「坊ちゃんの時代」~関川夏央★谷口ジロー著~「実」にして「虚」にして「真」 ①
おぼろげな記憶ですが、映画だったか、映画評論で、「映画をつまらないと言う奴は、つまらない映画しか見たことがない奴だ」という言葉があったような気がします。同じように言うなら「漫画をツマラナイと言う奴は、ツマラナイ漫画しか読んだことがない奴だ」。
谷口ジローさん、最近は「孤独のグルメ」でブレークしているようですが、谷口ジローさんを初めて読んだのは、山岳漫画の「K」だったか、ボクシング漫画の「青の戦士」だったかと思いますが、いずれにしてもカミサンから、「漫画ジャマ」と言われて、捨ててしまったのですが・・・
「坊ちゃんの時代」は、全5部作、別にカラー愛蔵版が一冊出ています。で、私としたことが、このカラー版を最近購入しましたが、出版が2010年で、なんとボーとしていたことか。この本は、1986年から1999年にかけて書かれたもので、 普通なら、「原作」、「作画」となるのですが、谷口ジロー氏が後書きに書くように、「今でも、『「坊ちゃんの時代』第一話目のシナリオを読んだ時のことが思い出される。」といったように、いわば映画のシナリオと、映画を撮る監督との関係といえると思います。
第1巻の主人公が「夏目漱石」、第2巻が「森鴎外」、第3巻が「石川啄木」、第4巻が「幸徳秋水」、第5巻が再び「夏目漱石」。
登場人物は、小泉八雲、平塚らいてう、伊藤佐千夫、森田宗平、安重根、山縣有明、樋口一葉、菅野須賀子、金田一京助等々、明治を彩る人物がでて、からみあっていきます。登場人物はほとんど「事実」です。
が、虚の部分もあり、例えば、東京駅で通行人が夏目漱石にぶっつかり、漱石が本を散らかします。これを一緒に拾った若い軍人がいるのですが、この通行人が伊藤博文を殺害した安重根、若い軍人が東条英機。
余談ですが、柔道大会の場面で、西郷四郎が主審で「西郷四郎七段、四一歳」となっていますが、西郷四郎は講道館を20歳の時出奔、36歳で鈴木天眼が長崎で発行した「東洋日の出新聞」で、発行人兼印刷人として務め、段位は西郷四郎が死んだのを惜しみ、加納治五郎が六段を与えています。なお、漫画では大柄に描いていますが、西郷四郎は写真で見ると小柄で、身長が約153~159cm(本によって違いあり)です。
元に戻って、夏目漱石、安重根、東条英機が、東京駅で、このように出会うことは絶対にないのですが、この出会いの、あたかも「事実」であるような「虚」によって、明治という時代の「真実」が浮かび上がってくるのです。まさに、「実」にして「虚」、「虚」にして「真」の物語だと思います。
さて、第一巻の最後のところ、「坊ちゃん」について、「赤シャツと野だいこは中学校を すなわち日本そのものを牛耳り続けるだろう 坊ちゃんも山嵐も敗れたのだーしかし坊ちゃんには帰るべきところがあった それは清のいる家 すなわち反近代の精神のありかたであった・・・」。日本という国が、西洋化される中での日本人の苦悩が描かれ、西洋化されても日本人の精神は日本という風土によって養われている、という事ではないかと思うのですが・・・
関川夏央氏は後書きで、「わたしはつねづね『坊ちゃん』ほど哀しい小説はない・・・」と書いており、これが、この五部作の通奏低音だと思います。
なお、小説の副題は「凛冽たる近代 なお生彩あり明治人」ですが、はたして、私たち世代は、「生彩あり昭和人」と言えるのでしょうか。
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