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2018年1月10日 (水)

石作り本殿「野田神社」~雲仙市千々石町

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野田地区の産土神、野田神社。

先日、拝殿を改築したと言うことで、ちょっと見に行きました。
ほんと、イヤですね、この階段。神社は階段があるところが多いので、歳の身はこたえます。

本殿を見て驚きました。石造り。以前紹介した、高来町の湯江神社も石作りで、こちらは、それより小ぶりでしたが、石造りは石造り。


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屋根ももちろん石作り。
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境内に2本標柱がたっていますが。

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大きいのには、「拝殿改築記念」。昭和30年竣工。古いのには、「神殿奉築(?)」。明治19年。

ですから、神殿は明治19年の造営になります。西暦1886年。132年前に作られたことになります。多分。


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拝殿と本殿を繋ぐ通路ですが、煉瓦造りです。残念ながら、明治のものか、昭和のものかは分かりません。以前は窓というか、風通しの穴はそのままでしたが、いまは、プラスチックで覆われていましたが、なんとなく、この十字型気になりますね。隠れキリシタンとは、まったく関係ありません、

少し下の所に、石祠があり、「神社」としか彫ってありませんでした。


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で、思い出して、明治2年の神社明細帳調べを調べると、「但 勧請年歴不詳 本称熊野権現明治二己巳年旧島原藩改社号祭日十一月一日。」ですから、明治2年に「熊野権現」から「野田神社」に変わったことがわかります。

明治時代まで、神社とお寺と一緒の神仏習合の時代がありましたが、明治になり、神社とお寺ははっきり分かれました。神仏分離です。

「深溝世紀(島原藩正式記録)」、に次のように書いてあります。

「神仏混淆を禁じ、別当・社僧をして髪を蓄え、烏帽(風折)・浄衣を服し、神主、社人と転称せしむ。」「中古以来某権現・牛頭天王等の類甚だ多し。その他仏像を以て神体を為し、本地の説を唱えて祠頭に仏具を並ぶるは、自令之を禁ず」。

ということで、この神社の本来の名前、「熊野権現」は「野田神社」に変わっていくわけです。なお、「温泉神社」も元来は「四面宮」。愛野町の「日枝神社」も元来の名前は「山王社」です。

さて、神社の鳥居の扁額には「野田神社」と刻まれていますが、「熊野権現」の名残がないかと思ったら、ありました。

階段の下、〇印のところ。

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上の「熊」の字が割れて無くなって「大」が入って、「権」が読めますから、本来は、「熊野大権現」でしょう。


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階段がきついですが、神社にしては変わった神社です。

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暇はあるが金はない、という方、お近くの小さな神社でもお立ち寄りください。なにか、面白いものに出会うかもしれません。お参りしてくれば、ご利益もあります。


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