえないかと、室内が荒れているのを自分で補修して、「集処えんがわ」としてオープン。上の写真です。私、喫茶店が出来たとか聞いたのでチョット寄ってみました

可愛いウェイトレスさん、いません。マスターもいません。私が行ったとき、声をかけても誰もいないようで、しばらく寝っ転がっていると、加工場から音がしたので、声をかけると代表の方が現れ、少し話をしたら、だれでも、ぶらっと来て昼寝するなり、お友達と来てお喋りしてもいいとか。

コーヒーは300円ですが、なんとなく、頼んでも頼まなくても良いような感じ。要するに、気楽に、アバウトで使っても良いような場所です。

場所は少し分かりにくく、下の写真の赤の矢印が千々石郵便局、千々石郵便局の前に親和銀行があります。親和銀行の前が千々石郵便局です。当たり前だけど、念のため。緑の矢印が「集処えんがわ」、中には、何台か車はとまります。

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下の左の写真、入り口を入ったところ、緑の矢印が加工場。「まるゆでやさい」が買えます。カミサンが一度もらって来ましたが、料理の時、野菜を茹でる時間がいらないので便利です。特に、この暑い時期には助かります。
赤い矢印が「集処えんがわ」。

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ご近所のおばちゃんが作られた、クラフトバック。

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ほか、いろいろと手作りの物が置いてあります。

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近くには、昔、「千々石ホテル」が建っていたところ。自由に遊べます。外人さんが利用をしたそうです。

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ということで、ご近所の方、通りすがりで運転に疲れた方、カミサンに怒られ、プチ家出をしたい方など、是非一回ご利用を。なお、自然のクーラーですが、意外と風は通るような感じでした。広々した所で、大の字になって昼寝するのは気持ち良いですよ。室内には誰もいないので、帰りは、「来た時よりも、美しく」。



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