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2016年8月14日 - 2016年8月20日

2016年8月20日 (土)

「ペコロスのいつか母ちゃんにありがとう~介護げなげな話」~岡野雄一著

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「ペコロスの母に会いに行く」、「ペコロスの母の玉手箱」、「ペコロスの母の贈り物」、「みつえばあちゃんとボク」。以前紹介しましたが、今日新刊が出ていたので買ってきました。いつものように、涙なくては笑えません。イラストとエッセイの本です。

昔は、ボケても、病気になっても、ほとんど自宅で息を引き取っていました。ウチの祖母(祖父は生まれる前に亡くなっていたので、写真以外顔も知りません)も半年ばかり家で寝込み、亡くなりましたが、小学生の目からみても、母の大変さは分かりました。

現在は病気の時は病院、ボケても、ケアハウス、グループホーム等あり、私の両親もケアハウスにお世話になりました。

前にも週刊誌の記事で紹介したように、介護疲れで悲しいことが起こっていますが、ペコロスさんは最後のほうに、「プチ親不孝」について、自分の経験から、介護について書いています。

「24時間親孝行はできない」、「アンテナを立てる」、「施設に預けることについて」、「親の年金は、『天からの送金』」、「親不孝の時間を持とう」。

岡野さんのお母さんは胃ろう手術をされたそうですが、「もしかしたらすごく親不孝なことをしているんじゃないかと思いました。」ということですが、詩人でお父さんの介護をされた、伊藤比呂美さんから、「いいんですよ、それでお母さんは岡野さんのメシのタネなんだから」と言ってくれたのが、ものすごくありがたかったそうですが、「『引きずるのが当たり前』だと、素晴らしい選択なんてあるはずがない、後ろめたさやいろんな引きずりがあってこその介護だ、みたいな言い方をしてくれた」ということですが、私も、父が亡くなるとき「延命措置をしますか」と言われ、以前から苦しんでいたので、これ以上無理だと思い断りましたが、3年ばかりたっても、「親不孝をしたんじゃないか」と「引きずって」いますが、この本を読んで、少しは心が楽になりました。

自分が介護する、あるいは介護される年代になる。お互いに大変です。「介護倒れ」にならないヒントが、この本にたくさん書いてあるので、「介護」に悩んでいる方、考えている方、是非参考に読んでみてくだい。介護にこんな考えもあるのかと、なんとなく肩の力が抜けてきます。






2016年8月19日 (金)

ピンチヒッター「週刊新潮」・「週刊文春」

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今日、本屋さんに行くといつもの「ポスト」と「現代」が、お盆休みのためか休刊で、上の2誌が並んでいたので、「ピンチヒッター『週刊新潮』・『週刊文春』」


■「SMAP」解散の魑魅魍魎
■「覆水盆にSMAP」「SMAP解散『僕たちは15年前に壊れていた』」

「SMAP」というと、私よりいい男ばかりなので、あまり取り上げたくないのですが、全国民の社会現象ですから・・・・
兎に角(とにかく)、二転三転しましたが、結局今年一杯で解散になりそうです。ではなく、「なります」。
「15年前」というと、木村拓哉と工藤静香の結婚で、「結婚を機に、木村は変わったそれまで盤石の信頼を築いてきた飯島氏(マネージャー)との間に、ぎこちない空気が漂いはじめ、仕事より家族を優先する木村と、他のメンバーの関係性にも大きな隔たりが生じてしまった。」ということらしいのですが、5名とも所属は、ジャニーズ事務所のままで、「『オーナー家』に冷遇されれば『香取・稲垣・草彅
』の断崖絶壁」ということで、第2幕がありそうな?

■「小池百合子が切り込む都議会ドン『疑惑の核心』」

「築地移転の旗振り役 江東区長は側近で息子も自民都議」、「1件10万円で50人を名門中に裏口させたドン内田」、「小池特別秘書は大日本帝国憲法復活論者で猪木と金銭トラブル」
叩けばあちらこちらホコリが出るようで、盆も終わり本格的に都議会対小池都知事の攻防戦が見られそうで、傍観者としては興味津々(しんしん)。


■「尖閣に漁船、公船を繰り出す習近平の焦燥」

尖閣諸島に漁船、公船がウロウロしているとか。これには、ハーグ仲裁裁判所が南シナ海での中国の領有権に関する主張を全面的に退けた影響、世界情勢関係もあるようですが、漁船の衝突事件が起こり、救助したのが海上保安庁。中国内でも批判があるようです。
インドネシアでは不法操業も多いらしく、違反が確定した船、18隻を爆破し、そのうち1隻が中国の船。ただし、捕獲した20隻以上は爆破せず、議会からは「弱腰」と言われているそうですが、さて、日本では・・・

■「『内村航平』の着地がきまらない『美人妻』と実母の嫁姑問題」
■「『ムスコを嫁に取られて』内村航平 祖母が明かす嫁姑問題」

金メダルの内村航平さんも、競技を離れれば普通の人みたいで、なんとなくホッとしますが、競技に影響がなければいいのですが。

■「ティファニー一揃い100万円!『福原愛』これじゃ勝てない!」
■「福原愛ティファニー 50万円ネックレスは彼氏のプレゼント?」

ネックレスが50万程度、イエローゴールドのピアスが7万弱、ブレスレットが約45万か50万。記者のみなさん、よく見てご存じだこと。
我々の時は、女子の競技者がネックレスを付けていただけで、「らしくない」と思っていましたが、今やどの女子選手(競技によって違います、レスリングなどでは、ネックレスなどはつけられません)も、アクセサリーをつけています。時代は変わっているのです。


■「藤原雅彦の 管見妄語 打たれ強い人」

藤原氏は、作家・新田次郎氏の息子。小さいときは親から叱られ、中高のサッカー部で試合に負けたとき、なぜか叱られるのは藤原氏ばかり。
「それに結婚後は毎日、女房に一挙手一投足を叱られている。私への反撃も容赦ない。『家、学校、サッカー部では叱られ役として貴重な存在だった』と言うと、『あなたが家でも学校でもワルで、サッカーも下手だったというだけのこと。美化しないで』と言う。『お前は性格が悪い』と攻めると『あなたは人格が低い』」と言い返す。何を言っても倍返しだ。私がめったにテレビに出ないのは女房が「あなたの顔をじっと見ていると具合が悪くなる」と言うからだ。」
新田次郎氏の息子さんにして、この状況。ウチとあまり変わりません。藤原氏、河合栄次郎氏「学生に与ふ」の文章を引用し、「他人の批評なるものは、何人に対しても起こるものではない。何らかの存在価値があり、その存在を無視しえない人物にたいしてのみ起こる。」と言うことで、奥様に叱られている方、自信を持って生きていきましょう。

■「”減塩の切り札”(高血圧・糖尿病・認知症予防に!)乳和食レシピ」

塩分の取りすぎは健康に悪いといわれています。ただ、塩分が少ないと、味が落ちてしまいます。そこで、「和食と牛乳をコラボさせた」のが「乳和食」。
「『乳和食』の作り方は至ってシンプルで、料理で使う出し汁や、水を牛乳と置き換えるだけでよい。」というもの。味噌汁などに入れても、良いお味だそうです。考えれば、千々石にあったチャンポン屋さん、「特製チャンポン」を頼むと、だし汁に牛乳が入っていて、あれは美味しかった。

■「『危険な手術』はこう断れ」

群馬大学医学部付属病院の杜撰(ずさん)な手術が問題になりました。大学の病院というと、最新の機材、優秀な人材がそろっているのですが・・・「こんな医師の手術は断れ!」ということで5点ばかり書いてあるので。

①合併症率や死亡率などの具体的な数字でリスクを提示せず、手術の安全性ばかり強調する場合
②手術の難易度について説明せず、あたかも簡単かのように強調して説明する場合
③手術を受けるかどうか考える時間を患者に与えず、急がすように手術に誘導する場合
④手術しないという選択肢を示さず、「手術ありき」で説明してきた場合
⑤他の医師のセカンドオピニオンを聞きたいと申し出たら、機嫌を損ねてしまった場合

■「甲子園から女子マネを締め出した高野連と朝日の人権意識」

ご存知のように、甲子園でノックのボールを渡していたのが、女性マネージャーで、「女性」だからということで退場させられました。
昔、女性マラソンが実施されると聞いたときは、とても無理と思ったものですが、いまや、ラグビー、サッカー、レスリングなんでもありで、時代は変わっているのです。それがわからない高野連、朝日、古いな。


■「テレビ健康診断~花森安治のオカッパこそ再現してほしいのだが」

あ~、やはり同じことを考える方がいるもんで、「とと姉ちゃん」は「暮らしの手帖」をモデルにしたもので、「暮らしの手帖」といえば、編集長の花森安治さん。独特のオカッパ頭とスカート姿が有名でした。スカート姿は一回出てきましたが、はやりあの姿、ドラマでも見たいものです。
なお、片桐はいりさんのところにオファーが来た時、てっきり、花森安治さんの役ではなかったかと思ったそうです。はいりさんなら、似合いそうな。


この2冊、例によって色気物はありません。ご了解のほどを m(_ _)m






2016年8月18日 (木)

「人生で大切なたったひとつのこと」ジョージ・ソーンダーズ著★外山滋比古・佐藤由紀訳~軽くて重い本

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わずか150グラム、63ページの本ですが、中身は重くて深い本です。

この本は、2013年5月12日、ニューヨーク州の名門校 、シラキュース大学教養学部の卒業式で、ジョーン・ソーンダーズ氏がおこなったスピーチだそうで、「20分の原稿を用意していたが、卒業式の2日前に8分間」と聞かされたそうです。

卒業式のスピーチなど覚えている方は少くないと思いますが、このスピーチは、「卒業式から三ヶ月後の七月二十一日、ニューヨーク・タイムズ紙のウェッブサイトにスピーチ原稿が掲載されると、たちまちアクセス数が百万を越え、世界中で反響を巻き起こします。」という事で、中は原文の英語と日本語の訳文からなっています。

著者は最初の方で、「さて、としよりとつきあっていいこと、といえば、おカネを借りることや、ダンスのひとつも踊らせて、それを見て笑いとばすことくらいでしょう。実は、あなたがたの役に立つことがもうひとつあります。『人生を振り返ってあなたが後悔していることは何ですか?』とたずねることです。・・・」

著者はここで、エレンという女の子の事を書いています(内容は読んでください)。別段いじめをしたという事ではないのですが、「わたしが人生でもっとも後悔しているのは、『やさしさがたりなかった』ということです。」と書いていますが、どうして、人生でもっとも後悔しているのか、各自、読み方で違ってくるとは思いますが。

次の質問、「そこで、百万ドルの値打ちがある質問です。問題は何か?わたしたちは、どうしてもっとやさしいひとになれないのでしょうか?」

もう一つ、「そこで、ふたつめの百万ドルの質問です。わたしたちはどうすればいいのか?どうすれば、もっと愛情があって、もっと心を開いて、いまより自分勝手ではなく、いま起きていることをもっと意識して、いまより非現実的でない、などなどの・・・人になれるのでしょうか?」

著者は、「やさしさ」ということを中心に話を進めますが、やさしくなれる事の困難、やさしさの素晴らしさ、どうしたらやさしくなれるかなどのヒントを提示していますが、理解するには一筋縄ではではいかず、「おわりに」で、外山滋比古氏も次のように書いています。

「この本を最初に読んだとき、はじめの部分がよくわからなかった。ことばは分かっても心が伝わらない。後半になるとずっとわかりがよくなるが、なお、はっきりしないところがある。あわてて、もう一度、読み返してみるとよくわかる。こちらの読み方のせいばかりでなく、この本はもともと二度よまれることをのぞんでいるのかもしれない。
 古来、詩歌は、一度だけではなく二度読まれることを前提にしているようである。和歌の披講で二度、読み上げられるのは偶然ではない。すぐれた表現は再読をもとめる。」

私も三度ばかり読み返しているのですが、まだ十分理解できたとはいえず、まあ、このような本を置いて時々読み返し、少しずつでも分かればと思っています。理解できたところは、自分が進歩したと思いながら・・・・

2016年8月17日 (水)

「お地蔵さん★地蔵さん祭」~雲仙市千々石町

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昨日、ブログをアップしようと思ったら、「インターネットにアクセスできません」という事で、記事が全部パーになり今日書き直し。です。

以前「お地蔵さん祭」の事を書きましたが、4月ばかりと思っていたのですが、千々石川のあたりを通っていたら、何やら人だかりがしていたので、寄ってみたら、「お地蔵さん祭」でした。

この、上塩浜自治会では、川を利用して、こどもの日は鯉のぼりの飾り付け、七夕の時は七夕の飾りつけ、特に、クリスマスの時は、手作りのキャンドルが川に光が反射して、素敵な風景が楽しめます。

いつもは、吹きさらしのお地蔵さんですが、今日は日よけのテントも張ってもらい、お供え物がたくさん飾ってあって、楽しい一日だったでしょう。

話では近くの下塩浜の公民館でも、祭りをしているとか。行ってみると、榊が置いてあって、たぶん、神事が終わったところだと思います。「さっきまで、鯛や野菜が飾ってあったとばってん」と、来るのが少し遅かったみたいですが、このお地蔵さんも普段は外においてあるのですが、今日は一番の上座。

で、他に祭りがないか、町内を少々回ったのですが、残念ながらここの2か所だけでした。回ったついでに、写真を撮ってきたので・・・


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「大操子(うぐるす)」のお地蔵さま、キリシタン地蔵だといわれていますが???
専門家の話では「くるす」の地名は、キリシタンに関係があるところが多いとか、ですが、今のところ実証はできていません。

「昭和54年 千々石郷土史」の「珍しい千々石町地区名の由来(一部)」に「うぐるす」として、「初春、うぐいすのきれいな鳴声が聞かれるところ。」とあり、平成10年の「千々石郷土史」の方言のところに「ウグユス」として「うぐいす」と書いてあり、「うぐるす」と「ウグユス」。どうも、こちらのほうが分かりやすいのですが・・・

「大操子」の漢字については、小字を地図につけるとき適当につけたのか、他に本来の意味があるのかはわかりません。

ただ、ちぢわでは「大(お・おお)」が「う」の音に変化することがあり、高齢者の方では、「大堀(おおほり)」を「ううぼり」、「大迫(おおさこ)」を「うーさこ」などと発音し、「大操子」も標準語でいえば、「おぐるす」ではないかと思うのですが、昔の資料がないためわかりません。


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こちらは畑で、自然石の野面積みの石垣でした。新しく石垣を組みましたが、お地蔵さんをちゃんとお祀りするよう工夫してあります。お地蔵さんを大切にする気持ちが伝わってきます

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柳原水源。ここの水はおいしいので、たくさんの方が利用をしています。
右の石祠。向かって右側に、「文化十癸(みずのと)酉(とり)七月吉兆日」。文化十年は1813年ですから、今から203年ほど前の石祠と、多分水神様だと思いますが、この湧水は随分前から湧いていたものだと思われます。

左側には、「願主 小田喜三治長近 石工 南有馬村 九郎治」。南有馬村というと随分離れているみたいですが、千々石庄屋との関係があり、これは、少し調べて、また報告を。


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なお、丸印の部分、布がかけられ上しか分かりませんが、梵字の「カ」かと思われます。地蔵菩薩、閻魔王等を表す文字らしいです。下の部分は、4月の地蔵祭りの時にでも・・・

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こちらのお地蔵さんの特徴は耳が大きいこと。お金を随分貯めているのでしょうが、私もあやかるように、お耳をナデナデしてきました。

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いつも二体で仲良く並んでいるお地蔵さん。うらやましいですね。ウチもこんなにあればいいのですが・・・・
右はきれいな花だ、と思ったら造花でした。この暑い日、生花だと3,4日も持てません。ウチの墓の供花も夏場は造花を使っています。


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いつも三体並んでいますが、なんとなく「とと姉ちゃん」の仲良し三姉妹を思い出します。
右は新しい地蔵さんみたいですが、土台の石が上の地蔵さんとマッチして、もう少し年月を経るといい感じになるみたい。


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お隣の諫早市有喜町では祭りをしてないか、行ってみましたが残念でした。
しかし、このお地蔵さん工夫してますね。聞いたところ、ここくらいまで海が来ていたとのことでした。いつも綺麗にしてあります。


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お地蔵さんと親しまれていますが、本名「地蔵菩薩」。お釈迦様の亡くなった後、弥勒菩薩が現れるまでの56億7000万年、現世に仏様が不在になるので、その間、六道(地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道)を輪廻して、我々、人間を救ってくれる菩薩様です。

あちらこちら見ながら、お地蔵さんが私たちに一番身近で、親しまれている菩薩様だと感じたものでした。





2016年8月15日 (月)

「昭和のTV・TVの昭和」

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今日の「とと姉ちゃん」の一場面です。見たとたん、「あ!テレビだ」と思いました。

ハイビジョンでもなく、今から出てくるであろう4Kテレビでもなく、もちろんリモコンもなく、ガチャガチャと回すチャンネル。そして、ボリューム、もちろんこちらも手で回すもの。白黒?あたりまえですよ。TVの原点です。これがキャビネットに入って、前に仏壇みたいに扉が付いていて、まさに「神器」でした。

当時、長崎は三菱造船が景気良く、テレビも冷蔵庫も扇風機も、最初に買うのは三菱造船所勤務の方でした。私の父は公務員でしたが、あの頃、公務員と言うと貧乏人の代名詞みたいなもので、飲み屋に行っても金が足りない時、「三菱の方はつけますが、県庁の方はつけません」と言われたそうで、まさに、時代は変わる。ですね。

さて、ウチの近くの三菱造船所の方がTVを買って、その家の子供と友達で、毎日入りびたりでTVを見ていたのですが、さすが、父も気の毒だったのか、TVが入りました。

月光仮面、鉄腕アトム、鉄人28号、プロレス、相撲(NHKと民放で放映していました)、ウルトラマン、デズニィーアワーそして、私の好きな「夢であいましょう」その他諸々で、今のように、何チャンネルもあるわけではなく、何を見るか迷わなくてもよかった。

プロレスを別にすれば、思い出すのが、東京オリンピック。東洋の魔女、体操など今のを見れば実に初歩的な演技でしたが、興奮しました、水泳も強かった。マラソンの円谷選手、残念ながら自死されました。ヘーシンクが金メダルを取ったのには残念でしたが・・・

二つ目に思い出すのが、現天皇陛下と美智子妃様の結婚式のパレード、馬車でパレードをされましたが、美智子様のあまりのお美しさ。結婚するなら、このような方と思いましたが、夢遥かに遠くでした。

三つ目に思い出すのが、日米間の初のTV中継。ケネディ大統領の悲報が、その日米間の初のTV中継で放映されたのは衝撃的でした。

当時は、VTRなどなく、生放送でドラマの脚本がギリギリにできると、覚える時間などなく、脚本を床において、それを読んでいたそうです。

おぼろげながら、「昔が良かったはずがない」という本があったと思います。その通りだと思いますが、TVで少し評判をとると、他局で真似ばかり。
今日の「とと姉ちゃん」を見ながら、TVは昔の方が面白かったかな、と思った一日でありました。よ。






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