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2018年7月

2018年7月30日 (月)

「深溝世紀」に見る潜伏キリシタン

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「深溝世紀」。「ふこうずせいき」と読みます。

で、これが何かというと、「深溝世紀 現代語訳 巻四 孝公(家忠)編 上 島原図書館・郷土史を学ぶ会」の「『深溝世紀』解題」として、郷土史家の松尾卓次先生が次のように書かれています。

「藩政奉還によって島原藩が消滅することになったので、歴代藩主の業績や藩内外の出来事をまとめて、後世へ伝えることにした。
そこで島原藩庁は明治三年に編集局を設置して、藩校稽古館教授・渡部政弼(太平)を主任に選び、その編集事業にとりかかった。藩日記や家譜など書記録を元に作業を進め、家中にも呼び掛けて旧記の提出を求めるなど精力的に務め、明治五,六ごろには一応終了している。島原藩主はかって深溝松平氏と称していたことから、書名を「深溝世紀」となずけた。」という事で、全二五巻、一五冊にまとめられています。

上は「深溝世紀 巻十七巻 靖公」。「靖公」は「松平忠憑(ただより)」。明和八年~文政二年(1771~1819年)。

キリシタンは、江戸時代に密かにキリスト教を信仰する人を「潜伏キリシタン」。明治になり、信仰が自由になり、教会に戻れるものを祖先からの教えで、自分たちだけでキリシタン信仰を守っている方を、立場によって違いますが、「かくれキリシタン」「隠れキリシタン」といいます。

禁教時代、隠れてキリスト教を信仰し、バレた場合は、一般的に拷問、死罪など思い出すのですが、上の本を読んでいると、次のような記述がありました。

原文は漢文ですが、読み下し文に直してあります。

「天草郡大江等三村の民(餘の二村の名は不詳)密かに天主教(注:キリスト教)を奉ず。幕府公事方勘定奉行(松平兵庫頭)をして命を伝えて之を検治せしむ。公(注:松平忠憑)即ち吏を遣わして其の民を捕まえて糾明せしむ。皆曰く、『我が輩は祖考の遺言に遵いて之を奉ずるのみ。敢て他心あるに有るに非ざるなり』と。公其の愚昧にして法禁を犯すを憐み、其の状を上申するに寛典を乞う。之を聴(ゆる)す。因って其の祭る所の天守像を収め、各々をして改心して旦那寺の宗法を守らしめ、更めて影踏(注:踏み絵)を命じて復た其の罪を問わず。

ということで、潜伏キリシタンにも関わらず、祖先からの遺言で、それを守って他心はない。という事で、これを「憐み」、天守像(キリストの像)を捨て、旦那寺(キリシタンで無いという証拠に、各寺に属し、家族全員の名前、年齢を地方によって違いますが、「宗門改帳」に書き、また、普通、年一回、踏み絵をします)に属し、改めて踏み絵をし、その罪を問わなかった。ということで、こんなこともあるのだなと、改めて感じた次第です。

ただ、転びキリシタンの場合は誓詞に血判を押させ、キリシタン切支丹類族帳に記載され、男性は6代(7代と記されているものもあり)、女性の場合は3代まで監視され、年2回の届け出、踏み絵が義務づけられ、転びキリシタン当人は、火葬されていたのですが、そこまで許されたのかどうか、この文章だけでは判断がつきませんでした。



2018年7月29日 (日)

「六段・八橋検校作曲」~諌早に修行に来たのか?キリスト教音楽の影響は?

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諌早の本明川沿い、眼鏡橋の反対にある慶巌寺です。大きな石碑には「八橋検校 六段発祥地」と書いてあります。

諌早のホームページに「六段まつり」として、次のように書いてあります。

箏曲「六段の調」を作曲した現代箏曲の開祖・八橋検校(やつはしけんぎょう)と、その恩師である慶巌寺第四代住職・玄恕上人(げんにょしょうにん)の遺徳を偲び、三曲愛好者の芸術発展を願って開催されています。」

なお、「諌早史談~田中為市著」「諌早を歩く~山口八郎著」にも大体同じようなことが書いてあり、八橋検校については、私も昔からその様に信じていたのですが・・・

「六段」について、ご存じない方は、お正月のTVなどを見ていれば必ず流れている曲で、聴けば、ああ、この曲かと分かります。

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某日、上の本を見つけたので読んでみました。十三の謎は多いので二つばかり。

検校とは、釣谷氏によれば、「ここで、本書の主役八橋検校の『検校』という言葉の意味について少し詳しくお話したい。
近世まで存在した男性盲人のための保護・総括組織のことを『当道』という。本来は文字どうり『自分たちの芸能』をいう意味で学芸、芸妓の専門家の組織であった。(中略)その職名は下から座頭(ざとう)・勾当(こうとう)・別当(べっとう)・検校(四官・しかん)といい、そのなかがさらに十六階七十三刻みに分かられていた(後略)」ということで、大変な組織で、一番上の検校になるまでには、才能のみならず、お金もかかったようで、この本に詳しく書いてあるので読んで下さい。

なお、八橋検校は三味線の名手として有名だったそうですが、江戸に下向して、筑紫善導寺の法水に筑紫箏を学んだ後、筑紫箏の名手として有名だった、諌早慶巌寺・
玄恕上人に学びにいったことになっており、根拠として「琴曲抄」があるそうですが・・・

「ここで重要なのは、筑紫琵琶は女性や盲人に教えることを禁じたため、わずかに文人の間で細々とおこなわれてきたということである。
いくら遠く目の届かない江戸においてとはいえ、法水が盲人である八橋に教えたのは異例といえる。(中略)現に、のちに有名になる八橋が筑紫箏を学んだということから、八橋が諌早まで出向いて玄恕に教えを乞うたという記事(「琴曲抄」)がある。その文章をもとに、慶巌寺の山門前には諌早三曲会により昭和29年に立派な『六段発祥の地』の碑が建てられている。(中略)しかし、移動が不便な当時に盲人がはるか諌早まで出向いたということは事実とは考えにくいと、ある研究者は述べており筑紫箏側でも否定している。八橋が、師(注;三味線)のもとを離れ法水から学んだとなれば、筑紫箏にとっては正当とはみなされない。そうししたことから作られた記録ではないかと想像される。」

ということですが、「事実はわからないが、こうして各地で八橋を顕彰する気持ちが示されるのはうれしく、大歓迎である。」とまとめています。

さて、八橋検校は諌早へ来たのか、来なかったのか、どちらでしょう?


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ここに一枚のCDがあります。「箏曲『六段』とグレゴリア聖歌『クレド』」。

「グレゴリア聖歌『クレド』」が数曲歌われ、その後、「六段」との合奏がありますが、これが不思議に合うのですが、詳しくは釣谷氏の本とCDについているライナーノーツを読んで下さい。

西欧音楽が日本音楽に影響を与えたということで、信じられないかもしれませんが、禁教前は西欧人も意外とフランクに出歩いてみたいで、洛中洛外図屏風(舟木本・国宝)などを見ていると、外人さんが、ウロついているのが見られます。

なお、お国歌舞伎についても、キリスト教イエズス会で行っていた、イエズス会劇の影響があるとの研究があり、歌舞伎の権威の河竹登志夫氏等が指摘をし、丸谷才一氏が「男もの女もの」の中の「出雲のお国」に分かりやすく書いてあります。

ですから、西欧音楽が日本音楽に影響を与えたということは、可能性がない、とは一概にいえないと思います。


なお、釣谷氏もこのCDを聞いたものか、「私も《六段の調》とクレドの比較演奏を聴いたことがある。しかし、一度聴いただけでは、かんたんにこの説を肯定も否定もできない。」と書いていますが、私は、あ~これも有りだなとは思いました。



 

2018年7月27日 (金)

「ペヤング 超超超大盛」食ってみました

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カミサンが又行方不明で、コンビニに行ったら、ペヤングが3種類置いてありました。やきそばといったら、結婚以来数十年食べていません。なにせ、カミサンの食事制限がやかましいので、ですね。

で、「超超超」「超」「普通」がありますが、「超超」があっても良いじゃないですか?次男坊はどこにいったのでしょう?(写真は写し方が悪く、「超大盛」の方が大きく見えるようですが、「超超超」の方がかなり大きいです。)

なお、「超超超」は注意として「1日1食までにして下さい。カロリー摂取基準を上回る恐れがあります」だって。カロリーは2142カロリーですよ。

ということはどうでもよく、せっかくなら、「超超超」でも食ってみようかと、買ってきました。

内容量が439㌘(めん330㌘)。で、私、疑り深いので測ってみたら、外側を剥がした状態で396㌘。あ、ソースと、かやくと、ふりかけとを忘れたと思って一緒に測ったら480㌘。


どういう測り方をしているのでしょう。もっとも、先日、計量器を高いところから落としたからな、狂ったか?


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中を開ければ、2つに分かれ。かやくを入れて、お湯を線の所まで大量にいれて、待つこと3分。

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重いので、湯切りをするのは大変だなと思ったら、ちゃんと湯切り口があり、さすが繊細さと忖度の日本人。

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湯切りの時は、かなり重く、小さい子供一人では絶対させないように。お湯でやけどします。

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こう、分量が多いと、ソースを全体にまぶしていくのは大変でした。食べるのも大変でした。

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これですね、一人では食べないように、家族みんなで仲良く食べるようにして下さい。経験者は語る、でした。





2018年7月26日 (木)

「『週間現代』ちょっと遅れて『週間ポスト』」

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いつもは同じ日に一緒お店に並んでいるのですが、今週は「週間現代」の方が先に出ていて、今日「週間ポスト」が並んでいました。ということで「『週刊現代』ちょっと遅れて『週間ポスト』」です。

■「長崎再発見!」

「㊗『潜伏キリシタン』で世界遺産登録」「特大号巻頭ぶち抜き15ページ」です。

「世界遺産」とあるので、世界遺産の紹介かと思ったら、旧野首教会堂と遺産の分布図。

あとは、ハウステンボス、グラバー亭と市内の観光地図、鯨の料理屋さん、トルコライスのお店屋さん、長崎焼小籠包のお店屋さん、長崎卓袱のお店屋さん、あと長崎孔子廟の紹介。

と、これ、どんな基準で選んだんでしょう?ほとんど「㊗『潜伏キリシタン』」とは関係ありませんね。まして、飲食店については少し疑問あり、ですね。特に、トルコライスについては、長崎市の方は、あれこれ、うるさいので、ぶっ飛ばされますよ。

さて、世界遺産の分布図が紹介してありますが、個人で公共交通を使って見るのは無理。なにせ、離島があり、天草まで含んでいますから。

ということで、観光バスツアーで来るのでしょうが、どうせ駆け足見物で、県としても観光客目当てでPRしていくのでしょうが、じっくり話を聞きながら見ていくと、1ヵ所で一日はかかります。ちなみに、原城跡は何回もいってますが、まだまだ充分に理解できていません。

■「赤坂自民亭を追求できない立憲民主党の『スネの傷』」

大雨の予想が出ていた7月5日、赤坂の議員宿舎で自民党議員の飲み会「赤坂自民亭」が開かれました。随分非難を浴びましたが、野党の批判が鈍い。

鈍いはずで、「同じ7月5日夜、立憲民主党の手塚仁雄代議士の政治資金パーティー」があっていた、っていうんですから。

なお、「議員宿舎」で飲み会をして良いんですか?昔は、先生、PTAなどで、運動会の打ち上げを学校でやっていましたが、いまはまったくやっていません。「議員宿舎」といえば、税金で建てられ、管理をされていますが、あそこは議員が体を休ませ、勉強をするところであり、「飲み会」をするところではありません。


■「名医11人が本当に飲んでいる『漢方薬』23」


漢方薬については以前書きましたが、人によって効く方、効かない方があるようです。なお、漢方薬専門のお医者さん(医学部出身)によれば、漢方薬にも副作用があるとか言うことですから、注意しましょう。

なお、漢方薬が効くまで時間がかかります。「漢方薬が効くまで3年かかるよ」と言われました。私、精神面が弱く、そのため神経症になったわけですが、病院に通って3年目、はやり調子が悪く、「先生、精神力が強くなる薬ありませんか?」「それは無いですね、自分の努力でしょう」と言われ、通院するのは止めにしました。


■「『かかりやすい病気』は職業で決まる」


「認知症の危険度ナンバーワンは教師」「脳梗塞になりやすい配送ドライバー」「『がん』死亡率にも明確な差」「パイロットは早死にする」ということで、「医者の間では常識!職業別 定年後に『かかりやすい病気』」がずらっと並んでおりますので、読んで定年前から注意をしましょう。


■「国技 大相撲が死んだ平成最後の夏」

「3横綱、そして栃ノ心まで『職場放棄』の全内幕」ですが、今回の相撲はひどかった。「カネ返せ!」ってのがよく分かります。

「『ガチンコ平幕と当たって怪我したくない』『帰化申請が認められるまで居座りたい』かって昭和の大横綱・大鵬が語っていた『綱の重み』は、かくも軽くなった・・・」

思えば、一時、相撲は人気がなく、座席は閑古鳥が鳴いている時代がありました。また、あのような日が来なければいいのですが。

■「最新甲子園『常勝校』の”作られ方”」

ご存じの通り、高校野球、サッカーの選手は地元の子が少なくなりました。記事の最後に書いてあるように「地元出身選手たちの活躍で公立高校が日本一を達成する日は、しばらく訪れないだろう。」ということで、私、高校サッカーも高校野球も、現在の所見ていません。

「豪州が(行政機関)”公認掲載”した『女性○20人』世界への問いかけ」

見れるんですって、オーストラリア・ヴィクトリア州のホームペジに「女性の健康改善」という項目があり、そこに〈女性の健康に関するサービスを検索するにはこちらへ
〉とあり、そこをクリックすると「ウィミンズ・ヘルス・ヴィクトリア」という女性支援をおこなうNPOのホームページに行き、その活動の一つが「ラビア・ライブラリー」。そのサイト内では〈このウェブサイトはヴィクトリア州の支援を受けて作成されました〉ということで、「女性○の写真」を無修正で紹介しているそうです。もちろん、日本語ではありません。

結論として、「”普通”がないから美しいー医学界からも賛同の声が続々」と言うことですが、このサイトまでは、私、とうてい行き着けないな。

「”普通が”ないから美しい」。「みんな違って、みんな良い」ですね。私、そんなに沢山は見ていませんが・・・


■「『3種類の閣僚名簿』が流失!”安倍3選”に飛び交う『約束手形』と『毒まんじゅう』」

大体、安倍首相の3選が決まったみたいですが、野党ダメ、与党の中にも、これといった人物はない。これから先、日本はどうなるんでしょう?

■「これは気まずい『夫婦で梅毒』あなたならどうする」

いま、「半世紀ぶりの大流行」だそうです。「なぜ『一穴主義』の俺が!?」ということもあるそうですから、アナタ、どうします?



2018年7月25日 (水)

「旧日見トンネル」の思い出など

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「長崎二十五號國道日見隧道」です。年代は分かりません。馬車が通っているのはビックリものですが・・・

長崎街道はこのトンネルのを上を通っていて、日見峠があります。江戸時代、蕉門十哲の一人、向井去来が江戸に向かうとき、送ってくれる人と最後の別れをしますが、その時の句が「君が手も 交じるなるべし 花すすき」。

あまりの難所のため明治15年、日見新道が完成。大正時代、自動車が普及するにつれ、日見新道では対応できないため、大正15年に日見トンネルが開通をしています。

以前、島原方面から、長崎市に行くにはこのトンネルを使ったものですが、新日見トンネルができたため、交通量はめっきり減りました。

このトンネルしか無かったとき、このトンネルを通るとき、夏は地獄でした。当時の私の車にはクーラーが無く、車の内部はサウナ状態。かといって、窓を開ければ、港が見えるじゃなく、排気ガスがモロに入り、おまけに、いつトンネルから抜けられるか分からない慢性渋滞でノロノロ運転。

このトンネルを長崎市から網場方面に抜けた所に、「トンネル饅頭」(だったかな?)があり、途中寄って買っていったものですが、名物で繁盛をしていました。

饅頭と言えば「町でまんじゅう買うて 日見で火もろうて 矢上で焼いて 古賀でこんがらかして 久山でうち喰うた」という唄があり、「町」の「ま」と「まんじゅう」の「ま」、「日見」の「ひ」と「火」の「ひ」、「矢上」の「や」と「焼いて」の「や」・・・言葉遊びですね。

こうして、長崎から日見峠を越え、江戸まで85日ばかりかかったといいます。

上の写真、もちろん私たちの頃は、車の渋滞でしたが、こんなのんびりした風景もあったのですね。


2018年7月24日 (火)

「一瞬に咲け」★「花とゆめ」に、「半分、青い」の「楡野スズメ」の漫画が!

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久しぶりに大きな本屋さんにいったら、ヒョッと思い出しました。

楡野スズメは、漫画家として少し売れた時代がありました。その漫画が「一瞬に咲け」。で、その漫画が、「花とゆめ」に載っているとかで買ってきました。原作は北野悦吏子さん、漫画が、なかはら・ももたさん。一番上には「楡のスズメ」の名前があります。

でもですね、いい歳した、おじ(い)さんが少女雑誌を買うって恥ずかしいですね。なにか○リ○ンみたいで、カウンターで、おかしな目で見られないかとドキドキしました。最も、カモフラージュのために、週刊誌も一緒に買いましたが・・・


思えば遠い昔、中学時代エ○本を生まれて初めて買ったとき、心臓が爆発しないかと思ったものでした。

スズメさんの夫、涼次がスズメさんの漫画のファンで、特に写真部の女の子(名前不明?)がツグミという好きな男の子がハードルを跳ぶとき「・・・一瞬に 咲け!」というところに感動した、という漫画の場面です。

右は二人が大学に入ったときの場面ですが、「男女七歳にして席を同じゅうせず」で育った時代には考えられません。私も、もう少し遅く生まれたかった。


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ということで興味のある方は、お読み下ださい。


2018年7月23日 (月)

歴史は漫画で!~「鍋島直正★佐賀県編著・太神美香漫画」「逆説の日本史★井沢元彦著・千葉きよかず漫画」

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以前に書いたように、「歴史は漫画で」ですね。

とにかく暑いので、最近は文字より漫画ばかりで読んでいますが、すこしボケ気味か前のページは、まったく忘れてしまっている状態。

さて、「鍋島正直」は、第10代目肥前佐賀藩主。佐賀県といえば何となく「ジミ」という感じがします。「はなわ」さん(生まれは埼玉県→千葉県→佐賀県ですが、佐賀出身を名乗っています)、吉野ヶ里、陶磁器、サガン鳥栖、虹の松原、秀吉が築城した名護屋城、バルーンフェスタ、私が以前お世話になった嬉野温泉と思い出すままに書けば、いろいろありますがやはり「ジミ」という感じは拭えません。

実は佐賀県の事は以前調べて、意外と思っているのとは違うなとは思っていたのですが、この本を読んで認識を新たにしました。

幕末、明治の著名人として、大隈重信、外交官の副島種臣、日本赤十字の産みの親の佐野常民、近代法制度の基礎を作った江藤新平、初代文部卿の大木喬任がいます。特筆べきは、島義勇。なんと「北海道開拓の父」と呼ばれているそうです。

後書きによれば、「日本の産業革命は佐賀から始まった」ということで、「日本初の実用蒸気汽船は佐賀藩が作った」など、医学面なども先進地だったそうです。

この佐賀藩が表に出なかったのは、「直正が確立した佐賀藩の軍事力は、あくまで国防のためのものであり、直正は内戦に使用することにはためらいがあった。」「当時、大政奉還までの佐賀藩は、尊皇攘夷派とも公武合体派とも手を組まず、中立をたもっていた。よって、倒幕という括りでは薩摩、長州、土佐のように有名人がいない。」ということで、佐賀はなんとなく「ジミ」という感じがするのでしょうが、中身は先進地だということが分かる一冊です。

「逆説の日本史」は、週間ポスト連載で1192回になります。伊沢氏のものは時々は読んで、面白いとは思っていたのですが、なにせ既に数十巻でているので、いまさらとは思っていたのですが、こんど、コミック版が出ていたので読んだら、よく分かりました。

信長、秀吉、家康の絡みについて書いてあります。氏は歴史学者と少し視点が違っています。

しかしですね、現在、歴史の見直しがされており、鎌倉幕府は1192年ではなく、聖徳太子はいなかったとか、教科書の中身も随分変わってきているみたいです。歴史学者も間違いはあるものです。

本を読んで、秀吉がなぜ朝鮮遠征を行ったか、こうして見るとよく分かり、歴史学者の視点とは少し違っています。どう違っているかは、営業妨害になるので書きませんが、興味のある方は読んで見て下さい。

以上二冊、漫画とは思えない歴史本で、これ、学校の教材として使えば、歴史の好きな子供が増えるとは思うのですが。歴史は漫画で勉強しましょう。




2018年7月22日 (日)

「夏休學習帖」

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いよいよ夏休みです。思えば、学校を卒業するとき、これで一生、夏休みが無いのだなと思ったものでした。

子供にはうれしい夏休み、大人には頭の痛い夏休み。なにせ、子供が一日中家にいて、遊んでうるさい。共稼ぎの家庭は、子供がどうしているか心配。

で、子供も夏休みの宿題というのが無ければ、もっと楽しいのですが。私たちのころは「夏休みの友」といっていたかな?こんな友とは絶交したいのですが、もっとも8月31日は、父母が私の代行で宿題をやっていましたが・・・

上の「夏休學習帖」は、大正六年「高等小學 第二学年」のものです。32ページくらいのもの。昔の小学校は、尋常小学校と高等小学校があり、尋常小学校は四年間で義務教育、高等小学校は尋常小学校終了後四年間で、義務教育ではなかったそうです。高等小学校の就学年齢は10歳から14歳まで。

といっても、時代によって少し揺れるようですが、高等小学二年生と言えば、12、3歳で今の小学校六年か中学校一年くらいかな?

中を見ると、答えが書いてない部分があり、日記の部分は途中から筆跡が変わっており、明らかに、お父さんかお母さんが書いていることが分かり、あまり、勉強熱心な生徒でないことが分かります。

さて、下の右のページは算術(算数)で、これは分かりますが、右の「歴史」が難しい。

一、足利義満驕奢の有様を書け。
二、足利幕府衰亡の理由を書け。
三、應仁の亂の原因及び結果について書け。

ベストセラーの「応仁の乱」は一応読みましたが、よく分かりませんでした。で、「夏期學習帖」に課題として載っているということは、習っていたということで、現在の子供は習っているのかな?あなた、答えは分かりましたか?

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左が「理科」ですが・・・

一、骨の成分を書け。
二、運動の必要なる理由を記せ。
三、心臓の畧圖を書いて其作用を示せ。
四、消化器の衛生法に付いて書け。

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左が、漢字に仮名遣いを付けるもの。なんとか、できますね。右が歴史。

一、織田信長の勤皇に付いて記せ。
二、何故に本能寺の變起りたると思ふか。
三、秀吉が朝鮮征伐は 如何なる利益を得たるか。

今もって、本能寺の変については各種の本が出ており、まだ、結論は出てません。高等小学校には無理だな。

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最後のページ「教育問答」です。

1、飛行機の飛ぶ理如何。
2、電氣の効用を書きなさい。
3、念力岩をもとほすとはどういふことですか。
4、「病は口より入り、禍は口より出ず」とはどういふことですか。
5、獨逸は随分強いようですがなぜでせう。
6、軍艦の種類を書きなさい。
7、潜水艇はどふいう用をしますか。
8、毎年八月下旬か九月上旬には暴風の來る理如何。

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という事で、皆さん、どれくらいできましたか?最初に書いたように12、3歳の子供の問題です。読みながら、つくづく、現代に生まれて良かった、と思いました。


2018年7月21日 (土)

「新・餓狼伝」巻ノ四 闘人市場編~夢枕獏

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Amazonで予約をしていて、到着日が7月22日なっていたのが、なんと届いたのが20日の昼。すぐに読み始めて、読了が今日21日の夜2時。で、今日は酷暑の中、昼の2時から二時間ばかり講演会に参加。内容は「有明海の戦国時代」。なかなか難しかったものの参考にはなりました。ということで、今日はフラフラなので、短く。

とにかく、巻ノ四には、格闘部分が多く満足しました。とくに、宮中で、素手で、皇室を守っていた、菊流に関わる姫川源三と、世界征服を目指すと宣言した磯村露風。どちらもかなりの高齢者です。

この二人が、「闘人市場」、要するにアンダーグランド(ルール無しと同然)で戦う事に。で、このレフェリーをするハメになったのが主人公の丹波文七。
丹波文七も試合の中で利用されますが、レフェリーにもこんな利用法があったのですね。

姫川源三が使ったのが「菊式」。どうするかは読んでネ。そして、菊式が書かれた「秘伝帳」の行方は。話は一段落して、各格闘団体の枠を取り払った、格闘技イベントが始まります。二人の試合結果は読んでネ。

と「菊式」の技法を読んで、ふと思い出したのが、手品の技法。
以上、小説の事は、ずっと読んで無い方には分かりにくいので、サービスに手品の技法を一つ。

いつも遊びに行っている家があるとします。遊びにいったとき、額縁の裏なり、あまりいじくらないところにトランプを一枚隠しておきます。ハートのAとします。

次に遊びに行ったとき、手品を見せるよといって、52枚のトランプから一枚選ばせます。もちろん、ハートのAです。任意の一枚を選ばせる方法は種々あり、手品の本に載せてあります。子供向けの手品の本には載っていません。DVDもあります。

さて、ハートのAを目の前で消す(技術と練習が必要)か、面倒くさいなら完全に燃やしてしまいます。その後「額縁の裏を捜して」で、ハートのAがでてきます。みんなビックリします。

手品は「あ!何かやったな」と思ったときには既に遅く、皆さんが思うより早くタネを仕込んでいます。

「菊式」の技法も同じで、「やったな!」と思ったときは既に思わぬところで、仕掛けをしています。

さて、この本の「あとがき」で夢枕獏さん、「いよいよ最終局面へ」と書き、最後に「あと五年で、今の連載の多くを完結させ、五年から先は、これまであたためてきた物語をぐいぐいと書きたいと思っているのである。」と書いています。ということは「キマイラ」も「東天の獅子」もここ五年で終わるということで、私もあと五年は生きていなければならないと言うことです。この暑いのにイヤだな。



2018年7月19日 (木)

「富貴楼」の解体に思う

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富貴楼。ホームページを見ると「当店は平成29年6月10日をもって休業致します これまでのご利用ありがとうございました」とありました。

富貴楼についての詳しくはこちらを(クリップ)じゃなく、クリックですね→富貴楼

ところが、ネットの「長崎市公式観光サイト あっと!長崎」には、まだ閉店の記事は無く、「データーは2016年2月10日現在のものです。」だそうで、観光長崎にしては、情報の鈍さを感じます。

さて、今月15日の長崎新聞に、総合長崎大学教授のブライアン・バークガフニさんが寄稿をされていました。富貴楼の明治40年の写真が載っていますが、色が付いているので、年代、色からみて手彩色でしょう。

上の写真が私が持っているもの、多分、ブライアンさんの方が古いかなと思われます。で、長崎事典(風俗文化編・長崎文献社刊)をみると、まったく同じ写真が載っていて「大正ごろの富貴楼」となっておりました。

ブライアンさんの写真には「四方富貴楼」となっており、調べてみると、俳人紫暁暁
の日記に「『千秋亭(注;富貴楼の前身の名前)に到り終日和漢の珍味に飽り」「四方眺め比類なし』」とある。」(富貴楼ホームページより)。で、こういうことから「四方富貴楼」と書いたのではないかと思います。あくまで、憶測ですが。

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ブライアンさんの寄稿は「返上の日を懸念」となっていて、先日「長崎と天草潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されたことに触れつつ、元潜伏キリシタン集落の過疎化に触れながら、「教会堂が美しくも無用の抜け殻になりかねない。」と懸念をしながら、「地域経済の救済策として『観光』の話が持ち上がっても不思議はない。」としていますが、まったくその通りで、長崎県は経済基盤が弱く観光に頼らざるをえません。

と書きながらも、世界遺産の石見銀山遺跡、富岡製糸工場の観光客の減少にも触れています。

ここから、富貴楼の話になり「先日、私は諏訪神社前を歩いているときショックを受けた。石垣の上にたたずむはずの富貴楼は、まるで消しゴムで消されたかのようにその姿がなくなっていた幕末の志士やイギリスの文豪キプリングも訪れ、時の内閣総理大臣伊藤博文のすすめで名付けられた老舗料亭は、老朽化や人手不足、また改装にかかる多額の費用を捻出できない事を理由に取り壊された。」と書いています。

この料亭は、文化庁 国登録有形文化財登録、長崎県 まちづくり景観資産に登録されていますが、解体前に登録を解除していたそうです。朝日新聞によると、2016年4月25日の「市景観審議会」で市指定解除が諮られ、異議はでなかったそうです。

県なり市なりが手をかけ「心田庵」みたいに一般開放すれば良いとは思うのですが、見学期間中は「心田庵」は県内外の人で一杯です。

長崎では、日本初の西洋式病院「小島養生所」をどうするかで紛糾しました。遠くは原爆で破壊された浦上天主堂をどうするか検討され、結局、取り壊されました。広島の原爆ドームの取り扱いとは段違いです。平和の象徴として残すべきだったでしょう。なにしろ、キリスト教の国が、教会を原爆で破壊したのですから。

と言うように、長崎ではあまりにも、日の当たる文化財のみが大切にされているみたいです。

現在、県庁移転に伴う跡地利用をどうするか、なにを作ろうかの議論が盛んですが、旧県庁跡地は「サンパウロ教会」があり、その後「長崎奉行所西役所」があり、また、その後、勝海舟が学んだ「海軍伝習所」があった場所であり、発掘調査をすれば何か出てくるはずなのですが、トンとその様な話は聞きません。

お宝は地下にあり、空中にはないのです。地上に何かを作るとか、跡地利用をどうするかより、歴史に寄り添った開発を考えて貰いたいものです。

多分、登録遺産地区については広範囲にわたり、今後の努力が必要ですが、なんとなく、石見銀山遺跡、富岡製糸工場の二の舞を感じます。数年間は大丈夫でしょうが・・・・ブライアンさんが書いているように、富貴楼と同じように
「返上の日を懸念」にならなければ良いのですが・・・・



2018年7月18日 (水)

「ガリ版印刷(謄写版印刷)」


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「ガリ版印刷」ですね。久しぶりに「ガリ版印刷」を見たので、若い方は全然知らないと思うので、ご紹介を。
「ガリ版」の「ガリ」は、ヤスリ版に原紙を載せ、鉄筆で字を書くとき「ガリガリ」音がするので「ガリ版」。

ちょうど、西岸良平氏の「三丁目の夕日 夕焼けの詩 ガリ版」に載っていたので、表紙を見てもらえば分かりますが、学校で先生の手伝いで、よくガリ版刷りをさせられ、手などはインクで真っ黒になったものです。

ガリ版説明は面倒くさいので、下の絵を見てネ。原紙にはロウが塗ってあり、字の所は原紙のロウが削れていますから、印刷すると摩耗していって、400~500枚摺るとダメになった記憶がします。

なお、この後、一枚づつローラで印刷をし、一枚一枚、紙をめくらなくても良い、電動の輪転印刷機ができ、これは印刷が早くて、あまり汚れなくても良く、便利でした。

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私、字がまったくヘタで、会社に勤めたとき、資料を作るのが苦痛でした。
転職したところには、和文タイプ、コピー機があったので、随分楽でしたが、和文タイプは字を拾うので、これも慣れないと大変でした。

そのうち、ワープロが出現し、パソコンに変わり、字が下手なのを苦にせずに済むようになりました。

下が、ガリ版で刷った、映画の紹介ですが、かなり慣れた方の字ですね。私みたいに字が下手だと、こう上手くはかけません。パソコンで打った文字みたいですが、見ていると味があります。

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調べてみると、謄写版(ガリ版)で、カラーの絵を書く技法もあり、これは、私も知りませんでした。

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さて、今年もあと半年。パソコンで作った味気ない年賀状ではなく、謄写版なり(手に入れば)、版画なり手書きなり、少し味のある年賀状を考えては如何でしょう。私もいろいろ考えてはいるのですが、「ヘタな考え休むに似たり」かな?



2018年7月16日 (月)

「集処(あつまりどころ)えんがわ」で一休み~雲仙市千々石町


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「えんがわ」のある家って少なくなりました。広くて良いですね。

この家、元来は病院だったとか、その後、一般の方が入り住宅として使い、その後、町おこしの方が入り拠点として使っていましたが、現在、農業加工場として使われています。

が、ですね。加工場、あまり広くなくても良いらしく、上の方の座敷の部分は使わなくても済むとか。

で、会社の代表の方が、もったいないと、近所の方などに使ってもらえないかと、室内が荒れているのを自分で補修して、「集処えんがわ」としてオープン。上の写真です。私、喫茶店が出来たとか聞いたのでチョット寄ってみました

可愛いウェイトレスさん、いません。マスターもいません。私が行ったとき、声をかけても誰もいないようで、しばらく寝っ転がっていると、加工場から音がしたので、声をかけると代表の方が現れ、少し話をしたら、だれでも、ぶらっと来て昼寝するなり、お友達と来てお喋りしてもいいとか。

コーヒーは300円ですが、なんとなく、頼んでも頼まなくても良いような感じ。要するに、気楽に、アバウトで使っても良いような場所です。

場所は少し分かりにくく、下の写真の赤の矢印が千々石郵便局、千々石郵便局の前に親和銀行があります。親和銀行の前が千々石郵便局です。当たり前だけど、念のため。緑の矢印が「集処えんがわ」、中には、何台か車はとまります。

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下の左の写真、入り口を入ったところ、緑の矢印が加工場。「まるゆでやさい」が買えます。カミサンが一度もらって来ましたが、料理の時、野菜を茹でる時間がいらないので便利です。特に、この暑い時期には助かります。
赤い矢印が「集処えんがわ」。

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ご近所のおばちゃんが作られた、クラフトバック。

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ほか、いろいろと手作りの物が置いてあります。

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近くには、昔、「千々石ホテル」が建っていたところ。自由に遊べます。外人さんが利用をしたそうです。

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ということで、ご近所の方、通りすがりで運転に疲れた方、カミサンに怒られ、プチ家出をしたい方など、是非一回ご利用を。なお、自然のクーラーですが、意外と風は通るような感じでした。広々した所で、大の字になって昼寝するのは気持ち良いですよ。室内には誰もいないので、帰りは、「来た時よりも、美しく」。



2018年7月14日 (土)

2日遅れの「週間現代」「週間ポスト」

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普通は両誌とも水曜日に店頭に並ぶのですが、台風、水害等で金曜日に店頭に並びました。ということで、「2日遅れの『週刊現代』『週刊ポスト』」です。

なお、TV、新聞では被害が大変な様子です。この2,3日の暑さも異常で復旧作業も大変なようです。早く、普通の生活に戻れればいいのですが・・・

■「一番のバカは『親父』か『息子』か『大学』か」

ご存じ、息子を東京医大へ裏口入学をさせた、文科省の役人さんですが、「か」ではなく、「全部がバカ」でしょう。

もっとも、裏口がバレなく、息子が医者になって病気の治療なんてしていたら大変ですよ。とにかく、国会の役人の答弁を聴いてみても、「何だこりゃ?」と思うばかりで、国家公務員の質の低下は目を覆うばかりです。給料、退職金は高いくせに。

■「なるほど、そういうことだったか さよなら、小室圭さん 留学という名の『国外追放』」

お母さんは、なんともひどい人で、週刊誌を読んでも、圭さんもどちらかというとKYタイプの人間みたいで、婚約自然消滅が良いでしょう。

一般人ならとやかく言うこともないのですが、宮家の結婚ともなれば、経費は税金に関わりがでてくるわけで、私の介護保険料が年間93,000円。その他、税金、消費税が10%になるとか。ムダな経費は使わないほうが良いでしょう。

■「『クルマ好き』のシニア著名人が語る『私が運転をやめようと思った瞬間』」

都会と違って田舎では、バスなどの交通手段が不便です。自家用車無くしては暮らしていけません。この間も、90歳くらいの方が、制限速度60㎞の国道を30㎞で走っていましたが、私も多分、同じ事になると思います。が、歳を取ってからの運転は充分に注意が必要だとは自覚しているのですが。

「伊東四朗さん(81)~年齢で区切る『理不尽』に免許返納で対抗した」、「黒江透修さん(79)~野球指導も運転も現役だけど ワンちゃんの返納に心が動いた」、「畠山みどりさん(79)~返納は認知症になり始めたら、理想は90歳まで運転して95歳で逝くこと」、「小松みどりさん(68)~運転してくれる男性が現れたらすぐにでも手放します(笑)」、「千葉真一さん(79)~返納なんて考えたこともないね 俺には7億円ベンツに乗る”夢”がある」と、各人各様。

■「60歳からやってはいけない 薬 手術 健康法」

「60歳」だけではなく、「65歳から」「70歳から」「75歳から」「80歳から」も書いてあります。

今の西洋医学では、症状によって同じ薬、治療をしているようですが、年齢によって体質が変わり、また、個人差があります。一括りにはできないと思うのですが。

「60歳すぎの開脚ストレッチで骨折」「70歳からの前立腺がん手術」等々書いてあります。各種書いてありますので、お読みください。

■「冗談じゃない!明日から『130/80』以上は高血圧です」

高血圧は、「年齢+90」から、ある日、「140/90」に変わりました。個人の体質差があるとは思いますが、一律にです。

それが、今度は「130/80」以上が高血圧になるそうです。出所は、アメリカ学会の発表。

米国心臓病学会(ACC)、米国心臓協会(AHA)等が、米国心臓協会学術集会でアメリカの高血圧の新たなガイドラインを「130/80」にしたそうです。

この裏にはに、薬会社があると言うことで、多分、日本にはまだ適応されないでしょうが、アメリカから圧力をかけられればどうなるか?

「『基準値』とはなんなのか、決して鵜呑みにしてはいけない」という事です。

■「7月名古屋場所”熱帯”場所は『おい、風呂場で血を見るぞ!』」

今場所は横綱不在。週刊誌には「『あいつを潰せ!』 新大関・栃ノ心を待ち受ける苛烈で醜悪な包囲網」、なんて書かれるようでは「国技」の名が泣きます。
一度、「国技」の看板を下ろして、やり直したらどうかと思うのですが・・・・

■「大河『西郷どん』維新前後まさかの新展開」

「ついに”島流し”生活を終えた西郷が動乱の世に舞い戻るー(中略)関係者たちがポロッと漏らした『この先に待つ衝撃展開』とはーただし、知りたくない人はこの先を読まないでください」と書いてあり、先が分かってはTVを見る楽しさが半減するので、この先は読んでいないので、ご紹介はできません。

■美しき祈りの島々

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産になり、お偉いさん、関係者のかたは大騒ぎをしています。

本屋に行っても、教会の美しい写真集が並んでいます。多分、これを見て多くの方が訪れるのでしょうが、潜伏キリシタン、かくれキリシタンには長い歴史があり、「わ~綺麗」だけではなく、少し勉強をして来ていただきたいと思います。

以前、「生涯学習」が流行ったとき、先進地の市長さんが、「ウチが生涯学習の先進地たって、竹藪生涯学習ですよ」といわれ、「?」、「上の方だけザワザワして、根っこの方は何も動かず、静かなものですよ」。

「登録」までは大変でしたが、各地で今後の取り組みの方がもっと大変だと思います。

■「富士出版の伝説 久保千代子さんの現在(いま)」

綴じ込み附録のグラビアですが、「週刊誌1ページ広告でおなじみの『謎の美熟女』が動画で登場!」とあり、開封してみるとQRコードがあったので、さっそく読み込んで動画をみたら、服を着たまま約5分間、インタビューだけでした。写真は〇でしたが・・・



2018年7月12日 (木)

「都々逸」を学校教育で・・・

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一番最初聞いた都々逸は有名な、「七つ八つより/いろはを習い/はの字忘れて/ いろ(色)ばかり」。

実際に都々逸を(カセットテープ)で聞いたのが、三亀松さん。良い声で唄っていて、すごいなと思いました。本の帯にも「女は焦がれて、男は惚れた」とあります。

私、なにを思ったのか、「都々逸」でも練習しようかな、と思いその他、端唄集とか閑吟集などを読んで見て、はやり、都々逸は面白いですね。

それで、ふと、都々逸は学校教育では教えていないのか、音楽の教科書(中学校1年~3年)をみると無いんですね。

「歌唱曲」が29曲、もちろん、都々逸なんていうのはありません。「鑑賞曲」が16曲。そのうち、和楽が7種類、10曲程度。で、もちろん、都々逸なんてありません。

で、ふと思ったのですが、学校で「道徳」なんてあるじゃないですか。人生なんて、良いところ、悪いところを教えないと、本当に「道徳」を身につけられなんじゃないかと思い、学校教育に、都々逸と思ったわけで。

■「惚れた数から/振られた数を/引けば女房が/残るだけ」

女性から言わせれば、「引けば亭主が/残るだけ」になります。

■「出会ったころは/とってもウブで/結婚した今/とてもデブ」
■「高砂や/この浦舟に/帆を上げてから/後悔続きの/夫婦舟」
■「親も気に入り/私も惚れる/粋で律儀な/人はない」

理想が高ければ、結婚後、後悔するのです。離婚が多くなっていますが、小さいときから、結婚なんて、こんなものと学校教育でしっかりと教えればいいのですが。

■「酒の相手に/遊びの相手/苦労しとげて/茶の相手」

ウチでは「酒の相手に/遊びの相手/苦労しとげて/喧嘩の相手」なんですが・・・・

■「忘れないよと/言ってたことさえ/思い出せない/歳になる」
■「立てば芍薬/座れば牡丹/今じゃ寝たきり/ボケの花」

「高齢化社会」といってましたが、今や「高齢社会」になりました。小学校、中学校の時から、人間こうなるんだよ、と教えていれば、その時になってアタフタとしなくていいと思うのですが。

■「こうしてこうすりゃ/こうなるものと/知りつつこうして/こうなった」

保健体育の授業ですね。単に説明だけでなく、都々逸のように、情に訴える言葉で教えれば、「デキちゃった婚」なんか無くなると思うのですが。

■「片付け上手な/娘だけど/なかなか自分は/片づかぬ」

晩婚が増えているそうで、この、都々逸、私の愚娘と一緒で気持ちが重くなります。

■「あの人の/どこがよいかと/尋ねる人に/どこが悪いと/問い返す」
■「何のとりえも/ない人だけど/嘘がうまくて/長続き」
■「酒は一升で/すまないけれど/女は一生/おまえだけ」

口先男はどこにでもいるもので、男に騙されないように(今の時代は女性にか?)道徳の時間でしっかり教えましょう。

■「浮き名たちゃ/それも困るし/世間の人に/知らせないもの/惜しい仲」

毎日毎日、芸能人の不倫が報道されています。知られた方が良いか、知られない方がいいか、リスクとメリットの問題でしょうが、堀越高校あたりで教えるものかナ?

■「喧嘩したときゃ/この子をごらん/仲のよいとき/できた子だ」

これなんか、しっかり教えておきたいですね。こういう素晴らしい言葉を知らないから、離婚が増えるんです。少子化対策にも繋がります。

■「逃げたトンボが/また来てとまる/やっと覚えた/棹の味」
■「女一人に/男が六人/誰が乗るのか/宝船」

分かる方には分かるし、分からない方にはわからない。この意味、大学入試にだせば面白いと思うのですが。

さて、都々逸ですね。学校の先生(もちろん若くて美人)が和服で三味線など抱いて授業をすれば楽しい学校生活になり、成績も上がると思うのですが・・・

ということで、私も本格的に習いに行きたいんですけど、年の頃なら30凸凹、美人で色気があって、お話し上手で愛想良くってという、お師匠さん。いたら教えて下さい。

(参考、引用はほとんど、柳家紫文さんの「都々逸読本」から取りました。気分が重いとき読むと、スッキリして、ストレスが軽減されるので、是非、お読みのほどを)




2018年7月10日 (火)

長崎市「思案橋」★古写真より


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「行こうか 戻ろか 思案橋 ちょいと行って 思い切り橋」、だったかな?思案橋を渡ったところに、遊廓の丸山がありました。多分、写真の手前の方角が丸山かな?

先日、書いたように、古写真、古絵はがきを故あって集めていますが、上の写真が手に入りました。思案橋の写真です。

橋の赤丸印「志あんばし」と書いてあります。上の赤丸印「電車のりば」とあります。青い丸印は「食」「思」と書いてあります。


電車は「正覚寺下」まで続いているのですが、どこにも、その気配はなく、あれ?と思っていたのですが・・・


下の図と写真は「長崎事典・風俗文化」に載っていて、左は「大正時代の思案橋」、右は「上記(左の絵のことです)の前身、思案橋終点の建物」とあり、調べたら、大正10年・西浜町~思案橋間開通、とあり、この先、正覚寺まで電車が延びるのは昭和43年、「思案橋~正覚寺下開通」になっています。


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       (長崎文献社刊「長崎事典・風俗文化編」より)

下は「東宮御成婚記念」の「日本交通分縣地図」を切り取ったものですが、大正13年4月10日のものです。

黄色の矢印、線に小さな丸印がありますが、電車の軌道です。白い丸印が遊廓の「丸山」。わざわざ「遊廓」とまで書いてあります。で、緑の矢印が「思案橋」の停留所、停留所の所に川が流れているのがわかります。ここに架かっていたのが「思案橋」(少し上の方かな?橋が見えます)。

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下は、ウィキペデアから拾った写真ですが、赤丸に「電車のりば」の看板。緑の丸印「思」「案」「食」の字。停留所の二階には食堂があり、モダンな建物だったそうで、名前は多分「思案橋食堂」ではないかと推察する次第です。

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    (「ウィキペデア」より)

と言うことで、思案橋・丸山方面には若い頃お世話になりましたが、最近は活気が無くなったとか。

私が小さい頃、時々通りましたが、昔は朝から行くと、ゲロばかりで、昔は酒を楽しむと言うより、ベロベロに酔いたいという時代でした。


現在の「思案橋電停」です。

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            (「Google Earth」より)


2018年7月 9日 (月)

《雨に泣いた七夕祭り・千々石町上塩浜》&《ベビースター・ラーメンアイス》&《ピカチュウ浜に佇む》


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上塩浜自治会で毎年開催している七夕祭りです。

先週は台風のため、晴れの日が一日だけ。多分その日に飾りつけをしたものと思われますが、残念ながらまたもや雨。という事で、今年は去年みたいに派手さは無いもの、雨にしっとり濡れた飾りも風情があっていいものでした。とは言っても、来年の晴れを願うばかりですが・・・で、この写真を撮ったのが7月4日。

昨日、ご近所の方が亡くなり、30年ばかり前、引っ越してきたときは元気な方だったのですが、最近、亡くなる方が多く、回りを見れば、高齢者の夫婦が多くなり、何とも寂しい限りです。

で、昨日今日と通夜、本葬気と受付を頼まれ、その帰りヒョッと見るとまだ七夕の飾り物があるではありませんか。上塩浜のマスコット「はまっぺ」もでていました。昨年よりは少し寂しかったものの、飾りが太陽にキラキラ光って、なかなか綺麗なものでした。

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さて、帰りがけコンビニをブラブラしていたら、変なものを見ました。
ベビースターといえば、ラーメンじゃないですか。ところが、アイスクリームケースの中に入っていて、といえば、アイスじゃないですか、ラーメンの熱々とは真反対。

で、どんなんかと思って買ってきたら、ニオイを嗅ぎつけたのか、いつものお友達が寄ってきて、選ぶべきは友達ですね。こんな悪友とは付き合わないように。

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中を開けたら、アイスの上に、まぎれもないベビースター。
食べるときは、良くかき回してすぐに食べてください。麺のパリパリ感が楽しめます。少し間を置くと麺が湿って柔らかくなり、食感が楽しめません。

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いつものように、海の様子を見に行ったら、日曜日なのかピカチュウが夏バージョンで来ていました。

後ろの方の部分かなり広いですが、以前はここに桟敷席があり、繁忙期は席が取れないくらいでした。

段々、お客さんが少なくなり、悪いことは重なるもので、海岸に岩が露出し海水浴場は閉鎖。

せっかく、カッコをつけて、ガールハントにきたピカチュウさんでしょうが、誰もいない浜辺に、寂しく、一人佇むピカチュウさんでした。少し遊んであげましたが、男の子じゃダメだって。

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2018年7月 7日 (土)

懐かしき、ガラケー★「半分、青い」より

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昨日、鈴愛さんの携帯のことを少し触れましたが、きょうは弟の草太君と携帯電話で話す場面があり、もちろんガラケーですが。少し懐かしいので・・・

私は大体電話が嫌いで、電話が目の前で鳴っていてもカミサンに「オーイ、電話」という具合で、まして、携帯電話が出現して、皆が持っていても欲しいとは思わずいたものを、仕事の都合で買ったのが、50歳少し前くらいだったか。

使ってみると、彼女と連絡するのに便利で、携帯会社も通話料で儲けるためか機器の代金は安く、後は取っ替え引き替えで、次々と買い換えましたが、あの時分は、下取りがなく、面倒くさいのでそのままにしていたら、増えるばかりでした。

手持ちの携帯電話については、何年か前に紹介をしましたが、きょうの「半分、青い」のなかで、鈴愛さんと、弟の草太君が携帯電話(もちろんガラケー)で話す場面があり、懐かしくもありでした。

両方とも先端に凸がついていたので、アンテナ付きだと分かりますが、草太くんのには、矢印のところに、カバーがついているので、多分、下の形の携帯でしょう。

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鈴愛さんのはカバーが付いてないので、左側は小型の携帯ですが、下の部分が大きいのがあったような気がします。ボタンはむき出しで誤って押しそうですが、送受信用のボタンは右側に付いています。鈴愛さん、ヒョッとしたら右のタイプのような気もするのですが・・・どちらでしょう?

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なお、左のガラケー、小さくて、昔のものとはいっても、赤丸印、ちゃんとカメラ付きです。16Xズーム付です。なお、アンテナ無しのもあります。アンテナ伸ばした方が通じやすかったかな?

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一番左が現在使っている、iPhoneⅩ、右の小豆色の携帯と比べれば、大きさが随分違うことが分かります。二つ折りで、愛用していました。とにかく、ポケットに入れておいても、全然邪魔にならない。一番右は、画面の部分が横と縦に動かせます。

こうしてみると、昔のガラケーが特徴あって面白そうで、次回の買い換えはガラケーと思っていたのですが、無くなってしまうとか。残念な話です。

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いまのようにSIMがないので、(と思っていたらdocomoにはFORMAカードなるものが入っていました、解約の時抜き取られています。失礼。)、充電して使おうと思ったら、充電機のコードがボロボロで残念でした。




2018年7月 6日 (金)

関東大震災時「浅草公園」の図


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ただいま、こちら方面は大雨で、警報発令中。このところ、地震、洪水などが続き、犠牲者の方も出ています。自然の猛威の前には人間の力は弱いもので、普段からの訓練、準備、心構えの必要を感じます。

さて、最近、古写真、絵図、絵はがきなどを集めていますが、その中に、関東大震災時の浅草公園の図が二枚あったので、ご紹介を。

上の図は、題が「(帝都大震災画報)浅草公園花屋敷及十二階之真景」。右の方と左の方に説明があり、下記のとおりです。(旧漢字、漢数字で書いてありますが、現代の漢字に直しています)。右の方です。

大正12年9月1日午前11時58分 関東地方未曾有の大地震起り地は亀裂を生じ 家屋は倒壊し東京市内88余ヵ所より火災起こり 一面火の海と化し水道は断水し 風勢強烈 まして消防に術なく焼失家屋36万余戸 死者7、8万余 負傷者その数算し難く 殊に本所方面の避難者は互いに安全地に逃げんとせしも 各橋墜落し交通途絶 其多数は石原町方面の広場へ避難せしに 一陣の旋風に猛火に渦を巻きあげ群衆の頭上に落下し搬出せる荷物の一時?投火せし為?焼死者残出し??最も甚大の場所なり(注:?は読めない所です)

読んで見ると、地震より、地震による火災の被害が多かったことが分かります。今と違って、ほとんどの家が木造で、火の回りが早かったのでしょう。

左の方です。

焼失戸数36万6262戸 焼失区 芝 麹町 神田 京橋 赤坂 大谷 浅草 本所 深川 大鳥町一部

なお、印刷が大正12年12月、発行が12年同月15日になっています。

下は絵の下部に「東京浅草公園内見世物場火災に罹る圖」とのみ記載されています。

比べると、人が慌てて逃げている様子、特に象が描かれ、引き留めている様子が分かります。檻の中には、トラ、サルがいます。なお、罹災者が多く集まったため、多くの動物が薬殺されたそうです。

下の絵で、ちょんまげをした人が見えますが、持っているのは三味線。後ろに「〇〇太夫」と、のぼり旗があるので、演芸一座の一員だということが分かります。

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下の写真は、明治40年刊行の写真集より複写したものですが、一番高い建物が「浅草六区 凌雲閣」。明治23年に竣工。日本初のエレベーターを備え、12階建て52mだったそうですが、関東大震災で半壊、その後解体されます。なお、当時は浅草公園の区域外地である千束町(現在とは異なります)にあったそうです。

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まだまだ強い雨が降り続いています。TVでは災害状況、犠牲者の方の報道が流れています。同報無線で避難情報も放送されています。いままで無かった大雨で、まだ、明日も続くようです。被災しないように情報を良く聞き、災害に合われないように・・・・・


2018年7月 4日 (水)

台風一過の「週間現代」「週間ポスト」

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昨日の台風。こちらからは少しズレていたためか、雨はひどかったものの、停電が数回あって、その他は大きな被害は無かったようです。他の所は、大きな被害もあったようで、大変だったと思います。なお、今後も各地で大雨になるような予報ですが、大きな被害が起こらなければいいのですが・・・

昔は、「台風一過」で、台風のあとはスカッとした天気になったものですが、今日は蒸し暑く、まいりました。台風も以前は長崎市直撃が多かったものの、最近は少しコースがズレてきている気持ちがします。ということで、「台風一過の『週刊現代』『週刊ポスト』」です。

■「どう調べたら、そうなるの?内閣支持率 そんな気は無いのに回復中」

カジノを含む総合リゾート施設法案について(賛成33%・反対53%)、拉致問題について(期待できる33%・できない60%)、加計学園理事長と首相の会食否定について(納得できる20%・できない70%)、森友学園問題の決着について(決着した18%・していない75%)。と、政権末期の状態ですが、あれあれ、内閣支持率は上昇。

この原因として、「外交」「『ポスト安倍』の不在」があるそうですが、確かに「ポスト安倍」は自民党を見ても、野党を見ても、これ、といった人物はいませんね。若手の進次郞さんが頑張っているみたいですが、まだどうなのかな?

■「栄華は一瞬だった・・・・そして中国の転落が始まる」

新聞、週刊誌、評論家。いつも、北朝鮮、中国の没落を言ってますが、当たりませんね。

なお、原因として、「『一人っ子政策の弊害』『結婚より離婚が多くなる』『振り向けばインドが』」と言うことだそうですが、当たるも八卦、当たらぬも八卦かな?

■「1位日経、2位地方紙、そして読売、産経、毎日、朝日は最下位6位」

「新聞を読むとバカになる」と某麻生とかいう大臣が言ったそうですが、国会の答弁を聞いている方がもっとバカになりますよ。最近はアホらしくなったので見ていませんが・・・


この記事「英オックスフォード『新聞の信頼度ランキング』の衝撃」ということで載っていますが、以前は、ロッキード事件、リクルート事件、佐川急便事件など、スクープしたのは朝日新聞でしたが、今や、他新聞より突出した記事はあまり目にしなくなりました。

一番痛かったのが、慰安婦の誤報道と、その後の対処。

「朝日ブランドの”幻想”にすがる」とありますが、世の中が変わり、他の新聞もですが、このネット時代、メディアの方法も考える時代だと思うのですが、特にネットの情報はひどすぎ。良識を持っているのは新聞だと信じているですが・・・

■「日本代表を『勝てる集団』に変えた西野監督の言葉」
■「本田さん 香川さん そして西野さん『おっさん』と貶してごめんなさい!」

西野監督が二ヶ月前就任したときは、クソミソに叩かれ、一勝もできないと言われていましたが、ベスト16に入り、ネットもマスコミも「ゴメンなさい、日本代表、西野監督」。

もっとも、西野監督は奢ることもなく、ただ反省と喜びを感じたことはなかった、の言葉。次のW杯では、事前にゴタゴタするのは避けてもらいたいものです。

■「最高裁『博奕じゃない』馬券のプロはなぜ認められたのか」

6年半で5億7千万円、競馬で利益を得た公務員さんがいましたが、最高裁で国税庁と争った結果「競馬は博打と主張する国税庁に対し、最高裁の判断は『馬券も営利目的の継続的な資産運用となり得る』」という判断を下したそうです。

株をしていた方も、「株の世界は大資本のプロ資本家たちとの戦いを強いられますし、理不尽な暴落まである。・・・・(株の)暴落のように全員ハズレということも絶対ない・・・」という事で、アナタも株から競馬へ乗り換えも。

私も競馬へ乗り換えたいのですが、お近くには競馬場がありません。もっとも、(優秀な)競馬業者に(高額な)データーを貰うことが必要だそうですが、「・・・一年ほど弊社を使い、今は自力で利益を出している方も多い」という事で、競馬場が近くの方は、お試しを。

■「最後は『オムツ暮らしに』になるひとの共通点」

私も最近立ち上がろうと思ったら、あれがチョロッとでました。「『尿漏れ』『便漏れ』は60代から対処せよ」ということで、私は手遅れです。

「小便」より、オナラを出すつもりが「大便」でも出たら大変ですが、「秘伝『肛門しぼり』でオムツしらずに!」という事で、エクササイズの方法がイラストで描いてありますので、該当の方は、頑張って毎日続けましょう。

■「知らずに飲んでいる市販薬『命に関わる副作用』実名29」
■「こんなに危ないネットで『歯医者選び』」
■「今日から始める『玄米食』」

この3つについては、現在、五木寛之氏の「健康という病」という本を読んで、考えさせられることがあるので、健康問題については、しばらく考えて紹介をしたいと思います。

■「銀座老舗クラブ 現役ホステス『〇E〇Y』カタログ」

グラビアですが、やはり銀座のホステスさん美人ですね。私も、銀座の会社に勤めていた時は営業をしていた関係で、接待をしたことがありましたが、はやり美人でスタイルが良い方ばかりで、ウチのカミサンと比べると・・・・

■「ニッポンの〇ッ〇スシンボル115人」

ということで、読者1000人にアンケート(最大3名まで回答可)を実施したそうですが(私の所にはアンケートは来ませんでしたが・・・)

一位が壇蜜さん。2位が、なんと、五月みどりさん。以下、私が知っている女性を書くと、由美かおりさん、松坂慶子さん、吉永小百合さん、黒木瞳さん、鈴木京香さん、関根恵子さん、加賀まり子さん、などが入っているところを見ると、アンケートに答えたのは高齢者の方だな。


2018年7月 3日 (火)

本日はお休み

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本日は台風接近のため、断続的に停電になっているので、おやすみです。
よい子の皆さんも悪い子の皆さんも、良い大人も、悪い大人も、この様なところには近づかないように注意しましょう。

2018年7月 2日 (月)

「黒田栄太郎」さんだよ!~雲仙市吾妻町三軆地蔵尊


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今日は、吾妻町の老人クラブにボランティアで皿回しに。3年ぶりの皿回しで、思い通りにはいきません、ですね。

以前書きましたが、吾妻町出身の相撲取り「音羽山瀧五郎」の話とか、吾妻町の「岩戸神社」の話とかしているうちに、以前紹介した、諫早市の金比羅さんに蟹の石像物、雲仙の温泉神社と地元の温泉神社に狛犬を奉納した「黒田栄太郞」さんに話が及び、これだけ奉納しているので、地元の方、誰か知っているかと思ったら、誰も知りませんでしたが。

ですがね、話はするもんで、三軆地蔵尊の狛犬の台座に、黒田栄太郎さんの名前が彫ってあるとか、で、話をした方、これ誰だろうと思っていたそうです。

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さっそく、車を飛ばして三軆地蔵尊まで行ってみました。鳥居の左右。少し隠れていますが、小型の狛犬さんが鎮座していました。小型ながら、いい面構え。

左の狛犬さんの台座、苔むして全然分かりませんが、苔を取ってみたら・・・

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出ましたね、「黒田栄太郎」の文字、ただし、「太」が「大」になっているみたいですが、昔は良くあったことで、「黒田栄太郎」さんに間違いないでしょう。

ただ、後ろ側、右の狛犬の台座にも文字が彫ってあるのですが、ヤブ蚊が多く、我慢できず退散しました。また、涼しい頃、来てみようとは思うのですが・・・・

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さて、繰り返しになりますが、小野の金比羅さんには誰でも灯籠、石仏像等寄贈はできますが、雲仙の温泉神社、地元の温泉神社に狛犬を奉納するとなると、金額等を考えると、普通の農家には無理な話で、かなりの人物だと思われるので、地元の郷土誌等資料をあせりましたが、残念でした。です。

もっとも、地元の方に聞いても、よく分からないということで、とにかく「黒田栄三郎」さんの文字が入った奉納物を4ヵ所も見つけたということは、奇遇な感じを受けた一日でした。


2018年7月 1日 (日)

夏だ!ところ天だ!!「ところ天の日」だ!!!


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7月になりました。7月1日から9月下旬までの開店になりますから、勝手に7月1日は「ところ天の日」にしていますが、昨年は一週間ほど早く店じまいでした。まあ、アバウトだと考え下さい。

お店の前は道が狭く、後ろに駐車場があり、赤丸印の所に場所が書いてありますから、そちらに駐めてください。

ところ天を買いに行ったら、店内はそのまま、扇風機もそのまま。世の中、どんどん変わっていますが、ここだけ異次元みたいにそのまま。

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ところ天、ラムネの値段もそのまま。商品はところ天とラムネしかありません。
ヒョッと見たら、カレンダーもそのまま、2017年9月。昨年、閉店をした9月のカレンダー。まあ、愛嬌ですね。

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もちろん、オバチャンもそのまま、ところ天のお味もそのまま。

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ラムネも水で冷やしています。天突もそのまま。

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昔は、アイスクリームもかき氷もクーラーもありませんでした。
日本人は、夏の暑さを、ところ天、白玉、ソーメン、また、風鈴の音などに涼を感じていたのではないかと思います。

なお、私の親戚が島原におり、湧き水ながれる水路から、家のなかに水を引き込んで、食べ物で傷みやすい物、野菜などを冷やしていましたが、その中でもスイカを冷やし、その冷えたのは、冷蔵庫に入れたものより冷え過ぎず、とんがった冷たさではなく、ほんのりと冷えていたのを覚えています。

昔がよかった、とはいいませんが、毎年、変わらないものも良いかも。ですね。


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