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2016年5月17日 (火)

「温泉(うんぜん)」から「雲仙」へ~県議会議事録より

 
Photo_33_2
 
上の写真は、一昨年の雲仙の写真です。テレビを見ると、今がミヤマキリシ
マが見ごろだとか。行ってみようかと思ったのですが、どうにも億劫で、まあ、
以前とは変わりはないだろうと、手抜きで前の写真を使いました。

以前、「『温泉(うんぜん)』から『雲仙』へ」ということで、「温泉(うんぜん)」の
名称が「雲仙」に変わったいきさつを書きました。

あれで、終わろうかと思ったのですが、あの中で、県議会で議論がされたこ
とを書きましたが、実物を読んでないので、いつか読んでみようか、とは思っ
ていたのですが、県議会事務局まで行って、閲覧願などを書いては面倒だ
な、ということで忘れていたのですが、調べたらネットで議事録がでており、
見たら、これは、平成8年からで、残念でした。

と、探していたら、灯台もと暗しで図書館に置いてありました。で、昭和2年の
議会ですから、「選挙は武士道的に」「言いっ放しは許さぬ」「不公平な議事進
行」など、威勢のいい議論などありますが・・・本論に戻って。

雲仙が議題になったのが、昭和2年の通常県会(11月21日開会・12月20
日閉会)。土木費の件で、「雲仙公園の拡張と施設」「墓地(注:雲仙)管理の
杜撰」「地震計設置個所」と「温泉と雲仙」ということになるのですが・・・・

事務局の前書きで「・・・温泉公園には上水道が敷かれ、技手、書記、園丁の
増員が行われて国立公園の足固めをすると共に、用字も『温泉』から『雲仙』
と改められたが、地震計問題で一波乱生じた。・・・・」とあります。

永安議員が監査報告で「・・・第二に、現在外人専門的な経営方針に民衆的
施設を加味されたい。・・・・」という発言をしていることを見れば、昭和2年頃
は、外人の雲仙利用が多かったことが伺えます。

なお、当時の佐上知事の発言として「・・・名勝地(新日本八景)の指定を受けよ
うとしなかった過去においては、あれでよかったかもしれぬが、ホテルのベッド
数六〇〇程度に対し需要は二、〇〇〇を超える今日にと情勢は一変している」
というところを見れば、このころから雲仙の人気が出てきたことが分かります。

さて、「温泉」から「雲仙」の事ですが、そのまま書くと
■永安議員
この予算の中にウンゼンを温泉と書いたり雲仙と書いたりしてある。我々県民
は略想像は出来るが、県外に対しては誤解の生ずる虞れもあるので、公文書
には統一して置く必要はないか。
■佐上知事
元は温泉と書き、現に八景投票の時も温泉嶽と書いてあるが、宣伝の場合普
通の温泉と間違う虞もあり、雲仙の方が景色も現していると云うので、鉄道省、
内務省、県庁三者相談して『雲仙』に改めることにした、従って予算書の他の
部分に温泉公園とあるのは雲仙に訂正する。

ということで、「温泉」が「雲仙」に改名するのは、一般的に昭和9年としてあ
りますが
、公的には、昭和2年だったことが分かります。なお、この年に、千
々石から小浜への鉄道が開通をしています。





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