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2018年7月25日 (水)

「旧日見トンネル」の思い出など

Img_20180725_0001_2

「長崎二十五號國道日見隧道」です。年代は分かりません。馬車が通っているのはビックリものですが・・・

長崎街道はこのトンネルのを上を通っていて、日見峠があります。江戸時代、蕉門十哲の一人、向井去来が江戸に向かうとき、送ってくれる人と最後の別れをしますが、その時の句が「君が手も 交じるなるべし 花すすき」。

あまりの難所のため明治15年、日見新道が完成。大正時代、自動車が普及するにつれ、日見新道では対応できないため、大正15年に日見トンネルが開通をしています。

以前、島原方面から、長崎市に行くにはこのトンネルを使ったものですが、新日見トンネルができたため、交通量はめっきり減りました。

このトンネルしか無かったとき、このトンネルを通るとき、夏は地獄でした。当時の私の車にはクーラーが無く、車の内部はサウナ状態。かといって、窓を開ければ、港が見えるじゃなく、排気ガスがモロに入り、おまけに、いつトンネルから抜けられるか分からない慢性渋滞でノロノロ運転。

このトンネルを長崎市から網場方面に抜けた所に、「トンネル饅頭」(だったかな?)があり、途中寄って買っていったものですが、名物で繁盛をしていました。

饅頭と言えば「町でまんじゅう買うて 日見で火もろうて 矢上で焼いて 古賀でこんがらかして 久山でうち喰うた」という唄があり、「町」の「ま」と「まんじゅう」の「ま」、「日見」の「ひ」と「火」の「ひ」、「矢上」の「や」と「焼いて」の「や」・・・言葉遊びですね。

こうして、長崎から日見峠を越え、江戸まで85日ばかりかかったといいます。

上の写真、もちろん私たちの頃は、車の渋滞でしたが、こんなのんびりした風景もあったのですね。


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