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2017年3月

2017年3月30日 (木)

しばらく、お休み、時々、顔見せ


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 百代の過客しんがりに猫の子も加藤楸邨


松尾芭蕉、「おくのほそ道」の出だし、「月日は百代(はくたい・はくだい)の過客(かかく・くわかく)にして、・・・・」から想を得たものでしょうが、「百代の過客」と「猫の子」の取り合わせ。ピリッと効いた、「しんがり」。

私の好きな一句ですが、作者の、小さい生き物も「百代の過客」の一員であるという、生命に対する優しい眼差しが感じられます。

さて、私の方もいよいよ、前立腺がん放射線治療の日程が決まり、荷物の準備等に意外と手がかかり、ブログの方も病院に聞いたら、インターネット環境が無いとかで、スマホ、タブレットを使うつもりですが、「しばらく、お休み、時々、顔見せ」になりそうです。準備をしながら、「百代の過客」の意味が、じんわりと理解でできるような感じです。

さて、昨今、前立腺がんが多くなったようで、治療を心配される方がおられると思いますので、実況放送はできないので、文字だけで報告はしたいと思っています。

放射線治療の場合は手術と違い、多少長期になります。

入院については、土曜日、日曜日は治療がないため、帰宅OKだそうです。奥様なり、彼女がおられる方は、着替えなど寄っていただければと思いますので最小限に。

ウチのカミサンはあまり来られないので、洗濯は自分でしてねということで、干し物竿を持たされました。準備品は、病院の案内にも書いてありますので、これでチェックしてください。

病室は大部屋(4~6名)はかなり狭く、荷物は最小限度で。個室はありますが申し込んでも、あまり期待しないほうが良いかも。酒類はもちろん×です。タバコはOKみたいですが、敷地内禁煙ですからこれを機会に

先生が言うように、放射線治療の時間は短く、あとはやることがないので、「退屈するよ」との事で、私も車で通院もできるのですが、この機会にじっくり読みたい本があるので、入院することにしましたが、そうでない方は、通院できる距離であれば、通院のほうが良いかとは思います。ひょっとすると、私もずらかるかも、ですが・・・

ちなみに、最先端医療機器がある鳥栖まで、諫早から通う方がおられるそうですが。

ということで、時々は顔見せをしますので、お暇なら来てよね 




2017年3月28日 (火)

「文庫解説ワンダーランド」★斎藤美奈子著~本の読み方が変わる本!

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「文庫本の解説」の「解説」とは面白いことを考えたもので、最初の「序文」の出だし、「文庫本の巻末についている『解説』はなんのためにあるのだろう。」
「あとがき」の出だしが、「文庫本の巻末についている『解説』は誰のためにあるのだろう。」

という事ですが、小説等を読んだあと解説を読み、「あ~、こんな本だったのか」と思う事もあり、特に難しい本はですね。要するに、本自体ではなく解説者の考えに影響を受けてしまう事も多いものです。

この本は、文庫本の解説について評論をしたもので、作者と解説者の関係、時代とともに変わる解説等々について述べてありますが、読んでみて、ナルホドの本でした。

時には、ばっさり切ったり、ユーモアを交えたり、なるほどと納得したり。
オスカーワイルドの、「幸福な王子」について次のように書いています。

”実際、文庫解説の中には、それまでの作品の読み方を一変させてしまうものがある。私が完全に『やられた!』と感じたのは『ゲイ短編小説集』(平凡社ライブラリー/1999)に寄せられた監訳者・大橋洋一の解説だった。
19世紀末~20世紀前半の作品を中心に〈英米系のゲイ文学として定評のあるもの〉を集めたこの短編集には、ゲイ(男性同性愛)を描いた小説として、たとえばオスカー・ワイルド『幸福な王子』(1888)が収録されている。・・・・”

と、まあ、なんで「幸福な王子」が「ゲイ」の小説になるんでしょう、と、ここは読んでください。

最初は、夏目漱石の「坊ちゃん」から始まりますが、「坊っちゃん」の解説に対する批評は、「坊っちゃん」が単純に勧善懲悪の小説でないことが分かります。
その反対の解説も紹介してありますが、考えると、意外と難しいですね。

川端康成の「雪国」にの解説については、「三島由紀夫や伊藤整のようなタルい評論は、今日の文学批評界ではほとんど目にしなくなった(そうでもないか)。」

ハムレットについては、「戯曲の解説は英文学ではなく演劇的な視点で書いた方が絶対面白い。」としながら、如月小春の「鑑賞」をとりあげ、ベルイマン演出の舞台を紹介しつつ、〈世界中のどこの街角にもいる、将来への希望を見失い、愛情に飢えた若者たちと重なりあうような、一人のナイーブな青年の姿だ。〉〈この出来事を、今の時代の若者に置き換えて想像してみて欲しい、立派な父と優しい母に育てられ、幸せに暮らしていた素直で感じやすい青年がいたとして、ある日突然父が死に、母は大嫌いな叔父と結婚してしまったとしたら!〉〈おちこむ、ふてくだれる、反抗する、それ以外どんな道があるのだろう!〉

と、こう解説されると、高尚なシャークスピアの演劇も、身近に感じられものです。

さらに、松本清張、赤川次郎等も取り上げられますが、村上龍(余談ですが、長崎の県立図書館を始め県下ほとんどの図書館で、「村上龍」と「村上竜」と混在しています。県立図書館に注意したところ。「人間と、予算がなくて・・・・」という事で、はやり長崎県は活字文化を大切にしない、非文化県ですね。力を入れるのは、金になる文化遺産登録ばかりで・・・・と長々不満を申しましたが)の解説は多いものの、「村上春樹作品の文庫には、なぜかいっさい解説がついてない。・・・」という事で、ここ、もう少し、突っ込んで書いてほしかったな。もっとも、解説の解説本で、解説が無いことには書けませんが・・・・

とにかく、読んで面白く、小説の読み方が変わってきます。
なお、取り上げてある小説が多いので、裏帯に取り上げた主な作品が載せてあったので。


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「ほか多数!」です!!



2017年3月27日 (月)

2017 「観櫻火宴(かんおうかえん)」~雲仙市千々石町

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先週の土曜日、恒例の「観櫻花宴」が開催されました。天気が不安定で心配されたのですが、無事実施。

最近は、外人さんの参加、見学が多く国際的になりました。左の親子の方、あちらこちらで、写真のモデルに引っ張りだこ。


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武者の勢ぞろいですが、自前の鎧、兜で参加された方もかあったとか。

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稚児武者の最強軍団。手にするのはスポーツチャンバラの刀。叩かれると結構痛いですよ。対する極悪軍団。

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福石様も武者と取り合わせると、絵になりますね。

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「御神楽」。中学校の吹奏楽部ですが、現3年生が抜け、2年生の部員が0名、1年生4名で頑張っています。新年度に部員が入ると良いのですが、とにかく、入学生も少なくて・・・

右は、今年中学生の「元服立志式」(希望者)。自分の名前と、希望などを発表します。願いが叶えればいいのですが。


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天正少年遣欧使節の寸劇、最近その一員、千々石ミゲルと思われる墓の調査があっていますが、何か手がかりがあれば良いのですが・・・もちろん、千々石ミゲルは千々石町出身です。

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「肥前千々石鉄砲隊」の皆さん。空砲ながら、火花と煙が凄いのが分かると思います。

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皆さん良いカメラをお持ちで。お母様はスマホ。

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鉄砲隊の演武の後、一番上の出発になりますが、花を添えたのが、多分、上塩浜の皆さんのキャンドルでしょう。昨年は、少なかったのですが、今年は、これでもか!という感じで浜一杯に並んで、準備して火をつけるのも大変だったと思いますが、見事なものでした。

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で、一回り先に橘公園に行ってみたら、露店は結構にぎわい、花見の方もボチボチでしたが、桜はまだまだでした。

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この後、松明行列は商店街を通り、橘神社の大鳥居くぐりですが、何せ、カメラマンやTV局やら見物の方が多く、うまい具合に写真は撮れまでした。


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役員、消防団の方は大変だったと思いますが、また来年を楽しみにしています!




2017年3月25日 (土)

十三仏~その弐(で終了)

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さて、昨日は「十三仏」について説明をしました。今日は、この板碑に書いてある文字の事です。一番上の方、右側に「奉彫」、左側に「十三佛」。写真でも多少見えるかと思います。

で、この板碑の左右の枠の所に文字が彫ってあるのですが、良く分かるところ、苔、風化などで分からない所があり、左側「平頼實」は分かると思います。右側の最初の文字「者」は分かりますが、下がほとんど分からない。

あちらこちら本を探すと、この文字を読んだ方が2,3人いて、書いてありましたが、微妙に違う所があり、実物を確認しながら、大体こんなところかなというのが下の文字(「奉彫」と「十三佛」は省きます)。

右側
「右志趣者為預修願在安全後生善処良因者也」

左側。
「明応十年辛酉林鐘上潮悉日 治部少輔平頼実敬白」

という事になるのですが、右の「右志趣者為預修」ですから「みぎこころざしのおもむきはよしゅうのため」でしょう、多分。

ここで、「預修」が出てきますが、手っ取り早く、ネットで調べると"世界大百科事典内の預修の言及"として、「生前に逆(あらかじ)め自己の死後の冥福を祈って仏事を営むことをいう。〈逆〉は〈預〉と同義で預(よ)修ともいう。」

と書いてあり、返って縁起がいいという事で、今も死ぬ前に葬式をあげたり、自分の墓を作ったりする方がありますが、この板碑は生前に作られた、生前供養の碑だということが分かります。なお、下記に書いているように、明応時代前後は激動の時代で、いつ死ぬかわからないので、前もって逆修をしたのかもしれません。

なお、「願在安全後生善処良因者也」が良く分かりませんが、多分「在安全後生善処良因を願う者なり」かと思います。

なお、参考にした本が、当用漢字で書いてあり、本来は旧字で書いてあります。当たり前ですが・・・

さて、左側「明応十年辛酉林鐘上潮悉日 治部少輔平頼実敬白」

「明応十年辛酉
(1501・文亀元年にあたります)」この年は「辛(かのと)酉(とり)」です。今から516年ほど前になます。

「応仁の乱」が応仁元年(1467)から文明9年(1477)。「明応の政変」が明応2年(1493)。織田信長が生まれたのが、天文3年(1534)ですから、明応10年というと、戦国時代の初めにあたります。

千々石も田舎なれど、「北肥戦誌(九州治乱記)」などを読むと、南北朝時代に北朝側が千々石を拠点とし、有明海側の南朝の西郷氏、神代氏、諫早の宇木(宇喜)城等と戦い、竜造寺も千々石に押し入り、また、有馬氏とも手を結び、「国乗遺文」を読むと、「・・・千々石主計ト称ス千々石ニ務ス、其子淡路(注;千々石淡路)嗣ナク晴純公(注;有馬晴純)御三男ヲ以テ養子トナス是ヲ右衛門直員(なおかず)ト云・・・・」などとも書かれ、千々石は、結構、戦の拠点だったことが伺えます。

「林鐘」は「陰暦6月の異称」、「上潮」は、そのまま「あげしお」、「悉日」はよく、鳥居などに、「三月吉日」などと書かれている、「吉日」のような感じにあたるのではないかと思います。辞書等には載ってませんでした。

「治部少輔」は、平安時代の官職名で、「冶部省」に属し、「・・・雅楽、僧尼、山稜、および外交のことをも掌り、雅楽・玄蕃・諸稜の三寮をしたのである。」という役所であり、「少輔」は「従五位下」であり、この位以上のものを持つものが貴族とされています(新訂 官職要解~和田英松著・所功校訂:講談社学術文庫)。

この時代、貴族の官位なども崩れており、専門の方に聞いたら、自分に重きをなすため、自分でつけたのではないかと・・・

次に、「平頼實」で、こちら方面の本を調べたら、「平」姓なるものはあまり見当たらず、「肥前有馬一族(外山幹夫著・新人物往来社)」にだけ載せてあり、「有間氏が平氏を用いていることは、平安末の在地領主として、平家に服さざるを得なかったことによるものであろう。」と記され、ここのところ、もう少し調べないとよく分かりません。

以上延々と書いてきましたが、間違い、お気づきの点はコメントにてお知らせください。


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実はこの家、家主さんが変わってリニューアルしているのですが、建っている時は普通の家でしたが、外壁を取り除くと、意外と大きな棟木で普通の家とは違うな、という感じでした。

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ここの近所の方から、あの石碑は前に住んでいる人が持ってきたとか、大門橋の近くから持ってきたという話は聞いていたのですが、80年ばかり前、こちらへ移って来たという方から話を聞いたら、次のような話でした。

この建物は百年ほど前、千々石の小倉地区からそのまま持ってきた家で、その時、石碑も一緒に持ってきたとの事でした。

小倉地区方面、以前にブログで紹介しましたが、阿弥陀寺という寺があった所ですが(いまはまったくありません)、畑を耕すと五輪の塔が多く出てきています。

なお、ここから数百メートルの所に「大門(だいもん)橋」があり、「だいもん」といえば、「おおもん」のことで「大手門」に通じるところがあり、こちら方面に、釜蓋城の大手門があったとも考えられます。

これも、以前書きましたが、「伊能忠敬測量日記」に「字白津右に釜蓋城千々石大和守古城 字阿弥陀寺」と書いてあります。

この地域が、他の所と多少違うな、と感じられる話です。

話を石碑に戻すと、この石碑、なんと小さな川に橋として架けられていたそうです。いまでは、罰当たりが!と言われそうですが、廃仏毀釈の時代、顔を削がれ、橋代わりにすることを、なんとも思わなかった時代の姿が伺われます。

それで、家を移す時、もったいないからと、一緒に持ってきたらしいのです。

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以上書いてきたように、この石碑は、3人の話が合致することから、最初からこの場所にあったのではないことが分かると思います。

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説明版、その他の本にも、寺の中心部に十三仏が最初から建てられているように書いてありますが、良く調べること、大切ですね。




2017年3月24日 (金)

十三仏~その壱

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十三仏です。
個人の家の中にあるので、少し、曖昧に書くところがありますが・・・・

十三仏とは、十三参り(十三詣り)にも関係しているらしく、ウイキペディアで見ると、空海などにも関係しているらしいのですが・・・。

1歳から13歳まで、菩薩さんにお参りをし、これらの十三仏が死後の閻魔の裁きに亡者の弁護をしてくれると信じていた、ということらしいのですが。(日本のほとけさまに甘える~大江吉秀・東邦出版)

「日本大辞典 第十巻(小学館発行)」によると「仏語。亡者の法事を修する初七日から三十三回忌まで十三回の追善供養に、本尊とする十三の仏と菩薩」ということですが・・・

・初七日~不動明王 ・二七日(にじゅうななにち、ではなく、ふたなぬか) ・三七日~文殊菩薩 ・四七日~普賢菩薩 ・五七日~地蔵菩薩 ・六七日~弥勒菩薩 ・七七日~薬師如来 ・百ヵ日~観世音菩薩 ・一周忌~勢至菩薩 ・三回忌~阿弥陀仏如来 ・七回忌~阿閦如来 ・十三回忌~大日如来 ・三十三回忌~虚空蔵菩薩 

ということで、十三の仏様になり、一番上の写真、一番上に仏さまが一つ、あと、各段に三つの仏様。これが四段に彫ってあり、合計十三の仏さまになります。



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ところが、顔がほとんど潰されています。多分、神仏分離令に伴う、「廃仏毀釈」の影響だと思われます。

横道に逸れますが、よく見ると、黄色の丸印、細かい工作がなされています。


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この廃仏毀釈は、他のお寺、神社の中の地蔵様にもよく見られます。左は、諫早市の神社の六地蔵さん。お顔が削られています。右は、お寺の六地蔵で見かけたものですが、首が折られ、後で補修された跡があります。


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この、十三仏には文字が彫ってあり、なかなか意味深なところがあり、また、この板碑についても、信じられないようなエピソードがあるのですが、眠たいので又明日。



2017年3月23日 (木)

3月23日号の「週刊文春」「週刊新潮」

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連休のせいか、学校も春休みのせいか、いつもの、お色気ムンムンの週刊誌もお休みで、「週刊新潮」と「週刊文春」が並んでいて、両誌とも、3月23日号と書いてあり、今日が3月23日なので、買ってきて、「3月23日号の『週刊新潮』『週刊文春』」です。

■「文科省に圧力電話する『安部昭恵』は私人か」
■「籠池ファミリー劇場」
■「尾木ママで/『森友学園問題、入学予定児童を思いやって!』」
■「『森友学園』の魑魅魍魎」

今日、籠池氏の国会招喚がおこなわれていましたが、なにせ質問者が多く、なんとなく尻切れトンボの感でしたが、それでも、昭恵夫人が100万を寄付したとか、昭恵夫人付きの職員がファックスを送ったとか、いずれにしても昭惠夫人の招喚も考えられるでしょうが、まざに「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」の世界。

国会議員の名前も具体的にでて、明日は、当時の関係官僚が委員会に招致されるみたいで、興味津々。

ただ、国民として知りたいのは、なぜ、国有地があんなに安く払い下げられたのか、議員の関与はなかったのかですが。はっきりさせてもらいたいものです。

籠池氏は理事長を辞任、開校中止で、尾木ママは「この騒動での最大の被害者は、四十五名いたと伝えられる入学予定だった子供たちよ!」と云うことですが、・・・・・「この学校の校歌が舟木一夫の『あゝ青春の胸の血は』ですって!」ということで、入学しないほうが無難でしょう。

■「危機に瀕して泣く、逃げる稲田防衛相で本当に大丈夫!」

大丈夫ないっすよ。国会答弁をみていたら、涙目になったり、オロオロしたり、防衛大臣といえば、自衛隊のトップで、あれでは、イザとなったら、部下はついていきません。

■「「『レトリバー』が狂暴化する『5つの引き金』」
■「10カ月乳児に嫉妬?ゴールデンレトリバー 野生の本能」

ペットブームで、犬を飼う方が多いようです。レッドリバーはおとなしい犬だそうですが、なにせ、相手は動物で、確か、猫も赤ちゃんを噛んだことがあったような話を聞きましたが、ペットにはご注意を。

■「小池百合子激白 石原慎太郎のウソを告発する!」

先日、石原慎太郎さんの百条委員会の証人招喚がありましたが、慎太郎さん、ひらがなも忘れてとか、なんともよくわからない証人喚問でしたが、小池百合子さん曰く、「すべてを自分に都合のいいように理解しておられる。女性にケチをつけられ、プライドや面子を潰されたと思ったのでしょうか。築地を『古い、狭い、汚い』と危険視されるなら、なぜ18年もそのまま営業させたのか。公費での豪快な高額飲食の一方、週2~3回の登庁で士気は低下し、ドンの都議会支配を生んだ。2014年の都知事選に出馬を依頼された際、おっしゃった都政の課題は『四男事業の復活』だけでした。」と、手厳しい。

ということで、まだまだ揉めますね。長崎はまったく揉めませんが・・・・

■「”二十面相”ははやり永遠に不滅なのだ」

私はほとんど本より映画で見ましたが、最後は捕まってヘリコプターで運ばれるとき、ヘリの真ん中が開いていて、対面に座っていた明智小五郎に、「明智君また会おう」と言って、ヘリから海へ向かって飛び降りたのですが、あれから60年。「20面相」の復活を待ち望んでいるのですが。

ところで、あの主題歌、「ぼ、ぼ、僕らは少年探偵団 勇気りんりん るりの色・・・」ですが、最初の二文字、歌うときなんとなく恥ずかしかったですね。長崎の方には分かると思いますが・・・そういえば、初音ミクさんも歌っていますね。 

■「もう一度 倫敦巴里(注:ロンドン・パリ)」

この本、面白かったです。40年ぶりに復刻刊行されるそうですが、「赤塚不二夫のイヤミをダリに描かせて、名作『雪国』の書き出しを、サルトルから村上春樹まで44通り、見事に文体模写する。」という本で、私も、どこかに片づけているので、明日にでも探すことに。

なお、著者は「和田誠」さんですが、いまでは「平野レミ」さんの夫といったほうが分かりやすいかな?平野レミさんのお父さまは、平野 威馬雄(ひらのいまお)さんですが、今の若い方は知らないだろうな。私も、お書きになったものは読んだことはありませんが・・・・なお、平野レミさんはシャンソン歌手でした。



2017年3月21日 (火)

バス、海を走る&島原「春の花まつり」~島原市

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桜も東京では咲いたようですが、こちら、橘公園ではボンボリ、ライトアップの準備はでき、露店もそろそろテントを張り始めましたが、桜はまだまだ。いずれ、情報は流したいと思います。

さて、昨年、「ダックツアー」の事を紹介しましたが→
こちらをクリック
あの時は車中から写真を撮ったわけで、横から写真が撮れないかとは思いましたが、なにせ、海の中で出ていって写真を撮るわけにもいかず、機会を狙っていたのですが、昨日紹介した「春うらら茶会・春うらら発表会」の帰りがけ、島原駅を通りかかったら、「ダックツアーバス」が発車しているではありませんか。

で先回りして、港で待っていたら来ましたね。この場所は、船の整備等のために船を引き上げる場所です。

お~見事な”スプラッシュイン”。


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船ではなく、バスがプカリプカリと浮かびながら、出港していくわけですが、確か、「船は出ていく 煙は残る 残る煙が シャクの種」という歌があったような気がしますが、バスでは煙は出ませんね。

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急いで、”おっとっと食堂”あたりに先回りして行って横から見ると、なんとなく、沈みかかったバスという感じですね。

なお、この「ダックツアー」は、この3月26日で運行を終わり、次のところへ移動するそうです。体験されたい方は、ネットで、「島原ダックツアー」と検索すると、日程、空き情報等が見られます。予約して行かれる方が良いかと思います。


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ついでに、「しまばら芝桜公園」に寄ってみましたが、ボランティアの方が植え付けをしていると思ったら、全然でした。オープニングが3月28日になっているので心配なのですが、


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ポスターが貼ってあり、今後の日程が書いてあったのでご紹介を。

まず、花は

・芝桜 約3万株 4月中旬頃
・ポピー 約500万本 4月中旬~5月初旬頃
・菜の花 約1000万本 3月下旬~4月中旬頃

イベントとして

・3月28日(火) 10時 オープニングセレモニー
・4月2日(日) 11時~(予定) 島原農業高校和太鼓演奏
・4月16日(日) 11時~(予定) 島原農業高校和太鼓 井上龍一郎書ライブ
・4月22日(土) ヴィンテージインストルメンタルバンド(ベンチャーズ他)ライブ
・期間中 島原物産市

なお、菜の花の5分咲き宣言より協力金がいるそうです。今行けば、ロハなのですが、花は見られません。でしょう。多分。

なお、お問い合わせは、(株)島原観光ビューローまで、これもネットでホームページが出ています。








2017年3月20日 (月)

2017 「島原城 春うらら茶会・春うらら発表会」★”日米親善人形交流と島原”~島原市

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毎年書いていますが、私も、「島原親善人形の会」の会員で、少しご縁があるので、毎年紹介をさせていただいております。

少し前にも書きましたが、アメリカの子どもたちから、日米親善のため、12,700体の人形が送られて来ましたが、敵国の人形だという事で、ほとんど廃棄。全国で残されたのが約300体。長崎県では2体、愛知県では8体しか残っていないということです。

愛知県といえば、島原藩主松平家の発祥の地で、島原市と福知山市とは2014年交流協定を締結しました。

今年は、幸田町に残された、「グレース・エッサ」ちゃんと対面し、交流を深めることになったそうです。せっかくなら、ということで、幸田町の提案でクリアーケースを作ったそうですが、上の写真になります。下が会場に飾られた”リトルメリー”ちゃん(左側)と、幸田町の”グレース・エッサ”ちゃん(右側)。


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左が、島原での歓迎会の様子。右が、長崎からアメリカに送られた、答礼人形”長崎瓊子”ちゃん。

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”リトルメリー”ちゃんは、島原第一小学校で下の雛人形と一緒に箱に入れられていたそうですが、この雛人形、昭和10年度、昭和11年度、昭和12年度の女子補習科と高等2年生から送られたそうです。当時36円。

で、購入先が、なんと懐かしき、長崎市の「岡政」だそうです。
戦中から戦後にかけて、雛人形も飾られたことはなく、リトルメリーは同じ箱の中、新聞紙に包まれ眠っていたそうです。


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会場では、この間、「モリモリ広場茶道教室」の子供たちによる、「春うらら茶会」などありまして、私もご馳走になりましたが、お茶菓子とおいしいお茶を味わっていたら、写真を撮るのを忘れました。

この後、紙芝居での、「リトルメリー物語」の上演があり、島原第一小学校の生徒たちによる熱演でした。


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お!お母さんもガンバってますね。タブレットに、スマホ。

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最後に、「しまばら半島国際交流クラブ音楽部」の皆さんと一緒に、歌などを歌いましたが、お琴は今年が初めて。でもって、外人さんがバイオリンで参加していましたが、いい演奏でした。7歳からバイオリンをやってるそうで、プロを目指しているとか。

ところで、「春が来た」の歌を英語で一緒に歌いましたが、長年、「Spring has come,Spring has come」と思っていたら、「Springtime has come,Springtime has come」ということで、一つ良い勉強をしました。


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帰りがけ、玄関口で外人さんに話しかけたら、ちゃんと私の英語。通じるんですね。「I have a pen  I have an apple  Apple pen !・・・」。

平和を考えながら、「春うらら」の一日でした。
なお、展示は4月9日(日)までやっておりますので、是非お越しください。会場は、島原城内、「島原城観光復興記念館」です。





2017年3月18日 (土)

「SNS炎上」~NHK「オトナヘノベル」作成班編


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「NHKに寄せられた体験談や、取材で集めた十代の声がもとになっているので、視聴者のリアルな体験が反映されています。」ということで、「NHK Eテレ番組の『オトナヘノベル』で放送されたドラマになった小説を、再編集したものだそうです。

本が5冊シリーズになっており、「SNS炎上」、「ネトゲ中毒」、「家族コンプレックス」、「リア友トラブル」、「恋愛トラブルメーカー」で、各3話からの小説と、「解説」と、対処法などが書いてあります。

「炎上」はご存知の通り、「SNSにアップした写真や記事がきっかけで、ネットでお祭り騒ぎになること、不祥事件をおこした人物が、ネット住民によってたたかれること。」だそうですが、説明しなくてもお分かりだと思います。

第1話は、彼氏とイチャイチャしている写真を投稿し、その彼氏と別れ、新しい彼氏ができるが、削除したはずの写真が拡散して、それがバレ破局。

第2話は、写真を投稿していたら、評判がよく、電車の中で寝ているおじさんと後ろのポスターがマッチして、これを投稿。

ところが、「-電車内で老人を盗撮して笑いものにしたJKを懲らしめよう」と書きこみ、「なに、このJKの身元を特定すればいいわけ?」と大炎上。

第3話は、商店のシャッターにスプレーでいたずら書きをしていた、有名校の生徒をスマホで写真を撮り、投稿。

最初は、有名校の生徒が非難をされるが、生徒が休学したり、親が倒れたり。
ところが、これで一転して、「S高校生を追い込んだ女子高校正のSNSはここですか?」と非難される立場に。大炎上。

最後は、3話ともNHKらしく、前向きに終わりますが、「炎上屋」なる者もいるらしく、美味しいネタがあったら、煽って炎上させるそうです。あと、炎上を防ぐ方法、炎上に対する対処法等も書いてありますので、読んでおくことも必要かと。

戦争と同じで、昔は一対一での一騎打ち、お互いの顔も見えましたが、今ではボタン一つで相手を殺すこともでき、ゲーム感覚で、なんとも殺伐とした時代になりました。

「ネット炎上」もお互いの顔も見えず、その分、残酷なことができるようになりました。人と人とのつながり、思いやりも希薄になってきたような感じです。

便利なことはいいけれど、どこまで便利になれば人が幸せになれるのか、考える時期ではないかと思うのですが。

フェースブックが便利だといっても、社長の収入を見たら分かることで、しょせん商売人が儲けのために考えた商売です。

私たちも、時代に流されず、「君子危うきに近寄らず」で、時代とお付き合いをしたいものです。お子様をお持ちの保護者の方もご一読を。

なんとなく、何時間かけても10円の公衆電話時代が懐かしくなりました。不便だったけど、寒い公衆電話ボックスの中、たった10円で、何時間も彼女とお話をした、楽しい記憶は未だに残っています。昔が懐かしいのは歳のせいかな?



(文引用:「SNS炎上」より)


2017年3月17日 (金)

「湯江神社」★石造りの神殿!~諫早市高来町

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高来町湯江神社の三の鳥居になります。

この地域、まだ詳しく知らないことがあり、若干間違いもあるかと思いますが。そこは、おおらかな気持ちで・・・・

「諌早街道をたずねて(山崎諭著)」と「高来郷土誌」を基に書いてみたいと思います。

ここへ来たのは、前に、「善神古墳」に来た折、横の鳥居の扁額に「老松神社」と書いあり、行ってみようかと思ったのですが、なにせ見たら階段が長くて、という事でやめました。

あとで調べると、この神社は「老松神社」、「八幡神社」が昭和26年に「湯江神社」に合祀とあり、「八幡神社」は「通瀬大明神」と「若宮神社」が明治8年「八幡神社」に合祀と書いてありました。

で、この、「湯江神社」の所を読んでいると、「神殿は石造りで、文化10年(1813)、寄付者赤司藤兵衛とある。諫早家四代領主茂真公の石廟にも負けない位のもので、赤司家の財力がおしはかられる」と書いてあるじゃありませんか。

普通神殿というと、木造ですが、「石造り」と聞けば行かないわけにはいかないじゃないですか。

一の鳥居と二の鳥居は、「老松神社」、平成21年に造られた三の鳥居は、「湯江神社」の扁額。一の鳥居については少し面白い事があるのですが、これは、後で。

階段ですね。「高来郷土史」には「二百数十段の石段を・・・」とあり、200段というと足が持つかなと登ってみたら、132段でした。


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登り切った所が一番上の写真。

写真に写っているのは、拝殿ですから裏へ回ってみれば、お~ありましたね。
全部石造りで、石造りの神殿とは珍しい。しかも、立派。


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ちなみに、「諫早家四代領主茂真公」の墓。こちらのほうが、少しすっきりした感じかな。もちろん、こちらも石造りです。

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しかしながら、狛犬さん、いい感じ。しかも、木鼻も石造り。いい細工してますね。

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裏に回ったら、壁面に文字が彫り込んであり、

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真ん中の柱、「文化八年十一月吉日 宮司田島伊豫(旧字ですが、パソコンでは出ません)」、年代が郷土誌の「文化10年」とは少し違うみたいですが・・・・

左の柱、「昭和四十四年十月解体修理施工 石工 横田理一」

下の丸印に、庄屋、世話役の名前があります。「赤司藤兵衛」さんの名前がありました。隣が、庄屋さん。でしょう。

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とまあ、他ウロウロしていたら、多分、板碑ですね。でもって、階段を登らなくても車の道がちゃんとあり、なんのため苦労して、階段を登ったんでしょう。

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どういうわけか、「太良嶽」と書かれた、鳥居のみ。
で、神殿の後ろを見たらびっくり、なんとキリシタン墓地。

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そのまた裏は、お寺の墓地。こちらは、下のほうにお寺が見えたので、理由は分かりましたが、キリシタン墓地の理由がわからない。年代が書いてあったので見たら、古いので1960年前半。で、ちょうど作業をしている方がいたので聞いてみたら、「教会があって、養老院もあるようですよ」。

で、見るとありました。後で、調べると、「カトリック湯江協会・養護老人ホーム聖フランシスコ園」。ということで、全部わかりましたが、神社にカットリック墓地、お寺のお墓と3つもまとめてみられるのは、ここぐらいでしょう。赤い丸印、しっかりと十字架がありました。

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少し話を前に戻して、第一の鳥居。写真ではわかりにくいので、説明だけで。

作られた時期が、「貞享三歳(年)」と読めました(多分)。あと「佛陀智?無量無邊(?)」、そして、「金仙寺末院嵩智勝寺」、「??嶽大権現」、??は多分「太良」だと思うのですが。

神社の鳥居に、仏教の寺の名前などが彫りこんであるところを見ると、モロ、神仏習合だとわかります。

なお、この鳥居、「高来郷土誌」には八幡宮について触れてあり、「この三神(八幡神社)を老松神社に合祀し湯江神社となった。鳥居は三ノ鳥居(最上段)に移されている。」とは書いてありますが、写真でご覧の通り、三ノ鳥居は平成時代のもので、多分、何かの折、入れ替えたのではないかと思います。

なお、「諫早街道を訪ねて」には、「八幡神社は江戸時代の貞享年間の創立で・・・」と書いてあり、鳥居に彫られた、「貞享三歳」と合致しており、第一の鳥居は「八幡神社」の鳥居を移したものだと思います。多分。


【おまけ】

先日、「善神古墳」の石室に、文様が書かれていることを書きましたが、写真を撮ってきたので、おまけです。

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2017年3月16日 (木)

「センゴク権兵衛」第5巻発売~宮下英樹著

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昨日、本屋さんに行ったら置いてありました。2月6日が発売日になっているので、私の見落としか、田舎なので本屋さんに入るのが遅かったのか。

さて、この「センゴク」シリーズも随分紹介しましたが、ここまで来たら続けるほか、ナイッショ。

今回は、秀吉の四国攻めになります。御覧のごとく、多方面からの攻撃になりますが、我が仙石権兵衛は、宇喜田軍23000に、宇喜多秀家を大将として、蜂須賀正勝、黒田官兵衛と共に参戦します。

長曾我部軍4万に対し、14万の兵で、長曾我部の圧倒的な不利で、和議をすれば良いのですが、そこは地の利に長けた長曾我部。


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四国には支城がたくさんあるのですが、ここをわざと落とさせながら、本拠地の白地城に誘い込み、地の利を生かして、前後から挟みうちという作戦。

ところが、ここで黒田官兵衛が仙谷権兵衛から、「引田の合戦」の戦いの様子の子細を聞き、思うところあって裏をかき・・・・・

で、長曾我部は別策を考えますが、そこは、黒田官兵衛。という事で、あとは本を買って読んでください。


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昔から歴史の時間は嫌いで、1192(いいくにつくろう)年は鎌倉幕府、なんて覚えてどうするの、調べればすぐわかるじゃない、知っていたって単なる蘊蓄の一種じゃない、ということで歴史の時間はお昼寝タイムでしたが、この漫画みたいに教科書が面白ければ、私の人生、変わっていたと思うのですが・・・

さて、次巻はいよいよ、「九州征伐編」ですが、主題は「島津」になるでしょう。あと、竜造寺に、大友あたりが少し出るか?

多分、私のお近くの、有馬家とか、諫早の西郷家(西郷家は秀吉に加担せず、竜造寺家から亡ぼされますが)あたりは多分出ないな。少しは出ることを期待しつつ、次巻を待ちたいと思います。


2017年3月15日 (水)

残念でした「週刊ポスト」「週刊現代」

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今週の書評に、「騎士団長殺し」をどのように評論しているのか楽しみだったのですが、残念ながら、「書評」には載ってなく、「残念でした『週刊ポスト』『週刊現代』」です。

■「上げ上げの日本経済」
■「トランプ『120兆円』公共投資に日本企業はウハウハ」

「『株安円高』はこのままずっと続くぞ 株価は2万円どころか3万円に!」「メチャクチャ(トランプ氏のことです)だけど『有言実行』だからいい」

といいますけど、本当ですかね。投資信託を少しばかりしていたら、経済状態が不安定で、一度解約しませんか?また、改めてしたらいかがですか?という事で、解約をしたら、1万ばかり目減りしていました。はやり、お金は金持ちのところにしか行かないようで・・・

■「安倍晋三『お友達』のレベルが低すぎて」

自民党一強で、なんでもありで国会運営をやっているようで、昨日から朋美ちゃんの虚偽発言の報道もあり、自民党閣僚の脇の甘さが目につきますが、共産党を除き、それを攻める野党もだらしない。また、選挙惨敗しますよ。

■「佐藤慶 ビジネスパーソンの教養講座」、「名著、再び」

「騎士団長殺し」。書評に載ってなかったと思ったら、佐藤慶さんが書いていました。「名著、再び」というと、一回読んだ名著を再び読む、という事ですが、初めて読んで、「名著、再び」とは、これいかに、という感じですが、さすが、佐藤慶さん。この本については、いろいろな読み方があるようですが、このような読み方もあるのかと、感じ入った次第です。


■「小池百合子が決めた豊洲移転『住民投票』にこれだけの勝算」
■「小池新党呆れるほどの圧勝」
■「小池知事が自ら『豊洲は安全』と認めた!?」

東京都議選が7月。圧倒的な勝利を予想していますが、「豊洲」か「築地」で住民投票も同日行う予想も飛んでいるようです。

が、築地も汚染問題があり、「築地はコンクリートなどでカバーされ、基本的に汚染の問題はない。」との答弁ですが、「豊洲」も厚いコンクリートでおおわれているのですが、どうしましょう?

■「ヤマト・佐川に潜入3か月私が働いてわかった『仁義なき宅配』」

昨日、Amazonへ本を注文したら今日届きました。しかも、送料はロハ。考えれば、今の宅配便は、水とか電気とかと一緒でライフラインになりました。

ヤマトは料金値上げをするようですが、他の業者さんはどう動くか。ヤマトの従業員さんからは、Amazonの下請けではないぞ、との声も挙がっているとか。

■「ベンチのムードは『悲壮感ゼロ』WBC中田翔の功罪」
■「侍ジャパンより100倍強い!?『落ち武者ジャパン』結成だ!」

なんといわれようが、勝負は勝った方が勝ちで、きょうもイスラエル戦に勝ち、全勝です。監督さん、本番前、いろいろ言われましたが、これから本番です。

■「北朝鮮高官が初めて語る 金正男暗殺事件」

「実行役の4人はすでに消された」。といっても、親戚でも平気で抹殺する国ですから、当たり前でしょう。

■「混迷する金正男暗殺事件『真犯人はCIA説』を追う」

よく考えてみると、今回の事件で一番得したのがアメリカで、過去CIAというと、影でいろいろ陰謀を図ったことがありますが・・・

■「『ビッグデーター』でわかったこの薬を飲んではいけない ワースト50」

「医者 1200人から集めた」データーだそうで、ワースト50が実名で書いてあります。全部書くと疲れるので、ワーストテンだけ紹介を。

①ロキソニン(鎮痛) ②デバス(精神安定) ③ブレドニン(炎症) ④ハルシオン(睡眠導入) ⑤アリトゼニド(認知症) ⑥ブルゼニド(便秘) ⑦マイスリー(睡眠導入) ⑧レンドルミン(睡眠導入) ⑨レンドミン(睡眠導入) ⑩ボルタレン(鎮痛)

本屋さんで立ち読みできる程度ですから、ご心配な方はご一読を。

■「いくつ読めますか?キラキラネームの力士たち」

力士さんの四股名も面白いものがあるもので、「冨蘭志壽」、「爆羅騎」、「宇瑠虎」、「阿夢露」、「天空海」、「大露羅」。

それぞれ、「ふらんしす」、「ばらき」、「うるとら」、「あむうる」、「あくあ」、「おおろら」。相撲は、名前でなく強ければ良いのですが・・・呼び出しさん、行司さん、言いにくいだろうな。

■「『えマジで!?』妻が突きつけた理不尽な離婚理由」

離婚理由ですが、少し書くと、「洗面所がいつもビショ濡れ」、「スリッパが脱ぎっぱなし」、「ドレッシングを冷蔵庫に戻さない」、「お風呂のお湯を抜かない」、「洗濯物の畳み方が違う」、「食べるときにくちゃくちゃ音を立てる、犬食いする」、「リンゴの皮を剝かずに食べた」、「鼻毛が出ていた」、「録画番組を消した」、「服の襟を立てる」「『あれどこ?』と聞く」。

とまあ、いろいろありますね。身に覚えがある方は要注意。古人曰く、「離婚は突然やって来る。」

■「死ぬまで 死ぬほど〇E〇」(特別篇)シリーズ

「ED治療 完全ガイド」
「バイアグラ、シリアス、レビトラ 〇起不全治療薬 薬効、特性、注意点、最新情報」、「EDの指標『国際〇起スコア』」、「EDを招く危険な生活習慣10」、「EDの9割を再び〇たせる『〇茎プロステーシス手術』」って何だ。

「どんな批評を浴びても、本誌が毎週『死ぬまで死ぬほど〇E〇』を続ける理由。それは『読者ファースト』の思いからだ。人間は何歳になろうと生き生きと自由に恋する権利を持っている。・・・・・・」と感動的な文句が書いてあります。
「読者ファースト」が良いですね。物真似だけど。




2017年3月14日 (火)

イベントのお知らせ二つ&心配な島原「春の花まつり」


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春になると、花々が咲きはじめ、イベントが多くなってきます。

千々石では、例年通り「観櫻火宴(かんのうかえん)」が3月25日に開催。
松明行列、肥前千々石鉄砲隊、元服立志式等のイベントがあり、特に松明行列は見もので、いつも、腕にあるカメラマンの方がドット押しかけています。
主会場が福石公園、6時ころからです。

ここ、2,3年、外国人の方の参加も増えていますが、「稚児武者(この春小学校入学予定)」が30名、「元服武者(この春中学生予定)」が30名、「女武者」が5名、「一般武者」が30名、「武将」が20名の募集で、締め切りが3月17日になっていますから、参加希望の方は、お早めに。


”島原親善人形交流”
昭和2年、日米の子どもたちが友好を願い、アメリカの子ども達から、日本の子どもたちへ、12,700体の青い目の人形たちが送られてきました。日本からも答礼人形がアメリカへ送られます。

時は、日米の関係悪化時代。敵性人形として廃棄されましたが、なんとか、残ったのが全国で300体。長崎県で2体、愛知県では8体。

今回は、愛知県高田町に残る、「グレース・エッサ」ちゃんが、島原の、「リトルメリー」ちゃんと再会。

展示会が4月9日まで。オープニングが3月18日。「島原 春うらら茶会」が3月19日。会場が島原城内の島原観光復興記念館。可愛いお人形さんがお待ちしておりますので、お越しください。

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左が、アメリカから島原へ送られてきた時の歓迎式。右が、高田町での歓迎式。
こうやって、送られてきた人形がほとんど廃棄され、戦争の犠牲になったわけですが、平和の大切さをもう一度考えなければと思います。

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3月10日、病院帰りに「島原芝桜公園」に寄ってみたら、まだこの状態で、3月8日の長崎新聞によれば、3月28日がオープニングセレモニーで、大丈夫かいなと思って、以前の写真を見ると、大体4月中旬から下旬くらいが見ごろなようでした。

トラックで整地した跡が見えますから、今からボランティアさんで植え付けをするものと思います。

今年は、「ポピー」も参加するみたいで新聞には、「今年は菜の花が1000万本、しだれ桜20本、ソメイヨシノ200本に芝桜3万本、ポピー500万本が、まるでリレーをするかのように花を咲かせる。」と書いてありますから、また、4月の中旬にでも来ることに。あまり、心配しないで良いようですね。

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2017年3月13日 (月)

「ビッグコミック スピリッツ15(3月27日)号)」~防災を考える

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以前から書いているように、雑誌の「ビッグコミック」系統の本は、未だもって全部読んでいます。今週号の「スピリッツ」に、とじ込み付録が付いており、この手の雑誌のとじ込み付録といえば、あの方面の事が多いのですが、今回は、開けてビックリ、防災に関する付録で、中を読めば、真面目も真面目。

しかも、最初と最後に同じものが付いています。違うといえば、「わたしのための」と「大切なあなたへの」で、これ、明日のホワイトデーにプレゼントすると、感激されると思うのですが。


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「災害は忘れたころにやって来る」とは、よく言われますが最近は災害が多くなってきたようで、この付録によると、1995年の阪神・淡路大震災以降、国内で20人以上の死者・行方不明者を出した自然災害が21件。

最大の災害が、ご存じのように、「東日本大震災」、2万2062人。次が、「阪神・淡路大震災」、6437名。

前にも書きましたが、島原半島付近、数十年前に大きな地震があり、ちょうど私が料理をしていた時で、ビックリしました。とにかく、火を消して、さて、机の下にもぐったものか、外へ出た方が良いか、迷いましが、やはり、準備、心構えはしておくのが必要かと。

中身は、前書きに書いてあるように、シンプルなもので、「でも、いきなりたくさんのことをやろうとしたって誰しもできないもの。
それより最低限コレだけは押さえておこうってポイントをきちんと知ってることが大事だと思います。」ということです。

被災直後の、ワン、ツー、スリー。「ワン」が「靴を履こう」ですが、考えれば、室内といっても、ガラスなどが散乱し足の踏み場がなくなることもあり、「足の裏をケガすると、人間は機動力と精神的スタミナが激減します。」ということだそうですが、「靴を履く」ところまでは、事前には思いつきませんね。


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災害時はライフラインが寸断され、「水」がなくなるのが一番困ります。

「飲まず食わずで人が生きられる目安は、72時間と言われている。」ということですが、水は成人一人1日3㍑が必要で、1週間で21㍑。「まずは、なにも考えずに2㍑入りのペットボトル1ダースを買う。1本からっぽになったら、1本買い足す。このサイクルを習慣づけることからめじめよう。」と具体的に書いてあります。

なお、水洗便所の水も出ませんから、その対処法も書いてあります。


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その他、「まずは”最初の72時間”を乗り切ろう!」、「(地震発生)第一波がきたら・・・まず頭を守ろう。」、「二次災害に気をつけろ」、「もしケガをしたら」、「次にやるのは情報入手だ!!」、これには、「裏技!三角連絡法」など、なるほどの方法が紹介してあります。「これだけは揃えておきたい防災グッズ図鑑」等々、具体的に書いてあります。

「自分の所は大丈夫だろう。」と思うのは人間の心情でしょうが、地震、台風、火山噴火、大雪、津波など、いつ被災するかわかりません。一回は目を通しておきたい付録です。




2017年3月12日 (日)

萬歳山本経寺★大村家墓所~「ばんざい」か「まんざい」か

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大村家墓所の入口になります。「日本最古の犬の墓」という事で昨日書きましたが、この墓所、実にいろいろな墓の形が見られます。

下は、五輪塔が二つ入っていますが、説明版によれば、片方が「十六代・純伊(すみこれ)公」、もう一つが、「十九代・喜前(よしあき)公」。

実は、藩主としては「喜前公」が、大村藩の初代藩主になるわけですが、昨日の「義犬華丸ものがたり」によれば、大村家の系図(中世末期以降)として

(諸説あって不明)→純治(すみはる)→純伊(すみこれ)→純前(すみあき)→
純忠(すみただ)→初代藩主・喜前(以下略)、となってなます。

純忠はキリシタン大名でしたが、この墓所には墓はなく、というより良く分からないようで、「大村史談上巻」によれば、「純忠公は宝性寺に葬られ、草場に移され、のち本経寺に移されたはずであるが、なお不明である。」と書かれてあり、なお、「大村純忠伝(松田毅一著)」によれば、「当時既にキリシタン宗門は邪教として排斥されていたし、爾来二世紀に亘る迫害を思うならば、純忠の遺骸が鄭重に取り扱われた筈がなく、今日、大村家歴代の廟として併祀されるに留まっていることは当然のことと言うべきであろう。
本経寺の過去帳には『天正十五丁亥五月十八日(四月十七日の誤)十八代純忠公円通院殿前戸部侍即理仙日融大居士』とある。」とあります。

なお、純忠公はキリシタンでしたが、次代の喜前公は棄教をしキリシタンを厳しく取り締まっています。


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「純昌(すみよし)公」の墓所ですが、「石霊屋」です。もちろん石造りで、後で写真を撮った説明版を読むと、「内部格子天井には金箔を押した跡が残っている」と書かれ、これ、見落としました。もっとも、一人じゃこの中、入りにくいですよね。



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建物横には、下のようにびっしりと文字が刻まれていました。

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説明版には、「クルス灯篭」としてあり、第二十二代純長公七男次郎太郎としてありますが、亡くなったのが萬冶二年六月二十一日で、前年に、郡崩れといわれるキリシタン事件が収まったばかりで、疑の残るような物がその時期に作られたとは思われない、との意味が書いてありました。

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「継ぎ墓」といわれるもので、二十二代純長公の息女、おまし様の墓。生駒信興に嫁すも二十二歳にして病死。墓が婚家にはなく、実家の大村家にあるのも謎。
「恐らくは病弱の故を以て離別して、大村家江戸藩邸にて病を養い、没したる故か・・・。」

さて、墓の笠の下の右上方を見てください。


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なぜか、棹石の上方の角に継があるので、「継ぎ墓」と言っているそうですが、なぜかは、謎だそうです。

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さて、今日の本論です。左が「二十代・純頼公」(説明版には二十代と書いてありますが、藩主としては二代目になります)の墓。右が次代の「純信公」の墓。

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「純頼公」は、父喜前公の家督を継ぐも六年、二十八歳、元和五年十一月忽然として、死去します。この時、残された、「純信公」、幼名「松千代君」、御年三歳(説明版では二歳、「大村郷村記」では三歳)。

「・・・生母も松千代君の正式の届け出がしてなかった為に法度により大村藩は断絶せんとす。忠臣大村彦右ヱ門、四方に画策し、誠忠以て幕閣を動かし、ついに松千代君の跡目相続を取りつく、これより後、藩主に息あらば嫡子ならずとも届けにより相続が許さるることになる。」と説明板には書いてあります。

さて、これを喜んだのが家臣、「大村郷村記」に次のように書いてあります。

「此時、一族家士悉詣拜純頼廟而異口同音唱萬歳、從是後祝之改號萬歳山云々」

大村藩ではキリシタンを取り入れたため、40の寺院と17の神社が焼かれたそうですが、この時、本経寺の場所には、「普門坊」のちの「日蔵坊」というお堂が建っていたそうですが、もちろん焼き打ちにあい、「耶蘇(やそ)大寺」が建てられ、領内には87の教会があったといわれています。

禁教時代、寺院が再興されますが、この時の山号が「法性山本経寺」。で、上に書いたように、松千代君相続の報を聞き、純頼公の墓の前で「萬歳」を叫んだので以後「萬歳山」に改称。ということなのですが、この、「萬歳」に少し引っ掛かりを持ち。

現在の「バンザイ」は「万歳三唱」で、使われたのが明治22年、憲法発布式典で東京帝大の教授、学生が行ったのが始めと言われています。

で、この「萬歳山」は「バンザイ」ではなく「マンザイ」(今の漫才ではなく、昔、正月などにその年の繁栄を祝って言葉を述べ、踊り歩くということ、祝いの時に踊ったりすること)ではないかと思い、ちょうどお寺の方がおられたので聞いてみたら、「ばんざいさん、ということで、昔から伝えられております」とのこと。

で、私はしつっこので、古語辞典とか「時代別国語大辞典」などを調べたのですが、「ばんざい」は載ってなく、いろいろ本を引っ張り出してみると、「考証要集(大森洋平著)」に「有職故実(石村貞吉著)」に載っているとのことで調べてみると

「即位」のところに、「儀式の書には、音謁(おんえつ)と注してあるので、万歳を唱えるというのは、今のように、『ばんざい』と唱えたのではなく、恐らく「えいーっ」と叫んだものであろうといわれている。」ということで、多分、大村家の家臣は、純頼公の墓前で、「ばんざい」ではなく、大声で「えいーっ」と声を上げ喜んだものと思った次第です。

なお、お寺の山号については、どの辞書にも、「ばんざい」は見つからないので、「まんざいさん」と思うのですが、お寺の方が「ばんざいさん」と言われるし、「大村郷村記」にも「萬歳」とあるので、それでも良いかと思うのでありましたが、これが「ばんざい」と読むならば、明治22年の「万歳」説は書き換えが必要かとも思うのですが・・・


(参考・文引用:「有職故実・石村貞吉著」「大村郷村記」「大村史話」、「考証要   集・大森洋平著」説明版より)



 



2017年3月11日 (土)

「日本最古の犬の墓(史実)」~大村市本経寺

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この犬の名は、「華丸」と言います。墓は大村藩主の墓所の中にあります。藩主の墓所の中に、犬の墓があるのは非常に珍しいかと思います。

この墓所は大村の本経寺の中にありますが、墓所は「国指定史跡」になります。
説明版に書いてある通り、普通、藩主の墓といえば、大体同じ形ですが、この墓所の墓、まさにバラバラの作り。


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五輪の塔あり、石霊室(いしたまや)あり、宝塔あり、笠塔婆(かさとうば)ありで、しかも、デカい。

大村藩は一時、キリシタンの藩であり、禁教時代になりキリシタンではないことを表わすためだと考えられています。


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ここを訪れたのは、下の本が図書館にあり、なかなか面白かったからです(病院通いもありましたが)。

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墓所の入口のすぐ左手に、「義犬華丸」の顕彰記念碑(顕彰墓碑と石像)があります。裏から見ると墓碑には何やら書いてありますが。

この顕彰碑は義犬華丸365回忌(なんとなく中途半端ですが・・・・)に作られたそうです。平成27年ですから、昨年になります。

「子供から大人まで多くの皆様に触って貰えるように、表面はツルツルで滑らかになっています。」という事で、私もナデナデしてきましたが、ワンとも言わず、おとなしく、可愛い犬でした。


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墓の場所が少し分かりにくいのですが、墓所に入って左側に見上げるような、3代藩主純信公の墓碑があり、この墓碑の少し左側にあります。右が「華丸」の墓ですが・・・

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文字が彫ってありますが、この彫ってある文章は読んでみると、記念碑の墓碑の裏側に書いてある文章と同じでした。ただ、高さが違うので、改行の部分が違っています。で、この文章になぜ「華丸」が「義犬」と呼ばれ、大村藩主の墓所に祀られたかが書いてあります。

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本から要約すると

大村藩三代藩主大村純信の幼少期の傅役(守役)で、家老の小佐々市右衛門前親(あきちか)が飼っていた愛犬が、「華丸」。犬種は雄の狆(ちん)。

大村純忠が33歳で急死し、前親がこれを悼み、本経寺で殉死(追い腹)。前親の荼毘(だび)の時、愛犬華丸は主人の死を嘆き悲しんで声を呑み、雨のように涙を流し(犬吞聲泣涙如雨)、主人が焼かれる火に身を投じたそうです。
君主に殉じた前親、そして飼い主に殉じた華丸。それを末永く供養するため、二つの墓が並んで建てられたそうです。

一番上の写真、左が小佐々市衛門前親の墓、寄り添うように建っているのが、「華丸」の墓。

大村家の墓所には、驚くようなものもあり、このお寺は「萬歳山本経寺」といいますが、「萬歳山」の名前には理由があるのですが、近い間にでもご紹介を。

皆様も、近くにお寄りの節はご参拝を。なお、見学の際は「国指定史跡」になりますので、大切にご覧ください。受付を忘れないように。私は忘れていましたが。また、「犬」を連れて境内に入ることはできないそうですからご注意を。


(参考・文引用:説明版及び「義犬華丸ものがたり」より)



2017年3月 9日 (木)

春は名のみの「週刊ポスト」「週刊現代」

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「春は名のみの風の寒さや・・・」と、私の好きな歌がありますが、最近は暖かかったり、寒かったりで、体調が崩れがちです。ということで、「春は名のみの『週刊ポスト』『週刊現代』」です。

■「安倍、『離婚』を考える」

「森友学園」の「名誉学長」問題から、土地価格の問題、教育内容まで、問題がどんどん広がっているようですが、「こんな世間知らずの妻はもういらない」、「歴代在職最年長記録を狙うオレの邪魔をするヤツは、たとえ妻でも許さない」の文字が踊っています。

現役の首相で、「離婚」となると初めてで、歴史に名前が残りますね。「最年長記録」より、こちらの方が面白そう。

■「村上春樹の新刊翻訳前なのに『中国人』が絶賛している理由」

「騎士団長殺し」のことですが、私も読みましたが、週刊ポストに書いてあるように、「早くも読書家たちが『期待通りの傑作』『今回ばかりは駄作』など作品をめぐる議論を広げる・・・・」とありますが、「1Q48」の後半が腰砕けになったように、この作品も後半、どうかなと思いました。

さて、「『中国人』が絶賛している理由」ですが、読まれた方はご存知の通り、「南京虐殺」に触れていますが、「中国人死者の数を四十万人というのもいれば、十万人というものもいます・・・」と、この「四十万説」に言及したことが、「絶賛の理由」だそうですが、なんか、ピントしないような。

■「メディアはなぜ、こんなに信用されないのか」

トランプさんはメディア批判をしていますが、かって日本の某首相が退陣するとき記者会見で、「新聞は出ていけ」と言い、新聞記者は一斉に会場から出ていき、テレビのみの前で会見をしましたが、今、こんな気骨がある新聞記者がいるのかな?


「・・・彼らは、朝日新聞社たるエリートの自分たちは、他人を批判したり糾弾したりする資格があると思い込んでいる。そんな思い上がりが読者には見透かされているのですが、それに気づいていない」ということですが、朝日新聞に限りません。ネット時代、よほど気合を入れないと、既成メディアは下降の一途になるでしょう。

■「安倍首相と記者クラブ『赤飯(赤坂飯店)の夜』全真相」

Twitterで、「いま、まさにこの現在、安倍は赤坂飯店に各社のキャップを呼んで、『森友のことを書くな』との圧力をかけとる・・・」ということで、「赤飯」の前で、一般市民が集まって、スマホ、デジカメで写真を撮ったそうです。

「新聞が反権力で動かないのはみっともない状況。現場の記者まで、『政権批判ありきで記事をつくるのはどうか』と平気で言う。新聞社内に反権力はダサイとい考えるカルチャーができてしまった。・・・・・」ということだそうですが、これでは、「メディアはなぜ、こんなに信用されないのか」というのも、lごく自然な事です。

■「森友学園と関係の深い自民党の先生の名前明かします」

籠池理事長さん、支離滅裂なことしているようですが、安倍首相、稲田防衛相、山谷議員、中山成淋元文科相などの名前が見えますが、こんなものではないでしょう。

籠池理事長を国会に呼ぶと、何を言うかわからないので、自民党さんビビッているようですが。

■「WBC小久保監督『抑えは松井』に決められない理由」
■「WBC”最弱”小久保ジャパンがペナントレースもぶち壊す!」

本番前の試合から、こりゃ絶望的だなと思いましたが、フタを開ければ2連勝。勝負は、なんといっても、勝った方が勝ちです。

■「『夫のち〇ぽが入らない』問題」

前に書いたように、読みました。まじめな本でした。

よく、結婚したとたん、「子供まだ?」と聞かれることがありますが、あれ言われるとイヤですね。この小説の主人公も、実際にも悩んでいる方がたくさんいます。いろいろな結婚の形があっても良いと思うのですが。

■「効く『目薬』効かない『目薬』」

「効く、効かない」ではなく、目の調子が変だと思ったら、すぐにお医者さんに行くことです。

高校の時、朝から胸がムカムカし吐いて、内科の病院に行ったら、すぐ眼科に行くように言われ、結局、緑内障でした。

なお、目薬の注し方。目をパチパチすることは間違いだそうで、点眼後は目をつぶって、1分ほどじっとしているのが正解だそうです。

■「加護亜衣も長男に命名!古風な『シワシワネーム』が大ブーム」

「宝冠(ていあら)」「希空(のあ)」など、「キラキラネーム」が流行りましたが、最近は、「太郎」「花子」などの昔ながらの名前を付ける親が増えているそうです。これを、「シワシワネーム」というそうです。

人気シワシワネームが、「謙心(けんしん)」「勝俊(かつとし)」「隆将(たかまさ)」「康臣(やすおみ)」「寧々」「絹」だそうですが、これでは、学校で合戦でも起こりそう。

前にも書きましたが、「鈴木一郎」なんて、どう考えても平凡すぎて付けにくい名前ですが、要は本人の生き方次第です。

■「死ぬまで 死ぬほど〇E〇」シリーズ

「オンナの〇欲開花宣言」。熟女さんとか、現役慶大生、〇イ〇、〇Mのお話、対談など載せてありますが、よく続くな。

■「週現『昭和秘宝館』」

「『鷲尾老人コレクション』のさらなる深淵」ということで、昭和ノスタルジックな写真が載せてあります。私もいろいろ持っていたのですが、子供が大きくなったので全部処分しましたが、あれ、惜しかったな。


2017年3月 7日 (火)

便所の話など~滝沢馬琴の汲み取り騒動

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昨日、「便所の話など~学校に洋式水洗トイレは必要か」という事で書きましたが、その折、上の2冊を参考に読んでみました。便所の歴史、文化、経済等の事が書いてありますが、「江戸の糞尿学」の中で、滝沢馬琴に関する事が書いてあり、少し面白かったのでご紹介を。

なお、「江戸の糞尿学」の表紙。黒で塗りつぶした部分がありますが、本物はモロ書いてありますので、ご興味ある方はご購読ください。なお、本文中にもこれ以上の絵が各種載せてあります。

滝沢馬琴(曲亭馬琴)といえば、教科書にも出ており、「南総里見八犬伝」、「椿説弓張月」が代表作になります。

「江戸の糞尿学」を書き写すと長くなるので、概略。

時は天保二年七月十八日。下掃除人(便所の汲み取りをする下掃除人)の農民が、汲み取りの謝礼として、自分が作った茄子(なす)250個を持参。

現在は汲み取りをしてもらうと料金を払いますが、当時は畑の肥料とするので逆に料金をもらっていました。以前、寺子屋の授業料を銭で払ったり、農作物で払ったりということを書きましたが、この場合は農作物だったのでしょう。対応したのは、息子の妻のお路。

で、茄子の数を聞かされた馬琴、「五十個不足しているのではないか。」

下掃除人の農民は、「ひとりに付き五十個の約束ですから、五人で二百五十個です」

馬琴、「いや、我が家は子供ふたりを入れて七名じゃ。子供ふたりを大人一人に勘定して、六名。茄子の数は三百個のはず。」

この時、馬琴世帯は、
☆馬琴、六十五歳
☆お百(妻)、六十八歳
☆宗伯(息子)、三十五歳
☆お路(宗伯の妻)、二十六歳
☆太郎(宗伯とお路の息子、馬琴の孫)、四歳
☆おつぎ(宗伯とお路の息子、馬琴の孫)、二歳
☆仕込みの下女おまき、三十五歳

下掃除人、「十五歳以下は人数に入れませぬ。ですから、大人は五人で二百五十個です」

馬琴、「いや、前回、前の下掃除の者は、干大根を三百個持ってきたぞ、そのことは知っておるのか。では次の干大根は何個持参するつもりか」

下掃除人、「これまでのいきさつは知りませぬ。ですから、大人五人で二百五十個をお持ちするつもりです。」

馬琴、「そのほうは今回が初めてなので、いきさつを知らぬかもしれないが、五人という計算はとうてい納得できぬ。そんな理屈に合わない茄子は受け取れぬので、すべて持ち帰れ」
ということで、茄子はすべて持ち帰させられたそうです。

馬琴の几帳面で、頑固さがわかる話です。でも、茄子を200個も250個も受け取ってどうすんでしょう?干大根なら漬物にして、わかるのですが・・・

なお、喜永元年六月六日

「おさち(馬琴の孫娘十六才)、蚘虫(ゆうちゅう)丸の功ニて、折々一ツ二ツ、下り候所、今日は二寸許(ばかり)の小蚘虫数不知(かずしれず)多く下り候由也」とあり・・・

「蚘虫は回虫のこと。滝沢馬琴の孫娘で十六歳のおさちは、虫下しを飲んだ結果、このところ毎日のように肛門から回虫が一匹、二匹と下っていたが、今日は六センチくらいの小さな回虫が肛門から数えきれないくらい、ぞろぞろと出た、と。」いうことです。

私たちの小学校の頃も回虫の検査があり、マッチ箱にウンチを入れて学校に持って行ったものです。私も、虫下しを飲んだら、うどんくらいの大きさで、30㎝くらいの回虫が肛門から(肛門からしか出ませんが)出てきたことがあります。人糞を肥料にしていたので、あたりまえでしょうが、今では考えられないことです。

上の2冊、そのほか面白い事が書いてありますので、興味ある方はご一読を。
右の本の表紙写真は、座敷便所です。こんなところで、でるのかな?

(文引用:「江戸の糞尿学」より)



便所の話など~学校に「洋式水洗トイレ」は必要か

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今日は多少、気分を悪くする写真(個人によって違います)がありますので、このような方はパスしてください。

トイレ、日本語で言うと、便所、厠、雪隠、隠しどころ、言い方はいろいろありますが、なんと重要文化財の便所建築があるとか。

指定箇所が、「東福町東司(とうす)」「輪王寺大猷院(たいゆういん)霊廟西浄」「酬恩庵東司(とうす)」「中村家住宅ふーる」「旧笹川家住宅外便所」「京都市東山区本町」「栃木県日光市山内」「京都府綴喜郡田辺町薪」「沖縄県中頭郡北中城村」「新潟県西蒲原郡味方村」(物語ものの日本史★便所の話~山田幸一監修・谷直樹・遠州敦子著)ですから、便所といってもバカにしたものではありませんが、多分ここでは用は足せないでしょう。

便所というと何となく暗く、汚いイメージでしたが、今やスイートルーム並みで時代の進歩の速さを感じます。

以前、洋式便所しか使ったことがない子が、和式便所に入り、前後逆に座ったという笑い話がありましたが、考えてみれば洋式便所がはやり始めたころ、使い方が分からず便座の上に上がって、しゃがんでウンチをしたという話がありましたが、同じような事です。

で、子供の行動を考えてみたら、生まれてから左の洋式便所しか使ったことがないなら、洋式便所は入って「回れ右」をlしなければならないわけで、和式便所の使い方が分からなければ、思わず「回れ右」をして、逆向きに座ることになるわけで、ごく自然なことことです。


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扉が横についている洋式便所も、入って(扉が左についているか、右についているかで違いますが)「左向け左」か「右向け右」をしなければならないわけで、この習慣がついていると、和式便所に入っても「右向け右」か「左向け左」なって、これも、逆向きに座るようになります。

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で、比較のために昔の水洗便所がなかった頃の便所を探しました。ばってん、他人の家に入って、「お宅の便所を見せてください」というわけにはいかず、「公衆便所」を見に行ったら、ほとんど水洗便所。捜すこと数十か所、やっと一か所ありました。

右の写真はなるだけ見ないように。特に、お食事中の方は。見ましたね・・・夢に出ますよ。でも、懐かしいですね。臭いもモロです。

私は、小学校の時から(昭和30年)県営アパートに入り、もちろん水洗便所。昭和43年だったか上京して、高級住宅地の成城学園の近くに間借りしましたが、これが、この便所。

この便所は、便槽がウンチとオシッコが一緒に入りますから、比重の法則で重いものが下、軽いものが上に浮かぶわけで、必然的にオシッコが上に浮かぶわけですが、硬いものを落とすと、お汁が上に飛んでお尻にペッタと付くわけでこれを「おつり」と呼んでいました。「お釣り」の事です。イヤでしたね。経験ない方は、想像してみてください。

この便所の正式名称を学芸員の方に聞くと、名前はついていないということで、一応「おつり式便所」と呼ぶことにします。

余談ですが、今は化学肥料を使いますが、昔はこれをくみ取って、畑の穴に入れておき熟成・発酵させ肥料に使っていました。人間が食べる→ウンチになる→肥料になって野菜が育つ→人間が食べる、という循環システムが整っていたわけです。

もう一つ余談ながら、江戸時代、「大家」は長屋の持ち主でなく、地主に雇われた長屋の管理人であったそうですが、店子の付け届け、農民が支払う共同便所の汲み取り料が大きな収入で「守貞謾稿」によると

「大家の身分は株になっていて、金銭で売買されていた。株の値段は二十~三十両。
およそ百両の株の大家だと、地主から支給される手当が年に二十両、余得が十両、糞代(くみ取り代)が十両で、だいたい三~四十両の年収」であったそうで、ウンチの価格がいかに高かったがわかります。


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次に出たのが、この「簡易式水洗トイレ」。黒い穴を目がけてウンチをしますが、これは黒い部分が「弁」になっており、重いものが乗るとカッパと開き下に落ちていき、すぐにスプリングの作用で閉まり、「おつり」は防げます。便宜上「おつりイヤ式便所」と呼びます。したあと、少し水を流します。

さて、この優れているところは黒い丸いところに水が溜まること。いわば「水の膜」ができるわけで、これで、便槽からの臭いが防げるという優れものです。


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さて、本論に入りますが、金曜日の長崎新聞で、佐世保市(横道に入りますが、「サセボ」か「サセホ」か聞かれますが、「サセホ」と「サセボ」の「ボ」と「ホ」のシャレで、「ホボ(ほぼ)同じ」という方がいますが、濁点があるのと、ないのは大違いで、「私、ためになる人」、「あなた、だめになる人」)の学校では洋式トイレが24.4%、全国平均が43.3%で増やそうというもので、理由として「背景には家庭や公共施設での洋式が一般化されたことがあり、学校や保護者などから改善を求める声が上がっていた。」「家庭などに和式トイレがないため、トイレトレーニングが必要だったという。」ということです。

なお、数か月前にも同様な記事が載っており、これには災害時、学校が避難所になり、高齢者には洋式トイレが楽なので、学校トイレは洋式に、といった感じでも書いてありました。

さて、「トイレトレーニング」とは、普通は、おむつを取り、一般のトイレを自分で使うためのトレーニングで、小学校に入る子供がおむつをしてくるのでしょうか、ここは、「トイレトレーニング」ではなく、「和式トイレの使い方」でしょう、長崎新聞さん。

ここで疑問なのが、学校で箸の持ち方から、トイレの使い方まで教えることがあるのかということ。最近、当然、家で教えるべきことを学校に押し付けている感じがします。


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災害時のことですが、洋式トイレにするといってもライフラインが確保できないとき、水はどうするんでしょう。

テレビでやっていた、途上国用のトイレ。安くて済み、少ない水ですみます。水洗トイレだと4ℓ以上の水がいるそうです。

たしか、和式便所の上にの便座をかぶせるだけで、洋式トイレにできるものがあったと思います。


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なお、雨水を貯めて、雑用水にも使えるタンクもあります。

現在、運動場開放でトイレも外に作っていますから、災害時に備えて「おつりイヤ式便所」と雨水利用タンク備え付ければいいことです。あとは、災害時に簡易の洋式便座を被せればいいことで。

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なお、子供が学校、家庭だけで暮らすのならいいのですが、遠足に行ったりするときはどうするんでしょう?公園のトイレはほとんど「和式水洗トイレ」でした。「洋式トイレ」でも担いでいくつもりでしょうか。

また、野外音楽祭、イベントには必ず簡易トイレが設置されていますが、これも「和式おつりイヤ式便所」です。

子供がこれを使い切れないから「我慢しなさい」では、かわいそうじゃないですか。ですから、どんな便所でも使い切れるような、たくましい子供を育てることが必要で、かような事から、学校の「洋式トイレ化」には絶対反対するものです。

和式便所の使い方は、子供を公園に連れて行って、保護者の方で教えればすむことです。


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昨年の大腸がん月間の時でしたか、座った真ん前にポスターが貼ってあり、トイレットペーパーを見たら、「大腸がんクイズ」が書いてありました。

現在、お尻は水で洗い、温風で乾かすようになっているのもありますが、私の知人で、ウンチのあと、トイレットペーパーで拭いて、まじまじと見たら、少し血が混じっていて病院に行ったら、初期大腸ガンだったそうで一命をとりとめました。

便利な世の中になりましたが、便利すぎるんじゃないかと思う、今日この頃です。


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2017年3月 4日 (土)

「Pine Tail Farm (パインテールファーム)」★販売所&カフェ オープン~雲仙市小浜町木場

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「パインテールファーム」の事を書くのは3回目になります。
雲仙市の各種イベントの時、移動式のピザ窯を持ってきて焼いているのを食べたら、上のチーズがおいしく、長崎などに卸しているそうですが、こちらでは手に入らず、お訪ねして買ったのが最初でした。

昨年だったか、奥様と話をしていると、いつかチーズの直売店を作りたいといわれていましたが、某日近くの国道を走っていると、「3月4日オープン 手作りチーズ・カフェ」との看板があったので、今日出かけてみました。

ロバさんのお迎えですが、確か以前は2匹で親子だったのですが、一匹増えていました。


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店内は明るく、今の時期、できれば窓際の方がいいかと。

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店に入ると左手にパイ焼き窯。右手に商品ケース。

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で、たくさん買ってきたわけですが、ホワイトデー用です。なにせ、あちらこちらの若い女性からチョコレートをもらいましたからお返しですが、いまさら、チョコレートとかクッキーとかはありふれて、ちょっとひねって今年は「手作りチーズ」にしました。

真ん中の石鹸みたいなのは、1年発酵したチーズですが、食べた後に、生乳の香りが口中に広がっておいしかった。


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メニューですが、ピザがトマトソースとゆず醤油ソース。お得なビザセットは、ピザ+サラダ、スープ、デザート、コーヒー。あと、コーヒーとソフトドリンク。

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裏側を見たら、お店のコーヒーは「ハニー珈琲」の豆を使っているそうですが、息子さんは「バリスタ世界チャンピオン」になった方だそうです。コーヒーはロイヤルブレンドとオークションロッド。

オークションロッドの説明に「コーヒーの品評会で入賞した世界有数のコーヒー『ラス・ボディハス』です。」と書いてあれば飲みたくなるじゃありませんか。900円でしたが・・・考えれば、東京では一杯一万円のコーヒーもあるし、酒、たばこ、女、賭け事はやらないし、これくらいの贅沢は、たまには良いじゃありませんか。お味は自分で飲んで判断してください。

ピザの生地は以前書いたことのある、南串山の「風の丘だんだん」さんのを使っているとか。地域のつながりを大切にしたいとのことでした。


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本当はピザパイを食べたかったのですが、家で食事を用意してあるので我慢しましたが、隣の席の方に「ピザの写真撮らせてください」と頼んで写真を撮りました。右がゆず醤油ソース、左がトマトソース。

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隠れ家的な店なので、少し分かりにくいので道の説明を。小浜から雲仙への道の途中、左のような看板がありますから右へ。まっすぐ行けば雲仙です。

しばらく行くと、右の写真のようなところへ出ます。まっす行けば口之津方面。左へ曲がります。「諏訪の池」方面になります。


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少し行けば「小平池」のバス停留所。すぐに左へ。曲がれば分かれ道は看板がありますから、あとはそれに従って。なお、以前にも書きましたが、道が狭いところがあるので、ベンツとか、まかり間違ってもキャデラックなどでは行かないほうが無難だと思います。

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お店の方は、土、日曜日のみ開店。これは、牛さんの世話に手がかかり、基本、夫婦お二人で世話をしてるからだそうです。なお、営業時間は11:00~13:30分。隠れ家的な感じで、知った方を連れて行くと喜ばれると思います。

下が作っている製品ですが、「オリーブ発酵バター」なんて美味ですよ。ここには載っていませんが、プレーンヨーグルトもありました。


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2017年3月 3日 (金)

私的「前立腺がん放射線治療」の心構え

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例によって、上の写真と以下の話は関係ありません。
なお、話は多少(ずいぶん?)フィクションが入っていますので、そのまま受け取らないように。

前から書いているように、3か月に一回病院で検査をしていますが。PSAの値が段々高くなって(値が4以上は要注意)6以上になり、拷問のごとき(少し大げさかな?)生体検査をすること3度。1回目は灰色、2回目は白、3回目に黒で、範囲は小さいものの、少し悪質とのこと。

で、「手術しますか?放射線治療にしますか?」でもって、「切るの絶対イヤ」ということで「放射線治療」を選んだわけですが、どちらにも、メリットとデメリットがあるわけですが・・・・

手術をした人の話を聞きしたところ、〇たなくなった。失禁することがある。これは、紙パンツがあり、慣れたら、もうすぐ出るようだから、小便に行こうかなということで解決しているそうです。

私の知人は放射線治療を受けましたが、なんともなく暮らしているそうです。近県の最先端治療の病院行ったところ、「順番待ちで、2,3年かかりますよ、今の病院も良い治療をされますよ」、ということで、県内の病院で治療をしたそうです。

なお、デメリットとして、放射線をあてて治療をしますから、ほかの臓器も傷つける恐れがあり、一度治療を受け再発した場合、再度の照射は放射線障害(照射した患部の付近にはダメージが残り、更に放射線を当てるのは危険)だということですが、詳しくは「ビッグコミック3月10日号」の「医者を見たら死神と思え」をお読みください。良く説明してあります。

放射線治療の場合は、半年ばかり女性ホルモン注射と薬でガンを抑え込んで、そのあと放射線治療をする(ということでした)のですが、私が女性ホルモン注射を打ち始めたのが一年くらい前で、おかげで、お乳も少し膨らんだみたいで、イヤ~ネ、という感じです。PSAの値は0・05で最低の値だそうです。

なお、放射線治療の場合は、2か月ばかりかかるそうですが、土、日曜日はお休みで帰宅してもいいそうです。

私の家から病院まで車で40分(通院はできますが、途中渋滞がひどく、特に、病院付近から病院まで20分くらいかかることがあり)くらいで、同じ治療を受けた人も、毎日通うのが一番しんどかったという話を聞いていたので、「入院させてくれませんか」、「退屈ですよ、治療時間も短いので、それ終わるとやることがなく、退屈して途中で通院に変えた方もありますが」、でも、2か月も通うのはイヤだから、「高齢者だし、最近高齢者の交通事故も増えて、私も時々アクセルとブレーキを踏み間違えたり、右に曲がるのを左に曲がったり(ということはありませんが)、事故が心配だし」ということで、入院に決定。

「部屋は個室にしますか、大部屋にしますか?」。「カラオケ付きの、カウンターバーがある部屋ありますか?」、「ありますが、あれは政治家がヤバイとき仮病につかう部屋なので」ということで、長期間だから大部屋でと思っていたら、カミサンが私に保険を(たぶん高額か?)をかけているらしく、「個室でもいいよ」。

「2か月も大丈夫か?時々帰ってはくるけど。」、「かえって伸び伸びしていいわ」と。私も、毎日カミサンに叱られなくて良いし、精神状態が安定するかもと。いわば「プチ離婚」という事になるのですが、久しぶりの独身生活を謳歌してこようと思います。家に帰った時、私の荷物が全部無くなっているのが心配ですが・・・

とにかく、なんでも前向きに明るく考えること、必要ですね。気候が良くなったころ入院しようと思いますが、治療の時はパンツも脱いでスッポンポンになるそうで、部分的に筋肉トレーニング(もちろん、あそこです。あそこといえば、あそこのことです)でもしようかと思っているとこです。ブログも途切れると思いますが、ご了承のほどを。できれば、実況などもしようと思っていますが。


今日は、三角帽子の「ピカチュウ」を捕まえたのでご紹介を。

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2017年3月 1日 (水)

「10秒のキス」~全亭協(全国日本亭主関白協会)シンボルストーリー

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昨年12月からだったか、毎月、全亭協会長のコラムが届くのですが、ここ3カ月ほど配信が無く、ホームページを見ても更新が無く、奥様とお別れになったのではと心配なのですが・・・

全亭協のホームページを見ていたら「10秒のキス」というコラムがあり、読んでみたら涙目になりました。

カミサンにいじめられても、カミサンには優しくすることが必要だと実感した次第です。実話です。(読みにくいので、段落は私のほうでつけました。)


十秒のキス

 例年より桜の開花が遅れていた。総合病院のエントランス脇にある数本の桜も5分咲きで、春の訪れを待ちわびている。 

 6時にロビーで待ち合わせていたが、高1になる長男から携帯に「少し遅れる」とメールが入った。高3の長女と中学2年の次男と一緒に一足先に妻の待つ病室に入ることにした。  乳ガンが全身に転移し、余命幾ばくもないと、みんなが知っている。モルヒネの効果だろうか、いつになく穏やかな顔だった。  先生が回診に来て、「どうですか、痛みはないですか」短い言葉に、妻は小さくうなずいた。 

 親の反対を押し切って結ばれた私たちは、社内恋愛だった。三人の子供にも恵まれ、それなりに幸せな毎日を送っていた。  今はもう、ベットに横たわる妻を見つめることしか、なす術がない。やがて先生は病室を去り、二人の看護師さんがテキパキと点滴を換えている。 

 長男が慌てて、病室に駆け込んできた。「ごめん、部活がおしちゃって」よほど慌てて来たのだろう。学ランの下からワイシャツがのぞいていた。  家族が全員揃ったのは久しぶりだ。子供たちの近況を聞いていた妻が、少しの微笑みと共に、私の方に目をやると、唐突に  「あなた、キスして」と言った。 

 二人の看護師さんと三人の子供たちには聞こえたのだろうか。一瞬ハッとしたが、ためらいもなく唇を重ねた。  生涯の中で、こんなに長いキスは初めてのような気がした。  薄目を開けて見れば、ひとすじの涙が頬を伝っている。そっと唇を離すと、嬉しそうに、だが、「短いのね」とスネてみせた。  看護師さんも子供達も見て見ぬふりをしていたような気がしたが、私は、「ふたりっきりの時にリクエストしてくれよ」と頭を掻いた。  精一杯の照れ隠しだったが、病室は静けさに覆われている。 

 やがて深い眠りが訪れたのを確かめて、病室を後にした。涙で、病院の長い廊下がユラユラと揺れていた。 

 それから丁度二週間後、妻は静かに息を引き取った。満開の桜の下で遺影を抱いた長女が、「あの時の母さん、とっても幸せそうだったね」とポツリ。  子供の前で交わしたキスからもう3年が経った。3人の子供達の心に深く刻み込まれたのだろう、短大を出た長女は、大学生と高校生になった弟達の面倒をよく見てくれている。  2人の息子達も明るく、真っ直ぐに育っている。 

 君の、最後のメッセージは、決していい夫ではなかった私の心にも、永遠に灯っている。 

 そして二度と交わすことが出来ない、君との「10秒のキス」を一生忘れないだろう。


最後に会長のコメントがあり

 このショートストーリーは全て実話。3年前に最愛の妻を亡くした全亭協の会員のN氏が天野にだけ語ってくれた「10秒のキス」物語。全亭協の会員へ夫婦愛の最高の形として密かに語り継がれている。もうすぐ満開の桜が咲く季節になる。

この話を公にしたことを、N氏の奥様はきっと天国で微笑んでいるに違いない。 彼は私に全亭協の愛の三原則、「ありがとう」「ごめんなさい」「愛してる」を妻が元気なうちに、もっともっと言えば良かったと、はにかんだ。



(上の写真は愛野町での「ロマンスウェディング」、
この話とは関係ありませんが、2年くらい前でしたか。幸せに過ごされていると思います。)



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