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2017年12月30日 (土)

久しぶりに「ピカチュウ」&「橘」氏について

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今年は会えないかと思ったら、今日、出てきました。まだ、クリスマスバージョンですが・・・と思ったら、ビューと、長崎方面に飛んでいきました。

前にも書きましたが、この道は長崎に繋がる街道です。
島原のお殿様は長崎が貿易港であったため、監視のため、この道を通って長崎まで行っています。伊能忠敬も通り、千々石の宮崎庄屋に止宿しています。山頭火も通りました、もっとも宿を頼んだところ、全部断られたそうですが(前にも、書いたかな?)。もっとも、あの姿ではですね。

勝海舟、坂本龍馬一行も通ったことになっています。別に早駆街道というのがあり、そちらを辿ったという説もあります。

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問題は、ここの土手、松林ですが前にも書いたように、島原天草一揆の元凶といわれる、「松倉重政」が作ったものです。

島原半島を収めていたのが有馬一族。有馬晴信が岡本大八事件に巻き込まれ死罪。本当なら、お家没収ですが、晴信の息子の嫁が家康の遠縁だったため、息子は移封はされますが何もなし。あと、少しありますが、カットします。次に来たのが、松倉重政。

松倉重政の性格については、「島原半島史★林銑吉著」に次のように書いてあります。

「重政の人物に就いては諸記に総合するところをみると、如何にも豪放で淡白な資であったらしい、また剽悼で純情な一面も見えるようである。兎に角(とにかく)戦場往来の勇士であるから、相撲豪胆膽な範類の人であったようである。」

重政は最初有馬一族の日野江城に入りますが、交通の便、キリシタンがおおいため、島原に城を築きます。

諸本によれば、すぐに移城したようですが、「島原秘話★渋江鉄郎著」によれば

「新城地として多比良、深江、千々石、小浜と候補地を見て廻ったとき、千々石村に普請采配の技術を備えている人物が居ることを聞いた。そこで、和田四郎左衛門義長に白羽の矢が向けられた。」、和田氏は、中央の戦火を逃れ千々石に来ていたそうです。

和田氏は城ができた折には、「城代」にするといわれますが、城が完成する前に松倉重政は亡くなり、和田氏は、「城代にする」という言葉を忘れず、「城代」姓に改姓します。

なお、千々石に困ったことがないかと問われた時、田畑が潮風にやられ困っておりますと答えたそうですが、ここの土手と松林がなかったら、後ろの田畑はモロ塩害を受けます。上の展望所から見れば、すぐに納得できます。

それを聞き、松倉氏が命じ土手を築き、住民で松を植え現在の形になったそうです。

さて、この和田氏が「橘中佐」の祖先になるわけですが、しつっこい私、墓を調べに行きました。

途中、橘中佐の子孫、現在、橘神社の宮司をされていますが、墓のことを聞いたら、現在の墓は十何代目からの墓で、それ以前のは別の所にあるとかで、場所が良くわからないので、現在の墓所に行ってきました。

写真左が、2,3年前お父様が亡くなられたので新しく作られた墓。「橘」と書いてあります。右が橘中佐のお兄さん、「和田家十三代 橘常葉夫妻之奥津城」と彫ってあります。「奥津城」は神道式の墓に刻まれるもので、浄土真宗で言えば「~居士」といったものです。

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こちらには「城代」と書いてありますが、「城代甚右衛門義孝」の墓だけは「代」が「臺」になっていました。理由があるのか、昔は、当て字などが多かったのか・・・

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ということで、本当に、和田→城代→橘と変わったことが分かります。

「橘」姓は家の系図によるもので、12代目の「城代甚右衛門季隣(すえちか)」氏のときに、「橘」姓に変わったそうですが、「周太(橘中佐)」少年が7歳だった頃だったそうです。

さて、あとは昔の墓所を捜して調べる必要があるのですが、字が摩耗していないかどうかが問題です。

なお、松倉重政の子、松倉勝家については、「鍋島家譜」に次のようにあるそうです。

「松倉長門守者父二不似武を忘れ諸士を不愛女色を好ミ酒尓耽て・・・・」(南串山町古文書研究会「古記録抜書帳」より)

要るに親父と違い、武術を忘れ、臣下を愛することなく、女色と酒におぼれた、ということですが、この後、悪政を行い、キリシタンの取り締まりを厳しくし、「島原・天草一揆」が起こってくるわけです。

最後は、一揆の責任を取らされ、所領没収、斬首刑。切腹は許されず、大名らしからぬ亡くなり方をしています。



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