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2017年3月12日 - 2017年3月18日

2017年3月18日 (土)

「SNS炎上」~NHK「オトナヘノベル」作成班編


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「NHKに寄せられた体験談や、取材で集めた十代の声がもとになっているので、視聴者のリアルな体験が反映されています。」ということで、「NHK Eテレ番組の『オトナヘノベル』で放送されたドラマになった小説を、再編集したものだそうです。

本が5冊シリーズになっており、「SNS炎上」、「ネトゲ中毒」、「家族コンプレックス」、「リア友トラブル」、「恋愛トラブルメーカー」で、各3話からの小説と、「解説」と、対処法などが書いてあります。

「炎上」はご存知の通り、「SNSにアップした写真や記事がきっかけで、ネットでお祭り騒ぎになること、不祥事件をおこした人物が、ネット住民によってたたかれること。」だそうですが、説明しなくてもお分かりだと思います。

第1話は、彼氏とイチャイチャしている写真を投稿し、その彼氏と別れ、新しい彼氏ができるが、削除したはずの写真が拡散して、それがバレ破局。

第2話は、写真を投稿していたら、評判がよく、電車の中で寝ているおじさんと後ろのポスターがマッチして、これを投稿。

ところが、「-電車内で老人を盗撮して笑いものにしたJKを懲らしめよう」と書きこみ、「なに、このJKの身元を特定すればいいわけ?」と大炎上。

第3話は、商店のシャッターにスプレーでいたずら書きをしていた、有名校の生徒をスマホで写真を撮り、投稿。

最初は、有名校の生徒が非難をされるが、生徒が休学したり、親が倒れたり。
ところが、これで一転して、「S高校生を追い込んだ女子高校正のSNSはここですか?」と非難される立場に。大炎上。

最後は、3話ともNHKらしく、前向きに終わりますが、「炎上屋」なる者もいるらしく、美味しいネタがあったら、煽って炎上させるそうです。あと、炎上を防ぐ方法、炎上に対する対処法等も書いてありますので、読んでおくことも必要かと。

戦争と同じで、昔は一対一での一騎打ち、お互いの顔も見えましたが、今ではボタン一つで相手を殺すこともでき、ゲーム感覚で、なんとも殺伐とした時代になりました。

「ネット炎上」もお互いの顔も見えず、その分、残酷なことができるようになりました。人と人とのつながり、思いやりも希薄になってきたような感じです。

便利なことはいいけれど、どこまで便利になれば人が幸せになれるのか、考える時期ではないかと思うのですが。

フェースブックが便利だといっても、社長の収入を見たら分かることで、しょせん商売人が儲けのために考えた商売です。

私たちも、時代に流されず、「君子危うきに近寄らず」で、時代とお付き合いをしたいものです。お子様をお持ちの保護者の方もご一読を。

なんとなく、何時間かけても10円の公衆電話時代が懐かしくなりました。不便だったけど、寒い公衆電話ボックスの中、たった10円で、何時間も彼女とお話をした、楽しい記憶は未だに残っています。昔が懐かしいのは歳のせいかな?



(文引用:「SNS炎上」より)


2017年3月17日 (金)

「湯江神社」★石造りの神殿!~諫早市高来町

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高来町湯江神社の三の鳥居になります。

この地域、まだ詳しく知らないことがあり、若干間違いもあるかと思いますが。そこは、おおらかな気持ちで・・・・

「諌早街道をたずねて(山崎諭著)」と「高来郷土誌」を基に書いてみたいと思います。

ここへ来たのは、前に、「善神古墳」に来た折、横の鳥居の扁額に「老松神社」と書いあり、行ってみようかと思ったのですが、なにせ見たら階段が長くて、という事でやめました。

あとで調べると、この神社は「老松神社」、「八幡神社」が昭和26年に「湯江神社」に合祀とあり、「八幡神社」は「通瀬大明神」と「若宮神社」が明治8年「八幡神社」に合祀と書いてありました。

で、この、「湯江神社」の所を読んでいると、「神殿は石造りで、文化10年(1813)、寄付者赤司藤兵衛とある。諫早家四代領主茂真公の石廟にも負けない位のもので、赤司家の財力がおしはかられる」と書いてあるじゃありませんか。

普通神殿というと、木造ですが、「石造り」と聞けば行かないわけにはいかないじゃないですか。

一の鳥居と二の鳥居は、「老松神社」、平成21年に造られた三の鳥居は、「湯江神社」の扁額。一の鳥居については少し面白い事があるのですが、これは、後で。

階段ですね。「高来郷土史」には「二百数十段の石段を・・・」とあり、200段というと足が持つかなと登ってみたら、132段でした。


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登り切った所が一番上の写真。

写真に写っているのは、拝殿ですから裏へ回ってみれば、お~ありましたね。
全部石造りで、石造りの神殿とは珍しい。しかも、立派。


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ちなみに、「諫早家四代領主茂真公」の墓。こちらのほうが、少しすっきりした感じかな。もちろん、こちらも石造りです。

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しかしながら、狛犬さん、いい感じ。しかも、木鼻も石造り。いい細工してますね。

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裏に回ったら、壁面に文字が彫り込んであり、

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真ん中の柱、「文化八年十一月吉日 宮司田島伊豫(旧字ですが、パソコンでは出ません)」、年代が郷土誌の「文化10年」とは少し違うみたいですが・・・・

左の柱、「昭和四十四年十月解体修理施工 石工 横田理一」

下の丸印に、庄屋、世話役の名前があります。「赤司藤兵衛」さんの名前がありました。隣が、庄屋さん。でしょう。

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とまあ、他ウロウロしていたら、多分、板碑ですね。でもって、階段を登らなくても車の道がちゃんとあり、なんのため苦労して、階段を登ったんでしょう。

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どういうわけか、「太良嶽」と書かれた、鳥居のみ。
で、神殿の後ろを見たらびっくり、なんとキリシタン墓地。

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そのまた裏は、お寺の墓地。こちらは、下のほうにお寺が見えたので、理由は分かりましたが、キリシタン墓地の理由がわからない。年代が書いてあったので見たら、古いので1960年前半。で、ちょうど作業をしている方がいたので聞いてみたら、「教会があって、養老院もあるようですよ」。

で、見るとありました。後で、調べると、「カトリック湯江協会・養護老人ホーム聖フランシスコ園」。ということで、全部わかりましたが、神社にカットリック墓地、お寺のお墓と3つもまとめてみられるのは、ここぐらいでしょう。赤い丸印、しっかりと十字架がありました。

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少し話を前に戻して、第一の鳥居。写真ではわかりにくいので、説明だけで。

作られた時期が、「貞享三歳(年)」と読めました(多分)。あと「佛陀智?無量無邊(?)」、そして、「金仙寺末院嵩智勝寺」、「??嶽大権現」、??は多分「太良」だと思うのですが。

神社の鳥居に、仏教の寺の名前などが彫りこんであるところを見ると、モロ、神仏習合だとわかります。

なお、この鳥居、「高来郷土誌」には八幡宮について触れてあり、「この三神(八幡神社)を老松神社に合祀し湯江神社となった。鳥居は三ノ鳥居(最上段)に移されている。」とは書いてありますが、写真でご覧の通り、三ノ鳥居は平成時代のもので、多分、何かの折、入れ替えたのではないかと思います。

なお、「諫早街道を訪ねて」には、「八幡神社は江戸時代の貞享年間の創立で・・・」と書いてあり、鳥居に彫られた、「貞享三歳」と合致しており、第一の鳥居は「八幡神社」の鳥居を移したものだと思います。多分。


【おまけ】

先日、「善神古墳」の石室に、文様が書かれていることを書きましたが、写真を撮ってきたので、おまけです。

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2017年3月16日 (木)

「センゴク権兵衛」第5巻発売~宮下英樹著

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昨日、本屋さんに行ったら置いてありました。2月6日が発売日になっているので、私の見落としか、田舎なので本屋さんに入るのが遅かったのか。

さて、この「センゴク」シリーズも随分紹介しましたが、ここまで来たら続けるほか、ナイッショ。

今回は、秀吉の四国攻めになります。御覧のごとく、多方面からの攻撃になりますが、我が仙石権兵衛は、宇喜田軍23000に、宇喜多秀家を大将として、蜂須賀正勝、黒田官兵衛と共に参戦します。

長曾我部軍4万に対し、14万の兵で、長曾我部の圧倒的な不利で、和議をすれば良いのですが、そこは地の利に長けた長曾我部。


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四国には支城がたくさんあるのですが、ここをわざと落とさせながら、本拠地の白地城に誘い込み、地の利を生かして、前後から挟みうちという作戦。

ところが、ここで黒田官兵衛が仙谷権兵衛から、「引田の合戦」の戦いの様子の子細を聞き、思うところあって裏をかき・・・・・

で、長曾我部は別策を考えますが、そこは、黒田官兵衛。という事で、あとは本を買って読んでください。


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昔から歴史の時間は嫌いで、1192(いいくにつくろう)年は鎌倉幕府、なんて覚えてどうするの、調べればすぐわかるじゃない、知っていたって単なる蘊蓄の一種じゃない、ということで歴史の時間はお昼寝タイムでしたが、この漫画みたいに教科書が面白ければ、私の人生、変わっていたと思うのですが・・・

さて、次巻はいよいよ、「九州征伐編」ですが、主題は「島津」になるでしょう。あと、竜造寺に、大友あたりが少し出るか?

多分、私のお近くの、有馬家とか、諫早の西郷家(西郷家は秀吉に加担せず、竜造寺家から亡ぼされますが)あたりは多分出ないな。少しは出ることを期待しつつ、次巻を待ちたいと思います。


2017年3月15日 (水)

残念でした「週刊ポスト」「週刊現代」

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今週の書評に、「騎士団長殺し」をどのように評論しているのか楽しみだったのですが、残念ながら、「書評」には載ってなく、「残念でした『週刊ポスト』『週刊現代』」です。

■「上げ上げの日本経済」
■「トランプ『120兆円』公共投資に日本企業はウハウハ」

「『株安円高』はこのままずっと続くぞ 株価は2万円どころか3万円に!」「メチャクチャ(トランプ氏のことです)だけど『有言実行』だからいい」

といいますけど、本当ですかね。投資信託を少しばかりしていたら、経済状態が不安定で、一度解約しませんか?また、改めてしたらいかがですか?という事で、解約をしたら、1万ばかり目減りしていました。はやり、お金は金持ちのところにしか行かないようで・・・

■「安倍晋三『お友達』のレベルが低すぎて」

自民党一強で、なんでもありで国会運営をやっているようで、昨日から朋美ちゃんの虚偽発言の報道もあり、自民党閣僚の脇の甘さが目につきますが、共産党を除き、それを攻める野党もだらしない。また、選挙惨敗しますよ。

■「佐藤慶 ビジネスパーソンの教養講座」、「名著、再び」

「騎士団長殺し」。書評に載ってなかったと思ったら、佐藤慶さんが書いていました。「名著、再び」というと、一回読んだ名著を再び読む、という事ですが、初めて読んで、「名著、再び」とは、これいかに、という感じですが、さすが、佐藤慶さん。この本については、いろいろな読み方があるようですが、このような読み方もあるのかと、感じ入った次第です。


■「小池百合子が決めた豊洲移転『住民投票』にこれだけの勝算」
■「小池新党呆れるほどの圧勝」
■「小池知事が自ら『豊洲は安全』と認めた!?」

東京都議選が7月。圧倒的な勝利を予想していますが、「豊洲」か「築地」で住民投票も同日行う予想も飛んでいるようです。

が、築地も汚染問題があり、「築地はコンクリートなどでカバーされ、基本的に汚染の問題はない。」との答弁ですが、「豊洲」も厚いコンクリートでおおわれているのですが、どうしましょう?

■「ヤマト・佐川に潜入3か月私が働いてわかった『仁義なき宅配』」

昨日、Amazonへ本を注文したら今日届きました。しかも、送料はロハ。考えれば、今の宅配便は、水とか電気とかと一緒でライフラインになりました。

ヤマトは料金値上げをするようですが、他の業者さんはどう動くか。ヤマトの従業員さんからは、Amazonの下請けではないぞ、との声も挙がっているとか。

■「ベンチのムードは『悲壮感ゼロ』WBC中田翔の功罪」
■「侍ジャパンより100倍強い!?『落ち武者ジャパン』結成だ!」

なんといわれようが、勝負は勝った方が勝ちで、きょうもイスラエル戦に勝ち、全勝です。監督さん、本番前、いろいろ言われましたが、これから本番です。

■「北朝鮮高官が初めて語る 金正男暗殺事件」

「実行役の4人はすでに消された」。といっても、親戚でも平気で抹殺する国ですから、当たり前でしょう。

■「混迷する金正男暗殺事件『真犯人はCIA説』を追う」

よく考えてみると、今回の事件で一番得したのがアメリカで、過去CIAというと、影でいろいろ陰謀を図ったことがありますが・・・

■「『ビッグデーター』でわかったこの薬を飲んではいけない ワースト50」

「医者 1200人から集めた」データーだそうで、ワースト50が実名で書いてあります。全部書くと疲れるので、ワーストテンだけ紹介を。

①ロキソニン(鎮痛) ②デバス(精神安定) ③ブレドニン(炎症) ④ハルシオン(睡眠導入) ⑤アリトゼニド(認知症) ⑥ブルゼニド(便秘) ⑦マイスリー(睡眠導入) ⑧レンドルミン(睡眠導入) ⑨レンドミン(睡眠導入) ⑩ボルタレン(鎮痛)

本屋さんで立ち読みできる程度ですから、ご心配な方はご一読を。

■「いくつ読めますか?キラキラネームの力士たち」

力士さんの四股名も面白いものがあるもので、「冨蘭志壽」、「爆羅騎」、「宇瑠虎」、「阿夢露」、「天空海」、「大露羅」。

それぞれ、「ふらんしす」、「ばらき」、「うるとら」、「あむうる」、「あくあ」、「おおろら」。相撲は、名前でなく強ければ良いのですが・・・呼び出しさん、行司さん、言いにくいだろうな。

■「『えマジで!?』妻が突きつけた理不尽な離婚理由」

離婚理由ですが、少し書くと、「洗面所がいつもビショ濡れ」、「スリッパが脱ぎっぱなし」、「ドレッシングを冷蔵庫に戻さない」、「お風呂のお湯を抜かない」、「洗濯物の畳み方が違う」、「食べるときにくちゃくちゃ音を立てる、犬食いする」、「リンゴの皮を剝かずに食べた」、「鼻毛が出ていた」、「録画番組を消した」、「服の襟を立てる」「『あれどこ?』と聞く」。

とまあ、いろいろありますね。身に覚えがある方は要注意。古人曰く、「離婚は突然やって来る。」

■「死ぬまで 死ぬほど〇E〇」(特別篇)シリーズ

「ED治療 完全ガイド」
「バイアグラ、シリアス、レビトラ 〇起不全治療薬 薬効、特性、注意点、最新情報」、「EDの指標『国際〇起スコア』」、「EDを招く危険な生活習慣10」、「EDの9割を再び〇たせる『〇茎プロステーシス手術』」って何だ。

「どんな批評を浴びても、本誌が毎週『死ぬまで死ぬほど〇E〇』を続ける理由。それは『読者ファースト』の思いからだ。人間は何歳になろうと生き生きと自由に恋する権利を持っている。・・・・・・」と感動的な文句が書いてあります。
「読者ファースト」が良いですね。物真似だけど。




2017年3月14日 (火)

イベントのお知らせ二つ&心配な島原「春の花まつり」


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春になると、花々が咲きはじめ、イベントが多くなってきます。

千々石では、例年通り「観櫻火宴(かんのうかえん)」が3月25日に開催。
松明行列、肥前千々石鉄砲隊、元服立志式等のイベントがあり、特に松明行列は見もので、いつも、腕にあるカメラマンの方がドット押しかけています。
主会場が福石公園、6時ころからです。

ここ、2,3年、外国人の方の参加も増えていますが、「稚児武者(この春小学校入学予定)」が30名、「元服武者(この春中学生予定)」が30名、「女武者」が5名、「一般武者」が30名、「武将」が20名の募集で、締め切りが3月17日になっていますから、参加希望の方は、お早めに。


”島原親善人形交流”
昭和2年、日米の子どもたちが友好を願い、アメリカの子ども達から、日本の子どもたちへ、12,700体の青い目の人形たちが送られてきました。日本からも答礼人形がアメリカへ送られます。

時は、日米の関係悪化時代。敵性人形として廃棄されましたが、なんとか、残ったのが全国で300体。長崎県で2体、愛知県では8体。

今回は、愛知県高田町に残る、「グレース・エッサ」ちゃんが、島原の、「リトルメリー」ちゃんと再会。

展示会が4月9日まで。オープニングが3月18日。「島原 春うらら茶会」が3月19日。会場が島原城内の島原観光復興記念館。可愛いお人形さんがお待ちしておりますので、お越しください。

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左が、アメリカから島原へ送られてきた時の歓迎式。右が、高田町での歓迎式。
こうやって、送られてきた人形がほとんど廃棄され、戦争の犠牲になったわけですが、平和の大切さをもう一度考えなければと思います。

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3月10日、病院帰りに「島原芝桜公園」に寄ってみたら、まだこの状態で、3月8日の長崎新聞によれば、3月28日がオープニングセレモニーで、大丈夫かいなと思って、以前の写真を見ると、大体4月中旬から下旬くらいが見ごろなようでした。

トラックで整地した跡が見えますから、今からボランティアさんで植え付けをするものと思います。

今年は、「ポピー」も参加するみたいで新聞には、「今年は菜の花が1000万本、しだれ桜20本、ソメイヨシノ200本に芝桜3万本、ポピー500万本が、まるでリレーをするかのように花を咲かせる。」と書いてありますから、また、4月の中旬にでも来ることに。あまり、心配しないで良いようですね。

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2017年3月13日 (月)

「ビッグコミック スピリッツ15(3月27日)号)」~防災を考える

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以前から書いているように、雑誌の「ビッグコミック」系統の本は、未だもって全部読んでいます。今週号の「スピリッツ」に、とじ込み付録が付いており、この手の雑誌のとじ込み付録といえば、あの方面の事が多いのですが、今回は、開けてビックリ、防災に関する付録で、中を読めば、真面目も真面目。

しかも、最初と最後に同じものが付いています。違うといえば、「わたしのための」と「大切なあなたへの」で、これ、明日のホワイトデーにプレゼントすると、感激されると思うのですが。


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「災害は忘れたころにやって来る」とは、よく言われますが最近は災害が多くなってきたようで、この付録によると、1995年の阪神・淡路大震災以降、国内で20人以上の死者・行方不明者を出した自然災害が21件。

最大の災害が、ご存じのように、「東日本大震災」、2万2062人。次が、「阪神・淡路大震災」、6437名。

前にも書きましたが、島原半島付近、数十年前に大きな地震があり、ちょうど私が料理をしていた時で、ビックリしました。とにかく、火を消して、さて、机の下にもぐったものか、外へ出た方が良いか、迷いましが、やはり、準備、心構えはしておくのが必要かと。

中身は、前書きに書いてあるように、シンプルなもので、「でも、いきなりたくさんのことをやろうとしたって誰しもできないもの。
それより最低限コレだけは押さえておこうってポイントをきちんと知ってることが大事だと思います。」ということです。

被災直後の、ワン、ツー、スリー。「ワン」が「靴を履こう」ですが、考えれば、室内といっても、ガラスなどが散乱し足の踏み場がなくなることもあり、「足の裏をケガすると、人間は機動力と精神的スタミナが激減します。」ということだそうですが、「靴を履く」ところまでは、事前には思いつきませんね。


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災害時はライフラインが寸断され、「水」がなくなるのが一番困ります。

「飲まず食わずで人が生きられる目安は、72時間と言われている。」ということですが、水は成人一人1日3㍑が必要で、1週間で21㍑。「まずは、なにも考えずに2㍑入りのペットボトル1ダースを買う。1本からっぽになったら、1本買い足す。このサイクルを習慣づけることからめじめよう。」と具体的に書いてあります。

なお、水洗便所の水も出ませんから、その対処法も書いてあります。


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その他、「まずは”最初の72時間”を乗り切ろう!」、「(地震発生)第一波がきたら・・・まず頭を守ろう。」、「二次災害に気をつけろ」、「もしケガをしたら」、「次にやるのは情報入手だ!!」、これには、「裏技!三角連絡法」など、なるほどの方法が紹介してあります。「これだけは揃えておきたい防災グッズ図鑑」等々、具体的に書いてあります。

「自分の所は大丈夫だろう。」と思うのは人間の心情でしょうが、地震、台風、火山噴火、大雪、津波など、いつ被災するかわかりません。一回は目を通しておきたい付録です。




2017年3月12日 (日)

萬歳山本経寺★大村家墓所~「ばんざい」か「まんざい」か

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大村家墓所の入口になります。「日本最古の犬の墓」という事で昨日書きましたが、この墓所、実にいろいろな墓の形が見られます。

下は、五輪塔が二つ入っていますが、説明版によれば、片方が「十六代・純伊(すみこれ)公」、もう一つが、「十九代・喜前(よしあき)公」。

実は、藩主としては「喜前公」が、大村藩の初代藩主になるわけですが、昨日の「義犬華丸ものがたり」によれば、大村家の系図(中世末期以降)として

(諸説あって不明)→純治(すみはる)→純伊(すみこれ)→純前(すみあき)→
純忠(すみただ)→初代藩主・喜前(以下略)、となってなます。

純忠はキリシタン大名でしたが、この墓所には墓はなく、というより良く分からないようで、「大村史談上巻」によれば、「純忠公は宝性寺に葬られ、草場に移され、のち本経寺に移されたはずであるが、なお不明である。」と書かれてあり、なお、「大村純忠伝(松田毅一著)」によれば、「当時既にキリシタン宗門は邪教として排斥されていたし、爾来二世紀に亘る迫害を思うならば、純忠の遺骸が鄭重に取り扱われた筈がなく、今日、大村家歴代の廟として併祀されるに留まっていることは当然のことと言うべきであろう。
本経寺の過去帳には『天正十五丁亥五月十八日(四月十七日の誤)十八代純忠公円通院殿前戸部侍即理仙日融大居士』とある。」とあります。

なお、純忠公はキリシタンでしたが、次代の喜前公は棄教をしキリシタンを厳しく取り締まっています。


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「純昌(すみよし)公」の墓所ですが、「石霊屋」です。もちろん石造りで、後で写真を撮った説明版を読むと、「内部格子天井には金箔を押した跡が残っている」と書かれ、これ、見落としました。もっとも、一人じゃこの中、入りにくいですよね。



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建物横には、下のようにびっしりと文字が刻まれていました。

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説明版には、「クルス灯篭」としてあり、第二十二代純長公七男次郎太郎としてありますが、亡くなったのが萬冶二年六月二十一日で、前年に、郡崩れといわれるキリシタン事件が収まったばかりで、疑の残るような物がその時期に作られたとは思われない、との意味が書いてありました。

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「継ぎ墓」といわれるもので、二十二代純長公の息女、おまし様の墓。生駒信興に嫁すも二十二歳にして病死。墓が婚家にはなく、実家の大村家にあるのも謎。
「恐らくは病弱の故を以て離別して、大村家江戸藩邸にて病を養い、没したる故か・・・。」

さて、墓の笠の下の右上方を見てください。


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なぜか、棹石の上方の角に継があるので、「継ぎ墓」と言っているそうですが、なぜかは、謎だそうです。

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さて、今日の本論です。左が「二十代・純頼公」(説明版には二十代と書いてありますが、藩主としては二代目になります)の墓。右が次代の「純信公」の墓。

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「純頼公」は、父喜前公の家督を継ぐも六年、二十八歳、元和五年十一月忽然として、死去します。この時、残された、「純信公」、幼名「松千代君」、御年三歳(説明版では二歳、「大村郷村記」では三歳)。

「・・・生母も松千代君の正式の届け出がしてなかった為に法度により大村藩は断絶せんとす。忠臣大村彦右ヱ門、四方に画策し、誠忠以て幕閣を動かし、ついに松千代君の跡目相続を取りつく、これより後、藩主に息あらば嫡子ならずとも届けにより相続が許さるることになる。」と説明板には書いてあります。

さて、これを喜んだのが家臣、「大村郷村記」に次のように書いてあります。

「此時、一族家士悉詣拜純頼廟而異口同音唱萬歳、從是後祝之改號萬歳山云々」

大村藩ではキリシタンを取り入れたため、40の寺院と17の神社が焼かれたそうですが、この時、本経寺の場所には、「普門坊」のちの「日蔵坊」というお堂が建っていたそうですが、もちろん焼き打ちにあい、「耶蘇(やそ)大寺」が建てられ、領内には87の教会があったといわれています。

禁教時代、寺院が再興されますが、この時の山号が「法性山本経寺」。で、上に書いたように、松千代君相続の報を聞き、純頼公の墓の前で「萬歳」を叫んだので以後「萬歳山」に改称。ということなのですが、この、「萬歳」に少し引っ掛かりを持ち。

現在の「バンザイ」は「万歳三唱」で、使われたのが明治22年、憲法発布式典で東京帝大の教授、学生が行ったのが始めと言われています。

で、この「萬歳山」は「バンザイ」ではなく「マンザイ」(今の漫才ではなく、昔、正月などにその年の繁栄を祝って言葉を述べ、踊り歩くということ、祝いの時に踊ったりすること)ではないかと思い、ちょうどお寺の方がおられたので聞いてみたら、「ばんざいさん、ということで、昔から伝えられております」とのこと。

で、私はしつっこので、古語辞典とか「時代別国語大辞典」などを調べたのですが、「ばんざい」は載ってなく、いろいろ本を引っ張り出してみると、「考証要集(大森洋平著)」に「有職故実(石村貞吉著)」に載っているとのことで調べてみると

「即位」のところに、「儀式の書には、音謁(おんえつ)と注してあるので、万歳を唱えるというのは、今のように、『ばんざい』と唱えたのではなく、恐らく「えいーっ」と叫んだものであろうといわれている。」ということで、多分、大村家の家臣は、純頼公の墓前で、「ばんざい」ではなく、大声で「えいーっ」と声を上げ喜んだものと思った次第です。

なお、お寺の山号については、どの辞書にも、「ばんざい」は見つからないので、「まんざいさん」と思うのですが、お寺の方が「ばんざいさん」と言われるし、「大村郷村記」にも「萬歳」とあるので、それでも良いかと思うのでありましたが、これが「ばんざい」と読むならば、明治22年の「万歳」説は書き換えが必要かとも思うのですが・・・


(参考・文引用:「有職故実・石村貞吉著」「大村郷村記」「大村史話」、「考証要   集・大森洋平著」説明版より)



 



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