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2018年1月

2018年1月31日 (水)

「えが ない えほん」~B・J・ノヴァク著・おおとも たけし訳&「なんとかかんとかムーン」

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「えが ない えほん」ですね。本屋さんで見かけましたが、本当に絵がありませんでした。

「えが ない えほん」と言いますが、世の中には、あなたがいない私、黒模様のないパンダ、太陽のないお空、海水のない海、お金が入っていないサイフ、首の無いキリン、金魚のない水槽、ガソリンが入ってない車、教科書のない学校(これ、いいな)、明日の無い私(歳をとったら分かります)、といろいろあります。

本屋さんでは、みみっちくもビニールカバーがしっかりかぶせてせってあって、立ち読みできまません。

好奇心の強い私なので、買ってきました。ところで、この本を読む、お約束ですね。

「この ほんの ルールをせつめいします かかれている ことばは ぜんぶ こえに だして よむこと なにが あっても それが きまり やくそくね ということは こんな ことばでも・・・・」。と言うことで、大きな声を出して読んでください。試しに、黙読したら、くそ面白くも無かった。声を出して読むこと、絶対ですね。

なお、裏表紙に注意書きが書いてあって。


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と言うことで、「注意!」をよく読んで、自己責任で買ってください。もし面白くなかったら、それは、アナタの読み方がヘタな証拠です。

今日は、「なんとかかんとかムーン」だと言うことで、カメラを構えておりましたが、雲が出てどうにもはっきりしない。で、粘ってみたら、少し欠けた感じ。


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少しづつ欠け始めたかな、と思ったら分厚い雲。で、後はまったくでした。一応、工事用の扇風機をかけてはみたのですが、ムダなことはムダなこと。ついに断念をいたしました
 
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2018年1月29日 (月)

「本能寺の変 431年目の真実」~明智健三郎著

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多分、「明智」という名は珍しいと思います。「明智」という名を聞いたとたん、「あれ、あの人の子孫?」と言われるかもしれません。

一番左の本は、5,6年前に買ったもので、そのまま積んで置いたもの、右の2冊は最近、それを漫画化したもので、買ってきましたが、意外と面白いですね。残念ながら、まだ、2巻目しかでていませんが。

作者は、「明智光秀残党狩りの手を逃れた秀光の子、於雀丸(おづまる)の子孫」だそうです。

本にも書いてあるように、洋画家、内田青虹が明智一族の子孫と伝承されているそうですが、内田氏がこのことを知ったのは昭和49年、「父親の葬儀の後、親戚一同が集まった席だ。伯父が『他言無用のこと』と前置きして、初めて嫡男以外の身内に明かしたのだそうだ。二男だった内田氏の父親も、このことは知らずに他界された。」というように、他人には知られたくなかった事でしょう。

明智光秀の本能寺の原因として、怨恨説、野望説、恐怖心説、理想相違説、室町幕府再興説、朝廷説、四国説、イエズス会説、徳川家康黒幕説、豊臣秀吉黒幕説等々ありますが、説明しきれないので、Wikipediaの「明智光秀」で探して読んでください。NHK大河ドラマ小説「女城主直虎」にも.
少し出てきたと思います。

作者は、信長公記、多聞院日記、ルイスフロイス日本史、イエスズ会日本年報、太閤記、天正記、徳川実記等々、新旧100冊以上の本を精査し、矛盾点などを指摘しながら、真相に迫っていきます。本能寺の変の真相は何だったのか、黒幕は誰か?

本の方も読みましたが、最近は目がかすみ活字が読みにくく、記憶力が弱くなって人物などは頭に入らないため、マンガの方で楽しんでします。第3巻の発売が待ち遠しい。



2018年1月27日 (土)

「新・堕落論」~小林よしのり著

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「堕落論」ですね。坂口安吾の「堕落論」から名前を取ったもので、私も坂口安吾の「堕落論」は何回か読みました。きっかけは、本を買いに行き、買いに行った本の隣に、「堕落論」が並んでいて、間違って買ってしまい、それから、読んで見たら面白く、坂口安吾のファンになったものでした。

小林よしのりさんは、ぶれることの無い自主性を持った、愛国者といえます。

以前、「価値観の多様化」という言葉がありましたが、あれは間違った言葉で、「自主性」があるから、いろんな意見を自分で考え、その中から自分の価値観を作り上げること。

「自主性」が無く、いろんな意見に流されるのは、単に「価値観の混乱」。ということを考えれば、小林氏の意見は、ぶてれいません。

愛国者とは、普通に言われるごとく、右でも左でも無く、「春を愛する人は・・・」というように、いろいろな意見に惑わされること無く、「春」を愛するように、「国」を愛すること。

さて、現在、ネット、週刊誌、TVがヒステリー状態ではないかと思うのです。不倫が起こると、ドット飛びついて、才能ある人を潰してます。

良いじゃ無いですか不倫も(私はしたことがありませんが、マジ)、我が国が誇る「源氏物語」。不倫の物語です。フランスのミュッテラン大統領は、別の愛人に子どもまでいて、記者から聞かれたとき、「それが何?(日本語では無くフランスを使いましたが・・・・)。」サルコジ大統領は出席した結婚式で花嫁に一目惚れして、W不倫。12年後に結婚。オランド大統領も女優と不倫、「プライバシーの侵害」と主張し、国民の77%が、「個人的なことと」と回答したそうです。フランスのマクロン大統領にいたっては、高校の時、二十四歳上の女性教師に恋し、彼が二十九歳の時結婚。二十四歳も年上ですよ。これと比べれば、日本人は子どもみたいなもの。日本のマスコミは、言ってみれば、「魔女狩り」をしているようなものです。

この本は、上のことを含みながら、天皇制まで言及をしています。これを読むと、小林よしのり=右翼、という思い込みは払拭されると思います。何せ、平成二九年、民進党の推薦で国会に出席し、この「内心の自由を裁く」法案(共謀罪)に反対の演説をしたそうです。

さて、最近は世の中が右寄りになって来ているみたいで、「アメリカの傘に入っていれば安全さ」という意見も聞くようですが、下の図を見てください。

赤丸印が、「日本の飛行機が飛べない」、「米軍の管理空域」。日本の西へ向かう飛行機は、ここには立ち入れませんから、グルッと回って行くことになります。日本の首都圏です。

「アメリカの傘」は当てになるのか?世の中には破れ傘もあります。日本の飛行機が自分の空を自由に飛べない。これが、本当に独立国日本の姿なのか。沖縄だけの問題ではありません。

この本、一度読まれて、日本人のこれからの姿を考えていただきたいと思います。


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           (図、文章:「新・堕落論」より」引用)


2018年1月26日 (金)

「巻き爪ってヤ~ね」~巻き爪の治療・参考のために

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今週は、5軒ばかり病院を掛け持ち。そのうち、4軒で血液検査。

私の血管が細くて、血液を採ろうかとすると、かくれんぼ。で、困るのが看護師さんで、4回採り直されたところもあり、4回も注射針を打ち直されると、痛い。看護師さんが、カワユかったので、「練習だと思って、良いよ」と言葉では言いましたが・・・

さて、先日、私の爪水虫と巻き爪の事を書きましたが、爪水虫は、まあまあ落ち着いたものの、巻き爪がひどくなって、長く歩くと少し血が滲み、生活にも多少不便するので、本格的な治療を受けに行き、ついでに膝も痛むので見てもらったら、巻き爪は、「形成外科」、膝の痛みは、「整形外科」。どう違うんでしょう?おまけに、「外科」まであったりして・・・

診察をして貰ったら、「ワイヤで引っ張る方法と、手術がありますが、決めるのは患者さんですから。」、「手術はどれくらいかかります?」、「一週間ほどですが、かなり痛いですよ」。「痛いのヤですから、ワイヤで」、「結構ですが、3ヶ月に一回、保険が効きませんから自己負担で、一回5,000円かかります。」と、言うことで、ワイヤを使って貰いましたが、爪の端に穴をあけ、上の写真のようにワイヤで引っ張り、なんと、瞬間接着剤で固定。なお、この分は、治療費には入っていませんですが。

終わって、「これ、次に持ってきて」と渡されたのが下のワイヤ、思わず、「ホームセンターにもありますよ!」と叫びたいのを、我慢の子。4,000円ですよ。処置費も入れて、5,000円。

なお、巻き爪は深爪をされるかた(皮膚科でも同じ事をいわれました)、スポーツをされる方(ウォーキングも)が多いそうですが、これは元に戻るらしいのですが、基本的には、骨からの影響で巻き爪になり、なかなか(というより、ほぼ)治らないそうです。手術をするのはイヤだ・・・で、「ワイヤとともにあの世まで」と言うことになりそうです。

副作用として、爪が割れる、爪が剥がれるということがあるそうですが、「命には、別状無いでしょう」、との事です。

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でもって、すぐに百円ショップに走って(車で)貯金箱を買いました。明日から55円貯金です。

55円×30日×3ヶ月=4,950円で、治療費になります。

ワイヤを張ったら、痛みは取れました。YouTubeで、自分で直しているのがありますが、自分でする度胸が無いので、病院通いします。


2018年1月24日 (水)

「天草四郎は千々石ミゲルの子か?」その②にて終了

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           (「キリシタン研究 第六輯」より

さて、昨日、以下の通りですと書きながら、筆者を忘れていました、文書を書いたのは、マノエル・ディアース神父。

「・・・それは一六三八年であり、ドン・ジョアン・ペレイナの二隻の船の船員が十月二十日に日本を出帆して十一月四日にマカオに到着した。彼らが島原の乱(一六三七年十二月十七日~一六三八年四月十二日)の消息を持ち帰り、マノエル・ディーアス神父が同年十二月三日付総長宛書簡の中にそれを写している。」

「有馬のキリシタンはキリシタンであるが為に殿から(注:島原藩主・松倉重政・勝家)受ける暴虐(主に勝家から)を耐えきれず、十八歳の青年を長に選んで領主に叛乱を起こしました。その青年は昔ローマへ行った四人の日本人の一人ドン・ミゲールの息子であるといわれています。彼らは城塞のようなものを作ってそこにたてこもりました。」たとあります。

この文書の出所については、「Jap Sin.18,Ⅱ 268-269v F.Scutte S. J.,"Introducstoi ad Hisotorian Soietatais Iesu in Japan",Romae 261-262」となっており、所在ははっきり分かりませんが、最初の注(1)の所に「イエズス会ローマ古文書館」という文字が書いてあり、文書番号も同じ付け方なので、上記の所にあると思われます。

さて、上記の文書で気になるのは、「息子であるといわれています。」の所。あくまで、伝聞だということが分かります。

外人の船員がこの話を聞いたということは、かなり噂として広がっていたのではないかと思うのですが・・・・

千々石ミゲルにしても謎が多く、天草四郎にしてもしかりです。ひょっとしたら、と思うのですが、今は見向きもされませんが、数十年前、義経が中国に渡り、チンギスハーンになったと言うことが真剣に論じられました。

時とともに、伝説が伝説を呼ぶという事でしょうが、天草四郎が、千々石ミゲルの父とは、何となくロマンがありますね。虐待されていた庶民の救世主だったのでしょう。それが、上の話に結び着いたのでは、と思うのですが・・・・・


忘れていました、上の文書は左が、千々石ミゲルの筆跡。右が伊東マンショの筆跡。ミゲルの筆跡を見るだけで、どれほど繊細な男であったのかが分かると思います。


2018年1月23日 (火)

「天草四郎は千々石ミゲルの子か?」その①

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長崎新聞で連載をされ、出版された「幻日」です。作者は、長崎出身の故市川森一さん。

昨年は、千々石ミゲルの墓と言われる墓石発掘で、新聞などに大きく取り上げられました。埋葬されているのは、千々石ミゲルの後妻さんの墓では、という意見が多いようです。

なお、私も見ていましたが、ガラスの玉のようなものが出土して、59個見つかったそうですが、真ん中に穴が開いていましたが、あの大きさでは、糸を通して、首にかけるにも、手にもかけるも、少し小さすぎるなと感じたものです。

毎日新聞のWEBニュースでは、見つかったガラス玉について、「ロザリオの一部の可能性が高い」と言う意見が、「キリスト教の聖具ロザリオ以外のキリシタン遺跡の可能性もある」という見解に修正されたそうです。

発表時
「欧州製と推測してしたが、浅野教授は『キリスト教関係の文献資料から中国製ではないか』と指摘した」そうです。

さて、天正遣歐少年使節は4名ですが、そのうち3名は消息がはっきりしていましていますが、「千々石ミゲル」の消息は分かっていません。

上の本にも書かれていますが、
「無縁どころではない。お話のドン・ミゲルこと、千々石清左衛門(せいざえもん)こそが、四郎(注;天草四郎)の実の親なのじゃ」とモロ書いてあります。

この、千々石ミゲル(注;ドン・ミゲル:千々石清左衛門)が、天草四郎の父ではないかということについては、時々、小説、評論などについて書かれていますが、出典はどこか、イエズス会の書簡などを調べていたのですが、分からずじまいだったのが、某日、知人から情報をもらい、調べたら「『長崎談叢』第56輯(昭和四十年四月)掲載」なお、「九州キリシタン史研究会刊・キリシタン文化シリーズ16・8 日本に帰った少年使節」
にもあります)。以下の通りです

が、最近目がかすみ、目医者さんに行ったら、あまりPCを使わないよう厳命されたので。以下次号へ。乞ご期待。かな?


2018年1月21日 (日)

「ペコロスの母の忘れもの」~岡野雄一著

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今日は、朝から墓掃除に行って、帰りがけ本屋さんに寄ったら、奇しくも、「ペコロス」さんの本が置いてあり、発行日が2018年1月30日なんですが・・・・

また、泣くなと思いながらも買いましたが、予定通り泣きながら読みました。主な登場人物はペコロスさん、ペコロスのお母さん、お父さんですが、ペコロスさんは昭和25年、長崎生まれですから、私とほぼ同じで、長崎のその頃の雰囲気もよく分かります。特に、原爆の被害の事には。

例によって、過去の思い出、現在のこと、お父さん、お母さんの死後のことなど、思い出というか、妄想というかペコロスさんの頭の中をよぎって行きます。

といっても、暗い話では無く、涙無くては笑えない話ばかりです。

「世の中の役に立たない人は、居なくなった方が経済的で世のためという昨今の空気、命の豊かな贈り物を受け取らない空気には、ただただ、もったいなぁと思う」

ペコロスさんのお父さんは、短歌を作っていたそうですが、「わが歌をしるす手帳の片隅に吾(わ)れを励ます妻の文字あり」という歌があったそうですが、「妻の文字」は、「生きとかんば、生きかんば」と書かれてあったそうです。



2018年1月19日 (金)

「センゴク権兵衛」第9巻発売~宮下英樹著

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いよいよ、秀吉の九州平定が始まり、目的は島津になりますが、当初の配置図は下の通りです。

千石秀久のものと、諸侯が結集するわけですが、キーポイントの鶴賀城城主、利光鑑教(あきのり・宗魚)は、あっけなくも矢の狙撃で落命。将棋と一緒で、王将が取られるとアウトになります。

これを何とかしようと、千石軍は頑張りますが、島津軍が一歩上で、敗北します。

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と言うようなことはどうでも良く、私としては「沖田畷」の戦いの、有馬晴信が見たかったのですが、シカトされました(島原半島に住むものについては気になっていたのですが・・・結果は分かっていても)。

あと、秀吉の九州平定に際し、九州の諸侯を集めますが、これに答えなかったのが、諫早の西郷氏。理由は、様々あるようですが、これについては別に書いてみようと思います。

さて、秀吉は自分に参加しなかった西郷氏の領土を、佐賀の竜造氏に、取っても良いよ、と言うことになりますが、西郷氏も安々渡すわけで無く、戦闘になりますが、結局龍造寺の勝ちになり、龍造寺の領土になります。

と言うことで、ここのところどう描かれるかですが、多分シカトだな。

長崎の村山等安が、佐賀の名護屋城で秀吉に謁見しますが、名前を聞かれ、クリスチャン名「アントン」と申します、と言ったところ、今日から「等安」と名乗れと言われたそうです。

長崎カステラで、最近「糖庵」と言うのが発売されましたが、、「等安」にちなむものでしょう。

ここのところ、どう描くか期待していますが、これもシカトでしょう。ということで、九州の部分が終わったら、私の「センゴク権兵衛」もそろそろ終わりたいと思います。



2018年1月17日 (水)

「田舎には、住むな!」~腹立つな!

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よく、家電屋さんにいって、PCを見ていると、いつの間にやら、店員さんがこそっと寄ってきて、「旦那さん、光にかえませんか、PCまけときますよ」で、「あ~いいよ、でもって、いつ線をひいてくれるの」「?」「ウチ光来てないんだけど、いつ引いてくれるの?」「あ~、あそこはまだでしたね」「来てないところに、光を引けとはなにごとか、店長を呼べ」。と一転して、爺クレーマーに豹変するのですが・・・・

ところがですね、今日、私が使っているプロバイダーさん(nifty)から電話があって、あと少しで、フレッツADSLは無くし、光のみにするとか。で、「こちら、いつから光を引くの?」「さあ~」.。という無責任な返事。

それで、どこまで光が来ているんか、ネットで調べるとこれが分かりにくい。電話番号が書いてあったので、かけてみると、「その件に関しては、012-116-116へ明日電話をお願いします。」だって。

で、ネットで色々調べたら、ウチの住所が無いんですね。仕方ないので、近くの住所で調べました。が、これが、「希望登録受付のお知らせ」でもってフォームがあって、一応送ったら。

「ご利用希望登録いただいたサービスが提供可能となりましたら、メールまたはお電話にてご連絡させていただきます。
なお、サービスのご提供が整うまで長時間要する場合がありますので、あらかじめご了承ください。」だって。

こちらは、何年間待っていると思っているの?おまけに、「長時間要する」だって。アンケートには、「いつになるか、時期をはっきりしてほしいって」って書いているのですが。

ということで、このブログも近々閉鎖するかもしれません。

田舎は良いといいますが、PCもいらない、テレビもいらない、エアコンもいらない、スマホもいらない、電気製品一切いらない、本屋はなくてもいい、コンビニもなくっていい(こちらは2軒ありますが・・・)、酒屋もなくていい、飲み屋もなくていい、映画館も無くて良い。遊びに来るのは、イノシシかサルでいい。という方はあえて止めはしません。

しかし、ある程度、快適で利便性が欲しいという方は、「田舎には、住むな」。

田舎では、定住促進で、ほかの町村からの移住の促進をしていますが、もし、希望の方はどんな所か、徹底的に、根掘り葉掘り聞いて、一か月ばかり泊まり込んでからにしてください。こちらは、光は来ていません。何年かかるかも分かりません。お店屋さん少ないです。お年寄りの方は、タクシーか買い物バスで買い物にきます。テレビでは、田舎の良いところしか放送しませんが、問題ですね。

今日は朝からカミサンと喧嘩して、おまけに、光のことで不愉快な思いをして、腹が立った一日でした。あしたは、電話して、クレーマーになる予定です。




2018年1月15日 (月)

「すき好きノート」~谷川俊太郎著

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「あさイチ」で話題になったそうですが、初版が2012年10月30日、私が買ったのが2017年7月25日の第11版。で、今日買い、新刊だと思ったのですが、こちらに着くのが遅いですね。何せ、片田舎だから・・・

本の帯に書いてあるように、「こどもむきは ひだりから」、「おとなむきは みぎから」と書いてあり。ちゃんと「すきノート たにがわしゅんたろう」と、「好きノート 谷川俊太郎」と使い分けています。

下が、おとな向き。「一番好きな○○○」はなどと書いてあり、片方のページは罫線が書いてあるか、全くの白紙で、ここに自分の「好きなもの」を書いて本を完成させるようになっています。おとな向きは、谷川さんのコメントも付いています。


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こちらは子ども向きようで、やはり片方のページが白紙で、ここに、言葉やら、絵やら、写真などを貼って、本を完成させます。

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子供用はさておき、大人用を2,3ご紹介。

「12 好きな俳句。」ということで、谷川さんは池田澄子さんの。

「葉桜や生きていて賦に落ちぬ日の」
「いつしか人に生きたわ アナタも?」

をあげられていましたが、私としては

「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」が好きなんですが。

「13 好きな食べ物。」、ですね。谷川さんは、いろいろ書いていますが、私としては、

「母の日の 手のひらの味 塩むすび」(鷹羽狩行)ですね。もっとも、母は亡くなり、食べられなくなりましたが・・・・

「20 好きな窓。」

「両端に留め金が付いていて、上へ開ける旧国鉄の三等車の窓。」、長崎から東京まで何回となく受験に行きましたが、この窓懐かしいですね。今のはめ殺しのガラス窓には情緒が無いような。

「19 好きな瞬間」

なんといっても、初めてカミサンの手を握った瞬間ですね。あのころは、ホントに可愛かった。歳をとると・・・・

とまあ、真剣に考えなく、縁側で日向ぼっこでもしながら、ボンヤリと考えるのが一番でしょう。で、書き上げてみると、自分の姿、というか、今までの人生が見えてくるようです。

気楽に、自分の世界で一冊のノートを作るのもどうでしょう。ちゃんと背表紙に、〈なまえ          〉と、自分の名前を書くようになっています。




2018年1月13日 (土)

「礫石原(くれいしばる)環状石組遺構」&その他

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病院も3日続きで通うとイヤなりますね。前の日から、雪の予報が出ていて、朝早く出かけると何ともない天気。珍しく病院の診察も、あっという間に終わり。

以前から、島原市の地図を見ていたら、島原新港~雲仙の方に上っていくと、「千々石道」と言う地名あり、昔、千々石から山越えで有明、島原方面に魚を売りに来ていたと言うことを聞いていたので、一回は行ってみたいなと思い、時間もあるので、チョット寄り道を。

ところががですね、やはり土地を知った方の案内がいるもので、いつの間にか、「島原市指定文化財 礫石原環状石組遺構」に出てしまいました。この遺構も一度は見たいと思っていたのですが、道以外は一面の雪。遺構も写真の通りで、何がなにやら分かりません。

看板を張っておきますから、クリックすると少しは大きくなると思いますので、お読みください。


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で、ついでに、「フラワー公園」に寄って見ましたが、この時期、しかも雪が積もっている中、お花なんか見えません。考えればすぐに分かるのですが、バカな私。

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大黒様の後ろに、何か変な鳥が飛んでいましたが、何という鳥でしょう?ご覧になりたい方は、足を運んでください。

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時間を見ると、ちょうどお昼時。どこにしようかと、車を走らせていたら、以前入ったところがあったので、寄って見ました。普通の食堂ではなく、地場産品等売ってありますが、どちらかというと健康志向の品物が多いですね。

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室内も意外とゆったりして、窓から見える畑、向こうに有明海が眺められます。本当は、もっと良い風景なのですが・・・

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ここ、昔はシシカバブが売り物だった(はずだった)のですが、メニューはまったく変わってました。サラダは食べ放題で、これだけドレッシングがあると迷いますね。

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頼んだのが、「チキンオーバーライス」野菜ばかりだと思ったら・・・・

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ちゃんとターメーリックライスが隠れていました。もちろん、チキンも入っていました。

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食後のコーヒーですが、最近はブラックの方が多いようで、一昔前は、お年寄りの方は5,6杯の砂糖を入れていたのですが・・・私も、「お姉さん、シュガーステックあと3本」と、血糖を気にしながら。苦いコーヒーなんて飲めるもんじゃない。

で、ミルクをたっぷり入れましたが、これは、ミルク占いをするためで、「今年も、もてない」とでました。


2018年1月11日 (木)

「雪の日の病院」

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今日は、心臓手術の半年観察。

朝から雪が降っていて大丈夫かな、と思っていたら、やはり長崎の人間、雪の日はなれていないのか、のろのろ運転。予約時間ギリギリに到着。患者さんが少ないかと思ったら、いつも通り。

前にも書いたように、ここには、ギャラリーがあり、上手な方、それなりの方、いろいろありますが、いつも覗いていくのが楽しみですが、今日は壁だけで、面壁九年とやらで、しばし壁を眺めていましたが、あまり面白くありませんね。

で、屋上は除いてここが最上階になりますから、雪景色でも。一緒に。

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いま、病院では患者さんの心をやわらげるためか、あちらこちらに絵を掲げています。しばし、鑑賞。

左はよく分かりませんが、右は諫早湾のシチメンソウですね。


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右は、私がしばらく彼女と住んでいたモンマルトル、と言うことはないか。

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そうするうちに、雪が段々激しくなり、これ帰れるかな?

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と思っていたら、少し小降りになり、無事家に到着。でもって、明日の朝からも、1時間ばかりかけてまた別の病院に行かなければならないのですが、雪が降らないのを祈るばかりです。


 

2018年1月10日 (水)

石作り本殿「野田神社」~雲仙市千々石町

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野田地区の産土神、野田神社。

先日、拝殿を改築したと言うことで、ちょっと見に行きました。
ほんと、イヤですね、この階段。神社は階段があるところが多いので、歳の身はこたえます。

本殿を見て驚きました。石造り。以前紹介した、高来町の湯江神社も石作りで、こちらは、それより小ぶりでしたが、石造りは石造り。


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屋根ももちろん石作り。
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境内に2本標柱がたっていますが。

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大きいのには、「拝殿改築記念」。昭和30年竣工。古いのには、「神殿奉築(?)」。明治19年。

ですから、神殿は明治19年の造営になります。西暦1886年。132年前に作られたことになります。多分。


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拝殿と本殿を繋ぐ通路ですが、煉瓦造りです。残念ながら、明治のものか、昭和のものかは分かりません。以前は窓というか、風通しの穴はそのままでしたが、いまは、プラスチックで覆われていましたが、なんとなく、この十字型気になりますね。隠れキリシタンとは、まったく関係ありません、

少し下の所に、石祠があり、「神社」としか彫ってありませんでした。


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で、思い出して、明治2年の神社明細帳調べを調べると、「但 勧請年歴不詳 本称熊野権現明治二己巳年旧島原藩改社号祭日十一月一日。」ですから、明治2年に「熊野権現」から「野田神社」に変わったことがわかります。

明治時代まで、神社とお寺と一緒の神仏習合の時代がありましたが、明治になり、神社とお寺ははっきり分かれました。神仏分離です。

「深溝世紀(島原藩正式記録)」、に次のように書いてあります。

「神仏混淆を禁じ、別当・社僧をして髪を蓄え、烏帽(風折)・浄衣を服し、神主、社人と転称せしむ。」「中古以来某権現・牛頭天王等の類甚だ多し。その他仏像を以て神体を為し、本地の説を唱えて祠頭に仏具を並ぶるは、自令之を禁ず」。

ということで、この神社の本来の名前、「熊野権現」は「野田神社」に変わっていくわけです。なお、「温泉神社」も元来は「四面宮」。愛野町の「日枝神社」も元来の名前は「山王社」です。

さて、神社の鳥居の扁額には「野田神社」と刻まれていますが、「熊野権現」の名残がないかと思ったら、ありました。

階段の下、〇印のところ。

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上の「熊」の字が割れて無くなって「大」が入って、「権」が読めますから、本来は、「熊野大権現」でしょう。


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階段がきついですが、神社にしては変わった神社です。

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暇はあるが金はない、という方、お近くの小さな神社でもお立ち寄りください。なにか、面白いものに出会うかもしれません。お参りしてくれば、ご利益もあります。


2018年1月 7日 (日)

「鬼火焚き」&「七草がゆ」&「三社参り」~雲仙市千々石町

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「鬼火」、「おんび」、「おんの骨」、「左義長」、「どんど」・・・地方によって呼び方はいろいろあるそうですが、「古くは三毬杖とも書いた。毬杖(ぎちょう)とは祝いの棒の一種で、本来は三つの竹または木を結んで三脚にして立てたもの。・・・」、と後の説明が長いので、詳しく知りたい方は「山本健吉 基本季語五〇〇選」をお読みください。

朝起きてみたら、3,4か所煙が上がっていて、しめ縄を外し、いつもの所に、「一緒に良いですか?」と燃やしてもらいました。

昔は子供会が中心でしたが、昨年は1名。今年も少なかったのですが、段々と小さい子どもがやってきました。

いいですね。左が、かんぼこにウィンナーソーセージ、ソーセージは小さい子用。真ん中の鍋は多分、ぜんざい、右はお餅。お餅は、レンジでチンしたり、ガスで焼くより、熾火がいちばん。 

ここで、時間を見たら、9時30分。で、橘神社での、「七草がゆ」の振る舞いが10時からあり、食いっぱぐれてはと、一目散。

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いつものように見本がおいてあり、「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、はとけのざ、すずな、すずしろ」、なんて言っても、若い方なかなか知りませんね。胡蝶蘭とか、スイトピーとか、シクラメンとか、ガーディニングにつかう花は良く知っているようですが・・・・こうして置いてあると、よく分かりますね。

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いつもの神社でとれた、無農薬、無肥料、減塩の梅干し。七草がゆにピッタリです。

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で、着いたのが9時40分。もう始まっていて、慌てて行列に並び、ありつきました。

おばさんが、お盆に4人分持っていって、連れはいないようなので、4人分食べるのかしらと思っていたら、タッパーを取り出して、その中に3人分入れ、あと一つは自分で食べていましたが、多分3人分は家族に持って行くのでしょう。女の方も歳をとると図太くなりますね。ウチのカミサンもですが・・・・

日曜日で人が多いかと思ったら、意外と10時過ぎても、ふるまいがあっていました。はやり、大鍋で作るのは、家の小鍋で作るのとは味が違いますね。アツアツをフーフーしながら、おいしゅうございました。で、ここでお参り、一社目。

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ここから、5分ほどで、産土神の「天満宮」があるので、行ってみたら、誰もいなく、まあ、とにかく、お参りをして、二社目。

次に町の氏神様「温泉神社」。
すっかりかたづけてありましたが、丸いのは「茅の輪くぐり」に使う芯の部分。竹の部分は、何となく可愛いデスね。と言うことで、ここでお参りして、三社目。

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今年も鬼火でしめ縄を燓いてもらい、七草粥を食べ、三社参りを無事終わりました。

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ウチのカミサンは、私と一緒に出かけるのが嫌いなので、帰りがけ、「七草セット」を買ってきました。JR佐賀のものですが、この優しい心遣い。
でも、神社の大鍋で作った、七草かゆがおいしかったな 

2018年1月 5日 (金)

愛野町「首塚」について~雲仙市愛野町

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         (「雲仙の文化財」の写真より)

愛野町(あいのまち、です。あいのちょう、ではありません)の首塚です。
コメントをいただき、前回書き忘れたことがあるので、少し書いてみます。

長い間、島原・天草の乱のとき、討ち取った首の3分の1をここに埋めたと言うことですが、埋めたのは天草の富岡、有馬、長崎の西坂(26聖人の処刑された所)あたりではないかと言われています。

だた、富岡ははっきりしていますが、有馬、長崎については、「じゃないか」と言うことで、はっきりした場所は特定できておりません。

このことについては→こちらをクリック に少し書いていますので、ご覧を。

宝永四年、島原藩松平忠雄公のとき、島原半島各村の石高、人数、お寺、神社、村内の鉄砲の数、村の様子などが書かれた「島原大概様子書」があり、その後たびたび書き直されたそうですが、「会津村(現雲仙市愛野町)」の所に次のように書いてあります。

「首塚壱ヶ所有馬一揆(注;島原・天草の乱)之節切支丹之首三千余埋めし塚と申伝ふ。」

これが後年までひびき、「長崎ネット」、「じゃらんnet」等々にも堂々と、島原の乱のおり云々と現在も書いてありますので、ご注意を。真っ赤なウソです。

ただ、どうして上のような話になったのかは、残念ながら、文書(もんじょ)としては残っていません。


2018年1月 3日 (水)

「昭和天皇物語」~能條純一作画★半藤一利著★永福一成脚本★志波秀𡧃監修


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「昭和天皇物語」は、「ビッグコミックス」にも連載されていますが、週刊誌はリサイクルに出すので、とっておけません。

いつもの本屋さんで、ひょっと見ると単行本になっていたので、買ってきました。作画の能條純一さんは、「月をさすゆび」、「月下の棋士」あたりからファンになっていたのですが・・・

私、母から叱られながら、マンガを読んで、60数年。やはり、マンガの命は絵の線。といっても、分からない方にはわからないでしょうが・・・今のマンガの絵の線、どうにも好きになりません。

「昭和天皇物語」は、終戦後、マッカーサーに会うところから始まりますが、今のところ、まだ、少年時代の所です。これから、戦争に突入する寸前の所ですが、どう描かれるか楽しみです。

近年、戦争責任について、昭和天皇、政府を責める意見が多いようですが、政府の意見をそのまま、「大本営発表」として、垂れ流しに報道したのはのは誰でしょう。また、それをそのまま受け入れ、少しまじめな本を読んでいると、「赤」と非難し、憲兵に売ったのは誰でしょう。

私自体は、学生時代、フォークゲリラ、反安保、大学紛争時代で、ビラ配りもし、石も投げ、スクラムも組んで、催涙弾も撃ち込まれました。私の立場は、是は是、非は非です。

戦後、政府、官僚がどんなことをしたのかは、皆さんのご存じの通りです。今回の選挙にしても、その後の動きー医療費の値上げ、税金の値上げ、外国旅行者に対して1,000円徴収するって何でしょう。NHKのワンセグ視聴も料金を取られそうです。スマホ持っている、あなた!今すぐ、捨てなさい。NHKから請求書来ますよ。つねに、世の流れを見ていくこと、声を上げる事が必要だと思います。

さて、このブログも5年ばかり続きましたが、前にも書いたとおり、橘樹中佐の銅像を見て、「このおじさん、誰?」とか、地元の氏神様、「温泉神社」について、「温泉が湧いっとった」とか、今年は、「おじちゃん、有馬晴信って誰?」とか聞かれまして、絶望でした。北海道の方まで、知ってくれとは言いませんが・・・

聞いた子は、30半ばですが、頭は良く、長崎の某国立大学をトップで入学し、入学生代表で、「挨拶のことば」を読んだ子です。

歳を取った方と話をしても、意外と知らない人が多いんですね。若い人と話をしていると、興味を持っている方もあり、歴史講座なども少しばかり若い方の姿を見るようになりました。

で、私の知っていることを、1~2年かけて小冊子でも書ければと思います。やさしく、少し深くですが。ということで、今年はブログを書く回数が減るかと思いますが  o(_ _)oペコッ

さて、実は私は地元の人間でもなく、知らないことも多く、そこは、郷土史家の方、おじいちゃん、おばあちゃんにでも聞きながら、勉強をしながら、まとめてみようと思いますが、多分、間違いだらけになるでしょうから、冊子の題は、「知ったかぶり、ちぢわ」にしようかと思っているところです。体力と気力と記憶が心配ですが・・・・




2018年1月 1日 (月)

2018 「一日早いスーパームーン」


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スーパームーンですね。一日早いですけど。

今年は、はやばやと1月2日に見られるそうです。一番きれいに見えるのが、17時~18時頃ですが、まだ、少し明るいですね。11時24分に満月になるそうです。

スーパームーンについての定義は、はっきりしていないみたいですが、まあ、大きな月がきれいに見えるなら、良いでしょう。

で、明日の天気は晴天みたいですが、カミサンの気分と一緒で、いつ変わるのか分からないので、今日、キレイなうちに写真を撮りました。いつもの1万円のデジカメで撮りましたが、意外ときれいに撮れますね。

が、寒かった。ひとりで見るもんじゃないですね。

「今日、スーパームーンだけど、見に行かない。」と一緒に行きましょう。それで、寒いから肩に手でも回してですね・・・昔が懐かしい。



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