« 2016年4月17日 - 2016年4月23日 | トップページ | 2016年5月1日 - 2016年5月7日 »

2016年4月24日 - 2016年4月30日

2016年4月30日 (土)

「家庭内のヒエラルキー」~全国亭主関白協会 天野周一会長

Dsc_0077

上の写真は、今日の天野会長の話とは関係ありません。


雲仙方面の「ドウダンツツジ」が咲いているとかで、いつもの田代原に行ってみま

した。可憐な花ですね。ウチのカミサンも、このような時期があったかと思うと・・


ところで、このような看板がありました。

Dsc04194_2 Dsc04198

左の写真、ここはまっすぐ行って右がキャンプ場。左へ曲がれば九州自然歩道

になり、また、吾妻岳への登り口があります。これじゃ、自然歩道、吾妻岳に登る

のに有料みたいで、嫌な感じ。チェーンまで張って。


お、すぐ左手にも広場があり、以前は無料で遠足、家族でのレクリエーション

使っていたのですが、これまでして、金を取らないといけないんですかね?雲仙

市の良識を疑います。キャンプ場は勿論有料でもかまいませんが・・・


右の看板「自然歩道」をバイクで走る奴がいるんですかね。イノシシに追われて

餌食になればいいのですが、イノシシは草食動物ですが・・・


さて、本論です。いつものように、全亭協天野会長よりメルマガが届いたので、皆

様にもお裾分けを。



■家庭内のヒエラルキー(上下関係)は愛妻、娘、ペット、亭主である。

  四番目と嘆いてはいけない。まだ家族だ(笑)


愛妻は武田信玄の末えいである事はほぼ確信している。

手の早き事風の如く。ふたりっきりの食事の静かなる事林の如く。ちょっとした事

で怒る事、火の如く。何を頼んでも動かざる事、山の如しである(笑)。とは言

え、本当は優しいのだ。ペットには。


家庭でのヒエラルキーだが、亭主は四番目の位。愛妻、娘、ペット、亭主。自覚

はしていたが、ある時、熱をだし寝込んだ事があった。


「熱がなかなか下がんなくてね」「そうなのよ、元気がないから心配してたの」や

はり、いざという時は超絶優しい。


「よし、やっぱり病院に連れていくわ」ほらね。これが愛妻の本性である。「じゃ、

着替えるね」「何が」。会話がお笑いのアンジャッシュのように、微妙にすれ違っ

ている。


「何がって病院に行くんだろう」「いやいや、猫ちゃんよ。2,3日前から食が細い

のよ」。って、素敵な勘違いにポッ。「あなたはこれを被ってなさい」キャベツをひと

皮剥いてくれた。「いやいや、これ、何のおまじない?」抵抗するヒマもなく、頭に

被せられたのだ。キャベツの皮を頭にキャップのように被せられた図。もはやコン

トであろう。


ところが、驚いた。眠りから覚めると、嘘のように熱が下
がっていたのだ。「キャベ

ツって凄いね」「何かの本で読んだのよ。あらやだ、本当に治ったの」ってどうよ

(笑)。


動物病院は数千円かかるだろう。私はキャベツ一枚。けちではないと思う。ペット

には惜しげもなくお金を使ってらっしゃるし。ただ、愛情の質が少しだけ違うのだ

ろう。私には、病院や薬などに頼らないで、自然治癒力を高めなさいという、高度

な愛情を感じてる。夜のおかずは、手間暇がかかると、滅多にしない、ロールキ

ャベツであった。



さて、ゴールデンウィークなので、オマケにもう一つ。「お悩み相談」というのがあ

り、今回のは、世のご主人、覚えがある方が多いと思いますので・・ウチもです

が、熟読のほどを。



【相談事】

妻が私の顔を見るとため息をつくのです。

夫婦の会話はほとんどありません。今では慣れました。今は顔を合わせるだけで

ため息をつかれます。なぜか?聞くことができません。何故でしょう?(久留米市

会社員 66歳)


【回答】

まずは土下座をして「いろいろごめん、僕はきみのおかげです」と切り出してみま

しょう。


どうやら熟年離婚まっしぐら状態です。そうでなくても、同じ墓に入ることは無理

かも知れません(笑)。


でも、心配ご無用。全国亭主関白協会は、そんな亭主の為にあるのです。まず、

悪化の一途を辿り続けている原因は、亭主にあると自覚することからです。


顔を見ただけでため息をつかれる位は軽症です。なぜなら、顔を見て頂いている

のですから(笑)。全亭協の会員の中には、会話がないばかりか、もう何年も目を

合わせた事がない亭主もおります。妻の顔が思い出せないと嘆いていました。


夫婦は合わせ鏡で
す。

妻ではなく、普段からあなたがため息をついているのです。そもそも、妻が自分

の顔を見てため息をつく理由がわからない事に最大の原因があるのです。あな

たにウンザリしているからでしょう(笑)。


ひょっとしたら、心の中では自分は悪くない、妻が悪いんだと思ってらっしゃるの

ではありませんか。


まず、土下座をして「いろいろごめん、僕は君のおかげです」と切り出してみましょ

う。そこから何かが始まります。始まらなくても責任は負いませんが(笑)。



という事で、身に覚えのある方は、全亭協に入会して、研鑽、実践を・・・








2016年4月29日 (金)

「もってこい!長崎」~「ぼんじりネギマヨ丼・830円→500円」

2_2

「ぼんじりネギマヨ丼」、830円を500円で食べて来ました。


ブログ、「正しい休日の過ごし方」の「心づくし」さんが、よく「500円ランチパスポ

ート」の事を書かれており、紹介は→こちらをクリック。多分「500円ランチパスポ

ート」の本を買って、紹介してあるお店屋さん持っていけば、500円でランチが食

されるな、とは想像できるのですが、こちらの本屋さんでは見かける事もなく、心

づくしさんの紹介されるお店屋さんも、長崎市内、長崎市近郊が多く、諫早、大

あたりが若干といったところで、店の紹介はほとんど長崎周辺だな、と思っていた

ら・・・先日、いつもの本屋さんに行くと、下のような本が置いてあり

Photo_5

中身を見ると

Photo_7

名前は違うが、「500円ランチパスポート」と一緒じゃん、という事で買って来まし

た。で、嬉しいじゃありませんか、紹介されている店が「諫早・大村・雲仙」。


カミサンが、いつものように留守なので、さっそくお近くの店に寄って、恐る恐る

「これ使えるの?」「はい、どうぞ」と。


お店は「鳥料理 鳥むら食堂」。このお店、お
昼時は駐車場がいつもいっぱいで

す。早めに行ったので、ゆっくり駐車できましたが・・・

Photo_9 Photo_10

テーブル席の他に、個室もあります。なお、サラダバーは無料で、お代わり可。多

分。でしょう。


で、本の下に、①②③等書いてありますが、②の所は2回使えますとの事。使う

度にチェックが入ります。「鳥むら食堂」は2回使えます。

Img_20160429_0002_2

待つ事すぐ、でてきました「ぼんじりネギマヨ丼」、でもって、ぼんじりとは、なんぞ

や?「ぼんじりって何?」「お尻あたりの肉です」。良いですね。私の大好きな「お・

し・り」若い頃は、高い金を払って、キャバレーに行って、「お・し・り」、をナデナデ

してきましたが、胸肉とか、もも肉も好きです・・・

Photo_12 Photo_13

お味噌汁付きです。味は甘辛のやや甘め。お肉は、思ったより柔らかく美味。

半熟卵が良くマッチ。

値段は「もってこい!長崎」に書いてあったとおり、830円。レジではちゃんと

500円で済みました。


帰りに、入口で見た看板、「食べ放題メニュー」で、480円。それなら、こちらの方

がと思って、良く見ると「4名様以上」でした。

なお、下を見ると「食み放題」と書いてあり、これ、「飲み放題」じゃない、と思って

良く見ると、「小学生~高校生 490円」で、子どもに飲ませるはずもなく、はやり

「食み放題」が正解のようで・・・

Photo_14

さてこの本、嬉しい事に、食事関係ばかりでなく、旅館、ケーキ屋さん、トリートメ

ント、マッサージ、エステ、ジェルネイル、カウンセリング、なんと、整理収納お試し

体験まで載せてありました。


で、発行者をみると諫早の「有限会社うえすぎ折込広告社」で、諫早、島原、大村

ばかり載せてあるはず。


ただ、注意する事は、要予約、数量の制限(一日10食限定)とか、一冊で2名以

上の利用はできません等の条件がある所があるので、よく読んで利用をして下さ

い。夜しか利用できないお店もあります。


本のお値段は980円ですが、3,4回食事とか買い物をすると元が取れると思い

ます。です。なお、有効期限は7月14日までになっています。買われる時は、中

身をよく読んで、お買い求めを。





2016年4月28日 (木)

「ゴールデンウイークの『週刊誌』」

Img_20160428_0002 Img_20160428_0001

明日から、ゴールデンウィークで、またウチの近くの国道が混雑するかと思えば

ですが、商売をしている方にはかき入れ時でしょう。という事で、「ゴールデンウィ

ークの『週刊誌』」


■「震源から80㎞川内原発は安全でも安心でもありません」

熊本の大地震にもかかわらず、官房長官、環境相、原子力規制委員会委員長

は、川内原発を「停止する理由がない」と言っているそうです。「万が一のため

に、一応止めて様子をみる」という気も無いそうです。

国会議事堂を、熊本に移してはどうでしょう?人間は、自分の事にならないと分

からない事がありますから。


■「首都直下大地震発生!生死を分ける『究極の二択』」

熊本を中心に大地震が起こり、まだ余震が続いています。こちらは、離れている

と言っても、最初と二番目の地震には驚き、カミサンと二人、どこへ逃げようかと

思いました。被災地の状況はまだひどいらしく、早く平常の生活に戻る事を祈る

ばかりですが・・・

「スカイツリーの展望台で、逃げるのは窓際か」「逃げ込むなら、超高層ビルか、

低層ビルか」「東京ドームにいたら、外に逃げるか、中にとどまるか」「体育館で

は、中央に集まるか。壁際に移動するか」等々、書いてあります。災害はいつ起

るか分からなく、心構え、準備などを日常から。

なお、自治会等で、防災訓練があるので、是非ご、参加を。


■「首都圏直下『120㎞活断層はこの街を貫いている』」

首都圏の活断層が図解してあります。ウチの町にも川があり、上流にはダムが

あり、ダムが決壊したら被害がどうなるか、ハザードマップが回覧されました。

災害は、起こった時に、どうするか、では遅いので、首都圏の方は一応チェック

を。


■「中国GDPの大ウソ」

言わなくっても分かっている事で、この国、いざとなったら戦車まで出して、オマケ

に黄砂、PM2.5まで飛んで来て迷惑してますが、あやまりの言葉一つありませ

ん。ウチの近くの犬が騒がしくても、あやまりにも来ません。困った隣人達です。


■「崩れそうな家の前で『待機』何を喜んでいるのか!ハシャギすぎだよ、テレビ   

  局」

ネットでも話題になっていましたが、余震で崩れそうなお宅の前で、テレビ局が待

機していたそうです。TVを見ていて、あれ?という報道がありましたが、行き過ぎ

視聴率が原因のようです。最後に書いてあるように「災害の時にテレビが担う

役割を、もう一度考え直したほうがいい。」


■「初めて分かった!60すぎたら食べたらいけないもの」

「コーヒー・緑茶」「玄米」「ワカメなどの海藻」「納豆」「とんかつ」「チョコレート」「チ

ーズ」。さて、「60すぎたら食べてはいけないもの」「60すぎても意外と食べても

いいもの」。どれでしょう?


■「図解認知症今すぐ知りたい『5つの疑問』にこたえます」

「認知症になったら何が起こるのか」「種類によって進み方は違う?」「認知症を

引き起こすキッカケは?」「認知症対策には何をすればいいのか」「認知症患

者のための賠償責任保険はあるのか」

なお、最初に「9問で分かる認知症チェック」があり、一人ではチェックしにくいの

で、パートナーの方と一緒に。私?GSでした。GSはギリギリ・セーフの略です。


■「もしかして・・・あなた『仮面高血圧』じゃないですか?」

病院に行って測っても正常血圧の方、家庭や職場で測ると異常値になる、「仮

面血圧」があるそうです。家に血圧計をおいて、毎日、測定しておきましょう。

「食後グンッと上昇して下がらない検査ではわからない『隠れ糖尿』」「動脈硬化も

ガンも引き起こさない!?悪玉コレステロール値のウソ」「血圧も糖尿病も怖くな

い!『血流たっぷり理論』で防ぐ」。合わせてお読みください。


■「円楽が暴露した『笑点』 歌丸『降板近し』の病状」

TVで見ていて、歌丸さん何となく元気がないようで、体調が思わしくないようです

が、あの名司会、頑張ってほしいものです。


■「ライバル誌『週刊現代』の●E●特集 60すぎて70すぎて、80すぎて90に

  なっても『したい』を実践してみた」

「週刊ポスト」の記者が「勉強になります!」という事で、「週刊現代」に書いてあ

るテクニックを試してみたそうですが、「本紙記者(55)も、半年ご無沙汰の古女

房に試してみた。ところが、●道口が小さいからか、妻のク●●●スがなかなか

入らない。というか、見るからに入りそうもないのだがー」「これまた古女房に試し

てみたが、『ちょっと!痛いよ』と女房は激怒。」「しかし、残念ながら我が夫婦は

『照明を消してする派』。薄明かりを残してしようとしたら、女房に『早く電気を消し

てよ!』と言われて断念。」と、まあ面白い記事でした。


■「妻から夫へこれが本音です!『してほしい●E●』『してほしくない●E●』」

「入らない前●、フ●●は微妙、ヘンなこと言わそうとしないで・・・・」「ワンパター

なのよね」「ダ●●●●フじゃないから!」「たまには別の場所でして」「●スは

分」「ク●●はいらない」「●ストンは一定のペースで」。身に覚えがある方は熟

を。


■「グラビア」からですが

村主章枝さんのセミヌード、バレーボルイタリア代表のF・ピッチニー二のヌード。

さすが、スポーツをしてらっしゃる方、何れもナイスバディーですね。ウチのカミサ

ンも見習ってほしいものですが・・・もっとも私もですが。







2016「三體地蔵尊祭り」&その他の事③~長崎県雲仙市吾妻町

Photo

また、昨日の続きです。


吾妻町史を参考に三體地蔵の事を書いたおり、「
南北町時代は野井城(愛野

町)、飯岳城(千々石町)の戦いに南朝・北朝の軍勢が、何回となくこの古道を往

来(いきき)している。」と書いてあり、この部分に少し興味があり・・・


これも、以前、飯岳城の事を書きましたが→こちらをクリック 。上の写真が「飯岳

城」の跡です。


「長崎県近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(長崎県教育委員会刊)」において、「飯

岳城」、「(6)歴史」の所に「南北朝の1372(文中元年)ごろ、九州探題今川了俊

が千々石浜に侵略、城主林田隠岐守は備えて飯岳の高地に陣を敷いてこれを

防いだ。」とあり「文献」として「古文書・・・北肥戦誌」としてあります。


この時期は南北朝時代で、九州、島原半島もこの争いに引きずり込まれるので

すが、書けば本一冊分になるので、ざっくり書けば、島原半島の豪族は、宮方

(天皇側南朝勢力)に、多比良、神代、西郷。九州探題一色範氏を中心とした武

家方(幕府北朝勢力)に有馬、安富、伊佐早氏に別れるのですが、(参考・千々

石郷土誌)、島原半島の有明海側が宮方になります。有明海を挟んだ熊本に、

朝方の菊池氏があり、「肥前有馬一族~外山幹夫著」によれば、「・・彼らが有

海を通して、一衣帯水に肥後国に接し、同国における南朝の有力な支柱に気

を通ずることができる状況にあったと思われる。」という事のようです。


さて、「北肥戰誌(九州治乱記)」によると、千々石関係では「同三年(觀應三年・

北朝にて使用の年号・1352年)壬辰二月、探題一色入道獻、肥前國高來・彼杵

お宮方退治として、小俣少輔七郎氏連を差遣わす。氏連先づ彼杵へ打越え、矢

上の城入りて、高來の味方を相催すに、有馬・安富以下の武家方共、閏二月

十六日千々岩の津へ馳せまいる。氏連、同十七日千々岩へ陣を移し井(現愛

町野井)の城を攻め、又西郷次郎が杉峰城をせめて合し、三月二日、神代へ

打ち通るの時、西郷出会ひて相戰ふの間、安富深江孫三郎泰治等、散散合戦

し、西郷を追拂ひ、氏連暫く國府へ帰陣す。」とありますがイメージ的に捉えると

下のようになります。

Photo_2

緑の矢印が有明海干拓の堤防。①が飯岳城、②が千々石海岸、少し右側に、島

原藩の郷倉があったところで、ここから船で島原まで年貢米等を運んでいまし

た。ここらあたりが「千々石の津」に当たるところでしょう、地名も「南船津」になり

ます。③が野井城があった愛野町、④が「三體地蔵尊」がある所、⑤が神代。④

と⑤の間に西郷氏の杉峰城があります。


上の地図、正確な場所が取れないので、大体の所で、あくまでイメージとして、と

らえてください。


なお、もう一ヵ所「應安(南北朝の時、北朝にて使用)六年癸丑(1373年)三日、

初、探題今川入 道了俊・太宰右衛門佐頼泰、彼杵軍へ發向し、伊佐早・宇木

(現在の諫早市有喜)の兩城を攻めけるに、城主伊佐早右近五郎・西郷藤三郎

やがて降参す。了俊・頼泰、その後高來へ打越え、七月七日、神代(現雲仙市国

見町神代)、大隅を攻め、九月六日、千々岩に至り濱手に於いて、宮方の輩と打

戰ひ、一戦に利を得柏崎に陣す。」とあります。(千々石岩は千々石の事です。)


さて、ここで、県の報告書では、「城主林田隠岐守は備えて飯岳の高地に陣を敷

いてこれを防いだ」とありますが、この「林田隠岐守」が誰であるか、千々石町誌

には載ってなく、吾妻町史には、二ヵ所ばかり書いてあり、「南北朝時代には(日

本城郭大系新人物往来社)、林田隠岐の名が見え、林田氏は南朝方に属した

為、しばしば北朝の進攻を受けている。」とあり、もう一ヵ所は「昭和八年刊行長

崎県庁内長崎県史談会発行『長崎県郷土誌』」に「文中二年(1373年)、九州探

題今川貞世の軍が島原半島に攻め入り神代山田(朝廷方)を攻略した時、千々

石村民は、神代山田軍に呼応して、千々石の戦を開いた、主将林田隠岐守は、

飯岳の丘陵に塞を備えて防いだが、遂に敗れた」と記してあるそうです。


で、「肥前有馬一族」には、「『藤原有馬世譜』一は、続いて峯・鬼塚・馬場・林田

の四氏を『有馬の四天王』と呼ぶが、彼等は始終有間(有馬)氏に従ったものとす

る。」とあります。が、「島原半島史~林銑吉著」の「藤原有馬世譜」の部分を読ん

で見たのですが分かりません。この林田が「林田隠岐守」なのか誰なのかは?で

す。


でもって、考えてみると、攻めてきたのは武家方であり、「林田隠岐守」が有馬家

の家臣なら、有馬家氏も武家方であり、同士討ちになるなと。


おかしな、と思いながら、「肥前有馬一族」読むと、「動乱当初有馬氏は北朝につ

いた。しかし、その後暦応元年(一三三八)十一月、肥後の菊池武重が力を得て

筑後に発向した。佐竹氏義以下の者は敗走した。この時有馬彦五郎入道は竹重

の南朝方に転じた」(『歴代鎮西要略』三)、とあり、これなら「林田隠岐守」が有馬

家の家臣で、千々石の防禦をまかされた可能性も十分に考えられるなと言う事

すが、残念ながら、資料がないので、詳細不明ですが。


もう一つ、大正七年発行の「千々石郷土誌」には、「千々石村飯岳ノ東方ニ丘陵

アリ郷民称シテ城山ト謂フ 往昔城塞ノアリシ所ニテ林田隠岐守ト云エル人城主

ナリシト云エドモ史蹟詳ナラズ・・・」とはありますが、有馬氏との関係は分かりま

せん。長崎県郷土誌、人物往来社さんは、これを参考に書いたのでは


なお、この時代、城が(山城でしょうが)必要となり、山田城、野井城等々が作ら

れ、千々石にも、野田城、飯岳城が作られたようです。


「吾妻町史」には、「南北朝の頃、度々侵攻した北朝に備えた防禦の山城、
そして

逃げ場ではなかったか。」と記してあり、たしかに、この山に登った時、急斜面ば

かりで大変でした。


後年になりますが「釜蓋城」が築かれ、佐賀の龍造寺が島原半島に侵攻し釜蓋

城は落城しますが、この頃のことを、ルイス・フロイスが次のように書いていま

す。


「有馬殿には小浜という城しか残されていなかったという事実を知らねばならな

い。それは隆信(注;龍造寺)が高来の支配者になるために押さえていた二つの

高来への入口の一つである千々石城に向き合ったところにあって、貧弱、かつ防

施設がほとんどない城である。」


千々石城は、もちろん「釜蓋城」のことですが、「飯岳城」の事が一言も記述がな

いところをみると、「飯岳城」は、吾妻町史に書いてあるように、「北朝に備えた防

禦の山城で、逃げ場だった」、言わば仮の山城ではなかったかと思えるのです

が・・・  

       (これでおしまい。長々と書きましたが、失礼致しました m(_ _)m )

2016年4月26日 (火)

2016「三體地蔵尊祭り」&その他の事②~長崎県雲仙市吾妻町

Dsc04152

昨日の続きになりますが、この三体尊地蔵の左右に、たくさんのお地蔵さん、石

造物がありますが「吾妻町史」には、「籠堂には『三體地蔵』の石像や、修験道関

係の石造物が多数祀られている。」とあり、雲仙といえば昔は修験道者の修行の

場でもあり、雲仙の麓にも遺跡が所々見られるところですが、多分、右の前列が

そうではないかと思うのですが、祭りで、人が沢山いるので確認できませんでし

た。


前に来た時、気がつきませんでしたが、オッカナイ顔の狛犬さん。台の横に文字

らしきものが彫ってありましたが、残念ながら風化して読めません。

2 3_2

この三體地蔵がある斜め前に、小さなお堂があり、こちらも、三體地蔵。

2_2 Photo_4

ここから、20㍍ばかりの所にも、三體地蔵。

Photo_6 Photo_7

なお、三體地蔵さんが祀られているお堂の横に、下のような場所があり、上は更

地になっていましたが、ここどう見ても、なにかあった後だなと思い、近くの爺様を

つかまえて聞いたところ、目の神様だったか?が祀られていたとか。

Photo_10

ですから、このあたりに多くの地蔵さん、石造物があり、以前のブログ書いたよ

うに、このお堂は、吾妻の山田原というところにありますが、吾妻町史によれば、

「この地は、山田庄の交通要津にあたり、ここから道は放射状に拡がる。古

山田駅に通じる古道でもあり・・・」、とあり、交通の要所であった事が分かると思

います。


「山田駅」とは「島原半島の歴史~松尾卓次」によれば、「大和王権が全国をほ

ぼ統一すると天皇の勢力が強まり中央の豪族をまとめて政治の仕組みも整えて

いった。大化の改新の詔(646年)で政治の骨組みを整えていった。・・・・この時

代には駅が十八ヵ所置かれていて、肥前国府(佐賀県大和町)から出発して長

崎県側に入り、新分、船越(諫早市)、山田(吾妻町)、野取(千々石説と島原説

があり、島原説が有利)の駅へと続いていた。それぞれが駅馬五匹が常置してい

て、国の命令を伝えたり、租などの税を運ぶ道であった。」という事で、昔の交通

の要だった事が分かります。


なお、同書によれば、高来郡の中には九郷あり、「倭名類聚抄(わめいるいじゅう

しょう・平安時代中期に作られた辞書)」、「肥前国第百二十九」の所に、「山田

(也萬多) 新居(爾比井) 神代(加無之呂) 野取(乃止利)」と四ヵ所載ってお

り、それぞれに、「山田、伊古・伊福、神代、北島原(島原か千々石)に当てられ

よう。」とありますが、いずれにしても、この吾妻町の山田が昔の重要な地だとい

う事が分かると思います。


なお、他の郷については「肥前 有馬一族~外山幹夫著」によれば、「肥前風土

記」には前書いたように、九郷あるように書いてあり、「倭名類聚抄」には四ヵ所

しか書いてありませんが、「当時の状況に照らして、その記述を省略された可能

性が高い。」とあります。


さて以前、南北朝時代この古道を通り、千々石の飯岳城から行き来した事を少し

触れましたが、地元の事でもあり、少し疑問の事があるので、又明日。


なお、「三體地蔵尊祭り」は、毎年四月二十四日に開催されているので、特にお

餅を好きな方は、袋を用意してお越し下さい。時間は多分、12時半頃か、11時

半頃になります。ご心配の向きは、雲仙市役所の方へお問い合わせください。

多分、分かると思います。

Img_20160425_0001





2016年4月25日 (月)

2016「三體地蔵尊祭り」&その他の事①~長崎県雲仙市吾妻町

Photo

え~、今日はPCのご機嫌が非常に悪く、と言っても、悪名高きVISTAを、いまだ

に使っているわけで、速度が異常に遅く、何じゃ分からないエラーが出ておりまし

て、「三體地蔵尊祭り」について、前回気付かなかった事をけ加えたいと思ってい

たのですが、その分は明日にします。

繰り返し、同じ事を書くのは面倒臭いので、前回の分は→こちらをクリック


思えば、3年ほど前にこちらに伺ったのですが、2日前ほど、案内のチラシが新

聞広告に入っており、出かけて見ました。


「祭り」といっても、TVで放送しているような大きなものではなく、田舎
の素朴な祭

りですが、こんな所に日本人の心がうかがえる、と言う感じです。


チラシによれば、「祈祷師・五行満行僧 国見町国寺住職 宮崎泰寛上人」となっ

ていました。


上の写真のように、ズラリと地蔵さんが並んでいますが、真ん中が「三體地蔵尊」

様です。


祈祷の後は、一人一人に「お祓い」。待つ人がズラリ。

Photo_9 3_3

例によって、餅まき。前回来た時もそうでしたが、「これでもか」、という感じで、餅

をまく事、まく事。

Photo_4 2_2

また、拾う人もちゃんと、袋を用意して。私、袋を忘れたのでポケットに入るだけ

入れてきました。子どもも押しのけて、拾ってきました。

3_2 Photo_6

その後、直会(なおらい)。儀式が終わったあと、関係者一同でお神酒、神様のお

え物などをいただきます。チラシには「御接待」と書いてあり、「御接待」なら、

参りしたものも入れるのですが、小心な私としては、横目で見て帰りました。結

なお料理が並んでおりました。

Photo_8

段々と、こういう行事も簡素化されていくのでしょうが、何となく、寂しいニッポンに

なっていくような・・・

やはり、PCの具合が悪いようで、また明日。






« 2016年4月17日 - 2016年4月23日 | トップページ | 2016年5月1日 - 2016年5月7日 »

フォト
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

ブログランク参加中クリックしてね

最近のトラックバック

amazon

無料ブログはココログ