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2017年7月9日 - 2017年7月15日

2017年7月14日 (金)

「ここはどこ?」~長崎市浜町

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長崎市の繁華街と言えば「浜町(はままち)」。長崎人は「はまんまち」「はまのまち」と言います。「浜町」というくらいですから、昔は「浜」の「町」でした。

最近はほとんど行ってませんが、昔の写真を手に入れたので。写真の下の方に右から(ですから戦前になります)「(長崎名所)濱の町(長崎要塞司令部許可済)」と書いてあります。

さて、ここは浜町のどこから撮った写真でしょう。左に「一文字」という看板が見えます。バリカンが看板に書いてあるので、多分金物屋さんかな?右には「タテノ小間物店」。

アーチが続いているので、浜町には違いがないのですが、あと、後ろに見える山の形がヒントかな。

下の写真は昭和30年代の浜町の写真です。現在は、夜に行くとガランとしたものですが、確かに昔はこのように人で一杯でした。

「かねやす洋服店」という、大きな看板が見えます。アーチには「浜町通」。

「KOKURYU」「玉泉」「パーマなんとか」のネオンに看板。ここも、アーチが続いています。戦前のに比べると、少し形が違うようですが・・・

写真の下には「浜の町夜景」として「市の中央商店街の一番賑やか処で岡政・浜屋等百貨店や各種大商店装ひを競ひ、五彩のネオンに輝く夜の長崎に驚異の目を見張る」とあります。

さて、現在の浜町のどこから撮った写真でしょう?知っている方はお知らせを。

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今日の話は、長崎市近郊以外の方には分かりにくかったかと思いますが、ストリートビューなどもあるので、お楽しみを。ただ、街並みが全然違っているので、ほとんど分からないとは思いますが・・・・(*_ _)人ゴメンナサイ

各写真は、クリックすると拡大する(と思います)。






2017年7月13日 (木)

暑さに負けず、「週刊現代」「週刊ポスト」

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台風が過ぎたと思ったら、ドット夏が来たようです。墓掃除に行ったら、メチャ汗をかきましたが、「暑さに負けず、『週刊現代』『週刊ポスト』」です。


■安倍晋三いまだに反省なし

都議会は惨敗でした。「反省なし」とは書いてありますが、国会の休会中に、加計学園問題で委員会が開催され。今日のニュースでは、今度開かれる委員会では首相も出席するそうです。少しは反省しているのかな?

もっとも、「反省だけなら、猿にもできる」という流行語がありましたが・・・・

■「落選運動」その破壊力と実践法

都議会選挙時、自民党都連の幹部が「投票日の午後の出口調査で気づいたが、本当の敵は都民ファーストではなかった。自民党と共産党の一議席を競い合っていた選挙区で、共産党が嫌いなはずの保守層や無党派層が、自民候補を落とすためだけに共産党候補者に投票するという現象が起きていた。」

その手があったんですね。「特定の候補を政治家に相応しくないと訴え、投票させないようにする行為、つまり『落選運動』は選挙運動とみなされないため、公選法には抵触しません。告示前は特定の候補者を当選させる選挙運動(事前運動)は禁じられていますが、落選運動は可」だそうです。「選挙期間中も有権者がメールで投票を促すことは認められていないが、落選を促すメールは禁じられていない」そうです。ただ、候補者が2名しかいないところは要注意だそうです。

ということで、政権を変えたい方は、棄権、白票を投じるのではなく、対立候補に投票を。

■縮小ニッポン「未来の年表」

「2018年・有名国立大学が潰れはじめる」「2020年・女性の2人に1人が50歳以上に」「2022年・団塊世代が75歳に突入」「2025年・80歳以上のガン治療が自費に」「2025年・認知患者が700万人に」「2027年・コンビニが24時間営業をやめる」「2030年・百貨店も銀行も老人ホームも地方から消える」「2033年・3戸に1戸が空き家に」「2034年・全国で水道と下水道が次々と破裂」「2036年・電車、バスが来なくなる」「2037年・新聞社が消える」「2039年・所得税率が50%、消費税が40%に」「2040年・救急車を呼んでも来なくなる」「2053年・ニッポンの総人口が1億人を割り込む」

信じられませんか?良く読んでください。すでに、前兆らしきものは現れているでしょう。特に田舎では。

■金正恩核実験のXデーは8・21

トランプさんが、どこにデッドラインをひいているのか知りませんが、正恩さんも強気で、トランプさんは今のところ少し控えめですが、どうなるのか。
とりあえず、庭に核シェルターを作ろうかな。

■船越英一郎がNHKから消える

朝から「あさイチ」、昼から「ごごナマ」を楽しんでいるのですが、船越さん、こうなるとですね・・・皆さんも、カミサンは大事にしましょう。浮気はやめましょう。

■藤井聡太4段、14歳「異次元にして異質の強さ」

藤井4段の扇子をネットで売り出すとかで、10時から受付だったのですが、10時3分には売り切れでした。

朝日新聞のインタビューで「今は勝敗が偏っている時期で、いずれ『平均への回帰』が起こるのではないかと思っています。」と14歳とは思えない、冷静なお答えですね。

■「耳鳴り」「難聴」「めまい」~死を招く耳の病気

たかが「耳鳴り」とか、歳をとったから「耳がよく聞こえなくなった」と油断しないように。気になる方は、すぐに病院へ。

効果的な事として、「耳を温める」、耳たぶの上部のくぼみにある「神門」を刺激しながら、耳を引っ張るのも良いそうですが、基本、お医者さんへ。

■無修正〇ロ動画でレジェンドAV女優の〇部が・・・・

小林ひとみ、豊丸、松坂季実子、桜樹ルイ、白石ひとみ、小室友里、及川奈央、飯島愛、北条麻紀、小向美奈子。お~懐かしや。

皆さんにはお世話になりました。DVDでですが・・・・

■グラビアですが

「〇毛の向こう側が見えた!」と、ポストさん、おけけ、満載です。





2017年7月12日 (水)

「あ~勘違い、私馬鹿よね・・・」~住吉神社

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最近は、昔の絵葉書、写真から複写する会社もあるようで、「長野電波技術研究所附属図書館」という所を見ていると、おや!肥前鳥居ではないですか。しかも、堂々たる風情。

さっそく写真を取り寄せると、「長崎住吉神社」とあり、調べると長崎市内の住吉にある住吉神社ではありませんか。

ということで、お出かけしました。我が家から、約1時間弱。ああ~また、肥前鳥居が見られると、心は踊る、血は騒ぐ。

で、着いてみると、一の鳥居は明神鳥居、鳥居横の看板ですが、なんとかなりませんか?


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階段上に二の鳥居がありますが、これもよく見る明神鳥居。写真は省きます。

本殿ですが、一目で新しいものだとわかります。


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拝殿横に左のような説明が書いてあります。境内には看板等にはいろいろと書いてありますが、多分これが一番新しいもののようで・・・


奉  献

多年の風雪に耐え 今日まで頑強にて保存して来るも参詣の利便を配慮し全面改修し新設す 尚石材は遠路中国福川市より搬入す 工費 壱千八百五拾万円

                      平成八年十二月吉日 住吉神社奉賛会


ということで、神社改修の時は鳥居も変えることがありますから、肥前鳥居さんも変えられたのかな?とは思ったのですが・・・・右の説明版は長崎市が設置したもものです。


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原爆投下時、社殿、社務所は倒壊、全焼するものの階段下の鳥居とこの狛犬さんは、そのまま残ったそうです。ということは、肥前鳥居はその時倒壊したとも考えるのですが・・・

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神社横に、稲荷神社があり、ついでにお詣りしてきましたが。

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下の狛犬さんがおられまして、何と言いますか、「肥前狛犬」さんの感じがするんですね。どちらとも判断がつきにくく、野球の審判が、ギリギリの球をストライクにするか、ボールにするか迷うのと一緒です。いずれにしても愛嬌のある狛犬さんでした。

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途中に左のような石祠があり、「山崎大神」と書いてありましたが、調べても意味はよく分かりませんでした。

で、横に狛犬さんがおられるのですが、これも、どうにも分からない感じ。


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家に帰って、私、しつこいので、「住吉神社」を再度ネット調べると壱岐にもあって、「IKINavi」という観光紹介のブロブがあり、それに壱岐の写真が載っており、下の写真ですが、一番上の写真と比べるとわかりますね。一緒です。

ということで、上の写真は「長崎」の住吉神社ではなく、「壱岐」の住吉神社でした。

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鳥居の左右が気に隠れて見えせんが、しつこく別のブロブを調べたら、ありましたね。まさに、肥前鳥居。

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ということで、暑い中、車で2時間かけて行って、違っていたとは、「あ~勘違い」で、ちゃんと調べて行くべきで、「私馬鹿よね~」と思い知った一日でした。




2017年7月10日 (月)

「島原城」売りに出る!~島原市

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上の写真は絵葉書で、お兄さんから妹へ送った感じです。「2.10.27」の消印がありますから、多分、昭和2年の頃の島原城だと思います。

下が現在の島原城。上の写真は、丸裸だということがわかると思います。

陸軍省の太政官達「全国ノ城廓陣屋等存廃ヲ定メ存置ノ地所建物木石等陸軍省ニ管轄セシム」と大蔵省からの太政官達「全国ノ城廓陣屋等存廃ヲ定メ廃止ノ地所建物木石等大蔵省ニ処分セシム」という政令で、軍隊が使うものと、売却用にされる所が出てくるわけです。

島原城の場合は軍隊が使用した記録はないようなので、売却処分にされるわけです。

陸軍省、大蔵省、県といろいろな絡みがありますが、長くなるので全部書ききれませんが、知りたい方は「島原の歴史・自治制編~島原市役所発行」(古本屋さんにしかありません)を読んでください。

「石垣は運搬などができにくい場所がらなので、代価の見積もりはできかねると記してある。」と書いてあります。石垣を見ても、とても無理ですね。
 
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下が、どこを(面積も)、いくらで、誰が買ったかが書いてありますが、読みにくいので、松尾卓次氏「ぶらっとさらく・島原」によれば・・・

明治3年城の一切の普請が停止。翌4年3月に三の丸御蔵、7月に大手門、10月に常盤御殿、5年6月に本光寺御堂、7月に台場と売られ、9年7月3日には天守閣も解体されてしまいます。

本丸は畑に、三ノ丸は学校(現島原第一小学校)の敷地になります。

なお、お値段ですが、城郭地所7町4反7畝13歩で120円。建屋770坪で175円、立木1400本余りで100円、練兵場1町8反5畝で100円、砲台場2反2畝25歩で14円50銭。合計519円50銭、当時白米10キロで36銭だったそうです。ですから、お城のお値段としては、安いのかな?


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    (「島原の歴史・自治制編~島原市役所発行」より)

下の写真は、小浜の歴史資料館。昔、湯太夫さん(温泉の元締め)の屋敷ですが、この門は島原城の先魁門だそうです。(何回も書いていますが)


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なお、昭和35年に西の櫓、39年に天守閣、48年に巽櫓、55年に丑寅の櫓が再建され、現在の姿になっています。


(参考・文引用:「島原の歴史~自治制編」「ぶらっとさらく・島原」「島原半島史」「島原ぢゃんば」)



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