« 2016「モーモーフェスタ」~長崎県雲仙市瑞穂町 | トップページ | 「あ・ま・ざ・け」~飲む点滴 »

2016年5月 5日 (木)

長崎式「鯉のぼり」

Photo

 

私たち長崎人には、見慣れた光景ですが、先日NHKのローカルニュースを見て

 

いたら、この鯉のぼりの揚げ方が、長崎独特のものだとか。

 


鎖国時代、長崎と中国とは交易があり、中国の方が、なんとかというお寺に来る

 

時、その目印として、鯉のぼりではありませんが、布を付けておいて、それを目印

 

にして訪れたとか。一本棒に布を付けておいたら、風がなかったら布が垂れて

 

えない時がありますが、これなら、風がなくてもOK。それが、この鯉のぼりの揚げ

 

方の元になったとか。

 


で、少し調べようと思ったら、いつもの図書館がお休みで、手元の「講談社版

 

大歳時記」の「鯉幟」を見ると写真が載っており

 

 

Photo_3

 

あら、ホント違いますね。で、疑り深い私、県外ではどうなっているのか、確認しよ

 

うと思っていたら、仙台からこちらに移って来られた奥様とバッタリ会い、一番上

 

の写真を見て、「仙台はどうですか?」「長崎に来て、鯉のぼりの揚げ方が違う

 

ので何でだうと思ってたんですよ。仙台では、一本棒に、上から大きい順に揚

 

げてていくんでよ」と。重ねて、Googleの映像で、「鯉のぼり」を検索したら、上

 

の本の写真よう鯉のぼりの揚げ方ばかりでした。

 


それで、町内、諫早当たりまで観察しに行きましたが、少子化のためか、鯉のぼ

 

りの少ないこと。

 

6 5

 

4_2 3

 

2 Photo_4

 

ほとんどが、長崎式の鯉のぼりでした。多分、長崎で作っていたのを、こちらでも

 

似するようになったのでしょうが・・・

 


なお、「長崎辞典・風俗文化編~長崎文献社編」を読んでみると、少し面白いこと

 

が書いてあり・・・

 

「鯉のぼりのはじまりは端午の幟のまねきに鯉の瀧のぼりの縁起でつけていたも

 

のが、(延享年間、一七四〇年代・俳諧清銫)今日のように変化独立したといわ

 

ている。・・・」とあり、下記の図が載せてありました。

 

Dsc04275_2

 

また、「俳諧清銫」を確かめようと、「国立国会図書館デジタルコレクション」、「国

 

公文書館デジタルアーカイブ」等を調べましたが、残念ながら、引っかかるもの

 

なく、確認はできませんでした。

 


「所変われば品変わる」とは言いいますが、自分があたりまえだと思っていたこと

 

が、あたりまえではないことを勉強した一日でした。です。

 


下は、千々石の塩浜の方々が千々石川に作った飾り。クリスマス等の時にも

 

飾りものをして、目を楽しませてくれます。国道からも見えますが、脇見運転をし

 

 

ないようにご注意を(脇見運転をしないと見えないので、近くに止めてご覧下さ

 

い)。

 

Photo_5







« 2016「モーモーフェスタ」~長崎県雲仙市瑞穂町 | トップページ | 「あ・ま・ざ・け」~飲む点滴 »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。

確かに私の住んでいる神奈川でも、こいのぼりは基本的に国旗掲揚などと同じ要領で垂直に立てたポールに掛けたループ状の縄に縛りつけたのぼりを揚げるスタイルですね。揚げ方の違う地域があるということは初めて知りました。

もっとも、今は個人宅で揚げようにも庭がない家が殆どで、川の上とかのコミュニティ・スペースでイベント的に揚げる方が主流になってきてしまっていますね。今のうちに記録しておかないと、こういう地域差も埋もれて忘れられてしまいかねないですね。

>鎖国時代、長崎と中国とは交易があり、中国の方が、なんとかというお寺に来る
時、その目印として、鯉のぼりではありませんが、布を付けておいて、それを目印
にして訪れたとか

「なんとかというお寺」は興福寺でしょうね
http://livedoor.blogimg.jp/ssiimm/imgs/9/1/91b11258.jpg

情報ありがとうございます。

なにせ、ボンヤリと見ていたので・・・
黄檗宗の寺でしたね。旗が載っている写真がありました。

コメントありがとうございます。

やはり、神奈川もポール形式でしたか、狭い日本といっても、地域の違いがあるもんですね。
長崎でも、市街地では土地がなく、だんだん少なくなってきているみたいです。
こちらは、田舎で土地はありますが、鯉のぼりの台の木材の調達と、それを組んでいくのが大変みたいです。多分、段々とこちらも考えが都会化して廃れていくでしょうが、あと二世代くらいまでは、もちそうです。

私は愛媛県の生まれで富山市在住。長男が産まれた45年前、愛媛の父親から武者幟と鯉のぼりが送られてきました。揚げかたの説明書は、長崎式にちかい大漁旗式で瀬戸内海沿岸の揚げ方で富山では異質です。最近思いつきネットで検索したらどこにもあの揚げ方の画像がない。瀬戸内では廃れたか?
長崎式を見て得心、ただ四国のは鯉のぼりを吊るす竹竿が短く吊り元の滑車いっばいまでひきあげます。

コメントありがとうございました

私も鯉のぼりの揚げ方は長崎方式が、他の所も、と思っていたのですが、いろいろあるんですね。意外でした。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 長崎式「鯉のぼり」:

« 2016「モーモーフェスタ」~長崎県雲仙市瑞穂町 | トップページ | 「あ・ま・ざ・け」~飲む点滴 »

フォト
2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

ブログランク参加中ポチしてね(^o^)

最近のトラックバック

amazon

無料ブログはココログ