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2016年11月20日 - 2016年11月26日

2016年11月26日 (土)

「中林梧竹展」&「お茶会・お琴演奏」~雲仙市小浜町小浜歴史資料館

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12月25日まで、日下部鳴鶴、巖谷一六と並ぶ明治の三大書家、中林梧竹(1827~1913)の作品展が開かれています。合わせて、今日はお茶会とお琴の演奏。

カワユイお嬢さん方から、お茶を点て(立てるではありません。意味は各自学習してください)いただきましたが、どうも、お茶の飲み方が相変わらず良くわからず、そこは歳を取ったせいか、厚かましくも、お師匠さん(お茶の場合はお師匠さんで良いのかナ?)に、「飲み方教えてください」という事で、優しく教えていただき、おいしくいただく事が出来ました。家で飲んでいる、香典返しのお茶と比べれば、ダンチでした。

お茶を飲みながらのお琴の演奏も良いもので、久しぶりにホットするものを感じました。


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さりげなく飾られた、生け花。小さいながらも、良いですね。白いのは「初嵐」という椿だそうです。

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会場は、旧湯太夫邸(小浜温泉の湯元)、私が100回生まれ変わって稼いだとしても、追いつかないくらいの財力があります。

入口にいたる階段ですが、以前にも書いたように、島原城を廃城した時、買い受けてきた門があり、「先魁(さきがけ)門」か「田町門」ではないかということです。

なお、階段のすぐ下の方に「豊後の湯跡」があり、島原城主、松倉重昌がここで狂い死にをしています(暗殺説もあり)。(以前書いたかな?)


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落ち着いた佇まいの屋敷。我が家と違って、掃除するのも大変でしょうが・・・庭には源泉が噴き出ています。

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さて、「中林梧竹展」です。佐賀県小城出身、藩主に認められ江戸へ遊学、その後帰藩し、二度中国に渡り、六朝書体、墨絵等を学び、独特の書体を作り上げていきます。

九代目湯太夫、本多西男氏とは親しく、何度も湯太夫邸を訪れたそうです。
見れば、本当に独特の書体。


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時々、展示品を入れ替えますが、これまた初めての屏風。

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誰かと思えば、英一蝶の作品でした。署名の「一」の字が多少気になるのですが・・・・

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という事で、今日は、おいしいお茶と、良い音楽と、素晴らしい書、画を楽しんだ一日でした。体調は悪かったが・・・・・





2016年11月25日 (金)

「お籠(こも)り」の後は「現代」「ポスト」

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昨日は「神迎え」の日で、神事の後、直会(なおらい)。神様が戻ってこられるのが夜の12時という事で、昔は朝まで「お籠り」をしていたそうです。現在の町内でやっているところもあるそうですが、段々少なくなってきています。

神様が戻ってこられる時は、まったく無風のときでも、風がざーっと吹き、幟がバタバタ言う音が聞こえます。神官さんと話をしていると、どこでも同じ現象があるそうです。

昨日は、10時ころ電球が瞬間的に切れ、「あ!戻ってきたのかな?」「まあ、歳とっておられるけん、早よ帰って寝たいんじゃなか」と、結局は12時近くまで、みんなでワイワイして解散しましたが、今日は少し疲れていて、「『お籠り』の後は『現代』『ポスト』」で頑張ります!


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■「トランプバブルでこうして儲けろ」
■「安倍が考える『1月トランプ解散』」
■「『トランプ、案外いいかも』の声が続々上がり始めた」
■「『トランプバブルで2017年に日本経済は最高潮!』」

トランプさんが大統領選に当選した時、全世界が驚愕しました。同時に株価も下落をしましたが、その後、トランプさんの言動が段々温和になってきたせいか、株価も持ち直しましたが、相手は実業家、物事をビジネスライクに考える癖がついているはずで、はたして今後どうなるか、世の中そんな甘いもんじゃないと、皆さん人生経験で知っているはずですが。「喉元過ぎれば、バルブ忘れる」の言葉もあるのですが・・・

■「日本中が激震するウルトラ小池百合子『東京オリンピック返上』」

今日の、ネットのMSNニュースによると、ドン内田率いる自民党都議団の巻き返しがはじまったそうです。
オリンピック、豊洲市場等、問題蓄積ですが今の所世論がまだ味方していますが、特に、マスコミは熱しやすく冷めやすい、という事でどこまで人気が持つかですが。
「東京オリンピック返上」は最後の切り札でしょうが、また、劇場型政治になるかな。

■「銀行員が買わない投資・金融商品 保険会社の社員が買わない保険」

銀行員さんにも異動があり、前の銀行員さんは毎週の如く金融商品を勧めに来たのですが、新しい銀行員さんは全然来ません。以前、少し金融商品を買ってみたのですが、全然ダメでした。
「買わない投資・金融商品・保険」の一覧表が載せてあり、「名称」、「概要」、「注意点」等が書いてあるので、購入を考えておられる方は、ご参考にお読みください。

■「『免許返納したくない!』というシルバードライバーの声を聞いてみた」

最近お年寄りの自動車事故が多く、問題になっています。
都市部なら不便はありませんが、こちらは、商店がバタバタ倒れ、買い物に行くのにも、少し遠くまで行く必要があり、総合病院にいくにも不便です。なにせ、バスも30分に一本、場所によっては一時間一本です。
ということを考えると、私も「免許返納したくない!」の一人です。
自動車の安全面が急速に発達している現在、早くシルバーに合った自動車を作ってほしいものです。

■「『ダイオキシン上海蟹』でレストラン大パニック」

また、例の国ですが、香港の食品衛生管理局が、中国の水産会社2社の養殖上海蟹を検査したところ、基準値の5倍のダイオキシンが検出され、800㎏の蟹を回収したそうです。
中国産の「要注意」水産リストとして、ウナギの蒲焼、冷凍エビ、活アサリ、活ハマグリ、活ハモ、生ウニ、トラフグ、海苔、活スッポンが載せてあります。
料亭などで贅沢をしている方は要注意。わたくしは、素食(粗食ではありません)ですから、あまり関係ありませんが。

■「堺正章を襲った『味覚障害』の恐怖」

以前は「チューボーですよ!」はよく見ていました。「新チューボーですよ!」になり、堺正章さんの「あれ、最近は味付け失敗が多いな」と視聴者から心配の声が上がっていたそうですが、番組終了になったそうです。「味覚障害」が原因らしいのですが、「チューボーですよ!」時代から22年。堺正章、70歳。まだまだ、と思うのですが、残念です。そういえば、最近、カミサンの味付けが濃くなってきたみたいなのですが、大丈夫かな?それとも、私の味覚がおかしくなったのか?

■「薬の値段がおかしい」

薬の値段、種類によって高いですね。私が、前立腺のホルモン注射を3か月に一回打っていますが、お値段が?万円。ほかに、薬をいただいているのでかなりお金がかかります。
で、この価格、「中医協」が決めているそうで、「薬価」だけではなく、「診療報酬」も決めているそうですが、「心臓マッサージを30分施した場合の診療報酬は2500円ですが、風邪の診療報酬は4000円に設定されている」そうです。どこから見ても、おかしいですね。
「中医協」で決められている薬価が外国と違い、日本は「中医協という一つの組織にしか決定権がなく、医療の現場を知らない中央官庁の職員が薬価を決めているのです。中医協は非常に狭い『村社会』で、医療業界の利益を第一に考えている。」だそうですから、命にかかわることで、怖いものです。

■「『糖質制限』がん細胞が消えた」

本当かなとは思うのですが、要は「がんの栄養源を断つ」ということらしいのですが、理論、症状例、食べてもいいおかず例、できるだけ避けたおかず例なども載っているので、関心あるかたはお読みください。

■「浅田真央に『まだまだやれる!』と言うしかないテレビ局の懊悩」

この間TVで演技を見ていたら、悲しくなりました。
TVでは、「実力が出せれば」とか、「あそこで一本決めていれば」とか、「あれが決まっていれば」とか言っていますが、勝ちは勝ち、負けは負け。白々しく聞こえます。浅田真央さんの考え一つで、テレビ局が云々する問題ではないと思うのですが。

■「民放の”おっぱい自粛”どこ吹く風!NHK『日活ロマンポルノ』特集に驚いた」

NHKのBSプレミアムで放送があったそうですが、なんと、警察に摘発された作品まで放映されたそうですから、見れなくて残念。もっとも、大蔵映画のパートカラーの映画(普通は白黒、例の部分になるとカラー)も放映してもらいたいものです。エロも立派な民俗学で、柳田國男はこの方面には直接触れてはおりませんが・・・

■「死ぬまで 死ぬほど 〇E〇」シリーズ

毎週よく話題をかんがえるもので、ここまでくると執念というか、怨念を感じます。
「男の煩悩」に全て応える最先端のHな話。」「世界最強のエロ動画サイト、ついに登場『VR』から人気女優・三上悠亜の幻の〇位「Y位」まで紹介」ということですが、何となくパワーが落ちてきたような。

■「今宵『非常識な〇E〇』をしてみよう」

「歳をとったら、チマチマしたことや世間体は考えなくていい」「誰もが言う、セ〇〇スで大事なのは気遣いだ、優しさだ、と。だが、年齢と経験を重ねれば、そんな陳腐な常識は不要になる『非常識』こそが快〇の源だ!
という事らしいのですが、私は「常識的」な人間なので、中身はパス。

■グラビアですが、

「写真家・早田雄二(生誕100年)と昭和の名女優たち」
原節子のほか、有名女優の写真が並んでいますが、はやり、「原節子」さんには凄いオーラを感じますね。





2016年11月23日 (水)

「島原・雲仙・南島原の昭和」(樹林社刊)~写真は撮るべし・取っておくべし 【付録】橘神社門松作り始まる

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昨日、TSUTAYAさんから電話があり、頼んでいた本が着いたとかで取りに行きました。「島原・雲仙・南島原の昭和」。「予約多かった?」「はい、多いですね」。私の後ろに並んだ方も、「昨日、予約の本で連絡あったけど・・・」。見ると、一緒の本でした。

写真集といえば、すぐに買うのが私の趣味で、昔と今と比べると参考になるところがあります。(ヌード写真は別・実物のほうが良い)


今回の話の写真は残念ながら、この写真集には載せてありません。なにせ、島原半島は昔、1市16町と範囲が広いので、各町数点づつの写真ですが、それでも役に立つところはありました。

さて、平成4年の千々石町老人クラブ連合会で、「懐かしいふるさと写真集」を発行しており、この中で、千々石の氏神様、温泉神社の写真に一枚、興味があるのですが


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現在の同じような地点で撮った写真ですが、上の写真は上側から撮ったような感じです。今は駐車場ですが、多分以前畑があって、そこから撮ったと思われます。

さて、現在、同じような角度から撮った写真。


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違いが分かるかと思いますが、鳥居が一基と二基の違い、境内への入り口の違い、境内のすぐ横に家がありますが、たぶん社務所でしょう。現在は、川を隔てたところにあります。

さて、一番上の写真の赤丸印のところ、写真が荒くよく読めませんが、「一千二百年?祭??」と書いてあるのですが、この、一千二百年が、紀元は一千二百年なのか、神社ができてから一千二百年なのか?

千々石の温泉神社は、雲仙の温泉神社の末社になり、島原半島においても由緒のある神社なのですが、調べてみると「千々石町郷土誌」に次のように書いてありました。

「雲仙の本社である温泉神社一ノ鳥居に『明治三十三年三月 一千二百年祭』と彫ってある。山田社(吾妻町山田・こちらも雲仙の温泉神社の末社になります)で明治三六年に一千二百年祭を執行したとある。」

とありますから、一番上の写真の鳥居は、明治三十三~明治三十六年あたりに建てられたと考えられます。

下の写真、一の鳥居が、「明治三十八年十月」に建てられた、日露戦従賽記念の鳥居です。二の鳥居が「天保四年癸己九月」となっています。

ということは、「天保四年」→「一千二百年祭」→「日露戦従賽記念」の順で鳥居が建てられたことになるのですが、一番上の写真には「一千二百年」の鳥居しか写っていません。考えられるのは、あと二基の鳥居は、もっと奥のほうに建てられ、写真には写らなかった、もしくは、入り口あたりを改築したとき、一時的に解体したか。

いずれにしても、「一千二百年祭」の鳥居が現在もなく、どうなったのでしょう?
大正11年に、「肥前国千々石灘地震」が起こっているので、「一千二百年」の鳥居だけが倒壊したものか。残念ながら、記録がありません。

現在の鳥居、熊本地震の影響でしょうか、鳥居の「貫」部分が抜け落ちているのが分かると思います。

でもって、

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祭りのとき、奉納踊りなどをしますが、その横に皆さんが見る所、ここに、二本の鳥居らしきものがあり、ベンチ代わりに使っていますが、ひっくり返してみると、ひょっとしたら、「一千二百年祭」という文字が現れるかもです。表側は皆さんがお座りになられるので、摩耗しています。

さて、一枚の写真ですが、これだけで色々な事が考えられ、「写真は撮るべし、取っておくべし」ですね。


【付録】

橘神社の大門松づくりが始まりました。


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これから、ひと月あまり、土台作り、また竹を巻いていったりで大変な作業が始まります。休日が主な作業日になるようですが、お近くを通りの際は、ご見学を。






2016年11月22日 (火)

2016「三十路苑」(11月22日現在)情報~雲仙市小浜町

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以前は隠れた名所でしたが、最近はNHKでも紹介され、先週だったか、まだ青紅葉が多く、あれから一週間。もう見ごろだと思い、ふと思い出し、明日は休日でお客さんが多いな、という事で朝少し早く出かけてみたら、ご覧の通り、まだ少し早かったかという状況でした。

下の写真が、2012年11月20日、ライトアップされた写真です。


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ライトアップは今年も、午後5時半から行っているとの事です。
最近、暖かい日が続いたせいか、まだ十分には色づく状態ではなかったかと思われます。

以前書いたと思いますが、某作家が桜の名所のお寺に電話をかけ、桜の状態を聞いたら、「桜はあなたのために咲いているのではありません。花よし、花散るもよし、葉桜よし、枯れてよし。桜はいつでも見頃です、いつでもお越しください。」と言われたそうです。

青い葉、黄色い葉、赤く色づいた葉、いろいろありましたが、金子みすずさんの「みんなちがって、みんないい」との言葉を思い出し、いろんな葉を楽しんできました。写真を下に貼っておきますので、各自楽しんでください。


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平日にもかかわらず、私が着いた直後から団体さんと、カメラを持った方が次々と。団体の方は、「イレグン・ハングルグン・ハマシュミダ」【「なんて素敵なんだろう」(多分)】と話していたので、かの国の方でしょう。

でも、カメラ持っている方は、本当に良いの持ってますね。私のも買い換え時か。

紅葉は十分に見られませんでしたが、帰りがけ、真っ赤なものを見ました。


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蛇足ながら、今日は11月22日、「いいふうふ」の日です。私たちの結婚式の日は、11月12日、「いいひに」結婚です。今年は、「いつまでも、愛しているよ。」と言ってみようかと思ってましたが、忘れていました。もっとも、「ボケたんじゃない」と言われたでしょうが・・weep





2016年11月21日 (月)

2016「福石様〆縄うち直し」~雲仙市千々石町海岸福石様

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福石様の〆縄が古くなり、昨日、うち直しをしました。誰が言ったか、「女房と〆縄は新しい方が良い」。

残念ながら、この日は曇りで、良い写真が撮れませんでしたが、夕日がきれいな時は良い写真が撮れます。最近は、写真を撮りに来る方が増えているとか。

十数年来、〆縄が朽ちて無くなっていたものを、はやり無いと寂しいとの事で、有志で昨年から復活させましたが、なにせ長期間作った経験がないので、昨年は2日間をかけましたが、今年は慣れたので一日で大丈夫だろうと。

とは言っても、これだけの藁、集めるのが大変だろうということで、先週から先発隊が藁集め。

昔なら、「おとうは土間で藁打ち仕事」でしょうが、これだけあると、のんびりしてもいられないので、工事用の機械を使って藁が柔らかくなるように打ちます。


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で、みんな座り込んで何を作っているかというと、ワラを数本まとめて右のようなものを作ります。縄を組んでいくとき、これを差し込みながら組んでいきます。

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縄は三人で組んでいきますが、縄に先ほど作ったものを差し込んで、縄を右によじりながら、左の人に渡していきます。

縄を捩るのが3名、差し込む藁を渡していくのが3名、縄の中心にロープを入れていますから、絡まないように回して渡していく役が3名、できた縄を引き上げるのが1名。10名ほどで〆縄を作っていきます。


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できた〆縄を運んで、福石様に渡していきますが、岩が滑りますから、これも大変な作業です。下はモロ海で岩がゴロゴロしています。

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昨年は作り方が良くわからず、昔、〆縄を作っていた高齢者の方から、「少し細かな、特に真ん中んとこが」と言われていたのですが、今年は「大きくて、良かな」と。

その後、神事で、橘神社の神官さんのもと、安全を祈って祈願。なお、神主さんは、橘中佐の曾孫さんです。

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出来上がって、写真をパチリ。
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近くのお年寄りと話をしていると、「やっぱり、毎年張り替えんといかんな」。

〆縄の打ち直しに参加された方は、一日大変だったと思いますが、やはり、この〆縄がないと福石様らしくなく、皆さんの安全祈願でもあり、また、来年の打ち直しを期待したいものです。

なお、写真の初心者の方は、逆光の写真の撮り方を勉強するのに最高の場所です。是非、お越しください。





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