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2018年11月11日 (日)

「火箱遺跡の発掘調査」説明会~雲仙市愛野町

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新聞記事に愛野町「火箱遺跡」の説明会かあるとかで、出かけましたが、「火箱」は字名だと思って、調べたら無い。看板を出します、と言うことで、お隣の町だから出かけてみました。

場所は、愛野のじゃが畑の一番長崎寄り。地元の方に聞いたら、近くの山が「烽火台」があったらしい、ということで、「火箱」というらしいのですが・・・

遺跡は弥生中期頃だそうです。古代というと、戦国、明治維新などと違い地味。で、参加者は少ないと思ったら、意外と多いこと。話を聞けば、学生さん、学芸員、普通の主婦、ご近所の方と様々でした。

一番上の写真が発掘で遺跡が出土したところ。「土抗墓」「居住跡」「環濠」。

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こちらが「土抗墓」跡。

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出土品は、「鉄鏃(鉄製の鏃)」「ガラス玉」を出土。「ガラス玉」は埋葬するときの副葬品でしょうから、赤丸の方が頭になります。

なお、「土抗墓」の横に「焼土跡」がありましたが、埋葬するときに儀式をおこなった可能性もあるとか。

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住居跡が2ヵ所、左が直径約4m。右の住所跡、薄く線が引いてありましたが直径約8m。というと、かなり広い住居だと考えられます。

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左の住居の赤い丸印。炉跡と考えられる遺構や柱穴などが確認されたそうです。また、住居の床面の確認、床面からは弥生時代中期頃の土器片が多量に発見されたそうです。

また、祭祀などに用いられたと考えられる、丹塗りの土器も出土したそうです。

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「環濠」。集落の区画を区別する溝か、集落全体を囲む溝の可能性も考えられるそうです。溝はまだ続いているそうですが、今回の調査範囲には入ってないそうですが、大体推定される集落の範囲を訊いたら、思ったより広い範囲でした。

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環濠はかなり深く、大体2mくらいだそうですが、じゃが畑を耕すために、上の方を削ってあるとか。

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右が鉄鏃、左が勾玉とガラス玉になります。

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左が土器片、右が勾玉とガラス玉のアップ。この時代にガラス玉を作れるか質問したところ、この場所で作ったものか、他所から持ってきたものかは、まだ調査をしてからしか答えが出ないそうです。が、もし持ってきたものなら、他所との交流が考えられます。

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諌早方面と島原方面を結ぶこの地域は、昔は海に囲まれもっと細く、それを干拓して、現在の地形になっており、昔はこの「火箱遺跡」あたりを道が通っていた可能性もあり、また、橘湾と有明海を結ぶ重要なポイントの地点だとも考えらるそうです。

いつも近くを通るジャガイモ畑ですが、このジャガイモ畑の下に、このような遺跡があるとは考えもしませんでした。皆さん方も、機会があったら、説明会などに参加してみて下さい。意外と新しい発見があるかもしれません。



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