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2017年7月23日 - 2017年7月29日

2017年7月28日 (金)

「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」★神田圭一・菊池良著

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本の題名に一か所間違いがあり、この本に取り上げらた作家、例えば「小林よしのり」「デーブ・スペクター」「中島らも」「俵万智」「新聞記事」「さくらももこ」「暮らしの手帳」「百田尚樹」等々が「文豪」と呼べるのか。

思えば、夏目漱石、森鴎外、志賀直哉、谷崎潤一郎等のような「文豪」と呼ばれる作家が少なくなりました。今、「文豪」と言えるのは誰かな?この本の中で文豪と呼べるのは「志賀直哉」「田山花袋」「夏目漱石」「三島由紀夫」「谷崎潤一郎」「坂口安吾」「川端康成」「芥川龍之介」くらいかな。

私的には、「宇野鴻一郎」も考えているのですが、とにかく、高校時代には、この方の小説には、数えきれないくらいお世話になりました。男性の皆様方も、夜分かなりお世話になられた方もおられると思います。

という事を考えましたが、このくそ暑い中、いろいろ考えるのも面倒くさいので、読んでみたら、気楽に読めました。

さて、以前は声帯模写と言い、話すことの模写だけでしたが、その後、その人の仕草まで真似をする形態模写になり、最終的にタモリさんがやった、「思想模写」にまでなり、寺山修司の真似が絶品で、話し方、格好もそっくりでしたが、あ~寺山さんなら、このことについてだったら、このような考えを語るだろうな、というような感じを受けたものでした。

この本は、いわば文体模写で、100名の文豪、作家、評論家、マスコミ雑誌等々100人ばかりを取り上げていますが、全文は紹介できないので、少々紹介すると。


■村上春樹~「1973のカップ焼きそば」

「きみがカップ焼きそばを作ろうとしている事実について、僕は何も興味を持っていないし、何かを言う権利もない。エレベーターの階段表示を眺めるように、ただ見ているだけだ。・・・」、「エレベーターの・・・」ところの比喩が効いていますが、最後の一行。これ、本書最高の文体模写だと思いました。

「完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

■池上彰~「池上彰のそうだったのか!学べるカップ焼きそば」

「池上:カップ焼きそばとは、即席でそばが作れるインスタント食品です。1970年代に発売され、その後一般化していきました。・・・・」、池上さんだったら、このような話方ですね。

■宇野鴻一郎~「食欲の悦び」

「あたし、なんだか、からだがウズいちゃって。お腹すいちゃったんです。
キッチンを探していると、何にかが手にさわって。ドキドキしながら手にもってみると、カップやきそばでした。・・・・」、読んでるだけで、ウズきますね。名文。

■三島由紀夫~「仮面の焼きそば」

「幼児期から父は、私によく、戸棚にカップ焼きそばがあることを語った。
  私がその官能的な馨香(けいこう)、ゆらゆらと反射する麺の輝き、濃厚なテイ ストの捕虜となり、熱烈な崇拝者となるのに時間はかからなかった。」と、優雅な文章。

■稲川淳二~「超・お腹が空いた話一人では食べてはいけない」

「あるテレビ番組のロケで東京の外れに行った時の話です。その日は撮影が長引いちゃいまして、ADの・・・仮にTくんとしておきましょう。その田口君が『稲川さんお腹すきませんか?』って、こう言うんだよ。」と、あの稲川さんの口調を思い出しながら読むと、なんとなくゾクゾクしますね。

■俵万智~「カップ焼きそば記念日」

「『このかやくがいいね』と君が言ったから七月八日はカップ焼きそば記念日」。もう少し、ひねって欲しかったな。

■村上春樹~「もし村上春樹が本書の『おわりに』を書いたら・・・・」

最後の一行だけ紹介すると・・・・
「完璧な原稿などといったものは存在しない、完璧な絶望が存在しないようにね。」、これって、最初紹介した文章と一緒ですね。

半ページから1ページの短文ですから、どこからでも気楽に読め、夏向きの本です。

最後に、水道橋博士の所、「これって、意外と知られてないんですが、カップ焼きそばって炒めてないんですよね。」、考えれば、その通りで、思ったこともありませんでした。





2017年7月26日 (水)

「臨終ここだけの話★志賀貢著」「なんとめでたいご臨終★小笠原文雄著」

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私も歳で少しは考えようかと、「なんとめでたいご臨終」をAmazonに頼んだら、珍しくも一週間待ち、もっとも、4日ほどで届きましたが。とにかく売れている本らしいのですが。

で、その間に近くの本屋さんに「臨終ここだけの話」が置いてあったので、買ってきてました。

昔は、ほとんど自宅で息を引き取り、自宅で葬儀をし送りましたが、今やほとんどの方が病院で亡くなり、葬儀社で葬儀を行うようになりました。それだけ、家族の負担も減ったといえば、減ったのですが。

どちらとも本も、お医者さんが書かれた本ですが、「臨終ここだけの話」は病院での現実、また、在宅医療の困難さ、一人暮らしの困難さが書かれています。

「なんとめでたいご臨終」は「在宅ホスピス緩和ケア」について書かれており、ガン末期症状の方が家に帰りたいと望み、家に戻り在宅医療を受けることを柱にかかれてあります。

ただ、家とは「『在宅』とは『家』のことです。ここでいう家は、住み慣れたところに限定されるものではありません。誰かの家でもアパートでも施設でも、そこが終の棲家として安らげる”処”、自分の居場所だと思える”処”であれば、それはその人の癒しの空間、つまり『家』となるのです。」という意味です。「ところ定まれば 心定まる」という事で、その中で、患者さんが「希望死・満足死・納得死」を送れれば、「別離の悲しみはあっても、遺族が笑顔で見送れることができるのです。」

在宅看護となると、家族の負担も増えるわけですが、そこは、お医者さん、ケアマネージャー、巡回看護師さん、ヘルパーさん、近所の方、なにより家族の協力が必要になり、いわゆる、「チーム」としての動きが必要なり、このようにしてもらえるなら、満足にあの世に行けるな、と思うのですが・・・

しかし、このような病院・チームは、こちら方面にはまだなく、「末期がん患者の在宅ケアデーターベース」で調べはしたのですが・・・

この本に書いてあるような医療が進めば、みんな満足して旅立てると思うのですが・・・・何とか学園に金をつぎ込むより、こちらが先だと思うのですが、なにせ、高齢者がドット増えてきます。自分も含めて(カミサンも)ですが・・・

この本2冊比べて読んでみてください。比較すると、臨終に関して、いろいろな面が見えてきます。





2017年7月24日 (月)

「センゴク権兵衛 第6巻」「センゴク権兵衛 第7巻」~少し御不満

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入院をしていたら、いつの間にか第6巻と第7巻が出ていました。

という事で、第5巻で四国は無事平定。下記のごとく四国は分割され、我が主人公、センゴク権兵衛も城主になるわけです。


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で、後は、九州の島津を撃つか、徳川を撃つかになるわけですが・・・

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当然九州に出向けば、徳川が待ってましたとばかり来るし、二方面同時に攻めるのは戦力から見て、当然無理。ここは、思案の所。

という事で、第七巻は、大友宗麟と島津の戦から始まりますが、圧倒的に有利な大友宗麟が島津氏に敗れ、佐賀龍竜造寺隆信が勢力を伸ばします。


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で、よせばいいのに龍造寺氏は、有馬晴信が治める島原地方(赤丸印)にチョッカイを出します。

この時、有馬氏は島津氏に応援を頼みますが、援軍は1,500~3,000名ほどだったといわれています(諸説あり)。人数が少ないのは、大軍を送ると後ろから大友宗麟が狙っています。

結局は「沖田畷の戦い」で竜造寺は討ち死にをしますが、ここの所、地元の人間としては、もう少し詳しく書いてほしい所です。「五日も経ず戦地から報告が来た『竜造寺隆信始数千騎討捕』かの『沖田畷(おきたなわて)合戦』の始末である。」で済ませてありますが、少しでなく、大いに不満ですネ (・_・)エッ....? という感じ。

話変わって、この後、秀吉は九州平定に向かいます。家康は大丈夫っかって?そこは、秀吉と家康の密かな打ち合わせがありますが、後は、買って読んでね。さすが、天下人です。

この後、秀吉が九州に来て、各諸侯を集めますが、諌早を治めていた西郷氏だけは参加をせず、龍造寺家に領土を奪われますが、ここの所、多分漫画では又省かれるだろうな。村山等安も出して欲しいが、無理だな。

主人公センゴク権兵衛も、勿論、九州に向かうことになります。


 



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