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2016年7月 8日 (金)

「空から見れば」諫早市~諫早競馬場・公園河原の運動場

Photo_5
   
(「国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス」より)

上の写真は国土地理院からの写真で、昭和22年11月1日の写真です。もっと広い範囲の写真ですが、分かりやすいように引き伸ばしています。少し調べ物があって、眺めていたら面白いものを見つけたので・・・・

「1」の所は、現在、長崎県立総合運動公園。昔は、実はここは「競馬場」でした。
ウソだって言っても、ちゃんとお馬さんが走っているでしょう。


2 Photo_3
(「ふるさとの思い出写真集 明治・大正・昭和 諫早~諫早市談会編」より)

ざっとまとめてみれば、この場所は諫早家の土地でしたが、日中戦争がはじまり、軍馬の需要が多くなり、優良軍馬育成の目的のため、昭和13年頃から造成し、昭和14年に諫早競馬場として完成。

昭和14年4月29日から初競馬が始まり、定期的に開催されるも、戦争の拡大で軍馬が必要となり、馬が軍馬として取られ、開催不可能となり、わずか2年で中止。で、一般徴用馬が使い難いので、徴用前の訓練のため、待機馬の訓練場として使用。

終戦とともに競馬場の声が高まり、昭和22年頃から再び競馬場に。残念ながら赤字が続き、昭和24年10月から県営事業に移し、一時黒字になるも、4~5年後に中止。

その後、牛馬の品種改良のため「種畜場」として使用。昭和33年、諫早市が上山公園を買収するとともに、競馬場も買収し、公共施設の花木の苗の育苗施設として使用。

昭44年、長崎国体が決定し、競馬場跡を無償で長崎県に提供し、現在の長崎県立総合公園として生まれ変わった、ということです。(「高城の史蹟~諫早高城会」刊より)。

「2」の黄色の丸印は、諫早神社あたりです。

さて、写真を見ていると、本明川のあたりに、なにやら楕円形のグラウンドみたいのが見え、はたして何でしょう、「3」の所です。

Photo_4

と、いろいろ本を調べても載ってなく、やっとも見つけたのが「ふるさとの思い出写真集 明治・大正・昭和 諫早」。こんな感じで使っていたそうです。


Img_20160708_0002

説明によれば、「大正末期の運動会の写真。公園川原の運動場は諫早・北高・丸尾(上諫早)の三校連合運動会のほか、東京大相撲、大サーカス、移動動物園、家畜共進会場など、様々の催しをする諫早のメイン会場として市民に親しまれたが、水害後の改修でなくなる」ということだそうです。

たぶん、現在、つつじ祭りなどの時に使う、河川駐車場の所みたいですが、本明川は災害後、河川の拡張をかなりやっており、はっきとは言えませんが・・・・

皆さんも、故郷の空中写真などを見てください。思いがけないものが見られるかも、ですよ。



 

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