« 2018年5月13日 - 2018年5月19日 | トップページ | 2018年5月27日 - 2018年6月2日 »

2018年5月20日 - 2018年5月26日

2018年5月26日 (土)

「島原藩 江戸屋敷」はどこだ?~古地図って面白い!

Photo

(「横浜開港資料館編 F・ベアト写真集 1 幕末日本の風景と人々」より)

島原藩中屋敷が慶応大学の一部になっている、ということは以前から聞いてはいたのですが、それなら、上屋敷と下屋敷はどこなのさ、と思っていたら、下の「寛正 新刻 毎月改正」という地図を手に入れました。1789年、今から約200年以上のものになります。
この地図で、場所を探そうとしても、昔のくずし字で細かいところはとても無理。

Dsc_0344 Photo_4

ということで、元禄九年𦾔版、萬延元年新版のレプリカの地図を手に入れたら、断然見やすく、こちらを利用。

矢印の赤が江戸城、右へ行って上屋敷、中屋敷、下屋敷。見ての通り、段々、お城からは遠ざかります。

Photo_5

あと、島原市発行の、島原藩正史の「深溝世紀(ふこうずせいき)」。島原藩は松平家ですが、松平家といっても色々あり、島原藩は「深溝松平家」になります。

島原藩松平家は前期と後期になりますが、後期は最初の忠恕(ただひろ)公の官位が「従五位下  大和守」ですが、後は「従五位下 主殿頭(とのものかみ)」になります。

その「深溝世紀 巻二十一 紹公 巻二十二 哀公」の最後の頁に載っていた、切絵図。これは、「(株)人文社刊 『切絵図・現代図で歩く 江戸東京散歩』」より、転載されたものだそうですが、大変助かりましたが、部分の絵図なので、江戸全体から見るとどこなのか、これには苦労しました。

Img_20180526_0002

上屋敷です。「重ね扇」は島原藩松平家の家紋。矢印は「数寄屋橋」のように読めましたが自信はありません。

意外と江戸城に近いですね。江戸城の近くには親藩、譜代大名などを配置。見ていくと「松平」が多いのですが、徳川家康も以前は「松平」を名乗っています。

Photo_6

中屋敷です。「松平主殿」が分かると思います。

なお、一番上の写真、右手の長い塀が「中屋敷」。政府に接収された後、慶応義塾に払い下げられ、現在の三田キャンパスになります。

Photo_7

萬延の地図でみると「松平とのも」が分かると思います。矢印は「つなさか(綱坂)」。「渡辺綱」がこのあたりで生まれたそうです。「渡辺綱」は→こちらを参照

Dsc_0076_11

一番苦労したのが下屋敷。「切絵図」と比較しましたが、多少違ったところもあり、といっても、地図の年代が違い、江戸には火事が多かったというのが原因かな?

回りの、「細川越中」とか「森伊豆」を目印に探しました。現目黒一丁目。私の彼女が住んでいたあたりです。

Photo_18

さて、上屋敷、下屋敷の写真を探しましたが残念でした。

なお、上屋敷は明治大学の前身明治法律大学が、明治14年に上屋敷で開校をしております。丸印が「明治大学発祥の地」。矢印が「数寄屋橋
。GoogleEarthから借用しました。

Photo_14

見ていくと面白いもので「吉田神道ヤシキ」。吉田神道は昔からありましたから分かりますが、「修ケンヤシキ」って何でしょう?多分「修験道者」の屋敷でしょうが・・・

右の地図「泉岳寺」。泉岳寺といえば四十七士の墓所があるところ。下の方、ルーペで見ると「義士墓」のような感じに読めました。

Photo_20 Photo_21

と、三日ばかりかかって、ルーペ片手に地図を読んでいきましたが、その他、いろいろ気づきがあって面白いものでした。皆様も機会がありましたら、見て下さい。





2018年5月24日 (木)

セクハラ!「週刊ポスト」「週間現代」

Img_20180524_0001_2 Img_20180524_0002

週刊現代の「今日は本音で言わせてもらう」の記事に「セクハラ」「パワハラ」「働き方改革」「女性登用」について、かなり本音を書いてあって、賛否両論あるとは思いますが、その中で・・・

「元朝日美人記者が実名顔出しで告白『エロ親父』福田が怖くて、記者が務まるか」のなかで、「やたらと、人の下半身について騒ぐ週刊誌もセクハラ!」とあり、なるほどなどで、本日は、「セクハラ!『週間現代』『週間ポスト』」です。

■「国益を暴落させた安倍首相の『虚言、妄言、詭弁』全記録」

「拉致被害者は必ず全員帰国させる」「プロセスには一点の曇りもない!」「私も妻も一切関係はない!」「次は必ず消費税10%に上げる」と、あと書くのも嫌になるので止めますが、この絶好の機会、野党は何をやってるのでしょう?安倍首相より、野党に問題ありですね。

■「『定年後のお金のセオリー』信じる者は救すくわれない」

・「人生100歳時代は75歳まで働こう→企業は65歳以上を雇用する気が無い」・「都会から『地方移住』で悠々自適→カネはかかる、不便、のんびりできない」・「健康維持のため運動に励もう→脳卒中や心筋梗塞のリスクが上がる」・「自宅を売って老人ホームで終生安心→入居費と生活費で困窮生活に」・「最後は病院でなく自宅で死にたい→費用、介護負担で家族がギブアップ」と、なんとも長生きしにくい時代になりました。

■「病気が逃げ出す『習慣のコツ』」

テストが10問ほど書いてあり、その後「『コップ一杯の水』が大きな力を発揮する」、「『ちょっとした心がけの違いが』健康に」「病気が近寄らなくなる『一分体操』を伝授」「『手で書くこと』の意外な効用」と、細かく書いてありますので、「病気が逃げ出ていく」というのをお望みでしたら、ご一読を。私?三日坊主なので・・・

■「高血圧『なってから』生活術」

「高血圧」はもやは国民病で、歳を取ったら血圧が高くなるのは当たり前、とかいう意見もありますが。読んで見ると、「夜更かししてもいい」とか「我慢するほうが身体に悪い 飲むなら『昼酒』がオススメです」とか「腹いっぱい食べてもいい」など、嬉しい字も見られますが・・・・どうなんでしょう?

■「中国からの輸入品が『殺人虫』を運んでくる!?」

猛毒を持つ「ヒアリ」が昨年、話題になりました。
「竹ぼうき」「家電の段ボール」「羽毛製品」「食品」「コンテナ内で拡散」というので、特に暑くなる時期、見慣れない虫には注意しましょう。という他ありません。

■「『5か月待ちの大渋滞で免許が切れる!』」

確か70歳以上になったら、運転免許更新のとき認知症のテストと、実技講習があるようですが、これ、各自動車学校で実施されますが、高齢社会のためか、予約が一杯で免許更新に間に合わない状態になっているようです。連絡が来るそうですから、すぐに自動車学校に予約を。
私も、もうすぐ該当するのですが、テスト受けたら落第するだろうな。

■「昭和歌謡といつまでも」

コラムです「第35回 昭和の色香、園まり『逢いたくて逢いたくて』」。
「逢いたくて逢いたくて」。一回は言ってもらいたい言葉でしたが、私の方が言ってばかりの人生でした。園まりさん、良かったですね。いまや、色香のない若い歌手ばかりで・・・色香のあった歌手さんも、歳とって、色香の無い歌手さんになってしまったし・・・・

■グラビアの袋とじに「覗かれた壇蜜」

と載っていて、「特典動画付き」とあったので、QRコードを読み取って、5分ほどの動画を見ましたが、まあ、こんなものかと。



2018年5月23日 (水)

「センゴク権兵衛 11巻」発売~宮本英樹

Img_20180523_0001

この間出版されたと思ったら、もう店頭に並んでいました。意外と読む人が多いのか平積み状態。

ぼちぼち紹介も終わりにしよう、とは思うのですが、九州編が終わるまでは続けます。

戸次川の戦いで、島津側は大勝利しますが、「戦線の過剰伸張で自落寸前に陥る-ー既に秀吉の戦略的勝利は決定的である」という状態。島津義久より、和解の書状が届きますが、秀吉はOKなどするはずはなく、「豊臣秀吉は大軍勢を率いて九州征伐の総仕上げに取り掛かるー!!」と、これは次号になります。

さて、何回も書いたように、ローカル的に、秀吉の九州の地割りの原因による、龍造寺と西郷氏との争い、名護屋城で秀吉に謁見し、外町奉行に任ぜられた村山等安と面白い所があるのですが、まあ、これ、書かないだろうな。

さて、我らが権兵衛ですが、ボロボロになって帰還しますが、妻の藤が迷いながらも、権兵衛を支え、持ち物すべてを売り払い、家臣もバラバラになってしまいます。権兵衛等は秀吉の城を守れとの命令もきかず、島津と争い負けたわけで、当然、切腹ものですが、どういうわけか「改易に処す」で済みます。

秀吉は茶々を手に入れたためか機嫌が良く、(ここのところ、露骨な表現があるのですが・・・)、また、「仙石殿は剃髪めされ修養されておられる」との言葉を聞き「仙石めに一万石くれてやるか」ということで一万石の大名に復帰しますが・・・・

センゴク権兵衛、多くの家臣を亡くしており、「己を知るため、そして罪を背負うため、権兵衛”世間の声に耳を傾ける”ー」ということで、高野山に向かいます。

ということで、第11巻は淡々とした物語でした・・・・・何となく、物足りない。



2018年5月21日 (月)

「漫画で読む長崎キリシタン史 夢日記」~西岡由香著

Img_20180521_0001

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が「世界文化登録遺産」になる感じで、教会の写真集とか、教会、キリシタンに関する本が随分増えてきたような気がします。

上の本は、平戸、橫瀨浦、島原半島、有馬、大村、外海、長崎等の歴史、ポイントなどを描きながら、フロイス、天正遣欧使節、有馬晴信、セミナリオ、中浦ジュリアン、島原の乱、ヴァリニアーノの事に触れ、漫画とはいえ要領よくまとめてあります。入門書としては適当かなと思いました。著者をみると、長崎大学非常勤講師になっており、参考図書などみると、よく調べた事が納得できます。多少、ロマンチックかなと思うところもありますが・・・読んで損はありません。

さて、以下は、思いつくままの私見になりますが。

島原半島では、原城のみが候補地になっていますが、上の本を読めば分かるとおり、口之津、日野江城(日之枝城)が、キリシタンの歴史としては重要なポイントになるのですが、「文化遺産」は多分「物」、特に目立った「物」が無いと候補地にはならないようで、口之津にはこれといった遺産もなく、日野江城にいたっては、各ブログを読んでいると「何も無かった」とよく書いてありますが、キリシタンについては、「点」でなく「ストーリー」として見なければ本当の理解はできないと思うのですが・・・・


なお、遠藤周作さんの「日本紀行『埋もれた古城』と『切支丹の里』」を読むと、久しぶりに訪れた島原半島の俗化を嘆きつつ、特に原城については以下の通り書いています。

昔日のいかにも原城らしい荒涼とした風景が俗悪な十字架やアスファルトによる公園化で、すっかりこわされているのだ、話をきくと国体があった時、ここにお偉い方がこられるので、城の道もアスファルトにしたのだという。いい加減にしろという気持ちである。こういうものの保存の仕方に市や県庁の連中だけの趣味にふりまわされてはたまらない。・・・・

ということで、世界文化遺産登録になったら、どう整備をするのかですね。

なお、原城も漠然と行っただけでは、なにがなにやらで、単なる「観光」、という感じになると思います。現在、原城にはワンコインのガイドさんがいて、説明をしてくれます。

数年前、本丸で簡単な調査をしておりましたが、良く見ると「白骨」と「弾」が出てきており、観光に来た皆さんの足下にも、まだ乱に参加されたされた方の白骨が埋もれているかもしれません。行かれた折には、是非ガイドさんの話を聞きながら、「観光気分」では無く、敬虔な気持ちをもって、見学を。

先日の新聞に「神聖な教会 観光地化に疑問」という投稿も載っておりました。また、「軍艦島(端島)」も世界遺産登録になりましたが、考えれば、閉山して数十年、そのまま、ほっぱらかしにありましたが、廃墟ブームとともに見直され、世界遺産登録になったわけで、長崎市も修復等、今後どうするか、悩んでいるようすです。

長崎は産業が少なく、観光に頼ら無ければならないのですが、遺産登録後の問題をどうするか、本当に生かす方法を考える必要があるのですが、各市のトップの話を聞いていると、何となく観光客が集まれば、という感じをうけます。

さて、もう一つ、実は私は反キリシタンです。このことは、世界的にキリシタン史の歴史を見れば分かることなのですが、これはいずれ取り上げます。



« 2018年5月13日 - 2018年5月19日 | トップページ | 2018年5月27日 - 2018年6月2日 »

フォト
2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

ブログランク参加中クリックしてね

最近のトラックバック

amazon

無料ブログはココログ