「嶋原合戦記」について
「嶋原合戦記」の中巻、下巻で、軍記物。嶋原・天草一揆の事が書いてある版木本です。下巻に「題簽(だいせん・題名など書いた、表紙に貼ってあるある紙、「中巻」がそうです)。これが無いのと有るのでは少し価値が違います。
全巻揃いはなかなか入手できません。これが私に読めるかというと、日本語だから読めますが、くずし字辞典片手に、一日一行くらいかかるでしょう。
一揆の討伐に参加した各藩に残っている、一級の資料ではありませんが、後ろを見ると「宝永元甲申六月吉旦」と書いてあり、1704年に書かれたものだと分かります。
嶋原・天草一揆が寛永14~15年(1637~1638年)ですから、一揆終結後66年後に書かれていると言うことです。
66年というと、あの一揆ですから人々の記憶から完全に消えず、原城もまだ荒れ果てたままの姿だと思われます。
さて、この古文書を買ったのは、
絵入りで、なかなか面白く、
特に、左のページ、破れた一揆軍の打ち首が並んでいますが、一番上の首、若くて、髪が長いところを見ると、「天草四郎」でしょう。下に並んだ首は各指揮者だと思います。
先日ブログに載せた、一揆軍の唯一の生き残り、江戸初期の南蛮画家、「山田右衛門作(えもさく)」ですが、下の赤丸印のところ、ちゃんと載っております。
右衛門作は、松平信綱に江戸に連れて行かれ、その後の消息は不明で、いろいろ言われていますが、軍記物であっても、これだけ書かれてあるところをみれば、それだけ名を知られていたと言うことができると思います。
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