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2017年3月5日 - 2017年3月11日

2017年3月11日 (土)

「日本最古の犬の墓(史実)」~大村市本経寺

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この犬の名は、「華丸」と言います。墓は大村藩主の墓所の中にあります。藩主の墓所の中に、犬の墓があるのは非常に珍しいかと思います。

この墓所は大村の本経寺の中にありますが、墓所は「国指定史跡」になります。
説明版に書いてある通り、普通、藩主の墓といえば、大体同じ形ですが、この墓所の墓、まさにバラバラの作り。


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五輪の塔あり、石霊室(いしたまや)あり、宝塔あり、笠塔婆(かさとうば)ありで、しかも、デカい。

大村藩は一時、キリシタンの藩であり、禁教時代になりキリシタンではないことを表わすためだと考えられています。


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ここを訪れたのは、下の本が図書館にあり、なかなか面白かったからです(病院通いもありましたが)。

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墓所の入口のすぐ左手に、「義犬華丸」の顕彰記念碑(顕彰墓碑と石像)があります。裏から見ると墓碑には何やら書いてありますが。

この顕彰碑は義犬華丸365回忌(なんとなく中途半端ですが・・・・)に作られたそうです。平成27年ですから、昨年になります。

「子供から大人まで多くの皆様に触って貰えるように、表面はツルツルで滑らかになっています。」という事で、私もナデナデしてきましたが、ワンとも言わず、おとなしく、可愛い犬でした。


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墓の場所が少し分かりにくいのですが、墓所に入って左側に見上げるような、3代藩主純信公の墓碑があり、この墓碑の少し左側にあります。右が「華丸」の墓ですが・・・

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文字が彫ってありますが、この彫ってある文章は読んでみると、記念碑の墓碑の裏側に書いてある文章と同じでした。ただ、高さが違うので、改行の部分が違っています。で、この文章になぜ「華丸」が「義犬」と呼ばれ、大村藩主の墓所に祀られたかが書いてあります。

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本から要約すると

大村藩三代藩主大村純信の幼少期の傅役(守役)で、家老の小佐々市右衛門前親(あきちか)が飼っていた愛犬が、「華丸」。犬種は雄の狆(ちん)。

大村純忠が33歳で急死し、前親がこれを悼み、本経寺で殉死(追い腹)。前親の荼毘(だび)の時、愛犬華丸は主人の死を嘆き悲しんで声を呑み、雨のように涙を流し(犬吞聲泣涙如雨)、主人が焼かれる火に身を投じたそうです。
君主に殉じた前親、そして飼い主に殉じた華丸。それを末永く供養するため、二つの墓が並んで建てられたそうです。

一番上の写真、左が小佐々市衛門前親の墓、寄り添うように建っているのが、「華丸」の墓。

大村家の墓所には、驚くようなものもあり、このお寺は「萬歳山本経寺」といいますが、「萬歳山」の名前には理由があるのですが、近い間にでもご紹介を。

皆様も、近くにお寄りの節はご参拝を。なお、見学の際は「国指定史跡」になりますので、大切にご覧ください。受付を忘れないように。私は忘れていましたが。また、「犬」を連れて境内に入ることはできないそうですからご注意を。


(参考・文引用:説明版及び「義犬華丸ものがたり」より)



2017年3月 9日 (木)

春は名のみの「週刊ポスト」「週刊現代」

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「春は名のみの風の寒さや・・・」と、私の好きな歌がありますが、最近は暖かかったり、寒かったりで、体調が崩れがちです。ということで、「春は名のみの『週刊ポスト』『週刊現代』」です。

■「安倍、『離婚』を考える」

「森友学園」の「名誉学長」問題から、土地価格の問題、教育内容まで、問題がどんどん広がっているようですが、「こんな世間知らずの妻はもういらない」、「歴代在職最年長記録を狙うオレの邪魔をするヤツは、たとえ妻でも許さない」の文字が踊っています。

現役の首相で、「離婚」となると初めてで、歴史に名前が残りますね。「最年長記録」より、こちらの方が面白そう。

■「村上春樹の新刊翻訳前なのに『中国人』が絶賛している理由」

「騎士団長殺し」のことですが、私も読みましたが、週刊ポストに書いてあるように、「早くも読書家たちが『期待通りの傑作』『今回ばかりは駄作』など作品をめぐる議論を広げる・・・・」とありますが、「1Q48」の後半が腰砕けになったように、この作品も後半、どうかなと思いました。

さて、「『中国人』が絶賛している理由」ですが、読まれた方はご存知の通り、「南京虐殺」に触れていますが、「中国人死者の数を四十万人というのもいれば、十万人というものもいます・・・」と、この「四十万説」に言及したことが、「絶賛の理由」だそうですが、なんか、ピントしないような。

■「メディアはなぜ、こんなに信用されないのか」

トランプさんはメディア批判をしていますが、かって日本の某首相が退陣するとき記者会見で、「新聞は出ていけ」と言い、新聞記者は一斉に会場から出ていき、テレビのみの前で会見をしましたが、今、こんな気骨がある新聞記者がいるのかな?


「・・・彼らは、朝日新聞社たるエリートの自分たちは、他人を批判したり糾弾したりする資格があると思い込んでいる。そんな思い上がりが読者には見透かされているのですが、それに気づいていない」ということですが、朝日新聞に限りません。ネット時代、よほど気合を入れないと、既成メディアは下降の一途になるでしょう。

■「安倍首相と記者クラブ『赤飯(赤坂飯店)の夜』全真相」

Twitterで、「いま、まさにこの現在、安倍は赤坂飯店に各社のキャップを呼んで、『森友のことを書くな』との圧力をかけとる・・・」ということで、「赤飯」の前で、一般市民が集まって、スマホ、デジカメで写真を撮ったそうです。

「新聞が反権力で動かないのはみっともない状況。現場の記者まで、『政権批判ありきで記事をつくるのはどうか』と平気で言う。新聞社内に反権力はダサイとい考えるカルチャーができてしまった。・・・・・」ということだそうですが、これでは、「メディアはなぜ、こんなに信用されないのか」というのも、lごく自然な事です。

■「森友学園と関係の深い自民党の先生の名前明かします」

籠池理事長さん、支離滅裂なことしているようですが、安倍首相、稲田防衛相、山谷議員、中山成淋元文科相などの名前が見えますが、こんなものではないでしょう。

籠池理事長を国会に呼ぶと、何を言うかわからないので、自民党さんビビッているようですが。

■「WBC小久保監督『抑えは松井』に決められない理由」
■「WBC”最弱”小久保ジャパンがペナントレースもぶち壊す!」

本番前の試合から、こりゃ絶望的だなと思いましたが、フタを開ければ2連勝。勝負は、なんといっても、勝った方が勝ちです。

■「『夫のち〇ぽが入らない』問題」

前に書いたように、読みました。まじめな本でした。

よく、結婚したとたん、「子供まだ?」と聞かれることがありますが、あれ言われるとイヤですね。この小説の主人公も、実際にも悩んでいる方がたくさんいます。いろいろな結婚の形があっても良いと思うのですが。

■「効く『目薬』効かない『目薬』」

「効く、効かない」ではなく、目の調子が変だと思ったら、すぐにお医者さんに行くことです。

高校の時、朝から胸がムカムカし吐いて、内科の病院に行ったら、すぐ眼科に行くように言われ、結局、緑内障でした。

なお、目薬の注し方。目をパチパチすることは間違いだそうで、点眼後は目をつぶって、1分ほどじっとしているのが正解だそうです。

■「加護亜衣も長男に命名!古風な『シワシワネーム』が大ブーム」

「宝冠(ていあら)」「希空(のあ)」など、「キラキラネーム」が流行りましたが、最近は、「太郎」「花子」などの昔ながらの名前を付ける親が増えているそうです。これを、「シワシワネーム」というそうです。

人気シワシワネームが、「謙心(けんしん)」「勝俊(かつとし)」「隆将(たかまさ)」「康臣(やすおみ)」「寧々」「絹」だそうですが、これでは、学校で合戦でも起こりそう。

前にも書きましたが、「鈴木一郎」なんて、どう考えても平凡すぎて付けにくい名前ですが、要は本人の生き方次第です。

■「死ぬまで 死ぬほど〇E〇」シリーズ

「オンナの〇欲開花宣言」。熟女さんとか、現役慶大生、〇イ〇、〇Mのお話、対談など載せてありますが、よく続くな。

■「週現『昭和秘宝館』」

「『鷲尾老人コレクション』のさらなる深淵」ということで、昭和ノスタルジックな写真が載せてあります。私もいろいろ持っていたのですが、子供が大きくなったので全部処分しましたが、あれ、惜しかったな。


2017年3月 7日 (火)

便所の話など~滝沢馬琴の汲み取り騒動

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昨日、「便所の話など~学校に洋式水洗トイレは必要か」という事で書きましたが、その折、上の2冊を参考に読んでみました。便所の歴史、文化、経済等の事が書いてありますが、「江戸の糞尿学」の中で、滝沢馬琴に関する事が書いてあり、少し面白かったのでご紹介を。

なお、「江戸の糞尿学」の表紙。黒で塗りつぶした部分がありますが、本物はモロ書いてありますので、ご興味ある方はご購読ください。なお、本文中にもこれ以上の絵が各種載せてあります。

滝沢馬琴(曲亭馬琴)といえば、教科書にも出ており、「南総里見八犬伝」、「椿説弓張月」が代表作になります。

「江戸の糞尿学」を書き写すと長くなるので、概略。

時は天保二年七月十八日。下掃除人(便所の汲み取りをする下掃除人)の農民が、汲み取りの謝礼として、自分が作った茄子(なす)250個を持参。

現在は汲み取りをしてもらうと料金を払いますが、当時は畑の肥料とするので逆に料金をもらっていました。以前、寺子屋の授業料を銭で払ったり、農作物で払ったりということを書きましたが、この場合は農作物だったのでしょう。対応したのは、息子の妻のお路。

で、茄子の数を聞かされた馬琴、「五十個不足しているのではないか。」

下掃除人の農民は、「ひとりに付き五十個の約束ですから、五人で二百五十個です」

馬琴、「いや、我が家は子供ふたりを入れて七名じゃ。子供ふたりを大人一人に勘定して、六名。茄子の数は三百個のはず。」

この時、馬琴世帯は、
☆馬琴、六十五歳
☆お百(妻)、六十八歳
☆宗伯(息子)、三十五歳
☆お路(宗伯の妻)、二十六歳
☆太郎(宗伯とお路の息子、馬琴の孫)、四歳
☆おつぎ(宗伯とお路の息子、馬琴の孫)、二歳
☆仕込みの下女おまき、三十五歳

下掃除人、「十五歳以下は人数に入れませぬ。ですから、大人は五人で二百五十個です」

馬琴、「いや、前回、前の下掃除の者は、干大根を三百個持ってきたぞ、そのことは知っておるのか。では次の干大根は何個持参するつもりか」

下掃除人、「これまでのいきさつは知りませぬ。ですから、大人五人で二百五十個をお持ちするつもりです。」

馬琴、「そのほうは今回が初めてなので、いきさつを知らぬかもしれないが、五人という計算はとうてい納得できぬ。そんな理屈に合わない茄子は受け取れぬので、すべて持ち帰れ」
ということで、茄子はすべて持ち帰させられたそうです。

馬琴の几帳面で、頑固さがわかる話です。でも、茄子を200個も250個も受け取ってどうすんでしょう?干大根なら漬物にして、わかるのですが・・・

なお、喜永元年六月六日

「おさち(馬琴の孫娘十六才)、蚘虫(ゆうちゅう)丸の功ニて、折々一ツ二ツ、下り候所、今日は二寸許(ばかり)の小蚘虫数不知(かずしれず)多く下り候由也」とあり・・・

「蚘虫は回虫のこと。滝沢馬琴の孫娘で十六歳のおさちは、虫下しを飲んだ結果、このところ毎日のように肛門から回虫が一匹、二匹と下っていたが、今日は六センチくらいの小さな回虫が肛門から数えきれないくらい、ぞろぞろと出た、と。」いうことです。

私たちの小学校の頃も回虫の検査があり、マッチ箱にウンチを入れて学校に持って行ったものです。私も、虫下しを飲んだら、うどんくらいの大きさで、30㎝くらいの回虫が肛門から(肛門からしか出ませんが)出てきたことがあります。人糞を肥料にしていたので、あたりまえでしょうが、今では考えられないことです。

上の2冊、そのほか面白い事が書いてありますので、興味ある方はご一読を。
右の本の表紙写真は、座敷便所です。こんなところで、でるのかな?

(文引用:「江戸の糞尿学」より)



便所の話など~学校に「洋式水洗トイレ」は必要か

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今日は多少、気分を悪くする写真(個人によって違います)がありますので、このような方はパスしてください。

トイレ、日本語で言うと、便所、厠、雪隠、隠しどころ、言い方はいろいろありますが、なんと重要文化財の便所建築があるとか。

指定箇所が、「東福町東司(とうす)」「輪王寺大猷院(たいゆういん)霊廟西浄」「酬恩庵東司(とうす)」「中村家住宅ふーる」「旧笹川家住宅外便所」「京都市東山区本町」「栃木県日光市山内」「京都府綴喜郡田辺町薪」「沖縄県中頭郡北中城村」「新潟県西蒲原郡味方村」(物語ものの日本史★便所の話~山田幸一監修・谷直樹・遠州敦子著)ですから、便所といってもバカにしたものではありませんが、多分ここでは用は足せないでしょう。

便所というと何となく暗く、汚いイメージでしたが、今やスイートルーム並みで時代の進歩の速さを感じます。

以前、洋式便所しか使ったことがない子が、和式便所に入り、前後逆に座ったという笑い話がありましたが、考えてみれば洋式便所がはやり始めたころ、使い方が分からず便座の上に上がって、しゃがんでウンチをしたという話がありましたが、同じような事です。

で、子供の行動を考えてみたら、生まれてから左の洋式便所しか使ったことがないなら、洋式便所は入って「回れ右」をlしなければならないわけで、和式便所の使い方が分からなければ、思わず「回れ右」をして、逆向きに座ることになるわけで、ごく自然なことことです。


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扉が横についている洋式便所も、入って(扉が左についているか、右についているかで違いますが)「左向け左」か「右向け右」をしなければならないわけで、この習慣がついていると、和式便所に入っても「右向け右」か「左向け左」なって、これも、逆向きに座るようになります。

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で、比較のために昔の水洗便所がなかった頃の便所を探しました。ばってん、他人の家に入って、「お宅の便所を見せてください」というわけにはいかず、「公衆便所」を見に行ったら、ほとんど水洗便所。捜すこと数十か所、やっと一か所ありました。

右の写真はなるだけ見ないように。特に、お食事中の方は。見ましたね・・・夢に出ますよ。でも、懐かしいですね。臭いもモロです。

私は、小学校の時から(昭和30年)県営アパートに入り、もちろん水洗便所。昭和43年だったか上京して、高級住宅地の成城学園の近くに間借りしましたが、これが、この便所。

この便所は、便槽がウンチとオシッコが一緒に入りますから、比重の法則で重いものが下、軽いものが上に浮かぶわけで、必然的にオシッコが上に浮かぶわけですが、硬いものを落とすと、お汁が上に飛んでお尻にペッタと付くわけでこれを「おつり」と呼んでいました。「お釣り」の事です。イヤでしたね。経験ない方は、想像してみてください。

この便所の正式名称を学芸員の方に聞くと、名前はついていないということで、一応「おつり式便所」と呼ぶことにします。

余談ですが、今は化学肥料を使いますが、昔はこれをくみ取って、畑の穴に入れておき熟成・発酵させ肥料に使っていました。人間が食べる→ウンチになる→肥料になって野菜が育つ→人間が食べる、という循環システムが整っていたわけです。

もう一つ余談ながら、江戸時代、「大家」は長屋の持ち主でなく、地主に雇われた長屋の管理人であったそうですが、店子の付け届け、農民が支払う共同便所の汲み取り料が大きな収入で「守貞謾稿」によると

「大家の身分は株になっていて、金銭で売買されていた。株の値段は二十~三十両。
およそ百両の株の大家だと、地主から支給される手当が年に二十両、余得が十両、糞代(くみ取り代)が十両で、だいたい三~四十両の年収」であったそうで、ウンチの価格がいかに高かったがわかります。


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次に出たのが、この「簡易式水洗トイレ」。黒い穴を目がけてウンチをしますが、これは黒い部分が「弁」になっており、重いものが乗るとカッパと開き下に落ちていき、すぐにスプリングの作用で閉まり、「おつり」は防げます。便宜上「おつりイヤ式便所」と呼びます。したあと、少し水を流します。

さて、この優れているところは黒い丸いところに水が溜まること。いわば「水の膜」ができるわけで、これで、便槽からの臭いが防げるという優れものです。


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さて、本論に入りますが、金曜日の長崎新聞で、佐世保市(横道に入りますが、「サセボ」か「サセホ」か聞かれますが、「サセホ」と「サセボ」の「ボ」と「ホ」のシャレで、「ホボ(ほぼ)同じ」という方がいますが、濁点があるのと、ないのは大違いで、「私、ためになる人」、「あなた、だめになる人」)の学校では洋式トイレが24.4%、全国平均が43.3%で増やそうというもので、理由として「背景には家庭や公共施設での洋式が一般化されたことがあり、学校や保護者などから改善を求める声が上がっていた。」「家庭などに和式トイレがないため、トイレトレーニングが必要だったという。」ということです。

なお、数か月前にも同様な記事が載っており、これには災害時、学校が避難所になり、高齢者には洋式トイレが楽なので、学校トイレは洋式に、といった感じでも書いてありました。

さて、「トイレトレーニング」とは、普通は、おむつを取り、一般のトイレを自分で使うためのトレーニングで、小学校に入る子供がおむつをしてくるのでしょうか、ここは、「トイレトレーニング」ではなく、「和式トイレの使い方」でしょう、長崎新聞さん。

ここで疑問なのが、学校で箸の持ち方から、トイレの使い方まで教えることがあるのかということ。最近、当然、家で教えるべきことを学校に押し付けている感じがします。


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災害時のことですが、洋式トイレにするといってもライフラインが確保できないとき、水はどうするんでしょう。

テレビでやっていた、途上国用のトイレ。安くて済み、少ない水ですみます。水洗トイレだと4ℓ以上の水がいるそうです。

たしか、和式便所の上にの便座をかぶせるだけで、洋式トイレにできるものがあったと思います。


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なお、雨水を貯めて、雑用水にも使えるタンクもあります。

現在、運動場開放でトイレも外に作っていますから、災害時に備えて「おつりイヤ式便所」と雨水利用タンク備え付ければいいことです。あとは、災害時に簡易の洋式便座を被せればいいことで。

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なお、子供が学校、家庭だけで暮らすのならいいのですが、遠足に行ったりするときはどうするんでしょう?公園のトイレはほとんど「和式水洗トイレ」でした。「洋式トイレ」でも担いでいくつもりでしょうか。

また、野外音楽祭、イベントには必ず簡易トイレが設置されていますが、これも「和式おつりイヤ式便所」です。

子供がこれを使い切れないから「我慢しなさい」では、かわいそうじゃないですか。ですから、どんな便所でも使い切れるような、たくましい子供を育てることが必要で、かような事から、学校の「洋式トイレ化」には絶対反対するものです。

和式便所の使い方は、子供を公園に連れて行って、保護者の方で教えればすむことです。


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昨年の大腸がん月間の時でしたか、座った真ん前にポスターが貼ってあり、トイレットペーパーを見たら、「大腸がんクイズ」が書いてありました。

現在、お尻は水で洗い、温風で乾かすようになっているのもありますが、私の知人で、ウンチのあと、トイレットペーパーで拭いて、まじまじと見たら、少し血が混じっていて病院に行ったら、初期大腸ガンだったそうで一命をとりとめました。

便利な世の中になりましたが、便利すぎるんじゃないかと思う、今日この頃です。


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