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2018年4月8日 - 2018年4月14日

2018年4月14日 (土)

「島原藩」と「大塩平八郎の乱」

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「長崎は今日も雨だった・・・」ということで、することもなく、カミサンは同窓会(毎年開催)で留守。コンビニの弁当を買ってきたら、やることもないので、久しぶりに「深溝(ふこうず)世紀」を眺めていたら、「大塩平八郎」の字が目につき、読んでみました。

島原藩は、藩主が、有馬家、天領府、松倉家、高力家、松平家(前期)、戸田家、松平家(後期)と変わるわけですが、松平家は先祖をたどると徳川家と共通の祖になります。


松平家は十八家あるそうですが、深溝松平家はそのひとつです。
詳しくは→こちらをクリック

明治を迎え廃藩置県になり、島原藩は消失をするわけですが、歴代の藩主の事をまとめ、後世に伝えることを計画したわけですが、明治3年~5,6年にかけてまとめ、「深溝世紀」と名付けたそうです。全25巻、15冊、別巻にまとめられています。

さて、上の「文公」(松平中侯・ただこれ・寛正11(1799)~天保11年(1840))の所、八年、丁酉(ひのと・とり)とかいてありますから、天保八年の出来事になります。

天保といって思い出すのが、天保の大飢饉。民衆の救済のため、大坂(当時は大坂、後、大阪)奉行の元与力大塩平八郎が立ち上がります、詳しくは→こちらをクリック

さて、「深溝世紀」では次のように書かれています。

大坂の邸使報ず(大坂には島原藩の蔵屋敷がありました)「本月十九日、大坂に大火あり、町奉行組與力(与力)大塩平八郎親子、尞友及び同心・村民を誘いて大熕を発し、火を縦(はな)ちて乱を造る。・・・・」、あと長いので省略。

で、島原藩は

「二日(三月か?)、大坂より変を報ずる書島原に至るや、老臣公行途に在るを慮り議して中小姓・徒歩等を使わして之を邀えしむ。六日公大坂騒乱するを以て掃討に従う衛士を増す。」

となっており、大塩平八郎の乱のため、まだ、世情騒然の時期でしょう、「十一日公西帰す(三月)」になっているので、江戸から島原に帰城の途中か前かに乱が起こったと思われます。歴史というのは、思わぬ出会いもあるもので・・・・

という事で、この「深溝世紀」、読んでみると興味深いことが書いてあります。現在、全巻は手に入りませんが・・・・



2018年4月13日 (金)

「本を2冊ばかり」~しいたけ占い(しいたけ著)★いきなり最終回(別冊宝島編集部(編)



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「したけ占い」

占いですね。

いまさら、占ってもらっても「あとは極楽浄土へ行くだけです」といわれるだけで、あまり関係ないのですが、占いといえば、中学生時代から手相、姓名判断、四柱推命等々やっており、先日の「あさイチ」で「しいたけ占い」を紹介していて、なんと、本屋さんに並んでいたので買ってきました。

私の占いは当たるかというと、まったく当たります。若い女性に、本当のことを話したら、ジャスト当たっていて泣かれました。そのとき、つくづく反省したのは「占い」は、人を幸せにするためにあるのだな、と言うことでした。

親切に教えているのに、「おせっかい」と思う人もいるし、邪魔だろうからと声をかけなければ「冷たい」と思われる。ここのところ、占いも解釈の違いが出てきます。難しい所です。

この本についていえば、若い女性に寄り添っているという感じで、「あんた、地獄へ落ちるわよ!」と叫ぶ、太っちょのおばさんとは違い、本が売れているのが分かります。

ただ、占い師に関しては、TVでいろいろ現れては消えていく現象がありますが、「シイタケ」さんはどちらかというと、カウンセリングタイプな感じで、どこまで長持ちするかです。

本を読んで、当たっているかというと、「好きな人とどうやって距離を縮めたたいいか分からない」とありますが、私はいつも「壁どん」で、「距離を縮める」どころではありません。ウソと思ったら、試してみますか?といっても、今は何でも「セクハラ」になるので、注意はしていますが・・・・

「『過剰なサービスをしてしまう恋愛』にはちょっときをつけて・・」。これ、当たっていますね、「あんたって、しっつこいからイヤ」とは、いつも言われた言葉です。なにが「しつっこい」かは、大人の方には分かると思います。

シイタケサンの本、「占い」、というより人生相談という感じの本でした。

■「いきなり最終回」

漫画の最終回で一番鮮烈だったのは「あしたのジョー」。それ以外は、最終回はどんなんだっけ?と考える事が多い昨今です。

「愛と誠」の最終回は?「忍者武芸帳」の最終回は?「ヤワラちゃん」(谷亮子さんの事ではありません)の最終回は?「キャップテン」の最終回は?等々、思い出せません。

この本については、題がみたことあるな、と思っていたら前書きに、「1990年代にヒットしたこの超人気シリーズが約20年ぶりの大復活・・・・・!?」と言うことで、20年ぶりなんですね。以前、これ買ったことを思い出しました。

今回は「北斗の拳」、「キン肉マン」、「頭文字D」、「グラップター刃牙」、「ブラック・エンジェルス」、「殺し屋1」、「蒼天航路」、「がんばれ元気」、「1.2の三四郎」、「編集王」の最終回が載せてあります。

懐かしいと思われた方は、お買い求めを。

ところで、「どこの誰かは知らないけれど、カラダはみんな知っている・・・」の「けっこう仮面」の最終回はどんなんだっけ?



2018年4月12日 (木)

「遅すぎました」白木峰菜の花畑&コスモス花宇宙館~諫早市白木峰

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今日、目覚めて、あ、あそこに行ってなかったなと思いだし、白木峰高原に菜の花を見に行ってみました。カミサンはどうせ留守だし。

ところがですね、駐車場は空っぽ、売店は無人。おかしいなと思いつつ、菜の花畑に行ってみました。

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で、行ってみたら、人影が無く、私一人。菜の花も盛りを過ぎたのか、今から咲いていくのかも分かりませんが、なんとなく、散ってしまった感じ。いつもは、3月上旬から4月の上旬に行って花盛りなのですが・・・少し遅かったか。

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時間があったので、「コスモス花宇宙館」に寄って見ました。お花畑から少し下ったところです。諫早市の「子どもの家」と一緒の場所に建ってます。

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こちら、「コスモス花宇宙館」。入場料はロハです。

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下が、「こどもの城」。思わず思い出しました。福岡は中州の「おとなの城」。楽しかったですね。諫早市も作ってくれませんかネ。「おとなの城」。随分、良い思いをしたのですが。

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と言うことを考えつつ、快感時間・・すみません、つい思い出して、happy01 開館時間ですね。少し開館まで時間があったので、外をウロウロしたら・・・

敷地が狭いと思ったら、意外と広く良いところなので、お金も無く、というカップルの方には最高ですね。眺めも良いし。

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「ボケ」に「ボロボロノキ」。ボケてボロボロになっている私のために植えたんじゃないかな?

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天体観測会を結構実施しているみたいでした。入ったところに右側の看板。はやり、散り始めですね。あとで、聞いたところ、毎日状態を見ているから、こちらの方に状況を聞いていただければ、と言うことでした。皆さんも確認をして行くように。私の二の舞を踏まないように。

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2階がアートスペースで、本日はガラス絵と押し花展、みなさん上手ですね。

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こちらがメインの「コスモスミュージアム」。郷土の画家、荒木幸史氏のコスモス絵画27点が展示してあります。ファンタステックでいい絵ですね。

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荒木氏がコスモスに囲まれ絵を描いているところ。絵になりますね。アグネスチャンさんも訪れたようでした。

ただ、主催事業など書いたチラシをみると、5月に「荒木幸史追悼展」とか「荒木幸史偲ぶ会」など書いてあり、亡くなられたのかな?


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あと、あそこに菜の花が無いかと思って、諫早干拓地のコスモス園に行ってみたら、ご覧の通り。ただ、管理小屋には、「菜の花クロスカントリー」の看板があり、菜の花が無いところでは、クロカンはできないでしょう。多分行政の予算不足か、手抜きでしょう。

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と言うことで、今日は残念でしたが、これからはツツジ、サツキ、ひまわり、おとなの城の花盛り会、ひまわり、コスモス、紅葉狩りと、なんとなく一年中花に追われている感じ。



2018年4月10日 (火)

「来年のバレンタインディー」に、どう?

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以前から聞いてはいたのですが、入手してみました。二つのメーカーは違います。

開けてみると、片方の箱には、アルミの筆箱みたいなのにペンチとレンチ。これ、使えません。チョコレートだから。ただ、食べてみたら、はやりチョコレート。

もう片方は、ナットとボルトですが・・・・

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これもはやり、チョコレートですが、うまくできていますネ。

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だけじゃなく、ネジはピッタリあってご覧のように、根元までちゃんと回せます。

ただですね、面白いからといって何回もやっているとチョコレートだから、段々、柔らかくなって、お手々が汚れますから、適当なところでお口に入れて下さい。
何回も使うようなら、適当なところで冷蔵庫へ。

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これが、実は北九州の「明治日本の産業遺産」として登録された、北九州市の「官営八幡製鐵所関連施設」をイメージした、ネジチョコだそうで、面白いアイディアで、ネジを組んだり外したり、遊んで後は食べましたが、良いお味ですね。鉄臭くはありませんでした。

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男の子は、メカが好きな子が多く、来年のバレンタインデーの本命チョコにあげると、喜ぶとかと思います。なお、子どもにも、これ、受けますよ。一緒に遊んで下さい。

ただですね、ペンチとレンチは東京製ですが、これ、可動できるように作ってくれると面白いんですがネ~。



2018年4月 8日 (日)

「岡政屋上より県庁を望む」~長崎の夜景

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「絵はがき」の題は「岡政屋上より県庁を望む」となっています。
県庁は写真左側の大きな建物です。

「岡政」は1854年(安政元年)に
「徳島屋」として創業、いろいろありまして、「長崎大丸」になるも経営思わしからず2011年に完全閉店。
詳しくは
こちらをクリック

田舎では、まだ岡政の看板が残っています(GoogleEarthより・下の写真)。

子どもの頃は、浜町にいくと、「浜屋」か「岡政」に必ず寄ったもので、特に屋上の遊園地が楽しく、遊覧飛行機に乗るのが楽しみでした。

現在、建て変わったみたいですが、残念ながら歳とると億劫になって、まだ行っていません。

さて、上の写真を見ながら、「あれ、こんなんだっけ」とは思いましたが、私は小さい頃は良い子で、夜遊びをしたことが無く、このような風景は見たことがありませんでした。いつの頃の写真か考えているのですが、残念ながら、よく分かりません。

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赤丸が現在の県庁で、GoogleEarthから拝借しました。緑の矢印が「出島」付近で、最近、復元されましたが、これも行ったことがありません。

なお、県庁は昔、サンパウロ教会が建っていたところでイエズス会の本部があり、被昇天のサンタ・マリア教会、イエズス会管区長館等があり、その後、長崎奉行所、海軍伝習所として使われており、県庁は移転をしましたから、いずれ取り壊しになり、その折、発掘調査が行われると思いますので、なにが出てくるか興味のある所です。

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下は。「長崎古今集覧名所圖絵」、諏訪神社の「くんち」の図ですが、江戸時代からお客さんが一杯ですね。なにやら、ゾウさんみたいなのが描いてありますが、なんか、昔の方がすごいですね。

さて、この諏訪神社から県庁まで、高台が続いています。昔は下の方が海で、長い岬になっていますから、長い岬で、「長崎」と言う話もありますが・・・・

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昔の長崎の地図は下のように出版されていますから、お買い求めを。700円ですが、中身に比べればお安い買い物です。出島、新地なども、昔の姿がよく分かります。

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こちらは関係ありませんが、明治30年発行「大日本圖管轄轄分地圖 長崎縣管内圖」で、「町」が「丁」になってます。同時代の地図を調べたら、ちゃんと「町」になっていました。なぜだろう?

最も辞書を調べたら、「丁」では「市街の区分。『一丁目』→町」。「町」では「(丁とも書く)距離の単位」となっていますが・・・?

島原では、下新丁(したじんちょう)、下の丁(したのちょう)、城西中の丁(じょうせいなかのちょう)、古丁(ふるちょう)、江戸丁(えどちょう)などもあり、聞いたところ、島原城初代城主・松倉重政時代からのもので、近年の町の合併、町名変更にも応じなかったとか。という話でした。本当かどうかは調べてないので責任は持てませんが。


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さて、一番上の写真を見ていると、長崎のネオンサインが恋しくなりました。ドクターストップがかかっていなければ、行くのですが。



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