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2016年5月

2016年5月31日 (火)

「坊ちゃんの時代」~関川夏央★谷口ジロー著~カラー愛蔵版について ②でおしまい


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昨日書き忘れたことですが、この本には、途中と最後に関川夏央の解説が入っています。この解説がなかなか面白く、これだけでも読む価値があります。

さて、左が最初の本、で、右がカラー愛蔵版。
もともと、谷口ジロー氏が最初から企画したわけでもないらしく、「今、こうして再びオールカラーとして、愛蔵版が刊行されることになり正直なところとても驚いている。『「坊ちゃん」の時代』がモノクロからカラーに着色されたことで、どのように物語を読まれるのかが気にかかった」。

ただ、まったく関与しなかったわけでもなく、「今回の彩色において長時間、しかも困難な着色指定にもかかわらず、根気よく着色作業に携われたスタッフの方に感謝申しあげます。」と述べています。

さて、カラーとモノクロとはどう違うか、はやりプロの目から見た感覚でしょう、「色彩のもつ情報量は大きい、当然読み方も変わってくる。ひとコマに止まる時間が長くなり、コマからコマへの移動が遅れる、モノクロの時よりも微妙な時間差が出る。その為リアルさに欠け、作りもののようになってはならないと思った。・・・・」。

夏川氏は、「・・・・映画でいうならモノクロ・スタンダードサイズのような昔のマンガのつくりかたを懐かしむ思いを抱かないでもない。1980年代は、制作の方法でも編集の役割でも読者のありかたでも、日本マンガが原風景をとどめ得た最後の時代であった。」と、懐古的に書いています。

この点、谷口氏は「もしかしたら、もう一つの『「坊ちゃん」の時代』がカラーリングによって新しく生まれたと言っても良いのかもしれない。」と述べています。
文章を書く作者と、漫画を描く作者の違いでしょう。

この「坊ちゃんの時代」シリーズは、第1巻しかカラーになってみたいですが、全巻、カラーで読んで比べてみたいのですが・・・まあ、無理でしょう。








2016年5月30日 (月)

「坊ちゃんの時代」~関川夏央★谷口ジロー著~「実」にして「虚」にして「真」 ①



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おぼろげな記憶ですが、映画だったか、映画評論で、「映画をつまらないと言う奴は、つまらない映画しか見たことがない奴だ」という言葉があったような気がします。同じように言うなら「漫画をツマラナイと言う奴は、ツマラナイ漫画しか読んだことがない奴だ」。

谷口ジローさん、最近は「孤独のグルメ」でブレークしているようですが、谷口ジローさんを初めて読んだのは、山岳漫画の「K」だったか、ボクシング漫画の「青の戦士」だったかと思いますが、いずれにしてもカミサンから、「漫画ジャマ」と言われて、捨ててしまったのですが・・・

「坊ちゃんの時代」は、全5部作、別にカラー愛蔵版が一冊出ています。で、私としたことが、このカラー版を最近購入しましたが、出版が2010年で、なんとボーとしていたことか。
この本は、1986年から1999年にかけて書かれたもので、 普通なら、「原作」、「作画」となるのですが、谷口ジロー氏が後書きに書くように、「今でも、『「坊ちゃんの時代』第一話目のシナリオを読んだ時のことが思い出される。」といったように、いわば映画のシナリオと、映画を撮る監督との関係といえると思います。

第1巻の主人公が「夏目漱石」、第2巻が「森鴎外」、第3巻が「石川啄木」、第4巻が「幸徳秋水」、第5巻が再び「夏目漱石」。

登場人物は、小泉八雲、平塚らいてう、伊藤佐千夫、森田宗平、安重根、山縣有明、樋口一葉、菅野須賀子、金田一京助等々、明治を彩る人物がでて、からみあっていきます。登場人物はほとんど「事実」です。


が、虚の部分もあり、例えば、東京駅で通行人が夏目漱石にぶっつかり、漱石が本を散ら
かします。これを一緒に拾った若い軍人がいるのですが、この通行人が伊藤博文を殺害した安重根、若い軍人が東条英機。

余談ですが、柔道大会の場面で、西郷四郎が主審で「西郷四郎七段、四一歳」となっていますが、西郷四郎は講道館を20歳の時出奔、36歳で鈴木天眼が長崎で発行した「東洋日の出新聞」で、発行人兼印刷人として務め、段位は西郷四郎が死んだのを惜しみ、加納治五郎が六段を与えています。なお、漫画では大柄に描いていますが、西郷四郎は写真で見ると小柄で、身長が約153~159cm(本によって違いあり)です。

元に戻って、夏目漱石、安重根、東条英機が、東京駅で、このように出会うことは絶対にないのですが、この出会いの、あたかも「事実」であるような「虚」によって、明治という時代の「真実」が浮かび上がってくるのです。
まさに、「実」にして「虚」、「虚」にして「真」の物語だと思います。

さて、第一巻の最後のところ、「坊ちゃん」について、「赤シャツと野だいこは中学校を すなわち日本そのものを牛耳り続けるだろう 坊ちゃんも山嵐も敗れたのだーしかし坊ちゃんには帰るべきところがあった それは清のいる家 すなわち反近代の精神のありかたであった・・・」。日本という国が、西洋化される中での日本人の苦悩が描かれ、西洋化されても日本人の精神は日本という風土によって養われている、という事ではないかと思うのですが・・・

関川夏央氏は後書きで、「わたしはつねづね『坊ちゃん』ほど哀しい小説はない・・・」と書いており、これが、この五部作の通奏低音だと思います。

なお、小説の副題は「凛冽たる近代 なお生彩あり明治人」ですが、はたして、私たち世代は、「生彩あり昭和人」と言えるのでしょうか。





2016年5月28日 (土)

「夫婦の会話は1日1時間以上」~全国亭主関白協会 天野周一会長

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梅が咲いて、桜が咲いて、ツツジが咲いて、その他諸々の花が咲く中、アジサイが咲きました。一年の過ぎ去る速さに、愕然たる思いの今日この頃です。
思えば、私が付き合っていた美少女たちも、今や60歳半ばかと思うと・・・・

さて、いつもの通り、全亭協会長より、メルマガが届きました。皆様のご家庭におかれては、平穏な日々をお送りの事と思いますが、わたくしの家では、又も大喧嘩をして、2日ほど口もきかず、という状態が続いておりまして、私が悪いとは分かっているのですが、九州男児、女性に頭を下げることもできず・・・今日も、全亭協天野会長からのメルマガを心に噛みしめながら、下記に書き写します。合掌。


■夫婦の会話は1日1時間以上なければ熟年離婚へ。
  これは全亭協の統計にもはっきり出ている事実だ。

全亭協調べでは、夫婦の会話は一日1時間以上なければ、熟年離婚へまっしぐらという統計が出ている。我が家は合格である。但し、会話の全てが愛妻の一方的なもので、私は、「そうだね」「わかるよ」「そのとおり」だけの相づち三原則を実行しているだけだ。全日本小言(こごと)選手権という大会があるなら、愛妻は日本では5本の指に入るであろう(笑)。

〆の言葉に名言を吐いて去っていかれる。「服は脱ぎちらカス。ご飯は食べちらカス。おしっこは飛びちらカス。あなたは亭主のカスよっ。」あるいは、私が夢を語れば、「明日の夢より今日の米っ」と怒鳴り上げられた。

もう年かな、と弱音をはけば、「五十を過ぎたら、年齢は自分が決めるものよっ」とくる。しかも会話の幅が広く、人間だけが相手ではない。リビングに入ろうとしたら、話し声が聞こえるので、躊躇する場合が多々あるのだ。

ある時、そっとドアを開けて聞き耳を立てると、ネコや観葉植物に、まるで相手が人間のように普通に話しかけていらっしゃるのだ。それが私に出す声とまったく違って、天使のように優しいトーンだから驚く。一度でいいから、私にあのトーンで話しかけて頂けないものだろうか。私は妻を愛しているが妻が私を愛しているかどうかは未だにわからない(笑)。「モノ言わぬ者の声に耳を研ぎ澄ますよっ」が口グセである。

ということは、機関銃のように飛び出す小言は聞き流して良いと、暗におっしゃているのであろう。いつまでも元気で明るく、小言を言い続けてね。そんな気持ちで「御意」と答える自分。負け惜しみもここまで来ると本物ではあるまいか(笑)。


という事でありまして、カミサンに面と向かっては言えないので、この場をお借りしまして、「悪いのは私でありまして、ゴメン(土下座)」 
(^-^; 。




2016年5月27日 (金)

「『雲仙パン&カフェ』★雲仙市瑞穂町」&「『&coffee』★雲仙市千々石町」~開店のご紹介


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今月は瑞穂町でパン屋さんと、千々石町でカフェ屋さんのオープンがあったので少しばかりご紹介を。

パン屋さんの方は、かわゆい女の子が、パン作りが好きで、小さなパン屋さんを開いたお店です。開店が五月のゴールデンウイーク明け。

あまり宣伝もしてなかったみたいですが、予約が多く、並んでいるパンはほとんどが電話予約で作ったもので、三々五々、受け取りに来る方が・・・
で、わたくしが買ったのが、ベーグルに、ライ麦パン、フランスパン。


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健康志向のパンで、ほとんどが卵、牛乳不使用。最近、アレルギーの子供が増えていますが、おじいさんから孫が卵アレルギーということで、確認の電話も入ったとか。もちろん天然酵母、きび砂糖、塩も天然塩使用。
子供さんがアレルギーの方はご相談を。なお、食パンは予約制です。


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ひとつ欠点があるとすれば、場所が分かりにくいこと。まるで、カクレンボのお店屋さん。下の写真、向こうが愛野町側、手前が島原側。目標は島原鉄道バスの「伊福」の停留所とガソリンスタンド、矢印の所で曲がって、すぐに右に曲がれば小さな看板があって、右上の写真のお店があります。
一番上の看板、吊るすところがちゃんとパンの形。


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経営者の方は、パン作り講座もやってはいたのの、お店を持ったのは初めてで、ほとんど一人で切り回しているので、まだ製品も経営も手さぐり状態ですが、特に健康志向の方はご利用を。

カフェもまだ火曜日しかやってなく、これから徐々に増やしていくとか。
上の方の写真、学校の机が並んでいますが、ここがカフェでなんとなく昔を思い出します。
特に高齢者の方には、懐かしく喜ばれるでしょう。

店の紹介が貼ってあったので、下をご覧の上ご来店を。お店を探すのは、カクレンボをしているみたいで、面白いですよ。なお、あちらこちら売り歩いている日があるので、ご来店の折は電話でご確認を。

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こちらは今日開店した、「&coffee」。元は商店街にあった和菓子屋さんだったのですが、
海水浴場近くの国道筋に進出。

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店の方では飲食ができず、外のオープンデッキで飲食することになります。もちろんドリンク類も揃っています。

今日は平日で暇かと思ったら、ずらりとお客さんが並んでいてビックリしました。売り物の「クランチエクレア」。


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元が和菓子屋さんだったので、もちろん和菓子もありますが、店を継いだ息子さんが考えたのか、「雲仙キッシュ」、他にも「&スタイル」とか(売り切れていました)「雲仙式カステラ」、「デニッシュ」等も並んでいます。

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私も、「クランチエクレア」を買ってみましたが、大きいこと。一本で二人分ですね。外側がパリパリして美味しかった。

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下が産地直売の店で、奥に見えるのが、「&coffee」。

 
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産直の野菜は、お店が出来たばかりで品物は少ないものの、きちんと生産者の顔が見えます。

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ちゃんと、大きなトイレまであって(前からありましたが・・・・)。下のオリジナルエコバッグは、先着100名(金、土、日の各3日間)のプレゼント。お花は、生産者さんからの贈り物。

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お店の横に、ガイドマップまであり、外人さんですね。すごいボリューム。やはり、肉食系の方は違います。しばし、横目で眺めておりました。特に、女性の方を。美人でした。

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「雲仙パン&カフェ」も「&coffee」も、今からが勝負で、経営者の方には大変でしょうが、頑張ってもらいたいものです。






2016年5月26日 (木)

「少し寂しく『週刊誌』」


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「笑点」の次期司会者が意外や意外で、本命が外れ、思わず「え~」と叫びましたが、昇太さんの後、誰が出てくるんでしょう?昇太さん、しばらくイビラレるみたいですが・・・

さて、今日も、明日もカミサンが留守で、居ればウルサイし、居なければ何となく空気が抜けたみたいで、「少し寂しく『週刊誌』」でも読んでみました。

■「卓袱台返しの衆参ダブル!?いやいや舛添降ろしのトリプル選!」

なんとなく、やるような、やらないような。要は国民不在の政治の駆け引きですが、選挙事務費用等の負担は国民にかかってくるのですが・・・何億と。

■「『政局報道スクープ』の”お約束”暴露します」

「『産経』が報じると総理の『願望』が分かり、『日経』が書くと菅官房長官が怒り出し、『朝日』の記事は数日後に逆の結果になり、『読売』が報じたら揃って納得し、そしてなぜか『NHK』がおいしいところをかっさらう」。
解説は記事に詳しく書いてありますから、各新聞を読んで確かめましょう。

■「日本経済大復活!田中角栄ならこうする」

思うに、昔のような大物政治家が少なくなったような気がします。田中角栄、いろいろありましたが、あの話術には憎めないところがありました。
「マイナス金利は即刻中止! 景気回復、やることは山ほどある」。「こざかしい政策はやらない。」
「ニッポン経済を大復活させるのは、国民そのものの活力。その活力を奪ってしまうの総理のもとでは、経済復興は永遠にかなわない。」、その通りだと思います。

■「言葉の経済学」

「沈まない船はない。つぶれない企業はない。すべては人間次第だ、一般社員は、これまでより3倍働け、重役は10倍働く、僕はそれ以上働く」(土光敏夫)、「松下電器は人を作る会社です。合わせて電気製品を作っております」(松下幸之助)、「社長と呼ばす、大将と呼べ」(鳥井信治郎)、「これからは支出のことは一切言わない。その代りサービスの事は厳しく追及する」(小倉昌男・ヤマト運輸元会長)等々、みなさんの社長は、どんな言葉を語っておられますか?


■「目を付けた候補にことごとくフラれ・・・自民選対『大迷走』」

あいかわらず、タレントさん、スポーツ選手に目をつけているようですが、自民党、思ったようにいかないようで・・・

■「いったい何様なんだ!ベッキー『涙の謝罪』」

この手の放送は見飽きた、という感じで、要するにテレビ局の自己満足だけだと思います。TV局がいつの間にやら興信所になったような。
光源氏や小野小町が今生きていたら、毎週、謝罪会見ばかりですよ。

■「紀伊國屋・新宿店”閉店”で寄せられた『わが青春の思い出』」

私も東京にいたころは、随分お世話になりました。あの頃が一番いい時代だったのかな?


■「腰痛を『自宅で自分で』治す方法」

「予約16年待ちの『神の手』が教える腰痛を『自宅で自分で』治す方法」。
腰痛で苦しんでいる方は多いようですが、「これさえやれば腰痛知らず 仙腸関節ストレッチ」。
これ、テニスボールを二つ使うだけです。なお、「オットセイ体操」、「ねこ体操」というのも良いそうで、腰痛で苦しんでいる方はお試しを。16年は待てません。

■「『耐性菌』急増中 あなたの体には薬は効きません!」

まったく怖い話ですが、「院内感染で爆発的に広がる」。「日本の医者が悪い」、これは単なる風邪にも、抗生物質をお医者さんが投与するする事が多いそうです。といっても、病院に行って薬を貰わないと物足りない、と感じる、私たちにも責任があるのですが・・・・


■「『女性●のラメ加工はアートである』 ろくでなし子 裁判の判決文が面白い」

かねて裁判中の「デコまん」が無罪になったとか。「デコまん」の説明は面倒くさいので、ネットで調べてください。
この判決が、<本体各造形物が女性●を象ったものだとしても、一見して人体の一部という印象を与えるものではなく、直ちに実際の女性●を連想させるものとはいえない
>という判断ですが・・・・
五十嵐被告(ろくでなし子)は、「判決は”女性●がわいせつというのはおかしい”という私の主張が全く汲まれていません。・・・・・」という事で、無罪ながら、即控訴したそうです。言われてみれば、女性●が、わいせつとは、いつのころから誰が決めたのでしょう?また歴史を調べる楽しみが出来ました。

■「死ぬまでS●X」シリーズ

「6人の女医から教わる『死ぬまでS●Xの陶酔』」。医学的面からの解説です。記事中、「泳ぐ姿がスマホで見られる!TENGAが開発した『精●ルーペ』」ですって、1,500円ですよ。私も買おうと思ったのですが、最近は発射できないので止めました。

■「あの素晴らしいS●Xをもう一度」シリーズ

「快楽だけを求めるのは幼い S●Xこそ、人格、人間力そのものである」、えらい哲学的な見出し。「誠実第一のS●Xで相手をトリコにできる」、「誠実第一」ですぞ、私は・・・・・。「大人のS●Xは応用よりも基本が大切」、スポーツでもなんでも、「基本が大切」と習いますが、S●Xの基本とは、どうするんでしょう?。と、まあその他いろいろありますから、読んで、ご実践の程を。


■「グラビア」から

袋とじのブラビアです。「『もう一度見たい!』の声にお応えして 畑中葉子 最後のフルヌード」。畑中葉子さん、申し訳ありませんが、あまり興味がないので・・・


 

2016年5月25日 (水)

今日は復習をします

 
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以前にも紹介しましたが、古文書を勉強してみようかな、と思ったのが半年前。
で、古文書研究会に入りましたが、未だに全然読めません。

考えれば、当たり前のことで、予習も復習もしてませんから。そんなことを言っていたら、大先輩から、「予習はいいから、3年間はみっちり復習をしなさい」と言われました。という事で、今から復習に入るので、今日はおしまい。

でも、この字、良く読めるな、と思います。皆様もご挑戦を!

 


2016年5月24日 (火)

「私の死亡記事」~文藝春秋[編]


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文藝春秋の企画ものですが、自分が一生を終えた人物として、業績、辞世の言葉、墓碑銘などについて書いてもらおうというものです。

「死を考えることは生を考えることです。人の業績や人生のエピソードは、常に同世代からの評価にさらされ、それを集約したかたちで、死亡記事や人名事典の記述がなされます。それをもって『客観的評価』とされ、私たちはあまり疑問を抱きません。しかし本人がどう思っているかは別問題です。(略)いっそご本人にその作品や人生について書いていただければ、時代を隔てても価値をもつ貴重な資料となりうるのではないかと考えたわけです。」といった、真面目な企画です。

ということで、少しばかりご紹介をといっても、この本の出版が2000年12月ですから16年前で、すでに本当に亡くなられている方もおられます。
本文は、一人で2ページになりますから、抜き書きで、少しばかりご紹介を。


■阿川佐和子(エッセイスト)~とうとう最後まで

「阿川さんが30歳でテレビのニュースのアシスタントとしてデビューしたときは、愛くるしさと初々しさで『その年齢にして何たる若々しさか』と世間を愕然させ、ポスト吉永小百合か、はたまたオードリ・ヘップバーンの再来かと騒がれ、国の内外を問わず、良い寄る男性はあとを絶たなかったという伝説が残っている。・・・それにしても美しい人を失った。余談だが、美人長命という言葉が辞書に載るようになったのは、阿川さんがきっかけであったとは、あまり知られていない話である。享年九十六歳」

阿川佐和子さん、なんと、昭和28年生まれ。今年63歳で、本当にお若い。96歳でお亡くなりになりますから、あと33年はご健在ということで・・・私、大ファンです。


■大宅映子(評論家)~最後の一言は、イェイ

「五十歳近くになってから始めたゴルフには、すっかり夢中になり、つい最近まで年間七十ラウンド以上はこなしていた。今回も十八番ホールで、長いパットを決めて、イェイ、といった途端に倒れ、そのままであったという。」、享年82歳。

日本ゴルフ改革会議議長だそうで、現在75歳。あと7年あります。


■桐野夏生(作家)~失踪して20年目にして

「十月七日、香港の南昌地区にある、永安老人病院で死亡した日本人女性が、二十年前に失踪した作家の桐野夏生さん(七十四歳)とわかり、周囲を驚かせている。」

現在、64歳で、失踪するのが、74歳-20年=54歳ですから、失踪しているはずですが、まだまだ、バリバリ書いておられます。


■高峰秀子(女優)~往年の大女優ひっそりと

「女優・高峰秀子さんが三ケ月ほど前に死去していたことが判明した。
生前『葬式は無用、戒名も不要。人知れずひっそりと逝きたい』と言っていた。その想いを見事に実践したようだ。」

「二十四の瞳」には泣きました。2018年逝去、86歳の人生でした。


■俵孝太郎(政治評論家)~硬骨の評論家「パリの生活」に送られて

「無能・無気力な父親が一人息子の彼に依存しつつ百歳を超す長命を保った体験から『親の長生き・子の溜め息』と喝破、限りのある命にベストを尽くすことが大切で、長命は家族にとっても必ずしも幸福ではない、と説いた。持論通り、ほどほどで逝った。」

まだまだお元気なようで、今年85歳だそうです。


■筒井康隆(作家)~若者グループと乱闘、死亡

「二十七日午後三時二十分ころ、東京都渋谷区神宮前の参道で作家・筒井康隆さん(九十六歳)」が、通行中だった原宿の若者六,七人と乱闘となり、全身打撲、内臓破裂で死去した。筒井さんは数年前より自宅付近のこの付近を散歩し、気にくわぬ若者とみれば杖でなぐりつけていたのだが、この日も若者グループに襲いかかり、逆に袋叩きにされて死亡したものとみられている。」

この人らしい死に方です。


■中野翠(コラムニスト)~風になりたい

「最期の言葉とするべく、かねて用意の『風になりたい』という言葉を呟いたつもりが、ろれつが回らず、『粥を食べたい』と間違われ、ムッとしたとたん、こときれたという。」


■中村敦夫(俳優)~政界引退後は仏門に

「家族は『身近にいた時も不思議な人物で、今では実在したのかどうか定かでない』と感想を述べている。」


■田辺聖子(作家)~幻泡夢の如し

「田辺聖子 昭和の世の女流作家。自称して『文壇の白雪姫』と。」


と、まあ、ほかにも沢山あるのですが、意外と行方不明で亡くなったり、葬儀不要、散骨等多いようですが、寿命は長いのを望まれるようで・・・皆様も真似をして書いてみては如何でしょう。自分を冷静に見つめる良い機会です。




2016年5月23日 (月)

「宗像神社」の事★~長崎県雲仙市千々石町

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また、神社の話です。千々石の海の近くにある神社ですが、ここの木鼻が少し面白いのでご紹介を。
場所は、前千々石漁協から奥に入った所。

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また、階段ですね。石がゴロゴロした道をたどると。

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石垣が積まれた上に神社があります。

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この神社の祭神は「多紀理毘賣命(たきりびめのみこと)」「多岐津比賣命(たきつひめのみこと)」「狭依毘賣命(さよりびめのみこと)」の三神になります。
「弁天さま」といえば、「弁財天」のことで、「市杵嶋姫命(いちきしまひみ)」になりますが。多分。

お、明治8年の「長崎県神社明細調帳」によると、「祭辨天(辨天を祭り)」と書いてあり、「明治二己巳𦾔島原藩改替ス」とありますから、弁天さんが神体として祭られ、明治二年に取り去られたことが伺えます。神仏分離に伴うものでしょう。なお、弁才天は宗像三女神の一柱です。

で、弁財天があったところから、地元では「弁天さん」と呼ばれていることが分かると思います。
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拝殿の丸印の所が「木鼻」になり、拝殿横の岩の上に、小さな石祠がありますが、年代等の文字はありませんでした。

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下が、拝殿の木鼻で、なかなかいい仕事ですが、

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よく見ると、口の中に玉を彫ってあります。狛犬ではよくあるのですが、木鼻に玉を咥えているのは、初めて見ました。

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本殿ですが、結構良い彫り物、丸印の所に木鼻があり、これが少し他のと違っていて。

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拝殿の木鼻と比べてみればわかりますが、他の神社の拝殿、本殿もこの型ですが、こちらの神社の本殿の木鼻は、工夫して一体に見えるようにしてあります。玉をくわえた木鼻といい、この木鼻といい、かなり腕のいい、大工さんだったと思われます。これも、あちらこちら見て歩きましたが、初めての形です。

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なお、もう一つ気になるのが、鳥居の後ろの二本の石柱。多分、二段か三段継の鳥居の下の部分かと思われますが、片側に「領十(?)」という字が彫ってあるのですが、この「領」という字は、南串山町の八幡宮の鳥居の左側に「松平主殿領分」、というのがあるのですが、これとは関係ないような。なんなんでしょう?

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なお、鳥居の倒壊については、多分、地震等の災害によるものでしょうが、拝殿脇の石灯篭に、「宝暦四戌年」(1754年)の文字が読み取れ、こちら地方では、「寛政四年」(1792年)、「大正十一年」の地震(この時、有家町の温泉神社の鳥居が台石を残し、倒壊しています)、あと、1990年に普賢岳が噴火をしますが、それに先立つ数年前、大きな地震が起き、そのあと群発地震が発生しましたが、鳥居の崩壊は多分
、寛政か大正の地震の時かなと思われます。

鳥居の倒壊した部分は、どこか廃棄されたのかと思って探しましたが、まったくわかりませんでした。瓦をふき替えたのか、瓦の廃棄物はあったのですが。

もう一つ、今、建っている鳥居は、右側に「明治廿二年八月廿二日」とあり、左側に、「順禮中」と彫ってあり、「順禮」は「巡礼」で、「順禮中」ではなく、「順禮」「中」
で、「中」は古語辞典では、「中・仲」とあり、「ある範囲に含まれるもの」「(人と人との)関係。間柄。」とあるので、多分「巡礼」にいった「仲間」で奉納したものと思うのですが・・・

さて、今回は宗像神社の紹介をしましたが、小さな神社にも、それぞれ歴史、特徴があり、良く見ていくと意外と面白いものが見られるかもですよ。皆さんも、お近くの神社のご訪問を。ご利益もあります。






 

2016年5月20日 (金)

「『肥前鳥居』~熊野神社」&「淡島神社」&「楠天満宮」~長崎県雲仙市国見町


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え~、間違いなく、「肥前鳥居」ですね。最近神社巡りばかりやって、偶然巡り合いました。犬も歩けば棒にあたる、ですね。

下の鳥居は以前にも紹介しましたが、諫早市指定有形文化財の「宇都(うず)の愛宕社」の、一の鳥居です。右図が、説明になります。上の写真と比べれば同じ
形のものだとわかると思います。

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特徴として、木鼻(一番上の笠木の両端)が流線型に伸び、笠木と島木が一体化し、柱、笠木、島木がそれぞれに三本継ぎになっている事だそうです。

熊野神社の柱は、二本継ぎですが、これは、二本継もアリ、ということだそうで
す。少し気になるのが、継の部分が少しずれていること。以前の写真をみると、ちゃんとしているのですが、地震のせいか?
なお、年代、建立者等の銘は風化のせいか、まったく見られませんでした。

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下が熊野神社になります。
「建立年代は明らかではないが、温泉神社と同時代(注:正平一三年・1358年あるいは天文三年・1534)ともいわれ神代氏時代の時代ものである。」そうです。

「鍋島日記」によれば、「寛永十四年十月二十七日天草・島原の乱発生。
鍋島家三代茂顕及長男伊織急ぎ佐賀より佐賀勢(略)を引きつれ海路神代へ下向し二十八日到着。(略)」(国見町の神代は鍋島藩の飛び地領)。

鍋島藩が参加した、天草・島原の乱は、幕府側の勝利になりますが、「寛永十七年(1640)八月に、鍋島伊織は、この戦いにおける凱旋記念として社殿を再建した」(「 」内は国見町郷土誌より)神社だそうです。

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さて、狛犬さんですが、「阿」さんは、毬みたいなものを踏んでいますが「吽」さんが踏んでいるのは何でしょう?子供が悪いことしたのかな?躾かな?

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「阿」さんのお口の中、「玉」がちゃんと彫り込んであります。これ、むつかしいそうですが、いい仕事してますね。「虫歯」は、ありませんでした。

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国見町の「熊野神社」といっても、ピンとこない方がいると思いますが、「淡島
神社」とおなじ敷地内で、すぐ横の神社です。

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淡島神社といえば、このミニ鳥居が有名で、毎年、ミニ鳥居くぐりがTV、新聞などの報道で有名ですが、神社裏の「道祖神」様、今日も変わらずお元気なことで、羨ましいかぎりです。文化九年(1812年)の建立の神社です。

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さて、この敷地内にあるのが、もう一つの神社、「楠天満宮」。
「字天神の木に寛延(1748)年間頃、大楠のそばに創立され、天明六年に建て替えられた。いつのころからわからないが、楠木が大木となり内に空洞が出来て、畳六枚くらいしける洞となっていたが、この中にいつしか浮浪者が住みついたが、この浮浪者の不始末によって火を出し、楠木も神社も灰になってしまったのである。」ということですが、「昭和の代になって現在の淡島神社境内に再建されている。」そうです。(「 」内は国見町郷土誌より)
こちらの鳥居はよく見かける、明神鳥居です。

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こうしてみると、同じ境内にあっも歴史が違い、淡島神社にお訪ねの節は、二つの神社もご覧のほどを。とくに、肥前鳥居はこちらの地方では、めったに見られません。


2016年5月19日 (木)

「ついでに、雲仙ぶらり~雲仙市小浜町雲仙


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今日は、雲仙でお勉強会。カミサンがいないので、少し早めに家出、じゃなく家を出ました。

というのも、昼食を雲仙で取ろうかと。この間買った「もってこい!長崎」に、雲仙の「雲仙福田屋」さんの食堂、「民芸茶屋力(りき)」が出ており、利用でき、これが、「天ぷら 盛りそば」で、なんと、幻の「高来そば」が食されるとか。
1,350円が675円ですよ。

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で、お品書きとか、高来そばの説明を読んでいたら、自家製の蕎麦汁は、料理長が「『大阪の料亭神田川』で修業時代に教わった、カツオと干ししたけを黄金比率で調合した『自慢のそばだし汁』を使用しています。」てんで、期待が持てるじゃありませんか。

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蕎麦と天ぷら。わさびが「山わさび」。わさびおろしが、なんと「鮫皮」のおろし。粉ワサビ、金おろしと違って、ツンとはきますがトンガってない辛味。あと、蕎麦湯で
だし汁をいただきました。

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まだ、勉強会がはじまるまで、時間があったので、ぶらりと雲仙を。街並みが多少モダンに。ラムネを冷やすのも冷蔵庫でなく、多分、湧き水ですね。

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旅館前に足湯がありますが、もちろんロハ。私はお風呂が嫌いなのでパス。

なんでか?風呂に入ると濡れるからです。

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いつもの通り、温泉神社へ。これ以前紹介したことがあったような気がするのですが、まあ、気にせず。

鳥居が三本あって、一の鳥居が明治三十三年、二の鳥居、右
に「剏立石華表温泉山」、左に「元禄八乙亥年九月八日(1695年・321年前)」、三の鳥居が昭和60年。右の写真が拝殿。

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拝殿の中ですが、左右と天井に貼り札、なんでしょう?横に守り札など売るところがあるのですが、食事中で留守。よく見ると「千あき」の札。私の行きつけのスナックだったんですが・・・・

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左が「夫婦(めおと)柿」。両手で柿の木をだき、二つ一緒に下からうえになであげ口で唱えながら祈願する、と書いてあるので、「カミサンと仲良くなりますように」と祈願。

右は、「奥の院」。社殿の水淵を左手より、願いを唱えながら三回廻り祈願する、
と書いてあるので、「カミサンと仲良くなりますように」と祈願しながら、3回廻りました。効果や如何に?

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こちらが本殿。ずいぶん傷んでいますが、改修するとか。

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こちらは、満明寺。一番上の写真の大仏があるところ。左の写真、真ん中が確か「行基菩薩」の墓。確か別の所にあったのですが、いつのまにやら・・・・

鐘つき堂ですが、確か以前はなかったような。一応、撞いてきましたが、いい音ですね。皆さんも、いかれた時には撞いてみてください。心が洗われる音がします。


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前にも書きましたがセンペイを一枚一枚手で焼くのは、「遠江屋(とおとうみや)」さん一軒になりましたが、焼く道具からはみ出た、「センペイの耳」。ほとんど手に入りませんが、今日はラッキーに、一袋だけ残っていました。箱に入っているのが、手焼きのセンペイ。

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箱が少し凝ってて、下に英語での説明。絵は、大正の広重と言われた、鳥瞰図師の、「吉田初三郎」。雲仙から、富士山、東京まで描いてあります。

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「世界で一番小さい金平糖」なるものと、塩の各種取り合わせを。なんでか買ってしまいました。

ということで、お勉強会場へ。本日の講義は愛野町の郷土史家のO氏。演題が「島原藩の村支配と番人の役割について」。詳しくは書けないので、パスしますが、良く調べてますね。感心しました。

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今日は半日、勉強「ついでに、雲仙ぶらり」をしてきました。





2016年5月18日 (水)

「こちらも負けずに『週刊誌』」


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三島由紀夫賞を受賞した、「蓮實重彦(80歳・元東大総長)」さんの受賞記者会見、読まれましたか、まったくすごいもんで、

「ご心境という言葉は、私の中には存在しておりません。ですからお答えしません。」、「それもお答えしません。」、「あの、質問なら簡単におっしゃってください。」、「ないことを期待します。」、「いや、全くそれはありません。あの、馬鹿な質問はやめていただけませんか。」、「申し訳ありません。おっしゃることの意図がわ
かりません。」等々、まじめに答えている部分もありますが、賛否両論でしょう。これくらいの気骨をもった人は、と思い出したのが、内田百閒先生。

芸術院会員に推薦されたとき、拒否し、その理由が、「いやだから、いやだ」。
ということで、お二人の気骨に対し、「こちらも負けずに『週刊誌』」

■「全国民必読の大特集ぶち抜き15ページ!役人だけが幸せな国」

「就職するなら公務員。高い給料と退職金・年金、休み放題、充実の福利厚生、そして仕事の責任は問われません」
読んだら、具合が悪くなったので詳しくは書きません。が、「マイナンバー」のところ、システムがガチャガチャになっているみたいですが、前にも書いたように、以前の住基ネットを生かそうとしたのが原因みたいですが、関連する企業が、富士通、NEC、日立製作所だそうです。「総務官僚たちがすでに天下っている。」
中国の歴史書を読んでいると、国が亡びるのは、「暗愚な国王」と「腐敗した官僚」。日本もその道を辿るのか?


■「舛添『電撃辞職』で橋下徹擁立!参院選、都知事選W選挙へ」

舛添都知事、セコイ事をして、自民党にも見放されたようですが、また、あの方、出てくるんですか?千枚舌の男、東京都民の方が選ぶようなら、問題ですね。
最も最近は、威勢の良いことをいう人間が支持を受けるようで、問題は日本人にもあるような。


■「日本会議とは何なのか?」

基本、原点となるのは「宗教法人成長の家」みたいですが、「日本会議の研究(扶桑社新書)」に対し、日本会議側が圧力をかけてきたとか。
で、役員が、元最高裁判所長官、東京大学名誉教授、神社本庁総長、日本医師会会長、日本遺族会会長、靖国神社宮司、明治神社宮司、比叡山延暦寺代表、
教真光教え主等々だそうです。
これが、「憲法改正に向けて700万の署名を集める組織力を持つ」、「安倍内閣の半数が関連の議連に名を連ねる」ということですが、「どこまでいっても正体の掴めない組織ー外からみえる巨像は、虚像なのだろうか。今はまだわからない。」そうです。
私、神社が好きで今日も少し回ってきましたが、神社が政治に関与するのはどうなのかな?また「神風」でも吹かすつもりかな?
最近、なんとなく「非国民」という言葉を思い出させる世相ですが・・・・・・


■「パナマ文書に出てきた日本の億万長者全実名」
■「『パナマ文書』日本人230人実名全掲載!」

全部の名前が公表されましたが、日本ではまだ精査されていないみたいです。問題は、「日本企業がタックスヘイブンを『合法的』に活用してきた影響もあって、’89年には19兆円あった法人税収入は、’14年には11兆にまで落ち込んだ。一方消費税収入は3・3兆円から16兆円へと激増している。」ということでしょう。


■「天才・南方熊楠が見ていたもの」

粘菌の研究者として知られ、天皇陛下に進講をしましたが、民俗学、明治政府の神社合併に対し反対運動を起こし、「神社合併に関する意見書」なども書いています。確か水木しげるさんも、南方熊楠をモデルに漫画を描いています。
興味のある方は、ご一読を。


■「あなたの健康法間違っています!」

「毎日のジョギング」、「早朝のラジオ体操」、「猫背を直す」等、20種類の健康法について、「これまでの通説」、「ここが間違い」と比較がしてあるので、ご自分の
健康法が正しいかどうかチェックを。


■「危険な心房細動に高治療の『高周波ホットバルーン療法』」

私も、心房細動で手術を受けました。心臓にカテーテルを入れ、患部を焼きましたが、これとは別に、バルーンを入れ焼く方法があるそうです。残念ながら、長崎ではまだ機械が入っていないとか。
臨床例が500例で重篤な合併症はなかったそうで、治療率も94%だそうです。
私も関係があるので、ご紹介まで。


■「妻という病」

「定年退職したら、妻と1日5時間以上一緒に過ごしてはいけない」
「夫源病」という言葉がはやっているようですが、反対に「妻源病」もあるとか。
「60代以上の男性の多くが苦手とすることではありますが、奥様に”ありがとう”や”ごめん”という言葉をきちんと伝えることが重要です。
で、私が毎月、「全亭協」の天野会長のお言葉を紹介しているのですが、しつっこいようですが、「愛の三原則」。
・「ありがとう」をためらわずに言おう
・「ごめんなさい」を恐れずに言おう
・「愛している」を照れずに言おう
ウチですか、もちろん、「妻源病」ですが・・・


■「『緑内障友の会』患者が語る『今思えば、あの時から・・・』」

前回も書きましたが、私も若いころ緑内障になったことがあるので、目が変だと思ったら、即病院へ。なお、急性緑内障もあるので、ご注意を。


■「『笑点』これは笑えない座布団争奪戦」

いよいよ、歌丸師匠が引退します。円楽師匠が後を継ぐようですが、好楽師匠が
「(司会者は)円楽以外なら誰でもいい」と発言したとか。
円楽師匠の後ですが、落語会が分裂したあと、笑点には「立川流」の方が、出ていないようで、立川流には良い師匠がいるのですが・・・・

■「あの素晴らしい●E●をもう一度」シリーズ

「『VR(バーチャルリアリティ)ポ●ノ』を知っていますか 松坂慶子とも竹下景子とも 小池栄子とも長澤まさみとも 米倉涼子とも、できる時代がやってくる」
「VR」はご存知のように、メガネ型の専用機器をつけ、現実的に見えるもので、将来は感触まで体感できるそうです。発売されたら、もちろん買います。


■「死ぬまで●E●」シリーズ

「日本一エッチな健康雑誌のムック『壮快Z⓸』の●E●特集がすごい!」そうで、明日、TSUTAYAさんで・・・・


■「初めて掲載許可が出ました 鰐淵晴子」

あ~すごいですね。格がちがいます。これ見るだけで、「週刊現代(430円)」を買う価値アリです。もちろん袋とじです。もちろん立ち読みはできません。

 


2016年5月17日 (火)

「温泉(うんぜん)」から「雲仙」へ~県議会議事録より

 
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上の写真は、一昨年の雲仙の写真です。テレビを見ると、今がミヤマキリシ
マが見ごろだとか。行ってみようかと思ったのですが、どうにも億劫で、まあ、
以前とは変わりはないだろうと、手抜きで前の写真を使いました。

以前、「『温泉(うんぜん)』から『雲仙』へ」ということで、「温泉(うんぜん)」の
名称が「雲仙」に変わったいきさつを書きました。

あれで、終わろうかと思ったのですが、あの中で、県議会で議論がされたこ
とを書きましたが、実物を読んでないので、いつか読んでみようか、とは思っ
ていたのですが、県議会事務局まで行って、閲覧願などを書いては面倒だ
な、ということで忘れていたのですが、調べたらネットで議事録がでており、
見たら、これは、平成8年からで、残念でした。

と、探していたら、灯台もと暗しで図書館に置いてありました。で、昭和2年の
議会ですから、「選挙は武士道的に」「言いっ放しは許さぬ」「不公平な議事進
行」など、威勢のいい議論などありますが・・・本論に戻って。

雲仙が議題になったのが、昭和2年の通常県会(11月21日開会・12月20
日閉会)。土木費の件で、「雲仙公園の拡張と施設」「墓地(注:雲仙)管理の
杜撰」「地震計設置個所」と「温泉と雲仙」ということになるのですが・・・・

事務局の前書きで「・・・温泉公園には上水道が敷かれ、技手、書記、園丁の
増員が行われて国立公園の足固めをすると共に、用字も『温泉』から『雲仙』
と改められたが、地震計問題で一波乱生じた。・・・・」とあります。

永安議員が監査報告で「・・・第二に、現在外人専門的な経営方針に民衆的
施設を加味されたい。・・・・」という発言をしていることを見れば、昭和2年頃
は、外人の雲仙利用が多かったことが伺えます。

なお、当時の佐上知事の発言として「・・・名勝地(新日本八景)の指定を受けよ
うとしなかった過去においては、あれでよかったかもしれぬが、ホテルのベッド
数六〇〇程度に対し需要は二、〇〇〇を超える今日にと情勢は一変している」
というところを見れば、このころから雲仙の人気が出てきたことが分かります。

さて、「温泉」から「雲仙」の事ですが、そのまま書くと
■永安議員
この予算の中にウンゼンを温泉と書いたり雲仙と書いたりしてある。我々県民
は略想像は出来るが、県外に対しては誤解の生ずる虞れもあるので、公文書
には統一して置く必要はないか。
■佐上知事
元は温泉と書き、現に八景投票の時も温泉嶽と書いてあるが、宣伝の場合普
通の温泉と間違う虞もあり、雲仙の方が景色も現していると云うので、鉄道省、
内務省、県庁三者相談して『雲仙』に改めることにした、従って予算書の他の
部分に温泉公園とあるのは雲仙に訂正する。

ということで、「温泉」が「雲仙」に改名するのは、一般的に昭和9年としてあ
りますが
、公的には、昭和2年だったことが分かります。なお、この年に、千
々石から小浜への鉄道が開通をしています。





2016年5月16日 (月)

「千々石温泉神社 鳥居『貫』破損之事」~長崎県雲仙市千々石町

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とにかく、びっくり仰天しました。いつも、通るところの温泉神社ですが、あら、なんか変、と思ったらら「貫」がない。

写真を見てわかる通り、てっぺんの石が二段になっています。一番上が「笠木」その下が「島木」。で本当は、その下に「○○神社」という、額があり、「額束」。それを支えているのが「貫(貫石)」。で、その「貫」が落っこちて、「額束」が真っ二つ。

「額束」は表から見ると、そんなに重そうにも見えませんが、下の写真の丸印のところにが「額束」の裏。「笠木・島木」と「貫」の間にがっちり挟み込むため、意外と大きく、重量もあり、これを「貫」が支えますから、かなりの負担になります。

熊本の最初と、二回目の地震がこちらでも感じられ、というより、ビックリして、家にいたほうが良いか、逃げ出したがいいか迷ったくらいで、その後も余震が続き、多分その影響だと思いますが・・・


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「額束」があったところと「貫」が抜けた部分です。

なお、上の写真で、前後に2本の鳥居が見えますが、今回破損したのが、明治38年に建てられたもの。後ろの鳥居が、天保4年(1883年・183年前)のもので、額束はありません。

現在、「温泉神社」と言いますが、本来は「四面宮」といい、明治の神仏分離に伴い、明治2年に「温泉神社」と改名しています。

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それで、思い出したのが、神社裏に2枚の額束があり、一枚は二つに割れていること。多分、鳥居が別にもう一本あって、それを外したのかと思ったのですが、「それ、落ちてれ割れたんじゃない」という人があったそうで、まさかと思って、見にいったら、一枚は今回とまったく同じ割れ方。

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多分、今回と同じような事があったのかと、思い出したのが、有家町の温泉神社(旧四面宮)の鳥居が地震で壊れたことがあったなと、調べたら、大正11年の地震で、この時はすでに「温泉神社」で関係なし。

あと、考えられるのが寛政4年の島原大地震。しかし、これは1792年のことで、古い鳥居は、1883年のもので、関係なし。と、2枚の額束を見ながら、考えると、今回破損した鳥居が、明治38年でこの時は、すでに「温泉神社」。であるなら、この2枚の額束は古い鳥居に飾られた事は間違いないのですが、鳥居の建て替えはしばしばみられるので、その時にと考えられますが、どんな事があったのか、とにかく文献がないので、悩みます。

鳥居があと一本あったと考えられるものはあるには、あるのですが、まあ、これは宿題ということで・・・・

この神社は、町の氏神様で、なんとなく心配な出来事でした。けが人がでなかったのが、幸いでした。



 
 
 

2016年5月14日 (土)

今日はお休み

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こどもの日も終わり、なんとなく寂しい青空になりました。

さて、今日もいろいろ書くことがあったのですが、PCを替えたせいか、途中まで書いたら、

記事がどういうわけか、全部パーになり、行替えも変になり、書き直すのもカッタルイので、

今日はお休みします。

写真の青空でも眺めて、お楽しみください。

写真に少し黒いシミが入っていますが、多分あの世からの霊だと思うのですが・・・・(゚ー゚; 



2016年5月13日 (金)

「冷凍卵かけご飯」~夏バテ解消にピッタリ!

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最近、「冷凍卵かけご飯」が、はやっているとかで試してみました。

用意するものは、お茶碗、箸、卵ですが、卵は前日から冷凍庫の中に入れておいてください。ご飯は、熱々のもの。カミサンが、ご飯も炊かずに出て行ったので、弁当屋さんから買ってきました。あと、お醤油。

卵を冷凍庫に入れるときは、なにかに入れておいてたほうがベスト。なお、卵が固まるまで、1日は必要だとか。で、取り出してみると、卵が凍って膨張したせいか、ひびが入っています。寒かったら、縮むのかと思っていたのですが・・・私の経験からですが・・・
 
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この卵をむこうかと思ったら、むけない!で、卵に水道で水をかけながらむいたら、ツルリとむけました。もちろん、たまごはカチカチに凍っています。

本当なら、ここで、一時間ほどおいて、凍解したほうが良いということですが、腹が減って待ってもいられず・・・これじゃ、食べにくいですね。
 
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でもって、半分に切って、卵用の醤油をかけて齧ってたべたら、これが意外と・・・
 
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先日、あさイチで歯周病を防ぐには、よく噛めと言っていたので、よく噛んだら、卵がお口のなかで、柔らかくなり、特に黄身のねっとり感、何とも言えません。熱々のごはんと、ひんやり、ねっとりした卵の感触、まさに、最高の組み合わせ。

今日は、気温が上がって少し暑く、まして、少し汗をかく作業をしていたので、さわやかな昼食でした。

これから、暑さに向かい、食欲がなくなるとき、私のように、凍ったままの卵を熱々のごはんと一緒に食べると、食欲増進なると思うのですが・・・

なお、「冷凍卵」を利用した、半熟卵の天ぷら、卵黄粕漬、冷凍卵で温泉卵、半熟卵おにぎり等々、cookpadにレシピが載っていますので、試してみてください。もっとも、私は、凍ったままの卵と、熱々のご飯が一番だと思っているのですが、なんか、クセになっちゃいそう~





2016年5月12日 (木)

「ゴールデンウィーク明けの『週刊誌』」

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ゴールデンウィークもはるか昔に終わり、働く皆様には、なんとなく、かったるい

日々が戻ってきたことと思います。さて、ゴールデンウイーク中は週刊誌もお休

みでしたが、昨日、本屋さんに並んでいたので、「ゴールデンウィーク明けの『週

刊誌』」。いつものとおり、私好みで。


■「パナマ文書」ついに大公開

パナマ文書が公開されました。海外の政治家の名前がかなりあがっているようで

すが、日本の政治家の名前はあがっていないようで、マスコミさんは、肩透かし

を食らったようですが・・・タックスヘイブンなるものを使うと、徴税がのがれること

ができるらしく、「日本政府が徴収できていない税金は5兆円。これは消費税を2

パーセント上げて増える税収と同じ」ですって、誰だよでてこい!と言いたくなりま

すが。


■「乱高下する2016末日経経済平均終値」

株価は、国外の情勢の影響も受けますから、どうなるかわかりませんが、コン

ピューターで、コンマ何秒で売り買いをしている現代、さわらぬ神にたたりなし。

「年末まで我慢していれば必ず上がる、得する銘柄40」というのもあるそうです

から、どうしてもという方は、自己責任で・・・


■「安倍官邸が送り込んだ『日銀ショーンK』重大経歴詐称疑惑」

日銀行政委員の審議委員に就任した櫻井氏のことです。中央大学経済学部卒

業、その後「昭和51年3月 東京大学大学院経済学研究科博士課程」だそうで

すが、論文の「目録に該当論文」がないということだそうです。

審議委員は国会の同意を得、内閣が任命するそうですが、もちろん、安倍内閣

が任命、年俸は2638万円。なお、櫻井氏は「無名といっていい人物」(大手経済

紙経済部記者)だそうですが、「ショーンK」氏はTV出演を辞めましたが、櫻井

氏、多分、居直りするだろうな。


■「5年後、10年後に『生き残る会社』『消えている会社』347社全実名」

いい学校を出て、いい会社に入っても、会社が潰れたらどうにもなりません。過

去、北海道拓殖銀行、山一証券など、思いもよらない会社が潰れました。アナタ

の会社が心配なら、ご一読を。千々石の会社は載っておりませんでした。


■「舛添の豪遊もひどいが、もっと恥知らずな都知事が最近まで居座っていたの  

  では?」  

というと、石原慎太郎氏の事ですが、北京オリンピックの開会式に出席した折、1

泊24万円のスイートルームに泊まったそうです。赤坂の料亭の会食が、一人あ

たり5万5千円。

舛添さんが叩かれていますが、石原氏の時はあまり叩かれませんでした。はや

り、マスコミは人によって扱いが違うんですね。


■「質問、老いることは嫌ですか?」

という本を書いたのは「レモンちゃん」こと、落合恵子さん。「同世代3人でテレビ

を見ていたら、いつのまにか力道山や『うちのママは世界一』になっていたとか。

私たちも、同世代で話をしていると「赤胴鈴之助」とか、「ひょっこり、ひょうたん

島」の話になっていたりして・・・ところで、「質問」に対する、レモンちゃんの答えは

「いやではありません」だそうです。


■「あの『消えた大女優たち』の今」

十朱幸代、栗原小巻、島田陽子、山本陽子、浅丘ルリ子、鰐淵晴子、香川美子、

司洋子、小川眞由美、京マチ子、浅丘雪路。名前聞いただけで、懐かしく、涙が

出てきそうです。私の青春の思い出スターです。


■「この小さな道具について語るのは人間の行動、技術、病気、政治、心理、

  宗教を研究することである」

「この小さな道具」はアレのことです。アレといえばアレのことで、アレについて本

を書いたのが、アメリカ・メリーランド州立大学のアーニュー・コリア氏。題名が「コ

●●●ムの歴史」。面白そうだから、買ってみよう!


■「60過ぎたら『血尿』と『血便』に気をつけよ!」

特に、最近、洋式トイレになり、ウンチが終われば、自動的に水が流れ、ノズル

が出てきて、温水で洗い、最後は温風で乾かし、自分のウンチとご対面する事も


少なくなりました。時々は、良くご覧ください。

なお、「痔だから」、という方がおられますが、「『痔』だと思うな」ということです。


■「人よりも『緑内障の始まり』を察知する方法」

私も若いとき緑内障を発症し、完治しましたが、念のため年に2回ほど検査に

行っています。

「厚生省の調査(08年)では、失明した人のうち、緑内障の割合が20,9%にの

ぼる。」そうですから、目の調子がおかしいなと思った方は、すぐに眼科にご相談

を。


■「『アレだよ、アレ』はこんなにヤバかった!」

歳とると、名前を忘れ「アノ人に、よろしく言っといて」なんて言いますが、「アレ」を

数分後、数時間後に思い出せるのは、自然な老化現象としての記憶力低下。思

いだせないのは危険。なるだけ、「アレ」を使わないようにしましょう。アレ、うちの

カミサンの名前なんだっけ?


■「『笑点』の司会者『円楽本命』を決定づけた『先代円楽の遺言』

今月、5月22日の「笑点」で歌丸師匠が引退し、次の司会が誰になるかでした

が、本命「円楽」さんがなるようです。

先代円楽師匠が亡くなるとき、「あとは頼む」と託されたそうで、「円楽から受け

取った司会を、円楽に返す」という気持ちだそうです。

で、円楽が抜けた穴を誰が埋めるか、候補者がたくさんいるようですが、私の名

前はありませんでした。


■「あの素晴らしい●E●」シリーズ

「仁王立ちだよ、人生は」。今回は、「『●子がドバドバ出る』魔法のサプリを試し

た」など、おクスリ中心の話でした。


■「『死ぬまで●E●』」シリーズ

「●倫のお医者さん」、「大御所(睦月彰郎氏)官●小説家が毎日つけている『射

●日記』。そういえば、小林一茶の日記も、書いてありますね。

「ハーバード大美人准教授が推奨する月21回以上の『ひとり●』で前立腺がん

予防」。これは、間違っています。私が、実践したことですが、前立腺がんが見つ

かりました。


■「風になれ!美しき陸上選手たち」

昔、女性の運動選手は●●が多かったのですが、現在、陸上選手のみならず、

女性の運動選手は美人が多くなりました。TVを見るときは、お顔と、美しき肢体

を拝見するだけで、試合などは負けてもいいのだ~。


■「圧倒的な大反響につき最後のアンコール」

「大場久美子55歳の『アイドル・ビキニ』」。これ見ないほうがいいでしょう、奥様

をみると、思わず●婚を考えます。




2016年5月10日 (火)

え?「空海(弘法大師)」ってこんな人?~今昔物語より

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空海といえば弘法大師のことで、当時の唐に渡り真言密教を日本にもたらし、真

言宗の開祖で、書道でも日本の三筆というくらい優れた人なのですが。


私たちには、弘法さんといって、お
地蔵さんにもなり、弘法祭りなど各地でやっ

おり、千々石の近くにも、弘法原というところがあり、以前書いた「豆なるな」という

伝説もあり、隣町には水で困っている村で、弘法さんが指し示した所を掘ったら

水が出て来た、という「六角井戸」があり、とにかく、弘法大師さんは、各地に伝

説が残っており、水戸黄門か弘法さんかというくらい、全国に出没し、私たちには

身近な方なのですが・・・ですね。


昨年NHKテレビで、空海と最澄の事を放送していましたが、最澄が空海に灌腸

(簡単に言えば入門の儀式。詳しくは→こちらをクリック)を受けますが、最澄が

真言密教の「理趣経(りしゅうきょう)」の注釈書「理趣釈経」を見せて欲しいと頼ん

だ折、それを断り、最澄と空海の仲が悪くなったとか。


さて、今日は雨が降っており、外に出ていくのも億劫なので、たまたま、「今昔物

語」などをめくっていたら、弘法大師の話が少し載っており、「弘法大師渡宗伝真

言教帰来語第九(こうぼうたいしそうにわたりしんごんのをしえをつたえてかへり

きたることだいく)」とか「弘法大師始建高野山語第25(こうぼうたいしはじめてこう

やのやまをたつることだいにじゅうご)」とかあるのですが、その中で、「弘法大師

挑修円僧都語第四十(こうぼうたいししゆうゑんそうづといどむことだいよんじゅ

う)」というのがあり、ザッと書くと


弘法大師と、山階(やましな)寺の修円僧都(そうづ)が、嵯峨天皇に仕え、重んじ

られていた頃、修円僧津が天皇の所にいた時、大きな生栗が置いてあって、天

皇が、茹でて来るよう命じられたとき、僧都が「人間ノ火ヲ以テ不煮ズト云フトモ、

法ノ力(りき)ヺ以テ煮候ネムカシ」。火を使わなくても、法力で出来ちゃうよ。とい

うことで、やってみると「糸吉(いとよく)被煮(にら)レタリ」。という事で、天皇も喜

ばれ、この事が。何回も行われたそうです。


で、この事を聞いた弘法大師、自分がいる時に茹でさせてくれと。僧都が来て、

加持して栗を茹でようとしたとき、弘法大師が隠れて加持をしたところ、茹でる

とが出来ない。そこに、弘法さんが出てきて、さてはこいつが加持したなと、僧都

が「嫉妬ノ心忽(たちまち)ニ発(おこり)テ立(たち)ヌ」と、まあ当たり前の事です

が、その後二人の仲が悪くなったのは当然で、「互(たがい)に、『死々ネ(しねし

ね)』ト呪詛シケリ。」、お互いに「この野郎死ね」と呪うわけで、ここの所、あの弘

法さんが、というところですが。


その後、弘法さんが一枚上手で、弟子に「葬送ノ物具共ヲ買フ也」、と葬式の道

具を買わせ、空海は死んで、葬式道具を買っているよと言い触れさせ・・・

で、修円僧都、これを聞いて俺の呪詛が効いたのだと思って、祈祷を止めたわけ

で、これを空海が確かめ、「其ノ時ニ、大師切(しき)リニ切テ、其ノ祈ノ法ヲ行ヒ給

ヒケレバ、修円僧都俄ニ失ニケリ。」という事で、空海が祈祷したため修円僧都が

死んでしまったという事になるわけですが・・・最後が・・・


空海は自分と渡りあえるほど者、ただ者ではないと、「後朝ノ法」(死者を呼び

せる降霊の修法)をおこなったところ、「軍茶(ぐんだ)利明王」が出てきたという

事で、結論として、弘法大師たるもの呪詛で人を殺すような事をされるのは、「行

ク人ノ悪行ヲ止ドメムガ為也トナム伝ヘタルトヤ。」、後世の人の悪行を止めさせ

るためと伝えている、という事です。要するに、このような事は、するなよと。


考えると、空海の悪行を弁護するために最後の結論を持って来たのか、結論の

説明として空海の悪行を書いたのか、少し分かりかねる所でした。いずれにして

も、空海の一面を知る物語ではありましたが。


ところで、法学部の先生が「人を呪い殺した場合、それは刑罰の対象になるの

か?」と言われましたが、答えは「ならない」。なぜならば、因果関係が立証でき

ないから。といっても、彼または彼女を呪わないように、「人を呪わば穴二つ」と言

いますから、良い子の方も悪い子の方も、空海の真似はなさらぬように。


(参考・文引用;「小学館刊 日本古典全集 今昔物語(1)」)







2016年5月 9日 (月)

「有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。」&「「『文豪』がよくわかる本」

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この間、若い娘さんと話をしておりまして、「開高健てっ知ってる」「誰、そのオジ

ン」。ごく普通の大学出身の娘さんでしたが・・・


村上春樹さんなど読んでいるのでしょうが、多分、三島由紀夫、坂口安吾、織田

作之助、伊藤左千夫、谷崎潤一郎などは、学校の授業では習って名前程度は

っているでしょうが、本は多分読んだ事はないなと。読書離れを実感したところ

でした・・・


まあ、興味はあっても、原典を一冊買って読んで、カッタルイと思う方は、ガイドブ

ックとして上の本を読んでみてはと思います。


さて、「有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画でよむ。」の本を帯

を見て分かるように、水木しげるの絵のようですが、作者は「ドリヤス工場」。ひょ

っとしたら、「工場」と書いてあるので、水木さんのアシスタントが集まって描いた

のかと思ったら、まったく違って詳しくは、excite.ニュースに書いてあり・・・・・

こちらをクリック


紹介されているのが、「人間失格~太宰治」「山月記~中島敦」「梶井基次郎~

檸檬」等、25作品。作者が後書きで書いているように、「この漫画を読んで作品

に興味を持たれた、あるいは物足りないと思った方は是非とも原典にも触れてみ

てほしいと思います。」ということで、私も、それでいいのだ~、と思います。ポイ

ントは押さえてありますから、ガイドブックとして利用するのがベストだと思いま

す。真面目に文学を読んでいる方には、叱られるかも知れませんが・・・m(_ _)m


「『文豪』がよくわかる本は」は、50名の「文豪」について、趣味、特技、恋愛観、

経歴、代表作品の紹介等がしてあります。


が、「・・・教師時代に許嫁のいる教え子と恋愛事件を起こしたり、姪と不倫関係

になり妊娠させるなど、恋多き・・・というよりは、やや病的なところがあった。」「晩

年までに女性関係は絶えず、愛人の一人はその絶倫ぶりについて『若い人など

百人かかったって及ぶものじゃありません』と語っている。」など書いてあり、文豪

ってスゴイですね。私、「文豪」にはなれません。今じゃ週刊誌で「ゲス」って書か

れるでしょう。大体、「文豪」という言葉が死語になりつつあるようで、というより、

「文豪」といわれる人がいるのかな、と思いますが。


さて、「文豪」の紹介に、一言づつ書いてあって、これ誰でしょう

❶最初に万年筆を捨てた新しいもの好きの大作家。❷軍医としてトップに上り詰

め文人として第一級。❸才色兼美の文壇のアイドル。❹イーハトーブに生きた

「無名の詩人」。❺「さよならだけが人生だ」稀代の文豪が見た哀歓。


❶安部公房。若い人は知らないかな?❷いわずと知れた、森鷗外。子どもの名

前が、茉莉(まり)、杏奴(あんぬ)、類(るい)。「キラキラネームの元祖ともいわれ

ている」❸24歳7ヶ月で死去。はやり美人薄命ですね。ウチのカミサンは薄命で

はありません。樋口一葉。❹「イーハトーブ」と言えば、宮沢賢治。草野心平さん

達の手によって死後、有名になりました。が、「禁欲的な生活の一方で春画収集

を趣味としており、この頃、教員仲間とよく春画の鑑賞会を開いていたという。」と

も書いてあります。あくまで「という。」で本当かな?❺「さよならだけが人生だ」と

いう言葉は聞いたことがあると思いますが、これは、于武陵の「勧酒」を翻訳とい

うか意訳したもの。井伏鱒二です。


【勧 酒】

勧君金屈巵   コノサカヅキヲ受ケテクレ

満酌不須辞   ドウゾナミナミトツガシテオクレ

花発多風雨   ハナニアラシノタトヘモアルゾ

人生足別離   「サヨナラ」ダケガ人生ダ


「さよならだけが人生ならばまた来る春は何だろう・・・・」という詩を書いたのは、

確か、寺山修司だったかな。


という事で、この二冊意外と面白いので、お薦めです。







2016年5月 7日 (土)

「肥前狛犬」を捜して・・・

Photo

「肥前狛犬」さんです。


以前「肥前狛犬」の事を紹介しました→こちらをクリック

以前のは下のような形でしたが、今回見つけたのは上の写真の狛犬さんです。

形が違っていますが、多分年代が違うためだと思います。

Photo_3

「肥前狛犬」は佐賀県付近に多いらしく、「佐賀市重要文化財」によれば


「肥前狛犬は江戸時代前半に佐賀地方を中心として製作された石造の狛犬で

す。肥前狛犬の一般的な特徴は小形でその姿態は極めて静的で細部の表現は

略され、彫法は簡潔で素なことなどが挙げられます。」→こちらをクリック


肥前狛犬については、前に書いたように、好きな方が多く、持ち帰ることが多いら

しく、石造物専門の先生からも保護に注意するように言われていましたが、某市

の某郷土館に行った時、

「ここには、肥前狛犬はありますか?」

「8ヵ所ばかりあります」

「どこですか?」

「あれはですね、好きな方が多くて、時々持っていかれるので、場所はチョットば

かり・・・」

といわれましたが、佐賀新聞によると、盗難に遭いオークションに出ていたとか。

もっとも落札はできなかったそうですが。


で、場所は書かれませんが、最近、神社を見ると見学する癖がついて、某日、通

りすがりの神社をウロウロしていると、あったんですね。「肥前狛犬」さん。一番上

の写真です。しかし、一体しか置いてなく。


普通、二体で一対ですから、付近を見ると、らしいのが土に埋もれていて、左の

写真ですが

Photo_4 Photo_5

破損がひどいみたいですが、右は一番上の狛犬を上から撮したもので、多分間

違いないでしょう。で、写真などを撮っていると、神主さんが丁度境内の掃除に来

られまして、話をすると一年ほど前に来られた方が、同じような話をして行かれた

とか。


話を聞くと、社殿を改装した折、拝殿の上り口に置いてあったそうで、廃材と一

に捨てられるところを、可愛い狛犬なので、こちらに移されたとか。


最近、改装された神社を見ると、立派な狛犬が置いてありますが、昔は多分、

別の狛犬が置いてあったはずで、神主さんの話を聞くにつけ、廃棄された肥前狛

犬もかなりあったのではないかと思います。


観光に結びつく文化財は大切に保護されますが、その他の文化財の保護は、お

ざなりになっているみたいですが、私たちの生活に結びつく文化財も大切だと思

うのですが・・・


どうですか、小さいながらもこの風格、大きな狛犬さんにも負けない堂々たる姿。

まだまだ、私の神社巡りも続きそうです。

Dsc04009

2016年5月 6日 (金)

「あ・ま・ざ・け」~飲む点滴

Dsc_0153

甘酒ですね。最近元気がなく、昨日の疲れを引きずったまま、という状態が続い

おりまして、ア●●●ンなどを飲んでいましたが、錠剤なので何となく味気なく、

何かないかと、ふと思い出したのが「あまざけ」。


昔は、よく家で作っていて、最近はあまり見かけなくなっていたのですが、
お店屋

さんに行ってみたら、各種有り、コンビニにまで置いてありました。調べてみると、

どこかのTVで放送があったらしく、今、流行っているみたいです。


発酵食品で、ビタミン豊富、低カロリー(100gで70~80カロリー程度)で、美

容、美肌効果、便秘効果もありとか(私、まだ美肌にはなっておりませんが・・・)。


ウィキペデアで見ると、「当時の江戸幕府は庶民の健康を守るため、老若男女

問わず購入できるよう甘酒の価格を最高で4文に制限しており、武士の内職と

ても甘酒造りが行われていた。」と書かれていますが、いつもの「近世風俗志(

貞謾稿)」には「甘酒売り」として


「醴(あまざけ)売りなり。京坂は専ら夏夜のみこれを売る。専ら六文を一碗の価

とす。江戸は四時ともこれを売り、一碗八文とす。・・・」とありますが、当時、「温

うどん・そば各一碗価一六文。他食を加へたるものは、二十四文、三十二文等

なり。」ですから、甘酒が安かったことがうかがえます。


図がのせてあり

Img_20160506_0001_2

このような感じであったようです。


また、昭和46年発行、山本健吉編「最新俳句歳時記」(文藝春秋刊)には「・・・甘

酒売りの呼声は今ではあまり聴かれなくなったが、海水浴場などでは甘酒屋を

見かけることが多い。」とあり、この頃まで、甘酒屋さんがあったことがうかがえま

す。長崎では、あまりというより、私、見かけたことがありませんでしたが・・・・


甘酒は、酒粕で作る方法と、麹で作る方法があるようですが、上の写真は、麹で

作った方で、ノンアルコール、ノンシュガーで酔っ払うことはありませんが、一日

200mlが飲むのが目安だそうです。なお、米粒が入ったもの、サラサラのものが

あるので、お好みで。


今年の夏も暑くなりそうですから、夏バテ、暑気払いにお試しを。男性の方は甘

いのが苦手という人もいますが、「良薬は口に苦し」でなく、「良薬は口に甘し」で

我慢してお飲みください。なにせ、「飲む点滴」と言われているそうですから。


なお、自分で作ろうという方は、ネットでいろいろ作り方が載せてありますので、ご

参考に。







2016年5月 5日 (木)

長崎式「鯉のぼり」

Photo

私たち長崎人には、見慣れた光景ですが、先日NHKのローカルニュースを見て

いたら、この鯉のぼりの揚げ方が、長崎独特のものだとか。


鎖国時代、長崎と中国とは交易があり、中国の方が、なんとかというお寺に来る

時、その目印として、鯉のぼりではありませんが、布を付けておいて、それを目印

にして訪れたとか。一本棒に布を付けておいたら、風がなかったら布が垂れて

えない時がありますが、これなら、風がなくてもOK。それが、この鯉のぼりの揚げ

方の元になったとか。


で、少し調べようと思ったら、いつもの図書館がお休みで、手元の「講談社版

大歳時記」の「鯉幟」を見ると写真が載っており

Photo_3

あら、ホント違いますね。で、疑り深い私、県外ではどうなっているのか、確認しよ

うと思っていたら、仙台からこちらに移って来られた奥様とバッタリ会い、一番上

の写真を見て、「仙台はどうですか?」「長崎に来て、鯉のぼりの揚げ方が違う

ので何でだうと思ってたんですよ。仙台では、一本棒に、上から大きい順に揚

げてていくんでよ」と。重ねて、Googleの映像で、「鯉のぼり」を検索したら、上

の本の写真よう鯉のぼりの揚げ方ばかりでした。


それで、町内、諫早当たりまで観察しに行きましたが、少子化のためか、鯉のぼ

りの少ないこと。

6 5

4_2 3

2 Photo_4

ほとんどが、長崎式の鯉のぼりでした。多分、長崎で作っていたのを、こちらでも

似するようになったのでしょうが・・・


なお、「長崎辞典・風俗文化編~長崎文献社編」を読んでみると、少し面白いこと

が書いてあり・・・

「鯉のぼりのはじまりは端午の幟のまねきに鯉の瀧のぼりの縁起でつけていたも

のが、(延享年間、一七四〇年代・俳諧清銫)今日のように変化独立したといわ

ている。・・・」とあり、下記の図が載せてありました。

Dsc04275_2

また、「俳諧清銫」を確かめようと、「国立国会図書館デジタルコレクション」、「国

公文書館デジタルアーカイブ」等を調べましたが、残念ながら、引っかかるもの

なく、確認はできませんでした。


「所変われば品変わる」とは言いいますが、自分があたりまえだと思っていたこと

が、あたりまえではないことを勉強した一日でした。です。


下は、千々石の塩浜の方々が千々石川に作った飾り。クリスマス等の時にも

飾りものをして、目を楽しませてくれます。国道からも見えますが、脇見運転をし

ないようにご注意を(脇見運転をしないと見えないので、近くに止めてご覧下さ

い)。

Photo_5







2016年5月 4日 (水)

2016「モーモーフェスタ」~長崎県雲仙市瑞穂町

4

私事ながら、愛読書「ビッグコミックオリジナル」で、好きだったマンガ「月をさすゆ

び」が最終回を迎え、少しさびしい思いをしております。


題の「月をさすゆび」、何だろうと思っていたら最後から4ページ前、「指が月をさ

すとき 愚者は指を見る」と書いてあり、これが、題名になったみたいですが、私

も「愚者」であるのかなと、己を省みつつ、それでも、誰かの随筆か、映画のセリ

フだったか、「俺はつまらない人間だが、つまらない人間にも、つまらない人生を

送る権利はある」という言葉を思い出しつつ愚者は、ぐしゃぐしゃ、とした人生を

送るのが身分相応かなと、ODなことを考えながら「モーモーフェスティバル」へと

足を運びました(ODはオヤジダジャレの略です)。


このフェスティバルは、雲仙市が合併する前の瑞穂町時代からですから、随分と

回を重ね、参加者が驚くほど増えました。

Photo_2 Photo_3

会場に着いたら、ちょうど、餅まきの最中。長崎国体のマスコット、「ガンバくん」と

「ランバちゃん」も参加。


出店も、あちらこちら、見れば買いたくなるので、素通りしましたが・・・・地元の野

菜、イチゴ、つきたて餅、もちろん牛肉と多彩な商品。

2 3_2

右は、島原農業高校生の「しまのうタマゴ」。学校で、養鶏をしています。一度見

学に行きましたが、かなり大きな鶏舎でした。

Photo_5 4_2

農髙といえば、ミニ牧場で、子牛さん、気持ち良さそうにお昼寝。子どもの大好き

なウサギさん。

Photo_6 Photo_7

ゆるキャラもちらほら、左は農高の「バター作り体験」のPR。左は確か酪農協会

だったかな?

2_2 Photo_8

景観も良く、渓流と緑が綺麗です。渓流は夏来ると涼しげな感じ。

Photo_9 Photo_10

気づくと、クイズのパネル。「瑞宝太鼓」、プロの太鼓集団になり全国で演奏をし

ています。岩戸神社で演奏ですが、昼からなので、用事があり、聴けませんでし

た。ほかに、にじますのつかみ取り、もちアイスまき等もありましたが、これも時間

が合わず残念でした。

Photo_11 Photo_12

千々石少年自然の家からも、天体観測車「ビュースター号」の登場で、めったに

見られない、太陽の観測。

2_3 Photo_13

何と言っても目玉が、乳しぼり。お乳が4つあるのが少し気になるのですが、相変

わらずの巨乳。二つだったら、顔を埋めてみたいのですが・・・

もちろん、私も子どもを押しのけて、乳もみ、ではなく、乳しぼり。

思ったより触り心地が良く、思わず係員の方に、「しゃぶっても良い?」「・・・・?」

2_4

右は、多分学校で使う練習用でしょう。搾って出てくるのは水でしたが。

Photo_14 3_3

本部ですが、右の方が熊本震災の募金、左の方が、牛乳のPRのため、ロハで牛

乳を配布。もちろん、わたしも頂きました。募金も、もちろん入れてきました。

Photo_15 Photo_16

駐車場に「瑞穂町のおさんぽマップ」の看板があり、これが実に良く出来ていて、

Photo_17

「ひみつにしたいくらい蛍の名所」、「5月カーネンションの花つみ体験できるハウ

ス」、「急勾配の細い道覚悟して通って」、「ココに白い販売機ナゼ白い」、「夏の

芝生広場にはネジリバナが群生」、「このあたりヒメボタルいるのっ 5ミリより小さ

くてパチッパチッと光ります」等の詳しい説明。「この道ずっと下の方までつづく」

といわれれば、行きたくなるじゃありませんか。


という事で、半日遊んできました。前日が悪天候で風雨がひどく、スタッフさん準

備が大変だったと思います。また、来年お邪魔します。



2016年5月 3日 (火)

「飛び出す絵本」&「布の絵本」

2_4

昨年も紹介したと思いますが、飛び出す絵本。ホント、近頃の子どもは恵まれて

いますね。小さい子どもは、本を読んでもらうことが大好きです。ヘタでも本を読

んでください。飛び出す絵本ならまだ喜びますよ。


毎年、県立図書館が県内の図書館を巡回で貸し出し、ちょうど、こちらに来てい

たので少しばかりご紹介を。

Photo Photo_2

Photo_3 2_5

本を広げると、絵が飛び出しますが、アイディア、製本はかなり難しいですね。

かわゆいトラさん。怖くないですね。チョウチョさん、春らしく派手。

2_6 Photo_4

花咲かじいさんを思い出しますが・・・。ホワイトクリスマス。チョット見にくいです

が、真ん中はアベックで、ロマンティクな風景。

2_8 3

こちらは、県立図書館の読書グループの方が作られたそうですが、布の絵本。も

ちろん、全部手作りです。

Photo_7 Photo_8

Photo_11 Photo_10

左のテントのチャックは、ちゃんと開きます。右はポケットですが、なにが入ってい

るのかな?お父さんのポケットの中身は見ないように。キャバクラの女の人の名

刺が入っているかもよ。

2_10 Photo_15

左の靴紐はちゃんと、ほどいたり、結んだりできます。「できるかな」。右はジッパ

ーを上げ下げできます。お父さんのジッパーは開けないように。あまり、たいした

のは見られません。

3_2 2_11

サーカスのテントを開くと、ちゃんと舞台が現れます。

2_14 3_4

表が「おやすみ」、裏を返せば「おはよう」。

Photo_13 Photo_14

どちらが「おやすみ」で、どちらが「おはよう」でしょう?

目がパッチリ開いてるので「おやすみ」。朝、目がパッチリ開くので「おはよう」。同

じですね。目はボタンです。

2_16 2_17

飛び出す絵本は少しお高いので、図書館のご利用を。布の絵本も、機会があっ

たら挑戦してみてください。子供さん喜びますよ。




2016年5月 2日 (月)

五月になれば・・・寺山修司の事など

Photo Photo_2

五月になれば、ふと、寺山修司の事が思い出されます。

別段知り合いでもなく、会ったこともなく、作品を読むだけでしたが・・・


寺山修司の作品を読むキッカケは何だったのか、思い出せません。長崎にい

頃は、音楽小僧で、寺山修司の事は全く知りませんでした、ただ、天井桟敷な

なるものをつくり、と言うようなことはマスコミなどで知ってはいたのですが、多

分、東京に出てから読み始めたのかと思います。


・マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや


ちょうど、70年少し前でしたから、安保闘争、学園紛争、沖縄返還、ベ平連、フォ

ークゲリラの時代で、世相騒然とする中、この短歌をよみ、衝撃を受けたことを覚

えています。


「われに五月を」は、1957年に発行、第一作品集になりますが、私が持っている

のは、1985年の再発行版になります。寺山修司は没年は1983年5月4日で

す。


表紙を開けたところに、トレッシングペーパーで

「五月に咲いた花だったのに 散ったのも五月でした 母」

とあり、その次ページに、寺山修司の写真が載せてあります。


さて、この「五月に咲いた・・・」を書いたのが本当に、「母」だったのか?寺山修司

を、ご存じの方、寺山修司は、自分の経歴に創作を入れることがあり、これ

が、寺山修司自身が書いたのか、「母」が書いたのかで、この本の読み方が随分

違って来ると思うですが・・・で、確認しようと、1957年版を捜すと、2冊ばかり

見つかり、200,000円と280,0000円、と、まあ手が出ません。


私の本には

Dsc_0169

●表紙写真・八王子市、高尾霊園高乗餌寺・栗津潔作・寺山修司墓碑●撮影・

  山崎博●装幀・森崎偏陸

とあり、初版の表紙写真をみると全然違っております。


お母さんが亡くなられたのが、平成3年(1991年)77歳ですから
、「母」が書い

可能性もありますが、寺山修司が生まれたのは1936年1月(戸籍上)、又は、

1935年12月ともいわれ、いずれにしても「五月に咲いた・・・」は創作になります

が、「散ったの」は、まさに五月(四日)になります。


ご存じのように、寺山修司は中学・高校を通し俳句を作ります

・目つむりいても吾を統ぶ五月の鷹

・軒燕古書売り日は海に行く

・方言かなし菫に語りおよぶとき

・林檎の木ゆさぶりやまず逢いたきとき

・便所より青空見えて啄木忌


早稲田大学に入り、この時、早稲田大学の早大俳句研究会の新入歓迎句会に

顔を出しそうですが、この時大橋巨泉(本名・克己;巨泉は俳号)が2学年上で、

巨泉は寺山修司の俳句を聞き、「ショックは大きく、この日以来、大橋は俳句作り

に精進する気持ちが急速に萎えていったという。」事ですが、「その後(修司)、早

大の句会にはほとんど出て来なかった。修司は俳研をのぞき見しただけで素通

りしてしまったのである。」(虚人寺山修司伝~田澤琢也著)そうですから、この事

がなければ、巨泉さんの人生も変わっていたかもです。


寺山修司はこの後短歌を作り始め、「第二回短歌五十首詠」において「チエホフ

祭」で受賞をします。

・一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき

・チエホフ祭のビラのはられし林檎の木かすかに揺るる汽車のすぐるたび

・莨(たばこ)火を踏み消して立ち上がるチエホフ祭の若き俳優


ただ、「チエホフ祭」の短歌に対して、模倣批判があり

・向日葵の下に饒舌高きかな人を訪わずば自己なき男  (修司)

・人を訪わずば自己なき男月見草  (草田男)

・莨(たばこ)火を踏み消して立ち上がるチエホフ祭の若き俳優  (修司)

・燭の火を煙草火としてチエホフ忌  (草田男)


ということですが(この他にもありますが)、塚本邦雄氏は「麒麟騎手」のなかで、

次のように書いています。


「原典を自家薬籠中のものとして自在に操り、藍より出た青より冴冴と生れ変わ

らせる、この本歌取りの巧妙さ。新古今のあたりのそれの厳粛な繁文褥礼めい

た修辞学を、微笑と共に飛びこえてこれらの作品は輝いている。

  今は昔、彼が作中人物通りではなかったと眦を決して短歌のモラルを説いた

り、用語に先蹤ありとあげつらって、博覧ぶりを誇示した頑なな先輩達を前に、

途方に暮れつつ憫笑を以て応えてゐた寺山を、私はいたましい思いにみちて想

ひ出さねばならぬ。・・・」


この後、寺山修司はラジオドラマ、演劇、映画、評論と活躍をするのですが、晩年

といっても、満47歳で没しますが、俳句誌をやりたいといっていたそうです。私も

期待していたのですが残念でなりません。


寺山修司について私が書いても、野良犬が巨人の周りをグルグル回っているば

かりで、本質には近づけないでしょうが、五月になり思い出したので書いてみまし

た。また、来年の五月には寺山修司の事を思い出すでしょうから、続きはまた来

年。


・花売車どこへ押せども母貧し

・母は息もて竈火創るチエホフ忌

・西行忌あおむけに屋根裏せまし

・知恵のみがもたらせる詩を書きためて暖かきかな林檎の空き箱

・ドンコサックの合唱は花ふるごとし鍬はしずかに大きく振らむ

・故郷の訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし

・海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり








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