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2018年11月

2018年11月29日 (木)

読んでから見るか・・・「下町ロケット・ヤタガラス」★池井戸潤著

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「下町ロケット」については書名は知っていたのですが、どうせ中小企業VS大企業の争いで、勝つのは中小企業と思っていたのですが・・・・


日曜日「西郷どん」を見た後、なにげにチャンネルを変えたら、ちょうど「下町ロケット」をやっていて、見ていたら意外に面白く、次の日、本屋さんに行ったら、置いてあったので買って来ました。

今回はロケットから大地に舞台が変わり、無人トラックター作りに佃製作所が関わり、エンジンとトランスミッションの開発に関わります。

もちろん、開発だけが問題ではなく、日本の農業の近代化にも追求をしていきます。

考えれば、私の町でも農業者の高齢化で荒れた畑が多くなり、宅地とし売り出しをしているところが多くなりました。また、若者の農業離れが多くなっています。

農作業は機械を使うといえど、思ったより楽なものではありません。これを無人化すると、高齢者にも扱え、若者の作業もかなり楽になるわけです。

最近は、農作物の工業化が普及し始め、工場のなかでトマトなどを水栽培をしているところがあります。気候に左右されない、生産の安定化、価格の一定化などには確かに有効だとは思います。

がですね、私が最初に家庭菜園で、かなり手をかけて人参を作って食べたときビックリしました。人参をむくとプーンと匂いがし、あ~これが人参の匂いかと思ったものでした。採れたてをすぐ食べるのは良いですね。やはり、農作物は土で作るのが一番です。地産地消、地元で作ったものをすぐに食べるのが一番。

さて、私、気が短いのでドラマを見ていて、この先どうなるのか早く知りたく、一気に読みました。

帝国重工VS佃製作所。それに絡む、帝国重工の時期社長を狙う役員と、その役員に裏切られ会社を辞めた人物、そして、帝国重工に工場を潰された社長、この二人は会社を立ち上げていますが、帝国重工に復讐を図ります。この三つ巴、二転三転していきますが、早く知りたい方は本をお読み下さい。税別1500円です。





2018年11月25日 (日)

「福石様」しめ縄作り~雲仙市千々石町

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先日は「天満宮」のしめ縄作りでしたが、今日は「福石様」のしめ縄作り。一時途絶えていたものを、福石様しめ縄保存会で復活させ3年目になります。

福石様のしめ縄は20mばかりあり、天満宮の作り方とは多少違いがありました。

藁を柔らかくするのは、お馴染み建設機材の点圧機。

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藁を小さくまとめ。木を三本組み、それに小さくまとめた藁を差し込んで長くしていきます。もちろん、このままでは藁が飛び出た状態。

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縄を組み合わせていく役、藁を手渡していく役、藁の中にはしめ縄が崩れないようにロープを入れていますから、ロープが絡まないように渡していく役、と大変です。

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しめ縄を組むのは、小さくまとめた藁を差し込み長くしながら、右にひねって左の人に渡していきます。

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塀の下に垂らし、出来上がったら、飛び出た藁を切っていき、飾りなどを取り付け出来上がり。

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ですが、このロープを渡すのが大変。ワイヤーを張っていますが、これにステンの輪っかが嵌めてあり、それにしめ縄をくくりつけて、向こう側から引っ張っていきます。

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と言うところで、無事完成。繁栄を願って神事。

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一回目はどうするか分からず、前日から準備をしたものですが、だんだん慣れて、手際が良くなり、時短できるようになりました。

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今日は、残念ながらモロ逆光で良い写真が撮れませんでしたが、夕日に真っ赤に染まった空をバックに、写真を撮るのにはグッドロケーションだと思います。

なお、写真に興味の無い方は、彼女なり彼氏なりと一緒にきて、この風景を見るとお互いに燃え上がると思います。是非、お越しのほどを💓。

福石様しめ縄保存会の皆さんご苦労様でした。また、来年も立派なしめ縄を作って下さい。



2018年11月24日 (土)

「橘神社大門松」作り始まる&「天満宮神迎え」

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昨日、橘神社の近くを通っていたら大門松の作り始めの第一日目でした。お払いは神社の方で済ませ、さっそくの作業です。

聴いてみたら、大門松の完成竣工式は、まだ決まっていないようでしたが、昨年が12月23日でした。詳しくは社務所までお問い合わせを。

作っているのはボランティアの方々で、大変だと思いますが、大門松を楽しみに見にこられる方が大勢おられるので、頑張っていただきたいと思います。

昨年の、完成竣工式です。

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さて、夜は「天満宮」の神迎えで、 出雲大社より神様が戻ってこられるのでみんなでお迎えを。昨日はウチの神社だけでしたが、神主さんの話では今日は2ヵ所で神迎えだそうです


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神様が戻ってこられるのが遅い時間なので、それまで、何やらかにやら喋っている時間が楽しいですね。古老の方から昔話を聞きながら、勉強になりました。

神事の後、直来(なおらい)ですが、差し入れで、参加の方から五島のキビナゴ。ウチでガスや電気で焼いてお皿で食べるのではなく、炭火で焼きながら食べると、全然旨さが違いますネ。

最近は近所づきあいが薄れてきていると言われますが、こんな集まりも楽しいです。

さて、神様が帰ってこられるとき、風がまったく無かったのに、突如旗がバタバタとなったりします。「神様が帰ってこらしたばい」。

昨年は、電気の明かりと提灯の明かりが、ふと暗くなり、神様が帰ってこられた感じでした。宮司さんに聴くと、はやり他の所でも同じような事があるとの事。

今年は、話をしているとき、背中に冷たいながらも清らかな感じの風が感じられ、あ~、帰ってこられたな、と感じたものでした。


2018年11月22日 (木)

煙をあげて汽車は走る~「温泉鉄道」古絵はがきより

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少し悩みながら・・・


上の絵はがきは、以前「温泉鉄道」について、しつこく書いたので覚えているのですが、少し前、下の絵はがきを入手し、これ、ブログにアップしたのかな?記憶がなく、悩んでいます。

なにせ、最近はボケて、「メシはまだか」「あら、食べたばかりでしょう」てな具合。

知ってても知らないふりをするのが大人で、もし、下の絵はがきをアップしていて覚えている方は、知らないふりをしましょう。

上の絵はがきは良く見かけますが、下の写真は少し違って、上の丸印には煙を吐いて汽車が走っているのが見えます。汽車を大きく写した写真は何点かありますが、このような感じで汽車が写っているのは、これ一枚だと思います。

もうひとつ、矢印の所が旧道で、現在、この旧道の上に国道が走っており、当然この時代の写真には写っていません。鉄道が廃止され、この跡に国道が作られています。

下の丸印はコンクリート製のガードレールです。現在も愛野の峠から少し下りた、お土産屋さんの展望所からも見えます。


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上の写真の汽車とガードレールを拡大したものです。ちっこい汽車が分かると思います。


絵はがきは使用されており、日付は昭和4年12月15日。温泉鉄道が廃止されたのが昭和13年(1939)8月15日ですから、廃止の約10年前の絵はがきだということが分かります。


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只今、千々石を中心に、古写真、古絵はがきの収集をしていますが、古写真の方はほとんど絶望的です。考えて見れば、昔はカメラが高価で、とてもじゃないけど買えるものではなく、まして興味がない時代だったでしょう。


先日、古写真、絵はがきを扱っている方に聴いたら、千々石の絵はがきは少ないとのことでしたが、じっくり見ていくと思わぬものが写っていたりして、面白いですね。


2018年11月20日 (火)

(ヨーグルト+大根おろし+はちみつ)ってホント?「まんがでわかる 自律神経の整え方」~小林弘幸著・一色美穂(まんが)


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何回か書きましたが、お近くの犬の鳴き声に悩まされ数年、脈拍数があがったり、手が震えたり。

お犬様は、先頃お亡くなりになりましたが、まだ、後遺症が残って、自律神経が乱れております。ストレスクリニックもまだ通っている状態。

ということで、本に「自律神経」と書いてあるとつい手がでてしまい・・・・・


読んでいくと「自律神経と腸内環境の、密接な関係」という説明が書いてあり、後ろの方に「自律神経を整える、朝の過ごし方」というところに、「お通じや腸内環境の改善に手っ取り早くて効果的です」というのが書いてあり、これ、ホントかなと思い試してみました。

材料は

●ヨーグルト200g 
私的な事ですが、以前栄養士さんから、「ヨーグルトを食べて下さい。ただし、加糖はダメよ」といわれているので、いつも無糖のヨーグルトを食しております。

●大根おろし大さじ1
大根は普通の大根、自家製。

●はちみつ大さじ2
ハチミツは純粋ハチミツを使いましょう、少々お高くはありますが・・・

最初、え~、ヨーグルトに大根とはと思いましたが「ハチミツにはオリゴ糖が、大根おろしには水溶性の食物繊維が多く含まれていますから、ヨーグルトと一緒にとるのはとても理想的なのです」と書いてあったので、とにかく作ってみました。混ぜるだけですが。


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お味は思ったほど違和感もなくいただきました。

マンガの最後に女の子がトイレの前で「ハチミツ大根ヨーグルト、びっくりするほど効果あり!」と書いてあるので、明日の朝が楽しみですネ。


2018年11月18日 (日)

「天満宮」のしめ縄づくり~千々石町天満宮

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今月23日に神迎えがあるので、新しいしめ縄でお迎えしようと、ここ「天満宮」のしめ縄作りをしました。

天満宮は、伝として、天正少年遺欧使節千々石ミゲルの父が龍造寺に滅ぼされるとき、平和が訪れるよう、天満宮を作ってくれと言って亡くなったそうです。
千々石ミゲルは、その戦火の中を逃れたと言われています。

まず、千歯扱きで右の写真のような、藁のいらないところを取り去ります。

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で、この藁を柔らかくするわけですが、むかしは「おとうは土間で藁打ち仕事・・・」という歌がありますが、土間で藁打ち仕事では、とてもじゃないので建設機材の点圧機を使い、柔らかくし右のようにまとめます。

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真ん中を太くまとめ、右上の小さくまとめた藁を差し込みながら、段々長くしていきますが、これが大変で、3人一組で、小さくまとめた藁を差し込みながら、右にねじって左の人に渡していきます。ヘタすると、瘤のようなところができます。

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このままだと、藁が飛び出ているので、これを切り取ってキレイにします。

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鳥居が2本あるので、しめ縄を2本、できあがりです。

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「〆の子」というらしいのですが、これを6コ。

右は、ほうき草(コキア)で作ったホウキ、意外と使い易いですね。

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で、2ヵ所の鳥居にしめ縄を取り付けました。左は大正15年に建てられた鳥居。

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右は享和三年(1803)に建てられた鳥居。今から215年前です。

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実は、大正15年の鳥居は丸印の所に建てられていたのですが、上の方にグラウンドを作り、道路を作ったとき上に移設したそうです。

「千々石郷土誌」の天満宮の所には、

一の鳥居 1000年祭記念 明治三五年
二の鳥居 1025年祭記念 大正一五年

と書いてあるのですが、「享和三年」の鳥居の記載が無く、「明治三五年」の鳥居は現場には見当たりません。

郷土誌を作るとき、現場を見ていないことが分かります。郷土誌と言えば、町、市の基本資料でもあり、又、後世に残る物なので、もっとしっかり調べて貰いたいものだと思います。

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作業をしているとき、「トラ」という名の「ネコ」がジッと見つめておりました。
これで、神様も気持ちよくお帰りになれると思います。

皆様もお疲れ様でした。また来年。



2018年11月16日 (金)

古絵ハガキに見る、昔々の「長崎県庁」

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大波止から県庁を見た所で、赤の矢印が昔の県庁。道の真ん中を人がゾロゾロ歩いていますが、この頃はまだ自動車が少ないとが分かります。

絵はがきには(昭和10.9.2日要塞司令部検閲済)となっていますから、昭和10年頃の写真だということが分かります。

青の矢印が現在の文明堂総本店かな?とは思っているのですが・・・

現在は大体こんな感じ。赤い矢印が旧県庁(現在県庁は移転をしています)。青い矢印が文明堂総本店。

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こちらは旧県庁の前の県庁。1911年竣工だそうです。なお、原爆投下後の火災で全焼。残っていれば、文化財物なのですが・・・誠に残念です。なお、県庁舎の移り変わりは→こちらをクリック

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こちらが見慣れた県庁ですが、新庁舎ができたために閉鎖されています。1953年に竣工。ただ、業務が多くなり、上に継ぎ足したり、他のビルを借りて、業務、会議などを行っていました。

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さて、気になったのが「文明堂」。下の写真が「大波止支店」。古い文明堂の長崎案内のパンフレットに載っていましたが、三階建てです。残念ながら、年代は分かりませんが、昭和3年大波止支店を新築し本店にしたそうです。

と言うことは、上の写真は昭和10年ですから、やはり文明堂本店だと推察されます。看板がありますが、残念ながら字は読めませんでした。

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で、この大波止支店どこにあったというと、パンフレットの地図に「文明堂」と書いてあり、県庁の下の方で、上の写真は青丸印(電車の大波止)の所から撮ったと思っていたのですが、道路には線路みたいなのはありましたが、電車は上にパンタグラフがあり、電線に接しているのですが、電線が見えないんです。写真を撮った場所がどこか、迷いますね。

多分。文明堂の名前の印は電停の角っこにはありません。と言うことで、このパンフレット昭和3年以前のものだと推察されます。総本店もこの頃は、少し離れた所ですね。


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と言うことで、電話で聞いた方が早いかなと思って、パンフレットを見たら、大波止支店の電話が「電話三四三」と書いてあったので、☎しましたが、通じませんでした。

2018年11月11日 (日)

「火箱遺跡の発掘調査」説明会~雲仙市愛野町

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新聞記事に愛野町「火箱遺跡」の説明会かあるとかで、出かけましたが、「火箱」は字名だと思って、調べたら無い。看板を出します、と言うことで、お隣の町だから出かけてみました。

場所は、愛野のじゃが畑の一番長崎寄り。地元の方に聞いたら、近くの山が「烽火台」があったらしい、ということで、「火箱」というらしいのですが・・・

遺跡は弥生中期頃だそうです。古代というと、戦国、明治維新などと違い地味。で、参加者は少ないと思ったら、意外と多いこと。話を聞けば、学生さん、学芸員、普通の主婦、ご近所の方と様々でした。

一番上の写真が発掘で遺跡が出土したところ。「土抗墓」「居住跡」「環濠」。

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こちらが「土抗墓」跡。

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出土品は、「鉄鏃(鉄製の鏃)」「ガラス玉」を出土。「ガラス玉」は埋葬するときの副葬品でしょうから、赤丸の方が頭になります。

なお、「土抗墓」の横に「焼土跡」がありましたが、埋葬するときに儀式をおこなった可能性もあるとか。

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住居跡が2ヵ所、左が直径約4m。右の住所跡、薄く線が引いてありましたが直径約8m。というと、かなり広い住居だと考えられます。

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左の住居の赤い丸印。炉跡と考えられる遺構や柱穴などが確認されたそうです。また、住居の床面の確認、床面からは弥生時代中期頃の土器片が多量に発見されたそうです。

また、祭祀などに用いられたと考えられる、丹塗りの土器も出土したそうです。

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「環濠」。集落の区画を区別する溝か、集落全体を囲む溝の可能性も考えられるそうです。溝はまだ続いているそうですが、今回の調査範囲には入ってないそうですが、大体推定される集落の範囲を訊いたら、思ったより広い範囲でした。

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環濠はかなり深く、大体2mくらいだそうですが、じゃが畑を耕すために、上の方を削ってあるとか。

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右が鉄鏃、左が勾玉とガラス玉になります。

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左が土器片、右が勾玉とガラス玉のアップ。この時代にガラス玉を作れるか質問したところ、この場所で作ったものか、他所から持ってきたものかは、まだ調査をしてからしか答えが出ないそうです。が、もし持ってきたものなら、他所との交流が考えられます。

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諌早方面と島原方面を結ぶこの地域は、昔は海に囲まれもっと細く、それを干拓して、現在の地形になっており、昔はこの「火箱遺跡」あたりを道が通っていた可能性もあり、また、橘湾と有明海を結ぶ重要なポイントの地点だとも考えらるそうです。

いつも近くを通るジャガイモ畑ですが、このジャガイモ畑の下に、このような遺跡があるとは考えもしませんでした。皆さん方も、機会があったら、説明会などに参加してみて下さい。意外と新しい発見があるかもしれません。



2018年11月 9日 (金)

「暦(こよみ)」に思う

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来年4月30日で平成が終わり、5月1日から新元号になります。まだ、新元号は決まっていません。

大分県民手帳の「5月1日」の所に「平成5月1日」としてあったそうです。これ、回収してシールを貼るそうです。大分県下6市町の「市町民手帳」にも誤りがあったそうです。

早く知っていれば、不謹慎ながら、買い占めて「幻の手帳」としてオークションにだして、小遣い稼ぎでもしたのですが・・・

で、長崎の県民手帳をみたら、最初の行事予定表が「西暦」。

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中の月間予定表は、西暦も元号も無し。もっとも、新しい元号は決まってないので、書きようがありませんが・・・

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で、これを見ながら考えました。

西暦645年、1573年、1688年、1865年、1868年、1926年。さて、元号は何でしょう?

645年は「大化」。といえば、大化の改新。
1573年は「天正」、天正少年遺欧少年使節、当地、千々石で生まれた「千々石ミゲル」が使節の一人として、西欧の地を踏みました。
1688年は「元禄」。元禄と言えば元禄文化。華やかな時代。
1865年は「慶応」。江戸時代最後の年号。
1868年は「明治」。「降る雪や明治は遠くなりにけり」
1926年は「昭和」。今や「昭和ロマン」という言葉が流行り、レコードなども復活していますが、私たち昭和生まれでレコードを扱うとき、師匠(オーディオの)から、「ひげ」を付けるな、とよく言われましたが、若い方「ひげ」って分かるかな?

以上、年号は始期をあげましたが、私、西洋史をとったので、間違っているかもしれませんが・・・

さて、645年とか1467年と1573年とかいってもピンと来ないと思います。これは、数字です。元禄、慶応、明治などというと、なんとなく、その時代の歴史、文化の雰囲気を感じられます。

現在、元号より西暦を使おうという方、また、色々な所で西暦を使う事が多くなりました。が、ですね、645とか1467とか言うのは単なる数字です。繰り返しますが、元号は単なる数字ではなく、歴史、文化です。

高石ともやさんの歌に「ネイムズ」という歌があり、エイズにかかった方の事を歌った歌ですが、その一節に

君の命を数で数えないよ
名前で呼ぶんだ
同じ時代を生きた者同士

というのがありますが、人間の命も、エイズで何人死んだと言う単なる数字でなく名前で、また、年号も、単なる西暦の数字でなく、元号でよびたいと思うものです。

というと、外国が西暦だから国際社会遅れると言う方がいますが、それはそれで否定はしませんが、日本人として、自国の歴史、文化については元号を思いながら、しっかり味わってもらいたいと思います。

2018年11月 5日 (月)

「東京」だよ~

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東京へ来たのは、10年ぶりくらいだったかな?

今回は学生時代、仲良かった同士が古希を迎えたので、集まってみようかということで、2,3日ゆっくりしようと思ったら、地元で用事ができ、3日昼頃の飛行機で飛んで、次の日、又、昼頃の飛行機でトンボ帰り。

スカイツリーにも行かず、ディズニーランドにも行かず、お台場にも行かず、楽しみにしていたメイドカフェーにも行かず、銀座のクラブにも行かず、ただ、飛行機に乗って、虎屋の羊羹を土産に買って、品川のホテルから会場の新宿まで電車に乗って、10年ぶりに仲間に会っただけでしたが、昔の話やら、現状などを話しましたが、やはり楽しく、古希とはいえど、皆さん意外と元気で一安心。

私が泊まった部屋が10階。宿泊客が多かったものの、ほとんど外国語ばかり。
ただただ、地震が起こらないことを祈るだけでした。

ホテルの近くに「高山稲荷神社」とやらがあって、神社とみれば入りたがるのが悪い癖で、灯明に「鳶頭」の文字、良いですね。こちらには、鳶頭はいません。

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飾り提灯を見ると「長友啓典」さんの名前。今は亡くなられた、かの有名なグラフィックデザイナー。もっとも、同姓の方もおられるので、本人かどうかは分かりませんが。

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品川駅に行ったら、若い子がスマホで上を向いて写真を撮っているので、見たら下の大型ポスターで、これ、なんでしょう?千々石には無いので、分かりません。

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で、困ったのが駅の改札口、ほとんどがICカード利用ばかり。切符用の改札口はどこだ?

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はやり東京の方ですね。エレベーターでは皆さん左側。たしか、エレベーター会社だったか、片方に乗ると加重が片方に偏るので止めて!と言っていたような。
飛行場の動く歩道ですが、皆さん、これに乗って歩くか走ってますね。黙っていても進めるのに。

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羽田空港の隅っこの方に、各地の名産の自動販売機。くまもん、東京までご出張。「まじめなジュース」ですね、今度取り寄せましょう。

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行きがANA、で、帰りの切符をみたら、「ソラシドエア」。受付が分からなかったので、案内所であせくって「ドレミファエアはどこ?」。一番奥ににあり、ガランとして、右がANNの受付ですが、なんとなく、大丈夫か?という感じ。

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と思っていたら、ANNとの「共同運行便」でした。待合室にポールみたいな物があると思ったら、スマホなどの電源ですね。長崎空港にはありませんでした。

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東京は、もうオリンピックの前宣伝。

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さて、今回は地元の用事があったので、トンボ帰りでしたが、この次は35歳以下の美女、話して楽しい方と行くことに。今から探すつもりですが・・・いるかな?



2018年11月 1日 (木)

「Apple Watch 4」~いささか遅い話題ですがm(_ _)m

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先日、iPhoneXsが発売され、私としては3GS以来、一年ごとに新製品を買っていたのですが、今回は、最後まで悩みながら見送りました。

ドコモショップをみると、
iPhoneXsはかなり在庫があり、いつでも手に入るなと。で、Apple Watch 2は持っていたのですが、Apple Watch 4がかなり進化したとかで、こちらを予約注文。

オンラインで注文したのが、少し遅く9月19日、今日が11月1日。昨日、オンラインショップをチェックしてみたら、「在庫がないので、予約できません」。

今回は、
iPhoneよりWatchが人気があるのかな、とは思いましたが、製造、輸送が遅くなっている場合もあるのかなと。

これは、ひょっとすると11月下旬かなと思っていたら、昨日「入荷しました」の連絡でビックリましした。

箱は、いつものように素っ気なく、ところが開けてみてらAppleらしからぬ図柄。

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本体とベルトは別々の箱。ベルトの箱には、長いのと短いのが2本。手首が細い人と、太い人用。心遣いがうれしいですね。

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前に持っていたのが、38ミリ、今回が40ミリ。左が38ミリ、右が40ミリ、見てもほとんど分かりません。裏側が随分変わりました。付けた感じもほとんど違和感はありませんでした。個人によって違いはあるようですが・・・・

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このところ、ボケたのかスマホを忘れて外出することが多く、連絡に困ることがあるので、Celluarタイプを選びましたが、これなら、スマホを忘れても通話などできます。

料金としては、使用量が500円(税抜き)、Appleの保証が400円弱、Watchのパケット代はiPhoneとシュアーします。ということで、今までパケットの2Gで契約を3Gに上げて契約するとと500円のプラスですが、2Gは廃止になり、1G、3Gとなるそうです。

と言うことで、今までより1,500円程度のプラスになります。元来、ゲームなどはしないので、これで良いのかと思います。なお、本体は6万強しますが、ポイントが40,000ポイント程度あったので、全部使って手出しは2万程度。

さて、本当にこれで電話の通話ができるかと思って、家の電話で試したら、結構、Watch2とは比べものにならない、音質。

なお、私、神経と心臓が弱いため、何にも無いときに、おや?変だなというとき、これで脈拍が測れます。なお、心電図も測れるようになっているらしいのですが、まだ許可が出ていないとか。


また、歳取ると階段を踏み外し、起き上がれないときなど、何分かすると、緊急連絡しますか?と質問をし、登録したところに連絡が行くそうですが、明日、2階から飛び降りて実験しようかと思っております。

一番上の写真、左側、いままで使っていたWatchのディスプレーですが、あまりジミなので右のようにハデハデにしました。

と言うことで、必要な方、必要で無い方おられると思いますが、YouTubeなどご覧になれば、参考になるかと思います。

個人的な感想を言えば、使って確かに便利。でも、腕時計は機械式でネジを巻くのが重みがあって、面白い。ただ、機械式で、いいな~と思うのは最低100万程度の時計。以前、あちらこちら見て歩きましたが、手が出ませんでした。



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